噺の話

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 さて、第三回。

 この同期会は、ある大学の、ある体育会運動部の同じ学年の男女の会。
 昭和53年卒業なので、ちょうど卒業40周年。
 
 それぞれがさまざまな動物に似ていることから、ZOO会と名づけている。

 今回は、台風21号の影響や家族の体調問題などで、当初参加予定だった人が、残念ながら四名不参加となった。

 結果、一泊目の同期会本会(?)、ホテル花水木の宿泊者は男性五名女性三名の、八名。

 翌日、S君は昼食前に帰らなければならないので名古屋空港へ向かった。
 アウトレットで奥さんのためにお土産を買った、はず。

 また、前日に高校の同窓会があり幹事役だったため泊まれなかったG君が、「なばなの里」で合流。

 よって、イタリアンランチも、八名。

 そのランチの前に、なばなの里を少し散策。

 ベゴニアガーデンも、花水木でもらった通行証で無料で入ることができた。
「なばなの里」サイトの「ベゴニアガーデン」のページ

 このガーデンが、想像より実に立派。
 そして、係の女性がとても親切で、ベゴニアの特徴などを詳しく説明してくれた。

 中では「無料」サービスという記念写真があったので、八名は写真を撮ってもらった。

 小さな(サービスサイズ?)一枚は無料。
 しかし、1200円で、特製ホルダーに大きな写真を収めてくれるとのことで、記念に一枚購入し、この日がバースデーのS子ちゃんが所有。
 なんと、幹事M君も購入したね。

 その写真が、これ。
 
 「ZOO会」のメンバーなので、こういうことになるのでした^^

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 記念写真を撮り、イタリアンで昼食を楽しみ、ひとまず解散。

 その後、有志による伊勢志摩ツアーが続くのであった。


 今、G君が一所懸命にみんなが写した写真をオンラインアルバムにまとめているところ。

 次回は、そんな写真も含め記事にするつもり。

 「ZOO会」なので、顔はやはり、動物になってしまうか^^

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# by kogotokoubei | 2018-09-11 20:59 | 小さな旅ー2018年同期会_長島温泉~伊 | Comments(2)
 さて、同期会の旅の記事、二回目。

 一泊目のホテル花水木について、少し。

 これがホテルの前にそびえる(?)、ある方の銅像。
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 この方は、ナガシマリゾートを運営する長島観光開発の創業者の一人、大谷伊佐さん。
 同リゾートのホームページから、沿革の一部をご紹介。
ナガシマリゾートHPの該当ページ


昭和38年(1963)8月27日 温泉湧出

昭和38年(1963)12月7日 長島観光開発株式会社設立
※11月30日創立総会

昭和39年(1964)2月17日 地鎮祭
※3月中旬基礎工事着手~約8か月

昭和39年(1964)11月11日温泉 「グランスパー長島温泉」営業開始

昭和39年 (1964)12月12日「ホテルナガシマ」営業開始

昭和41年(1966)3月19日
遊園地 「ナガシマスパーランド」及び、 「ホテルナガシマ和風別館」営業開始

昭和45年(1970)3月1日「ホテル水郷」営業開始

昭和53年(1978)7月2日
遊園地 「ジャンボ海水プール」及び「コークスクリュー」営業開始

昭和53年(1978)10月28日
遊園地 「屋内アイススケートリンク」営業開始

昭和55年 (1980)3月1日
遊園地  「シャトルループ」営業開始

昭和57年 (1982)3月7日
遊園地  「ルーピングスター」及び「カフェテリア」営業開始

昭和60年 (1985)3月30日
遊園地 「ダブルジャンボバイキング」営業開始

昭和63年(1988)7月21日
遊園地 「ホテル花水木」営業開始

 昭和38年に温泉を掘り出したのが、大谷さん。

 二年前の中日新聞の記事で、現在の社長さんの対談記事があったが、このリゾート開発の背景についても書かれているので、引用したい。

中日新聞の該当記事


 天然ガスを採掘しようと掘り進めた井戸から突如、熱湯が噴き上げた。

 一九六三(昭和三十八)年夏。長島観光開発の創業者の一人、大谷伊佐(故人)が、数億円もの私財を投じた採掘事業は、長島町(現・桑名市)に、温泉という福音をもたらした。

 伊勢湾に注ぐ木曽三川の河口にある町は、輪中に囲まれた低地。五九年の伊勢湾台風では三百八十三人の住民が犠牲となり、町の振興は悲願だった。温泉が湧いたことで、長島町の開発計画は一気に進んだ。名古屋に近く、家族連れで楽しむレジャー用地としての魅力に中部経済連合会(中経連)も注目し、計画に加わっていた。

 会社設立時には、中部財界をはじめ、国内の大手企業の首脳や、県知事らが役員に名を連ねた。六四年十一月、円形大浴場や大ホールを備えた「グランスパー長島温泉」が開業すると、休日には一万三千人を超す客が押し寄せた。

 ということなのである。

 実は、四年前の同期会で、最初にホテル花水木に泊まった。

 11月だったので、「なばなの里」のイルミネーションがあり、なんとも素晴らしい夜の散策ができたことを思い出す。

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       *2014年11月の同期会における「なばなの里」のイルミネーション

 四年前、そして今年の幹事M君は、中日新聞の記事の言葉を借りると、まさに、中部財界の一員として重要な役割を果たしている。

 それ以上の個人情報は明かさないが、そのM君のおかげで、また長島温泉に来れた。

 その彼は、平日会社を休むことは難しく、昨日昼食をご馳走してくれた後、我々と別れ帰宅。ありがとね、M君!

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 これが、ご馳走していただいた、「なばなの里」のイタリアンレストラン「麦」の、ステーキと魚のメインディッシュと、デザート。

 メインの前にボリュームたっぷりのオマール海老のソースのパスタを食べている。美味しく満腹のランチでござんした。

 
 さて、一昨日、花水木でのこと。
 個室での夕食-VIPカラオケルームでサプライズ・バースデーパーティーの後、部屋に集まって三次会。

 恒例(?)の私の落語のことも、書いておかねば。

 ネタは『井戸の茶碗』と『真田小僧』。

 一席目の井戸は、昨年末、居残り会仲間の忘年会で、途中を端折った“なんちゃって落語”で披露し、今年5月のテニス仲間との旅行でも披露したので、ある程度こなれてきた。
 二席目は、居残り会のI女史に、「前座ネタや短いネタは、ほとんど演ってしまった」とこぼしたところ「真田小僧なんかいいんじゃない」と薦めてくれたのであった。Iさんからは「真田三代記の前でサゲてもいいじゃない」と助言も。
 しかし、せっかくなので、真田三代記までのフルバージョンで「薩摩に落ちた」でサゲ。

 同期で落語に詳しく、毎年厳しい批評をしてくれるTちゃんが、今回は褒めてくれたのだよ。ありがとね!

 では、そろそろ朝食時間なので、この記事は、こでお開き。

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# by kogotokoubei | 2018-09-10 07:09 | 小さな旅ー2018年同期会_長島温泉~伊 | Comments(4)
 昨日は、今年の同期会の幹事M君の特別な手配のおかげで、長島温泉のホテル花水木に一泊。

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 こちらの写真は、ホテルのHPより拝借。
「ホテル花水木」のHP
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 ナガシマリゾートの中核ホテルで、ジェットコースターで有名な遊園地や、アウトレットモールが隣接している。

 ちょうどS子ちゃんの誕生日が9月9日ということで、昨夜の二次会では、VIPカラオケルームを貸し切りし、幹事M君がサプライズバースデーパーティーを企画。

 M君はこのスペシャル・ネクタイを締めて、169.pngHappy Birthday to Youを熱唱!

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 これが特別製のバースデーケーキ。

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 これが、M君が準備したメガネをかけて、大喜びのご本人。


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 会うと、すぐ40年前に戻れる、運動部で文字通りに同じ釜の飯を食べた仲間。

 気持ちだけは、若い^^

 まず今回の旅の記録第一弾は、ここまで。

 今から、先ほどチェックインした志摩のホテルのお風呂に入りに行くのである。

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# by kogotokoubei | 2018-09-09 17:53 | 小さな旅ー2018年同期会_長島温泉~伊 | Comments(4)
 今、大学同期会の旅行のための移動で、新幹線の車中。

 台風21号の被害が大きかった大阪南西部、泉州地域に住んでいる二人が、不参加となった。

 実に残念。

 そして一昨日の北海道の地震だ。

 実家は、震源地と同じ北海道胆振支庁の伊達。

 一昨日は実家近くに住む兄の携帯へのメールで、停電ではあるが全員無事であることを確認。
 昨日夕方、兄からようやく停電解消と電話をもらった。

 その後、電話で、96歳の父、92歳の母と直接話をして、安心した。

 震度5-の地区だったが、家の家具などの破損は一切なく、怪我もしなかったとのこと。

 大自然の脅威には、人間は勝てない、ということをまざまざと感じる。

 この同期会の旅行も、天気予報はあまり良くないが、災害ではないのなら御の字。

 そんな気持ちだ。

 今夜は長島温泉、明日は志摩の宿に泊まり、明後日は伊勢参りの予定。

 残念ながら参加できなかった人たちやその他大勢の豪雨や地震の被災者の方たちの分も、お参りせねば。

 旅行の記録も、おいおい書くつもり。

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# by kogotokoubei | 2018-09-08 09:01 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

新競技の名前

 こんなことを思いついた。

 アメリカンフットボールの内田、レスリングの栄、ボクシングの山根、そして体操の塚原が一緒になって新しいスポーツ競技の団体をつくったとしたら、そのスポーツの名は、「ソンタク」・・・なんちゃって。

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# by kogotokoubei | 2018-09-05 12:55 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
 今日は雨のため、日曜恒例のテニスは休み。

 ということで(?)、午前中に書いた記事に関連して、二本目の記事。

 午前中、柳家喬太郎の『ハンバーグができるまで』が舞台化されることを書いた。
 自分の過去のブログを検索して、関連する記事を眺めていたら、ある雑誌の落語企画の記事に行き着いた。

 それは、2014年3月号の『Switch』「進化する落語」という特集に関する記事。
 久しぶりに落語を取り上げた好企画として紹介した。
2014年2月22日のブログ

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「Switch」2014年3月号

 四年前の記事では、喬太郎のこんな言葉を紹介していた。

喬太郎 五十歳を迎えて思ったことがあります。これまでに過ごしてきた時間はいっぱいある。でも、未来もまだまだいっぱいある。そういう場所に、今、僕はいるんだということです。ということは、その気になればいろんなものが作れるんだと思う。失敗してもいい。だって、昔もそうだったんだから。すごく楽しみですね。これからは、会によっては「コケまくりの喬太郎」、「笑いがおきない喬太郎」というのが増えてくるんじゃないかな、と。

 これが四年余り前の言葉。

 さて、その後、「コケまくりの喬太郎」や「笑いがおきない喬太郎」が増えたのかどうか。私はそれについた語れるほどは喬太郎を聴いていないので、コメントは慎む。

 この発言の少し前に、喬太郎は新作について、このように語っていた。

喬太郎 僕はね、ときどきスーパーに買い物に行くんですよ。夕暮れ時の商店街とか。その時間帯に行くと、そんなにきれいじゃないけど、一応夕焼けだったりする。晩御飯の買い物で、奥さんたちがいて。さびれた商店街が少しは活気づく時間帯に、普段着にサンダルでレジ袋下げて、「次はどの噺を稽古しようかな」なんて考える。というのも噺家だなよなって思うんですよね。道楽にうつつを抜かして、酒飲んでかみさん泣かせてみたいなのも噺家かもしれないし、売れっ子でいつも飛び回っているのも噺家かもしれない。でもそういった何気ない日常の中から、僕の場合はものが生まれると思うんです。そういうのはすご大事だなと思う。

 こんなことを、喬太郎は考えていたんだ。

 引用を続ける。
ー幅広いレパートリーの中で、五十歳を迎えて、この年齢になったからこそ新しくできる噺や、逆にやりにくくなった噺はありますか。
喬太郎 「純情日記横浜篇」や「すみれ荘二〇一号」はもうやりづらいですね。
ー八十年代の匂いがするんですね。
喬太郎 そう。80年代って一番浮ついた時代だと思うんですよ。でも僕はあの頃一番ダサいところで生きてきたから、シブカジ、ハマトラ、トレンディとか、ああいうものに若干の敵対心があるんです。戦後という時代があって、安保の時代があって、後にはバブルが弾けて若い子が苦労しはじめる時代の間で、俺らは一番チャラチャラしていた。僕は82年に大学に入って、89年に噺家になっていますから、80年代を引きずっているんですよ。

 たしかに、「純情日記横浜篇」や「すみれ荘二〇一号」は、聴いている方も、ちょっと辛いものがある。

 私は74年に大学に入り、78年に社会人になった。
 ほぼ喬太郎と一世代違う。
 さて、私は70年代を引きずっている、と言えるのかどうか。

 さらに、引用。

喬太郎 「江戸の風が吹く吹かない」みたいなことを家元(立川談志)が言い始めたでしょ。「喬太郎さんの古典は面白いけど、江戸の風が吹いてない」と言われることがあった。でもね、80年代の風を吹かせられる人はあんまりいないじゃないかと思うんです。俺は全噺家の中で80年代の風を吹かせられる稀有な例なんだぞ、と。それをお客さんが望んでいるかは別として。
ーそれも個性ですね。
喬太郎 もちろん古典落語家の側面としては、江戸の匂いが出せればいい。努力はします。だけどそれはとても大変な作業で、それをするがために、俺しかできないことをやらずにいたらもったいないと、また最近思いはじめたんです。
 二ツ目の頃は、俺しかできない噺をやりたいと思ってました。その若くて尖がっていた頃の気持ちを思い出したんです。後世の人に名人と思われなくてもいいし、忘れられても構わない。今、生きている俺が俺しかできない落語をやればいい。そういう意味では今の年齢の新作も作りたい。
ーその意味では「ハンバーグができるまで」は年齢的に合う作品ですよね。
喬太郎 「ハンバーグができるまで」を作った時は、中年の等身大の噺が作れたかなと思いました。中高年というと慈愛とかそんなイメージになるけど、そうじゃなくて自分と同世代のニュアンスを、自然体で、しかも面白い噺にすることができないかと思っていたんです。
ーさきほど師匠が大事にしたいとおっしゃった、日常生活の中にある夕方の商店街の情景と「ハンバーグができるまで」は繋がりますね。
喬太郎 本当ですね。発想のきっかけは、離婚した夫婦って何を話すのかなと思ったことなんです。下北沢にあるオオゼキというスーパー。あそこは道路から、お客さんが買ったものを袋に入れている姿が見えるんですよね。その景色がすごく印象に残って、ぼんやりとあったアイデアを練っていくうちに出来たんです。だから、やっぱり日常生活から作り出していったんです。

 今日は雨のおかげ(?)で連れ合いと外で昼食をとったが、その店の近くにも、オオゼキがあったことを思い出した^^

 そうか、『ハンバーグができるまで』から伝わるリアリズムは、喬太郎の日常生活の観察力と創作能力が融合したものだったんだなぁ。

 最初に大手町落語会で聴いてからほぼ一年後、喬太郎・文左衛門・扇辰の三人会でも聴く機会があったが、ブログにこう書いていた。
2011年2月16日のブログ
前回よりもネタとしての成熟度のようなものを感じた。20分に刈り込んでも、この噺としての訴求力は十分。それぞれに個性的な登場人物も楽しい。

 古典においても描かれる人間についてはそうなのだが、新作にはその舞台設定も含め“同時代性”が求められるだろう。

 舞台化のニュースを目にし、ある雑誌を読み直すことで、一つの新作落語ができる背景を確認することができた。

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# by kogotokoubei | 2018-09-02 21:13 | 落語のネタ | Comments(12)
 朝日の記事を見て、少し驚いた。
 なんと、柳家喬太郎の新作落語『ハンバーグができるまで』が、舞台化されるらしい。
 引用する。
朝日新聞の該当記事

【「ハンバーグができるまで」舞台化について】
稀代の落語家、柳家喬太郎。本格本寸法の古典落語はもちろん、観客を爆笑の渦にまく、多彩な新作落語も人気、今、最もチケットの取れない落語家の一人です。その柳家喬太郎の新作落語の中でも特に人気のある「ハンバーグができるまで」の舞台化が決定し、来年2019年3月に銀座の博品館劇場にて、全8公演上演されます。
主演であるマモル役には、唯一無二の存在感で、今や、日本映画界に欠かせなくなった俳優、渋川清彦を舞台主演に抜擢。そのマモルの元妻サトミ役を、テレビや映画、舞台など経験豊富な実力派女優、馬渕英里何が演じ、2018年で結成23年を迎える劇団ペテカンがその脇をかためます。脚本・演出は映画そして舞台 柳家喬太郎出演作「スプリング・ハズ・カム」に続き、本田誠人が務めます。

 へぇ、なんとまぁ・・・・・・。

 私が『ハンバーグができるまで』を最初に聴いたのは、ずいぶん前になる。
 2010年2月の、第一回大手町落語会だった。
2010年2月27日のブログ
 今では、あのような大ホールの落語会には行っていないので、「あぁ、行ってたんだなぁ・・・・・・」なんて、ちょっと懐かしい思いもある。
 その高座に、こんな感想を書いていた。

まず最初にSWA仲間である白鳥の噺のサゲを解説してくれた。それも、この人らしさで。そして、白鳥のネタと同様にプログラムに「お楽しみ」となっていた噺は白鳥に対抗するかのような新作。喬太郎らしい。このネタを聞くのは初めてなのだが、以前に他の方のブログで読んでいた内容からは、部分的に演出が変わっていたように思う。それは喬太郎落語が生きている証拠なのだろう。男と女の物語に味付けされた笑いとペーソス、そして必ずしもハッピーエンドではないリアリズム。彼の新作の中でもこの噺は異質な魅力ももっているように思う。サゲもなかなか洒落ている。発表されてから5年位はたつようなので十分に練れていながらも演出への工夫や演技時間による構成の変化があるのだろう。上手いし強い、というのが今日の喬太郎の印象。

 ちなみに白鳥のネタは『はじめてのフライト』。結構大笑いした。

 この時書いたとおりで、喬太郎の新作の中でも、少し異質な作品だと思う。
 そのリアリズム、ペーソス、なるほど舞台には向いているかもしれない。

 先日、AERAの円丈と喬太郎の対談について書いたが、新作落語におけるこの二人の存在は大きい。
 そして、白鳥も重要な新作作者で、三三が『任侠流れの豚次伝』を全国で連続口演することも紹介した。

 そのネタを他の噺家が演じたくなるような魅力は、舞台や映画にしたくなる作品にまで今後発展していくのかもしれない。

 会場の博品館の名を聞くと、どうしても喜多八を思い出す。

 さて、博品館が今後は落語の舞台化の定席になるのかどうか。

 落語ブームは、新たな次元を迎えた・・・と言うと大げさかな。
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# by kogotokoubei | 2018-09-02 11:43 | 落語のネタ | Comments(2)
 8月の記事別アクセスランキングは、次のようになった。

1.鈴本夏まつり さん喬・権太楼特選集 8月16日 (2018年8月17日)
2.円楽の落語芸術協会加入について。(2017年6月26日)
3.落語芸術協会に、寄席の入りが悪く席亭から注文-朝日新聞の記事より。(2012年1月27日)
4.今から140年前、なぜ明治政府は改暦を急いだのか。(2013年1月14日)
5.健さんが愛した歌、「ミスター・ボージャングル」についての補足。(2014年11月25日)
6.火星大接近と猛暑のこと。(2018年7月25日)
7.小三治と喜多八の共通点ー浜美雪著『師匠噺』より。(2018年8月20日)
8.命日に、“キザな小円遊”という虚像を思う—『談志楽屋噺』より。(2013年10月5日)
9.龍志・志ん輔二人会 国立演芸場 7月29日(2018年7月30日)
10.川島雄三、生誕百周年記念企画のこと。(2018年6月13日)

 
 1位の鈴本夏まつり、9位の龍志・志ん輔二人会の二つが、本来(?)の寄席・落語会の備忘録的記事。

 2位と3位に、落語芸術協会関連の記事が入った。
 歌丸つながりでのアクセス増かもしれない。
 2位は、1位の記事とほぼ同数の300余りのアクセスがあったが、昨年円楽が“客分”として芸協に加入することに関して書いた記事。
 3位は、古い記事で、芸協の寄席の入りが悪く、末広亭の席亭が苦言を呈した、という記事。
 
 今思えば、あの席亭の苦言が、芸協が盛り返してきた、良いきっかけになったと思う。

 4位、5位、8位は、古いながらも安定的にアクセスのある記事だ。

 6位の記事は、火星大接近のことを書いたが、晴れた夜空に、赤く光った火星を眺めることができるね。

 7位は、数少ない該当月の記事で、ある師弟の話。

 10位で紹介した川島雄三生誕百周年記念企画、来月開催だなぁ。行きたいものだが、いろいろ野暮用も多く、難しいかもしれないなぁ。


 アジア大会のサッカー、昨夜の女子に続き、今夜は男子サッカーも頑張ってもらいましょう。
 来週は、大学同期会の旅行がある。
 さて、宴会でまた落語をご披露せねば。また、歩きながら稽古しなきゃ^^
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# by kogotokoubei | 2018-09-01 09:20 | アクセスランキング | Comments(2)
 昨日、落語協会の新真打たちが記者会見をした記事をサンスポからご紹介。
 五人とも、昇進とともに襲名披露ということになる。
サンスポの該当記事

2018.8.30 05:10
古今亭駒治らが新真打昇進披露会見「新作落語1本でやっています」

 落語協会所属の駒次改め古今亭駒治(39)、さん若改め柳家小平太(49)、花ん謝改め柳家勧之助(36)、たこ平改め林家たこ蔵(39)、ちよりん改め古今亭駒子(45)が29日、東京都内で行われた新真打昇進披露会見に出席した。

 今年1月に師匠の志ん駒(享年81)が他界した駒治は「新作落語1本でやっています。鉄道好きで鉄道の落語をやっています」とPR。

 師匠の柳家さん喬(70)から「ロックをやっていたから、リズム感を備えている」と言われた小平太は「私の落語を聞いた皆さんが良い気持ちになってくれれば」と話した。

 柳家花緑(47)門下の勧之助は「師匠のか、と大師匠(二代目柳家小さん)のん、を勧(かん)にあてました。多くの人に落語を勧められるようになりたい」と気合十分。

 師匠、林家正蔵(55)から「うちのかみさんが初めて『入れないで』と。ふにゃふにゃしていて気持ち悪かったらしい」と紹介されたたこ蔵は、「師匠のように街を歩いていても声を掛けてもらえるような落語家になりたい」と誓った。

 紅一点の駒子は、古今亭菊千代(62)が師匠。初の女性師匠から女性落語家誕生に「師匠の元でなければきょうの日を迎える事はできなかった。広い心で許してもらったところがある」と感謝した。

 披露興行は、東京・上野の鈴本演芸場(9月21~30日)を皮切りに、東京・新宿末廣亭(10月1~10日)、東京・浅草演芸ホール(同11~20日)、東京・池袋演芸場(同21~30日)、東京・国立演芸場(11月1~10日)で行われる。
 勧之助のコメント部分、“二代目”小さんは、“五代目”の誤り。早く直してね、サンスポさん。

 落語協会のホームページでの興行案内は、相変わらずポスターデータの掲載のみで、日程などを文字で紹介していないので、あえてスケジュールの部分も引用した。
落語協会HPの該当ページ

 今年2月に書いた記事と重複するが、この五人に続く香盤の二ツ目さんは、次のようになっている。
2018年2月22日のブログ

柳家わさび  2003(平成15)年11月入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
柳家喬の字  2004(平成16)年入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
初音家左吉  2004(平成16)年6月入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
柳家ほたる  2004(平成16)年6月入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
三遊亭たん丈 2004(平成16)年入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
柳家一左   2004(平成16)年11月入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
三遊亭歌太郎 2004(平成16)年8月入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
柳亭市楽   2005(平成17)年3月入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
三遊亭歌扇  2005(平成17)年8月入門、2009(平成21)年6月二ツ目昇進

 二ツ目昇進時期を基準に考えるならば、2008年3月が四人、同年11月も四人なのだ。
 
 四人での昇進は、番組作りにくいだろうねぇ。

 さて、来年はどうなるのかな。

 駒次、もとい、駒治の披露目の日には、なんとか駆けつけようと思っているが、何かと野暮用続きで、果たして行けるかな。


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# by kogotokoubei | 2018-08-30 12:33 | 真打 | Comments(4)
 興味深い噺家の対談を、AERA dot.で読むことができた。
AERA dot.の該当記事
 
 喬太郎と円丈の対談。
 引用する。

柳家喬太郎×三遊亭円丈対談 今の人気は「落語がいっぺん死んだから」
2018.8.26 11:30AERA

 落語家の柳家喬太郎さんは、三遊亭円丈さんの「グリコ少年」を聞いて衝撃を受けたという。先輩たちが闘う姿を見て育ち、自らを「円丈チルドレン」だと語る。

柳家喬太郎:僕は円丈師匠の影響で、噺家になったようなものです。大学時代は落研に入っていて、円丈師匠の高座をテレビや寄席で拝見して、ラジオで聞いて。自分でもつくりたくて、学生落語の大会で自作の落語が賞をもらった……それがなかったら、噺家になろうと思っていなかったでしょうね 。

三遊亭円丈:そういう人は本当に少ないんだよ。

──円丈師匠の新作のどんなところに惹かれたんですか?

喬太郎:それまで子供ながらに聞いていた新作落語のイメージが、ガラガラと崩れましたよね。僕は高校の時に、円丈師匠の「グリコ少年」を花王名人劇場で拝見して。もう、衝撃などという言葉では言い表せないくらいの驚きですよ。それからテレビ・ラジオはもちろん、寄席でも拝見しました。

円丈:そうだったの。

喬太郎:その後、(柳家)さん喬のところへ入ったんですが、初めから古典と新作の区別なく、両方やりたいと思っていました。うちの師匠も「円丈師匠の会には前座で出ていい」と言ってくれて。(三遊亭)白鳥兄さんや(林家)彦いちさんも一緒でしたね。

円丈:新作をやりたいという人は少なかったからね。これぞと思う人にはそっと肩に手を置いて、「君は新作に向いてるよ」と、声をかけてね(笑)。

喬太郎:円丈師匠や(柳家)小ゑん師匠が「少しでも新作をつくる気があるんだったら出てみないか」と、言ってくださった。

 円丈が、そっと肩に手を置いて「君は新作に向いているよ」と声をかける、という姿を想像すると、なんとも可笑しくなってしまう。

 紹介したように、喬太郎にといって人生を変えた(?)落語は、『グリコ少年』だった。

 この逸話、古くなるが、2009年に小言を書いた朝日新聞の文化欄の記事にも記されていた。
2009年5月30日の記事
 あの朝日の記事については、円生の落語協会脱退がなければ、円丈の新作落語は生れなかった、かのような論法に小言を書いた。
 該当の朝日の記事は、珍しいことに、まだリンクされているので、ご興味がある方はご覧のほどを。

 AERAの内容を、もう少し。

円丈:喬太郎くんが(春風亭)昇太くんたちとやっていた話芸集団SWA(創作話芸アソシエーション)はドーンと出てくるエネルギーがあったよね。

喬太郎 僕が高校生から大学生だった1980年代は、「落語という芸能はダサい」と思われていました。落研なんてモテないやつの代名詞ですよ。
 今の若い人が落語について先入観がないのは、若者の身の回りから落語がなくなって、いわばいっぺん死んだからじゃないかと思っています。知らないから、彼らは謎掛けや落語をダサいとは思わないし、古典も新作もなく、面白いものは笑ってくれる。その点、やりやすいし、恵まれていると思います。ただそういうお客さんは、こちらが頑張らなくても聞いてくれるから、闘う必要もない。それで、円丈師匠がおっしゃったような状況が生まれるのかもしれません。

円丈:落語だったら(古今亭)志ん生、(三遊亭)圓生、(桂)文楽といった古典の話で盛り上がるという時代も、僕は通過してきましたからね。その一方で、漫才ブームのときには、テレビのお笑い番組で熱狂的にウケている漫才やコントの間に出ていかなきゃならなかった。「着物を着たやつが出てきた」って感じですよ。そういうなかで、どうやって客を笑わせるのかと考えて闘ってきた。若い人たちも、そうした場でやってみると、物の見方も変わると思う。

 喬太郎が語るように、今の若い人の身の回りから落語がなくなっていたから、先入観なく古典も新作も、そして、謎掛けも楽しめるのかもしれない。

 平成の落語ブームと言われて久しい。
 象徴的だったのは、2005年のテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」(TBS金曜10時)と、2004年から2008年にかけて開催された「大銀座落語祭」だろう。
 
 二十歳台の若者の多くは、あのドラマもイベントの存在も知らないか、せいぜい歴史の一つとして知るのみに違いない。

 現在の若い落語ファンの存在を象徴するのは、「昭和元禄落語心中」かもしれない。

 あらすじは、ネットなどで知っているが、190万部も売れている原作の漫画は読んでいない。
 アニメも放送されたが、あの深夜での放送では、見ることができなかったし、録画して観ようとまではしなかった。

 なんと、NHKで、10月12日から十回シリーズでドラマ化されるとのこと。
NHKサイトの該当ページ

 「タイガー&ドラゴン」同様、金曜10時のドラマで、キャストもジャニーズ系。

 ちなみに、これまで今年のマイベスト十席に、新作で選んだことがあるのは、2014年9月浅草での柳家喬太郎『任侠流山動物園(「任侠流れの豚次伝」の第三話)』(浅草演芸ホール)のみ。
2014年9月5日のブログ
 あの日の浅草では、円丈の『手紙無筆USA』にも感心したなぁ。
 新作の力を再認識した日だった。

 喬太郎の噺は、三遊亭白鳥の原作。名作、と言って良いだろう。

 昨年、横浜にぎわい座で柳家三三が連続口演をして、チケットはすぐ完売になっていた。もしかすると、若い落語ファンが、殺到したのかもしれない。
 今年は、『またたびさんざ 柳家三三 四都市五カ月連続独演会2018』と題して、8月8日から名古屋、大阪、広島、福岡でこの噺の連続口演が始まっている。

 三三が、『嶋鵆沖白浪』とは対照的なこの新作で全国で連続独演会を開催するとは、結構、驚いた。
 とはいえ、現代版かつSF的な要素で味付けはしているが、白浪モノとして『嶋鵆沖白浪』とは共通するものがある。

 なかなか聴く機会のない、三三の新作連続口演、多くの若い落語ファンが、各地の会場に詰めかけるのではなかろうか。

 新たな落語ブームの風は、間違いなく吹いているのだろう。

 寄席も、結構若いお客さんが増えたように思う。

 「平成」の落語ブームではなく、どんな年号の落語ブームになるのやら。

 
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# by kogotokoubei | 2018-08-27 12:37 | メディアでの落語 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛