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噺の話

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 当初、10月26日の放送を予定していた、今年の「NHK新人落語大賞」は、ラグビーワールドカップの準決勝、ニュージーランド対イングランドを放送することになり、11月4日(振替え休日)に延期となった。


 開催は、10月21日だった。

 NHKのサイトには、上方から三人、東京から三人の下記の出場者が案内されている。
NHKサイトの該当ページ

上方:桂華紋、笑福亭笑利、露の紫
東京:古今亭志ん吉、立川こはる、柳亭市弥

 残念ながら、華紋と笑利は未見。

 今回は、強力な緘口令があったとみえて、ネットでは、結果のリークが見つからなかった。

 さて、誰が優勝したのやら。

 ここ数年、放送を見てブログに感想などを書いている。

 11月4日の放送時間には家にいない。あらかじめ知っていれば、やりくりできたのだが。

 もちろん、録画して後で見ることもできるが・・・今年は見ないことに決めた。

 いろいろ理由はあるが、結局、ストレスばかりが、たまりそうだから。

 まず、予選を公開すべき、と毎年のように記事で書いているが、いまだに未公開の予選であることに、ストレスがたまる。

 私が期待した人の名が欠けていることもストレスなのだが、予選に出たのかどうかも分らない。

 「さがみはら若手落語家選手権」のような、公開されてお客さんも投票に参加できるような会もあるが、NHKは透明性がないことに、まず不満がある。

 以前拙ブログにいただいたコメントによれば、いわゆるゲラ子さんを客として、NHK職員(あるいは委託スタッフ?)の審査で予選が行われているようだ。

 また、本選会においては、毎年、何人かの審査員の採点に、大いに疑問を感じるのである。

 たとえば、昨年は、記事に書いたように、私個人の採点は、小辰、わん丈が最高点で同点。どちらが大賞でも良かった。
2018年11月4日のブログ
 しかし、審査員の採点合計は、小辰と三度が50点満点で48点の同点。
 決選投票で、文珍、鶴太郎、NHKの二谷裕真が三度、権太楼と國村隼が小辰で、三度が大賞。

 今年も、文珍、鶴太郎、権太楼は審査員。ほかに、山口勝平、福島広明という名がサイトに確認できるが、どんな人かは、知らない。

 今年も、きっと、「えーっ!?」という審査結果があるに違いない。

 ここ数年、見終わって、その高座を楽しめたプラスより、そういった不満のマイナスの方が大きく、決して見終わって良い心持になれないのである。


 加えて、今年の放送が延期になった理由にも、小言を言いたい。

 ニュージーランド対イングランド戦が放送されたこと自体は、悪いことではないと思う。

 しかし、ラグビーワールドカップのスケジュールは、あらかじめ決まっていた。

 ニュージーランド対イングランドの戦いになることは予想できなかったかもしれないが、なぜ、NHKは初めから放送を予定できなかったのか。

 日本チームの快進撃も、これほどの盛り上がりも、想定できなかったということなのだろう。

 私は、26日には外出から早めに戻る予定を立て、新人落語大賞を録画しておき、CSのJ SPORTSでラグビー準決勝を見た後で、落語を見るつもりだった。。

 ラグビーの準決勝は、実に楽しく見ていた。イングランドの強さに驚き、感銘も受けた。

 はっきり言って、J SPORTSの放送の方が、アナウンサーも解説者も、NHKや日本テレビより、数段優れている。

 ちなみに、相当前のことだが、家の近所に高層建築ができるため、工事費が無料ということでケーブルテレビに加入したので、CSも見ることができるのであった。

 そんなことはどうでもいいのだが、とにかく、NHKの姿勢に、今ひとつ釈然としない。

 ニュースの内容も、不満だ。

 関電の贈収賄事件は、いったいどうなったのだ・・・・・・。

 どうでもいい芸能ネタやスキャンダルネタばかりの民放は、もっとひどい。 


 ちょっと、話が広がりすぎたかもしれない。

 ともかく、来年は分らないが、今年は見ない。

 とはいえ、個人的には、志ん吉の優勝を期待している。

 二年前、『紙入れ』で勝負したが、残念ながら、歌太郎に及ばなかった。
2013年10月20日のブログ
 
 あの時、権太楼の採点が、志ん吉に厳しかったことを思い出す。

 また、六年前、馬ること同点で決戦投票で破れた露の紫にも期待している。
2013年10月20日のブログ
 七人の審査員の中で、神津友好はともかく、堀井憲一郎が馬るこ、また、NHK大阪放送局のチーフプロデューサー藤澤という人物も馬るこに投票したのは、なんとも意外だった。

 立川こはるも、二年前に『権助魚』で勝負したが、審査結果は結構手きびしかったなぁ。
  

 過去の優勝者を並べてみる。

 現在のように落語と漫才を分けて実施してからの大賞受賞者である。

------------------------------------------------------------------
        西             東
1994年                桂平治(→桂文治)
1995年                柳家三太楼(→三遊亭遊雀)
1996年                古今亭志ん次(→志ん馬)
1997年  桂宗助
1998年                柳家喬太郎
1999年  桂都んぼ(→米紫)
2000年                林家彦いち
2001年  桂三若
2002年                古今亭菊之丞
2003年                古今亭菊朗(→菊志ん)
2004年  桂かい枝
2005年                立川志ら乃
2006年  笑福亭風喬
2007年  桂米吉(→よね吉)
2008年                三遊亭王楽
2009年                古今亭菊六(→文菊)
2010年                春風亭一之輔
2011年  桂まん我
2012年                桂宮治
2013年                鈴々舎馬るこ
2014年                春風亭朝也(→三朝)
2015年  桂佐ん吉
2016年  桂雀太
2017年                 三遊亭歌太郎
2018年  桂三度
------------------------------------------------------------------

 一昨年は大阪開催で、東京の優勝。
 昨年は、東京開催で、上方の優勝。

 MLBのワールドシリーズのように、今年は大阪開催で東京の優勝、となるのかどうか。
 放送は見ないが、結果はネットで確認し、上の表を更新し、なにか書くつもり。
 
 さて、ラグビーワールドカップ、1日の金曜は三位決定戦、2日土曜は、ついに決勝だ。

 予想はしない。

 どちらも、接戦の好試合を期待している。

 透明性があり、ルールにのっとりフェアに戦うからこそ、見る者も楽しめる。

 それに比べてNHK新人落語大賞は・・・また、戻ってしまった。
 
by kogotokoubei | 2019-10-30 20:54 | テレビの落語 | Comments(8)
 イングランドは、強かった。
 タックルもラインアウトもスクラムも。
 オールブラックスが、あれほど押し込まれるとは。
 エディーの日本語の挨拶も、嬉しいじゃないか。

 さて、ウェールズ対南アフリカ戦の前に、この記事を書いておこう。

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 シリーズ五回目。
 本書は、「東京かわら版」で連載していた「噺の細道」が河出から書籍化されたもの。
 「東京かわら版」への連載が、平成十六年一月からの五年間。
 単行本は、十年前、平成二十一(2009)年の発行。


 一回目は、目次を全てご紹介。
 二回目に、六十ある項目のスタート、第一章の日本橋だった。
 三回目は、第二章から谷中全生庵を取り上げた。
 四回目は、第三章から、浅草酉の市をご紹介。

 今回は、「第四章 隅田川流域と向島」から、「佃島」を取り上げる。

 あまりにも有名な地だが、知らないことも少なくない、ということが本書を読んだ印象。
 まず、冒頭から。

  雪ふれば佃は古き江戸の島   北條秀司

 の句碑が、思わぬ春の雪に一段と興を添えてくれた。「渡船跡」の重厚な石碑から右へ目を移した処にあり、隣は佃煮の「田中屋」だ。もう一軒の佃煮屋「天安」も、今日の雪で表暖簾が見えない。北條秀司の芝居「佃の渡し」は残念ながら観ていないが、それにちなんだ小唄「雪ふれば」がある。

  雪ふれば 佃は古き江戸の島
  千鳥啼くなよ あの笛は
  今年限りの 渡し船
  わしとお前は 今日限り
  (昭和五十二年、北條秀司作詞、三世飯島ひろ子曲)

 劇作家の北條秀司は、新国劇で辰巳柳太郎主演で大ヒットした『王将』が有名。
 
 ずいぶん前に、佃島に行ったことがある。
 しかし、北條の句碑、記憶がないなぁ。次に行った時はしっかり見なきゃ。

 さて、このあとには佃島の歴史が説明されている。

 豊臣秀吉が天下人の頃、伏見城に上がることになった徳川家康が、途中、摂津の住吉神社へ詣でようとした。渡るべき船がなくて困っていると、佃村の漁父彦作が漁船を漕いで送ってくれた。以来、伏見城に居る時も、また大阪城西の丸に移ってからも御膳の魚を任されることになり、そのほか密使の御用も勤めるようになったという。その後、徳川家康の関東入国に従って、佃村の漁師たちが江戸へ召されたが、その辺りから若干事情の異なる話もあるので、ことのついでに御紹介しておく。
 実は彦作は、家康の御船手御番であった石川八右衛門を頼って、江戸へ下ったというのだ。石川八右衛門は高崎藩の下屋敷であった隅田川下流の鎧島を拝領し、高崎藩の下屋敷は対岸の鉄砲洲へ移った。以来、八右衛門の移り住んだ鎧島は八右衛門島とも石川島とも呼ばれるようになる。八右衛門の後を追って江戸へ下った彦作も、江戸城へお魚御用の願いが許され、摂州住吉神社の権宮司(ごんのぐうじ)と漁師三十三名が江戸へ呼ばれ、石川島の干潟、百間四方を賜り、ここを埋め立てて、故郷の名にちなんで佃島としたのである。

 話としては、前段の家康ゆかりという筋書きの方が、物語があって良いと思うが、現実は後段の石川八右衛門との縁、ということかもしれない。

 本書では、この後、石川島は、寛永二(1790)年に、火付盗賊改役長谷川平蔵によって罪人の人足寄場としたことにふれている。
 「鬼平」ファンは、もちろん、よくご存じのことだが、この寄場が、明治半ばに巣鴨監獄に移り、跡地に石川島造船所ができて、その名が残ったことも説明されている。

 佃島の渡し船の歴史は、次のように書かれている。

 佃の渡し船は明治以後も踏襲されたが、昭和二(1927)年からは発動機船での引船となって、昭和三十九(1964)年に佃大橋ができるまでは、無料の往復運航をしていた。そして、夜遅くなって島へ帰りそびれた人は、島人が「えど」と呼んだ対岸から、「時やァいッ・・・・・・」と、島の船頭さんに迎え船の催促をしたらしい。昔は、急を要することを「時の用」と言ったから、夜更けて船頭を呼ぶ声もそんな含みがあって、「時やァいッ・・・・・・」に、なったのかも知れない。

 さぁ、ウェールズと南アフリカの「時やーい!」


by kogotokoubei | 2019-10-27 17:54 | 落語の本 | Comments(0)
 ラグビーワールドカップに夢中で中休みだったシリーズの、四回目。

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 本書は、「東京かわら版」で連載していた「噺の細道」が河出から書籍化されたもの。
 「東京かわら版」への連載が、平成十六年一月からの五年間。
 単行本は、十年前、平成二十一(2009)年の発行。

 一回目は、目次を全てご紹介。
 二回目に、六十ある項目のスタート、第一章の日本橋だった。
 三回目は、第二章から谷中全生庵を取り上げた。

 さて、今回は、「第三章 浅草近辺」から、「浅草酉の市」をご紹介したい。
 来週は、もう十一月だ。旬のネタ、と言えるかもしれない。


  人波に高く漂ふ熊手かな 島田青峰

 酉の市の起こりは、葛飾花又村の大鷲(おおとり)神社に農民が収穫を感謝して鶏を奉納したことによるという。ところが、毎年十一月、酉の市の境内で売られる熊手が、「運を鷲(わし)掴みにする」と持て囃されるようになり、ようすが一変した。
 
  ぼんござへ木枯らしのする酉の町

 境内での野天博打が盛んになったのである。

  酉の町舟でもふせてゆくところ

 江戸から花又村へな綾瀬川を舟で行ったが、その舟中でも早々と壷皿博打が行われたのであろう。ちなみに酉の町とは、当日の賑わいを称した言葉である。

 浅草酉の市の起源が、葛飾花又村であることを知らない人は、少なくないだろう。

 花又村は、現在の足立区花畑地区。東京の北東、埼玉県のすぐ近くだ。

 では、なぜ、いつ頃、浅草に酉の市の舞台が移ったのか。

 安永二(1773)年、博打の取り締まりが強化されると、花又村の酉の市は急速に廃れてしまい、逆に浅草の鷲神社が賑わいを見せ始めた。

  お多福に熊手の客がひっかかり

 鷲神社の近くには吉原が控えていたからである。
 普段は大門よりほか出入りのできない廓も、この日ばかりは西側のお歯黒溝(どぶ)へ跳ね橋を下ろして、自由に出入りをさせた。当日は、そのくらいに人手が多かったということであろう。さらに明治の頃になると、酉の市の午前零時零分に、裏門を八文字に押っ開いて景気を煽ったという。同時刻に鷲神社のほうでは、大太鼓の音を合図に開運札を売り出し、その一番札に参詣人が殺到したのである。吉原の各店では、熊手を預かるために帳場の前に青竹を横に結び立てて、お酉様帰りのお客を待つ受けたものだという。ともあれ、まずは鷲神社へ参拝だ。

 時代劇映画で、酉の市の日の客が、熊手を吉原の店に預ける場面を見た記憶があるが、なんの映画か、忘れたなぁ。

 さて、落語との関係は。

 境内すぐ右側には、昔ながらに唐の芋を売っている店があって、これも嬉しいことだ。唐の芋は八つ頭の丸蒸を、五葉の笹(おかめ笹)に通したものである。「鰍沢」で、身延山御参詣の旅人が、吹雪の山家で出会ったのが、吉原の花魁月の兎(つきのと)で、そのいろり端での話に、この唐の芋が出てくる。
「やはり、花魁でッ・・・・・・、あれは、確か、先おととしの、二の酉の晩で、手前の連れが、大変に酔っぱらっておりまして、廊下で踊って、唐の芋を踏ンづけて、滑って転ぶやら、えらい騒ぎを、やらかしまして・・・・・・、その時、あたくしの相方に出て下さいましたのが、花魁で」
 と、噺の情景を思い出して戴きたい。

 熊蔵丸屋(くまぞうまるや)の月の兎花魁、落語の世界で、怪談の幽霊を別にすると、“恐い女性”の筆頭かもしれない。
 ちなみに、その発想や行動で“恐い”と思うのは、「品川心中」の、お染かな。
 そして、・・・いや、これ以上はやめておこう。現実世界の恐~い女性の犯罪などを知ると、落語の世界の女性は、可愛く思えるではないか。

 
 さて、今年の鷲神社の酉の市は、同神社のサイトに、11月 8日(金)が一の酉で、11月20日(水)が二の酉と案内されている。
浅草鷲神社のサイト

 引用を続ける。

 お詣りを済ませて、社務所で<かっこめ>と<福財布?を買う。<かっこめ>は最も小さな熊手で、稲穂と金箔、それに「開運之御守」札が付いている。

  掌の熊手の運を買ひにけり  荻原朋子

 鷲神社のサイトに、<かっこめ>は次のように説明されている。

鷲神社の熊手御守は開運・商売繁昌のお守りとして「酉の市」のみに授与されます。一般に「かっこめ」「はっこめ」といわれ神様の御分霊です。例祭日の午前零時を期して打ち鳴らされる一番太鼓と共に授与され、一番先に熊手御守を受けた人に「一番札」として神社の金小判が授けられます。

 あら、一番札を争う人がたくさんいるようだ。

 
 酉の市、久しぶりに行ってみようかな、などと思っている。

 <かっこめ>、買おうかな。

 しかし、人出はすごいのだろう。

 本書でも、正岡子規の次の句を紹介している。

  吉原ではぐれし人や酉の市

 いやいや、あっしは吉原に行くんじゃないですよ、あくまで酉の市^^

 
by kogotokoubei | 2019-10-24 14:07 | 落語の本 | Comments(0)
 ラグビージャパン、Brave Bllosomsの戦いは、終わった。

 残念ながら、昨日の南アフリカ戦では、後半に世界トップレベルの力を見せつけられた。

 しかし、胸を張っていい。
 
 ありがとう、ラグビージャパン!

 なんとかお礼の気持ちを表したくて、南アフリカ戦のメンバーの名を織り込んで、道中づけならぬ、メンバーづけを作ってみた。


 稲が黄(稲垣)色い穂をつけて、堀へ(堀江)姿を映す頃、
  天気はぐ()っと秋めいて、まるーく(ルーク)囲むわ(ムーア)うろこ雲

 祭りで舞いける(リーチ・マイケル)少女たち、乱舞スカーフに(ラブスカフニ)風そよぐ

 幼い姫の(姫野)シャボン玉、れ流れて田中に消えた
  夜通し踊った村(田村)人が、汗吹く岡(福岡)で朝迎え

 沖から戻る船の群れ、大漁と(中村亮土)告げる旗印
  彼らは偉ぇ(ラファエレ)猛者の者、土産に何を買うたろう(松島幸太朗

 ひとまず家で一休み、明日には再び漁へ(山中亮平)出る


 交替出場からは田中史朗だけになったが、リザーブの他のメンバーも、ありがとね!

 さぁ、次は準決勝。

 ニュージーランド対イングランド、ウェールズ対南アフリカ、どちらも、楽しみでならない。

 まだ、ラグビーワールドカップの興奮は続くのだ。

by kogotokoubei | 2019-10-21 19:18 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 木曜、金曜、そして昨日土曜と、私にとって年に一度の“怒涛の三日間”が、なんとか無事に終了。

 足腰が・・・痛い^^

 今日のテニスも休もうかと思ったが、人数も少なそうだったので、行った。

 プレー後のクラブハウス、そして、その後の蕎麦屋のアフターテニスの話題は、やはりラグビー。
 今、ウェールズ対フランス戦の途中。

 予想に反して、フランスがリード。

 さて、ついに準々決勝。

 日本の先発メンバーと年齢、フォワードには身長と体重を記す。

1 稲垣啓太 29歳 186cm 116kg
2 堀江翔太 33歳 180cm 104kg
3 具智元 25歳 183cm 122kg
4 トンプソン・ルーク 38歳 196cm 110kg
5 ジェームス・ムーア 26歳 195cm 102kg
6 リーチ・マイケル 31歳 190cm 110kg
7 ピーター・ラブスカフニ 30歳 189cm 105kg
8 姫野和樹 25歳 187cm 108kg
9 流大 27歳
10 田村優 30歳
11 福岡堅樹 27歳
12 中村亮土 28歳
13 ラファエレ・ティモシー 28歳
14 松島幸太朗 26歳
15 山中 亮平 31歳

 スコットランド戦からは、フルバッグ(15)のトゥポウが山中に代わっただけ。

 25歳から38歳まで、平均年齢は、28.9歳。
 フォワードの平均体重は、109.6kg。

 こちらが南アフリカの先発メンバー。

1 テンダイ・ムタワリラ 34歳 188cm 120kg  
2 ボンギ・ンボナンビ 28歳 186cm 102kg 
3 フランス・マルハーバ 28歳 190cm 122kg 
4 エベン・エツベス 27歳 204cm 118kg 
5 ルード・デヤハー 26歳 204cm 125kg 
6 シヤ・コリシ 28歳 187cm 102kg
7 ピーター ステフ・デュトイ 27歳 189cm 130kg 
8 ドウェイン・フェルミューレン 33歳 193cm 117kg 
9 フランソワ・デクラーク  28歳
10 ハンドレ・ポラード 25歳
11 マカゾレ・マピンピ 29歳
12 ダミアン・デアリエンディ 27歳
13 ルカニョ・アム 25歳
14 チェスリン・コルビ 25歳
15 ウィリー・ルルー 30歳

 25歳から34歳まで、平均年齢、27.9歳。
 フォワードの平均体重は、117kg。
 
 これは、あくまで数字。

 精神面は数字にはできない。

 たとえば私はスクラムの強さの要因を、体力は4、技術は3、精神力が3、と思っている。

 今の日本のスクラムは、技術と精神力で、平均体重10kgもない差なら、問題なくカバーできると思っている。

 さぁ、転んでもすぐに立ち上がるフォワード陣、快速バックス、そして、パスワークなどでミスの少ない技術力、なんといってもOne Teamの結束力が、間違いなく初のベスト8にとどまらず、ベスト4に導くと信じている。
 
 がんばれ、ニッポン!
by kogotokoubei | 2019-10-20 17:27 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 20日に対戦する、南アフリカの「SAラグビーマガジン」も、予選のベスト15を選んでおり、日本チームから6名が選出された。
THE ANSWERの該当記事

 こちらが、そのフィフティーン。

【SAラグビーマガジンが選出したベスト15】
1.PR 中島イシレリ
2.HO 堀江翔太
3.PR カイル・シンクラー(イングランド))
4.LO グィド・ペティ(アルゼンチン)
5.LO アラン=ウィン・ジョーンズ(ウェールズ)
6.FL トム・カリー(イングランド)
7.FL サム・アンダーヒル(イングランド)
8.NO8 姫野和樹
9.SH コナー・マレー(アイルランド)
10.SO フェリペ・ベルチェシ(ウルグアイ)
11.WTB 福岡堅樹
12.CTB ダミアン・デアレンディ(南アフリカ)
13.CTB ティモシー・ラファエレ
14.WTB 松島幸太朗
15.FB エリオット・デイリー(イングランド)

 リーチやジェームス・ムーアが選外だったが、中島が選ばれたのは、結構、嬉しい。
 11番は、福岡。妥当だろう。

 昨日紹介した、英国「スカイスポーツ」のベスト15を再度確認。

【スカイスポーツ選出のベスト15】
1.PR ジョー・マーラー(イングランド)
2.HO 堀江翔太
3.PR タイグ・ファーロン(アイルランド)
4.LO RG・スナイマン(南アフリカ)
5.LO ジェームス・ムーア
6.FL リーチ・マイケル
7.FL ジャスティン・ティプリック(ウェールズ)
8.NO8 姫野和樹
9.SH 流大
10.SO ジョージ・フォード(イングランド)
11.WTB チェズリン・コルビ(南アフリカ)
12.CTB セミ・ラドラドラ(フィジー)
13.CTB ティモシー・ラファエレ
14.WTB 松島幸太朗
15.FB ボーデン・バレット(ニュージーランド)

 ご覧の通りで、両メディアから選出されたのは、日本の堀江、姫野、ラファエレ、松島の四人だけ。他の国のメンバーで両メディアから選出されている人は、いないのだ。

 これって、凄いことだ。

 南アフリカのメディアが、11番で福岡を選んで、英国メディアが選んでいる地元のコルビを選んでいないのが、なんとも、興味深い。慎み、もあるだろうが、14番で出場したイタリア戦で負傷して、最終のカナダ戦でコルビがベンチにも入らなかったことを、客観的に判断しているようにも思う。

 大会を通じてのベスト15にも、ぜひ複数の日本チームメンバーの名が入ることだろう。

 ベスト4になれば、その人数は増えるに違いない。

 決戦の10月20日が、平尾誠二の命日と重なったのも、縁だろう。

 やってくれると信じている!

by kogotokoubei | 2019-10-16 21:47 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

さぁ、次はベスト4だ!

 しばらくはラグビーの話題になることを、ご容赦。

 スコットランド戦勝利、まだ、興奮冷めやらず、である。
 
 どのトライも印象に残るが、二つ目のトライは、実に凄かった。

 堀江--->ムーア--->トゥポウ--->稲垣、とオフロードパスでつないだ、芸術品だった。

 強いものは美しい、美しいものは強い。

 ある時代小説の主人公の言葉を思い出した。

 One Teamの象徴的な場面は、終了直前の守備。
 後半39分、攻め込まれた時の、チーム一丸となったタックルからのターンオーバーが危機を救った。

 英国スカイスポーツが、プール戦のベスト15を選んだが、なんと、日本から7選手、半数近くが選ばれた。
THE ANSWERの該当記事

 驚く結果だ。

 これがその15人。

【スカイスポーツ選出のベスト15】
1.PR ジョー・マーラー(イングランド)
2.HO 堀江翔太
3.PR タイグ・ファーロン(アイルランド)
4.LO RG・スナイマン(南アフリカ)
5.LO ジェームス・ムーア
6.FL リーチ・マイケル
7.FL ジャスティン・ティプリック(ウェールズ)
8.NO8 姫野和樹
9.SH 流大
10.SO ジョージ・フォード(イングランド)
11.WTB チェズリン・コルビ(南アフリカ)
12.CTB セミ・ラドラドラ(フィジー)
13.CTB ティモシー・ラファエレ
14.WTB 松島幸太朗
15.FB ボーデン・バレット(ニュージーランド)


 11番は、コルビか福岡か、結構悩んだろうと思う。
 単純にトライ数なら福岡が4、コルビが2だが、福岡が途中出場が多かった分、コルビになったように思う。

 チーム力のみならず、個々のプレーヤーも、世界が認めている、ということ。

 さぁ、これで、決勝トーナメント。

 対戦表をYahoo Sportsnaviのラグビーワールドカップ(RWC)のページからお借りした。
Yahoo SportsnaviのRWCページ

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 20日、また歴史が変わる。

 ニュージーランドのヘッドコーチが、日本と当たらなくて良かった、と言っているのは、リップサービスではない。

 直前のテストマッチでは負けているが、合宿明けで疲労が蓄積していた時期の敗戦の時とは、まったくチーム状態は違う。

 20日の日曜日、ラグビージャパンは、素晴らしいラグビーを見せてくれるはずだ。


by kogotokoubei | 2019-10-15 22:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
 台風19号の影響は、まだ残っていて、小田急線がついさっきまで運休だった。

 そんなこともあり、テニスクラブは、本日クローズとのこと。

 もちろん、やっていても、行くに行けないし、鶴見川のすぐ近くに住んでいるテニス仲間は、結果として避難せず無事だったが、一階から二階に垂直避難をしたから、家の状態を元に戻すのだって大変だろう。

 東日本を縦断した大型台風、場所によっては、被害も大きい。
 川が氾濫した地域の、なんとも凄い状況を目にすると、何も言葉が出てこない。
 被災地が、一日でも早く日常を取り戻すことをお祈りしたい。

 なんとか、横浜の今夜の決戦は、実施されることになった。

 ということで、やはりラグビーのこと。

 台風上陸で、二試合中止のやむなきとなった。
 今日も釜石での試合が中止。

 昨日福岡で実施されたアイルランド対サモアは、アイルランドがボーナスポイント付きでサモアに勝利。

 これは、想定通り。

 日本はスコットランドに勝って、予選1位通過するのだ。

 スコットランド戦のメンバーが発表された。

先発メンバーと年齢。

1 稲垣啓太 29歳
2 堀江翔太 33歳 
3 具智元 25歳
4 トンプソン・ルーク 38歳
5 ジェームス・ムーア 26歳
6 リーチ・マイケル 31歳
7 ピーター・ラブスカフニ 30歳
8 姫野和樹 25歳
9 流大 27歳
10 田村優 30歳
11 福岡堅樹 27歳
12 中村亮土 28歳
13 ラファエレ・ティモシー 28歳
14 松島幸太朗 26歳
15 ウィリアム・トゥポウ 29歳

リザーブ
FW
16 坂手淳史 26歳
17 中島イシレリ 30歳
18 ヴァルアサエリ愛 30歳
19 ヘル・ウヴェ 29歳
20 ツイ・ヘンドリック 32歳

BK
21 田中史朗 34歳
22 松田力也 25歳
23 山中亮平 31歳

 先発メンバー15人の平均年齢は、28.8歳

 20歳台が10人、30歳台が5人。

 最年少が具と姫野の25歳、最年長がルークで38歳。

 経験豊富なベテランに、今がもっとも旬の中堅、そして、伸び盛りの若手と、ほどよくバランスされていると思う。

 なにより、元々の生まれなどは関係なく、One Teamとなっている。


 私は、ラグビー選手が心身ともにもっとも充実する年齢は28歳から32歳位までではないかと思っている。

 たとえば、1983年に、日本がウェールズに負けはしたが、24対29という歴史的な接戦を演じた時のスタンドオフの松尾雄治の年齢が29歳。彼は、二年後、あの国立での新日鉄釜石七連覇を最後に、31歳で引退した。
 自慢じゃないが(自慢か^^)、昭和六十(1985)年の一月十五日、私は国立競技場にいた。
 当時住んでいた越後から、駆けつけたのであった。
 大学選手権三連覇の同志社が、もしかすると・・・と思って応援したのであった。

 終了後、よく覚えていないが、一緒に行った若者は、競技場周辺にあった自転車を何台か、私が蹴って倒していた、とのこと。なんと、ノーサイド精神のない男か。
 本当だとしても、すでに時効^^

 平尾誠二が神戸製鋼で日本選手権七連覇を達成したのは、彼の25歳から31歳の時期。平尾が現役を退いたのは、35歳。

 ラグビーのキャリアや、蓄積した疲労の具合など、人それぞれではあるが、25歳あたりから、次第にピークに向かい、30歳前後に、ラガーマンとしてのピークを迎える、という気がする。

 トンプソン・ルークは、例外中の例外^^

 そういう意味で、チームの平均として、この数値は良いバランスを物語っているように思う。

 ちなみに、四年前はどうだったかというと、2015年の南アフリカ戦の先発メンバーと年齢は、次のようだった。

1 三上正貴 27歳
2 堀江翔太 29歳 
3 畠山健介 30歳
4 トンプソン・ルーク 34歳
5 大野均 37歳
6 リーチ・マイケル 27歳
7 ブロードハースト・マイケル 28歳
8 ツイ・ヘンドリック 27歳
9 田中史明 30歳
10 小野晃正 28歳
11 松島幸太郎 22歳
12 立川理道 25歳
13 マレ・サウ 28歳
14 山田章仁 30歳
15 五郎丸歩 29歳

 懐かしい名前が並ぶねぇ。
 平均は28.7歳。

 ほぼ、一緒だ。

 では、今夜の相手、スコッドランドの先発メンバーの年齢はどうなのか。

1 Allan Dell 27歳
2 Fraser Brown 30歳
3 Willem Nel 33歳
4 Grant Gilchrist 29歳
5 Jonny Gray 25歳
6 Magnus Bradbury 24歳
7 Jamie Ritchie 23歳
8 Blade Thomson 28歳
9 Greg Laidlaw 33歳
10 Finn Russell 27歳
11 Darcy Graham 22歳
12 Sam Johnson 26歳
13 Chris Harris 26歳
14 Tmmy Seymour 31歳
15 Stuart Hogg 27歳

 平均年齢は、27.4歳。

 20歳台が11人、30歳台が4人。

 総じて、若い、という印象。

 最年少22歳、最年長は、33歳。


 私は、平均年齢の高さは、ポジティブにとらえている。

 38歳のルークも含め、30歳以上のおっさん達の経験と技術が、勝利をもたらす大きな力となるに違いない。
 また、おっさん達が頑張ることで、若手も鼓舞される、そんな良い流れがこれまでの三試合ではっきりと出来ていた。

 四年前の口惜しさを忘れていない、そんなおっさん達と、姫野や若いバックス陣とのOne Teamの力で、間違いなく勝つはずだ。

 決戦まであとほぼ四時間。

 応援する準備を次第に整えている人は、私以外にもこの国中にいるだろう。

 さぁ、皆さん、ジャパンを信じて、応援しましょう!


by kogotokoubei | 2019-10-13 15:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 台風19号の影響で、バイトのお店の営業時間が変更となり、シフト変更もあって、私は休みとなった。

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 ということで、このシリーズの三回目。

 柳家小満んが「東京かわら版」で連載していた「噺の細道」が河出から書籍化されたのが、『江戸東京落語散歩ー噺の細道を歩く』。

 「東京かわら版」への連載が、平成十六年一月からの五年間。
 本は、十年前、平成二十一(2009)年の発行。

 前回は、「日本橋」からご紹介した。第一章の最初の項目だった。

 今回は、「第二章 上野を中心に」から、「谷中全生庵」を歩く(?)ことにしよう。
 さっそく、冒頭から引用。

 新聞の催物案内に、「山岡鉄舟展」(谷中全生庵にて)とあって、出掛けることにした。
 不忍池通りの団子坂交差点は、二つの坂道の谷間にあたる。片方が文京区の団子坂で、片方は少し入った処で台東区の三崎坂(さんさきざか)となる。八代目桂文楽十八番「悋気の火の玉」で、火の玉を鎮めるお経を谷中の三崎、木蓮寺の和尚に頼むが、その架空の木蓮寺はこの辺りということになる。いや、それよりも、ここ三崎村は三遊亭円朝の名作「牡丹灯籠」の名場面として登場する。お盆の十三日、死んだはずのお露さんがカランコロンと、萩原新三郎の処へ訪ねて来て枕を交わす。人相見の白翁堂勇斎に諭されて、お露の住んでいるという谷中三崎村を尋ねてみるが、一向に知れない。その帰り道、新幡随院を通り抜けようとして目についたのが、新しい角塔婆に掛かった牡丹花の灯籠で、それは毎晩、お婆さんのお付きの女中お米が堤げてくる灯籠であったのだ。その新幡随院の跡地が現在の銭湯「朝日湯」で、三崎坂へ掛かってすぐの右側にある。
 江戸末期の古地図によると、新幡随院の隣のわずかな土地が三崎町で、さらにその隣には三軒の寺が並んでおり、その三軒目が現在もある天竜寺だ。この寺は「指物師名人長二」の、育ての親の菩提寺として出てくる。その天竜寺の前にあるのが、円朝の墓所のある全生庵だが、江戸の地図には載る由もない。すなわち、谷中全生庵は、明治十六(1883)年に山岡鉄舟が建立した寺なのである。

 この冒頭部分だけで、「悋気の火の玉」「牡丹灯籠」「名人長二」の三つの噺が登場だ。

 「名人長二」については、森まゆみさんの『円朝ざんまい』を元に、この噺について複数回に分けて紹介した。
 その中で、もちろん、天竜寺は登場する。
2013年8月28日のブログ
 森さんは天竜寺ではなく天龍院としていたが、どうも天龍院のほうが正しいようだ
 『円朝ざんまい』では、湯河原で出生の秘密を知った長二が、実の親達の無慈悲を嘆き、養父の供養をと、谷中三崎の天龍院へまいって、和尚に特別の回向をたのみ、丹精をこらして経机、磐台(きんだい)をつくって本堂に納め、両親の命日には、雨風をいとわず墓参りをするのだった、と書かれている。
 
 新幡随院跡地の朝日湯は、まだあるのかな。
 銭湯のことだから、佐平次さんにお聞きしなけりゃ^^

 山岡鉄舟のことは、あまりにもよく知られているので、本書には丁寧に説明もあるが、割愛。

 とはいえ、全生庵の名の由来は、外さないでおきたい。

 明治七(1874)年、鉄舟が淀橋に住んでいた頃、近所の菓子屋に全生庵と書かれた扁額があり、尋ねてみたところ、この額は鎌倉建長寺の開山大覚禅師の書で、禅師が船で難破をして漂着した谷中三崎に(ということは、当時は湾の岬だったのだろう)、茅堂を建て全生庵と名付けた。その頃、近くに住んで親しくしていた菓子屋の先祖が、その扁額を貰い受けて代々伝えられたものだという。菓子屋の当主はこの扁額を鉄舟に譲りたいと申し出たので、その好意を受けることにして鉄舟の自邸に保存をしていた。 その後、天皇の北陸御巡行に従って訪れた富山県で、名刹国泰寺の越叟和尚と知り合い、帰京後、屏風千二百双の揮毫をして、国泰寺の本堂修復を遂げさせた。明治十三年、山岡鉄舟は、維新の際に国事に殉じた霊を慰めるために、一寺の建立を思い立つ。越叟和尚に相談をすると、谷中三崎に国泰寺の末寺が廃院となっているとのことで、この寺を再興させることにした。明治十五年、寺の隣接地を入手したところ、ここがかの菓子屋の宅地であったので、廃院になっていた寺がすなわち、往時の全生庵の所在地であったことが判明した。この奇縁に驚いた鉄舟は、翌明治十六年一月に普門山全生庵の官許を得て、越叟和尚が国泰寺と住職を兼ねることになった。
 富山の国泰寺は、臨済宗の名刹。臨済宗国泰寺派の大本山。
 そのホームページの「国泰寺について」からは、全生庵へもリンクできる。
「大本山 國泰寺」のサイト

 栄西を開祖とする臨済宗は、禅問答(公案)が行われる。

 鉄舟と円朝との禅を通じたつながりは、つとに知られている。

 もちろん、小満んは、円朝が鉄舟との交流から、「無舌」の心境にいたったことを紹介している。「無舌居士」の号を天龍院の滴水禅師から授かったと書いた後、次の円朝の言葉で締めている。

  無舌の号を得て

 閻王に舌を抜かれて是からは
    心のままに偽も云はるる 三遊亭円朝 

 今ほどまで、MLBのナショナルリーグの優勝決定戦、第一戦を見ていた。

 アニバル・サンチェスという35歳の投手が、八回ツーアウトまでノーヒット・ノーランのピッチング。
 この記事を途中で書くのをやめて見ていたが、150キロには届かないスピードでも、淡々とコーナーをつくベテランの打たせて取るピッチングに、禅の悟りのようなものを感じた。

 ナショナルズ、強いなぁ。

 さぁ、次回は、どこを散歩しようか。

 まずは、三回目の記事、これにて、お開き。
by kogotokoubei | 2019-10-12 12:54 | 落語の本 | Comments(2)
 和田誠さんの訃報に接した。

 朝日から引用。
朝日新聞の該当記事

 簡潔な線による都会的でユーモラスな人物画で知られるイラストレーターで、デザイン、映画監督、エッセーなど多彩に活躍した和田誠(わだ・まこと)さんが7日、肺炎のため、東京都内の病院で死去した。83歳だった。11日、事務所が発表した。葬儀は近親者で営んだ。後日しのぶ会を開く予定。妻は料理愛好家の平野レミさん。長男はロックバンド「TRICERATOPS」のボーカル兼ギターの和田唱さんで、妻は俳優の上野樹里さん。食育インストラクターの和田明日香さんは次男の妻。

 1936年、大阪市で生まれ、9歳から東京で育った。多摩美術大学在学中の57年にグラフィックデザイナーの登竜門である日宣美賞を受賞。広告会社ライトパブリシティに就職すると、たばこ「ハイライト」のパッケージデザインがコンペで採用され、60年に発売された。68年に独立した。

 創作活動はイラストレーションやポスターなどのデザインに加え、アニメ、絵本、ショー演出、本の装丁、レコードジャケット、ロゴマーク、翻訳、作曲など多岐にわたる。77年からは「週刊文春」の表紙を描き、2017年には2千回に。毎日新聞の書評欄の挿絵も92年から18年まで担当した。00年から朝日新聞に連載している「三谷幸喜のありふれた生活」の題字・挿絵(現在はカット)も手掛けている。

 ログイン前の続き84年には映画「麻雀(マージャン)放浪記」を初監督。続いて「快盗ルビイ」「怖がる人々」「真夜中まで」などを撮った。

 ハイライトのデザインの人、なのだ。

 記事では、文筆家としての側面も紹介しているが、落語好きだったことには、ふれていないなぁ。

 昨年11月に、和田さんの『落語横車』について、記事を書いた。

2018年11月9日のブログ
2018年11月10日のブログ
2018年11月15日のブログ

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 初版は講談社から昭和55年発行で、私が読んだのは昭和59年の講談社文庫。

 和田さんは、映画のエッセイで有名だが、ジャズにも造詣が深いし、落語もお好きだった。

 だから、『落語横車』には、落語のみならず、私も大好きなジャズにまつわる内容も多く、実に楽しい本だった。

 昨年11月10日の記事から、ジャズメンに関する傑作な記事を再度紹介したい。

 ジャズメンには駄洒落の上手な人が多い。駄洒落というよりも聞こえをよくすれば、「言葉遊び」ですね。ぼくは彼らから、ずいぶん言葉遊びの楽しさを教わった。噺家も特有の符牒を使うが、ジャズメンも符牒が好きだ。ジャズに限らずクラシックの人たちもそうだが、数字に音階表わす記号と当てる。「一万五千円」を「ツェー・ゲー」というように。それから言葉をひっくり返して使う、つまり「彼女」を「ジョノカ」と言ったりする。これは芸能人一般に見られることだが、特にジャズの人たちにこの傾向が強いようだ。
 ジャズメンの言葉遊びの例。
 レイ・ブラウンが運転していた車がエンコした。彼は同乗者に言った。「押すか?ピーターソン」
 デイヴ・ブルーベック・トリオが来日して、旅館に泊った。夜、マッサージ師がきて、「頼んだのはどなたでしょう」ときいた。一人が言った。「ポールデス。モンドくれ」
 MJQが住んでいたアパートに、人が訪ねてきた。ドアをノックして、「ジョージ、ルイス(留守)かい?」中から声あり「こっちコニー・ケイ(こないかい)」。「何だ、見ルトジャクソンかと思ったら、やっパシ・ヒースじゃないか」
 ジャズに詳しくないと何のことやらわからなず面白くないけれど、これらはジャズ仲間で可笑しがっていた地口である。この手はもっとたくさんあるらしいが、ぼくは部外者なのでそれほど多くは知らない。

 こういう地口、好きだなぁ。
 ジャズメンの駄洒落、とは書いているものの、そういうネタが和田さんも好きだからこそ、文章にしたのだろう。

 社会人になって間もない頃、新潟に住んでいた。
 あるジャズ喫茶に一年間で50本のバーボンをキープした、そんな馬鹿な私。
 
 上の文を読んで、その新潟のジャズ喫茶のマスター、ママ、そして常連さんと、閉店してから店で雀卓を囲み、「マックス、リーチ!」「トミー、フラナガン!」なんて駄洒落を飛ばしていたことを、思い出した。

 生意気だが、この文章を読んだ時、自分と同じような遊び心を和田さんにも感じて、なんとも嬉しかったなぁ。


 和田さんを追悼するには、あまり深刻なトーンではないほうが、ご本人も嬉しいだろうと勝手に思っての、再度のご紹介。


 多才なクリエイターであり、映画、ジャズ、そして、落語への愛情の深い遊び心たっぷりな一人の大人が、旅立った。

 ご冥福をお祈りします。

by kogotokoubei | 2019-10-11 19:27 | 落語好きの人々 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛