噺の話

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 W杯ポーランド戦には、いろんな意見があるだろうが、私は素直に喜んでいる。
 西野はコロンビアのリードを知り、向こうの試合が、そのままコロンビアの勝利になることに、賭けた。
 そして、その賭けに勝った。
 もちろん、セネガルが同点に追いつけば、賭けは負け。

 しかし、初戦のコロンビア戦から、サッカーの女神は日本に微笑んでいた。
 女神は裏切らなかった、ということだろう。
 アジア、アフリカから日本のみベスト16という結果は、誇っていい。
 そして、ベルギー戦は、蘇った川島に、まだ女神が微笑むことを祈り、2対2でPK戦の勝利を期待する。

 さて、昨日は一日時間ができたので、西野ジャパン一次リーグ突破の余韻を感じながら、久し振りに末広亭での居続けだった。
 もちろん、夜の部の主任小三治がお目当てだったが、昨年九月下席三代目桂小南襲名披露興行以来の末広亭、時間と空間を、たっぷり楽しみたかった。

 さすがにサッカーのせいで少し遅く起き、連れ合いとわが家のシーズー達を風呂でシャンプー洗いして、朝の陽ざしの中を散歩してから新宿へ向かった。

 熊本の震災からの復興を祈念し(?)桂花のラーメンセットの昼食、コンビニでいろいろ仕入れて入場したのが、一時少し前。
 ストレート松浦の代演丸山おさむの途中。

 好きな下手桟敷に空間を発見し、確保。
 椅子席はすでに九割ほど埋まっており、桟敷も七割がたは入っていた。まだ、二階席は、この時は開いていなかった。
 
 初めから聴けた高座の内容や感想を備忘録代りに記す。

金原亭世之介『辰巳の辻占』 (15分 *13:04~)
 昨年十月、浅草演芸ホールでの二代目古今亭志ん五襲名披露興行以来。その前は、四年前九月の末広亭、師匠十代目馬生三十三回忌興行で、どちらも持ち時間が短かったせいもあろう、漫談だった。
 そのうちネタを聴きたいと思っていてので、師匠十八番のこの噺を聴けて、良かった。いつも思うが、器用な人だ。マクラも結構楽しい。年齢を重ねるとともに、寄席で大事な噺家さんになるような気がする。

柳家さん福『おつとめ(尼寺の怪)』 (15分)
 初めて聴いた噺。
 仲間が蕎麦屋の二階で、怖い話を順に披露して、もし怖くなかったら蕎麦代を全部持つ、ということになり、そんな怖い話を知らない寅さんが、和尚にネタを仕入れに行って・・・という噺。
 この人はこれまで何度か聴いているが、あまり良い印象がなかった。しかし、この珍しい噺は楽しく聴かせた。ネタとの相性もあるかな。
 話を教わる場面での鸚鵡返しでの間違い(「托鉢」→「爆発!」など)と、それを仲間に披露する場面での可笑しさは、『道灌』や『牛ほめ』『新聞記事』などと相通じる。しばらくは、この噺、さん福の顔と一緒に覚えておこう。

ひびきわたる 漫談 (9分)
 この日は、小道具なし。妹親娘の参観日のネタ、山形の食堂のネタ、など。
 
柳亭市馬『雑排』 (15分)
 最近、この人の高座を、以前のような新鮮な気持ちで聴けるようになってきた。
 協会の副会長の時、そして会長になった当初は、その政治的な立場への複雑な思いがあって、高座を楽しむことができず、あえて言えば、敬遠していた。池袋でトリの時は、その前に席を立ったこともある。
 しかし、一人の噺家さんとしては、やはり上手いし、味がある。
 歌いさえしなければ、達者な噺家だ。

 ここで二階席が開いた。

柳家小ゑん『レプリカント』 (15分)
 これまた初めて聴く噺。
 この日は、初めて生で聴いた噺が、昼夜で四席あったなぁ。
 理系の学生八木君が主人公で、西村先輩が助演(?)。
 酒癖の悪い八木君は、酔ってどうやって家に帰ったか分からない。気が付くと部屋には、あのカーネル・サンダースの人形。前夜一緒に三軒はしごで飲んでいた西村先輩が心配してやって来た。八木君の部屋には、他にも川柳川柳の末広亭の看板やら、星占い付きの喫茶店の灰皿など、酔って持ち帰った戦利品(?)がたくさんある。
 さて、カーネル・サンダースを店に戻そう、ということになるのだが。
 題は後で調べて知ったのだが、そうなら、「ブレードランナー」にちなむギャグがもう少し欲しかった。
 しかし、この人の新作は、なかなか楽しくて、好きだ。

柳貴家小雪 太神楽 (10分)
 久しぶりに、この人の女性一人で演じる太神楽に出会った。
 調べたら、2011年、当初3月12日の開催が予定されていた「ちがさき寄席」が延期になった11月の会以来だ。
2011年11月23日のブログ
 五階茶碗をしながら横笛を吹くのは、この人だけだろう。
 夜の部に出演した仙三郎の社中や、翁家社中との芸の違いを感じていたので調べたら、この人は水戸流太神楽、ということらしい。
 師匠、正楽の太神楽、というサイトに、プロフィールがあった。
「柳貴家正楽の太神楽」サイト
伝統芸能である大神楽の中でも3大流派のひとつ・水戸大神楽の宗家に生まれ、幼少より芸事に親しむ。5歳の時、実父である18世家元・柳貴家正楽に師事。8歳で初舞台。平成11年1月1日より1人高座を務める。特に清麗な古典曲芸「籠鞠(かごまり)」を得意とする。
 あら、こういう方だったのか。道理で、達者なはず。

鈴々舎馬風『親子酒』 (13分)
 仲入りは、この人。
 志ん生の酒、というマクラを聴いていて、漫談で終わるかな、と思っていたら、なんとネタへ。
 この人も、小三治と同じ昭和14年生まれで傘寿。
 高座で元気な姿と、あの声を聴くことができれば、それで良し、と思う。


 仲入りで、一服。
 本数は減ったのだが、やはり止められない。
 前夜も、日本とポーランド戦のハーフタイムで、ため息と一緒に外で一服していたなぁ。


春風亭一之輔『代脈』 (13分)
 予定では文雀がクイツキだったが、順番が入れ替わった。
 仲入り後は、この人を含め、トリの歌奴の時間を作るためだろう、皆短く切り上げた。
 しかし、このテッパンネタだ。二階は半分位だと思うが、椅子席も桟敷もほぼ満員の客席を、ドッカンドッカンと沸かした。
 尾台良玄が銀南に「お嬢さんが、放屁をなさった」と言うと、銀南が「現実から逃げたんですか」に、一瞬の間で良玄が「逃避、ではない。そんな難しい言葉を知っていて、なぜ放屁を分からん」などのクスグリは、何度聴いても笑える。
 羊羹茶漬け、コロンボ様なども、この人ならでは。
 寄席の大好きな人のネタ、寄席の客も大好きなのだ。

ロケット団 漫才 (10分)
 東京の若手(中堅?)しゃべくり漫才では、この人たち一番かもしれないなぁ。
 定番のネタでも、何度聴いても笑える。とはいえ、その内容はしっかり変化もしている。四字熟語シリーズでは、一つを疑うとすべてが怪しくなるのは、「疑心暗鬼」ではなく、今回は「日本大学」^^
 セキュリティなんて言葉、山形では何十年も前から使っていたんだね^^

桂文雀『木火土金水』 (10分)
 これまた、初めて聴く噺。
 この人は、昨年6月上席で居続けした時の昼の部でもクイツキで、『虎の子』という珍しい噺を聴かせてくれた。
2017年6月8日のブログ
 とにかく珍しいネタが好きなんだなぁ。
 ご隠居と八五郎の問答ネタなのだが、ご隠居は、「すべてのものは、五行、木(もく)火(か)土(ど)金(ごん)水(すい)で出来ている」と八に偉そうに話す。
 たとえば、八が「じゃあ、家はどうです」と聞くと、「一軒の家でも、木をもって作り、金で出来た釘を討ち、土をこねて壁を塗り、火を焚いて水を使う。木火土金水になっているだろう」という具合。
 ずいぶん前に『八問答』なんてネタも聴いた。
 そういった珍しいネタも結構だが、たまには、よく知られた古典も聴きたいものだ。

林家種平『忘れ物承り所』 (13分)
 十八番ネタ。まさか、次の正楽が、このネタを切ることになるとは、思わなかったろう。

林家正楽 紙切り (5分)
 挨拶代りの「相合傘」と「忘れ物承り所」の頭の上の眼鏡もしっかり切って、下がった。

三遊亭歌奴『御神酒徳利』 (36分 *~16:28)
 さあ、他の演者が時間をつくってくれての長講は何かと期待していたら、この噺。
 もちろん、柳家の『占い八百屋』ではなく、二番番頭善六が主役。
 この人の高座は、その清潔感溢れる、とでもいう清々しさが特徴。もちろん、それは実に結構なのだが、反面、人物描写がやや軽くなるような、きらいがある。
 しかし、この高座では、数多い登場人物を見事に演じ分け、リズム、メリハリも良く、まったくダレることがなかった。
 なかでも、善六の女房の描写が良くて、たとえば、鴻池のお嬢さんのブラブラ病を治しに大阪へ行くことになって弱っている亭主に、「病の占いが、一番やさしい、危なそうなら、祟りでございます、とか、寿命でございます、無常の風は時を選ばず、と言えばいいから」と、父親譲りの策を授ける場面など、たくましい^^
 神奈川宿の新羽屋で、紛失した薩摩人の紙入れの有り場所を占うことになった善六。はなれの部屋に入って、「あぁ~!」と大声で歎く場面なども、さもあの場面なら、あんな声も出るだろう、と納得。母親の薬代欲しさに善六の部屋を訪れて罪を告白した女中のおきんには、善六が新羽屋からの当座の礼金二十両の半分十両を渡すのだが、これなども、ほっとさせてくれる。
 新羽屋稲荷のおかげで鴻池のお嬢さんの病も治り、目出度く善六は江戸で宿屋の主人になることができた。歌奴の目出度い高座、今年のマイベスト十席候補としたい。


 さて、昼の部がお開き。

 夜の部は、次の記事にて。

 
 
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by kogotokoubei | 2018-06-30 12:37 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 今日は旧暦五月十五日。

 今から百五十年前、慶応四(1868)年の五月十五日に、あの上野戦争があった。

 天気が良ければ今夜のような満月が天空に輝いていたのだろうが、百五十年前は、そうではなかった。

 彰義隊、上野戦争については、以前、時代の波に飲み込まれた少年たちを描いた杉浦日向子さんの『合葬』が映画化されることを記事にした。そのすぐ後の記事でも『合葬』のことや、吉村昭の『彰義隊』、森まゆみさんの『彰義隊遺聞』についても、少しふれた。
2012年12月12日のブログ
2012年12月16日のブログ

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吉村昭著『彰義隊』(新潮文庫)
 あらためて吉村昭著『彰義隊』から、あの日のことを振り返りたい。


 まず、官軍側の主要人物、大村益次郎のことから。
 大村は、漢学を広瀬淡窓に、蘭学を緒方洪庵にまなび、兵学の修得につとめ、西洋学兵学教授となった。
 幕府の長州征伐の折には、石州(せきしゅう)口の総参謀として連勝し、洋式兵術に卓越した知識をそなえていることが広く認められていた。かれは、討幕軍進発にしたがって江戸に来て、親兵を編成していた。
 参謀の西郷隆盛は、兵術家として大村にまさる人物はいない、と高く評価し、今後の軍事に関する一切の権限を大村に託す、と公言していた。

 広瀬淡窓の名を目にすると、葉室麟の『霖雨』を思い出すなぁ。
 『霖雨』は、私の好きな葉室作品のベスト5に入る。

 さて、話は上野戦争。

 百五十年のこの時期の江戸は、雨続きだった。

 閏四月中旬から雨の日が多く、五月に入ると梅雨期とは言え、例のない異常な気象状況をしめしていた。
 五月一日から七日まで、わずかに二日間晴れ間がのぞいただけで雨がつづき、八日には豪雨があって江戸の町々は雨しぶきで白く煙った。
 九日は雨があがったが、十日からは連日絶え間なく雨が降りつづき、河川は急激に増水して堤をやぶり、濁水が町々を流れた。神田明神と湯島の後ろの崖が水をふくんでくずれ落ち、家々が破壊されて怪我人が出る騒ぎとなった。隅田川をはじめとした川には樹木や小屋などがうかぶ水が急流のように流れ、橋の上まで水に洗われて、押し流されぬように大きな石が橋の上にいくつも運ばれた。

 こんな悪天候の中、十五日を決戦の日と定めた大村は、攻撃のため諸藩の兵の配置を定めた。兵力は二万。
 対する彰義隊は、三千の隊員が上野に屯集。
 ところが、十五日の討伐決行を知った隊員の間には、動揺が広がった。

 江戸市内の家に帰っていた者たちの中には、戦を恐れて上野山中の陣営に姿を現さぬ者もいた。また陣営に行こうとしても、すでに進出した朝廷軍が市中に土塁をきずいていて交通を遮断していたため、もどれぬ者もいた。
 また、隊員の中には生きる糧を得るために隊に加わっていた者たちもいて、かれらはひそかに山をおりてのがれていた。
 残ったのは二千人足らずであったが、かれらはあくまで朝廷軍に死力をつくして戦おうと誓い合った幕臣たちで、その士気はたかかった。

 戊辰戦争の江戸局地戦と言える上野戦争は、大村益次郎率いる二万人と、幕臣たちを中心とする二千人、その差十倍の兵力差での戦争だった。

 さて、その決戦の日。
 翌十五日朝もはげしい雨が降りつづき、風も吹きつけていた。
 八つ半(午前三時)頃、雨に打たれながら諸藩の兵が砲をひき銃を手にして、江戸城大手門前に集結した。
 ただちに出撃命令が下され、各藩の者たちは総指揮者大村益次郎の指示にしたがってそれぞれの配置方面に進んでいった。 

 上野東叡山には正門が黒門、その他新黒門、穴稲荷門、清水門、車坂門、屏風坂門、谷中門、新門の七門があり、寛永寺を守護していた。
 正面からの攻撃をおこなうため黒門口にむかったのは、西郷隆盛指揮の薩摩藩兵一番、三番各小銃隊、一番遊撃隊、兵員一番隊、一番大砲隊、白砲隊であった。

 薩摩藩兵の黒門口での戦いについては、いろいろと逸話がある。

 ちなみに、彰義隊士たちは浅黄色の羽織に白い義経袴、朱鞘の刀を差し、髪は「講武所風」に結っていたといわれる。そのいでたちに憧れて入る者も少なくなかったとも言われるが、彼らはもてた。吉原でも、「情夫(いろ)にするなら彰義隊」と歓迎した。
 そうそう、『野ざらし』の先生こと尾形清十郎は、彰義隊の生き残りと、桂小文治が言っていたなぁ。

 江戸っ子たちにしてみれば、薩摩や長州の田舎者が朝廷を騙して、徳川様をお城から追い出した、と思っているから、多くの町人たちは彰義隊の味方だ。

 さて、この後、新政府軍と彰義隊との戦いは、どうなったのか。

 もうじき上野戦争が始まるわけであが、日本のサッカーチームの戦争(?)も始まるので、本日は、ここまで。


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by kogotokoubei | 2018-06-28 22:18 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)
 昨日は、午前中の雨で日曜恒例のテニスは休みとなった。

 寄席に行こうかとも思ったが、久し振りに日本映画を観に行った。
 カンヌ国際映画祭で、最高賞のパルム・ドールを受賞した、「万引き家族」だ。
「万引き家族」公式サイト

 映画を観るのは、昨年八月の「約束の地-メンフィス-テイク-ミー-トゥー-ザ-リバー」以来。
2017年8月24日のブログ

 日本映画となると、2012年の「聯合艦隊司令長官 山本五十六」以来になる。
2012年2月5日のブログ

 次の柴田家全体が、この映画の主役と言ってよいだろう。

   役名  :  俳優
  柴田初枝 : 樹木希林
  柴田 治 : リリー・フランキー
  柴田信代 : 安藤サクラ
  柴田亜紀 : 松岡茉優
  柴田祥太 : 城桧吏
  凛*じゅり: 佐々木みゆ

 多くの感想や評論がネットにも溢れているだろうから、似たようなことは書きたくないのだが、やはり、安藤サクラという女優の凄さを再認識させる。

 以前、CSの「百円の恋」で初めてこの女優さんを観て、「日本にもこんな凄い人がいるんだ!?」と驚いた。

 まさに“体当たり”の演技という印象で、この人の演技からは、汗の臭いが伝わってくる。

 是枝監督は、親の死を隠しての年金詐欺が着想のヒントであったと語っているが、他の様々な現在の日本の社会病理がこの映画の背景にある。

 なかでも、つい最近の目黒虐待死事件の記憶が、六人目の家族となった少女(凛)とダブった人は少なくないだろう。

 最後まで、少女の声にならない悲鳴が、この映画からは聞こえるのだ。

 柴田家という「疑似」家族を中心にしているが、その相関関係は、映像で伝わる凛の他は、あまり詳しい説明が挟まれない。

 是枝監督の小説では明らかにされているこの家族の相関関係については、あえて、最小限のヒントが明かされるだけ。

 観る者の想像力を刺激する映画とも言えるだろう。

 それにしても、信代役の安藤サクラの取り調べ室での演技は、泣かせる。

 家族って何だ、親子って・・・・・・。 

 犯罪者を断罪することは、そう難しいことではない。
 だが、この映画は、その犯罪は日常と紙一重であることを気づかせてくれる。

 より大きな問題は、その犯罪を招いた真因は何か、ということ。

 普通の人が、なぜ犯罪者になるのか。
 彼、彼女を社会から疎外させてしまったことこそ、断罪されるべきではないか、という是枝監督の訴えが、観終わってからジワジワと心の中で広がってくる。

 ここから先は、ネタバレ注意
 知らずに観たい人は、ご覧になってから読んでください。

 この映画は、まさに、「今」を映し出している。

 私は、亜紀が働く風俗店の彼女の客、あの四番さんが、新幹線殺傷事件の犯人になることも、ありえると思う。

 あの事件の犯人が、親ではなく、祖母と暮してたということを、初枝と亜紀との関係から思い出していた。

 是枝監督は、特異な家族の姿を描いたのではない。
 あの家族を中心に、まさに現在の日本社会の日常を描いたのである。
 それが、特異であったり、異常であるとするなら、日常が異常と紙一重であるということだ。

 この映画は、普通の人が犯罪者になる、その紙一重の隙間にいったい何があるのか、それを考えさせる。

 翔太は、その紙一重のところで普通の世界に留まることができたことが、大きな救いだ。

 また、見かけは「普通」なのに、その実態は「異常」であることや、その逆もあるということを、この映画は突きつける。

 たとえば、凛を虐待している両親は普通を装う仮面をかぶった異常な夫婦だが、彼らは結果としてこの映画の中では、犯罪者ではなく被害者として扱われる。

 柴田家の一人一人は、いわゆる、社会的な弱者と言える。
 
 だから、この映画の底流には、社会的弱者をつくるのは誰か、という問題提起が流れている。
 
 そんなことを思っていたら、是枝監督のインタビュー記事が目に入った。
 朝日のサイトから引用する。
朝日新聞の該当記事

 ■「祝意」辞退で話題

 パルムドールを受賞して以降、SNS上で「文化庁の補助金を受け取っていながら、日本の恥部を描く反日映画を作った」と攻撃されたり、政府の「祝意」を受けることを是枝監督が「公権力とは距離を保つ」と断ったりした。そんなニュースをマスメディアが拡散することで、映画の知名度が大きく広がった。

 「炎上商法じゃないよ(笑)。僕がトロフィーを持って文部科学省に出向き、大臣と写真を撮ったりして“大人”の対応をしたとすると、それは日ごろ僕が言っていることとは真逆の行為だから」

 「芸術への助成を“国の施し”と考える風潮は映画に限ったことじゃない。大学の科研費もそうだし、生活保護世帯への攻撃も同じです。本来、国民の権利のはずですよね。今回、政府の補助金がどうあるべきかが可視化されたことが一つの成果だと思っています」

 東京・下町の片隅でひっそりと、しかし楽しく生きる家族の物語。父親と男の子がペアで万引きしたり、祖母の年金を不正受給したりして生活費の足しにしている。そのため、「犯罪者を擁護している」などと批判を浴びた。しかし、映画は、罪の意識が芽生えた時の男の子の哀(かな)しみをきちんと繊細に追っている。

 「そこが、この映画の軸なんだけどね。でも、それは見れば分かるから、話題になっているのはむしろいいことじゃないか。批判も含め、普段映画を見ない人たちの口の端に上っているということですからね」


 ■政府批判は真っ当

 「公権力とは潔く距離を保つ」との発言には、反発と同時に称賛も多く寄せられている。こうした話題を集めるのは、映画というものが大衆性を持っており、社会に大きな影響を与えうる芸術だからである。

 「補助金をもらって政府を批判するのは真っ当な態度なんだ、という欧州的な価値観を日本にも定着させたい。いま、僕みたいなことをしたら、たたかれることは分かっています。でも、振る舞いとして続けていかないと。公金を入れると公権力に従わねばならない、ということになったら、文化は死にますよ」

 政府の「祝意」を断ったことは、実に爽快。

 犯罪者を擁護している、などと批判する人は、この映画を観ているのか疑問。
 観ていてそんな馬鹿なことを言っているなら、そんな目には銀紙でも貼っておけばいい。

 落語協会も落語芸術協会も、補助金をもらっている。
 では、落語家は政府の批判はできないのか・・・とんでもない。

 話を、戻す。

 この映画は、いいです。

 全体としても優れているし、樹木希林、そして、安藤サクラの演技を観るだけでも、価値があると思う。
 
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by kogotokoubei | 2018-06-25 12:27 | 映画など | Comments(10)
 今日は、夏至。

 北欧などでは、陽気にお祝いをする夏至祭りが盛んだ。

 夏至当日や聖ヨハネの日(6月24日)に、待ち望んだ夏の到来を祝う。

 スウェーデンでは、夏至を含む週末に合わせて夏休みを取る人も多く、家族で別荘に行く人も多いらしい。

 今年は、ロシアで母国のサッカーチームを応援するスウェーデン人も多そうだ。

 さて、日本ではどうか。

 「夫婦岩」で有名な伊勢の二見興玉(ふたみおきたま)神社では、恒例の「夏至祭(げしさい)」があったが、これは、北欧の人々のお祭りとは、様相が大きく違う。

 中京テレビのニュースサイトから引用。リンク先では、動画も見ることができる。
中京テレビニュース・サイトの該当記事

 「夏至」の21日、三重県伊勢市の二見興玉神社では毎年恒例の「夏至祭」が行われ、全国から参加した約200人の男女が日の出にあわせて海に入り、みそぎを行いました。

 男性は下帯姿、女性は白装束姿で手を合わせながら海中へ。札幌市から来たという男性参加者は「(身が)清められた気がする」と話し、女性参加者からは「さわやかな気分になった」などの声が聞かれました。

 補足すると、こ夫婦岩付近一帯は古くから清渚と呼ばれており、心身を清める禊浜として尊ばれてきた。太陽エネルギーが最も溢れる考えられる夏至の日に、夫婦岩の間から差し昇る朝日浴びながら禊を行うことが、「夏至祭」として行われてきたのだ。

 『新明解国語辞典』(三省堂)で、「禊」を確認。

みそぎ【禊】〔「身滌(みそそぎ)」の意〕罪やけがれをはらうために、川などで水を浴びて身を清めること。

 落語の『大山詣り』のマクラでも、出かける前に両国の垢離場で身を清める、と説明されるね。

 さて、今日本で禊をするに相応しい男女とは・・・・・・。

 これ以上は、書かないでおこう^^

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by kogotokoubei | 2018-06-21 23:52 | 年中行事 | Comments(4)
 W杯、コロンビア戦の勝利を、今は喜んでいいのだろう。
 セネガル戦が、勝負になるなぁ。

 さて、昨日は昼の時間が空いたので、隼町へ。

 関西の地震被害に遭われた方のことを考えると、出かけるのを躊躇する気持ちもあったが、逆に、いつ何が起こるかわからない、落語を聴けるうちに行った方が良いか、と思い出かけた。

 池袋の昼の主任寿輔と夜の真打昇進披露興行も気になっていたが、日本対コロンビア戦までには帰りたいので、昼興行のみの国立を選択。

 主任が春雨や雷蔵。
 この人は、寄席でしか聴いたことがないが、マクラなども含め、なかなか味のある高座を楽しんでいたので、そのうち長講を聴いてみたいと思っていた。

 お客さんの入りは、前の方の三分の一ほどは七割位の席が埋まっていたが、後ろは空席が目立つ。全体で、三割ほどの入りか。それでも300席あるから、池袋なら満席に近い。

 開口一番から、感想などを記す。

立川幸吾『牛ほめ』 (12分 *12:46~)
 四月に師匠談幸が主任だった池袋の開口一番で聴いて以来。あの時の『子ほめ』は、棒読みに近く閉口したが、この高座は悪くなかった。丁寧さが、身上かと思う。
「売る人も まだ味知らぬ 初なすび」を其角の発句としていたが、人によっては去来の発句とする場合がある。これ、どっちが正しいのかな。
 ともかく、初見からたった二ヶ月足らずの間なのだが、ずいぶん印象が変わった。今後が楽しみだ。

春雨や風子『浦島太郎』 (15分)
 久しぶりだ。2013年のさがみはらの予選で『反対俥』を聴いたのが最初で、2016年には、鼻の手術の後、退院したその足で行った連雀亭でも聴いている。連雀亭の『強情灸』は、悪くなかった。
 マクラで、近くのジムに行ったら、「昼間のジムは、ジジ、ババ、オカマ、落語家ばかり」とのこと。行ったことがないが、当たらずと言えないか^^
 自作らしい。乙姫が浦島太郎に玉手箱を渡すのを忘れて、地上に(?)太郎を探しに来て、探偵の浦鳥太郎に探してくれと頼む・・・という筋書き。
 乙姫と浦鳥太郎の会話で、片方がクスグリを挟んだ後に、相手が「そんなことはどうでもいいから」などと言うのだが、テレもあるのか言葉の語尾を呑みこんでしまう。
 ああいう科白は、しっかり言わなければならないと思う。談志家元なら「言葉尻を呑むな!」と一喝するだろうなぁ、などと思いながら聴いていた。
 芸協の若手の新作への挑戦は悪くないと思うが、自虐的な科白は、あまり感心しない。

春風亭笑好『権助魚』 (21分)
 五年前の末広亭での真打昇進披露で縁があったので、応援したい気持ちがあるのでが、今回も小言を書かないわけにはいかない。
 何度か書いているが、舌足らずなのはしょうがないとして、もう少し落ち着いてはどうだろうか。また、マクラでは別に独身だの妻帯しているだのは、言う必要がないと思う。自虐的な内容が続き、やや残念な前半だ。

松乃家扇鶴 音曲 (12分)
 初めてのこの人は、お目当ての一人だった。
 芸術協会のサイトから、プロフィールを引用。
落語芸術協会サイトの該当ページ

芸名 松乃家 扇鶴
芸名ふりがな まつのや せんつる
本名 平野 英治
本名ふりがな ひらの えいじ
生年月日 昭和18年2月22日
出身地 東京都
芸種 音曲
階級 色物..
出囃子 佃
芸歴 長唄、端唄(名取 師範)経て
   昭和45年 千家松人形師に師事
   平成3年 落語芸術協会の高座に上る
   平成7年 落語芸術協会準会員
備考 ちょい粋で艶ぽいおもしろさ
趣味 囲碁三段、カラオケ

 Wikipediaによると、千家松(ちかまつ)人形は、人形・お鯉という女道楽コンビの一人だったようだ。
 扇鶴、最初は、講談の世界にもいたらしい。
Wikipedia「松乃家扇鶴」

 なんだろう、このなんとも言えない、ゆるさは。 
 高座に、ちょこんと座って、ゆるゆると始まる。
 まずは ♪ストトン節、から。
 高音は、お年のせいもあろう、少し苦しいが、それもひとつの味わいになっている。
 男は、女性の「捨てちゃ、イヤーン」というその声に弱い。「それでは、皆さんも」で、客席が靜かな笑いに包まれる。
 「三下がりで」と言って「びんのほつれ」の一節。
 ♪猫になりたや あの家の猫に 好いたお方の 膝まくら
  たもとちょいとくわえ じゃれて 口舌がしてみたい

 口舌(くぜつ)なんて、死語だなぁ^^
 代々の大相撲の横綱の名を並べたところは、まだ、頭はしっかりしている^^
 ふいっ、と下手(楽屋方向)をみて、「終わっていいそうです」と言って下がった。
 いいなぁ、この人。
 俗曲では、小菊、橘之助、うめ吉と女性が目立つが、どっこい、こういう人もいたのだ、と発見(?)に喜んだ高座だった。来て良かった。

春風亭柳太郎『鞄の中』 (19分)
 初。マクラで地口のネタをいくつか披露していたが、その途中で急激に眠気が襲ってきた。前夜は、W杯の韓国対スウェーデン戦の後、ベルギー対パナマ戦も途中まで観ていたので、やや寝不足。加えて、半蔵門駅近くの中華料理屋で昼食を食べた後の、ほぼ午後二時。ネタの名は、終演後の張り紙で知ったが、ほとんど覚えていない。柳太郎さん、申し訳ない。

神田松鯉 講談『扇の的』 (26分)
 仲入りはこの方。張り扇の音の効果もあって、眠気はいっぺんにふっ飛んだ^^
 いまや、弟子が人気者になっていて親子会などのチケットも即売り切れのようだが、やはり、この師匠あってあの弟子なのだろう。
 玉虫御前の美しさを形容する「沈魚落雁閉月羞花」の意味も説明してくれる気配り。
 そんな女性に、ぜひ、お会いしたいものだ。

ぴろき ウクレレ漫談 (14分)
 クイツキは、強力な色物^^
 最初、客席があったまっていないのを見て、♪明るく陽気にいきましょう、で手拍子を要請。手拍子の音が次第に大きくなるにつれ「ワールドカップ会場より、盛り上がってます」と言うあたり、流石。
 「玄関で卓球ができるんです・・・ピンポーン」なんて、書けばおかしくもなんともないのだが、この人の芸で客席がひっくり返る。やはり、この人、凄い。

桂右団治『ちりとてちん』 (19分)
 久し振りだ。この人もお目当ての一人だった。
 最初に聴いたのが、このブログを始める前だから、十年以上経っている。
 申し訳ないが、十年の年月を感じたなぁ。あるいは、少しお疲れ気味か。
 残念ながら、高座にも、かつての切れ味を感じなかった。
 女流落語家が古典で勝負する難しさのようなものを感じた高座。とはいえ、実力のある人なので、後日また聴いてみたい。

江戸家まねき猫 ものまね『音入り枕草子』 (15分)
 膝がわりはこの人。
 「枕草子」を暗誦しながら、関連する動物のものまねを披露した。
 「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」では、オンドリの鬨の声。
 「夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほかにうち光て行くもをかし。雨など降るもをかし。」で、ホタルは鳴かないからと清流の音。その後、雨音を披露し、「皆さんもどうぞ。その音をバックにしますから」と客席の音を背景に、蛙が登場。
 「秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。」では、もちろん、烏。雁が続いて、烏に戻り、鈴虫の鳴き声が心地よく響く。
 「冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。 」で、炬燵にあたっている犬と猫の会話。
 猫八を継いだ兄は二年前に亡くなり、甥がその名を継承するだけの力を発揮しているが、この人の芸も、実に結構だった。作品としての完成度は高い。

春雨や雷蔵『子別れー通しー』 (43分 *~16:26)
 マクラでは132年前、1886年にドイツの船ポーラ号から流された手紙の入った瓶が、今年オーストラリアで発見されたニュースを語る。それは、化粧品の瓶で、と地口ネタにつながったが、この話、知らなかったなぁ。
 残骨灰のことから、葬儀の話となり、この噺へ。
 熊五郎が、寺を出て吉原へ向かう場面からなので、「上」の後半から。
 紙屑屋の長さんとの楽しい会話が、聴かせる。弔いのご隠居のことを「九十三まで、休むことなく人間やってたんだ、凄いじゃねえか」などという科白も味がある。
 「ポックリ寺の坊主が、三年寝たきり」という科白も、可笑しい。
 背中に七つ、両そでに五つ、腹掛けに三つの弁松の特別あしらえというのは、小三治と同じ設定だ。
 吉原の店に上がった後のことは、「中」の内容を含めて地で語った。
 だから、厳密には「子別れー上の後半&下」と言えるだろう。
 「下」の出だしでは、お店の番頭を出かける際、お隣に「留守に無尽が来たら、帳面に挟んだ銭を渡してください」という設定は、初めて聴いた。
 ばったり亀に会った時の会話、熊が「お父っあんは、先代のお父っあん。二代目にがいるだろう」に亀が「はなし家じゃあるまいし」は笑える。
 亀が寄っていってくれと言うのに対し、「そのうち間に人をたてて迎えに行くから」と熊が言う。すでに、熊はその気でいた、という設定だ。
 だから、鰻屋での夫婦再会の場面では、熊から亀を育ててくれた礼を言い、復縁を願い出る設定。自然な流れだと思う。
 残念なのは、母親は亀をカナヅチでぶとうとしたのだが、サゲでは玄能と言ったこと。
 初めから玄能で良かった。
 とはいえ、そういう言い間違えも帳消しにできる高座。寄席でも、その実力の片りんを感じていたが、この噺の「上」と「下」の勘所ををしっかり押さえた高座、今年のマイベスト十席候補としたい。


 ちなみに、雷蔵は八代目雷門助六門下。
 お江戸日本橋亭では「雷蔵八百夜」と題した独演会を続けていて、ご本人のブログによると、今月六日の会で387回目だったようだ。そのうちぜひ行きたいものだ。
春雨や雷蔵のブログ

 NHKの新人落語大賞が新人落語コンクールと題していた時期の昭和55(1980)年、雷門助三の名で『権助魚』を演じ最優秀賞を取っている。ちなみに、その時の優秀賞は、立川談四楼の『大工調べ』。
 小朝が『稽古屋』で最優秀賞、権太楼(さん光)が『反対俥』で優秀賞を取った二年後のこと。

 その実力を十分に確認できた高座だった。


 月に二度ほどの落語会・寄席だが、地味ながら、寄席でキラリと光る噺家さんの主任での高座や独演会などにも、ぜひ行きたいと思っている。

 この日は、主任の雷蔵と、音曲、ものまね、講談などの色物が光ったなぁ。
 さて、W杯でも、もっと日本代表に光ってもらわなきゃね。


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by kogotokoubei | 2018-06-20 12:27 | 寄席・落語会 | Comments(6)
 夏の噺のことについて、何気なく矢野誠一さんの本をめくっていて発見(?)があった。

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 その本は『落語長屋の四季の味』。私が持っているのは、平成14(2002)年9月発行の文春文庫だが、初版は、その十年前の平成4(1992)に、『落語食譜』の題で発行された青蛙房版。

 この本の「茗荷」の章から。

 茗 荷

         「・・・・・・だから、あの客に茗荷を喰べさせようじゃないか。
          むやみに忘れるように、おまんまに炊きこんで茗荷飯・・・・・・」
                                    『茗荷宿』
 
 寄席の高座にかけられる演目にも、これで流行りすたりみたいなものがあるらしい。いっときは、のべつ幕なしに出ていた演目が、さっぱりきかれなくなっちゃったなんてことが、よくあるのだ。ついこの間も、落語の好きな何人かが、入船亭扇橋さんをかこんで、あまり世のなかのためになりそうもないはなしに興じていたとき、誰かがぽつりといった。
 「そういえば、近頃『茗荷宿』なんてはなし、きかないね。誰か演る?」
「そうですね。ひと頃は志ん朝さんなんか、よく演ってましたがね」
 と、扇橋さんが答えた。

 えっ、志ん朝の『茗荷宿』!?

 最近では、寄席で桃月庵白酒の十八番、という印象のネタだが、まさか、志ん朝も演っていたんだ。
 
 私が調べた主なホール落語会では、もちろん一席も記録はない。

 本書からあらすじ引用。

 神奈川宿にあった茗荷屋なる料理屋。養子が道楽者で身上をつぶしてしまう。しかたなく宿屋を出したもののあまり流行らない。
 むかしなじみの飛脚屋が、百両の金を帳場へ預けて泊った。この金に目のくらんだ亭主が、眠っている飛脚ののどに出刃包丁を突きつけたとき、女房が乳を突かれた夢で目を覚ます。ことの次第を知った女房は、飛脚に茗荷ばかり食べさせれば、百両の金を置き忘れていくにちがいないと、茗荷づくしの食事を出す。
 うまくことがはこんで、飛脚は預けた百両を忘れて宿を発つ。夫婦が喜んでいるとkろへ、この飛脚が戻ってきて、帳場に百両預けたのを途中で思い出したことを告げ、受けとったうえ再び宿を出る。
「ほら、思い出してしまったじゃねえか」
「怒ったってしょうがないよ。なにかほかに忘れたものはないかい」
「ううん・・・・・・夕べの旅籠銭をもらうのを忘れた」

 白酒のこの噺は、大師匠の十代目馬生を元にしていると思うが、茗荷料理には、白酒らしい楽しいクスグリが満載。
 みそ汁はもちろん、焼き茗荷に、刺身、煮茗荷に茗荷の開き、半熟茗荷だってある。しかし、なぜ天麩羅がないのかと飛脚が聞くと「面倒だから」^^

 この後、矢野さんは茗荷を食べると物忘れする、という言い伝えの由来を説明してくれる。

 釈迦に、周梨槃特(しゅりはんどく)という弟子がいたが、この男、生まれつき物忘れが激しく、自分の名前すら忘れてしまう。心配した釈迦が、彼の名を大書して自分の身につけておくようにと与え、槃特はそれを背に負うて歩いた。やがて世を去った槃特の墓所に、名の知れぬ草が生え出したので、自分の名を背負って歩いた故事にちなんで「茗荷」と名づけられたというのである。

 だから、茗荷を食べると物忘れをする、というのは科学的な根拠は、ない。
 とはいえ、茗荷は高齢者が好むから、そういう言い伝えが信じられてきたのでもあろう。
 たしかに、私も若い頃にはあまり茗荷を好んだわけではなかったが、今は夏場、茗荷の味噌汁などを、とりわけ好むようになった。

 矢野さんも、次のような内容で、この章を締めている。

 いつであったか、街なかで急にビールでとんかつがやりたくなり、手近な店を見つけてとびこんだ。きれいにあがったロースかつに、たっぷりとそえられた例のキャベツの千切りに、なんと茗荷がまぜられている。これがまた、キャベツ独特の甘味に、ほどよいアクセントになって結構なのである。いらい、わが家でも夏場のキャベツの千切りには茗荷を加えることにしているのだが、さて、そのアイディアを教えられたとんかつ屋が、どうしても思い出せないのである。
 茗荷を食べすぎたせいであろうか。

 こういう文章は、矢野さんならでは。

 そうか、キャベツに茗荷か。
 さっそく試してみよう。

 それにしても、志ん朝の『茗荷宿』を寄席で聴きたかったものだ。

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by kogotokoubei | 2018-06-16 14:22 | 落語のネタ | Comments(2)
 今日6月14日は、旧暦五月一日。

 旧暦では、一月~三月が春、四月~六月が夏、七月~九月が秋、十月~十二月が冬、というわかり易い区分だから、まさに、夏の真っ盛りをこれから迎えようとしているわけだ。

 ということで、「夏の噺」について。

 
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麻生芳伸編『落語百選ー夏ー』


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矢野誠一著『落語讀本』(文春文庫)

 秋や冬についても、同じようなことをしているが、麻生芳伸さんの『落語百選ー夏ー』にある二十五のネタについて、矢野誠一さんの『落語讀本』ではどう分類されているか、という比較をしてみる。


  落語百選ー夏ー    落語讀本
(1)出来心        春
(2)道灌         春
(3)狸賽         秋
(4)笠碁         
(5)金明竹        春
(6)鹿政談        秋
(7)しわい屋       春
(8)百川         春
(9)青菜         
(10)一眼国       秋
(11)素人鰻       
(12)二十四孝      
(13)売り声       なし
(14)船徳        
(15)お化け長屋     
(16)たが屋       
(17)夏の医者      
(18)佃祭        
(19)あくび指南     
(20)水屋の富      
(21)紙入れ       秋
(22)千両みかん     
(23)麻のれん      
(24)三年目       秋
(25)唐茄子屋      

 ちなみに、唐茄子屋は唐茄子屋政談のこと。

 二十五席のうち、二つの本で「夏」という分類で合致したのは、十四。

 秋の噺では九、冬の噺で十二だったので、季節がはっきりしているだけ、夏は両著での一致が多いのだろう。

 なお、「売り声」は小咄で、「うどん屋」や「孝行糖」などのマクラでよく使われる短いネタだが、麻生さんは、あえて二十五席の中に加えたのだと思う。

 豆腐や納豆、たまご、大根、牛蒡や金魚などの売り声が楽しめる、好きなネタだ、

 麻生さんの本から、サゲ前の部分をご紹介。

「オーイワシッコオ、オーイワシッコオ」
 と、魚屋が向こう鉢巻で威勢よく売り歩いていると、すぐあとから、
「フルイ、フルイ、フルイー」
「おい、おい、よせやいっ、人の商売へケチをつけるね。てめえ、うしろからつけてきやがって、古い古いってやがら、魚河岸から買い出してきたばっかりで、ぴんぴんしている魚だ。こん畜生っ、おれの鰯が売れねえじゃねえか。もっと裏のほうから行ってやれ」
「そうはいきませんよ。あたしだってこれ商売ですからね。篩屋なんだから。裏のほうなんざだめですよ。やっぱりこれ表通りでなきゃこういう物は買ってくれるところはないんだから。あたしも商売・・・・・・」

 いいでしょう、こういうネタ。

 篩(ふるい)なんて言葉も、死語になりつつあるなぁ。

 サゲは、こうなる。

 魚屋と篩屋と喧嘩になった。そこへ古金屋(ふるがねや)が仲裁に入った。
「お待ち、お待ち、なんだって商人(あきんど)が喧嘩してんだ。どっちも商売だ。出商人が往来で喧嘩すりゃお互いにお得意さまを一軒ずつでも損するじゃないか。あたしが仲人(ちゅうにん)になって仲を扱う、悪いようにはしないから・・・・・・まあ、魚屋さん、おまえさん、先へ立ってやんな、篩屋さんも・・・・・・あたしがそのあとを行くから・・・・・・」
「じゃ、まあお願いします」
「オーイワシッコオッ」
「フルイー、フルイー」
 そのあとから古金屋が、
「フルカネー、フルカネー」

 よく出来ているねぇ。

 芸協には、江戸売り声の宮田章司さんという貴重な色物さんがいる。


 実生活では、売り声で季節を感じることのできない時代。
 せめて、落語だけでも、季節感のある噺を聴かせて欲しい。
 

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by kogotokoubei | 2018-06-14 12:42 | 落語のネタ | Comments(6)
 6月11日、川島雄三生誕百周年の日、記念イベントの発表があったとのこと。

 映画ナタリーから引用する。
映画ナタリーの該当記事

川島雄三の生誕100周年記念プロジェクト始動!野外上映や書籍刊行、映像配信も
2018年6月11日 17:00

「洲崎パラダイス 赤信号」「幕末太陽傳」「しとやかな獣」などで知られる映画監督・川島雄三の生誕100周年を記念したプロジェクトが始動した。

川島の命日である本日6月11日に発表された「川島雄三監督生誕100周年プロジェクト」は、野外上映会などのイベントや関連書籍の出版、映像配信を通して川島作品の魅力を多くの人に届けるもの。

「お江戸@ハート『幕末太陽傳の巻』」と題したイベントでは、「幕末太陽傳」にゆかりのある落語を上演。江戸をテーマに日本文化を世界に発信するイベント「東京江戸ウィーク2018」の期間中には、「幕末太陽傳(デジタル修復版)」の野外上映が無料で行われる。

このたび発売が決まった川島に関する書籍は2冊。「女は二度生まれる」「雁の寺」「しとやかな獣」の主演女優・若尾文子と、「昨日と明日の間」で助監督を務めた山田洋次のインタビューが掲載された「川島雄三は二度生まれる(仮題)」が水声社より10月末に刊行される。また、川島ファンが集う映画サークル“カワシマクラブ”による「偽善への挑戦・映画監督川島雄三」が9月頃にワイズ出版より発売される予定だ。

さらに、「幕末太陽傳」の海外映画祭での上映も決定。8月に中国の「第4回上海日本電影展」、12月にフランスの「ジャポニスム2018:響きあう魂」でスクリーンにかけられる。そして「幕末太陽傳(デジタル修復版)」をはじめ、日活が権利を持つ「愛のお荷物」「洲崎パラダイス 赤信号」「わが町」など監督作9本をVODサービス・MUBIで配信することも明らかに。国内では本日よりU-NEXT、Amazonビデオなどで視聴可能だ。なお現在CSチャンネル・衛星劇場では特集放送「生誕100年記念 監督・川島雄三の足跡~全作放送~」が行われている。


 「幕末太陽傳」が海外でどう評価されるか、興味深い。

 「居残り佐平次」を主題に、数多くの落語ネタがちりばめられた傑作であることは、以前に書いた。
2012年1月9日のブログ


 記念の落語会の内容を、日活の特設サイトから引用したい。
日活の特設サイト

▼落語イベント:お江戸@ハート「幕末太陽傳の巻」実施
----------
出演:柳家喬太郎、立川志らく、桃月庵白酒、春風亭一之輔、高田文夫、松村邦洋、神田松之丞、立川志らら、寒空はだか、坂本頼光
時期:2018年10月29日~11月3日
会場:六本木俳優座
制作:ADKアーツ
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天才映画監督、川島雄三の生誕100年を記念して開催されるこの企画。川島監督と『幕末太陽傳』にリスペクトを捧げつつ、平成落語、講談界の名人上手が作品縁の演目を上演し、ハイライトシーン映像とともに珠玉の名作を語り尽くすスペシャル寄席!六本木俳優座に、江戸の旋風が吹くンでイ。

 なかなかの顔触れ。

 以前「幕末太陽傳」について私が書いた記事では、映画の中のネタとして次のものを挙げた。

(1)居残り佐平次
(2)船徳*相模屋の倅の名が徳三郎、ということで。
(3)明烏
(4)品川心中
(5)三枚起請
(6)文七元結
(7)五人廻し
(8)お茶汲み*こはるが客を騙す“うそ泣き”場面
(9)付き馬
(10)お見立て

 さて、誰がどのネタを披露してくれるのやら。

 なんとか都合を合わせて駆けつけたいものだ。

 日活の特設サイトから、川島雄三のプロフィールを引用。
川島雄三プロフィール
巨匠・今村昌平を育て上げ、51本の映画を生み出した夭逝の天才。
1918年(大正7年)2月14日、青森県むつ市に生まれる。明治大学文芸科へ進み、映画研究部所属。1938年、松竹大船撮影所助監督採用試験に合格。1943年、監督となり喜劇や風俗映画を多数製作。助監督だった今村昌平を育て、フランキー堺と名タッグを組んで『幕末太陽傳』など傑作を連発し、芦川いづみの才能を見出しデビューを助けた。松竹、日活、東宝、角川と映画会社を渡り歩き、数々の名作を日本映画界に残し、1963年6月 若くしてこの世を去る。享年45歳。

 今村昌平も脚本を一緒に書いている「幕末太陽傳」をつくったのは、なんと三十代の若さ・・・・・・。
 

 生誕百周年ということで、川島雄三のことが振り返られること、そして、傑作「幕末太陽傳」を見る方、語る方が増えることは、実に良いことだと思う。


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by kogotokoubei | 2018-06-13 12:36 | 落語と映画 | Comments(4)
 席でおにぎりを食べて、腹ごしらえ。

 短い休憩時間で、夜の部始まり。
 少し減ったとはいえ、客席の八割は埋まっていたように思う。白酒の人気かな。
 では、開口一番から順に感想など。

林家きよひこ『狸の賽』 (12分) *16:48~)
 初の女流噺家。彦いちの弟子のようだ。
 昼の部では、小せんの弟子を聴いた。結構、若手も弟子をとっているんだなぁ。
 後で歌之介が、本名が尾崎、だから、きよひこなんでしょう、と謎(?)の答えを明かしてくれた。
 見た目は、立川こはるに、少し似ているかな。元気な高座は好感が持てる。それにしても、女流の噺家、増えたねぇ。

初音家左吉『代書屋』 (15分)
 初、かと思ったら、五年前の九月、同じ池袋で『家見舞』を聴いていた。
 その時の印象として、しん平に見た目が似ている、と書いているが、変わらない。
 客席は結構笑ってくれたが、今一つリズムが悪い。
 入門、二ツ目昇進が、昼の部に出ていた柳家ほたると同じ。
 来年には真打昇進があるだろう。もう少し、精進してもらいましょう。

金原亭馬治『牛ほめ』 (13分)
 ずいぶん久しぶり。調べてみると、2011年、まったく同じ6月8日の人形町らくだ亭以来。あの会では、小満んとさん喬のリレーで『おせつ徳三郎』が聴けた。その会の記事では、宮治の『元犬』の方を褒めていた。
 さすがに七年前の高座はよく覚えていないが、間違いなく成長していると思う。二ツ目の左吉の後だから、ということもあろうが、なかなか楽しい高座だった。

すず風にゃん子・金魚 漫才 (13分) 
 金魚さんの頭の上は、ジューンブライド、ということで百均で仕入れたストロー製のウェディングドレス。
 「ウェディングベルメゾン 嫁っ子」というネーミング、何度聴いても秀逸。
 この人たちの漫才は、いつも元気をもらえる。

蜃気楼龍玉『夏泥』 (14分)
 あの漫才の後は、やりにくいだろうなぁ、と思っていたが、すぐに龍玉ワールド(?)へ誘い込む。二ツ目弥助の頃からの十八番と言えるだろう。
 泥棒から質草を出す金をめぐんでやろうと言われる度に、一文無しの男が、「すまねぇなぁ、ありがとよ、その親切は、涙が出るほどうれしいが」という科白が繰り返されることで客席から笑いが起こる。
 質屋に預けた道具箱、着物のみならず、ためた家賃の二か月分までをむしり取られる泥棒が、なんと可愛そうなことか。
 この人の名は三代目だが、真打に昇進しこの名を襲名してからは、実に存在感のある噺家さんになった。人情噺も怪談噺も手掛けているが、私はこの人のこういう軽い滑稽噺、好きだ。寄席の逸品賞候補として朱色をつけておこう。

橘家円十郎『猫と金魚』 (18分)
 座る際の「ヨイショ」は、定番。
 今年の初落語の同じ池袋で『宮戸川』を聴いている。
 明るく楽しい高座ではあったが、白酒と同じ2005年9月の真打昇進を考えると、もう少し落ち着きも欲しいかな。

林家正楽 紙切り (11分)
 ご挨拶代りの「相合傘」から「小鹿のバンビ」「オナガドリ」「雲助と白酒」と見事に切り分けて、さっと下がる。名人芸だ。

三遊亭歌之介 漫談 (19分)
 マクラでは、すでに書いたように、女性の前座さんの出身(長野)や本名のことにふれた。
 漫談、とは書いたが、十八番ネタの部分的なクスグリが満載なので、客席が湧かないはずがない。フランス語を学んでいて「ジュとジュでニジュウ、あとジュでサンジュウ」なんてネタでも、大爆笑。
 来年は円歌襲名で忙しくなるだろう。去年の師匠が亡くなった後の末広亭の高座での涙を、思い出した。

五街道雲助『粗忽の釘』 (15分)
 仲入りは、この人。弟子にとっては嬉しい、師匠の援護。
 ほぼ一年前、末広亭で居続けをしたが、その時と同じネタ。
 とはいえ、やはり、楽しいのだ。なかでも、熊が女房との馴れ初めを、聞いてもいない隣りの住人に披露する時、最初に家に女房を連れてきた夜、台所の汚れ物を洗う彼女の後ろから近づき、八ツ口から手を入れてくすぐっているうちに、「そこは脇の下じゃないわよ・・・てな具合で一緒になりました」が、なんともいえない大人の落語で、いいのだ。

春風亭三朝『そば清』 (16分)
 夜のクイツキは、この人。
 清兵衛さんと蕎麦がいくら食べられるか賭けよう、と若い衆が相談する中で、六ちゃんだけが、何か気が乗らない様子。「六ちゃん、どうしたい」「いやね、てぇっことは、もり蕎麦をかけ蕎麦にすんの」が、可笑しかった。
 五十枚の掛けの日、最前列で見学する席が「つゆっかぶり」というのも、笑える。
 ウワバミが飲んだ不思議な薬草のことを説明するのに、アルマイトの弁当箱と梅干が登場するが、若いのに、よく知っているねぇ。
 昼の部と夜の部のクイツキが一朝門下、というのは、あの一門の層の厚さを物語っている。

桂南喬『千早ふる』 (17分)
 夜の部の膝前は、大好きなこの人。肩を少し丸めて高座に登場する姿も、なんとも言えない。
 昼の部の一之輔の『加賀の千代』とツクといえないこともないが、それはよしとしよう。
 噺本来の可笑しさで、客席をわかせる。この高座も寄席の逸品賞候補だなぁ。

伊藤夢葉 奇術 (13分)
 いつものネタなのだが、その話術に笑ってしまう。
 少し顔色が黒いが、ゴルフか^^

桃月庵白酒『お見立て』 (27分 *~20:31)
 昼の部で、満席で立ち見が出たのに、いつものようにパイプ椅子を置かなかったのが不思議だったのだが、マクラでその疑問を解いてくれた。消防署の立ち入りがあったらしい。そうだったのか。また、いつ来るか分からないから、椅子を出せないようだ。
 その後、昔の池袋演芸場の「お茶セット」のことや、とても明かせない政治ネタを少しふって本編へ。
 杢兵衛が、とにかく可笑しい。この人の持ち味は、いわばデフォルメの芸だが、田舎者の杢兵衛大尽の言葉や仕草の、まぁ凄いこと。
 また、この人ならではのクスグリのセンスの良さは、喜助の喜瀬川への言葉などで発揮される。喜瀬川が杢兵衛に会いたくないあまりに病気だとか死んだという嘘を平気でこしらえるのに対し、「また、腹にないことをいけしゃあしゃあと言えますね」という言葉も、実にタイミングよく挟まれるので、可笑しいのだ。
 喜助がお茶を目に塗って泣いた真似をしていると杢兵衛が、「喜助、茶殻が目についとるぞ」、喜助が「悲しいとこうなるんです」に「体質改善しろ」にも笑った。
 笑わないようにと喜助が自分の体をつねったりする仕草も、なんとも言えず楽しい。
 それでいて、噺本来の味は、決して壊していないのだ。
 久しぶりの白酒の高座、今年のマイベスト十席候補にしない理由はない。


 終演後は、外は白酒がマクラで嬉しそうに言っていたように、小雨。
 
 居残りもなく、家路を急ぎ、帰宅して飲みながら、じっくり居続けの落語の余韻に浸っていた。

 実は、今日6月10日で、拙ブログを始めて、満十年となった。
 
 早いものだ。

 ある落語会への小言から始まったのだが、その後は、いろんなことを書いている。

 3.11以降は、やや時事的な内容が増えて、それらの記事は、兄弟ブログに引っ越した。

 引っ越しと言えば、FC2からExciteへの引っ越しもしたなぁ。

 そんな記念の日に、居続けの寄席の記事を昼夜とも記事にできたことは、雨のおかげもあるが、喜んでいいのだろう。

 昔なら、時の記念日か。

 結果として、いい日に始めたと言えるのかもしれない。

 自分の備忘録のみならず、コメントを通じて、落語愛好家のお仲間もたくさんできた。


 あらためて、これまでご覧いただいてきた方や、コメントまでちょうだいした方、すべての皆さんにお礼を申し上げます。

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by kogotokoubei | 2018-06-10 17:07 | 寄席・落語会 | Comments(12)
 中途半端な雨予想だったが、テニスは休み。

 一昨日は、久し振りの寄席。
 池袋の昼の主任が権太楼、夜の主任は白酒。他の顔づけも悪くない。
 なんとか都合がついたので、久しぶりの、昼夜居続け。

 コンビニで煎餅やお茶を仕入れてから演芸場に正午少し前に着くと、三十人ばかり並んでいる。
 テケツから地下へ。
 なんとか、前から四列目に席を確保。
 その後もどんどんお客さんが来場され、途中満席となり立ち見となるとは思わなかった。

 間もなく開口一番が始まった。

 出演順に感想など。

柳家あお馬『道灌』 (17分 *12:16~)
 初。落語協会ホームページによると、こうなっている。
  2014(平成26)年6月 柳家小せんに入門
  2015(平成27)年5月21日 前座となる 前座名「あお馬」
 以前、白酒がマクラで、入門者が多く、前座になるまでの待機児童が多い、と言っていたが、彼も一年近く待機した、ということか。
 若さに似合わず渋い印象は、最初に小はぜを聴いた時の印象に近いかな。そうか、選んだ師匠が小せんか。今後の成長を期待したい。

柳家ほたる『動物園』 (13分)
 ほたるの時点で、見た目は満席。よく探すと七席から八席の空席か、という状態。週末とはいえ、さすがに主任権太楼の動員力、ということか。
 師匠の前座名をもらったこの人も、来年の秋あたりに真打昇進か。
 ホワイトライオンとブラックタイガーの戦い、という演出は悪くない。
 珍獣動物園のスター達の中に、瘤のないラクダ、が入っていて、ほたるが「歌の題みたいだ」なんて言っていたが、ほたるがあの歌を知っているの?
 楽しい高座ではあったが、真打になるには、まだ何かが足らないかな。頑張れ。

柳家燕弥『桃太郎』 (12分)
 なぜか、この人は初。前名は右太楼。もちろん、権太楼の弟子。
 ちなみに、権太楼の弟子は、次の五人。
 三代目柳家甚語楼、柳家我太楼、三代目柳家東三楼、柳家燕弥、柳家ほたる、柳家さん光
 この噺そのものの楽しさで会場から結構笑いをとっていた。
 そうか、こういう噺家さんだったか。悪い印象ではない。また聴きたいものだ。

ニックス 漫才 (16分)
 最近、この姉妹漫才を見直している。
 なかでも、妹の話芸は、なかなかのもの。
 
柳家甚語楼『お菊の皿』 (15分)
 権太楼の総領弟子が、その貫録を示した高座。
 江戸っ子の若い衆の心地よい科白の心地良いこと。
 お菊さんが、青山鉄山になぶり殺しにされたとご隠居から聞いた若い衆、
 「なんだって、ご隠居はだまって見てたんですか」の言葉なども、可笑しい。
 この人、居残り会仲間のIさんのご贔屓だが、私も、その実力は高く評価している。
 この高座、寄席の逸品賞候補として朱色をつけておく。

三遊亭窓輝『庭蟹』 (16分)
 珍しい噺を披露。私はこういう噺を聴けるのは、嬉しい。
 こういう古典的な小咄、この人は好きなのだろうか。
 寄席で時間調整の“逃げ噺”とも言えるが、この時間なら他のネタもできよう。円窓のご子息ならでは、ということかな。
 志ん生の音源を持っている。『志ん生、語る。』(アスペクト)という本の付録のCDに、『お直し』『疝気の虫』と一緒に『小咄二題』が収録されていて、その中に含まれている。このCD、結構貴重だと思う。

江戸家小猫 ものまね (13分)
 犬、にわとり、羊、アルパカ、鴨、ゴリラ、と多彩な芸と話術でわかせた。
 猫八襲名も、近いのではなかろうか。それにしても、髭が濃い^^

柳家小ゑん『フィッ』 (15分)
 後で調べたら、本人作ではなく、円丈の古い作品のようだ。
 なんとも、シュールなネタ。
 先輩と後輩が話していると、先輩の言葉の語尾に「フィッ」という一言が付く。
 不思議に思った後輩が、それは何かと問うと、「えっ、おまえフィッが言えないのか。病院へ行け」と言われる。その後、その男がフィッが言えるようになると、また、他の意味のない言葉が・・・という内容。
 『庭蟹』とは別な意味で、珍しいネタを聴くことができた。
 この高座の途中から、客席は満席になり、後からいらっしゃったお客さんは、立ち見状態に。

三遊亭歌武蔵『宗論』 (18分)
 満員の客席をドッカンドッカンと沸かせた。正朝のように白百合ではなく、川村女学園。わかる人には、これだけで、何の話かは、わかる^^
 相撲ネタの漫談も悪くはないのだが、やはり短くともネタを演ってくれる方が嬉しい。

松旭斎美智・美登 奇術 (14分)
 定番のネタだが、最初の南京玉すだれでミス。次のネタでもスカーフを落とした。
 ちょっと、感心しない出来。
 客席にプレゼントするキャンディー。池袋では、バドミントンのラケット、必要ないのでは^^

古今亭志ん輔『宮戸川』 (18分)
 仲入りは、この人。お目当ての一人。
 立ち見のお客さんを見て、かつて前座時代の浅草で、フランス座の後ろで立ち見をしていたことを思い出した、とのこと。ご馳走になったストリッパーの名が、エデン・ダイアナ・・・・・・。よく覚えているねぇ、そういうことは。
 手の内のネタ。安心して聴いていられる。
 一点だけ、気になった。半七がお花に向かって「あなたのようなきれいな人を、叔父さんのところへ連れて行ったら・・・・・」と言うが、“若い娘”ではなく、“きれいな人”は、以前からの科白だったかなぁ。
 ご本人の日記風ブログでは、二分も延ばした、と書いてあるが、仲入りである。これ位は尺はあって不思議はない。たしかに、プログラムでは仲入りが15:10までとあって、実際は15:12ではあったが、その原因はそれまでの演者のせいと言えるだろう。

 ロビーの楽屋前のソファーで、一服。
 結構、トイレに人が並んでいたが、十分余りで、再開。

春風亭一之輔『加賀の千代』 (11分)
 クイツキが、一之輔という贅沢さ。
 とはいえ、トリの権太楼の時間を作るためであろう、この時間でこのネタ。
 甚兵衛さんとご隠居との会話が、なかなか楽しい。
 持参した饅頭のことなど女房との内緒話をすべて暴露してしまうが、ご隠居は「たまらないなぁ、そういうとこが好きだよ」と鷹揚。
 こういう噺でも、しっかり客席を沸かすあたりが、並の噺家ではないところだ。

柳家小さん『二人旅』 (16分)
 久しぶりだ。上方落語の「東の旅」の中の『煮売屋』を、四代目小さんが東京に移したものだから、その大名跡を継いだ人にとっては、大事な噺ということになる。
 それだけに、謎かけや都々逸がなかったのは、少し残念。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (9分)
 仙三郎と仙志郎の二人で登場。五階茶碗~土瓶~花笠と撥、のいつも巧みな芸。
 仙三郎の元気な姿を見ることができるだけで、嬉しい。

柳家権太楼『猫の災難』 (37分 *~16:38)
 客席から「待ってました!」の声。
 たしかに、待ってたよ^^
 さん喬、白酒と鎌倉の落語会に出た時、この噺をネタ出しにしたのだが、プログラムにネタの説明を載せたいと依頼された時の逸話が、なかなか楽しくも味のある内容だった。
 この噺や『一人酒盛』などは、主人公が次第に酔っていくことが中心のネタで、相方が酒や肴を買いに出かけるという同じような場面が繰り返される。演者によっては、ダレやすいのだが、流石の権ちゃん。
 熊五郎が、「少しだけなら」「半分なら」と次第に酒を飲みつくすのだが、飲む前の熊五郎の顔の表情が、まさに満面の笑みで、見るこちらも、嬉しくなってくる。
 途中の科白も楽しい。
 「あいつは、なんかアテがなきゃ飲まない・・・意地汚ねえんだよ」
 「どこまで行ってんだ・・・待つ身のつらさが分かんねぇのか」
 という熊の科白に、つい、熊に同情しそうになるのが、人間の性か^^
 この噺は、元々上方で三代目小さんが東京に移したもの。
 今では、柳家の十八番になっている。
 相棒が酒を買いに行く際に「三丁ばかり行くと、酢屋満てえ酒屋があるから」と熊は教えるが、これは五代目が家の近所にある酒屋の名を使った内容を踏襲している。
 二人目の師匠から継いだネタを、大事にしているなぁ、と思いながら聴いていた。
 迷いなく、今年のマイベスト十席候補とする。


 権太楼、サゲとなり緞帳が下りる間も、客席のお知り合いの方と思しき方向に微笑んでいた。夜の部が始まる前にロビーで一服していると、権太楼が数名のお客さんとエレベータに乗った。なるほど、これから打ち上げ、ということかと納得。
 肴は、鯛の刺身かな^^


 夜の部は、次の記事にて。


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by kogotokoubei | 2018-06-10 11:46 | 寄席・落語会 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛