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噺の話

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カテゴリ:寄席・落語会( 475 )

 旅の記事があったので、遅ればせながら、この会のこと。

 初の繁昌亭。

 あらためて、外観。
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 あらためて、この会の看板。六回目とのこと。
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 この二人の高座は、生では初。
 CSのスカイAの「らくごくら」では、見たことがある。
 言わずもがなだが、雀三郎は枝雀の弟子、染二は染丸の弟子。

 喫茶ケルンを出て、開演少し前に、二列目の席に座った。

 開演前や仲入りのBGMがトトロなどのジブリのメドレーで、山茶花さんが喜んでいた^^

 繁昌亭のサイトによると、一階席145席、二階席63席。

 思ったほどは広くないが、落語にはちょうど良い空間だと思う。

 最終的には、一階席の八割ほどが埋まったのではなかろうか。

 出演順に感想などを記す。

 なお、雀三郎と染二の二席はネタ出しされていた。

桂九ノ一『道灌』 (12分 *18:00~)
 初。本人が言うように、名前から女性を想像したが、「すんません、こんな野球部の補欠みたいなんが登場しまして」で笑い。
 たしかに、坊主頭の見た目は、そんな感じなのである。
 後で調べると、九雀のただ一人の弟子で、三年半ほどの経歴のようだが、この高座は、結構気に入った。関東版と基本は同じだが、クスグリが上方ならではで楽しい。
 「わしゃ、隠居じゃ」「夜店ですくうやつ」「そりゃ、金魚や」なんてやりとりが可笑しい。
 たけやんが提灯を借りに来たが、「傘を貸せと言え」「傘は持っとる」と返され、その傘を折るあたりは、ダイナミック!
 元気で明るい高座、幸先が良い。

林家染二『替り目』 (18分)
 前日まで大須演芸場だったとのこと。前半は江戸の住吉踊り、後半は上方の住吉踊りが披露されたらしい。東京の噺家さんとの交流、打ち上げなどを振り返る中で、名古屋のメイド喫茶の話には、笑った。
 ♪一でな~し、二でな~し、と本編へ。
 酔っ払いの亭主が、酒の肴に関東炊き(おでん)を女房に買いに行かせた後の独白が楽しい。
 「お願いですから、月曜の朝、ビニール袋に入れて電柱のとこに捨てないでください」
 なんてのがあった。
 マクラを含め、この人の持ち味が発揮された高座。
 滑稽噺がニンと思っていたので、二席目はどうなるか、と思っていたが、凄かったのだ。

桂雀三郎『G&G』 (25分)
 本職は歌手、とのこと^^
 あのヒット曲♪ヨーデル食べ放題は15万枚、落語のCDよりはるかに売れているから。
 ということで、ヒット曲を一番だけ聴かせてくれた。
 あの名曲(?)、もともと、京橋の“やぐら”という飲み屋さんの歌「やぐら行進曲」を作り、一緒にCD化したところ、高田文夫がラジオを紹介して大ヒットした、と丁寧に説明してくれた。
 “やぐら”の常連さんが、ビールとチェイサーにして酒を飲む人であったとか。
 その“やぐら”が、あの「深夜食堂」のモデルとのこと。知らなかった。
 ギターをやろうとして、普通はFができなくて苦労するが、ご本人、Gが出来なくてまづいた、というのは、ちょっとはギターをかじる者として、笑った。
 本編は、“おやじバンド”ならぬ“じじぃバンド”のネタで、小佐田定雄さん作。
 全身グレーで身を固めた典型的な年寄り姿の森さんを、派手な衣装に髪の毛はメッシュ、若い女の子をナンパしまくっている鹿田さんが、自分たちのバンドの練習に誘う。
 そのバンドの名が、「G&G」。「ジジイ&ジジイ」。
 「ピアスの心、母心」なってクスグリやバンド仲間の芸名なども笑える。
 サンセット加藤さんの潰れた会社の工場が、練習場。
 さて、見た目も趣味(植木)もまさにジジイの森さんに、鹿田さんはバンドの歌を披露。
 ということで、下手に隠していたギターを雀三郎は持ち出して、ライブがスタート。
 ♪どうにも止まらない、♪昔の名前で出ています、などの替え歌で客席は大爆笑。
 決めゼリフは「ファイヤー!」。
 最後は♪宇宙戦艦ヤマトの替え歌で、「阿倍野斎場、焼~き~場~」で、客席も一緒に、「ファイヤー!」となる。
 なるほど、本職は歌手だ。
 なかなかの美声、そして、カポダストを駆使したギターさばきも、お見事。
 期待通りの、楽しい高座だった。
 山茶花さんによると、米朝はこの「G&G」が大好きで、一門の会では飛び入りすることもあったとのこと。「あたしも、もうじきファイヤーです」が決め科白だったようだ^^

林家染二『菊江仏壇』 (42分)
 マクラで、この噺に相応しい若旦那のネタ、ということで、現在の米団治の逸話。
 とても内容は書けないが、彼の高座での逸話に、客席は大爆笑だった。
 マクラで大いに笑わせた後、本編へ。笑わせどころの少ないネタ、しっかり計算をしてのマクラだったように思う。
 滑稽ばなしの染二、という印象が強いので、果してこの人情噺の長講をどうこなすか、注目していた。
 とにかく、長い。
 私は、2010年12月、小金治さんをゲストに招いての国立演芸場での文我で聴いており、その後、2017年7月に、日本橋劇場で雲助で聴いた。
2010年12月6日のブログ
2017年12月13日のブログ

 少しズルをして、Wikipediaの文章も借りて、あらすじをご紹介。
Wikipedia「菊江の仏壇」

(1)船場・淀屋小路の大店、飽きっぽく道楽者の若旦那は、惚れて一緒になったお花との
   仲も二カ月は持たず、遊びの虫が再発すると、南の芸鼓、菊江にいれあげてしまい、
   家に居つかない。そのせいでお花は気を病んだ挙句病気になってしまい、療養のため実家に
   帰ってしまった。そのことについて、大旦那は若旦那に今までの不始末をさんざんに責めるが、
   若旦那は「わたいの女道楽は大旦那の信心と変われへんもんでっせ。」と反省の色すらも
   見せない。さて数日後、実家から『お花が危篤』と言う電報がくる。 大旦那は憮然と「番頭どん。
   倅をようく見張っとくなされ。」と後を託して見舞いに行く。
(2) 厄介払いが出来たと大喜びの若旦那、菊江のところに行こうと番頭に止められる。
   「そら、番頭済まなんだ。わてが悪かったわ。」「わかってくれはったらよろしゅう
   ごわります。」「そのかわり横座るさかい話聞いてくれへんか。」「へえ。よろし
   おます。」「気にせんといて、そのまま帳面付けてくれたらええねん。」
   「さよでっか。」「あのなあ、番頭・・・・・・」と、逆に、じんわり番頭の
   茶屋遊びを暴露して、脅しにかかる。「ちょ、ちょっと若旦那。止めておくん
   なはれ。」「何や。嫌か。ほたら外出して。」「いやそうはいきまへん。」
   お花が病に伏しているのに遊びに行くのはどうしても世間体が悪い。それなら、
   親爺の留守を幸いに、家に酒肴を注文して菊江を呼び、ここで茶屋遊びをする
   事にしようと話がまとまる。
(3)店の者も喜んで早速店じまい、ごちそうを注文する。やがて菊江も、他の芸妓も
   三味線太鼓を抱えてやってくる。若旦那もう嬉しくてたまらない。「菊江来たか。
   こっち来い。こっち来い。今日はな、やかましい親爺おらんよって・・・・・・
   明日にならな帰ってけえへん。家で散財しよ。そんなら、今日はどんどんいこか。」
   とみんなで飲めや歌えの場が大騒ぎ。
(4)盛り上がったころで突如大旦那が帰ってきた。「これ!ここ開けんかい!何して
   ますのじゃ!」「うわっ!大旦那さん帰ってきはった!」
   一同大あわてでご馳走等々を隠すが、菊江の隠れるところがない。「菊江、お前
   こっち来い。」「まあ、何しなはります。」「ここへしばらく隠れとれ。」
   やむなく大旦那が買ったばかりの『200円もする巨大な仏壇』に押し込む。
   さて大旦那は番頭をはじめとする皆の酔態を見て「何ちゅうことしくさるのじゃ。」
   とあきれ返る。
   「倅はどこにいくさる。」「おとっつあん。ばあ。」「これ、ようもこんなふざけ
   たことしくさって。」
   大旦那は涙ながらに「これ、倅、お花はな。わしの顔見るなり『不実な夫でも、
   生涯連れ添う人と思え一目会うまではと思うておりましたが、もし、おとうさん。
   わたしはよほど嫌われたんですね・・・・・・』との言葉を一期に、様態が
   変わって死んだわやい。」と一部始終を話す。
   「こなたもわしと一緒にお花とこへ通夜に行きなされ。」と嫌がる若旦那を尻目に
   仏壇のもとへ。
(5)「もし、お父っあん。何しなはんねん。」「仏壇に有難い『親鸞聖人の掛け軸』を
   取り出しますのじゃ。」「ええっ!! もし、仏壇にはあらしまへん!」「ほんなら
   どこ直したんじゃ。」「・・・・・・下駄箱ン中」「アホぬかせ!」と大旦那は
   件の仏壇の扉をギー・・・・・・。 途端に現われたのは菊江の姿に、
  「ああ。お花か。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。もう迷うて出たんか。倅の了見は
  わしが直す、だから迷わず成仏しとくれ!!」
  幽霊(菊江)の方が 「へえ。私も消えとうございます」で、サゲ。


 文我、雲助の高座について書いた記事と重複するが、この噺は、他のネタを彷彿とさせる部分がいくつかある。
・大旦那が若旦那を諌めるシーンは、『船徳』『唐茄子屋政談』他と同じ味わい
・若旦那が番頭の弱みを追及し味方につけるところは、『山崎屋』
・大旦那と定吉が出先から、どんちゃん騒ぎの我が店に戻ってくる件は、『味噌蔵』
 
 東京でこの噺を十八番としていた、小金治さんの師匠だった桂小文治について、矢野誠一さんの本『落語讀本』(文春文庫)は色川武大さんの言葉を紹介している。
矢野誠一 『落語讀本』(文春文庫)
色川武大さんは、桂小文治の『菊江の仏壇』をきいたことがあるそうだ。敗戦直後の神田立花で、<茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気、はじめて小文治を、ただものではない落語家だと思った>と書いているのだが、この感じが私には、とてもよくわかる。

 色川さんが指摘した小文治の高座から感じた、<茶屋遊びの気分><商家の感じ><独特の色気>が、まさに染二の高座を評価する上で、重要な指標になるように思う。
 
 (1)の場面で、大旦那が若旦那を諌める場面の長科白、下手をするとダレてしまう部分を、染二はよどみなく、そして、十分に商家の感じを醸しだしながら聴かせてくれた。若旦那がお花と夫婦になって二ヶ月持たずに芸者菊江に入れあげたと責める大旦那に、若旦那が、大旦那がしつらえた仏壇に二ヶ月持たずに飽きた、という話で対抗する、数少ない笑わせどころ。上方の商家の空気が客席に流れる。
 (2)では、じんわりと、真綿で首で、若旦那が番頭が女を囲っていることを暴く。番頭の慌てる心理がよく描かれていたし、暴露された後に開き直っての宴会の幹事役としてはしゃぐ様子、静と動の描き分けがすこぶる良かった。
 (3)は、まさに『味噌蔵』。皆が弾ける様子がそれまでの静から動への転換となる。女子衆が何が欲しいかと言われ「針さしと鏡台」に若旦那が「嫁に行くのやあらへんで」なんてのも楽しい。なかでも、若旦那が子供頃におねしょをさせた話を繰り返す佐助が印象的。何度も昔のことを繰り返す鸚鵡返しは、『うどんや』の酔っ払いを彷彿とさせる。
 菊江がやって来て、若旦那が「菊江、歌ってんか」の声から、はめもので賑やかになるのが、上方ならでは。ここで、茶屋遊びの気分を短いながらも味わわせてくれる。
 洗い髪に白薩摩で登場した菊江の姿には、もちろん色気が充満している。先代の小南は、「若旦那ぁ」と登場する菊江の姿を一瞬でもお客さまに見せることができたら、と記しているが、染二の高座、しっかり映像が浮かんだ。
 この菊江の姿から、『白ざつま』という演目でも呼ばれる。
 (4)大旦那が帰ってから、お花の最後を振り返る場面は、なんとも泣ける。伝聞であり、それが臨終の場なのにも関わらず、色気を感じるのが不思議だ。
  若旦那がなぜお花の元から菊江のところへ逃げたのか、という心理面の葛藤も語られていて、実に深~い噺となった。

 米朝の音源では、マクラで、大ネタと言われているが、とにかく難しい噺で、あんまりオモロイこともない、と語っている。
 米朝は、小文治が東京に持って行って相当刈り込んだとも言っているが、オリジナルは、紹介したように、登場人物も多ければ、場面展開もたくさんある。とはいえ、笑わせどころは、きわめて少ない噺。
 しかし、だからこそ芸達者が挑戦したくなる噺、でもあるのだろう。
 染二の挑戦、私は実に良い高座として実を結んだと思う。
 今年のマイベスト十席候補としたい。

 ここで仲入り。

 中に喫煙スペースはなく、外で一服。
 まだ、日中の暑さの名残があったなぁ。
 さて、もう一席。

桂雀三郎『百年目』 (39分 *20:31)
 こちらも、上方落語大ネタ中の大ネタ。

 大きく次のような場面で構成される。
 (1)番頭の治兵衛と奉公人との会話。ここで、仕事一筋で堅物な番頭を表わすために、「芸者という紗はいつ着るのかも知らん」なんて科白が出てくる。また、手代や小僧と番頭の間には溝がある、という組織の空気が伝わる。これが、最後の栴檀と南縁草の話にもつながっていく。
 (2)その番頭が、実は粋な遊び人であることが明らかになる場。幇間や芸者たちと船で桜の宮に花見に繰り出し、酔った勢いで扇子で顔を隠した鬼ごっこでつかまえたのが、なんと旦那。治兵衛としては、大変な事件発生だ。
 (3)次兵衛は店に帰り、病気と偽って部屋にこもる。悶々と夜を過ごす。
 (4)そして、翌日の旦那と治兵衛との会話、というより、旦那のお説教だ。有名な栴檀と南縁草の喩え話が登場する。

 冒頭の次兵衛のネチネチした部分は、意外とあっさりだったような気がした。この人、あまり悪者にはなりきれないのかもしれないなぁ。
 船の中が暑~い空気は、会場の冷房がききすぎたせいもあったか、実感しにくかった。たしかに外は暑いのだが、中を冷やしすぎるのは考えものだなぁ。
 ヤマ場は、この夜中の次兵衛の姿。逃げ出そうとして高い着物を重ね着しては、いや、そんな酷い旦那ではなかろう、とまた着物を脱ぐ。しかし、また逃げようと着物を着る、の繰り返しは、師匠枝雀譲り。笑った。
 大旦那の次兵衛への話、旦那という言葉にまつわる栴檀と南縁草の話までが、勘違いかもしれないが短い気がした。時間調整もあったかな。
 染二の『菊江仏壇』の後だったこともあり、悪くはないのだが、全体に平坦だった印象。
 一席目に、本職(?)の歌手としてのライブを楽しんだから、良しとしよう。

 なお、『百年目』については、以前の記事で桂米二の本からの引用や、「内田樹の研究室」から、栴檀と南縁草のたとえに関する記事を紹介しているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年5月28日のブログ

 終演後に、山茶花さんと土山人で美味しい酒と蕎麦を味わったのは、前の記事で紹介した通り。

 同期会の有馬温泉への旅行に続き、初の繁昌亭を楽しむことができた。

 とにかく、染二の『菊江仏壇』が特筆ものだった。

 たまには、上方落語もいいなぁ、と痛感した夜。

 なお、繁昌亭に、この「よせぴっ」という落語会ガイドが置いてあり、無料でいただくことができた。
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 「東京かわら版」の上方版とも言えるが、手作り感のある案内誌。

 「よせなび」として、繁昌亭のみならず、お寺や飲食店などさまざまな会場での落語会情報が満載。凄い数だ。

 山茶花さんは、表紙の若旦那風のイラストが米団治とすぐに分かった。流石!

 「トピックス」欄には、その米団治が来年3月、「米朝まつり(仮)」を開催するというニュース。
 3月30日から三日間、ゆかりのサンケイホールブリーゼで5公演、朝日生命ホールで3公演とのこと。
 また、米朝とOSK時代に駒ひかるの芸名で活躍した奥さん中川絹子さんの夫婦の物語が大阪松竹座の2月公園で上演されるとのこと。

 裏表紙には、芸歴35周年の林家染二が、10月恒例の独演会で、「上方落語の女性の世界」をテーマにするとの案内。また、上方寄席囃子の功労者、林家とみさんの50回忌であることから、自分で寄席囃子を披露するらしい。
 そうか、染二は、いろんな落語に挑戦しているんだなぁ、『菊江仏壇』もそういう挑戦の一つか、と納得。
 10月の会のことは、染二のオフィシャルホームページで演目なども案内されている。
林家染二オフィシャルホームページ


 なお、「よせぴっ」のオフィシャルブログから、この情報誌のPDFがダウンロードできる。
「よせぴっ」公式ブログ

 ご興味のある方は、ぜひご覧のほどを。

 「よせぴっ」で、魅力的なプログラムが上方でもたくさん予定されていることを確認。
 東京に負けず劣らず、大阪の落語界がんばっていることが伝わってきた。

 また、来なきゃ!

by kogotokoubei | 2019-09-12 21:54 | 寄席・落語会 | Comments(10)
 一昨日の金曜、エアポケットのように時間ができたので、久しぶりに末広亭へ。
 都合で居続けはできないが、昼の部主任の歌る多の客演に、上方から露の都が出演することや、一之輔の名に魅かれた。

 正午少し過ぎに入場する。
 三遊亭歌扇の『桃太郎』の途中だった。

 椅子席は七割ほど、桟敷も三割位は埋まっていた。
 平日、なのに。
 最終的には、椅子席は満席で立ち見席もあり、仲入りでは二階も開いた。
 桟敷も八割くらいは入っただろうか。
 まだ夏休み中ということで、家族と一緒に小さな子供も何人か見かけられた。

 いつもの下手桟敷に席を確保。

 初めから聴くことのできた内容を、記す。

林家正楽 紙切り (12分、*12:10~)
 二楽の代演で、米粒写経と出番が代わった。こんな浅い時間では珍しい。
 ご挨拶代わりの「線香花火」の後、「ミッキーマウス」。三味線と太鼓のミッキーマーチが聞けるのはここだけ、と話しながら、見事なミッキー。次が、椅子席二列目に母親と一緒に来ていた小学生の女の子のリクエスト。なんと、「ジャガーがワニをつかまえるところ」というお題^^
 正楽も弱りながらも、しっかりした出来上がり。「夏休みの宿題で、自分で切ったといって出してください、エヘヘ」と笑わせる。
 最後は、上手桟敷の女性から「サグラダファミリア」のリクエスト。闘牛とサグラダファミリア(らしきもの、と正楽)で下がった。いつ見ても、流石の芸。

林家きく麿『寝かしつけ』(15分)
 小林旭の♪昔の名前で出ています、を歌ってから、この新作。
 友人から三歳の子供を寝かしつけできないと相談を受けた男。
 子守歌や昔話の本、歌などのアイデアを出すのだが、どれも難癖をつけられて拒否。 後半は、桃太郎と犬との、きびだんごをめぐる会話で盛り上げる。
 百栄の桃太郎ネタとは別な味わいで、なかなか楽しかった。
 
三遊亭歌奴『宮戸川』 (14分)
 マクラが、なかなか味のあるブラックで良かった。
 祖父祖母、両親の家族で生まれた赤ちゃん。生まれてからまったく泣かないし、言葉を発しない。一歳の誕生日に初めて発した言葉が「おじいちゃん」。おじいちゃん、喜ぶことしきり。しかし、翌朝、おじいちゃんが、ポックリと亡くなった。二歳の誕生日に「おばあちゃん」、三歳の誕生日に「おかあさん」と続き、やはり翌日亡くなる。さて四歳の誕生日に「おとうさん」と言ったので、父親は覚悟をきめたのだが・・・・・・。
 自分の余興の落語のマクラで使うために、少し詳しく書いた次第^^
 本編は、この人らしい丁寧で明るい高座。圓歌門下の、すでに中堅として存在感がますます出てきたように思う。
 島崎又玄の「木曽殿と背中合せの寒さかな」なんて句が登場するあたりも、渋い。

ストレート松浦 ジャグリング (10分)
 色物は、芸協のほうが総合的に上か、と思ってはいるが、この人や小猫などの芸に触れると、落語協会の色物の層が厚くなったなぁとも思う。
 中国独楽、踊る傘、お手玉の芸に、客席の子供たちも目を見張っていた。

 ここで、少しだけ空いていた椅子席が、ほぼ埋まった。

三遊亭萬窓『ぞろぞろ』 (13分)
 熱い夜、近くの学校のプールに忍び込んで、というマクラも、余興で使わせてもらおう^^
 本編は、落語の教科書のような、上下、所作、目線、表情のしっかりしたもので、上品でもある。若手は、こういう人の高座を手本にすると良いと思う。
 
橘家蔵之助『饅頭こわい』 (15分)
 「落語界の箸休め」とは、言いえて妙^^
 本編は、少し脚色を加えて爆笑ネタにしている。なるほど、箸休めか、と思いながら聴いていた。

米粒写経 漫才 (12分)
 居島一平のパワフルな芸、なかなかである。
 日中戦争に従軍した、日ロ戦争にも・・・というネタなどもなんとも可笑しい。

桂才賀『カラオケ刑務所』 (15分)
 元気な姿を見ることができるのは、嬉しいのだが、ここ数年、このネタ以外を聴いたことがない。
 また、以前も書いたのだが、この作品が落語協会が募集した新作落語台本の準優勝になったのは、2014年で、五年前。そろそろ「一昨年の準優勝」というのは、あらためましょう^^

柳家小団治『ぜんざい公社』 (13分)
 定番のマクラ、オリンピックはメダルにこだわらないで、「金でも銀でも銅でも鉄でもいい」、「鉄は錆びる」「いえ、オリンピックは参加(酸化)することに意義がある」というネタ、今日のテニスの後の飲み会で使わせていただきました^^
 この人とか蔵之助は、ある意味で、寄席に来たなぁと思わせてくれる。

ダーク広和 奇術 (15分)
 大きなガマ口のようなカバンを肩にかけて登場。道具は、その中の紐だけ。
 この人、実はとんでもない名人なのかなぁ、なんて思いながら見ていた。

三遊亭圓丈『金さん銀さん』 (15分)
 仲入りは、この人。
 いつものように尺台にカンペ(?)を置いての高座。
 リズムが悪く、また、時折カンペを見るのが、気になる。
 本編は、二年前2017年10月、浅草での二代目古今亭志ん五襲名披露で聴いているので、二度目だが、あの時ほど、熱田高校時代の逸話が盛り上がらなかったなぁ。
  あの日は、春風亭栄枝の『都々逸坊扇歌物語』が良かった。栄枝も元気だろうか。
2017年10月16日のブログ
 栄枝は、志ん朝と同じ昭和十三年生まれだが、圓丈は昭和十九年生まれ、まだ、若い。
 圓丈、元気な姿を見るだけで嬉しい、という噺家になるには、まだ早かろう。
 そろそろ尺台をとっぱらって、十八番の新作でぶっとぶ高座を、また魅せて欲しい。
 ここで、二階が開いた。
 平日でも、凄い入りであることにびっくり。
 一服して、後半に備える。

三遊亭美るく『半分垢』 (9分)
 クイツキは日替わりで主任歌る多の弟子の粋歌とこの人が務めている。
 初、だ。
 登場した時から、雰囲気は講釈師。
 噺も、そんな感じ。そっち系統のネタは、合うかもしれない。

江戸家小猫 動物物まね (14分)
 なるほど、国立演芸場の花形演芸賞大賞を受賞するだけの、芸だ。
 ここまでくれば、五代目猫八を襲名するのに、誰も反対はしないだろう。
 四代目の父は2016年3月21日に亡くなっている。
 七回忌、三年後あたりが、披露目になるような気がしている。
 
露の都『堪忍袋』 (17分)
 さぁ、お目当てだった、上方初、よって日本初の女流落語家の登場。
 五年前、横浜にぎわい座の上方落語の会、以来。
2014年2月16日のブログ
 そして、同じネタだった。
 しかし、実に良かった。マクラで「三十は超えました・・・嘘ついてすんませ~ん、四十を超えました・・・嘘ついてすんませ~ん・・・・・・」から、最近の加齢による(?)逸話をいくつか披露。トイレに入っている時に宅急便屋さんが来た時の一件は、とても東京の若手女流落語家には言えない(当り前か^^)内容。
 本編は、師匠の五郎兵衛というより、枝雀が描く上方の夫婦の会話のようで、なんとも楽しい。
 五年前の記事でも引用したが、上方の噺でよくお世話になる「世紀末亭」さんのサイトから引用。
「世紀末亭 上方落語メモ」の該当ページ
 ほんでなぁ、今、平兵衛はん言ぅてたあの「堪忍袋」早いこと縫え
 言わいでも縫ぅてます。ポンポン、ポンポン言ぃなはんな、ポンポンポンポン言わな、よぉもの言わんのか。昔のこと言ぅたろか、恥ずかしぃやろ、わたしの奉公先にあんたが出入りの大工として来てたときに、毎日弁当食べるときお茶入れたったら勘違いしやがって……人のおらんとこ無理矢理連れて行って「なぁ、一緒になってくれるやろ。ふんちゅうてくれ、ふぅんちゅえ、ふぅんちゅえ」子どもに糞さすみたいに「ふんふん」言ぃやがって。あのときあんた言ぅたやろ「体ひとつで来てくれたらえぇ」ちゅうて「お前が来てくれたら、なんもせんでえぇ。わしが何でもする、お前にケガされたらかなんさかい」来たら来たでなんにもせんと、ダラダラ・ダラダラして……、思い出したわ、あんたこれ言ぅたら顔赤こなるで、言ぅたろか「お前と一緒になれへんかったら、わしは死ぬ……」いぅて
 喧しぃわ、アホンダラ。早いこと堪忍袋縫えッ!
 縫ぅてます、縫ぅてます、今できたわ。これがちゃんと堪忍袋になってたら、わたしがズッと思てたことみな、こん中に入れてスッキリしたんねん、覚えとけ・・・・・・
 こういった会話が、都ならではのくすぐりを交えて楽しく続く。
 「なんであたしが歯磨きのチューブ後ろから絞って絞ってつこうてるのに、頭の方から出すんじゃ、アホー・・・エヘヘ」てな具合^^
 この噺、上方版のほうがサゲが鋭くブラックで、好きだ。
 なかなかええとこの嫁が「くそばばぁ、死ねぇ」とは大きな声で言えないだろうし、くたばりかかったその婆さんが、堪忍袋が破れて聞こえたその嫁の声を聞いて生き返る、なんて、落語らしくていいよね。
 名人上手の高座なら東西の言葉の壁がないことは、客席の爆笑で証明していた。
 この高座、今年のマイベスト十席候補とする。

春風亭一之輔『夏泥』 (15分)
 泥棒ネタは『鈴ケ森』を得意としていると思うが、私はこの人でこのネタは初めて。
 ちなみに、2012年の真打昇進披露興行の五十日間でのネタは、次の通り。
  5回(1):茶の湯
  4回(3):百川、子は鎹、粗忽の釘
  3回(4):欠伸指南、初天神、明烏、らくだ
  2回(6):短命(長命)、不動坊、長屋の花見、花見の仇討、青菜、藪入り
  1回(10):竹の水仙、雛鍔、くしゃみ講釈、鈴ケ森、蛙茶番、代脈、大山詣り、
      鰻の幇間、へっつい幽霊、五人廻し
 私が聴けたのは、末広亭の『雛鍔』と国立の『五人廻し』の二席。
 一之輔の良さはいろんな方が指摘しているが、古典落語の可笑しさの本筋を外さす、彼なりの現代的な感性を加えて自分のネタとして作り上げていることだと思う。
 「金は計画的に使えよ」という泥棒の科白や、「おかずが食べたい!」と叫ぶ一文なし男の絶叫などで客席を沸かせる。
 ますます独演会のチケットが取れなくなるなぁ、と思った高座、寄席の逸品賞候補として、色をつけておく。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (10分)
 久しぶり(私にとって)に三人で揃って登場。
 客席の小学生の女の子が喜ぶ顔が、こういう芸の重要性を裏付ける。

三遊亭歌る多『西行』 (30分 *~16:35)
 憧れの露の都(と、桂あやめの交替出演)が出てくれたことへの感謝の言葉から。
 東京落語界の女流落語家が二十一人になったとのこと。
 他の噺家さんと違って地噺を、とこのネタへ。
 西行がまだ佐藤兵衛尉義清という北面の武士であった時の逸話。
 帝に寵愛されていた染殿の内侍が、帝の代参で南禅寺に参詣した折り、蝶が舞う姿を見て、萩大納言が「蝶(丁)なれば二つか四つも舞うべきを 三つ舞うとは これは半なり」と詠んで短冊を内侍に渡した。
 この萩大納言は、以前に内侍に袖にされた男で、きっとその遺恨をはらすべく内侍に恥をかかせようとする企みに違いない。この時、内侍は丁半博打なんて知るはずもない。歌る多は、入門してこれも社会勉強と思い、嫌だったけど競馬競輪丁半博打をたしなんだ、と笑わせる。
 内侍が弱っているところに佐藤義清が「一羽にて千鳥といへる名もあれば 三羽舞うとも 蝶は蝶なり」と返歌で助け舟。これが、二人の出会い。
 堅苦しい宮中の生活からも逃れたいし、帝以外の男とも自由に遊びたい染殿の内侍。義清に「この世にては逢はず、あの世にても逢はず、三世過ぎて後、天に花咲き、地に実り、人間絶えし後、西方弥陀の浄土で我を待つべし、あなかしこ」という隠し文が届けた。四日目の夜中に西にある阿弥陀堂で待っているようにというナゾかけだ。義清は嬉しくて夜も眠れず、当日は早くから阿弥陀堂へ行って染殿を待つが、うかつにも居眠りをしてしまった。
 だいぶ遅れてやって来た内侍は鼻から提灯を出して眠っている義清を見て、「われならば鶏鳴くまでも待つものを 思はねばこそ まどろみにけり」と怒って帰ろうとする。義清は内侍の袖をとらえ、「宵は待ち夜中は恨み暁の夢にや見んとしばしまどろむ」と返歌し、内侍の機嫌も直って、二人は逢瀬を楽しんだ。
 帰り際に義清が内侍の袖をつかんで、「またの逢瀬は」と問うと、「義清、阿漕(あこぎ)であろう」と袖を振り払って帰ってしまった。
 ところどころ、歌る多らしいクスグリが入るのはもちろん。
 内侍が義清が寝てしまっているところを見て、現代の若いおねぇちゃんなら、などなど。
 さげてから「師匠圓歌から唯一教わったネタ、本日は月命日でございます」と聞いて、少し目頭が熱くなった。
 時間のせいもあるだろう、「あこぎ」の説明などは割愛したが、なかなかの高座。

 ちなみに、白洲正子さんが著書『西行』で、西行に「あこぎ」と言ったのは染殿の内侍ではなく、待賢門院ではないかと推理していることは、以前紹介しているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2018年5月27日のブログ
2018年5月28日のブログ

 
 野暮用のため夜の部は断念し帰った。
 ともかく、露の都が光った。私より少しだけ年下だが、学年は同じ。元気をもらった。

 ああいう上方の女流の高座は、可愛いい、なんてもてはやされている東京の若手女流落語家に、ぜひ見習ってもらいたいものだ。

 やはり、寄席はいいね。

by kogotokoubei | 2019-08-25 17:36 | 寄席・落語会 | Comments(8)
 6日、直行直帰の仕事と重なるという僥倖により、行くことができた会。

 通算十回目の、最終回とのこと。

 受付でいただいたプログラムに、これまでの演目と主催の時期が記載されている。
 2008年から2013年までは東京音協主催、いったんお休みをして、2016年から東京音協で担当されていた五十嵐さんが独立されて「いがぐみ」の主催。
 
 これまで三度行くことができた。

 震災の直前、2011年3月の第四回が最初。池袋開催。
 翌2012年3月の第五回、そして、2013年3月の第六回が国立。

 あら、全部3月開催だ。だから、副題は「弥生の独り看板」だった。
2011年3月2日のブログ
2012年3月28日のブログ
2013年3月26日のブログ

 ということは、全て東京音協の主催だった。

 それぞれの三席は次の通り。

 2011年3月第四回 『盃の殿様』(花)・ 『夢金』(雪)・ 『景清』(月)
 2012年3月第五回 『花見小僧』(花)・『刀屋』(月)・『しじみ売り』 (雪)
 2013年3月第六回 『崇徳院』 (花)・『ねぎまの殿様』(雪) ・『佃祭り』(月)
 
 記憶は相当あやしくなってはきているが、当時のブログを読み直して、甦ってくる。

 ともかく、すべての会の後味が良かった。

 まだ、関内の会に行き始める前に、柳家小満んという噺家さんの魅力を知った会、ともいえる。
 ちなみに関内の会に最初に行ったのは、2014(平成二十六)年七月の第123回からだ。

 コンビニでお茶とおにぎりを買って会場に開演の20分前ほどに到着し、二階のロビーに行くと、佐平次さんと遭遇。
 居残り会のことをお聞きすると、さすがの大将、しっかりリサーチ済み^^

 会場に入る。
 最終的に、三百人の会場に六割ほどかな。

 出演順に感想などを記す。

三遊亭歌つを『新聞記事』 (15分 *19:00~)
 開口一番は、初めてかな、と思ったが五月の四代目圓歌披露で同じ会場で『牛ほめ』を聴いた前座さん。
 落語協会のHPのプロフィールによると、2017(平成29)年3月三遊亭歌奴に入門、2018(平成30)年1月21日前座となる。前座名「歌つを」、とのこと。
 白酒が「待機児童」と呼んでいた見習い期間が、結構長かったということか。
 五月の記事でも、そのキンキンする高音のことを書いたいたが、やはり気になる。
 高座全体は、そう悪くない。経験を積めば、また声の調子も変わってくるだろう。
 
柳家小満ん『花見心中』 (26分)
 まくらで、夕顔の絵から、木下長嘯子の「夕顔の咲ける軒端の下涼み 男はててれ女(め)はふたの物」のことを説く。この歌のこと、後で調べて分ったのだが、もう少しふくらませて欲しかった気がする。日本への外国人旅行者のことから、京都から江戸(東京)へ来た、善次郎という人物のことへ。
 これが、「花」のお噺で、なんとも珍しいネタ。
 (1)慶応から明治に変わる幕末維新の混乱期、京都の善次郎は、重兵衛という
   知り合いをたどって、江戸に出てきた。しかし重兵衛は、所帯をたたんで、
   国に戻ってしまった後。重兵衛の世話人という男、安田が面倒を見てくれて、
   江戸に残って呉服商を営んでみたもののうまくいかず、安田さんに何度も借金を
   頼みに行き、ついに「豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ」と見放された。
 (2)落胆した善次郎、首をつろうと向島の土手の桜の木の下へ。さぁ、と決心した
   矢先、枕橋の方から若い男女がやって来たので、逃げるように木に登った。
   その二人、若旦那と使用人の女のようで、この世で添い遂げられないのなら、
   と心中の相談。緋毛氈を広げ、傘を開き、心中の始末をする人に迷惑がかかるからと、
   十両の金を用意して、いざ、という時、善次郎は木から落ちてしまう。
 (3)心中直前のふたりは驚いて逃げ出し、その場に残った十両の金を、善次郎はつい拝借。
   大家に相談はしたものの明治の混乱の江戸であり、届け出ても無駄だとその中から家賃を
   払って借金を返し、残った金を元手に再び呉服の商いを始めた。
   今度は、商売もは順調に進み、一緒に住む母親も不自由させることはなかった。
 (4)七年が過ぎたある日、店にやって来た夫婦者が、なんと、あの時の二人。
   善次郎は、残してくれた十両の金のおかげで店をここまでにすることができたと
   「命の親」とお礼するが、一方の心中夫婦も、あのとき逃げたおかげで、
   すぐに家族に見つかってしまい、結果として親の許しを得て夫婦になることができた、
   あなたさまこそ命の親でございます。三人が口をそろえて、「命の親」「命の親」と
   繰り返しているところへ奥から出てきた善次郎の母が、「善次郎の親は私です」
   というのが、サゲ。

 なんとも珍しいネタで、もちろん(?)初。お初は嬉しいのだが、それほど楽しめなかった。

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 居残り会で、たまたまカバンの中に横浜の会の千秋楽でいただいた演目一覧を自分でエクセルで表にしたプリントアウトを入れてあったので、ざっと見たが、このネタはなさそうだった。

 しかし、目でざっと探すなんでこたぁ、あてにならない。なんと後で表を検索してみたら、平成二十五(2013)年三月の第115回で、演じていた。

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 私が行き始める前・・・だ。
 あの、四代目橘家圓喬の持ちネタにあるらしいが、当代では、小満んだけではなかろうか。

柳家小満ん『大仏餅』 (17分)
 いったん下がってから、すぐ再登場。
 秀吉の金ピカ大仏など、大仏のマクラから、最初の師匠の最後の演目としてあまりにも有名な、このネタへ。
 とにかく、神谷幸右衛門の名が出て来て、良かった^^
 サゲは、目から鼻ではなく、工夫されていた。さすが。
 この噺は、関内のリストには、ねぜか見当たらない。お江戸日本橋亭では昨年演じているようだ。
 いろんな意味で、特別な噺なのだろう。

 ここで、仲入り。

柳家小満ん『名月若松城』 (46分 *~21:00)
 三席目は、講釈ネタ。
 蒲生氏郷と家来の西村権四郎との逸話を主とした内容。氏郷といえば、妻は信長の娘、冬姫。葉室麟の『冬姫』を思い出すなぁ。
 天下統一を目前にした秀吉だが、島津との戦い、九州征伐で豊前国・岩石城(がんじゃくじょう)の攻略に苦労する。氏郷は自ら城へ攻め込むのだが敵の弾が乗っていた馬に当たり落馬。門から出てきた島津の軍勢に取り囲まれ、さすがの氏郷ももはやこれまでかと覚悟を決める。その時、救いに来たのが西村権四郎。敵兵を討ち倒し、そのおかげで氏郷は窮地を脱した。秀吉勢は体制を整えなおし、岩石城は落城。
 氏郷は伊勢松阪三十万石の城主となる。ところが自分を助けてくれ権四郎には何も恩賞を与えない。
 一年経って八月十五日、月見の宴。ということで、しっかり「月」の噺。無礼講の席で氏郷は、岩石城での戦いの思い出話をするのだが、権四郎に助けられたことには、まったく触れない。権四郎は酒の勢いもあって氏郷と言い争いになる。氏郷の提案で相撲で決着をつけることになるのだが、忖度などしない権四郎は、氏郷を投げ飛ばす。権四郎は殿様の愚かを嘆き、門番に悪態をついて、松阪の城を出て行ってしまう。思い直した氏郷が権四郎を捜させるが、見つからない。
 そして、数年後、氏郷が移った会津若松城での月見の宴。氏郷の前に現れたのが・・・という後半は割愛。
 こちらも、関内のネタ一覧を検索すると、あった。

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 平成二十四(2012)年九月の第112回。まだ、行き始める前。
 八代目正蔵の音源があるようだ。
 小満ん、この長講では、途中の言いよどみも気になり、なかなか楽しめなかったのが、残念。


 珍しいネタ、そして、愛でたい「雪」「月」「花」での締めくくりということはできるが、少し、ご本人に気負いがあったような気もする。


 さて、あまり高座で笑えなかったのだが、終演後の居残り会では、佐平次さんが目をつけていた、会場近くに最近できた炉端焼き屋さんで、五人の居残りメンバーが、若い店員さんの言葉などに、大いに笑わされた。
 「焼き場ですから」「切り刻みます」「おれ、焼きます」などなど、焼き場担当の“なかじ”は、なかなか愛されるキャラクター。
 ということで、シマホッケなどを楽しみ、落語の話も肴に閉店までいれば、もちろん帰宅は日付変更線を超えたのでありました。  
by kogotokoubei | 2019-08-08 08:59 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 二週続いて、昨日も雨でテニスが休み。

 そうなると、落語の虫がうずうずする。

 上野広小路亭、南なんが主任の席にも食指が動いたが、久しぶりに志ん輔を聴きに鈴本へ。
 
 この人のことで気になっていたこともあった。

 帰りがけに撮った、幟。
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 客席は、最終的に、七割ほどだったか。
 日曜であることを考えると、若干雨の影響もあったかと思う。
 とはいえ、鈴本の席数は三百近い。末広亭なら一階は満席で二階を空ける人数。池袋なら、立ち見でも全員は入れない^^

 久しぶりの鈴本だが、ご通家さん割合が低い印象。
 四~五名のお仲間が多く、その方たちの大半が、寄席体験の浅い方だったように察する。
 噺家さんが上手から顔を出しても、なかなか拍手が起こらない、不思議な空間だった。

 さて、出演順に感想などを記す。

柳亭市松『道灌』 (14分 *12:16~)
 初。市馬門下、その後も増えてるねぇ。見た目はサッパリと清潔感があって悪くはない。ただし、落研の落語を聴いている印象。昨年から前座修行開始では、しょうがないか。

古今亭志ん松『近日息子』 (15分)
 始との交互出演。この人は、『不精床』に出会うことが多く、犬好きの身にはあまり笑えないのだが、この日はこの噺。
 悪くはないが、途中気になる科白でひっかかる。
 息子が気を回して医者が来た際、父親が「お医者さまではないですか」と言うのは不自然。「○○先生ではないですか」と名を言うか、「先生じゃないですか」でよいのではないかな。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (14分)
 親子で登場。近くでお仲間数人でいらっっしゃったお客様が、初めて見ると思しく、さかんに「ほう!」「へぇ!」「凄い!」などと小さな声で歓声。
 私も最初に見た時は、心の中でそう思っていたはず。だんだん、嫌な寄席の客になってきたかもしれない^^

鈴々舎馬風 漫談 (15分)
 定番に時事ネタを交えた漫談だった。
 「ゴーンといえば、鐘(金)はつきもの」は、私の落語のマクラでいただこう^^
 今年の師走で、この人も小三治も満八十歳。そろそろ、元気な姿を見ることができるだけで嬉しい、という噺家さんになりつつある。

古今亭菊志ん『だくだく』 (14分)
 やはり、この人はいい。先月国立で聴いた『野ざらし』も良かったが、こういう掛け合いの多いネタは、持ち味のスピード感、リズムの良さが生きる。というか、この人で、ハズレたことがない。
 菊朗時代から注目していたが、豊富な陣容を誇る圓菊一門でも、決して、兄弟子や弟弟子に負けない実力者だと思う。

すず風にゃん子・金魚 漫才 (11分)
 金魚、頭の上は、もちろん、七夕。
 定番ネタだが、そろそろ聴いていて辛くなってきた。
 
金原亭伯楽『猫の皿』 (16分)
 四月に末広亭で聴いたネタ。マクラの志ん生の思い出も、ほぼ同じ。となると、少し眠くなってしまった。それだけ、語り口が柔らかい、ということでしょう。

三遊亭歌奴『佐野山』 (13分)
 一之輔の代演。なんと、ワイヤレスマイクを持参し、国技館の館内放送の声色を披露。へぇ、あれって行司さんがやるんだ。呼び出しの声、市馬よりいいんじゃないか^^
 途中で携帯が鳴ったが、びくともせず客席から笑いをとる。
 人によって設定や相撲の決まり手が違うが、歌奴は、病気なのは佐野山の父親、決まり手は、谷風の勇み足にしていた。実に、楽しい高座。

ぺぺ桜井 ギター漫談 (14分)
 昭和10年生まれだから、今年84歳。
 元気な姿を拝めるだけで、嬉しい。ギターの出来栄えは、二の次^^

古今亭文菊『長短』 (16分) 
 仲入りは、久しぶりのこの人。いつもながらの、青々とした頭。
 マクラのオカマちっくな語り口は、いつからなのだろう。あまり、感心しない。
 本編、長さんでこれだけドスの利いた語り口は初めて。話しぶりではなく、動作や程よい間で、長さんの気の長さを造形していたが、これは、生で見なけりゃその良さが分からない。短七さんの気の短い江戸っ子ぶりとの演じ分けも見事。やはり、この人は達者だ。
 ネタが良かっただけに、マクラが残念だ。以前は、落語は弱い芸で、という内容が中心だったように思う。
 この人なら、その時々のニュースも取り入れてどうにでもマクラにできるはず。男前で落語家らしくない、なんて気障を演じる必要はなかろう。
 ネタに登場する江戸っ子との対照を考えた演出なのかもしれないが、私は、あまり楽しくなかった。師匠亡き今、周囲に忠告する人はいないのだろうか。

 エレベーターで一階におり、喫煙室で休憩。

 さて、後半。

松旭斎美智・美登 奇術 (13分)
 ハワイアンをBGMに、小さな傘の芸から紐。定番のキャンディーの後に、時計とパン。
 近くの団体さんから、さかんに「へぇーっ!」「すごい!」の歓声。

桂才賀『カラオケ刑務所』 (15分)
 ここ数年、このネタ以外を聴いたことがない。
 気になるのは、この作品が落語協会が募集した新作落語台本の準優勝になったのは、2014年で、五年前。そろそろ「一昨年の準優勝」というのは、あらためましょう^^

林家正蔵『お菊の皿』 (15分)
 『味噌豆』以外のネタは、久しぶり。
 マクラで、八代目正蔵が、怪談ばなしの勉強会を開いてくれた、という話は知らなかった。声の強弱などのメリハリのある高座で、そう悪くはない。「やればできるじゃないの」という印象。とはいえ、香盤からは当り前とも言える。副会長、だしね。

林家二楽 紙切り (13分)
 ご挨拶代わりの「桃太郎」から「七夕」「赤鬼と青鬼」。
 最後のお題で、信号機を使って赤と青を切り分けた機転に拍手^^

古今亭志ん輔『唐茄子屋政談』 (35分 *~16:35)
 昨年も、雨でテニスが休みになり行くことのできた、龍志との二人会以来だ。
 今年二月の国立での名人会で『中村仲蔵』をお聴きになった居残り会メンバーの酷評を耳にしていたので、気になっていた。
 結論から言うと、不安は払拭された。
 時間の関係もあるだろう、徳が吉原田圃で「唐茄子や~でござい」の掛け声を稽古しながら、つい吉原の花魁との蜜月を回想する場面でサゲたが、良かった。
 なかでも、叔父さん夫婦が良い。吾妻橋で身投げをしようとした徳を助けて叔父さんが本所の家に帰ってくる。叔母さんは、徳が臭うのだろう、袖で顔を隠す。このあたり、なるほどと思わせる所作だ。
 心を鬼にして徳を鍛えなおそうとする叔父さん、徳が不憫でならない叔母さん。唐茄子を担いで売りに行かせる直前のやりとりで、目頭が熱くなった。
 徳が着替えてからの姿は、叔父さんの言葉が描写する。煤掃きで着たはんてん、大山に行く時の笠。「股引の膝が破けてる・・・そのほうが風通しがよくっていいや」「あとは足袋だ、白足袋と黒足袋が片っぽずつ・・・まぁ、いいや、色どりがよくって」
 そんな格好で外を歩いて、知っている人に会ったら・・・と腰が引ける徳。「嫌ならやめろ。とっとと出て行け」と叔父さん。その叔父さんをなだめようとし、徳に謝れと言う叔母さん。
 徳が子ども時分に、叔父さん夫婦に可愛がられたことが察せられる。子どものいないような叔父さん夫婦に、徳は自分たちの子どものように思えていたことが、この場面でしっかり伝わってくる。
 やっと、ふんぎりがつき、荷を背負い唐茄子を売りに出かけた徳だが、汗が目に入り、石につまづいて転んだ田原町。
 もちろん、あの人のいいお兄さんも健在だ。
 このお兄さん、私が好きな落語の登場人物のベスト3に入るなぁ。
 さて、荷が軽くなってからの徳。吉原田圃の回想場面で、花魁と鍋をつついた思い出も、志ん生のように夏の雨の日ではない。かといって師匠のような季節の明確ではない雨でもなく、はっきりと冬の雪の日に設定。花魁の舌の先で、しらたきが結ばれるのも、抜かさない。
 口ずさむのは、小唄♪のびあがり。これは、志ん生の♪薄墨を、師匠志ん朝が変えている形の継承。なかなか結構な一節を披露。
 特徴でもあるが、場合によっては障りにもなる独特の長い間はほとんど挟まず、リズムに乗った一席。とはいえ、人物描写は、決して軽くはない。
 今年のマイベスト十席候補とする。

 
 外はまだ雨。

 このところ、三度、雨の恵みでの落語だ。
 
 さて、徳の叔父さんの住いは、本所達磨横町。
 ここは、『文七元結』の左官の長兵衛さんの住んでいる場所でもある。
 昨年、しばしばお世話になるサイト、「はなしの名どころ」の管理人さん田中敦さんの著作『落語と歩く』から、達磨横町のことを紹介した。
2018年4月6日のブログ

 せっかくなので(?)、再度ご紹介。

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田中敦著『落語と歩く』(岩波新書)

 「第3章 まだ見ぬ落語をたずねて」の「失われた地名」から。

 本所達磨横町は、二席の落語にとって、とても大事な地名です。「文七元結」の長兵衛親方の住まい、「唐茄子屋政談」の酸いも甘いもかみ分けた叔父さんの家が、達磨横町にあります。昭和五十八年(1983)に、江戸本所郷土史研究会が墨田区東駒形一丁目に木製の立て札を建てています。区画整理によって道筋が変わっていますので、多少場所はずれているようですが、本当にありがたいことです。写真では文字が見えませんので、一部を引用します。

    旧本所達磨横町の由来

  江戸時代から関東大震災後の区劃整理まで此の辺りを本所表町番場町と謂い
  紙製の達磨を座職(座って仕事をする)で作っていた家が多かったので、
  番場では座禅で達磨出来るとこ と川柳で詠まれ有名であり天保十年(1839)
  葛飾北斎(画家)が八十一歳で達磨横町で火災に遭ったと謂われる。
  初代三遊亭円朝口演の「人情噺 文七元結」は六代目尾上菊五郎丈の当り
  狂言で(中略:文七元結の梗概)文七とお久は偕白髪まで仲良く添い遂げた
  と謂う。(後略)

 風情ある立て札でしたが、墨色は次第にあせてきており、ついには木札が朽ちてしまったのでしょうか。今は、区の教育委員会が建てた将棋の木村義雄名人の生誕地を示す金属製のプレートに置きかわっています。

 本書には、「旧本所達磨横町の由来」の立て札の写真も掲載されている。

 さすがに、終演後に本所に立ち寄ることはせず、帰って一杯やりながら、「いだてん」を観た。
 いいじゃないの、視聴率なんて関係ないよ。
 今後、若き志ん生と田畑政治をどうからませるのか、楽しみだ。
 つい、うとうとして、早めの就寝。
 ということで、やはり、その日のうちには書き終えることができなかったのであった。

 ところで、志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」では、6日土曜に『唐茄子屋政談』にしようかな、と思いながらも客席を見て、もっと楽しいネタということで『お見立て』をかけ、昨日は、終演後に、昨日のような日は別のネタにすべきで唐茄子屋は選択ミスだった、なんて書いている。
「志ん輔日々是凡日」
 さて、昨日、どんなネタにすべきと思っていたものやら。

 彼のブログ、いろいろ謎かけをしてくれるんだよね。

 まぁ、そんなところも、志ん輔らしさかな。
 

by kogotokoubei | 2019-07-08 12:57 | 寄席・落語会 | Comments(12)
 昨日、雨で日曜恒例のテニスは中止。

 国立演芸場に電話したが、「円朝に挑む」のチケットは完売、とのこと。

 北海道の帰省で思った以上に歩いたため、やや下半身に疲労が残っており(トシだなぁ^^)、末広亭の居続けは断念。

 木戸銭二千円で三時間という程よい寄席、池袋下席の昼の部を確認すると、昨年真打に昇進した花ん謝改め勧之助が主任の楽日。

 さがみはら若手落語家選手権で彼が優勝した場に居合わせた縁もあり、池袋へ向った。

 雨は止んでいた。

 少し早めに着いて、喫茶店へ。
 隼町のつもりでバッグに入れておいた、森まゆみさんの『円朝ざんまい』を再読。
 これが、やはり面白い。

 その後、やたらと量の多いツケ麺で昼食。中盛り・大盛りサービスとのことで「中」にしたのだが、普通の大盛りだ。
 重たいお腹で演芸場へ。

 出足が遅かったが、最終的には八割程度の入りになった。

 出演順に感想などを記す。

林家八楽『からぬけ』 (15分 *13:46~)
 初。後で調べると、二楽の弟子。ということは、将来は紙切りになるための修行の一環としての落語・・・・・・。
 親子の馬鹿から与太郎の酒の粕、そして、からぬけへ。
 よく覚えていないせいかどうか、あまりに無駄な間があり、体がむずむずするが、もし、紙切りになるのなら小言を書くのも大人気ないか。

春風亭一猿『鮑のし』 (20分)
 この後の寿伴と同じ五月下席から二ツ目昇進。
 勧之助が主任の芝居の楽日なら、一猿と寿伴も二ツ目昇進披露の大千秋楽、ということになる。
 昨年の、さがみはら若手落語家選手権での開口一番(『一目あがり』)以来。それ以前にも小満んの会の開口一番や末広亭で聴いているが、一朝門下で順調に育っている、という印象。

柳家寿伴『清書無筆』 (13分)
 ほぼ一年前の末広亭の開口一番で『真田小僧』を聴いて以来。小満んの会では、『饅頭怖い』のサゲあたりを聴いたかな。
 『真田小僧』でも、金坊が按摩さんの口真似をするなど、なかなか可笑しいクスグリがあったが、こういうネタは、持ち味が生きると思う。
 子ども「宿題は地理だよ」->父親「チリなら任せとけ、テッチリに鯛チリ」とか、子ども「次に歴史」->父親「轢かれたか?」などで客席から程よい笑い。
 ご贔屓のお客さんも少なくなかったようだが、定席四つの披露目の楽日、日曜でもあるから駆けつけてくれたのだろう。
 一猿もこの人も、この日のことを、忘れず、精進してもらいましょう。

台所おさん『猫と金魚』 (14分)
 主任の勧之助の兄弟子で、この二人が花緑門下の真打。二ツ目も大勢いるが、花緑は祖父と同様、弟子を多くとる方針なのかもしれない。
 しかし、弟子の主任の席に師匠がスケで出ないのは、ちと寂しい。
 さて、この人の高座、なんとも楽しかった。
 使用人の峰吉が、金魚を飲む芸があるというのは、オリジナルかな。
 番頭の天然ぶりで大爆笑。
 主人「猫にとって、屋根は庭のようなもの」
 番頭「・・・屋根は、屋根ではないでしょうか。もし、飲みに行って女の子の
    膝に手を置いて『やーねー!』というのは屋根じゃないですが」
 なんてクスグリも、妙に可笑しい。
 見た目、語り口、ともかく個性的な噺家さんで、勧之助とこの人、好対照な兄弟弟子である。

ニックス 漫才 (14分)
 15日の国立とこの日、今月行けた寄席で、二度とも出演。
 コンビを組んで21年、同期にサンドウィッチマン、森三中、というのは定番だが、姉の年齢を暴露するのは珍しいかもしれない。
 聴き始めた頃は、抵抗感のあった不思議な「間」が、妹の「そうでしたかぁ」の科白で埋めることで、リズムが悪くなるのを改善している。だんだん、面白くなってきた。

柳亭小燕枝『長短』 (15分)
 15日の国立では、『家見舞』が前に出ているのに『禁酒番屋』を演じ、この人らしくないネタ選びに苦言を呈したが、この高座は、本領発揮だ。
 師匠小さんの十八番目の弟子と語る。へぇ、この人でさえ、そんな順番か、と驚く。
 その師匠が短気でよく殴られた、たまに剣道の竹刀も飛んできた。一方、大の親友の三代目三木助は気の長い人で、と本編へふさわしいマクラ。
 長さんが短七さんからもらった菓子が不味く、それは長さんの奥さん(お母さん?)からもらったものだった、というのは初めて聴いたと思う。
 長さんが、短七に煙草の火のことを話す前に、「端切れはあるかい?」と聞くが、最近ではこの一言を入れない人も多い。必要だよねぇ。
 こういう高座に出会うと、やはり、この人はいいなぇ、と思う。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておく。

三遊亭円丈『強情灸』 (20分) 
 仲入りはこの人。
 釈台はあったが、途中で「邪魔だ!」と外す^^
 まさか、この人で古典を聴くとは思わなかった。
 マクラでは、寄席の中でも池袋が一番好きで、この空間が落語家と育てると語る。改装前の総ベニヤづくりの真っ黄色のテケツが、なんとも言えなかったで客席大爆笑。
 この人だから、もちろん独自のクスグリはあって、もぐさの周りに海苔を巻いて、「もぐさの軍艦巻きだ」とか、八百屋お七は八百屋のセブンちゃんだったりするが、基本は崩していない。石川五右衛門の辞世「浜の真砂は尽きぬとも」の後半を忘れたのはご愛嬌。なかなか得がたい高座だったと思う。

 
 なんと、池袋の喫煙所が、個室(?)になっていた。
 あの、楽屋前のソファーに座っての一服が好きだったのだが、これも時代の趨勢か。
 寿伴が来場してくれたご贔屓の皆さんに挨拶していた。その笑顔には、二ツ目昇進披露が無事終了した安堵感が溢れていた。

 さて、後半。

柳家小平太『壷算』 (15分)
 昨秋、勧之助と同時に真打に昇進し、さん若から改名した人だが、実は初。
 2003年入門者は多く、彼や勧之助、文菊たちは十人でTENというユニットを作っていたが、その頃、聞き逃していたなぁ。
 同期の勧之助が主任に抜擢されたことについて「二割は嬉しいが、八割は口惜しい」という言葉は、本音だろう。その口惜しさが、大事なのだよ。
 本編は、なかなかのもので、明るくリズムが良い。勧之助とは持ち味が違うが、今後も聴きたくさせる好高座。

柳家小さん『親子酒』 (13分)
 ほぼ一年ぶり。同じ池袋で『二人旅』を聴いている。
 “三語楼”と思えば、なかなか味わいのある高座、と言えるのだ。

ストレート松浦 ジャグリング (13分)
 お手玉、中国独楽、傘、そして皿回しでおめでたく勧之助につなぐ。
 もはや、名人芸と言ってよいでしょう。

柳家勧之助『中村仲蔵』 (35分 *~17:10) 
 同期の小平太が十日間違うネタで勝負していると言っていたので、何を演るか楽しみではあったが、まさここの噺とは。
 マクラで、歌舞伎役者の身分を語りだした時、椅子に深く座っていた私が、姿勢を正したくらいである。
 下立役を稲荷町と言ったのは、連中の部屋がお稲荷様の下にあったからとか、芝居の座にいたなりだからとも言われる、なども含くマクラは、師匠譲りなのだろうが、その下敷きになっているのは、間違いなく八代目正蔵の型だろう。
 驚いたのは、若いわりに、四代目団十郎、仲蔵の師匠の伝九郎を、しっかり演じ分けていたこと。本来の声はやや高めなのだが、年齢とその役柄相応の語り口、仕草で魅せてくれる。
 女房のおきしも、良い。三代目仲蔵の名随筆『手前味噌』では、初代が五段目の定九郎一役でも断らず役作りに励んだのは本人の意思、ということになっているが、勧之助、正蔵と同様に、女房の助言と励ましが仲蔵を奮起させた、としていた。
 この部分、「女は強い」「女房は、偉い」と声高に叫ぶあたりは、なにか私生活を思い出したか^^
 仲蔵、きっと自分に期待しての定九郎一役、とは思ったものの、なかなか良い工夫ができず、妙見様へ願掛け。その満願の日、雨やどりに入った蕎麦屋で仲蔵が出会う旗本が、三村伸次郎と名乗るのも、正蔵と同じ。
 せっかくの工夫も、弁当幕の客から反応がなく、皆「うー」と唸ったままなので、「こりゃ、演り損なった」と思いながらも、これが最後の舞台と思い、最後まで演じきる場面は、時間のせいもあろう、やや割愛気味だったが、この噺の持ち味は充分に伝わる。
 そして、上方へ旅立とうとする途中の日本橋の魚河岸で、思わぬ会話を耳にする。
 「五段目の仲蔵、良かったねぇ。家老の倅があんなナリで山賊になってるのぁおかしいと思ったが、仲蔵、ものの見事に絵解きをしてくれたよ」と、五段目だけで帰って来たという。
「ああ、ありがたい・・・・・・広い世間にたった一人、おいらの定九郎を買ってくれたお客さまがいる。このことを女房の置き土産にして、上方へ」と思っているところに、おきしがやって来た。師匠伝九郎が呼んでいるとのことで、そのまま仲蔵、師匠の元へ。
 この場面は、本来は家に帰ると師匠の使いが来ていたという設定の時間短縮だったのかもしれない。
 サゲは、師匠譲りなのだろう、円生の型でも正蔵の型でもなく、「弁当幕」を生かしたもの。
 主任の楽日、抜擢に恥じない見事な高座。
 拍手はしばらく鳴り止まなかった。
 その丁寧な語り口、登場人物の演じ分け。笑いをとる場面と聴かせる場面の緩急。間の良さ。決して、中堅真打にひけをとらないものだった。
 この高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 ハズレはほとんどなかったし、勧之助という、とんでもない発見をしたような高揚した気分で、外に出ると、小ぶりの雨。
 
 この雨に、感謝だなぁ。

 帰宅して、2016年の「さがみはら若手落語家選手権・本選会」の記事を読み返してみた。
2016年3月14日のブログ
 当時の花ん謝の高座について、こう書いていた。
柳家花ん謝『妾馬』 (25分)
 初、である。拙ブログにいただいたコメントで高く評価をされていた方がいて、楽しみにしていた人だ。
 「ここからは、古典落語をお楽しみください」と言って、マクラも短く本編へ。
 たしかに、前半三人は古典にしても改作が施されていて、三作とも新作の趣きだったので、この後の二人の高座は楽しみだった。
 ほとんど無駄なクスグリもなく、本来の噺をしっかり演じた、という印象。
 しかし、お客さんは本来の噺の筋でもしっかり笑ってくれていた。会場の雰囲気にも助けられたように思うが、無理に笑わせようとせずに笑いをとっていた技量は高いものがある。
 八五郎が、自分の孫なのに抱くこともできない、と母親の言葉を妹つるに伝える場面で、三太夫がもらい泣きするという演出を挟んだが、それもわざとらしさがなく好印象。
 この後、八五郎が殿様に召し抱えられたことを地で語ってサゲ。
 好印象で、私の採点は、8。

 私は、志ん吉の『片棒』に投票したのだが、結果は、花ん謝が優勝。
 さがみはらのお客さん、目が肥えている^^
 今後、古典をしっかり演じてくれる若手の有望格と言って良いだろう。

 昨夜は、一杯やりながら「いだてん」に笑いころげていたら、とても記事を書き終えることはできなかったのであった。

by kogotokoubei | 2019-07-01 12:58 | 寄席・落語会 | Comments(6)
 昨日は、雨で日曜恒例のテニスが休み。

 ということで、事前に電話して空席ありを確認し、むかし家今松が主任の国立へ。
 九月の独演会は、大学同期との旅行に重なり行けないので、なんとか行きたかったのだ。雨のおかげだ。
 
 とはいえ、今思うと、出かける時にはほとんど雨が止んでいたのが、吉兆だったかな。

 演芸場の前には、開場40周年の幟。

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 演芸資料館では、40周年記念のさまざまな懐かしい資料の展示があった。
 撮影禁止で、ご紹介できないのが、残念。

 国立演芸場開場40周年記念「国立演芸場40年の歩み」は、7月21日まで開催とのこと。
国立演芸場サイトの該当ページ

 電話で確認した通り、たしかに当日券があった。

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 5月15日の四代目圓歌襲名披露興行では、当日券なしで満席だったことを思い出す。

 先にチケットを確保。なんと4列目の中央当りの席がポカっと空いていた。
 近くで、昼食をとって、会場へ。

 入りは、五割ほどだったろうか。
 雨とはいえ、日曜の昼席であることを考えると、なんとも寂しい。

 私の席の近くに、どこかの学校の同窓会を兼ねてお集まりになったと思しき団体さん。 
 今松にご縁のある人たちか。
 松戸出身で昭和20年生れの今松。年齢も近いような気がする。違うかもしれない。
 終演後は、どこかで食事会なのだろう。落語会で集合なんて、なかなか洒落た同窓会ではないか。

 さて、開口一番から順に、感想などを記す。

柳家小ごと『道具屋』 (13分 *12;46~)
 初。一琴の弟子。だから、小三治の孫弟子。
 丸顔でやや太った姿に、やなぎの前座時代(さん坊)を前座の時に聴いた頃を思い出した。
 やや怖い見た目なのは、緊張のせいもあるか。
 与太郎が、鼠の山葵おろしでの退治の仕方や、鯉の捕獲方法を叔父さんに伝授する場面を含め、なかなかしっかりした高座で、今後も期待したい。

初音家左吉『家見舞』 (17分)
 九月の真打昇進が近づいてきた。髪型は、いつものように、しん平に似たリーゼント的。結構、スタイルには執着しているのだろう。
 高座のほうは、二ツ目としては水準は超えていると思うが、どうも後味が悪い。
 兄ぃの家に着く前に、やはり、この甕は洗って欲しい。運んでいきなり水を張ってはいけないでしょう^^
 たとえば、この日の主任の今松のこの噺は、実に楽しいし、後味も良い。見習って欲しいものだ。
 また、この人は、どんんば噺を自分の“売り”にしていこうとしているのだろう。
 何度か聴いているが、つかみどころがない、という印象。
 真打となる以上、何か自分の十八番を見つけ出して欲しい。

古今亭菊志ん『野ざらし』 (16分)
 久しぶりだ。2014年10月の鈴本での『五目講釈』以来。
 末広亭で名づけされた日に行っても、代演だったことが、たぶん二度あったはず。
 菊朗時代から好きな人で、円菊門下の、菊之丞、菊志ん、文菊の若手トリオが、将来の東京落語界で重要な存在になると思っている。
 さて、この高座も実に良かった。この噺の手本と言えるだろう、春風亭柳好と春風亭柳枝の良いところを、上手に融合させたような構成。
 たとえば、菊志んは、釣りの場所を向島としていたが、柳好は、最初は三囲辺り、そこから鐘ヶ淵まで移動しても駄目だった、と言っている。柳枝が、向島としている。
 また、鐘の音の演じ分けは、柳好。
 もちろん、この噺を滑稽噺と仕立てた初代円遊の型が、そもそもの土台であることは言うませもない。
 途中、この人ならではのクスグリが、適度に効いている。
 「ドクロ? あぁ、野菜か果物がわからねぇやつ」「そりゃぁ、ザクロだ!」なんてのが可笑しい。
 柳好版のように、鐘の音の違いを演じわける場面も、楽しいし、♪サイサイ節もしっかり。
 妄想場面で、近くで見ている釣り人が「とうとう、寸劇が始まりましたよ」なんて科白にも、笑った。
 その妄想、向島のコツが夜に八五郎の長屋にやってきて、浮気をしたら嫌だよ、とつねったりくすぐったりの場面、「ツネツネ」「コチョコチョ」の掛け合い、持ち味の豊かな表情が生きる。
 川に落ちて上がってきたところでサゲたが、いつか通しで聴きたいものだ。
 さすがの菊志ん、と久しぶりの高座を満喫。
 寄席の逸品賞候補として色をつけておく。

アサダ二世 奇術 (17分)
 「時間調整しなくてはいけない」と話しながら、芸をしようとしてマイクに戻る語りと、赤いスカーフ→紐→トランプ、は5月15日とほぼ同じ。
 トランプの風船のネタでは、最前列下手のご家族連れがお手伝い。小学校四年生の少年の将来が楽しみだ。
 先月との違いは、右手人差し指に傷テープが巻かれており、「猫にひっかかれまして」というところ^^
 71歳、まだまだ落語協会の色物で、この方には頑張っていただきたい。

五明楼玉の輔『宗論』 (18分)
 マクラが7分ほどあったから、ネタは十分程度。
 この人の十八番の一つで、近くの席の同窓会と思しき団体さんは大笑いして、賛美歌まで一緒に口ずさんでいる方がいたが、私はあまり笑えなかった。
 どうも、相性が悪いのだ。
 定番のマクラも、そろそろ飽きてきた。マンネリは磨かれて一つの芸になることもあるが、「またか・・・・・・」と思わせるマクラには、そんな可能性はありえないだろう。

柳亭小燕枝『禁酒番屋』 (22分)
 仲入りは、この人。前日には、今松休演でトリも務めている。
 楽しみだった一人なのだが、残念。
 左吉の『家見舞』が出ていることを考えると、このネタの選択には疑問。
 また、この人にニンな噺とも思えない。

 さて、後半。

ニックス 漫才 (16分)
 妹が小池ゆる子という旅館の女将、姉が客、という設定のコント(?)は、初めて。
 最初の頃から、次第にこの人たちとの相性の悪さがなくなってきた。
 以前気になっていた不自然な間が、妹の「そうでしたか」の科白で解消されていることもあるか。

柳亭左龍『鹿政談』 (20分)
 『英会話』が二度続いていたので、久しぶりのこの人の古典を聴くことができた。
 マクラで、しっかりと江戸、京都、奈良の名物を紹介。
 左龍とは少し違うと思うが、米朝の音源からご紹介。
  江戸名物:武士、鰹、大名小路、生鰯、茶店、紫、火消、錦絵
       (伊勢屋稲荷に犬のクソ、をあえて入れないところが米朝^^)
  京都名物:水、壬生菜、女、羽二重、御簾屋針(みっしゃばり)、寺に織屋に人形、焼物
  奈良名物:大仏に、鹿の巻筆、霰(あられ)酒、春日灯篭、町の早起き

 この「早起き」の由来を、左龍もしっかり押さえておいて本編へ。
 お白州で奉行(松野河内守としていた)が、なんとか情けをかけてやろうとして「六十三では、見間違いなどもあろうに」などとふっているのに、正直者の六兵衛さん、耳も目もしっかりしていて、ここ三年風邪もひかない、と答える。
 「元は奈良の生まれではなかろう」と言われても「いえ、三代続く奈良の者で」と、せっかくの奉行も、かたなし。
 奉行、「これは鹿ではなく、赤犬ではないか」と言って、目付の塚原出雲に尋ねる。 出雲が「いえ、鹿に相違ございません」と答えるのに対して奉行、「いや、鹿には角があるが、ないではないか」と言うと、出雲が奉行を馬鹿にするように「鹿は毎年春、若葉を食しますために弱って角を落とします。これを落とし角と申し」という言葉をさえぎり、「そんなことは分かっている」と、奉行が出雲への反撃開始。
 出雲が鹿の餌料を横領していることを突きつけ、そちらの裁きを先にしようか、と言う。苦りきった表情の出雲。あらためて奉行から「これは犬ではないか」と問われ、出雲も興福寺の了全も、そして、同心たちも鹿を「犬でございます」と「忖度」して、六兵衛さん、事なきを得る。
 よく考えると、長いものに巻かれる噺では、ある^^
 左龍の丁寧な語り口は歯切れ良く、お白州での奉行を演じる眼力の演技も結構。
 この人にはニンな噺だと思う。
 こちらも、寄席の逸品賞候補として色を付けておく。
 
柳家小菊 俗曲 (14分)
 三部作♪「への八番」、も、♪「チャッキリ節」も良かったが、小唄♪「気前が良くて」も結構でした。
 ♪気前が良くて男前 たんとお宝持っていて 私を優しくしてくれて
  乙な小唄も唄えるような そんなお方はいないかえ   まず少ないねえ
 そりゃ、少ないだろう^^
 ♪「品川甚句」で締める前、「何かリクエストはありませんか、ありませんね」と言いかけて、客席から「烏、正夢」との声。
 「あら、明烏後正夢ですか、よくご存知ですね。でも、あれは時間がかかりますから、別の機会に。それにしても、ご通家の方がいらっしゃるから気が抜けないわ」と、師匠紫朝から最初に習った新内であると語る。
 持ち時間からしても、小菊のいつもの芸から考えても、到底リクエストに応えることはないと知りながらの掛け声だったとは思うが、小菊は嬉しかったのではなかろうか。

むかし家今松『柳田格之進』 (40分 *~16:21)
 最近の事件のことなどにふれ、世の中は欲と嫉妬などと言いますが、欲望だらけのトランプ、なんて言葉が出てくるのが、嬉しい。まるで政権御用達と化した大阪の某芸能プロダクションの芸人とは、了見が違うのだ。
 そんな欲と嫉妬の世の中にも、昔は清廉潔白な武士がいて、と本編へ。
 私は心の中で、「えっ、柳田!?」と叫んでいた。もちろん、嬉しさの叫び。
 元は講釈ネタで、明治の前半に活躍した三代目春風亭柳枝が得意とした、とされる。
 しかし、今に残る噺は、何と言っても、古今亭志ん生が元と言って良いだろう。
 その筋書きは、志ん生と志ん朝の型と、師匠馬生(金原亭)の型では、いろいろと違いがあるが、もちろん、今松は馬生の型。
 さて、今松のその高座、まず主役の格之進の紹介。彦根の城主井伊氏の家来で、その真っ正直さが疎まれて浪人の身となった男。文武両道に優れているが、あまりに正直で潔癖すぎて、他の者が受け取る商人たちからの付け届けも一切断る。そうなると、周囲の者からは疎まれ、讒言のために浪人の身に。娘のおきぬと江戸に出て、浅草阿部川町の裏店に逼塞している。
 このあたりのプロローグ、よどみなく、過不足なく語ってくれた。
 毎日家にこもる父を見て、おきぬが気晴らしに碁でも打ってきては、と勧められ碁会所へ行き、馬道一丁目の両替商、万屋源兵衛と知り合う。碁の腕前も同じ位で、二人は親しくなっていく。
 ある日、碁会所がいっぱいの人で碁盤が埋まっていて、源兵衛は、「どうです、うちにお越しいただけませんか」と誘ってから、格之進の万屋通いが始まる。
 碁を打った後には、酒肴が提供されるのを、潔癖な格之進が、これではいかん、と万屋へ行かずに家にいると、丁稚が迎えに来る。つい、誘いに乗ってしまい、後日世に出た時に返そう、と思い直し、格之進と源兵衛との交流が続く。
 今松、この二人の描き方も、的確。
 さて時は過ぎて中秋の名月、月見の宴に誘われて、格之進は万屋へ。そして、あの事件が起こった。二人が碁に夢中になっている時に、小梅の水戸様からの五十両を番頭の徳兵衛が源兵衛に渡したのだが、それが見あたらなくなったのだ。
 余談だが、『文七元結』といいこの噺をいい、五十両となれば、“小梅の水戸様”なのである。
 さて、徳兵衛は、「もしや、柳田様が」と言うが、源兵衛は「馬鹿なことを言うものではない。柳田様はそんなお方ではない。もし万が一そうであったとしても、私はいずれ何がしかをお渡ししたいと思っていたんだ。五十両は私の小遣いにつけて、忘れなさい」と言う。源兵衛が、どれほど格之進という人間の清廉潔白さを尊敬していたかが分かる言葉。
 しかし、徳兵衛としては、一番番頭である自分より、一浪人を信じる主人への不満もあるし、なにしろ大金である。翌日、柳田の裏長屋へ出向いて、「もしや、柳田様、あの五十両のことをご存知では」と言うと、格之進「疑っておるのか、まったく見覚えがない」と答えるのだが、奉行所に届けると聞くと、格之進、「濡れ衣ではあるが、疑われたのは自分の不徳」と、明日五十両渡すと約束し、徳兵衛を帰す。
 このあたりの徳兵衛の姿は、師匠が演じるほど伝法ではなく、今松は、やや軽妙な味つけで描いた。それも悪くない。
 格之進、おきぬを叔母の家に使いに出して、その後切腹する覚悟。しかし、おきぬは父の心情を読み取る。
 前半の山場は、この父娘の会話だろう。
 今松、淡々としていながらも、おきぬの武士の娘としての凛とした姿を描いてくれた。
 吉原に身売りをして得たのが、百両。なにかと差し引いて、残った五十両を徳兵衛に渡し、格之進が「見覚えのないこと、後日、その金がよそから出てきたら、どうする」の問いに、そんなはずはないと思い込む徳兵衛が、自分の首と、主人源兵衛の首も差し出しましょう、と返事。この徳兵衛のこの場面の軽妙さも、この噺のアクセントとして活きる。
 そうこうするうちに、十二月十三日の煤掃きとなった。師匠馬生、私の持っている音源では日をはっきり定めない。志ん朝は二十八日としている。十三日が正しい。さすがの今松。
 源兵衛と格之進が碁の対局でいつも使っていた部屋の額縁の裏から、小僧が五十両を発見。源兵衛は番頭以下店の者に、長屋から姿を消した格之進を探させる。褒美に三両となれば、皆が朝から「柳田様を捜しにまいります」と堂々と外出し、中にはどこかでさぼっている者も、というのは、小僧、手代たちとしては、ありえることだ。もちろん、なんとか必死で探す者もいただろう。一番番頭がいなくなれば、順送りで上に行けるのだから。
 後半の最初の山場は、湯島切通しの場。
 今松は、事件の次の年も過ぎ、また正月が明けた四日、と設定。これは、師匠も翌年としていたので、今松の工夫だろう。たしかに、帰参がかなって、なおかつ、おきぬを身請けしてから湯島の場面という筋書きなので、事件の翌年の正月では、早すぎるかもしれない。このあたりは理にかなっている。
 頭と一緒に年賀の挨拶の途中で湯島天神にさしかかった徳兵衛が、降り始めた雪の中でふとすれ違ったのが、豪華な煤竹羅紗の合羽を羽織った立派な身なりの侍。何と江戸留守居役として帰参がかなった格之進であった。
 格之進が、すれ違いざまに徳兵衛に気づき、
「失礼だが、徳兵衛殿ではござらぬか」
「おっしゃる通り、万屋の徳兵衛でございますが、どちらのお侍さんでございましょうか」
「柳田格之進だ」
 で、徳兵衛の顔が青ざめる。
 湯島天神境内のお留守居茶屋で、徳兵衛から五十両が見つかったと聞いた格之進、徳兵衛に「明日、二人の首をいただきに、うかがう」と言い放つ。すぐ退散する徳兵衛。
 さて、最後の山場。
 志ん生・志ん朝では、翌日、主の源兵衛は、使いに行けと徳兵衛を外出させて格之進を迎える、としている。しかし、徳兵衛は出かけずに格之進と源兵衛の会話に聞き耳を立て、源兵衛が自分を助けようとしたことが分かり、思い余って登場、という筋書き。
 馬生型である今松は、二人が一緒に揃って柳田迎えると設定。
 きっと、使いに出そうとするが残っていた徳兵衛、という設定は割愛できる、との判断だろう。
 さて、主従揃っているところに登場した格之進。あの五十両は、娘が吉原に身を沈めて作った金。帰参かなって身請けして家にいるが、衰弱し、まるで老婆のような姿・・・と告白する。ここも、馬生型。やや、聴いていて辛いおきぬの後日談、ではある。
 源兵衛が、「どうか徳兵衛を助けていただき私の首を討ってください」と言うのを聞いて、「とんでもない、旦那様は柳田様はそんなことをする人ではない、と止めるのを聞かず、私が勝手にやったこと。どうか私をお斬りください」と徳兵衛は頭を下げる。
 格之進は、主従の思いを聞いて逡巡し、結果、二人を斬ることはなく、碁盤を真っ二つ。
「柳田勘忍袋の一席」でサゲた。
 馬生の型は、父や弟のように、源兵衛が柳田に助けられてから、おきぬを身請けし、徳兵衛とおきぬが所帯を持つとか、その子が柳田の家を継ぐという設定ではない。
 ハッピーエンドにはならないが、今松の高座、決して、暗い後味はない。それは、今松という噺家さんの持ち味が成せるものだろう。聴いていて、じんわりと瞼が濡れてきた。
 決して大袈裟な表現手法を取らないのだが、登場人物の内面がずしっとした重みで聴く者に伝わるのが、今松落語の真骨頂なのだと思う。
 師匠の型を踏襲しながらも、語り口、人物描写には、今松ならではの丁寧さ、気配りが見受けられた絶品の高座。今年のマイベスト十席候補とする。


 外に出ると、雨。とはいえ、それほど強くは降っていない。
 豪雨被害などは困るが、ほどほどの雨は作物が育つには必要。

 加えて、落語を楽しむこともできる^^

 今松の高座の余韻を楽しみながら、帰路についた。

 帰宅して、記事を書き始めたが、一杯やりながら、サッカーの久保君デビューを見ているうちに、瞼が重くなってきた。到底、その日のうちに書き終えることはできないのであった。

 居残り会では、「記事が長い!」とのご指摘をしばしば受けるのだが、良い高座に巡り合うと、つい、長くなってしまう。ご容赦のほどを^^

by kogotokoubei | 2019-06-10 20:54 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 なんとか、国立演芸場の中日、四代目圓歌の襲名披露興行に行くことができた。

 三月二十一日、鈴本の下席から始まり、末広亭、浅草、池袋を経て四十五日目、残り五日となった定席での披露目。

 開場直後の12時20分頃、演芸場に到着。

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 四代目圓歌の幟が、旗めいていた。

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 なんと、平日の昼なのに、「満員御礼」とは。

 後で知るのだが、居残り会では合流したOさん、当日券で大丈夫だろうとタカをくくていたため、チケットを入手できなかったのであった。

 そんなことは露知らずで、会場へ。

 最初の後ろ幕は、「贔屓与利」で、富士山がシンプルな線で描かれて、「晴れてよし くもりでもよし 不二のやま」と書かれていた。
 結局、この日三つの後ろ幕は、すべて「贔屓」贈呈。二枚目は結構派手だったが、最後三枚目は、「寿」の字と女性の絵の描かれた艶っぽいもので、結構だった。

 私は四列目だったが、まだ、前の列にも空席のある状態で、開口一番が始まった。
 その後、客席はほぼ埋まっていたなぁ。

 出演順に、感想などを記す。

三遊亭歌つを『牛ほめ』 (13分 *12:47~)
 開口一番は、初めて聴く前座さん。
 落語協会のHPのプロフィールによると、2017(平成29)年3月三遊亭歌奴に入門、2018(平成30)年1月21日前座となる。前座名「歌つを」、とのこと。
 白酒が「待機児童」と呼んでいた見習い期間が、結構長かったということか。
 髪の毛も短めでスッキリしているし、清潔感のある印象で、見た目は悪くない。しかし、声が高めでキンキンする点は、今後の要改善点。父親とおじさんの口調も、あまり変わりがなく、前座さんではやむをえないかもしれないが、今後の精進を期待しましょう。

春風亭一花『やかん』 (16分)
 日替わりの二ツ目さんの出番、この日は一朝一門のこの人。三度目。
 2014年7月の関内ホールでの師匠の独演会、そして、2016年9月の同じ会場での、小満んの会で聴いている。どちらも、好印象だった。
 この高座も実に良かった。
 知ったかぶりの先生の口調なども悪くない。歌つをは、袖で聴いていて勉強になったのではなかろうか。
 猫も杓子も--->女子(めこ)も赤子(せきし)も、など、三代目金馬の音源を思い浮かべながら聴いていた。講釈部分も、よどみなくリズムが良い。
 立川こはるを初めて聴いた時も感心したが、芸風は違うものの、女流落語家ながら、しっかり古典を語れる人として、今後も期待。
 個人的には、この日一番の高座だと思う。
 何か賞をあげたいので、朱の色を付けておく。
 
三遊亭多歌介 漫談(師匠の思い出、など)(17分)
 ずいぶん久しぶりと思っていたら、2009年の池袋以来、十年ぶりだ。
 あの時は『短命』だったようで、結構、印象が良かったようだ。さすがに、記憶は残っていない^^
 志ん朝の葬儀における名(迷)スピーチなどの師匠三代目圓歌の思い出や、自分の地方での講演での逸話など。この人、講演や講演&落語で全国各地を回っており、平成30年の講演(数?)日本一とのこと。
 でも、ネタをやって欲しかったなぁ。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (16分)
 4月29日の末広亭では、親子二人だったが、この日は仙三郎と仙成の二人。
 いつものように、傘の芸で仙成が鞠と升を回したが、茶碗になって仙三郎が「これは難しいから私が」と代わった。しかし、最初に茶碗を乗せようとして上手く収まらず、やり直そうとして茶碗を舞台に落してしまった^^
 なかなか、お目にかかれない光景。
 五階茶碗を仙成が演じ、仙三郎が土瓶の芸、そして、花笠と撥で締めた。
 
三遊亭若圓歌 漫談&『授業中』 (19分)
 初。経歴を後から調べたら、内弟子を終えて、最初は漫談家としてスタートしたらしい。
 師匠の思い出を語りながら、師匠が昭和天皇に『授業中』を披露してこのネタを封印したため、師匠に代わってこの噺をするようになった、とのこと。
 震災後のボランティアでも、何度も演じたらしい。
 後半の短い時間で、相当はしょってのネタになったが、なかなか味わいがあったので、もっと長く演って欲しかった。

柳亭市馬『粗忽の使者』 (19分)
 日替わりの仲入り、この日は協会会長。
 客席から「待ってましたぁ!」の声がかかったが、この興行が何か分かっていない、野暮な行為としか、私には思えない。
 去年の鈴本夏祭り以来。あの時は『山号寺号』に、噺家の名を取り入れて楽しませてくれた。
 冒頭部分を省略し、大工の留っこが、地武太治部右衛門と田中三太夫のやりとりを盗み聞きした内容を、仕事仲間に話す場面から。
 こういう噺は、ニンだと思う。侍はサマになっている。一時、首の振りが極端だったり、途中で歌を挟むのが嫌で、敬遠していたが、やはり、芸達者であるなぁ、と思わせる高座だった。
 
 口上を楽しみに、一服。

口上 (16分)
 五人並んだ。下手から、司会の多歌介、若圓歌、四代目圓歌、歌司、市馬。
 若圓歌が、七年の内弟子を終えることができたのが、彼の次に入門した歌之介のおかげ、と言っていたが、今では途絶えてきた内弟子仲間の絆は強いものがあると感じた。授業中、浪曲社長、月給日などの師匠の作品は手がけず、自分の作品を大きく育ててきた弟弟子を褒める言葉にも、心がこもっており、圓歌一門の好ましい関係をうかがうことができたなぁ。
 歌司が、三十五年ほど前、宴席で師匠の隣に座っていて、「圓歌は歌之介に継がせたい」と言われたと語る。兄弟子としては、辛い話であったろうに、それを納得させるだけの、一門の歌之介への評価もあったということか。
 歌司は、昭和50(1975)年にNHK新人落語コンクールで『あくび指南』で優秀賞を授賞した人。ちなみに、その時の最優秀賞は『たがや』を演じた小丸、現在の柳亭金車。
 この人が古典重視ということも、三代目が新作派の歌之介に継がせたかった理由かもしれない。
 市馬が、「手を取って 共に登らん 花の山」という三代目圓歌の言葉を聞かせてくれたので、ほぼ七年前のこの会場での一之輔の真打昇進披露のことを思い出した。私は圓歌が披露目すべてに出演した一朝は偉い、と言った言葉と「手を取って~」で、目頭が熱くなったのだ。
2012年5月19日のブログ

 さて、その市馬の音頭で、三本締め。
 圓歌一門の絆の強さ、温かさが伝わる口上だった。

アサダ二世 奇術 (13分)
 いつもの「今日は、しっかりやりますから」に、嘘はなかった^^
 「あと、三分」とか「二分」とか言いながら、芸を始めようとしては、またマイクに戻り、寄席の下座さんがどれだけ大変か、などと話す、その間が絶妙。
 お客さんが選んだトランプを風船の中から取り出す十八番も、良かったよ。

三遊亭歌司『蜘蛛駕籠』 (14分)
 「91になりまして・・・ウェストが」でまず、客席を笑わせる。去年は「86」だったと記憶しているので、太ったか^^
 酔っ払いの繰り返しの科白の部分でも、大いに客席を沸かせる。
 寄席体験の少ないお客さんも多かったとは思うが、芸達者でなければ、この噺の可笑しさをあれだけ引き出すことは難しい。

立花家橘之助 浮世節 (14分)
 二年前の二代目橘之助襲名で、一回り芸が大きくなったようだ。
 最後は時間切れと短めではあったものの「たぬき」を聴かせてくれた。

三遊亭圓歌『母ちゃんのアンカ』 (35分 *~16:21)
 『母のアンカ』が、正式な演題なのかもしれないが、私はサゲで本人も使っていた『母ちゃんのアンカ』の方が良いように思う。
 この噺では、師匠が亡くなって五日後、末広亭の夜の主任を白酒の代演(代バネ)で涙ながらに聴かせてくれた高座を思い出す。
 あの時は、最初『B型人間』だったのが、この噺に代わり、ややとりとめのない流れになったのだが、それもやむなし、という時期だった。
2017年4月30日のブログ
 前半は、小ネタをつないで、客席を温める。4月1日に「令和」の発表で驚いたらしい。師匠の最初の奥さんが、令子、次の奥さんが、和子・・・とのこと。
 師匠の家にいた寒さに弱いアイヌ犬のことや、たわけもの・大納言などの言葉の語源のことで、笑いを取る。おっぱいの元は血液、という話あたりは、ネタとの関連性が、少しはあるかな。
 そして、11月の寒い時期、高野山に招かれ、その宿坊で寝た時の思い出から、ネタそのものは始まる。零下三度、布団には、湯タンポが入っていた。
 その湯タンポで足を温めていると、自然に、子どもの頃、寒いときに布団の中で、足を母ちゃんのまたぐらに入れて、温めていたことを思い出す・・・ということで、さまざまな少年時代の母との逸話が語られる、爆笑ネタとは言えない演目。
 四代目圓歌作の、人情ばなし、とも言えるかもしれない。
 私は、この人は、今後も古典に挑戦などしなくてもいい、爆笑ものの新作を聴きたいと思う。何度聴いても笑える噺、という点で、間違いなく師匠の芸の精神を継承する人だろう。


 さて、お開きとなれば、楽しみは、居残り会。

 佐平次さんの地元の「はじめ(一)」で、ちょうど五時の開店時間から。
 Iさん、Nさん、そして、チケット入手ならずお店に直行して、すでにビールを始めていたOさんの五人。
 最初は生ビール。そして、次々に出される、薬味ハンバーグや鯵の刺身、などなど美味しい肴のおかげで、お勧めの日本酒を一升瓶ごといただき、結局二升が空になった。
 その後は、燗酒も呑んだはず。
 途中で、絶品の揚げパンが出され、また生ビールもらったりしたな。
 話はあっちこっちに飛んだようにも思うが、部分的に覚えていない^^
 落語のサワリをご披露したようにも思うが、よく覚えていない^^

 四時間ほど、宴は続いたのかな。

 とにかく、楽しい居残り会でござんした。

p.s.
 新宿末広亭の披露目にいらっしゃったIさんがお聞きになった後ろ幕の情報を入手。
 最初の富士山の幕は、中村天風作、2枚目のやや派手な幕は、佐藤勝彦作で、お二人とも圓歌本人とご縁のある方らしいです。三枚目の美人画は先代ゆかりのもの、とのことです。。
by kogotokoubei | 2019-05-16 12:59 | 寄席・落語会 | Comments(14)
 平成三十一年四月二十九日、「昭和の日」の末広亭夜の部。

 昼の部からの居続けの方は、二割ほどいらっしゃったような気がするが、大半は仲入り前後のご入場と察する。昼の開口一番からは、たぶん私だけだろう。

 二階は空いたままの大入り。
 主任喬太郎の動員力かな。

 開口一番から順に感想などを記す。

柳家小はだ『饅頭こわい』 (10分 16:45~)
 昼の部の門朗より時間をもらえてネタができた。
 犬好きとしては、猫はともかく、魚屋のポチは食べさせないで欲しい^^
 昨年二月、仏教伝道センターでの三田落語会昼の部での『道灌』以来だが、はん治の弟子は兄弟子小はぜもこの人も、しっかりとした高座を聴かせてくれる。
 また、若いうちは古典を学べ、という師匠の教えがあるような気もする。兄弟子同様、この人も将来が楽しみだ。

柳家小んぶ『幇間腹』 (11分)
 一八のギャグが楽しかった。
 ゴーやのマラソン->苦味走る、カルキが入って->水臭い、など。
 サゲの「今打ったばかりなのに、もうこりました」は、初めて聞くかもしれない。

ホームラン 漫才 (10分)
 ニックスの代演がこの人たちで、得した気分。
 教会での結婚式ネタ、何度聞いても笑える。
 
蜃気楼龍玉『たらちね』 (15分)
 昼の部以降、泥棒ネタが出ていないので、得意の『夏どろ』でも演ってくれるか、と思ったら意外なこの噺。大家が八五郎に、「足入れは仮祝言、腰入れは本祝言」と教える。私も勉強になった^^
 標準的な型と、少し構成が違っており、時間の都合もあるのか八五郎は湯に行かない。また、布団を上げて、そこにたくさんキノコがある、なんてぇのを挟む。
 若手の注目株、もちろん、悪かろうはずのない高座。とはいえ、泥棒ネタのほうが、相性は良さそうに思うなぁ。

柳家喬之助『宮戸川』 (14分)
 マクラで、協会のサイトが、誰かが亡くなるとサーバーが落ちる、などをふくめWebのことをふって、サゲの仕込み。
 霊岸島のおじさんの名が、飲み込みの「久太」としてあった。名前を聞いたのは、初めてかもしれない。
 若手から中堅への過渡期にあると言えるかもしれない。
 元気で清潔感のある噺家さん、というイメージから、良い意味での渋味が少し増してきたような気がする。

林家二楽 紙切り (14分)
 二楽には申し訳ないが、喫煙タイムにさせてもらった。

三遊亭萬窓『ぞろぞろ』 (14分)
 この人が出てくると、なぜか、ホッとする。
 優しさ、温かさを醸し出す噺家さんだ。
 また、噺もしっかりしているし、ネタそのものの楽しさだけで、無駄なクスグリなど挟まずに笑わせてくれる。
 なかなか、こういう人、いないんだよねぇ。

柳家小ゑん『フィッ』 (15分)
 昨年、六月の池袋でも聴いた噺だが、このネタは、この日の若いお客さんの多い客席のほうが合っていたし、笑いも多かった。
 圓丈作のようだが、すでに自分のものになっているように思う。

柳家小菊 俗曲 (12分)
 カエル-ミミズ-ナメクジの三部作に、客席が沸く。
 この日は、初寄席と思しきお客さんの反応が、なかなか良かった。
 ♪お酒一樽千両しよっとままよ 主の寝酒は絶やしゃせぬ
 連れ合いに聞かせたい都々逸だが、怖くてとても聞かせられない。

吉原朝馬『松山鏡』 (15分)
 萬窓とは対照的な高座。
 今風のクスグリ、たとえばAKBやエグザイルなどをふんだんに挟むのだが、私はあれだけいじる必要は感じない。無理が、あるように思う。
 どうも、この人とは相性が悪い。
 
柳家小袁治『堪忍袋』 (18分)
 仲入りは、この人。
 マクラで、自分は秋葉原の電気屋の倅で、小ゑんとは違う、と笑わせる。
 磁気ネックレスの効果はイライラしないこと、と本編に相応しいネタをふったには、流石。
 朝馬のように無理に笑わせようというクスグリなどもないが、充分にこの噺の楽しさを味合わせてくれて、休憩。

 一服。
 
鈴々舎馬るこ『大安売り』 (13分)
 マクラの松平健ネタが可笑しかった。
 みんなにご馳走して、領収書の宛名は「上様」だって^^
 この噺のクスグリの工夫は、楽しめた。
 元銀行員の相撲取りに負けた決め技が、引き落とし。元居酒屋は、突き出し、なんてぇのは気が利いている。
 以前、この人の高座には、無理に笑わせようとする姿勢を感じていたが、次第に印象が良くなってきた。
 さすがNHKの大賞受賞者と、今は思う。今後楽しみな若手の一人になった。

ロケット団 漫才 (11分)
 今、落語協会の漫才では、もっとも乗っている二人かもしれない。
 会話のリズム、スピード感が良い。
 ネタも年齢を問わず笑わせるだけのものだし、旬の時事ネタを取り入れるのも早い。満員の客席の温度は、確実に上昇した。

柳亭左龍『英会話』 (12分)
 柳家金語楼作で、当代では古今亭寿輔が十八番としている。
 落語協会ではこの人で二度目だが、他の噺家さんでは聴いたことがない。
 子供が英語を習いたいということで、家族の会話をすべて英語でしよう、ということからのお笑い。お母さんが「ママ」なら、お父さんは「マスター」は、今でも笑える。子供から「犬は?」と聞かれ父親が「ドッグ」、「猫は?」で「キャット」・・・「河童は?」で答えられないので子供が「レインコート」なんてぇやりとりには、『真田小僧』的な味もある。
 
橘家圓太郎『浮世床ー本ー』 (11分)
 源ちゃんが本を読もうと苦悶する姿が、なんとも可笑しい。
 こういう噺の楽しさは、実際に生で見ないと分からない。
 文蔵の代演として、しっかし膝前の役割を務めたのは、当然とはいえ、流石。

翁家勝丸 太神楽 (9分)
 花籠、お手玉、傘の芸を一人でこの時間でこなし、語りで笑いをしっかり取る。
 膝を任せられるだけの実力者と再確認。

柳家喬太郎『任侠流山動物園』 (26分 *~20:59)
 この噺、三遊亭白鳥の平成の新作の傑作だと思う。
 喬太郎では、五年前の浅草で聴いて感心したが、この日の高座も実に良かった。
 浅草の時の記事と重複するが、筋書きなども含めあらためて。
 象のまさお(政五郎)、鶏のチャボ子、牛の牛太郎、豚の豚次の4頭しかいない千葉の流山動物園は、人気のまさおが病気ということもあり、客が少なく大ピンチ。この日もお爺さんと孫の二人しか来場者なし。しかし、平均来場者数1.8なので、二人なら平均以上^^
 この経営の危機を切り抜けるべく、豚次は昔世話になったパンダの親分パン太郎に会いに、常磐自動車道をひたすら走って、上野動物園に行く。人気者のパン太郎親分に流山まで来て欲しいと頼むのだが、親分は逆に舎弟である「虎」夫に豚次の尻の肉を喰わせる始末。命からがらなんとか流山に戻った豚次や仲間が、さてどんな策をもって危機を救うのか・・・・・・。
 喬太郎が、細かな芸として「豚次のときは、手を蹄にしている」と親指と人差し指をつけ、残りの指もつけて蹄のようにしているのを披露したが、たしかに、登場するそれぞれの動物を表現するための技が求められる。
 『動物園』という噺では、ライオンと虎(ほぼ同じ所作)を演じるわけだが、この噺は、豚・鶏・牛・象・パンダ・虎の五匹分を演じ分ける必要がある。
 喬太郎は、いかにも楽しそうに演じて、途中でお約束のように「こんなことをするために、さん喬の弟子になったんじゃない!」などと挟んで、若い方の多い会場は大爆笑。
 動物を真似るのみならず、豚次とパン太郎との緊迫したやりとり、豚次と園長との心温まる関係、そして、象の政五郎登場場面など、いくつか聴かせどころがあり、それらをしっかりと演じなければ、噺としての骨格が固まらない。
 さまざまな技能やセンスが試される噺でもあり、三三もこの噺を演じるのは、挑戦しがいのある噺と評価しているからだと思う。
 喬太郎が、作者白鳥の傑作を、しっかり自分のものにした高座、今年のマイベスト十席候補とする。

 
 さて、九時間居続けの、平成に出かけた「昭和の日」の寄席の令和の記事は、これにてお開き。

by kogotokoubei | 2019-05-02 10:18 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 一昨日「平成」三十一年四月二十九日の「昭和の日」に、久しぶりに末広亭で居続けした昼の部の記事を、「令和」に書いている。
 九時間の居続けの後で、昨日は野暮用もあり、平成のうちに書き終わることができなかったなぁ。

 混むだろうとは思って、いつもより早めに家を出た。
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 11時20分頃に並んだ行列の最後尾。左は、栄寿司。
 ということは、末広亭からの列は、角の洋風居酒屋(?)さんを曲がってここまできている、ということ。

 さて、好きな桟敷が空いているか、と不安があったが、なんとか下手の中央位に一人分を確保。結局、夜の部終演まで、9時間、同じ席にいたことになる。

 後から後からお客さんで、二階も空いた。

 入場に時間がかかり、開口一番も遅く短くなった。

 その前座さんから順に感想などを記す。

橘家門朗『 ? 』 (3分 *12:00~)
 泥棒の小咄をさっとふって、すぐ下がった。

柳家小もん『手紙無筆』 (7分)
 主任の小里んの弟子。小多け時代には何度か聴いているが、小もんでは初めて。
 短い持ち時間ながら、端正な見た目同様、丁寧な高座に好感が持てた。

ダーク広和 奇術 (10分)
 三目並べは、初めて見た。この人、見た目も優しく軽妙な語り口なのだが、結構、凄い腕を持っているような気がする。
 寄席が初めてのお客さんも多かったようで、満員の客席を大いに沸かせた。

入船亭扇蔵『真田小僧』 (9分)
 三朝の代演。遊一時代には何度か聴いているが、扇蔵では初めてかもしれない。
 高座には、小言がある。短い時間とはいえ、按摩さんの姿、白い服(白衣)・ステッキ(杖)・色眼鏡(黒眼鏡)、という仕込みを金坊がふらないのが、気になった。
 聴く者の想像力をかきたてるのが落語であるから、この噺では不可欠な演出だと私は思うのだがなぁ。

桃月庵白酒『子ほめ』 (15分)
 師匠の雲助は、寄席でかけるネタでこの噺が一番好きだと言っているが、それは弟子にも伝承されているような気がする。実に楽しそうに演じていた。
 赤ん坊の横で寝ているのがお爺さんと知り、布巾をかぶせようとするというこの人ならではのクスグリはあったが、基本的にはそれほど本来の噺をいじらず、それでいて実に可笑しい。流石だ。

ジキジキ 音曲漫才 (14分)
 落語協会に強力な色物さんが増えたと思う。
 ギターとピアニカの夫婦音曲漫才なのだが、ともに実に高いレベルの演奏能力を持っているのに加え、語りも楽しい。
 ♪シャレで全国旅巡り、なども楽しいし、♪聖者の行進の「お椀出せ、茶碗出せ」も傑作。♪うらわ、は名曲。♪Let It Beと♪なごり雪のハーモニーなども流石。
 そして、♪トルコ行進曲から、おでこピアニカの♪男はつらいよ、は絶品だ。

橘家富蔵『親子酒』 (13分)
 初である。実に端正な顔立ちで、あの円鏡の円門下とは意外^^
 マクラが楽しかった。ネタばれになるが一つ。
 公園に犬を連れて来た女性がいた。
 「公園にブタを連れて来ちゃだめだよ」「失礼ね、犬よ!」「いや、俺は犬に言っている」・・・オリジナルかどうかは怪しいが、可笑しい^^

桂才賀『カラオケ刑務所』 (13分)
 何度目かなぁ^^
 新作台本コンテストの準優秀作品で、柳昇の『カラオケ病院』への“オマージュ”作品。
 サゲの後に「これで、現金20万円ですよ。締め切り6月まで、まだあります。ぜひご応募を!」と応募を勧めていたのは、いつものことだが、これも大事なPRか^^
 とにかく、才が元気なら、それでいい。

三増紋之助 曲独楽 (17分)
 いつもながらの、見事な芸。
 しかし、チャンレンジもしているのがよくわかった。
 「五つ独楽」は初めて見た。地味ながら、楽しい。

柳亭小燕枝『宗論』 (13分)
 この人が「インテリジェンス」「パーソナリティ」などの科白を繰り出すのが、なんとも楽しい高座だった。
 クリスチャンの息子が父親に「一緒に聖書の訪問販売をしましょう」に笑った。
 サゲの番頭が旦那に言われ「息子のかたを持つとは、番頭さんもキリスト教かい」に「いえ、私は説教でございます」は、ご本人の工夫だろうか、初めて聞いた。
 古典の小燕枝というイメージが強いので、少しお茶目な別の一面を見た、そんな得した気持ち。

金原亭伯楽『猫の皿』 (15分)
 志ん生の思い出として、骨董屋の主人に勧められて五千円で字が読めない書を買ったが、後でよく見ると「いまがわやき」と書いてあったという逸話(ネタ?か)から、無理なく本編へ。
 8分ほどマクラがあったから、本編7分。そうは思えないしっかりとこの噺に楽しさを味合わせてもらった。はた師と茶屋の主との短い会話だけとはいえ、この噺はよく出来ている。

林家正楽 紙切り (15分)
 ご挨拶代りの「相合傘」から、「吹奏楽」「新元号」「ドラエモン」と続き、私の席のすぐ近くの桟敷のお客さんのリクエスト「端午の節句」で締め。
 いつもながら、お見事。
 私は、「端午の節句」で、次の仲入りでの権ちゃんのネタに、淡い期待を抱いていた。

柳家権太楼『人形買い』 (17分)
 年号のことなどから、正楽の紙切りにふれ節句のことへ。
 「おっ、やってくれるか!」と期待に応えてくれるこの噺。
 この人のこの噺、私は大好きだし、まさに旬のネタ。
 人形屋の小僧、定吉の仕方話の可笑しさで、満員の客席がどよめくような笑いに包まれた。
 権太楼も、この噺は三代目桂三木助版を下敷きにしていると思われる。
 『正蔵・三木助集』(ちくま文庫)から、定吉独演会(?)の一部をご紹介。

ちくま文庫_正蔵・三木助集
「先月あたしがおなかが痛くて部屋で寝てェたんで、隣の部屋がおもよさんの部屋なんで、ちょうど、薮入り(やどり)に行く日なんで、すっかり着物を着かえちゃって(右手で顔をなで)鏡台の前でこうやってお化粧をしてえたン・・・・・・そこィトントントンッて若旦那が上がってきて
『おもよ・・・やどりに行くのにそんなに気取って行っちゃァあたしが心配じゃァないか』
 ・・・そ言ってくるんで・・・・・・そしたらおもよさんが、
『女の部屋へ男なんぞ上がってくるもんじゃありません、だれか来るとおかしゅうござんすから下へおりてらっしゃい』
『大変に髪(あたま)が乱れているから、俺がちょいとなでつけてやる』
『女の髪が男になでつけられますか』
『つけられるか、つけられないか、櫛をこっちィ貸してごらん(荷を持った手をそのままに、肩ごと右へ揺する)』
『だれか来ると変だからおよしなさい(今度は左に揺する)』
『櫛をこっちィ貸してごらん(また右へ)』
『そんなとこをさわっちゃくすぐったい(ぐらぐら揺する)』」
「(両手で押える形で)おいおいおい・・・・・・大変な小僧が付いてきやがった・・・・・・(後略)」
 権太楼は、松っつぁんが、「とんでもねぇ小僧だ」と言うと、相棒が「おれ、こういう話、好き。五十銭づつ出して、もう少し聞こう」「馬鹿言っちゃいけねぇ」でサゲ。
 当代でこの噺は、間違いなくこの人が一番。今年のマイベスト十席候補とする。

 仲入りで一服。
 すでに立ち見状態になっている。

柳家海舟『ちりとてちん』 (15分)
 主任の小里ん門下。四十歳を過ぎて脱サラ(ご本人いわく、リストラ^^)して入門した人。以前は、見た目のみならず全体的に固すぎる印象が強かったが、この高座は、知ったかぶりの六さんが苦悶して「ちりとてちん」を食べる表情も楽しく、客席も笑いで包まれた。しっかし、クイツキの仕事を果した。
 

笑組 漫才 (9分)
 久しぶりだ。
 どうしても仲入りは時間調整もあって、長いネタ、私の好きな文学シリーズなどは難しい。
 師匠が内海好江から志ん朝、志ん五と続いて・・・という話から、お互いを揶揄する言葉遊ぶを、リズム良く掛け合い。かずおが噛まなかったのが、珍しい^^
 「第四位」「なんで」「どう(銅)にもならない」なんてぇのも可笑しい。
 短かったから、私を含めお客さんの誰も「古い掃除機のコード(早く引っ込め)」なんて、思わなかったよ。

金原亭馬の助『漫談:相撲の世界(?)』と『百面相』 (15分)
 初めての寄席というお客さんも多かったようで、『百面相』では、結構笑いが多かった。今では、実に貴重な余芸のできる噺家さんだ。

柳家小団治『つる』 (13分)
 オリンピックのメダルのネタは、定番か。
 「金でも銀でも銅でも、鉄でもいいんです」「鉄は錆びるじゃないか」「いえ、参加(酸化)することに意義がある」 
 これは、私の余興の落語のマクラでいただこう^^
 本編には、少し小言を言わざるを得ない。
 八五郎を作り話で騙したご隠居が八五郎が外で言いふらそうと出て行く場面で、「おいおい、外で行っちゃ駄目だよ」というような引き止める所作・科白がなかった。あれでは、ご隠居が悪い人に見えてしまって、後味が良くないように思う。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (10分)
 二人で登場。傘、土瓶、花笠を短時間でもしっかり。これぞ、膝の見本。

柳家小里ん『三人旅-鶴屋善兵衛』 (25分 *~16:30)
 連作の一つだが、「びっこ馬」に続くこの噺を聴くのは初めて。
 びっこ馬の馬方が勧める小田原の宿が、鶴屋善兵衛。
 提灯に宿名が書いてあるが、その字が三人共読めない。
 中に「四角い字は読める。まずは口、それから田、国なら分かるが、鶴屋善兵衛はこの中にあるか」なんて、頓珍漢な会話が挟まれる。
 見つける策をいろいろ考えた末に、「宿場の真ん中で腹痛を起こし、鶴屋善兵衛が指し宿だから連れて行ってくれと頼んだら誰か連れて行ってくれるだろう」、ということになり宿場で一人が腹痛だと仮病を使ったところ、そこに現れた助っ人が、主の鶴屋善兵衛だった、というのが前半。 
 後半は、馬方が言っていた夜のお伽の件。女が二人しかいないと言われ「三人で回しはいけねぇや」と、なんとかしてくれと頼む。そうすると、年増の尼さんでもいいか、と言われ、それでいいとなった。しかし・・・後略^^
 珍しいネタを聴かせてもらった。


 さて、ここで昼の部はお開き。
 夜に備えて、二つ目の弁当を食べたのであった。
 


by kogotokoubei | 2019-05-01 09:47 | 寄席・落語会 | Comments(8)
 先ほどまでの満席だった椅子席は、三割ほどに激減。
 終演時点でも四割くらいだったかな。
 桟敷は、上手、下手にそれぞれ五、六人だった。

 う~ん、六割くらいは動員できないといけないだろうなぁ、芸協さん。

 出演順に、感想などを記す。

三遊亭美よし『小町』 (7分 *16:50~)
 次の鷹治によると、末広亭では初高座の女流の前座さん。
 遊吉の弟子とのこと。
 芸協のHPには、まだ名が載っていない・・・・・・。待機児童扱いか^^
 とにかく、精進していただきましょう。

桂鷹治『普段の袴』 (11分)
 この人も、初、のはず。当代文治の弟子、ということは、結構忍耐力はある、ということか^^
 前座の美よしを気遣う言葉は、好ましい。
 高座は、そう悪くなかった。見た目も大きいし、今後も大きく成長を期待しよう。
 この噺は滑稽噺としの一つの典型「オウム返し」のネタで、噺本来の可笑しさを引き出せれば笑えるし、巧者によって爆笑ネタにもなりえる。
 「祝儀と不祝儀が往来で衝突してその仲裁に行く」とか「なにヒダが崩れた!?それじゃ、高山はてぃへんだ」など、なかなかに楽しい科白で満載。
 八代目正蔵->五代目小さん、と、八代目柳枝->当代円窓、という二つの流れを経て、今につながっているが、当代では、一之輔、そして、正朝の二人が出色ではなかろうか。
 芸協ならこの人、と言われるように、鷹治にも頑張ってもらおう。

カントリーズ 漫才 (11分)
 昼の部の山口君と竹田君の余韻が残っているので、若いのに今一つ、という印象。

昔昔亭桃之助『たらちね』 (13分)
 相変らず末広亭のプログラムには、昔々亭としてあるのは、いただけないなぁ。
 そろそろ草津温泉落語のマクラは、変えて欲しい。もう長いこと聴いているぞ^^

三笑亭可龍『狂言マック』 (14分)
 当代枝太郎作。
 マクドナルドに、狂言師(和泉○○がモデル)がアルバイトとしてやって来て、というネタ。
 枝太郎が二ツ目花丸時代に聴いているが、可龍の狂言師ぶりもなかなか結構。
 古典も、こういう新作もどちらも水準以上の噺家さんで、将来の芸協を背負って立つ人だと思う。

小泉ポロン 奇術 (9分)
 喫煙室を出てから後半のみ、後ろの方で見ていた。
 マイクを離れた時の科白が、ほとんど聞こえなくなる。
 そのあたりは、要修正である。

立川左平次『近日息子』 (13分)
 昼の部は円楽一門の日替わり(この日は、間に合わなかったが、王楽)、夜の部は立川流の日替わりで、この人だった。
 一周忌が過ぎたばかりの左談次唯一の直弟子で、初めて聴くのを楽しみにしていた。
 良く言えば、落ち着いた高座。悪く言うなら、この噺らしい可笑しさを、今ひとつ引き出せない高座だった。
 しばらくしてから、また別なネタで聴いてみたい。

三遊亭円馬『本膳』 (15分)
 この人は、こういう噺の、そのネタの可笑しさだけで客席を沸かせる力がある。
 左平次には、ぜひ、こういう高座を見習って欲しい、などと考えながら聴いていた。
 この噺も典型的な「オウム返し」のネタだが、芸達者が演じると無理にクスグリなど挟まなくても可笑しい。
 新作の芸協にも古典を巧みにこなす、こういう中堅がいる。とはいえ、そういう人は多くはないのも事実なのだが。

春本小助・鏡味小時 太神楽 (14分)
 一つ鞠、三本撥、向き合いの撥、傘、を披露。
 小助が、結構危なっかしい芸で、ハラハラさせるのだが、あれは芸か^^

立川談幸『町内の若い衆』 (15分)
 ニコニコと演じる姿に、「やはり、この人は寄席が好きなんだなぁ」と思いながら聴いていた。
 弟子の吉幸が五月に晴れて真打昇進。そんなことも笑顔につながっているのかもしれない。
 熊公から、熊の家に行って一芝居打ってくれと頼まれた八五郎が、熊の家近くに来ると、「おぅ、寒気がする。寒気がするから、道に迷わなくていいや、この家は」なんて科白も実に可笑しい。
 ニンなネタで、客席を湧かせた。
 
桂幸丸『吉田茂伝』 (18分)
 仲入りは、この人。
 これまでは漫談が多かったが、久しぶりにネタを聴けた。
 吉田茂は、高知の自由民権運動家竹内綱の子で、この父親はよく警察につかまり刑務所で缶詰になった。ツナだけにかんづめになる、なんてギャグを挟みながらの人物伝の自作。
 最近のニュースなど(たとえば横浜にできた○○○ミュージアム)も交え、やや古いネタではあるが、程よい笑いの反応を受けながらの高座で、前半終了。

三笑亭可風 『 ? 』 (12分)
 クイツキは、この人。
 師匠ネタのマクラから新作の本編へ。
 夫を亡くした老婆三人の会話から始まり、三人が一緒に住んだのだが・・・という筋書き。
 毒舌の会話が楽しい。「陽子さんはいいわねぇ、ハロウィーンで被り物がなくても大丈夫だから」なんて科白がポンポン飛び出す。
 少し調べたのだが、演目名が分からない。ご存知の方、お知らせ願えれば幸いです。

青年団 コント (11分)
 二人だけのニュースペーパー、という感じのコンビ。
 人事部長と二階級特進で人事課長になるヒラ社員という設定。
 二人が勤める会社の格付けは「トリプルZマイナス1」で、上が大塚家具、などの時事ネタを含むギャグが満載。
 「私の夢は、課長になることだったんです」「まるで、そろばん三級でやめるようなものだな」などの会話が、なんとも可笑しいのだ。
 シリアのダマスカス支店を出したことから業績が急降下した会社が作っているのは納豆。豆腐にも手を出して「五丁」の損失を出した、だから課長昇格をもってリストラ、という話にヒラ社員が抗議するのだが・・・・・・。
 寄席のコントならではの毒、私は好きだ。

春風亭柳好『長屋の花見』 (14分)
 古典を「久しぶりに聴いた」、という印象の高座。
 とにかく明るいのだ、この人の高座。
 番組構成的にも、季節柄も、程よいネタ選びだった。

桂南なん『反対車』 (14分)
 歌春の代演。プログラムを見るお客さんに向かった、「プログラムには、ありません。特別出演、です」とニッコリ。
 花粉症の薬で眠い、などと言いながら、このネタへ。
 まず、最初の病み上がりの車屋が、なんとも弱弱しく、「ウンコラショッ」「ドッコイショッ」と梶棒を回す場面のユルさが、たまらない。
 そして、二人目の元気な車屋との対照が、この噺の持ち味を充分に引き出していた。
 走り出す前に「保険に入ってますか?」と、自分が保険の外交をしていると言うのに加え、秩父へ行き、「どうです、私の民宿に泊まりませんか」という、したたかな車屋である。
 次は京都へ、そして東京駅へ戻り、車屋が「お客さん、どこへいらっしゃるんですか?」に「京都へ行く・・・・・・」のサゲも可笑しかった。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておく。
 
桧山うめ吉 俗曲 (10分)
 169.png行きに寄ろうか
 169.png梅は咲いたか
 169.png箱入り旦那
 169.png春はうれしや
 の後、踊りで「夜桜」
 いつものように、艶やかで結構でござんした。

柳家蝠丸『死神』 (30分 *~21:04)
 まだ、ネタが決まってないんです、というのは、ネタだろう^^
 主人公の仕事が設定されている。しかし、サゲにつながるので、秘密としたい。
 死神登場の場面は、まさにニン。
 「死神がどんな様子かと言うと、まぁ、私がもう少し年をとったと思っていただければ」という言葉に説得力があったなぁ。
 呪文は「アチャラカモクレンバイアグラ、テケレッツノパー」。
 こんな呪文なので、医者になった男が治した患者は、突如寝床から起き上がって「吉原に行きたい!」と叫ぶ。なるほど^^
 金がたまった男が妾に「寄席に行きたい」と言われて寄席に行き、噺家を連れて飲ませ、食わせる、というのは願望かな。
 地下に降りて、「あの団体で太くて長くて勢いのいいのは」という男の問いに、死神が「もちろん、今日の末広亭のお客さんたちだ」というのは、なかなか結構。
 もう一つの団体のろうそくもあったが、まぁ、それは内緒ということで。
 男の商売を使ったサゲ。なるほど、それもあり、かな。
 幕が下がってから、「あのサゲは私の創作です」と声があり、また、拍手。
 なかなか、サービス精神旺盛な高座だった。


 約七時間半の居続けだったが、足腰はなんともない。
 久しぶりの末広亭、かつ、芸協の昼夜は、売り物の新作も含め、なかなか活気に満ちていた。
 新会長就任のニュースは、良い弾みになっているような気がした。

 芸協の寄席の噺家さん、落語協会の実力者、たとえば、権太楼、さん喬、雲助、一朝などや、中堅の喬太郎や文蔵、扇辰、若手の白酒、一之輔などの顔ぶれと比べると、たしかに量的には負けている。あくまで、現時点では。
 しかし、新作に古典という落語そのものもバラエティに富んでいたし、漫才やコントに太神楽などの色物を含め、総体としての寄席として、なかなか楽しめた。

 落語家だって、この日の南なん、鶴光や若手の今輔、可龍、夢丸などの個性的な高座は、得がたいものだ。
 そして、もっと若手に目を向ければ、「成金」メンバーに代表されるように、イキのいい顔ぶれが揃っている。
 先日の「さがみはら若手落語家選手権」は、落語協会の歌太郎、小太郎、小辰、そして立川寸志を相手に、桂竹千代(竹丸門下)が優勝した。

 彼ら若手の今後には、大いに期待できる。
 

 さて、鈴本では四代目円歌襲名の披露目が始まっている。

 いつ行けるものやら分からないが、なんとか駆けつけたい。

 五月には、芸協の真打昇進の披露目が続く。

 そして、秋には落語協会の四人と、芸協の小痴楽単独の真打昇進披露がかち合うことになる。ぜひ、小痴楽の披露目には行きたいものだ。

 寄席から目が離せない、そんな一年になりそうだ。

by kogotokoubei | 2019-03-25 21:36 | 寄席・落語会 | Comments(10)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛