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噺の話

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 「いだてん」では、古今亭志ん生のさまざまな逸話が、相当脚色されて表現されている。

 たしかに、高座で寝たことはあるが、まさか楽屋に師匠がいる前座時代に、『富久』を演じながら寝た、なんてぇことはない。

 「フィクション」とことわっているので、あまり「それは違う!」などとたてつくのも大人気ないとは思うが、その逸話の典拠(元号か^^)については、正しく知ってもらいたい、という思いがある。

 だから、前の記事で、高座で寝たという逸話について、その目撃者の言葉を紹介した。

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岡本和明著『志ん生、語る。』(アスペクト)

 その、先代圓歌の証言(?)を紹介したのが、この本。

 志ん生と、りんさんの実にいい写真がカバーとなった本、平成19(2007)年発行の岡本和明の『志ん生、語る。』は、平成6(1994)年から発行が始まった『これが志ん生だ』(三一書房、全十一巻)の月報の中から選んで編まれた本。
 つい、他のページも読んでいて、紹介したくなった内容が、いくつかある。
 今回は、榎本滋民さんの文から。
 お題は、「すぼらぶりのダンディズム」。

 上野の本牧亭は、私がよく通い、舞台劇『孤塁』(唱和三十六年九月初演)のモデルにもした寄席だが、夏の昼下がり、なにかの会の中入りで、寄席の後部から階下の手洗いへ下りると、部屋で一人、将棋盤を前に座っている古今亭志ん生の背中が見える。
 彼の起伏に富む半生の前半を(当時朝太の)志ん朝、後半を故・馬生がドキュメンタリータッチで演じるテレビドラマ(唱和三十五年三月放送)を書いたばかりの時期でもあり、一番好きな寄席で一番好きな咄家を見かけたうれしさに、声をかけようとして、危うくやめた。
 偶然にも、彼の読みふけっていた本が、定跡の棋譜や詰め将棋の出題ではなく、明治二十二年創刊の落語講談速記雑誌『百花園』から、私が黄金時代の名演を選んで編集解説した、全五巻の落語全集の一巻であることが、ちらりと見えた表紙でわかったからである。
 と、そのとき遅くかのとき早く、人気配を背中に感じたらしい彼が、本を閉じざま座布団の下へ隠した。当時すでに定着し、多くの熱烈なファンを酔わせていた、晩期の春風駘蕩たる高座ぶりとはまるでちがう、つばめ返しのように俊敏な動作である。その直後、盤面をのぞきこんで。、将棋の工夫をこらすふりをした彼から、私は忍び足で遠ざかった。
 修行時代に敬仰(けいぎょう)した、四代目橘家園喬をはじめとする先輩たちの所演速記が、彼にとって聖典にひとしいものであるとしても、それに正対している彼の真摯きわまる姿勢は、「無頓着」「八方破れ」「出た床とこ勝負」「変転自在」などと伝えられてきたイメージとはおよそかけ離れたもので、図らずも特級の企業秘密にふれた私が、さすがにほんもののプロだ、掛け値なしの巨匠だと、なおさら志ん生が好きになったのは、おいうまでもない。
 もう一つ、後ろめたい悪事を働いていた場合でもないのに、人の気配にさっと本を隠してとぼける反射神経がうれしかった。とにかく、芸熱心をひけらかす努力型の芸人ほど、野暮で甘い批評家にかわいがられる中で、不断の刻苦勉励全くしていないふりをするシャイネスは、実は裏返しのダンディズムであることが、よくわかったからである。
 このダンディズムは、江戸芸人の心意気であったばかりか、彼の血脈に流れ入っていたという直参侍の士魂(さむらいだましい)でもあったろう。天馬空を往くがごとき縦横無尽の芸境は、ひそかなきびしい鍛錬の積み重ねによって築かれたものにほかならないと、私は確信している。

 榎本さんならではの、得がたい逸話。

 志ん生には、すぼらでいい加減、というイメージが元々あるのに加え、「いだてん」がそれに拍車をかけているように思えてならない。

 とんでもない。

 紹介したような、江戸っ子のダンディズムに溢れた芸人さんである。

 たしかに、終戦直前に、日本にいるより酒が飲めるだろう、などと思って満州に渡ったりする面もある。

 しかし、こと落語に関しては、志ん生はいたって真面目に取り組んでいた。
 とはいえ、そんな自分の姿を曝け出すことには注意し、すぼらな志ん生像を、あえて演じていたように思う。

 「いだてん」では、ずいぶん誤解されるような描かれ方をしている。
 それは、金栗四三のマラソンと、『富久』での幇間久蔵の“いだてん”ぶりを重ね合わせようとする脚本家くどかんの演出の無理がもたらしている面も多い。

 その着眼は悪くないとは思うが、志ん生という稀代の噺家について、誤解が広まるのは、残念だ。

 せめて、拙ブログでは、志ん生の実像について少しでも補足したい、などど偉そうに思っているが、ご容赦のほどを。

 次回「いだてん」では、圓喬の元を離れ、地方回りが始まるようだ。
 元号も、今の世と同じように、明治から大正に変わる。
 いろんな逸話も登場することだろう。
 楽しみでもあり、少し、不安もあるなぁ。

# by kogotokoubei | 2019-04-03 21:21 | 落語の本 | Comments(2)
 一昨日の「いだてん」は、落語愛好家の方には、さまざまな感想を抱きそうな内容だった。

 それは、若き日の志ん生の高座。

 朝太(志ん生)が、師匠橘家圓喬が稽古するのを人力車をひきながら聴いて耳で覚えた『富久』を、その師匠が楽屋で聴いている中で演じ、酒がまわってきて途中で寝てしまうという、なんとも大胆な演出だった。

 前座が、『富久』・・・ありえないなぁ。

 とはいえ、高座で寝たという逸話は、事実。

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岡本和明著『志ん生、語る。』(アスペクト)

 平成19(2007)年発行の岡本和明の『志ん生、語る。』は、平成6(1994)年から発行が始まった『これが志ん生だ』(三一書房、全十一巻)の月報の中から選んで編まれた本。

 その中に、先代圓歌の貴重な話がある。

 志ん生師匠が高座で寝ちゃったって話、よく他の咄家がしますけど、あれを実際に見ている人間は今じゃ僕くらいしかいないんです。
 今はもうなくなっちゃったけど、新富町に「新富演芸場」ってのがあったんです。ここは楽屋が高座の下にあったんですが、僕は志ん生師匠が好きだったから、志ん生師匠が高座に上がるとぼーっと見ているわけですよ。
 で、その日は楽屋にいる時からうつら、うつらしていましてね、もちろんいつもお酒を呑んでから楽屋へ入りますけど、でも、<あれ?志ん生師匠、珍しくうつら、うつらしてるな>って思ってたんです。すると前座が、
「師匠、出番です」
 で、出囃子が鳴ると芸人根性ですからね、すっと高座へ上ってったんですよ。あの方は、
「昔はってえと・・・・・・」
 と言った瞬間に、もう、自分が江戸時代を出せる人でしたからね。それは、他の人間がどんなことをしたってできやしないし、あそこまで行けないですよ。僕はその突っ込みが好きですし、尊敬もしていましたから、その日も見ていたんです。志ん生師匠は高座に上ると、座ってお辞儀を一回したんです。で、
「昔はってえと・・・・・・」
 と言って噺に入ったんですが、そのうちにおとなしくなっちゃった。<何だろうな?>と思って見ていると、「がー」って鼾が聞こえてくるんですよ。そしたら前にいたお客の、
「寝てるよ・・・・・・寝てるよ」
 って声がこっちにも聞こえてくるんですよ、小っちゃな声だけど。で、前座がすーっと出てきたんです。すると前にいたお客が、
「おい、いいよ、いいよ。寝かせといてやれよ」
 って小さな声で言ったんですが、まさか寝かせとくわけにもいかないんで、その時、楽屋にいた小圓朝師匠だったかな、誰かが、
「いいよ、俺が上るから」
 ってんで、出囃子が鳴ったとたん、志ん生師匠はすーっと目を覚ましたんです。僕が高座で話す時はここまでで終わりにしちゃうんですけど、実際には演りました。
「俺、寝ちゃって・・・・・・」
 みたいなことを言ってから、噺に入っていきましたよ。その時、もうお亡くなりになった“へたり”(前座のまんまでいる咄家のこと)で「圓福」って人がいたんですがね、その時は五十か六十だったと思いますが、そのお父っつぁんが言ってましたよ、
「疲れてんだねえ・・・・・・」
 って。その後、志ん生師匠が寝たって話は聞かなかったから、たぶん、その一回だけだと思うんですよね、志ん生師匠が高座で寝たのは。よくいろんな人間が、
「志ん生師匠が高座で寝たのを見た」
 なんて言ってるけど、そんなこと言ってたら志ん生師匠は一年中高座で寝てなくちゃなんない。

 そうなんだ、寝っぱなしじゃなかったんだ・・・・・・。

 ちなみに、起きてから演じたネタは、何だったのだろう。

 もはや、それを確認することのできる人は、一人もいない。

 圓歌さん、どこかで書いたり話してくれていたのだろうか。

 その名跡も、代が替わる。

 元号も変わる五月には、新たな圓歌に会いに行きたいと思っている。

# by kogotokoubei | 2019-04-02 08:45 | 落語家 | Comments(4)

新元号にちなんで。

 ちょっと、元号で遊んでみました。

   新しい元号の二字を明示(明治)して、出典対象(大正)も明らかにし、
   皆で「令和」と唱和(昭和)するなり。失われつつある、平静(平成)の世。



 おそまつ・・・・・・。
# by kogotokoubei | 2019-04-01 21:30 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

 先月の記事別アクセスランキングは、次の通りだった。

1.落語協会、来春の四代目圓歌襲名と、来秋の真打昇進について。(2018年11月14日)
2.落語芸術協会、今後の課題。(2019年3月22日)
3.『抜け雀』のサゲ-『米朝らくごの舞台裏』『落語鑑賞201』などより。(2015年5月15日)
4.松鶴に土下座させた、笑福亭小松という落語家のこと。(2014年8月4日)
5.今から140年前、なぜ明治政府は改暦を急いだのか。(2013年1月14日)
6.新宿末広亭 三月下席 夜の部 3月24日(2019年3月25日)
7.円楽の落語芸術協会加入について。(2017年6月26日)
8.新宿末広亭 三月下席 昼の部 3月24日(2019年3月25日)
9.落語を楽しむための「マナー」について。(2016年6月21日)
10.柳家喬太郎プロデュース “とみん特選寄席” 夜の部 紀伊國屋ホール 2月26日(2019年2月27日)

 1位は、落語協会関連で、鈴本に続き今日から末広亭で始まる四代目圓歌の襲名披露と、今秋の真打昇進披露の記事。
 2位は、芸協に関する記事で、新会長のニュースを機に書いた記事。
 3位は、このところ安定してアクセスの多い2015年の『抜け雀』についての記事。
 4位に、こちらも安定的なアクセスのある、2014年8月に書いた笑福亭一門のこと。
 5位、これまた古い、改暦について書いた2013年の記事。
 3月24日の、末広亭居続けの夜と昼の記事が、6位、8位に入った。
 7位は、一昨年書いた当代円楽の芸協加入(客分として)の件。
 9位には、このところアクセスの多い、落語を聴くマナーのこと。
 10位に、2月の「とみん特選寄席」の記事が入った。


 落語協会、落語芸術協会がらみの記事に、先月はアクセスが多かったのは、昇太新会長内定報道の影響だろう。
 「えっ、落語の協会って、一つじゃないんだ?」なんて人も、検索しているように思う。

 数少ない生の落語の記事が三つランキング入りは、嬉しい。

 その中の「とみん特選寄席」において、正楽師匠の紙切りで起きた出来事について、最近、Iさんから「東京かわら版」に長井好弘さんが書いた記事があると、スキャンデータ添付でお教えいただいた。

 恩田えり嬢と太鼓(たぶん小辰)の機転で、「ボヘミアンラプソディ」のリクエストに答え169.pngWe Will Rock Youが流れ、自然発生的に客席から手拍子が湧いたことについて、書かれている。
 この記事には興味深い裏話もあって、正楽師匠が、「フレディ・マーキュリー」というお題を最初にいただいたのは、1991年、彼が亡くなった年のケープタウンだったとのこと。
 「初めて切る」なんて言いながら^^
 実に結構なBGMに乗って、見事なフレディーとブライアンでござんした。

 さて、何かと野暮用の多い四月になった。

 新元号は、「令和」、ですか・・・・・・。

 昭和は、ますます遠くなるなぁ。

# by kogotokoubei | 2019-04-01 12:27 | アクセスランキング | Comments(0)

 花形演芸大賞を、江戸家小猫が受賞。
落語協会HPの該当ページ

 金賞には神田松之丞、三笑亭夢丸、桂吉坊、坂本頼光(活動写真弁士)、銀賞は古今亭志ん五、入船亭小辰、桂雀太、うしろシティ(コント)の名が並ぶ。

 小猫の大賞、意外でもあるが、最近の彼の芸を思い出すと、妥当でもあろう。

 芸協に比べで層の薄い落語協会の色物の中で、彼にかかる期待は高い。

 叔母さんのまねき猫も、芸協で頑張っている。

 動物ものまね、という芸の継承者への励ましとも言える受賞かもしれない。

 五代目猫八襲名は、いつになるかな。

 当代小南の披露目と同じように、まねき猫も出演する、協会の壁を越えた披露目になることを期待している。

# by kogotokoubei | 2019-03-30 09:18 | ある芸人さんのこと | Comments(6)
 両協会からの訃報が続いた。

 お二人のことを、同じ記事で並べて書く無礼を、先におことわりしたい。

 私にとっては共通点があるので、お許しのほどを願いたい。

 落語協会は、金原亭馬好。
 3月19日に旅立ったとのこと。
 この日は、米朝の命日でもあるし、ちょうど一年前は、立川左談次が彼岸の人となっている。特異日か・・・・・・。
 昭和二十三(1948)年生まれで、満年齢なら七十歳。

 芸協は、三遊亭金遊。
 3月24日に、仕事先の岡山で亡くなったとのこと。
 昭和二十六(1951)年生まれ、まだ六十台だ。
 前日、弟子の落語会に出演したのが最後となったという。
 同じ四代目円遊の兄弟子だった小円遊も、仕事先だったなぁ、などと思い出す。
 ちなみに、その小円遊が前座、二ツ目時代名乗っていたのが、金遊。


 お二人とも、平均寿命で考えても、惜しみある早い旅立ちだ。


 相変らず、落語協会ホームページの訃報は、味気ない。
落語協会HPの該当ページ
 対照的に、落語芸術協会の内容には、人の情けを感じる。
落語芸術協会HPの該当ページ


 私にとって、馬好、金遊のお二人に関して共通しているのは、一度だけ聴くことができた、ということだ。

 いや、一度しか聴けなかった、というべきだろう。


 馬好は、五年前、末広亭での先代馬生三十三回忌追善興行だった。
2014年9月15日のブログ

 こんなことを、書いていた。

金原亭馬好『初天神』  (10分)
 初である。金坊を連れて初天神に行く場面からだが、その独特の展開が楽しかった。
 七色(七味)唐辛子屋→占い→飴屋、とそれぞれの商売の口上をしっかり演じてみせた。私はこういう噺、好きだなァ。
 仲入り後の座談で、雲助が名前をつける際、師匠は「お前ならいいだろう」と許してくれたが、たとえば馬好のように見た目が雲助のようなら許さなかった、と笑い話をしていたが、なるほど迫力ある見た目である^^
 本来は、このように演出されていたのだろう、と思わせる、今では聴くことのできない『初天神』だった。

 金遊は、昨年11月、同じく末広亭の下席。昼夜居続けの昼の部だった。
201811月26日のブログ

 こう書いていた。

三遊亭金遊『開帳の雪隠』 (13分)
 未見で、楽しみにしていた人の一人。
 『心眼』は、当代一、と評する落語愛好家もいらっしゃるようだ。
 さすがに寄席での尺、そんな大ネタはかかるはずもないが、この珍しい噺を、小気味良く演じた。
 声が良い。アナウンサーにでもなれそうな声質。
 回向院の前にある駄菓子屋さんの老夫婦が主人公の、地味な噺だが、味わい深く聴かせてもらった。
 この噺は、四年前の鈴本夏祭りで、三三で聴いて以来。
2014年8月21日のブログ
 寄席ならではのネタ、とも言えるだろう。 
 寄席の逸品賞候補としたい。
 寄席の逸品賞は、同じ席での三遊亭萬橘『紀州』があまりにも良かったので、受賞(?)は逃したが、印象深い高座だった。

 
 持ち味は対照的に違うのだが、落語本来の楽しさを充分に引き出すことのできる巧者だと思ったし、またぜひ聴きたいと思っていた噺家さんたち。

 こういう悲しい報せに接すると、やはり、まだ聴いていない噺家さんに会いに行かなきゃなぁ、と思う。

 合掌


# by kogotokoubei | 2019-03-27 19:11 | 落語家 | Comments(8)
 先ほどまでの満席だった椅子席は、三割ほどに激減。
 終演時点でも四割くらいだったかな。
 桟敷は、上手、下手にそれぞれ五、六人だった。

 う~ん、六割くらいは動員できないといけないだろうなぁ、芸協さん。

 出演順に、感想などを記す。

三遊亭美よし『小町』 (7分 *16:50~)
 次の鷹治によると、末広亭では初高座の女流の前座さん。
 遊吉の弟子とのこと。
 芸協のHPには、まだ名が載っていない・・・・・・。待機児童扱いか^^
 とにかく、精進していただきましょう。

桂鷹治『普段の袴』 (11分)
 この人も、初、のはず。当代文治の弟子、ということは、結構忍耐力はある、ということか^^
 前座の美よしを気遣う言葉は、好ましい。
 高座は、そう悪くなかった。見た目も大きいし、今後も大きく成長を期待しよう。
 この噺は滑稽噺としの一つの典型「オウム返し」のネタで、噺本来の可笑しさを引き出せれば笑えるし、巧者によって爆笑ネタにもなりえる。
 「祝儀と不祝儀が往来で衝突してその仲裁に行く」とか「なにヒダが崩れた!?それじゃ、高山はてぃへんだ」など、なかなかに楽しい科白で満載。
 八代目正蔵->五代目小さん、と、八代目柳枝->当代円窓、という二つの流れを経て、今につながっているが、当代では、一之輔、そして、正朝の二人が出色ではなかろうか。
 芸協ならこの人、と言われるように、鷹治にも頑張ってもらおう。

カントリーズ 漫才 (11分)
 昼の部の山口君と竹田君の余韻が残っているので、若いのに今一つ、という印象。

昔昔亭桃之助『たらちね』 (13分)
 相変らず末広亭のプログラムには、昔々亭としてあるのは、いただけないなぁ。
 そろそろ草津温泉落語のマクラは、変えて欲しい。もう長いこと聴いているぞ^^

三笑亭可龍『狂言マック』 (14分)
 当代枝太郎作。
 マクドナルドに、狂言師(和泉○○がモデル)がアルバイトとしてやって来て、というネタ。
 枝太郎が二ツ目花丸時代に聴いているが、可龍の狂言師ぶりもなかなか結構。
 古典も、こういう新作もどちらも水準以上の噺家さんで、将来の芸協を背負って立つ人だと思う。

小泉ポロン 奇術 (9分)
 喫煙室を出てから後半のみ、後ろの方で見ていた。
 マイクを離れた時の科白が、ほとんど聞こえなくなる。
 そのあたりは、要修正である。

立川左平次『近日息子』 (13分)
 昼の部は円楽一門の日替わり(この日は、間に合わなかったが、王楽)、夜の部は立川流の日替わりで、この人だった。
 一周忌が過ぎたばかりの左談次唯一の直弟子で、初めて聴くのを楽しみにしていた。
 良く言えば、落ち着いた高座。悪く言うなら、この噺らしい可笑しさを、今ひとつ引き出せない高座だった。
 しばらくしてから、また別なネタで聴いてみたい。

三遊亭円馬『本膳』 (15分)
 この人は、こういう噺の、そのネタの可笑しさだけで客席を沸かせる力がある。
 左平次には、ぜひ、こういう高座を見習って欲しい、などと考えながら聴いていた。
 この噺も典型的な「オウム返し」のネタだが、芸達者が演じると無理にクスグリなど挟まなくても可笑しい。
 新作の芸協にも古典を巧みにこなす、こういう中堅がいる。とはいえ、そういう人は多くはないのも事実なのだが。

春本小助・鏡味小時 太神楽 (14分)
 一つ鞠、三本撥、向き合いの撥、傘、を披露。
 小助が、結構危なっかしい芸で、ハラハラさせるのだが、あれは芸か^^

立川談幸『町内の若い衆』 (15分)
 ニコニコと演じる姿に、「やはり、この人は寄席が好きなんだなぁ」と思いながら聴いていた。
 弟子の吉幸が五月に晴れて真打昇進。そんなことも笑顔につながっているのかもしれない。
 熊公から、熊の家に行って一芝居打ってくれと頼まれた八五郎が、熊の家近くに来ると、「おぅ、寒気がする。寒気がするから、道に迷わなくていいや、この家は」なんて科白も実に可笑しい。
 ニンなネタで、客席を湧かせた。
 
桂幸丸『吉田茂伝』 (18分)
 仲入りは、この人。
 これまでは漫談が多かったが、久しぶりにネタを聴けた。
 吉田茂は、高知の自由民権運動家竹内綱の子で、この父親はよく警察につかまり刑務所で缶詰になった。ツナだけにかんづめになる、なんてギャグを挟みながらの人物伝の自作。
 最近のニュースなど(たとえば横浜にできた○○○ミュージアム)も交え、やや古いネタではあるが、程よい笑いの反応を受けながらの高座で、前半終了。

三笑亭可風 『 ? 』 (12分)
 クイツキは、この人。
 師匠ネタのマクラから新作の本編へ。
 夫を亡くした老婆三人の会話から始まり、三人が一緒に住んだのだが・・・という筋書き。
 毒舌の会話が楽しい。「陽子さんはいいわねぇ、ハロウィーンで被り物がなくても大丈夫だから」なんて科白がポンポン飛び出す。
 少し調べたのだが、演目名が分からない。ご存知の方、お知らせ願えれば幸いです。

青年団 コント (11分)
 二人だけのニュースペーパー、という感じのコンビ。
 人事部長と二階級特進で人事課長になるヒラ社員という設定。
 二人が勤める会社の格付けは「トリプルZマイナス1」で、上が大塚家具、などの時事ネタを含むギャグが満載。
 「私の夢は、課長になることだったんです」「まるで、そろばん三級でやめるようなものだな」などの会話が、なんとも可笑しいのだ。
 シリアのダマスカス支店を出したことから業績が急降下した会社が作っているのは納豆。豆腐にも手を出して「五丁」の損失を出した、だから課長昇格をもってリストラ、という話にヒラ社員が抗議するのだが・・・・・・。
 寄席のコントならではの毒、私は好きだ。

春風亭柳好『長屋の花見』 (14分)
 古典を「久しぶりに聴いた」、という印象の高座。
 とにかく明るいのだ、この人の高座。
 番組構成的にも、季節柄も、程よいネタ選びだった。

桂南なん『反対車』 (14分)
 歌春の代演。プログラムを見るお客さんに向かった、「プログラムには、ありません。特別出演、です」とニッコリ。
 花粉症の薬で眠い、などと言いながら、このネタへ。
 まず、最初の病み上がりの車屋が、なんとも弱弱しく、「ウンコラショッ」「ドッコイショッ」と梶棒を回す場面のユルさが、たまらない。
 そして、二人目の元気な車屋との対照が、この噺の持ち味を充分に引き出していた。
 走り出す前に「保険に入ってますか?」と、自分が保険の外交をしていると言うのに加え、秩父へ行き、「どうです、私の民宿に泊まりませんか」という、したたかな車屋である。
 次は京都へ、そして東京駅へ戻り、車屋が「お客さん、どこへいらっしゃるんですか?」に「京都へ行く・・・・・・」のサゲも可笑しかった。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておく。
 
桧山うめ吉 俗曲 (10分)
 169.png行きに寄ろうか
 169.png梅は咲いたか
 169.png箱入り旦那
 169.png春はうれしや
 の後、踊りで「夜桜」
 いつものように、艶やかで結構でござんした。

柳家蝠丸『死神』 (30分 *~21:04)
 まだ、ネタが決まってないんです、というのは、ネタだろう^^
 主人公の仕事が設定されている。しかし、サゲにつながるので、秘密としたい。
 死神登場の場面は、まさにニン。
 「死神がどんな様子かと言うと、まぁ、私がもう少し年をとったと思っていただければ」という言葉に説得力があったなぁ。
 呪文は「アチャラカモクレンバイアグラ、テケレッツノパー」。
 こんな呪文なので、医者になった男が治した患者は、突如寝床から起き上がって「吉原に行きたい!」と叫ぶ。なるほど^^
 金がたまった男が妾に「寄席に行きたい」と言われて寄席に行き、噺家を連れて飲ませ、食わせる、というのは願望かな。
 地下に降りて、「あの団体で太くて長くて勢いのいいのは」という男の問いに、死神が「もちろん、今日の末広亭のお客さんたちだ」というのは、なかなか結構。
 もう一つの団体のろうそくもあったが、まぁ、それは内緒ということで。
 男の商売を使ったサゲ。なるほど、それもあり、かな。
 幕が下がってから、「あのサゲは私の創作です」と声があり、また、拍手。
 なかなか、サービス精神旺盛な高座だった。


 約七時間半の居続けだったが、足腰はなんともない。
 久しぶりの末広亭、かつ、芸協の昼夜は、売り物の新作も含め、なかなか活気に満ちていた。
 新会長就任のニュースは、良い弾みになっているような気がした。

 芸協の寄席の噺家さん、落語協会の実力者、たとえば、権太楼、さん喬、雲助、一朝などや、中堅の喬太郎や文蔵、扇辰、若手の白酒、一之輔などの顔ぶれと比べると、たしかに量的には負けている。あくまで、現時点では。
 しかし、新作に古典という落語そのものもバラエティに富んでいたし、漫才やコントに太神楽などの色物を含め、総体としての寄席として、なかなか楽しめた。

 落語家だって、この日の南なん、鶴光や若手の今輔、可龍、夢丸などの個性的な高座は、得がたいものだ。
 そして、もっと若手に目を向ければ、「成金」メンバーに代表されるように、イキのいい顔ぶれが揃っている。
 先日の「さがみはら若手落語家選手権」は、落語協会の歌太郎、小太郎、小辰、そして立川寸志を相手に、桂竹千代(竹丸門下)が優勝した。

 彼ら若手の今後には、大いに期待できる。
 

 さて、鈴本では四代目円歌襲名の披露目が始まっている。

 いつ行けるものやら分からないが、なんとか駆けつけたい。

 五月には、芸協の真打昇進の披露目が続く。

 そして、秋には落語協会の四人と、芸協の小痴楽単独の真打昇進披露がかち合うことになる。ぜひ、小痴楽の披露目には行きたいものだ。

 寄席から目が離せない、そんな一年になりそうだ。

# by kogotokoubei | 2019-03-25 21:36 | 寄席・落語会 | Comments(10)
 末広亭の友の会に入っているので、三ヵ月ごとに入場券が送られてくる。
 今月末までの券を使わずにいたら、期限が近づいていた。

 本当は、夜の主任白酒の中席に行こうと思っていたのだが、野暮用続きで行けず、どうも昨日しか機会がなさそうなので、日曜恒例のテニスを少し早めに抜けて、芸協の下席へ。
 昇太の次期会長就任のニュースもあったことだし、芸協の寄席にも行きたかったからね。

 新宿三丁目に着き、コンビニで夜食の助六やお茶などを仕入れてから会場に入ると、ちょうど、「コント山口君と竹田君」が始まったところ。
 椅子席はほぼ満席で、桟敷も八割ほど埋まっている。
 お茶子さん(でいいのかな^^)に勧められた上手の桟敷の空いたスペースに落ち着く。 

 出演順に感想などを記す。

コント山口君と竹田君 コント (13分位 *たぶん、13:33頃~)
 寄席では初めて。
 後で調べても、芸協の色物のリストには客演を含め、載っていない。
 特別出演だろうか。
 二人とも私とほぼ同年齢なのだが、若々しい。
 竹田が温泉旅館に泊まった客、山口がその宿の主人、という設定。
 竹田の隣部屋の客がうるさいので苦情を言い、山口が応対するという内容なのだが、これが、なんとも可笑しい。
 満席近い客席が爆笑に包まれた。
 もし、今後、正式に芸協に入るのなら、また色物が強力になるなぁ。

古今亭今輔『雑学刑事(でか)』 (14分)
 米福の代演で、この人。
 定番のクイズに関するマクラから、そのマクラに相応しいネタへ。
 クイズ大好き、雑学の達人の刑事(まるで、本人^^)が、強盗犯人にクイズを出して困らせるという筋書き。
 目出し帽は、クリミア戦争で、ウクライナのパラクラバとい町で初めて使われたので、この帽子の名がパラクラバになった。
 世界で最初の銀行強盗はジェシー・ジェームズで、1866年2月13日に初めて彼が銀行強盗を成功させたので、2月13日は「銀行強盗の日」となっている、なんてぇ雑学が満載。
 新作の芸協、という看板を今後背負って立つ一人が、この人だと思う。

神田紫 講談『山内一豊の妻』 (13分)
 初。検索すると、日本講談協会会長さんらしい。
 少し、喉の調子が悪いのだろうか、ややつまり気味。
 若い時は、さぞかし別嬪さんだったろうなぁ、と思いながら聴いていた。
 (今も別嬪よ、とのご本人の声が聞こえてきそう^^)

一矢 相撲漫談 (12分)
 喫煙室で一服してから、客席後方で聴いていたが、私の経験上これまでで一番ウケていた。この日が、大相撲の千秋楽、ということもあるかな。

笑福亭鶴光『袈裟御前』 (16分)
 仲入りは、この人。
 またか、という感じではあったが、何度聴いても笑えるというのも、芸のうち。
 短縮版であったが、客席を大いに暖めて、前半を締めた。


 あらためて客席を眺めると、若いお客さんが多い。
 アベックや、女性連れも何組か目立つ。
 昭和元禄、しぶらく、NHKのムービー、イケメン落語家など、さまざまな要素があるのだろうが、日曜とはいえ、芸協の席で若いお客さんを含む盛況ぶりを、私はなんとも嬉しく思いながら、煎餅をかじっていた。

三笑亭夢丸『旧婚旅行』 (12分)
 この人は、古典も新作もこなすが、この日は、この新作。
 老夫婦が、五十年前の新婚旅行で行った同じ温泉旅館を訪ねる設定。
 あの時と同じように、お互い裸になって、部屋の両端から走って来て抱き合おう、なんてことを考えるから、大変なことになる。
 内容としては、「古いなぁ」、という印象は拭えないのだが、この人の芸で爆笑ものになった。
 以前に比べ、早口過ぎて上っ滑りすることもなく、見た目も含め、落ち着きが出てきたような気がする。
 しっかり、クイツキの役割を果たした。

東京太・ゆめ子 漫才 (14分)
 円熟の芸。
 「おかげさまで、夫婦で43回目の花見に行けます」で、客席から拍手。
 京太は昭和18年生まれで私の一回り上、今年76歳になる。
 ゆめ子は、協会HPで生年月日を公開していないが、ほぼ同年齢だろう。
 両協会のベテラン漫才師が寄席から姿を消す中、現役として最高齢漫才コンビになったのではなかろうか。
 まだまだ、色物の芸協を引っ張ってくれそうだ。

三遊亭とん馬 漫談&踊り「かっぽれ」 (17分)
 この人では以前『他行』という珍しい噺を聴いている。
 九官鳥、交通事故車の中の猿などの小咄をふって時間が押し、「あと二分になったので、踊りを」とカッポレを披露。
 小咄も受けていたし、逃げの高座とは思えなかった。ご本人もネタをしたかったのが、客席の反応の良さで、つい小咄が長引いた、という印象。しかし、次の小南からは、いじられた。

桂小南 『ふぐ鍋』 (18分)
 膝前は、久しぶりのこの人。
 「私は、漫談と踊りでお茶を濁すようなことはしません」で客席から笑い。
 半分冗談、しかし、半分本気の言葉かな。
 こういうひと言は、悪くない。とん馬も決して投げた高座ではなかったが、協会メンバー同士の自浄能力があることを示したひと言と感じた。
 好き嫌いは別れるだろうが、なんとも独特のダミ声は印象的だ。
 二人で、恐る恐る河豚をつつく場面の可笑しさは、寄席で実際に見るしか分からない。
 『菜刀息子(弱法師)』など、師匠の十八番をそのうち聴きたいものだ。
 
やなぎ南玉 曲独楽 (9分)
 扇を使った地紙止め、真剣を使った切っ先木の葉止め、大きな独楽での風車、最後は糸渡り。
 この人の経歴は多岐に渡っており、最初は八代目正蔵の身内、次に橘右近に寄席文字を習い、その後で、曲独楽の世界へ入ったようだ。
 だから、協会の色物の香盤はそんなに高くない。
 落語協会の三増紋之助とは、年代も芸風も好対照。静かにヒヤヒヤ観る芸も、悪くない。

三笑亭夢太朗『ねずみ』 (27分 *~16:11)
 夢樂の弟子。直弟子としては、初代夢丸に続く二番弟子。
 昭和54年のNHK新人落語コンクールでは、正雀に大賞を譲っての優秀賞。
 また昭和55年には、小遊三などと「芸協若手五人衆」の一人として、文化庁芸術祭優秀賞を受賞。「優秀賞」に馴染みの深い人^^
 寄席の短い噺はたくさん聴いているが、長講は、昨年10月、横浜にぎわい座「名作落語の夕べ」での『時そば』以来。
 丁寧な高座、というのが強く印象に残る。旅館ねずみやの息子の可愛さはよく表現されていたのだが、父親が甚五郎に昔話を聞かせる場面が、やや平板に思えた。
 虎屋に頼まれた彫刻家、飯田丹下の名が最初出ず、後から付け加えたことで、サゲ近くのリズムが悪くなったのが残念。
 丁寧で、大らかなのは良いが、もう少し深みというか、味わいが欲しい。


 これにて、昼の部はお開き。

 若い方が多かった客席は、一気に寂しくなった。

 好きな下手の桟敷に移り、コンビニで買った助六を食べて備えた夜の部は、次の記事にてご紹介。

# by kogotokoubei | 2019-03-25 12:47 | 寄席・落語会 | Comments(2)
 歌丸さんの後継は、あの番組と同様に昇太となったようだ。

 メディアにニュースが出て以来、拙ブログで過去に落語芸術協会(芸協)のことを書いた記事へのアクセスが急増している。

 2012年に、新宿末広亭の席亭から、芸協の寄席の入りが悪く、他流派からの人気者の出演を含むテコ入れを要請されたことなども紹介していた。
2012年1月27日のブログ

 当時は、落語協会のホームページに比べ、芸協のサイトは、当日の寄席の代演情報がないなど、広報活動にも差があった。

 しかし、あの危機的な状況から、歌丸会長の陣頭指揮もあったのだろう、寄席そのものの活気も出てきたし、サイトも改訂され、落語協会のサイトが改悪されたことと好対照で、芸協のホームページやメールマガジンは実に充実している。

 また、小痴楽や松之丞など若手の人気、実力を備えた人たちの抜擢真打昇進というニュースもあり、協会の勢いという点では、芸協が勝っているように思う。

 昇太は、いいタイミングで会長になるように思う。

 ただし、問題はある。

 ベテラン、中堅の噺家の顔ぶれは、どうしても、落語協会からは見劣りがする。

 一つの目安を示したい。

 文化庁の芸術選奨である。
 昭和42年以降、文部科学大臣賞を受賞した噺家は、次の通り。

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 芸協からは、桂小南、桂文治、そして平成16年の歌丸前会長以降、受賞者は出ていない。

 やや、上方に偏重しているような気がする。

 そうそう、先日の居残り会では、昨年度の受賞者について、「なぜ一朝ではなく、鶴瓶なんだ!?」という話題もあった。

 東京落語界からの受賞者は、落語協会の実力者が続いている。

 私などは、小満んがなぜ受賞していないのか不思議でならない。

 芸術祭と違って、自主的に参加することを表明する賞ではない。

 よって、多分に審査委員の恣意的な面は影響するだろう。

 しかし、落語協会からの受賞者の顔ぶれには、不思議はない。

 昇太自身もそうだし、他のベテランも含め、結果として芸協から受賞者を出すこと、中堅クラスでも落語協会と競えるようになることが、今後十年ほどの課題ではなかろうか。

 客の入りが悪いからと漫談で逃げたりする噺家が減ることにも、新会長は目を配るべきだろう。

 歌丸前会長が寄席も自分の独演会も大事にしていたことを、人気者の新会長は忘れてはならない。

# by kogotokoubei | 2019-03-22 12:54 | 落語芸術協会 | Comments(8)
 「横浜 柳家小満んの会」は、『らくだ』で有終の美を飾った。

 元は上方の『駱駝の葬礼(そうれん)』で、四代目桂文吾が完成させた噺とのこと。

 この噺については、ずいぶん前に、志ん生を中心にした記事を書いた。
2012年6月27日のブログ

 あの記事は、大手町落語会で権太楼の見事な高座を聴いたこと、また、真打に昇進したばかりの一之輔が三田落語会でこのネタをかけた後、彼のブログで悩んでいる様子を目にしたことから書いたものだった。

 記事の中で、松鶴に代表される上方版のことや、八代目可楽の割愛の芸の魅力などにもふれたが、平岡正明の『志ん生的、文楽的』の次の文章なども紹介し、あえて東京版の、中でも志ん生のこの噺の良さを強調した。

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平岡正明著『志ん生的、文楽的』(講談社文庫)

 文吾に対して三代目小さんと志ん生は、したがって剣術の小さんも可楽も、久蔵が泣き上戸であるという演出を採らない。小心で善良な屑屋の久蔵が、三碗の酒でトラになり、生傷男を圧倒するのだ。三碗にして岡を過ぎず。水滸伝の武松が景陽岡で、三碗呑んだら岡を越えられないという強いききめの「透瓶香」という酒(同じ銘柄の白酒が現在の景陽岡にある)をぐびぐび飲んで、ますます気宇壮大になって、虎が出るから夜間の山越え禁止という役所の高札を無視して岡を越え、あんのじょう人喰虎に出くわしたが、これを素手で殴り殺したとき、虎の魔性が武松にのりうつったことを感じる。同様に三杯の酒でらくだが久蔵にのりうつったのだ。三代目小さんが「らくだの葬礼」を東京に移植するにあたって、久蔵が三杯の酒でがらっと性格が変って関係が一気に逆転したほうがよく、屑屋の内心の変化を追う上方の演出はぬるいと感じただろうことを志ん生も感じているようだ。

 先日の小満んも、この三杯目からの激変を、見事に演じていたなぁ。

 その会の記事に、屑屋とらくだの兄貴分の主客逆転の後、らくだを弔うために坊主にする場面の演出について、コメントをいただいた。
 志ん生が、髪の毛を毟り取るようなことを、小満んはしなかったと記事で書いたのだが、志ん生がそんな演出をしていたことをご存知なかった、というコメントだった。

 少し、自分の記憶への疑問へのあり、あらためて志ん生の音源を聴き直したり、本を再読した。

 聴き直した音源は、こちら。
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Amazon「五代目古今亭志ん生 らくだ 二階ぞめき」
 日本伝統文化振興財団(日本ビクター)から発売された、倒れた後の音源だが、私はこの高座のなんとも言えない味わい、好きだ。
 しっかり(?)、らくだの髪の毛を毟っている。

 ちなみに、Amazonには、こんなレビューも書いていた。
『らくだ』はサゲまで通しの長講。昭和40年の収録だから倒れてから4年後。
『二階ぞめき』は昭和39年の収録で、こちらも病後である。
志ん生の数あるCDを選ぶ際に昭和36年以前の作品を選ぶことは落語ファンの常識かもしれない。
しかし、昭和38年の東横落語会での『疝気の虫』のように、復帰後の何とも言えない味わいを好む人もいる。もちろん残された膨大な作品の中には、最盛期ですら必ずしも傑作ばかりとはいえないので、病後の作品を選ぶのは一層リスクが大きいのだが、この二作品は“当たり”だと思う。
元気な頃の同じ演題と聞き比べるのも一興だろう。

 私の持っている病気前の音源も良いのだが、短縮版なので、らくだを坊主にする場面は、ない。

 活字でも確認したが、その本は『志ん生 長屋ばなし』(立風書房)。

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 この本は、その後、同じ立風書房の「志ん生文庫」版にもなり、ちくま文庫でも再刊されている。

 志ん生は、音源によっての違いもあるのだが、この本で小島貞二さんがラジオの音源を書き取った内容においては、屑屋久蔵の科白と行動、次のようになっている。

「な、こんなやつァ、どうせ、おめえ・・・・・・極楽に行ける野郎じゃないけどもよォ、な、ウン・・・・・・。おう、だからよォ、おめえ、そこいら少ぅし片づけろよ、おれ、坊主にしてやるから・・・・・・。え?なァに大丈夫だよ、こんなもの坊主にするくれえ・・・・・・エ、朝めし前よ、ウン・・・・・・。この野郎、ずいぶん毛がのびてやがる、えェ、こンちくしょうァ・・・・・・。
 おれがやるから、いいってことよ。・・・・・・どうでえ、うめえもんだろう。ウ、ウン、アハハハ。
 ガ、ガーッ、プッ、プーッ・・・・・・。(と、髪の毛を指に巻きつけてむしりとる。酒を口に含んで、プーッと霧にして、その頭に吹きつけ、またむしる。指先にからまった髪の毛を突ン出して)
 おう、これ・・・・・・やろう・・・・・・!」

 この本(初版の単行本)の冒頭に、志ん生自身の話(小島貞二さん聞き書き)で、こう記されている。ちなみにこの文章は、『志ん生芸談』(河出文庫)にも収録されている。

『らくだ』てえはなしの中で、はじめは気の弱い屑屋が、酒が入ると、だんだん気が強くなって、酒乱の本領をあらわし、らくだの兄貴分てえすごい野郎を、あべこべにおどかすでしょう。酒のみてえなァ、ああいうもんで、酔った勢いで、自分の立場なんざァ、忘れてしまって、天下ァ取ったような気になる。「べらぼうめ、矢でも鉄砲でも、持って来やがれッ」てえ、アレですよ。
 屑屋がらくだの頭の毛を、むしり取るでしょう。アレで特殊部落の人間だてえことがわかって、らくだの兄貴分がびっくりする。『らくだ』てえはなしは、なくなった可楽も売りものにしていたが、あの人もあたしの『らくだ』なんですよ。ただ、あの人ァ、頭の毛を剃刀でそぐようにした。その辺のところが研究なんですナ。

 志ん生は可楽が剃刀にしたことを“研究”と評したが、たしかに、あの場面、髪の毛を毟り取るという演出にすると、どぎつくなる。

 しかし、髪の毛毟りの場面があることにより、上方と東京とで、それぞれに兄貴分に与える効果があるということも考える必要がある。そして、その心理的な効果は、微妙に異なっている。

 四代目桂文吾が創った上方の『駱駝の葬礼(そうれん)』は、兄貴分の熊が隠亡と知り合いという設定。
 だから、らくだも兄貴分の熊も、そして隠亡もお仲間。
 剃れない剃刀を熊が借りてきたので久さんが髪の毛を毟り取ることで、熊は、きっと屑屋に親近感を抱いたはずだ。仲間意識、とでも言うべきものを感じたはず。

 対して東京版では、髪の毛毟りに加え久さんが火葬場の隠亡と知り合いであると告げることによって、兄貴分は、屑屋にある種の恐怖感を抱いたはず。上方版とは逆で、屑屋との距離感ができたと思う。


 東京の落語の過半数以上は、元ネタが上方にある。
 そして、三代目小さんや他の噺家さんにより、演じる場所に会わせ、また自分なりの解釈で脚色されて、今日に至っている。

 この『らくだ』という噺も、上方と東京では設定と演出の微妙な相違があること、そして、その違いが登場人物の心理的な位置関係を変えていることを思うと、落語というものの奥の深さをあらためて感じる。

 もちろん、小満んのように、あの場面を剃刀でさっと短く演じるのも、軽妙洒脱、品格を持ち味とする噺家さんらしく、良かった。

 そう、その噺家の持ち味、あるいは“らしさ”ってぇのは、大事だなぁ。

 そう思うと、志ん生だから、髪の毛を毟り取ってもいいのだろう。
 加えて、その演出の底流に流れているものを、志ん生はしっかり把握している。

 ぞろっぺいな面が強調されるが、実はその高座の背景には、噺の本質を捉えているからこその、志ん生なりの繊細な感性があるのだと私は思う。

# by kogotokoubei | 2019-03-20 20:54 | 落語のネタ | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛