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噺の話

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カテゴリ:ドラマや時代劇( 57 )

 この記事、同期会の旅行先である有馬温泉に向うための新幹線の中で書いている。

 ついに、最終回。
 昨夜は、ラグビーに高校野球と見たいスポーツがあったので、録画をして後から見た。

 日曜の再放送後に公開すべきだと思うのだが、同期会やその後の予定の記事のことを考え、再放送前にこの記事を公開。

 よって、原作を含めネタバレがあるので、再放送まで知りたくない方は、ご覧にならないようご注意申し上げます。

--------------ネタバレ注意-------------------

 さて、原作には登場しない人物、叔父夫婦が市之進に再婚を勧めた雪江が、轟平九郎の口車に乗って、市之進に罪を認めさせたのだが、轟の約束、恩赦で市之進を助けるなんてぇのは、もちろん嘘。
 
 だんご兵衛から、市之進が、遠い東北の地に追いやられることになったと聞いた菜々。
 市之進が、罪を認めたのは、自分を助けるためであることを知った菜々。
 
 さて、父、そして市之進の仇、轟への反逆の道はあるのか。

 という時に、御前試合があることを知る菜々。
 
 女は、本来は参加できない。
 しかし、仇討ちならば・・・ということで訴えると、これが受け入れられる。
 日向屋と轟は、これ幸いと、邪魔な菜々を堂々と御前試合で退けようとするのだ。


 菜々を取り巻く誰もが、轟平九郎との御前試合に挑むことを、暴挙と止めにかかるが、菜々には秘策があった。

 だんご兵衛との真剣での稽古が始まる。
 この場面、実に良かった。

 亡くなった佐知が菜々の前に現われ、菜々の母親も仇討ちは望んでいなかったのではないか、と言うのだが、「母は最期に言いました。『武士の誇りを決して忘れるな』と。でも奥様と旦那様のもとに奉公に上がって分かったのです。武士の誇りとは、父の仇を討つことではなく、みずからの信じる道を歩むことなのだと」と答える菜々。

 凛々しい!

 そして、ついに御前試合。

 菜々は、強かったねぇ。心も、剣も。

 原作には登場しない、父の形見の守り刀が、最後は重要な武器となった。

 父が和歌集の和紙と和紙の間に隠して残してくれた、轟と日向屋の悪事の証拠を手に殿に直訴する菜々。
 それを、支援する柚木弥左衛門。 
 イッセー尾形、「いだてん」の東京市長より、ずっといい役^^


 最後のハッピーエンドも、なんとも爽やか。

 主役清原果耶の、17歳とは思えない名演、熱演。
 脇役陣も好演。
 葉室麟の原作を程よく脚色した、実に良質なドラマだった。

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葉室麟著『蛍草』
 原作『蛍草』は、双葉社から2012年に単行本が発行され、2015年に文庫化された。


 副審が掲げた幔幕をくぐり、奈々は試合の場に出た。
 五兵衛が扇子を手に威儀を正して立っていた。正面に設えられた御座所に藩主勝豊が座っている。勝豊は眉が太く整った顔立ちをしており、恰幅がよかった。
 居並ぶ重臣たちの中に柚木弥左衛門の姿も見えた。市之進を訪ねてきたおりに弥左衛門は菜々の顔を見知っているはずだが、素知らぬ顔で床机に座り、目を向けてこなかった。
「これへ」
 五兵衛が声をかけると、菜々は一礼して試合場の中央に進み出た。すでに白襷をかけ、鉢巻を締めた平九郎が立っていた。
 平九郎と向かい合った時、吹き寄せる風に馬場の周囲で咲き誇る桜の花びらが吹雪のように散った。思わず見惚れる菜々に、平九郎が声をかけてきた。
「わしに挑むとは笑止な。命が惜しくないと見える。女だからと情けはかけぬぞ」
 菜々は黙って平九郎を見返した。怖くはなかった。菜々が口辺(こうへん)に笑みをわずかに浮かべると平九郎は訝しげな顔をした。
「貴様ー」
 平九郎がなおも言い募ろうとするのを、五兵衛が遮った。
「もはや立ち合いの刻限である。双方、構えい」
 菜々はさっと脇差を抜き、正眼に構えた。平九郎は、悠然と刀を抜いた。すかさず菜々は、
ー勇気
 と念じつつ斬り込んだ。


 緊張感漂う、場面。

 そして、山場。
 
 平九郎は薄く笑って引導を渡すように言った。
「そろそろ決着をつけようか」
 菜々は、とっさに目を閉じた。
(刀を見てはいけない。気を感じなければ)
 菜々が目をつぶったのを見た平九郎は、すっと横に動いた。足音も立てずに、ゆっくりと脇をまわりこみ、やがて平九郎は菜々の背後にまで移動した。
 その動きを目で追いながら、五兵衛は歯噛みした。剣の腕において菜々と比べるべくもない平九郎が、卑怯にも背後にまわって斬撃を見舞おうとしている。それを目の前にして五兵衛はどうすることもできない。
 五兵衛の額から冷や汗が滴り落ちた。
 
 そのころ節斎の塾で正助と妹のとよは、手習いをしていた。
 
「とよ、どうしたんだ」
 正助が声をかけた。とよは振り向いて、
「菜々は戻ってくるって言ったよね」
 と念を押すように言う。
「菜々がそう言ったんだから、きっと戻ってくるよ」
 正助が自分に言い聞かせるように言うと、とよは泣き出しそうに声を震わせた。
「菜々が母上のようにいなくなったら、嫌だ」 
 菜々がいなくなってしまう。正助も同じ不安を抱いて唇を噛んだ。ふたりの様子を見た節斎が穏やかな表情でとよに語りかけた。
「大丈夫だ。あの娘は必ず、そなたちのもとに帰ってくるぞ」
「本当に?」
 とよは、節斎の顔をうかがうように見ていたが、やがて縁側から空を見上げた。春霞のかかる空に鷲が高く舞っている。とよは、母親を呼ぶ時のように大きな声をあげた。
「菜々ー」
 とよの声は青空に吸い込まれていく。

 平九郎の気配がしなくて不安を覚えた菜々は、思わず目を見開いた。アッと思った。目の前に誰もいない。
(どこに消えたんだろう)
 うろたえた菜々が全身を緊張させた時、
ー菜々
 と呼ぶ、とよの声を聞いた。
(おとよ様がわたしを呼んでいる)
 正助ととよのもとに戻らなければと思った瞬間、背後からの気を感じ取った。

 とよが菜々を思う気持ちが、届いたんだねぇ。

 子役を含め脇役たちも良かったが、とにかく、主役の清原果耶には、驚いた。

 すでに、『透明なゆりかご』や『マンゴーの樹の下で』での主演、そして、NHKの朝ドラの脇役でも思ったが、17歳であの演技力。

 将来楽しみな、正統派の女優さんだ。


 さて、ドラマはドラマとして、役者さんを含め視覚に訴える魅力はある。

 しかし、原作本にも、読んでいて、その場面を空想する楽しみがある。

 落語も、生の高座は別とすると、映像も悪くはないが、音源による空想する楽しみの方を好む。

 葉室麟、短い間に数々の傑作を残してくれた。

 次は、ぜひ、『川あかり』のドラマ化を期待するなぁ。

 ロケが大変そうだが、あの作品も、映像化に相応しいい内容に思う。

 もちろん、他にも名作はたくさんある。
 
 次第に、読み残した作品が減ってきた。

 大事に、読んでいこうと思っている。


by kogotokoubei | 2019-09-07 12:36 | ドラマや時代劇 | Comments(4)

 最終回を控え、今回は、原作には登場しない雪江が重要な役回りを演じた回となった。

 個人的には、叔父夫婦が市之進に薦めた再婚相手の雪江は、蛇足だとは思っている。

 雪江役の女優が苦手なこともある、かな。

 とはいえ、奈々の引き立て役にしようとした脚本家の意図は、わからないではない。

 雪江に奈々から引き裂かれようとする際の子供たち、なかでも、とよの奈々を慕う思いには、つい目頭が熱くなった。

 奈々のあの涙にも・・・・・・。

 原作から、ドラマとは違う味わいを少しご紹介。

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葉室麟著『蛍草』
 原作『蛍草』は、双葉社から2012年に単行本が発行され、2015年に文庫化された。

 轟平九郎が、奈々の住まいを急襲し、悪事の証拠品を奪って去った後のこと。

 なかなか微笑ましい場面がある。

 五兵衛と節斎やお舟は狭い板敷に車座になり、権蔵と仙之助の手当てがすむのを待っていた。油薬を塗り、晒を巻いてやった奈々は、五兵衛たちを振り向き、礼を言った。
「おかげで助かりました。本当にありがとうございます。だんご兵衛さんに死神先生、そしてお骨さんと駱駝の親分ー」
 目に涙をためた奈々は、五兵衛たちの名を呼び違えていることには今も気づかず、床にこすりつけるように頭を下げた。
 五兵衛たちはそんな奈々の姿を見ながら、困ったような表情をして、おたがいに顔を見合わせた。
 それぞれ自分だけが妙な呼ばれ方をしたのではないことにほっとした思いもあったが、おかしな名で呼ばれてそのままにしておくのも決まりが悪かった。五兵衛が咳払いして、膝を乗り出した。
「いかがであろう、いましがたの呼び名については、聞かなかったということにしてもよいのではなかろうか」
 権蔵が痛みをこらえて大きくうなずき、
「それがようございます。わしは湧田の権蔵と申します」
 と言うと、続いて節斎が口を開いた。
「まことによき提案じゃな。わしは椎上節斎と申す儒者じゃ」
 お舟も勇んで言った。
「わたしゃ、なんて呼ばれたかなんて覚えちゃいませんよ。この家の大家で質屋をやっております升屋の舟と申します」
 五兵衛は満面に笑みを浮かべて、ようやく奈々の言い間違いを正せると意気込んで、
「それがしは藩の剣術指南役、壇浦五兵衛である」
 とひと際、声を張り上げて告げた。だが、奈々はそれぞれが正しい名を口にしたのだとわかったのかそうでないのか、はなはだ心もとない様子で、
「あろがとうございました」
 と何度も頭を下げる。五兵衛は真面目な顔をして訊いた。
「礼はもうよい。それよりも、奴は目当てを果たしたと言い残したが、あれはどういうことだ」

 この作品、葉室麟としては珍しいユーモアがところどころに散りばめられている。なかでも、あだ名による微笑ましさは、他の作品にはない味わい。

 さて、ついに次回は最終回。

 奈々と轟平九郎との、運命の対決!
NHKサイトの該当ページ
by kogotokoubei | 2019-09-01 19:36 | ドラマや時代劇 | Comments(2)
 23日に末広亭から帰ってから見て、昨日再放送も確認したが、このドラマも佳境を迎えた。

 さて、菜々は亡き父と奉公先の主人市之進の汚名を晴らすことができるのか。

 轟平九郎の魔の手から逃れられるのか・・・・・・。

 今回、湧田の権蔵が初登場。

 これで、菜々を助ける個性的な人物が全員揃ったことになる。

 権蔵の子分たちを蹴散らした時の“菜々の剣”、凄かったねぇ。

 また、市之進を救う柚木弥左衛門役のイッセー尾形、いいねぇ。


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葉室麟著『蛍草』
 原作の『蛍草』は、双葉社から2012年に単行本が発行され、2015年に文庫化された。
 なお、双葉文庫からは、他に傑作『川あかり』も発行されている。


 今回明らかになった内容を含め、原作とドラマの主な違いを並べてみる。

 (1)原作では、菜々の父、安坂長七郎は城中で刃傷沙汰を起こし切腹したことに
    なっているが、ドラマでは濡れ衣を着せられての切腹と替わっている
 (2)原作では、菜々の佐知との思い出として和歌が登場するが、ドラマでは、 
    佐知が菜々のために作った蛍草の押し花に替わっている
 (3)原作では、菜々が佐知と子供達の危機を救う場面、相手は狂犬病の犬だが、
    ドラマでは、かどわかし(誘拐犯)に替わっている
 (4)原作では、風早市之進と轟平九郎との間に血縁関係はないが、ドラマでは、
    轟は市之進の祖父風早市左衛門が日向屋の女中に産ませた子で、二人は叔父、甥の
    関係となっている
 (5)原作では、市之進が勧められた再婚相手自身は登場しないが、ドラマでは
    雪江として登場

 雪江は、次回に重要な役割を演じるようだが、この人の存在のみ、やや蛇足と感じている。必要あったのかなぁ。

 また、葉室麟作品は、たとえば、最後の長編『影ぞ恋しき』につながる『いのちなりけり』『花や散るらん』の三部作でも顕著なのだが、和歌は重要な要素となっている。
 押し花の脚色は映像作品として相応しいと思うが、和歌は割愛して欲しくなかった。
 
 渡邊睦月、森脇京子のお二人、なかなかの書き手だとは思うが、少し残念。


 さて、ドラマも良いが、原作ならではの味わいもあるわけで、今回も少しだけ紹介したい。

 菜々が父親の残した物から、父、そして市之進の無実を証明する何かを探している場面から。

 父はどこか他の場所に隠したのだろうか、とも考えたが、どこを捜したらいいのか心当たりはなかった。頭を悩ませているうちに、
(和歌の書物に何か秘密が隠されているのではないだろうか)
 と考えついた。
 書物には父の字で書き込みがあるようだ。和歌の解釈と思われるけれど、ひょっとしたら書状の隠し場所などが書かれているのかもしれない。
 菜々は和歌の手ほどきは亡くなった佐知から短い間、受けただけで、深く解せるほどではなかった。だから書き込みにどのようなことが秘められているかは読んでもわからないだろう。
(そうだ、死神先生に読んでいただければ、わかるかもしれない)
 節斎に見てもらうのがよさそうだ、と菜々は風呂敷に和歌の書物を包み、隣りの節斎の塾へ向かった。
 この日、講義初めで正助ととよは節斎の塾へ出かけていた。塾では講義初めの日に汁粉が振る舞われるそうで、ふたりは昨日から楽しみにしていた。菜々が塾に入ると、塾生たちが汁粉の鍋を囲んでにぎやかに食していた。
 座の真ん中にいた正助が菜々に目ざとく気づいて、
「先生、菜々が来ました。菜々にもお汁粉をあげてもいいですか」
 と節斎に訊いた。だが、節斎は厳しい顔をした。
「この汁粉は、今年も学問に励む者のたまに作ったものだ。塾生でない者に食させるわけにはいかん」
 すると、正助の傍らで汁粉の椀を抱えて口をもごもぐさせているいたとよが、
「わたしはお弟子ではないけど、お汁粉をちょうだいしています。菜々はなぜいけないのでしょうか」
 とちょっぴり口を尖らせた。
 それは、そなたが子供であるゆえだ、と節斎がむきになって話すのもかまわず、菜々は塾生たちを押しのけて座り、
「わたしはお汁粉をいただきたくて参ったわけではありません」
 ときっぱり告げた。なんだ、そうだったのか、とつぶやいた節斎の前に、菜々は風呂敷包みを押しやった。

 原作の正月の塾の風景、季節感たっぷりだし、なんと言っても、菜々を慕う正助、そして、とよが良いのである。
 
 さて、風呂敷包みの中にあるのは、和歌集。
 節斎はその和歌集をめくって、こう言った。

「書き込みに謎などはない。この書物を開いて眺めるだけで、わかることだ」
 節斎は和歌集を開いて、菜々に示した。
「ここをさわってみよ」
 言われて菜々が表紙の裏をさわってみると、一枚で薄いはずの紙が厚い。二枚の紙が糊で貼り合わさっているようだ。
「それ、ここもだ」
 節斎は別の和歌集の表紙も示した。これも厚みがある。
「書物を開いて一度でもさわたったならば、すぐに気がついたはずだ」
 苦い顔をしながら節斎は小柄を取り出して、貼り合せされた部分を慎重にはがしていった。合わさった二枚の紙の間に一枚の紙が挟まれている。
 節斎は他の和歌集も小柄でていねいに次々とはがしていく。やがて十数枚もの文書が出てきた。
 それそれ借用書や念書、さらに手紙などもあり、いずれにも日向屋の名が記されていて、中には轟平九郎の名が書かれているものまであった。

 ということで、和歌、そして和歌集が重要な素材となっているのである。


 先週金曜の末広亭で三遊亭歌る多の『西行』を聴いた。
 時間が押したせいもあってやむをえないが、「あこぎ」の説明が不十分だった。

 北面の武士佐藤義清(のりきよ)は、落語においては染殿の内侍、白洲正子さんの推理では待賢門院から「あこぎ」と言われたのだが、「伊勢の海阿漕ヶ浦に曳く網も度重なればあらはれにけり」の古歌を知らなかったがために、武門を捨て剃髪、名を西行と改めて歌修行の旅に出た、ということになっている。

 和歌は、それだけ大事なのであるよ。

 実は、昨日末広亭の記事を書いた後で思い出したのだが、二年前の西行忌の日、矢野誠一さんの本を中心に、落語『西行』の記事を書いていた。
2017年3月13日のブログ

 『鼓ケ滝』は何度か聴いているが、『西行』は、初めてだったなぁ。
 今思い出すと、本来のサゲにせず、後味の良い歌る多の高座だった。


 さて、このドラマのこと。
 主人公菜々役の清原果耶は、8月21日に拡大版でも見た「マンゴーの樹の下で」において、まさに体当たりの演技を披露していて感心した。

 デビューとなった「あさが来た」での“ふゆ”の役も印象的だったし、「なつぞら」では、短い間だったが、行方不明だった、なつの妹役を演じた。

 そして、今月初旬に再放送で見ることができた「透明なゆりかご」では、発達障害という難しい役どころを演じていた。

 まだ、十七歳。

 今後が実に楽しみな女優さんだ。


by kogotokoubei | 2019-08-26 19:18 | ドラマや時代劇 | Comments(2)
 さて、このシリーズ、四回目。

 本当は15日金曜に見ていたが、再放送を確認。

 轟平九郎を襲った者は、ことごとく轟の刃に倒れた。命は救われたが大怪我を負った者もいた。
 彼らの中の一人の行動は、この先明らかになると思う。

 轟が襲撃されるのを目撃したことを菜々が市之進に報告したことで、市之進は菜々と轟の因縁を知る。

 佐知が亡くなってから叔父夫婦が世話をしたものの破談になった再婚話の相手、雪江が市之進を訪ねて来る。
 この雪江は、原作にはない脚色。
 彼女の存在、微妙。

 やがて風早家は閉門、菜々たちは屋敷を追い出され、市之進は江戸送りと決まる。
 菜々は、江戸送りになる市之進に一目逢うために走り出す。

 原作では、故郷の姿を最後に目にするために駕籠が止められたその時、あの和歌を菜々が詠唱するのである。

 原作から、ご紹介したい。

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葉室麟著『蛍草』
 『蛍草』は、双葉社から2012年に単行本、2015年に文庫化された。

 勢田獄は町筋を抜けて、半里(二キロ)ほど行ったところにある。菜々が急ぎ足で通り過ぎる道筋に町家は少なくなり、田圃が見渡せるあたりまでたどり着くと、大きな門構えが見えた。あれが勢田獄に違いないと、息を切らして菜々は門を見つめた。この牢屋敷に市之進は押し込められているのだ。しばらく眺めているうちに、鉄鋲を打った門がゆっくりと開いた。
 (中 略)
 駕籠は城下への道筋をそれて、街道へ出る近道の、田圃に囲まれた細い道をたどった。
 菜々はその後を目立たないよう追った。どうしても市之進に子供たちのことをしっかり守っていると告げたかったが、どうやって伝えたものかと考えあぐねた。
 そうこうするうち、突然、駕籠が止まった。街道に出るすぐ手前に一本の松がある。そのあたりは城下の町を一望できるので、遠方に送られる囚人に国許と別れを告げさせるため、ひと目眺めるのを許す習わしがあった
 菜々ができる限り近づいて様子をうかがっていると、護送の役人が網をのけて、駕籠の戸を開けた。市之進が駕籠から身を乗り出して城下の方角を眺めた。鬚はかなり伸びており、体はやや痩せたとうに見えた。
 市之進の姿を見た菜々は、大きな声で、
「月草の仮なる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふー」
 と和歌を詠唱した。
 佐知が好きだと言っていた万葉集にある和歌だと、市之進は知っているはずだ。「後も逢はむ」という言葉にまたお会いしたいという心をこめた。
 市之進は声のした方に顔を向け、菜々に気づいて、わずかに白い歯を見せて笑った。


 蛍草の押し花のドラマの脚色は、悪くない。
 しかし、著書に和歌などを効果的に織り込む葉室作品の味わいも、実に良い。

 市之進が、鉢植えの菊より蛍草が好きだ、と言った言葉、菜々は嬉しかったことだろう。
 そして、正助とよの二人が、菜々をなごませてくれる。

 次回は、市之進の危機をある人物が救う。
 そして、菜々の父が残した轟と日向屋の不正を裏付ける証拠が、ある人物の助けで明らかとなる。
NHKサイトの該当ページ

 今回登場した“死神先生”の他にも、いろいろ個性的な登場人物が増えるなぁ。

 来週も、楽しみだ。
by kogotokoubei | 2019-08-18 19:54 | ドラマや時代劇 | Comments(2)
 本日も、BSで「いだてん」から「蛍草 菜々の剣」というゴールデンタイム。

 「いだてん」は、“実感放送”が目玉だったねぇ。

 とはいえ、全般的にシリアスな内容で、五輪の光の部分を、陰で支えた多くの人たちがいたことが伝わってきた。
 
 そして「蛍草」は、佐知と菜々の悲しい別れ、だった。

 二人をつなぐものとして、原作とは違う脚色だが、蛍草の押し花。
 
 映像用の脚色として悪くない。
 
 原作では、蛍草について、菜々には佐知とには、こんな思い出がある。

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葉室麟著『蛍草』
 『蛍草』は、双葉社から2012年に単行本、2015年に文庫化された。

 葉室作品には、効果的に和歌などが素材となっているが、この作品にも登場する。

 庭で露草を見てしばらくたったころ、菜々が台所で水仕事をしていたおり、佐知が部屋に来るよう告げた。何の用事かと行ってみると、佐知は書物を広げて菜々に見るように勧めた。
 和歌がいっぱい書いてあるらしいが、菜々は和歌を学んだことがないので戸惑った顔をしていると、佐知は指差して、
「ここを読んでごらんなさい」
 と言った。菜々は、たどたどしく声に出して読んだ。

 月草の仮(かり)なる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ

 という和歌だった。万葉集に作者不詳としてある歌だという。
「庭の露草は蛍草とも月草とも呼び名があると話しましたが、これは月草を詠っていますから、蛍草の歌でもあるのです」
 佐知はそう言って、和歌の意味をよくわかるように説いてくれた。
 露草の儚さにたとえ、わたしには仮初(かりそ)めの命しかないことを知らないのだろうか、後に逢ほうとあの方は言っているけれど、という意味だという。
 菜々がいまひとつ意味をつかみかねて首をかしげると、佐知は微笑んで、
「一夜の逢瀬を重ねた後、女人が殿方から又会おうといわれた際に、わたしは露草のように儚い命なのに、また逢うことなどできるのだろうか、と嘆く心を詠った和歌かもしれませんね」
 佐知が説いてくれる話を聞いて、菜々はせつない心持ちがした。
「菜々にはまだ早いかもしれませんが、ひとは相手への想いが深くなるにつれて、別れる時の辛さが深くなり、悲しみが増すそうです。ひとは、皆、儚い命を限られて生きているのですから、いまこのひとときを大切に思わねばなりません」
 佐知にそう言われて、なぜか目に涙が滲んできたことが脳裏によみがえった。

 この和歌は、原作では、大事なある場面で再登場することになる。

 もしかすると、この作品は、この和歌が発想の元だったのか、などとも思っている。

 ちなみに、原作には、悪徳商人の日向屋の主人は出てこない。
 本田博太郎、あまりにも、ニン^^

 次回は、今回最後の場面の結果から、風早家の一大事となるのだが、新たな個性的な人物も登場するようで、楽しみだ。
NHKサイト「BS時代劇 蛍草 菜々の剣」のページ

by kogotokoubei | 2019-08-11 21:18 | ドラマや時代劇 | Comments(2)
 昨夜は、NHK BSプレミアムで、午後六時から「いだてん」、すぐ後「蛍草 菜々の剣」という、まさにゴールデンタイム^^

 「いだてん」では、1932年ロス五輪の地に到着した田畑政治率いる競泳陣に、ミュージカルを演じさせる、クドカンの演出を堪能。
 この作品、大河枠でなければ、ミュージカル仕立てで出来たかも、と思わせる。

 さておき、「蛍草」だ。

 二回目の放送の見せ場は、菜々の剣という副題からしても、次の場面。
 風早家の子供達が“かどわかし”(今なら、誘拐犯、だね)に捕らえられ、助けに向かった病身の佐知も含む親子の窮地。駆けつけた菜々は、藩の剣術指南役となった“だんご兵衛”(本名、壇浦五兵衛)から教わった捨て身の突きで相手を倒す。

 原作では、狂犬(たぶれいぬ)との戦いなのだが、犬好きの私は、この脚色は悪くないと思う。

 他にも、原作から良い意味で脚色されたテレビドラマならではの場面に、私は着目した。

 蛍草(別名、露草)は、朝咲き、夕方にはしぼむ。
 その蛍草を愛でる菜々に、佐知は、押し花を渡し、これならいつも蛍草を見ることができる、と伝える。
 これ、実は、原作にはないお話。
 脚本は、NHKのサイトによると、渡邉睦月、森脇京子のお二人。
NHKサイト「BS時代劇 蛍草 菜々の剣」のページ

 どちらの発案かは知らないが、原作者の葉室麟も、この脚色は問題なく受け入れたと察する。

 その原作から、一部紹介したい。

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葉室麟著『蛍草』
 『蛍草』は、双葉社から2012年に単行本、2015年に文庫化された。

 
 ドラマではかどわかしが相手だが、原作の狂犬と菜々の戦いの場面は、こう書かれている。なお、菜々の武器は、傘だ。

 いまにも飛びかかってやろうといむ目つきになっている、と菜々にはわかった。どう構えたらいいのだろう、と懸命に考えた。五兵衛が一度、見せてくれた<燕飛>や<猿飛>、<円之太刀>などの形を思い浮かべたが、狂犬相手では役に立ちそうもない。
 やっぱり、だんご兵衛さんが教えてくれたことは用をなさない、と胸の中でつぶやいた時、最初の稽古のおりに、
「弱い者が強い者を相手にした時、斬ろうとしても斬られるだけだ。できることは突きだけだ。突けば、たとえ相手に斬られても相打ちにできるかもしれぬ」
 と言った言葉が頭を過った。続けて五兵衛は、
「ただし、突くのは防御をせず、相手に自らの体をさらすのだから勇気がいる。突きの一手は勇気があってこそ相手を倒せるのだ」
 ともつけ加えた。
(勇気がありさえすればできるんだ)
 と思うと同時に、菜々の足の震えが止まった。佐知と子供たちを救うためには、勇気を振り絞らねばならない、そう自分に言い聞かせる。
 (中 略)
 ひと際、高い鳴き声をあげた犬が、地面を蹴って菜々に飛びかかってきた。瞬間、菜々は踏み込んで、
 -勇気
 と心で念じ、思い切って傘を突き出した。凄まじい衝撃が手から伝わってきたが、菜々は目を閉じたまま、傘の柄を握った手を離さず、力を加えた。

 全英女子オープンゴルフで優勝した渋野日向子プロは、18番ホールのパットを決める前、「勇気」と念じたのかどうか。

 『蛍草』の菜々の心の強さの後で、日本の若い女性アスリートの心の強さに、驚かされたなぁ。

 次回は、ついに佐知が・・・・・・。

 しかし、菜々は負けないぞ!

by kogotokoubei | 2019-08-05 12:57 | ドラマや時代劇 | Comments(2)
 NHKのBS時代劇で、「蛍草 菜々の剣」が始まった。

 2015年にNHK総合木曜時代劇で『銀漢の賦』がドラマ化されて以来の、葉室麟作品の登場、実に嬉しい。

 舞台は、鏑木藩。

 故あって武士の娘であることを隠し、風早家に奉公することになった菜々が主人公。

 清原果耶が菜々を演じている。「あさが来た」にも出ていたし、「なつぞら」では、なつの妹役として、短い間ではあったが出演していた注目株。

 NHKサイトの同ドラマのページにあるように、菜々の父を死に追いやった男と、風早家の主人を陥れようとする敵が同じ人物。
NHKサイト「BS時代劇 蛍草 菜々の剣」のページ

 副題が暗示するように、その仇に立ち向かう菜々の姿を描くドラマが始まった。

 
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葉室麟著『蛍草』
 原作は、双葉社から2012年に単行本、2015年に文庫化された。

 題の由来について、ドラマの第一回でも登場した、風早家の妻佐知と菜々との会話を、原作から引用。
 夏の日はぎらぎらと照りつける。暑さを避けるように築地塀(ついじべい)のそばで日陰になっている草を取っていた時、菜々はふと手を止めた。塀の際に青い小さな花が咲いている。
「露草だー」
 菜々は額の汗をぬぐいながら、うれしくなってつぶやいた。青い花弁が可憐な露草は菜々の好きな花だ。早朝、露が置くことに一番きれいに咲いて、昼過ぎにはしおれてしまうから、摘んだりはしない。見かけた時にひっと眺めるだけだが、それでも幸せな気持ちになってくるから不思議だ。
 菜々がなおも腰を下ろして見入っていると、
「その花が好きなのね」
 佐知の声がした。菜々ははっとして立ち上がった。
「申し訳ありません、草むしりをしていたのですが、花を見つけて、つい手を止めてしまいました」
 菜々が頭を下げて言い訳をすると、佐知はさりげない口調で言った。
「謝ることはありません。きれいな花に目が留まるのは心が豊かな証ですから、ゆっくりと見てかまいませんよ」
 菜々の傍に腰を屈めた佐知は言葉を継いで、
「露草ですね。この花を万葉集には月草と記してありますが、俳諧では蛍草(ほたるぐさ)と呼ぶそうです」
 と教えた。月草や蛍草という名の響きに菜々は目を輝かせた。
「蛍草・・・・・・、きれいな呼び名ですね」
 深く心を動かされたように菜々が言うと、佐知は微笑んだ。
「そうですね。きれいで、それでいて儚(はかな)げな名です」
「蛍草は儚い名なのですか」
 佐知の横顔に目を向けながら菜々は不思議そうに言った。夏の夜に青白い光を点滅させる蛍のことはきれいだと感じるだけだった。蛍草という名を聞いても、蛍が止まる草なのだろう、とぼんやりと考えて、ほかに思いつくことはなかった。
「蛍はひと夏だけ輝いて生を終えます。だからこそ、けなげで美しいのでしょうが、ひとも同じかもしれませんね」
 佐知は感慨深げに言うと、菜々に顔を向けた。
「あなたの立ち居振る舞いを見ていると、武家の折り目正しさを感じます。紹介してくださった方は赤村のお百姓の娘だと教えてくれましたが、武家の血筋なのではありませんか」
 佐知に見つめられて菜々はどきりとした。

 二人の女性の会話が、ミステリアスな今後を暗示させる。

 佐知は、蛍の短い命に、何を思っていたのか・・・・・・。

 それにしても、題の付け方は、葉室麟らしいセンスの良さを感じるなぁ。


 第二回では、佐知と子供達に危険が迫るのだが、原作とは少し設定を変えているようだ。
 いずれにしても、菜々は、その危機を勇気を出して防ごうとするのだが・・・・・・。


 2017年の師走に接した葉室麟の訃報には、驚いた。

 もはや新作が出ないと思うと、未読の作品を、じっくり楽しみたいと思い、最近はあえて読まないようにしていたが、『蛍草』を再読して、やはり、葉室作品の素晴らしさを再確認した。

 『銀漢の賦』の次のドラマ化は、直木賞を受賞し映画化もされた『蜩の記』と同じ羽根藩シリーズ(『潮鳴り』・『春雷』・『秋霜』・『草笛物語』)か、大好きな『川あかり』を期待していた。

 しかし、『蛍草』も、葉室美学が底流に流れる佳品だ。

 日曜に「いだてん」から続けて見ることもあるだろうが、なんとも贅沢な時間になりそうだ。

 Wikipedia「ツユクサ」から、画像を拝借。
Wikipedia「ツユクサ」
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 「露草、月草、蛍草などの名で、秋の季語」と説明されている。

 明日8月1日は、旧暦七月一日。

 そう、暦では秋が始まるのだ。
by kogotokoubei | 2019-07-31 21:36 | ドラマや時代劇 | Comments(2)
 月曜から、古い記事へのアクセスが急増している。

 2010年に、古今亭志ん生のりん夫人の命日、12月9日に書いた記事だ。
2010年12月19日のブログ
 
 「いだてん」の影響だろう。

 9日のいだてんも、なかなか楽しかった。

 金栗四三の、女の園でのお茶らけぶりは、クドカンならでは。

 志ん生が真打昇進した際の、ぼろぼろの着物での披露目も登場。
 そして、りんさんと結婚。

 結婚したのは、関東大震災の前年大正11年、美濃部孝蔵32歳、清水りん25歳の晩秋のことだった。りん夫人がやって来た翌日には、悪友と女郎買いに出かけた志ん生の姿も「いだてん」で描かれていたね。

 夫人が持参した嫁入り道具はあっと言う間にまげて(質に入れて)しまい、あの有名な貧乏生活が幕を開けるのであった。


 私は、このドラマ、金栗四三と田畑政治、そして、古今亭志ん生の三人が主役、と思って観ている。

 実在の人物を「モチーフ」にしたフィクションと割り切り、たとえば、若き日の志ん生の姿も、相当脚色されてはいるのだが、それも、クドカン流の楽しさと思うようになってきた。

 相変らず視聴率が低いというニュースがネットで飛び交うが、そんなことは気にしなくていいでしょう、関係者も。

 見ている人の期待度、満足度は。これまでの大河より高いのではなかろうか。
 私は、そうだ。

 視聴率という「量」ではなく、測ることはできないが、視聴「質」で勝負する大河。
 それが、「いだてん」だと思う。

by kogotokoubei | 2019-06-12 12:57 | ドラマや時代劇 | Comments(2)
 「いだてん」について、先日、やや悲観的な記事を書いた。
 ビートたけし演じる古今亭志ん生の登場が、ドラマの流れを悪くするような気もして、今回は、クドカン流ドラマも策に溺れるかなと思っていたのだが、昨夜見て、だんだん面白くなってきた。

 昨夜は、ストックホルムオリンピックに、初めて日本選手を派遣するための陸上競技会が放送された。
NHKサイトの該当ページ

 金栗四三を演じる中村勘九郎の熱演、三島弥彦の飛び込みでの短距離競技参加での活躍など、素直に楽しむことができた。

 気になっていた、たけしや若き日の志ん生役の森山未來の登場は、いわば、箸休めと思えて気に障らなかった。
 志ん生の、高座で眠ってしまう逸話も登場^^
 起きてから、『芝浜』かと思いきや、ドラマの前フリ。

 「いだてんー東京オリムピック噺ー」が正式な題だから、こういう構成もむべなるかな。


 このドラマ、前半は、志ん生も含めると、三人の人物の物語。
 金栗四三、三島弥彦、そして、志ん生。

 この三人、生まれは順に明治二十四(1891)年、明治十九(1886)年、明治二十三(1890)年と、同世代。

 そうそう。NHKサイトの番組のページにある「年表」に、四三と志ん生の生まれた年は記されているが、弥彦の生年は、ない。これは、記すべきですよ。

 さて、金栗四三だが、彼の生家は、熊本県玉名郡春富村(現・和水町)で、十四、五代続く名家で、酒造業をしていた。父が四三が生まれる前に酒造業をやめた。
 四三は男四人、女四人という八人兄弟の七番目で、父と同じように幼少時は虚弱体質だったらしい。

 次に、三島弥彦。
 三島の経歴には、幕末の歴史が色濃く残っている。
 父は、三島通庸(みしま みちつね)で天保六(1835)年生まれの薩摩藩士。
 Wikipedia「三島通庸」から、引用。
Wikipedia「三島通庸」
薩摩藩士・三島通純の長男として生まれる。三島家は藩の鼓指南役の家柄であったが、示現流剣術とともに伊地知正治から兵学を学んだ。精忠組の一員として寺田屋事件に関与し謹慎を命じられるが、後に西郷隆盛に取り立てられ、藩主島津忠義から人馬奉行に抜擢される。戊辰戦争においては鳥羽・伏見の戦いで小荷駄隊を率いるなど活躍した。その後は藩政改革に参加し、民事奉行や日向都城の地頭などを務めた。この時の業績が認められ、大久保利通の計らいにより新政府に出仕する。
 ということで、三島については、「西郷どん」の流れを引き継いでいるとも言える。
 この弥彦の父三島通庸は、警視総監を務めていた時に亡くなっており、その時、弥彦は二歳。

 古今亭志ん生が、三島弥彦と対照的なのは、美濃部家は代々旗本であったが、維新を経て、父は巡査をしていた、ということ。警視総監の息子と、巡査の息子。

 余談だが、四三の故郷の熊本も、明治以降に多くの警察官を輩出した県。


 昨日の五回目で、金栗四三と三島弥彦は、オリンピック予選で優勝した。

 しかし、この二人がストックホルムに旅立つまでには、いろんな苦労、苦悩が待ち受けているに違いない。

 そして、志ん生は、憧れの名人橘家円喬の車夫として近づきになることは出来たが、果たして弟子になれるのか否か。
 車夫というのは、クドカンの創作だろうが、その工夫は悪くない。

 そうそう、昨夜も落語愛好家には楽しい場面があった。『鰍沢』を聞いているうちに、晴れているのに雨が降ってきたと感じた、という志ん生が語る円喬の思い出も、人力車に乗りながら円喬が『鰍沢』を稽古するのを聞いた若き日の志ん生に演じさせていたなぁ。
 ドラマの箸休めとして、志ん生の物語も楽しみにしよう。

 俳優の中では、三島弥彦の母を演じる、白石加代子さんが、いいねぇ。
 徳富蘆花の『不如帰』の意地悪な姑のモデルとなったことを怒っていたが、ハマリ役でしょう。兄の柴山景綱は、結婚した三島通庸と同じ精忠組の同志。
 和歌子自身が「女西郷」と称された女傑。

 このように、「いだてん」には、薩摩の歴史が、その背景に脈々と流れている。

 「西郷どん」では、西郷隆盛に大いなる影響を与えた水戸の藤田東湖が登場しないので、がっかりした。それが、見なくなった理由の一つ。

 その点、「いだてん」では、よく知らない人物でもあって、史実との相違点に気づくのは、せいぜい、志ん生の逸話の扱い方くらいのものだろう。


 金栗四三の活躍を描くことで、昨今、地震などの被害に見舞われた熊本が元気になるのも、実に良いことだろう。

 
 最後に、Wikipediaから、お三方の写真を拝借。

Wikipedia「金栗四三」
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                 金栗四三

Wikipedia「三島弥彦」
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                 三島弥彦

Wikipedia「古今亭志ん生」
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                 古今亭志ん生


 凛々しいアスリート二人の姿、そして、志ん生の笑顔。

 大友良英のキレのある音楽に乗ったクドカン流の遊び心のあるドラマで、同時代をそれぞれに生き抜いた明治男の物語、今後も楽しみになってきた。


by kogotokoubei | 2019-02-04 12:45 | ドラマや時代劇 | Comments(2)

 「いだてん」が、どうも面白くない。

 別に視聴率がどうのこうのという世の中の評判は関係なく、あくまで私見。

 中村勘九郎演じる金栗四三が、どうも表面的にしか描けていない気がする。

 また、周囲の人物を含めて、ステロタイプな役柄となっていて、中途半端なコメディの演技、という印象なのだ。

 また、ビートたけし扮する古今亭志ん生がところどころ登場するのだが、これで流れが切れてしまう。

 また、志ん生と金栗四三が年齢が一つ違いということで、森山未來が扮する若き日の志ん生が、四三の物語に挿入されるのも、このドラマを散漫にしてしまう。

 クドカンの脚本が、あまり知名度が高くない人物を主人公としていることから、たけし、志ん生によって、アクセントを与えようとしているのだろうが、その試み、今のところは、すべりそうな気がしてしょうがない。

 もう少し見るつもりだが、あれもこれもを詰め込もうとするあまり、それぞれが中途半端になりそうなのが、三回目までを見た印象だ。


 比較するべきではないだろうが、BS時代劇「小吉の女房」は、面白く見ている。
 金曜に見て、BSの「いだてん」の後で再放送を見たが、次回が楽しみだ。

 
by kogotokoubei | 2019-01-20 19:36 | ドラマや時代劇 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛