噺の話

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 殿山泰司さんの『三文役者の無責任放言録』から、二回目。

 仕事先の広島で川島雄三の訃報に接し、流山のBARで飲みながら涙が止まらなかった、殿山さん。

 映画のロケ先の広島では、乙羽信子さんも一緒だったと書かれていた

 時期、ロケ場所から、撮影していたのは新藤兼人監督の「母」だと察する。
Wikipedia「母(1963年の映画)」

 脳腫瘍の子供のいる主人公を乙羽さんが演じ、殿山さんは三人目の夫の役だ。

 
 さて、広島で泣き明かした、その後のこと。

 告別式の日、仕事の都合で偶然に東京に帰れた。しかしオレは汚れたシャツ1枚でサンダル履きであった。ウチへ帰る暇もなかった。小沢昭一に電話をした。構わないよ、その方が旦那も喜ぶんじゃないかな、と言ってくれた。川島旦那は解ってくれるだろうが、解ってくれない沢山の人間の眼がイヤであった。芝大門のお寺へ行かないことにお決意した。1万円の香典を事務所の人間に託した。
 何故1万円なぞとイヤらしきことを書いたのか説明したい。川島旦那の手下であった日活の今村カントクから、旦那がこの世に残したものは借金ばかりである。だから香典は1万円にしろと命令があったのである。命令は守らなければならない。命令は守られてこそ組織のチカラは発揮出来るのである。ツマランことを書くな、川島雄三伝だぞ。

 川島のこの世に残したものは、借金ばかり・・・・・・。

 弟子の今村昌平が、その借金を少しでも返済するための、香典一万円縛り、だったということか。

 「団塊世代の想い出」というサイトに「昭和の物価」というページがあった。
「団塊世代の想い出」の該当ページ

 昭和38年当時、公務員の大卒初任給が15.700円、かけそばやラーメンが40~50円、喫茶店のコーヒー60円、銭湯23円、映画館が250円という時代。

 私が八歳の時で、たしかに、近所のラーメン屋さんのラーメンが、50円だったような気がする。

 その高額な香典で、果たしてどんな供養ができたのだろうか。


 この後の部分も引用する。

 ああ又しても涙がポロポロと出る。思えば川島旦那とオレのそもそもの出会いは、昭和21年晩秋の大船撮影所であった。オレは中支より復員したばかりであった。オレにとっては見知らぬ撮影所であり、イヤな日常の中で、風景にも、オレの精神にも冷い風が吹いていた。そんな或る日、撮影所前のメシ屋でオレは得体の知れない酒を飲み、川島旦那も得体の知れない酒を飲んで居た。川島旦那はあのギロギロした眼でオレを睨みつけていた。何故睨みつけられたのかオレには判らない。オレの態度が不遜であったのであろうか。オレは人見知りをするからつい態度が不遜になってしまう。キライな習性である。しかしやがて酒のチカラで会話が始まった。川島旦那とオレとの交情の幕が開いたのだ。会話は主に織田作之助や太宰治に就てであった。初めての日、旦那とオレは初めて肩を並べて新橋へ出た。酒を飲むためである。記念すべき日であったのだ。涙が出る。

 話題になったという二人の作家について、川島は織田作は肯定的に、そして、太宰は否定的に語ったのであろう。
 殿山さんも同じような織田作と太宰への印象を抱いていたのかは分からないが、初対面で肩を並べて酒を飲みに行ったということから、意気投合したと察する。

 三歳上の殿山さんだが、川島との関係は年齢の差とは逆だったようだ。

 《下手な役者奴》と川島旦那によく言われた。下手な役者と言われることは役者にとっては不快な言葉である。しかし旦那の《下手な役者奴》の中にはユラメク様な愛情があった。胸の熱くなる様な信頼があったのだ。
 《下手なカントク奴》とオレも小さな声で言いたかったけどとうとう言えなかった。バカ、当り前ョ、オニイサンコソ死ネバヨカッタノヨ。

 なんとも独特の言い回しだが、殿山さんの川島雄三への想いが、十分伝わってくるではないか。

 二人で飲んだ時のこと。

 川島雄三は酒飲みであった。川島旦那は小児マヒであった。だから酒場で酔ってよく倒れた。パタンと倒れた。それはパタンと形容していい様な倒れ方であった。そんな時オレは手を貸さなかった。手を貸すなどとはいと易き行為である。手を貸さぬことこそ死ぬ程ツラかったのだ。オレは慌てて酒場のオンナに話しかけたり、眼をつぶって酒をガブガブと飲んだ。オレの胸の中を涙が流れていたのを誰も知るまい。酒場のオンナは非情なオレを睨みつけた。オンナなぞに何が判る。無礼者!!非情こそ厚き友情なのだ。非情こそ真紅に輝く花なのだ。オレは旦那の根性を尊重しただけである。川島旦那は何事も無かった様な顔をして再びオレの隣に坐って、酒を飲み始めるのであった。涙が出る。

 二人の男の、それぞれのダンディズム、ということか。

 倒れても助けないダンディズム、そして、何事もなかったかのように、カウンターのスツールに戻るダンディズム。

 小児マヒ、というのは誤りである。

 川島は松竹に入社時に、身体に何らかの問題があったわけではなく、助監督時代は、監督の指示により走り回っていたという証言がある。

 だから、成人してからの病であり、その病名は、藤本義一の『生きいそぎの記』について書いた記事の五回目に登場する。
2018年9月27日のブログ

 弁慶と牛若丸のどちらが好きか、という話題で川島と口論して家に帰った藤本が川島からの電報を見て、宿に帰る。
 川島が不在だった部屋にあった『家庭医学全書』の燐寸棒の栞のあるページで、藤本はその病名を目にした。
 シャルコー病、あるいは、筋萎縮性側索硬化症。これが、川島雄三の病だった。

 
 次の最終回は、そんな川島が殿山が初の映画賞を受賞したことを、どのように祝ってあげたのか、などを紹介したい。

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by kogotokoubei | 2018-10-16 12:36 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)

 川島雄三については、今年が生誕百年ということで、落語会を含みイベントが開催されているということを、以前書いた。
2018年6月13日のブログ

 なお、『幕末太陽傳』に登場するネタが披露される落語会は、六本木俳優座で10月29日~11月3日に開催。

 まだ、行くかどうか、迷っている。
 あの会、木戸銭も安くはないし、果たしてあの企画を天国の川島雄三は喜んでいるのかどうか、なんてことを思っている。

 また、川島と共同で映画「貸間あり」の脚本を書いた藤本義一の『生きいそぎの記』について、9月20日から五回にわたって紹介した。
2018年9月20日のブログ


 その川島雄三について、ある俳優さんが書いている本を、先日古書店で発見。

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 殿山泰司さんの『三文役者の無責任放言録』である。
 私の大好きな、俳優さんだ。

 角川文庫版だったが、この本の初版は昭和41(1966)年の三一新書。そして、この角川版は昭和59(1984)年発行だが、その後、平成12(2000)年には、ちくま文庫でも再刊されているようだ。

 いずれにしても、古書店でしか入手できない本。

 立ち読みして、買うことに決めた章が、この川島雄三について書かれた一文。

 冒頭部分を、引用。
小さな《川島雄三伝》《1963・7》

 オレ如き若輩が《川島雄三伝》なぞとオコガマシイ。百も承知。書くべき人は沢山居る。先輩諸兄よ。貧しい三文役者の非礼を許して下さい。書きたいのです。ポロポロと涙が出る。オレの涙にうるんだ瞳に免じて許して下さい。《小さな》と言う字を付けたのも原稿の枚数の関係ではありません。精神の関係です。叱らないで欲しい。イヤ叱られても書く。

 三一新書の初版発行は、前述のように昭和41年だが、内容は文藝春秋の『漫画読本』の連載が元であることを、本文庫解説で井家上隆幸が説明している。

 川島が亡くなったのは、昭和38(1963)年6月11日なので、まだ、記憶が鮮明な時の文章だ。

 引用を続ける。

 ロケ先の広島で川島旦那の訃に接した。信じたくなかった。嘘だと思った。同行の乙羽信子も《信じられない、信じられない》とツブやいていた。悲しくも本当であったのだ。ロケバスの中で、宿舎の部屋で、オレはポロポロと泣いた。川島旦那よ、何故オレよりも先に天国へなぞ行ってしまったんだ。極道なオレが先に行くべきであった。バカタレじゃ。オレも連れてってくれ。

 ね、まだ冷静さを取り戻してはいない、文章でしょ。

 殿山泰司は川島雄三より三歳上の大正四(1915)年10月17日生まれ。
 だから、川島が今年二月で生誕百年だったが、殿山は明後日に生誕百三年、ということになる。記念日とは、言えない。

 引用を続けよう。

 その夜、オレは流山のBARへ行って浴びる程ウィスキーを飲んだ。マダムが《どうしたの今夜は》と言った。《お通夜じゃ》《誰の》《知らん、誰でもエエ》。涙がポタポタとグラスの中に落ちた。ウイスキイと一緒に飲んだ。死ぬ者はバカタレじゃ、と怒鳴ったらしい。マダムもオンナ達も遠ざかってオレを一人にしてくれた。その心情が嬉しかった。

 ここで、日活のサイトにある『幕末太陽傳』のページのCastの紹介から、殿山泰司の短いプロフィールを引用する。
日活のサイトの該当ページ

仏壇屋倉造:殿山泰司
1915年10月17日-1989年4月30日。亨年73歳。
1936年に新築地劇団に入団。39年に千葉泰樹監督作品『空想部落』でスクリーンデビューを飾る。42年に興亜映画に入所し、第二次世界大戦をはさんだのち『森の石松』(49)などの吉村公三郎監督作品に参加し、50年に吉村公三郎監督が設立した近代映画協会に創立メンバーとして参加する。その後、様々なジャンルの映画に出演し名バイプレイヤーとしての地位を確立した。


 殿山さんの名は、五年近く前になるが、五街道雲助の本を紹介した記事の中で、雲助の「酒の師匠」であった、「かいば屋」の常連として登場した。
2013年11月21日のブログ

 「かいば屋」が、のれんを新しくする際、その字を書いたのが殿山さん。


 また、吉村平吉さんの『吉原酔狂ぐらし』を紹介した記事にも登場する。
2014年6月7日のブログ

 作者吉村平吉は、野坂昭如の『エロ事師たち』のモデルであり、『実録エロ事師たち』という著作もある。野坂昭如の原作を元にした映画は今村昌平監督により主役は小沢昭一さんだったが、吉村さんの“実録”の方は、日活ロマンポルノの曽根中生監督で映画化され、主演が殿山泰司さんだった。

 吉村、野坂、田中小実昌といった人たちとの“酔狂連”という文化的(?)サークルのメンバーとしても殿山さんの存在は大きかったようだ。


 次回は、香典の金額が明かされ、その金額を指定した人や、なぜそうだったかなどについても、ご紹介したい。


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by kogotokoubei | 2018-10-15 12:44 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(4)
 先日、横浜にぎわい座の「名作落語の夕べ」で、桃月庵白酒の『宿屋の富』を聴いた。
 このネタ、元は上方の『高津の富』で、三代目柳家小さんが四代目桂文吾に習い東京に移したとされている。

 その三代目小さんが演じたこの噺は、先日の白酒はもちろん、現在多くの噺家さんが演じる内容とは、大きく違っていた。

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麻生芳伸編『落語特選-上-』
 
 麻生芳伸さん編集の『落語特選』の「上」にこの噺が載っているのだが、あとがきで麻生さんはこのように書いている。

 本篇は三代目小さんの改作当時の型で、冒頭の客が大金持ちだと法螺を吹く箇所に重点を置き、突富も終了した後の設定にした。そのほうが宿屋の主人も結果を見に行く距離感に現実性(リアリティ)がある。

 ということで、三代目小さんの型では、突富の前の喧騒の場面は登場しない。
 だから、二番富が当たることになっている男の、仕方ばなしも、ない。

 法螺吹き男の人物設定を含め、今日よく聴く“型”とは、相当違っている。

 冒頭の宿屋夫婦の会話から引用する。

「ちょいと、おまえさん」
「なんだい?」
「なんだいじゃないよ。二階のお客さまだよ。もう二十日も逗留してるよ」
「結構じゃねえか」
「喜んでちゃ困らあね、おまえさん。茶代ひとつ出さないじゃァないか。なんだか様子がおかしいよ。きっとないのかも知れないよ。深みィはまらないうちになんとかしたほうがいいんじゃァないかい?ねえ、おまえさん。様子ゥさぐっといでよ」

 落語ご愛好家の方は、「あれ、『抜け雀』や『竹の水仙』と似ているじゃないか」と思われるはず。

 この後、宿の主は二階の客に会いに行く。

「ごめんください。おいででござんしょうか?」
「はい、だれかね?・・・・・・おゥ、なんだ、この家(や)の主人(あるじ)どんだな。おら、泊まったときに顔を見たが、それっきり顔も合わせねえが・・・・・・なんだ?なんか用かね」
「どうもかけちがいまして、ご挨拶にも上がりませんで、まことにどうもお粗末ばかり申し上げておりまして申しわけございません」
「いやァ、結構だよ」
「じつは、お願いがございまして・・・・・・」
「なんだい?」
「お宿帳が願いたいと思いまして・・・・・・」
「宿帳?おかしいでねえか、おら、泊まったときに付けたでねえか」
「エエ、お処(ところ)とお名前は伺ってございますが、この節また、その筋のお調べが厳しゅうございまして、お身装(みなり)からお荷物、ご商売、悉く付けさして頂くようなことンなっております」
「ああそうかね・・・・・・身装たってこれェ着たっきりだい。荷物ってあすこにある小(ち)っけな包み、あれ一つだい・・・・・・商売って、おら商売ねえだよ」

 ということで、この男、田舎大尽、という設定なのである。

 泥棒が入ったという法螺ばなしの宿の主とのやりとりは、次のようになっている。

「それがおめえ、こねえだおもしれえことにな、泥棒が入(へえ)ってな」
「ほゥお、泥棒が・・・・・・お怪我はございません?」
「いや、怪我なんぞァねえだよ。何人いただかなァ・・・・・・十何人もいただかなァ。おらの寝てえる枕元へ光ったものを突きつけてな。命が惜しけりゃァ金ェ出せっちゅうでえ・・・・・・おら命は惜しい。金は惜しくはねえだから、いくらでも持ってってもれえてえ・・・・・・そいからおらァ蔵は案内ぶってやってな、蔵のはァ、扉ァ開けて、戸前開けて、さあさあ好きなだけ持ってきなせえ・・・・・・みんなぞろぞろぞろぞろ入って、出てくるときは千両箱ひとつっ担いで出つ来るでえ、なかには二ッつ担いだやつが二人べえいたかなあ。おら褒めてやっただ。汝(われ)力あるでねえか、えれえぞッつッてなあ。」

 この田舎大尽が本物なら、『お見立て』の杢兵衛さんだ。

 この後の法螺ばなしが、可笑しい。

「で、まあみんな出てって、しばらくすると、頭立(かしらだ)ったやつが戻って来て、表の門を開けてもらいてえ・・・・・・ばかなことを言うな。いくらなんでもな、泥棒野郎にな、表門から大手振って出られてたまるか。裏のほうから出ろッて・・・・・・野郎涙こぼしやがって、入(へえ)るときは裏から入って参(めえ)りましたと。だけどもはァ、これまで来るのに半月の旅ィしてやって参りましたと。また半月の旅ィして引っ返すのは大変でごぜえますから、どうぞひとつ表門から出してもらいてえ・・・・・・そう言われりゃもっともなことでな。そいから奉公人五十人べえ起こしてな、表の門を開いてやっただよ。そりゃ十人や二十人で開くような門でねえからな・・・・・・野郎喜びやがってはァ、みんなまた千両箱を担いでぞろぞろ出てくだから、まあこのままにしとくだよ、蔵のほうはァ、戸も開けっ放しにしとくだあ。またいつでもいいから来て持ってけやァ・・・・・・みんな喜んで出て行ったァ。しばらくすると、千両箱二っつ担いだやつが、一つ担いで戻って来てな、これお返しするてえ・・・・・・なに言っとるだあなあ。持ってけったら、いや、とても二つは担いで行かれねえ。どうぞ一つお返し申しますからって、そこへ千両箱を一つ置いて、そのまま帰(けえ)って、また来るかと思って待ってたが、といとうそれっきりやって来ねえ・・・・・・あれ考(かんげ)えてみると、正直な泥棒だ」

 三代目小さんが、上方から東京に移した当初は、こういった田舎大尽(風)の男の法螺ばなしが中心で、あの二番富が当たる夢を見た男の妄想ばなしは、登場しない。

 では、元ネタの上方『高津の富』はどうかと言うと、私が知る枝雀版では、法螺ふき男は、因州鳥取の在と語るが、田舎言葉を使うわけではない。また、二番富に当たるはずの男も、しっかり登場する。

 三代目小さんは、この噺を西から移すにあたって、まず、田舎者が法螺を吹く場面に中心を置いたのだが、その後、弟子や他の噺家の手にかかり、今のような型になってきたということか。

 江戸落語独特の田舎言葉の楽しさで、この噺を味付けしようとした試みは、理解できる。
 とはいえ、大店の主人として、その人物造形に疑問を抱いた噺家さんがいたことも察することができる。

 残念ながら音源は持っていないが、五代目小さんは、田舎出の男が何日も逗留しているという三代目からの柳家の型を踏襲していたようだ。

 今の柳家の噺家さんは、どうなのだろう。

 不勉強で、知らないが、もし誰か演っているのなら、聴いてみたいものだ。


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by kogotokoubei | 2018-10-11 21:56 | 落語のネタ | Comments(4)
 落語禁断症状(?)から、なんとか都合がつきそうな5日の夜の三三か、6日の夜のこの会、どちらかの横浜にぎわい座と思い、5日の午前中にぎわい座に電話した。
 前売り完売の三三の会は当日券も含めすでに売り切れ。

 6日は、かろうじて二階席は空いているということで、高座に近い席を予約。

 にぎわい座の二階席は、2011年に三三の『嶋鵆沖白浪』通しの八月の会以来だ。
2011年8月5日のブログ
 にぎわい座の二階席、それほど悪い印象がない。
 高座近くの席なら、表情もよく分かるし、珍しい鳥瞰のアングルで楽しめる。

 百九十三回目になるという「名作落語の夕べ」だが、初めて。

 会場は、実際に一階はほぼ満席で、二階席も半分位は埋まっていたなぁ。

 この日の会は、同じネタでの上方版の会を11月に開催するようで、その江戸版。

 出演順に感想など。

布目さんの前口上(9分 *18:00~)
 にぎわい座のチーフ・プロデューサーである布目英一さんが、いつものように携帯などの注意に続き、この会に関する説明をした。
 東西の同じネタの違い、ということで『愛宕山』や『時そば』『時うどん』などを素材に丁寧な説明。
 また、同じネタでも噺家によって違いが出るし、同じ噺家でも、ネタは生きているので日によって変わることもある、と前夜の三三の『柳田格之進』について、三三が興味深い改作をしたことを付け加えてくれた。へぇー、そんな格之進は、聴いたことがないなぁ。 布目さん、いつもの開演前の注意と同じ、舞台上座隅に立ったままの口上だったが、ぜひ今後は中央に立ってお願いしたい^^

春風亭昇りん『たらちね』 (10分)
 開口一番は、初めての昇太の弟子。いい雰囲気は持っているが、どうも言葉遣いが気になる。八五郎が隣りの婆さんに「てめい」と言ったり、初対面の嫁に「おめぇの名前は」というのは、いただけない。おめぇさん、だろう。

立川志の八『だくだく』 (25分)
 ここからはネタ出しされている。
 志の輔の二番弟子、名前は知っていたが、初めて聴く。
 結論から書くと、良い発見だった。
 スマホに関わるマクラも、結構楽しく聴けた。
 絵の先生が床の間と掛け軸を描く様子はリアルな所作で見せていたが、雑にならず、このスピード感は若々しくて好感が持てた。ラジオは「マホガニー」という科白も、なかなか効いていた。なかなか最近は聞かないね、マホガニー製なんて言葉。
 眼の悪い泥棒が明かすことになるが、壁に描かれた中に「よそう、夢になるといけねぇ」や「半鐘はおよしよ、オジャンになるから」なんて科白が描かれているというのも、可笑しい。
 男が起きてから泥棒との「つもり」の戦いも楽しく演じていた。
 この人、地元横浜出身で、にぎわい座での独演会もあるようだ。
 今後、もっと聴きたくさせる高座だった。

三笑亭夢太朗『時そば』 (32分)
 寄席ではよく聴くが、長講は初めて。
 寄席のある浅草や新宿のことに関するマクラで10分ほどで本編へ。
 最初の男が蕎麦を食べる場面が長々と続き、(そんなに蕎麦が入っているのか?)と疑問を感じたところで、蕎麦屋に「お客様、そんなに蕎麦入っていましたか?」と聞かせると、「今日は30分やんなきゃならねぇんだ」の答えで、満席の会場は爆笑。
 蕎麦屋の屋号が、以前は「築地」で今は「豊洲」、というのは、ニュース性があって良かったと思う。
 二人目の男、あちこち欠けたどんぶりを回しているのを見て、蕎麦屋が「お客様、お茶の心得がおありで」なんて科白も、可笑しい。
 寄席の短いネタでは分からなかった、この人の持ち味を感じることのできた好高座。

 ここで仲入り。

三遊亭兼好『巌流島』 (29分)
 マクラがネタとの関連性もあり、かつ楽しかった。
 いろんな乗り物があるが、海外なら飛行機でしょう、仕事で関西などへ行くなどは新幹線となるでしょう・・・警察に追われたら、自転車ですね、で爆笑。時事性のあるネタは、やはり日頃からネタになりそうな事件などに注意しているのだろうなぁ。
 花見の屋形船での営業や日本丸など遠洋航路での仕事の話から江戸の渡しのことにつなげ、「さあ事だ、馬の小便渡し舟」と、10分余りのマクラで会場を温めてから本編へ。
 船上で職人風の客が、島に取り残された若侍をからかう様子などは、この人の持ち味が生きる。また、殺されそうになった屑屋が何を聞かれても「くず~ぃ」と答えるのが、可笑しい。
 この人ならではのメリハリの利いた語り口や所作が、力量の高さを物語る。
 加えて、若侍の「黒木綿の五つ所紋、段袋の袴ぁはいて、長い朱鞘の大小をさして」いる姿や、「麻の上下に黒縮緬の羽織、供に槍を持たせた」高齢の侍の形容、当り前のようでいて、さらっと語るのは結構難しいのだ。そういう科白がサマになってきたなぁ、と思いながら聴いていた。
 得意なブラックな味わいを抑えてはいたが、関連性のあるマクラと本編を含め、この人ならではの高座には、一種の貫禄まで出ていたような気がした。今年のマイベスト十席候補としたい。

桃月庵白酒『宿屋の富』 (28分 *~20:26)
 短いマクラだったが、にぎわい座のある野毛の街の変貌を語る中で、「昔は、人生を捨てる場所」などの表現が、この人らしく笑った。桜木町の駅を右に行くか左に行くかで大きな違いがあり、以前はにぎわい座に来る時は、電車で関内まで行ってから歩いて戻った、というのはネタだろうが、可笑しかった。
 たしかに白酒が言うように、最近は、野毛近辺もずいぶん洒落たお店が増えたなぁ。
 それぞれの街には、それぞれの役割があって、と馬喰町につなぐ。実にマクラから本編へ自然な流れ。
 この噺の聞かせどころは、冒頭の宿に泊まりに来た男の作り話とそれを真に受ける宿の主人との会話。そして、二番富の五百両が当たるはずの若い男の、妄想ばなしだろう。
 もう少しこの人ならではの脚色をするかと思ったが、ほぼ古今亭の型と言えるだろう。
 一文なしの男の作り話は、使用人は八百人、身の回りの世話だけでも五十人。泥棒が入ったが十五、六人でも持っていった千両箱は八十ぐらい、というのは志ん生版と同じ。
 二番富の男の妄想も、ほぼ古今亭の内容。膳に、刺身、天ぷら、鰻というのは、人によって違うが、基本の展開は踏襲している。
 一番富も子の千三百六十五番。
 この人らしさが発揮されたのは、一文なしも、宿屋の主人も、一番富と分かって宿に帰った時の、言葉にならないあの科白。『つる』や『短命』のご隠居でも発揮される例の、アレだだから、笑わずにはいられない。
 あえていじらなくても、これだけ楽しい噺なんです、とでも主張するような高座。
 「名作落語の夕べ」となると、あまり改作はできないのかもしれないが、十分にご通家が多いと思しき会場を沸かせた。こちらも、今年のマイベスト十席候補としたい。


 久しぶりの生の落語は、実に楽しかった。

 志の八は初めてだったが、今後もぜひ聴きたくなった。
 寄席では分からない夢太朗の持ち味も発見できた。

 そして、兼好、白酒の堂々とした「名作」の高座に堪能した。

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by kogotokoubei | 2018-10-08 18:21 | 寄席・落語会 | Comments(6)
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是枝裕和著『万引き家族』

 最終、四回目。

 まだ、上映中の映画館があるので、内容を知らずに観たい方は、ネタバレ注意なので、ご留意のほどを。

 今回は、祥太のこと。

 ある日、治は祥太を連れてパチンコ屋に行く。

 耳が良い祥太は、四方八方から大きな音が聞こえるパチンコ屋は嫌いだったが、しぶしぶ治に付き合った。

 治は、万引きのみならず、クラッシャーという道具で車上荒らしをしていた。

 パチンコ屋の駐車場は、治にとって格好の仕事の場なのだ。

 その時、ガラスの割れる大きな音がした。
 祥太が音のほうを見ると、赤い車の後部座席から、治が大きなアルファベットの文字がデザインされたバッグを取り出しているとことだった。
 腹の前でそのバッグを抱え、治は、普段の姿からは考えられないような素早さで翔太に向かって走ってきた。
 (中 略)
「すげえなぁ・・・・・・やっぱこれ」
 治は走りながら祥太にクラッシャーをかかげてみせた。
「・・・・・・僕の時はさぁ」
 それには答えず祥太は聞いた。
「・・・・・・ん?」
「助けてくれた時・・・・・・」
「あぁ?・・・・・・」
「あの時も・・・・・・何か盗もうとしてたの?」
 治は力の無い笑みを祥太に向けた。
「バカ、違うよ・・・・・・、あん時はお前を助けようとしたんだって」
 いつも「仕事」が成功した時と同様に治は拳を出した。祥太はその拳を拳で受けなかった。
「何だよ」と治は祥太の肩のあたりを叩いて、走り去る。祥太は立ち止まって治の背中を見送った。

 治の言葉は信じられるのだろうか・・・・・・。

 祥太と治の間に、大きな溝ができた出来事だった。

 この後、このように続いている。

 祥太がパチンコ屋が嫌いなのは、音の他にもうひとつ理由があった。
 夏の暑い日に車の中でひとり、シートベルトをしたままで座っていた。後部座席だった。ペットボトルがひとつシートに転がっていたが、ひと口飲んたら、お湯になっていて、やめた。
 遠くでパチンコの音が時おり鳴って、消えた。
 そんな時、ガラスの割れる音がして、その穴から車の中を覗いたのが治だった。
 治は祥太のシートベルトをはじして抱き上げた。
 それは治が祥太に繰り返し聞かせたふたりの出会いの物語だ。そしてそれは、もう祥太自身の記憶になってしまっていた。「祥太」という名前その時治がつけたものだった。治に命を助けてもらった。祥太はそのことをずっと感謝していた。
 だから治がりんを救った時も、こうやって自分も救われたんだと思ったし、だらしの無い「父親」でも、嫌いになれなかった。でも、今こうして祥太を残して逃げていく治を見ていたら、祥太の中でふたりの出会いの記憶が少しづつ変質していくのがわかった。治は祥太を助けようとしてガラスを割ったのではなくて、何かを盗もうとしてガラスを割ったら、たまたま祥太がいたのではないか?
 ただそれだけなのではないか。治を追うのをやめて道の真ん中に立ちつくした祥太は、自分の手のひらをじっと見た。
 祥太はこの日を境に、二度と治と「仕事」には出かけなかった。

 
 祥太は、大きな岐路に立っていた。

 治は、スーパーの商品は、まだ誰の物でもないから、もらってもいいのだと言い、その言葉を信じてきた。
 しかし、車のガラスを割って中の物を取ることは、その持ち主から奪うことではないか・・・・・・。
 その自問が、万引きだって、悪いことではないか、という自答になってきたと言えるだろう。

 治は、果たして車上荒らししていて、偶然に子供を見つけたのか、それとも、救い出すためにガラスを割ったのか・・・・・・。

 いずれにしても、ある町のパチンコ屋の駐車場の車の中にいた祥太を、治が救い出したことは事実であり、その場所や車のことは、後で信代が祥太に明らかにする。

 もし、柴田家の偽りの家族生活が続きいていたとしても、治と同じような「仕事」をする大人にはならなかっただろう。

 このシリーズは、映画を観た方に読んでいただくという前提なので、その後の筋書きは割愛し、話は飛ぶ。

 施設にいる祥太が、留置されている信代の希望で治と一緒に信代に会った後、祥太は治が一人で住むアパートに泊まる。

 祥太は治とひとつのふとんで背中合わせに寝た。
 雪に濡れた服は流しの前につるした洗濯ひもにかけ、電気ストーブを下に置いた。
 (中 略)
「あのね・・・・・・」
 祥太はずっと気になっていたことを思い出した。
「ん?」
「みんな・・・・・・僕だけ置いて・・・・・・、逃げようとしたの?」
 治の背中が強く固まるのがわかった。
「あぁ・・・・・・した。その前につかまっちゃったけどな」
「そっか・・・・・・」
 いつもの治なら「そんなこと無いよ。お前を迎えにいくとこだったんだ」と嘘をついたかもしれない。
 でも祥太と同じように、治も昼間ガラス越しに見た、信代の最後の笑顔がずっと頭から離れていなかった。
「ごめんな・・・・・・」
「うん」
「ごめん」
 治はもう一度謝った。祥太はもう返事をしなかった。
「父ちゃん・・・・・・おじさんに戻るよ・・・・・・」
 治はしぼるように言った。前から考えていた言葉ではなかった。さっき雪だるまを一緒に作りながら、初めて浮かんだ考えだった。
「父ちゃん」と一度も呼ばれていないのに、そんなことを言い出すこと自体、祥太はおかしく感じるかもしれなかったが、治は祥太の返事を待った。
「うん、いいよ」 
 祥太は背中を向けたまま言った。ふたりとも、もう何も喋らなかった。
 一人で罪を背負った信代は、面会の際に、祥太がどの町のパチンコ屋の駐車場にいたのか、どんな車でどの町のナンバーだったのかを伝えた。

 うろたえる治に対し、信代は「もうわかりなよ。私たちじゃダメなんだよ、この子には」と語気強く言った、

 治も、信代の言葉が身にしみたのだろう。

 さて、そろそろこのシリーズのサゲ(?)にかかろう。

 祥太は、翌日、バス停で治と別れる。

「わざとつかまった」
 祥太が言った。
「え?」
 治は聞き返した。
「僕、わざとつかまったんだ・・・・・・」
 祥太はもう一度そう言った。
 それが祥太の優しさなんだと治はすぐにわかった・
 終わりにしたのは治じゃなくて、祥太なのだと。
「おじさんのせいじゃないよ」
 目の前の少年は、そう言っているのだ。
 (中 略)
「祥太」
 治は小さな声で言って手を振った。祥太は聞こえないようだった。車内を歩いて一番後ろの席に座った。バスは動き出した。
「しょうた」
 もう一度呼んだ。気がついたら治はバスを追いかけて走っていた。祥太はこちらを見なかった。
 祥太は帽子を目深にかぶったまま、頑なに振り向こうとしまかった。振り向いて手を振ったら、きっと治はもっと辛いだろうと思ったからだ。
 しばらくバスを追いかけていた治の気配が、信号を3つ越えたあたりですっかり無くなった。そこまで待って、祥太はようやく窓の外を振り向いた。雪の残った舗道の植え込みが後ろに流れていく。

「・・・・・・父ちゃん・・・・・・」

 祥太は口の中で初めて、そう呼んでみた。


 実は、映画を観ていて、この言葉は分からなかったなぁ。

 その後、この本を読む前にネットで知った。

 初枝が、海で戯れる家族を眺めてつぶやく「ありがとうございました」と、この祥太の「父ちゃん」は、どちらも声にならない、言葉だった。

 今思うと、声に出せないということにも、大きな意味があったように思う。

 大きな声ではいえない、しかし、そう言いたい・・・・・・。


 これにて、このシリーズはお開き。

 長々とお付き合いいただき、ありがとうございます。

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by kogotokoubei | 2018-10-05 21:27 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)
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是枝裕和著『万引き家族』

 三回目。

 まだ、上映中の映画館があるので、内容を知らずに観たい方は、ネタバレ注意なので、ご留意のほどを。

 治と信代が、初枝の家に転がり込むことになった背景、そして初枝の本当の息子について書かれた部分。

 りんと信代がそうであるように、初枝と信代もお互いに「選んだ」親子だった。
 8年ほど前、信代は日暮里のスナックでホステスをしていた。治は最初、その店の常連客だったが、いつしかカウンターの中に入り、客の注文をとったりするようになった。そのうち夫の暴力から逃げてひとり暮らしをしていた信代のアパートで同居を始めた。その治がパチンコ屋で出会ったのが初枝だった。
 隣の客の玉を盗もうとしていた初枝に気づいて興味を持ち、初枝が暮らしていたこの家に遊びに来たのが始まりだった。
 初枝はひとり暮らしだった。女手ひとつで育てたひとり息子は結婚してしばらくは同居していたが、気の強い嫁と初枝のそりが合わず、一年足らずで別居することになった。
 その後息子からは、まったく音沙汰がない。仕事の関係で博多へ転勤になり、そのまま家族と向こうで暮らしているという噂を耳にしただけだ。
 「治」というのが息子の本名で、嫁の名が「信代」だ。初枝の家にふたりが転がり込むと決めた時に、この名を名乗ると決めたのだった。
 りんがりんでないように、信代は信代ではなく、治も治ではない。亜紀も含め、この家で暮らす家族のほとんどがふたつの名前を持っていた。

 「二つ名を持つ」家族たち・・・・・・。

 初枝は、夫に逃げられた後、実の息子からも捨てられていたわけだ。

 それにしても、初枝の息子夫婦の母親への態度は、少し酷すぎる。

 だからこそ、初枝にとって、同じ名前をつけた治、信代は、同居してくれる大事な家族、だったということか。

 家族をつなぐのは“血”なのか、それとも“関係性”なのか。

 これは、是枝監督が抱き続けるテーマと言えるのだろう。

 映画の中の印象的なシーンはいくつかあるが、その中の一つを小説から再現。

 信代とりんが一緒のお風呂に入っている場面だ。

「それどうしたの?」
 りんが信代の左手の二の腕についたヤケドを指差した。
「あぁここ?アイロンでジューって・・・・・・」
 信代は右手で自分のヤケドの痕に触れた。クリーニング工場で働き始めてすぐに出来た古傷だ。
「私も」
 りんは自分の左腕を信代に見せた。
 りんの腕にも同じようなヤケドの痕がある。細長い柳の葉のようなその形は、信代と同じだ。おそらく母親に折檻されたのだろう。
 どうしたの? と聞かれるたびに「転んだ」と見えすいた嘘をついてきたりんが、初めて自分からヤケドだと認めた。
「ほんとだ。同じだね」
 ふたりは腕を2本並べて傷を比べた。りんは指を伸ばして、ふいに信代のヤケドの痕に触れ、優しくなで始めた。
 信代は息を止めた。湯の中で心臓が高鳴るのがわかった。初めて経験する感覚だった。
「・・・・・・ありがと。・・・・・・もう痛くないよ・・・・・・大丈夫・・・・・・」
 信代はそう言ったが、りんは首を横に振って信代の傷をなで続けた。
 りんはきっと自分のヤケドに触っているのだ。その傷はまだ治らずに痛いままなんだ。
 そのかわりに私の傷に触れている。信代は自分の身体がほてっていくのがわかったけれど、「もう出ようか」とは口に出来なかった。

 是枝映画では、入浴シーンが効果的に挟まれるが、この場面も実に良い。

 ジーンときたなぁ、観ていて。

    仲の良い家族--->裸の付き合い--->入浴

 という一つの考えが、きっと監督の頭にはあるのだろう。


 さて、今回最後に紹介するのは、映画ではその音声を聞くことができなかった、初枝の“つぶやき”の謎解き。
 
 柴田家が、海水浴に出かけた時のこと。

 皆が、波打ち際で楽しそうに遊んでいる時、初枝が一人、シートに座り、治が失敬してきたパラソルの下で、幸せそうな五人の姿を見ていた。

 シートの上に初枝だけが残った。砂の上に投げ出した自分の素足が目に入った。白く皮膚のたるんだその足にはたくさんのシミがついていた。
「わぁすごいシミ・・・・・・」
 初枝は口に出して言ってみた。そうして太陽に照らされてすっかり熱くなっていた白い砂を手ですくい、自分の足にかけた。砂はサラサラとすねを左右にすべり落ちて、砂浜に戻った。ひときわ高い治の笑い声が聞こえ、初枝は顔を上げた。
 太陽が雲に入って急に日が陰り、初枝は背中のあたりに寒気を感じた。
 信代が合流し、5人は手をつないで波を待っている。その後ろ姿を見ながら、初枝は小さな声で呟いた。

 
「ありがとうございました」

 しかし、その声は、波音と5人の笑い声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 映画の観客にも、その声は届くことはなかった。

 しかし、私は、初枝(樹木希林さん)の口の動きで、この言葉であると察した。
 映画を観た多くの方も、分かったのではなかろうか。

 私は、初枝が、そう長くはない寿命を察知し、血はつながっていなくとも、そして、年金という金がつなぐ関係であろうとも、柴田家の子供たちに心底感謝しているということを彼女が伝えるこの場面、実に美しいと思った。


 この言葉が樹木希林さんのアドリブであること、そして、そのアドリブが是枝監督にとって、この映画づくりの方向性を与えたこと、などは少し前の記事で紹介した。
2018年9月19日のブログ

 その記事でも書いたのだが、あの言葉は、初枝同様に死期が近いことを察していた樹木希林さんご本人の言葉でもあったように思えてならない。

 さて、次回を最終回と考えているが、あの映画の中で、もう一つあった声にならない“つぶやき”の謎について、書くつもり。

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by kogotokoubei | 2018-10-04 21:36 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(2)
 今年のNHK新人落語大賞の開催と放送の日程、そして、出場者について、NHKのサイトで確認できる。
NHKサイトの該当ページ

 開催は、10月22日(月)、東京。
 放送は、11月4日(日)の、午後4時~5時25分。

 相変わらず公開されない予選を突破した出場者は、次の通り。

 入船亭小辰、桂三四郎、桂三度、三遊亭わん丈、笑福亭呂好、柳亭市弥

 東京から三人、上方からも三人。

 ようやく小辰が予選を突破してくれた。

 東京の三人は生の高座を聴いている。

 上方で生で聴いたことがあるのは、桂三四郎のみ。2013年、露の新治独演会(内幸町ホール)の開口一番で『時うどん』だった。

 三度は、この番組でしか聴いたことがない。

 呂好は、テレビも含めて初めて。


 好みの問題もあるが、小辰を応援する。

 結果は22日の後でニュースで知ることになるだろう。

 
 昨年は、開催が関西だったという不利や前日新幹線に長時間閉じ込められるというハンディを乗り越えて、三遊亭歌太郎の優勝だった。

 さて、今年は、どうなることやら。

 審査員の採点には、また、小言を書くことになるのだろうか。

 ともかく、放送が日曜の午後、というのは助かる。

 先のことだが、楽しみだ。

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by kogotokoubei | 2018-10-03 12:47 | テレビの落語 | Comments(8)
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是枝裕和著『万引き家族』

 二回目。
 まだ、上映中の映画館があるので、内容を知らずに観たい方は、ネタバレ注意なので、ご留意のほどを。

 映画について書いた記事でも書いたが、柴田一家の役名と俳優を、もう一度確認。
2018年6月25日のブログ

 
   役名  :  俳優
  柴田初枝 : 樹木希林
  柴田 治 : リリー・フランキー
  柴田信代 : 安藤サクラ
  柴田亜紀 : 松岡茉優
  柴田祥太 : 城桧吏
  凛*じゅり: 佐々木みゆ

 今回は、初枝、そして亜紀について、映画では語られていなかった謎の解明を含めて紹介したい。

 信代の妹、という設定の亜紀は、祖母初枝が好きで、寝るときも初枝の布団で一緒に寝るほどだ。
 偶数月の15日、初枝と亜紀は銀行で年金を引き出してから、水神様の参道にある甘味所に入る。そこでの、二人の会話。

 かんてんをひとつ口に入れて、亜紀は仕事の説明を始めた。
「ちょっと脇チチが見えるニットのワンピースを着て、こうすんの」
 亜紀は自分の胸を左右から寄せて揺すってみせた。
「脇チチねぇ・・・・・・。そういうのが流行なんだ・・・・・・」
 初枝は顔をしかめるでもなく、興味津々で亜紀を見ていた。
「そ。3000円をお店と女の子で半々」
「いいわねぇ、そんなんでお金もらえて」
 初枝はおしるこの中に入っていたもつを箸でつまみ、音を立てて歯ぐきでしゃぶり始めた。他人が見たら相当不気味だったろうが、亜紀には気にならなかった。
「おばあちゃんだってもらってんじゃん・・・・・」
 初枝がもらっている年金は、亡くなった夫の遺族年金だった。男からもらっているという意味では大差ないと、亜紀は考えていた。
「私のは慰謝料みたいなもんだからさ」
「慰謝料?年金が?」
 亜紀はそう確認した。一瞬考えを巡らしていた初枝は「そう・・・・・・年金年金」と、亜紀の言葉を繰り返すと、しゃぶっていたもちを、「あげる」と言って亜紀のあんみつの上に乗せた。さすがにこのもちを食べる気にはならなかったが、ことさらそのことに嫌悪を示すこともなかった。
「そうだよねぇ・・・・・」
 同情するように亜紀は言った。初枝の夫は、結婚してまもなく外に女を作り、初枝と息子を残して家を出てしまったのだ。初枝は、何とか女手ひとつで息子を育てたが、苦労したことは間違いないし、何より捨てられたことに対する恨みつらみは相当なものだったろう。

 初枝の夫のことは、映画を観ても分かるのだが、この小説では明確に上のように書かれている。

 紹介した亜紀とのやりとりで、年金のことを勘違いしていた初枝は、いったい何を思っていたのか。

 これは、映画でも描かれていたが、初枝は、女を作り自分と息子を捨てた元夫の月命日に、夫とその女の息子の家を訪れる。
 行く前に電話をして、電車を乗り継ぎ、横浜郊外のその家に行くと、仏前に手を合わせ、その後、元夫の息子の嫁は紅茶とケーキを初枝に出すのがお決まりだ。
 そして、帰り際に三万円入りの封筒を受け取り、帰るのだった。

 その訪問の様子を記した後、次のような文が続く。
 
 ここへ彼女がやってくるのは、最初は単純な嫌がらせのためだった。
 前夫の葬式の時に寺で会い、それからたびたび訪れては、こうして金をもらって帰った。
 この金を初枝は慰謝料だと思っていた。
 そこで出会った娘の亜紀とたまたま帰りのバス停で一緒になり、声を掛けた。亜紀は自分でもよくわからない不満をこの家族に対して抱えていた。一緒に暮らさないか、と初枝が亜紀を誘った。亜紀は思いのほかあっさりとその提案を受け入れ、翌月にはもうあの荒川の家の住人になっていた。

 このような、亜紀が擬似家族の一員になった背景は、映画では語られていない。

 亜紀の風俗店の源氏名は、妹の名前である、さやか。

 なぜ亜紀が店で妹の名を名乗っているのか、初枝には何となくわかった。
 復讐なのだ。
 あとから生まれ、自分から両親の愛を奪った妹に対する亜紀なりの仕返しだ。別にさやかや両親に何か特別な落度や、亜紀に対する酷い仕打ちがあったわけではないだろう。だから、もし、そのことを知っても彼らにはまったく理由がわからないはずだ。亜紀のそのゆがんだ愛は、初枝がこの家に何度もやってくる感情と通じるところがあった。
(あの子の言う通り、私と亜紀は血はつながっていないのに、似ている)
 初枝はそう思っていた。そう思って余計に可愛がっていたのだ。

 初枝を捨てた前夫の孫にあたる亜紀。
 亜紀の祖母が、初枝から前夫を奪った女だ。
 
 亜紀から見ると、こういう関係。
 
  祖母ーーー祖父------x------初枝
      |
      |
      |
母ーーーー父
    |
   |
ーーーーーー
|       |
亜紀   さやか(妹)  

 亜紀にとっては、祖父、祖母、両親、そして、妹という家族、家系の全体が、嫌だったのかもしれない。

 そう考えると、初枝と亜紀には、敵の敵は味方、というような感情もあったのだろう。
 血はつながっていなくても、ある血への敵対心でつながっていた、とでも言おうか。

 ちなみに、映画における亜紀の本当の父である柴田譲は、緒形直人が演じ、母親の柴田葉子は、森口瑤子だった。

 あの映画、脇役も結構、贅沢なのである。


 さて、亜紀の両親の名で分かるように、初枝は、前夫の柴田姓を捨てなかった。
 
 そして、擬似家族での息子の治とその妻の信代という名は、実の息子とその嫁の名なのである。

 その初枝の息子は映画には登場しない。

 次回は、そのあたりも小説で補おうと思う。

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by kogotokoubei | 2018-10-02 21:18 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)
 9月の記事別アクセスランキングは、次のような結果だった。

1.『擬宝珠』—柳家喬太郎による古典掘り起こしの成果の一つ。(2014年1月18日)
2.松鶴に土下座させた、笑福亭小松という落語家のこと。(2014年8月4日)
3.今から140年前、なぜ明治政府は改暦を急いだのか。(2013年1月14日)
4.来月から落語協会の真打昇進披露興行。(2018年8月30日)
5.健さんが愛した歌、「ミスター・ボージャングル」についての補足。(2014年11月25日)
6.『抜け雀』のサゲ-『米朝らくごの舞台裏』『落語鑑賞201』などより。(2015年5月15日)
7.小のぶを聴く会 赤坂會館・稽古場 9月13日(2018年9月15日)
8.「相撲」は、江戸時代に始まった“興行”であり“芸能”。(2010年7月8日)
9.喬太郎の『ハンバーグができるまで』が、できるまでー『Switch』2014年3月号より。(2018年9月2日)
10.落語を楽しむための「マナー」について。(2016年6月21日)


 1位の喬太郎の『擬宝珠』に関する記事は四年余りも前のものなのだが、昨日一気にアクセス数がアップし、月間合計で1000アクセスを超えた。何があったのかと思ったら、NHK「日本の話芸」で放送されたことが影響しているようだ。まだ、再放送があるようなので、しばらくアクセスが続きそうだ。

 2位にも、2014年に笑福亭小松のことを書いた記事が続いた。アクセス数は400を超えており、普通の月ならトップでも不思議はない。なぜこんなに多かったかは、まったく分からない。

 3位は、1位、2位よりもさらに一年古い改暦について書いた記事。安定的にアクセスのある記事だが、いつもより多い。何かメディアで改暦のことが話題になったのだろうか。

 4位は、先月から始まった落語協会の真打昇進披露興行の件。本日から、末広亭が始まる。

 5位も2014年の高倉健の好きだった歌の記事。これも、安定してアクセスがあるなぁ。

 6位の『抜け雀』のサゲに関する記事にもアクセスが多かったが、こちらもどこかのメディアで放送があったのかどうか。

 7位に先月唯一行くことができた落語会の記事。
 
 8位は八年前の記事。角界で何か事件(?)が起こると、この記事のアクセスが増える^^

 9位は数少ない先月の記事。喬太郎のネタについて、二つの記事がランクインしたわけだ。

 10位には、二年前の落語を聴くマナーについての記事が入った。


 さて、昨夜の台風の暴風は、二階で寝ていて、家が揺れるのを感じた。幸いにも我が家の被害はなかったが、各地で被害に遭われた方の一日でも早い復興をお祈りしたい。

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by kogotokoubei | 2018-10-01 12:47 | アクセスランキング | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛