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噺の話

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カテゴリ:寄席・落語会( 480 )


 昨日、なんとか、末広亭に続き国立の披露目にも行くことができた。

 先日の落語協会の披露目の日、チケットを入手していたのだ。

 
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 演芸場前に掲げられた幟は、後ろ幕と同様に二本。

 場内に入ると、開口一番時点では五割ほどの入りだったが、最終的には九割ほどになった。
 夜の部で六時開演だからね。


 後ろ幕は、末広亭と同様(当たり前か)、明星学園明星会与利。
 出演順に感想などを記す。

春風亭かけ橋『黄金の大黒』 (16分 *17:45~)
 柳橋の四番弟子。ほぼ一年前、昨年11月の末広亭以来、二度目。
 昨年の『狸の札』でも、変な癖のない高座に好感を抱いたが、この噺も、なかなか楽しかった。羽織がなくてもいいのだと知って喜ぶ長屋一同、なんと、与太郎が胴上げされている、というのは初めてかな^^

柳亭明楽『子ほめ』 (14分)
 小痴楽の弟弟子、三度目だが、ようやく『まんじゅうこわい』以外のネタを聴けた^^
 不思議な魅力のある人だ。
 「百歳だったら・・・すげぇーでしょ」と八五郎に言わせるのは可笑しい。
 兄弟子を支えるのも、あと五日。がんばれ。

桂伸三『古着買い(古手買い)』 (13分)
 この噺は、六年前にこの人が志ん輔の会で聴いて以来。つまり、他の人で聴いたことがない。
 甚兵衛さんが女房に言われて、同居することになった女房の弟のために古着を買いに行くのだが、人のいい甚兵衛さんでは心持とないので、女房の言う通り、“こすっからい”熊五郎に一緒に行ってもらう、という内容。だから、『人形買い』や『壺算』に似ているし、古着屋が甚兵衛さんを馬鹿にしたのに怒って熊さんが江戸弁で啖呵を並べる場面は。『大工調べ』的でもある。 なかなか楽しい高座だった。
 四代目円遊-明治三十五(1902)年生まれ、昭和五十九(1984)年没-の十八番だったようだが、当時の芸協の大看板のネタを、こういう若手が継承するのは、実に良いことだと思う。

江戸家まねき猫 動物ものまね (14分)
 「ものまねショッピング」ということで、「ニワトリの目覚まし」や「(本当の)鳩時計」「犬の防犯システム」「猫のコンパニオン」などを披露。
 いろんな工夫で、ものまねという芸に色付けをしている努力は、評価できると思う。

桂小文治『片棒』 (20分)
 寄席で名があると、行きたくなる人の一人だ。
 金を短めに、銀をしっかりと。
 神田囃子も良かったし、ケチ兵衛人形の動きも、実に楽しい。
 銀を追い出した後、ケチ兵衛が、「あいつは、今、思いついたんじゃないよ、ずっと考えていたんだ」という科白に笑った。

桂米助『野球寝床』 (21分)
 仲入りは、小痴楽の父五代目痴楽の前座時代からの友人の、この人。
 漫談で終わるかと思ったら、ロッテのオーナーを旦那に見立て、子会社の役員や部長を長屋の店子に見立てた『寝床』を披露。
 まぁ、この人らしい、とは言えるが、言い間違え、同じセリフの繰り返し、など、どうも、連日の打ち上げの疲れがたまっているような高座^^

 一階の喫煙室で、一服。
 口上が楽しみだ。

口上 (18分)
 後ろ幕は、九月の末広亭と同様、「本寸法噺を聴く会」「町内の若い衆」「武蔵境商店連合会」「武蔵境自動車教習所」によるもの。
 下手から、司会のまねき猫、小文治、柳橋、本人、師匠の楽輔、米助。
 柳橋が、「本来は会長が来るべきですが、家庭の事情で」で客席から笑い。
 末広亭では聞けなかった師匠楽輔の話で笑った。
 その内容に末広亭の席亭のことがあり、なるほど、あの席にいなかったわけだ、と納得。
 内容は、秘密^^
 全般的に、皆が父を知っており、中には生まれた時から言っている米助などもいるわけで、身内のやんちゃ坊主が、ここまでになった、これからもよろしく、という感じの口上。
 アットホーム、という形容があてはまりそうだ。

春風亭柳橋『やかん』 (14分)
 九月の末広亭と同じネタ。
 それでも、こういう達者な人の、こういうネタ、大好きだ。

柳亭楽輔 漫談(『痴楽伝説』) (12分)
 小痴楽のこと、その父五代目痴楽の思い出から、師匠の四代目痴楽の思い出や、十八番ネタのことへ。
 客席で『綴り方教室』や『恋の山の手線』を知っているのは、半数位だったかな^^

東京ボーイズ ボーイズ (12分)
 なぞかけ問答、大好きだ。
 小痴楽の時間をつくるため、やや唐突なサゲだったが、これもやむなし。

柳亭小痴楽『宿屋の仇討』 (45分 *~21:25)
 短いマクラから、「旅のお噺で」と、本編へ。
 とはいえ、そのマクラも、楽しかった。
 松之丞や鯉八と、ベトナム旅行をした時、松之丞が、どこに行っても「Wi-Fi飛んでる?」と」言っていたが、本人は、そういう現代的な機器には縁がなく、「何言ってんだ、この野郎!」といったような、お話^^
 そして、本編・・・正直言って、驚いた高座。
 三代目桂三木助版が土台にあるのだろうと思うが、父の十八番でもあったのかもしれないい。
 とにかく、難しい噺だ。
 登場人物が多いし、スピーディーに場面展開をする必要もある。
 前半は、源ちゃんたち“始終三人”の江戸っ子の神奈川の宿屋での騒ぎぶりがヤマの一つ。
 三人組の場面も、芸者を呼んでのどんちゃん騒ぎ→寝床に入ってからの相撲→源ちゃんの色事師話、と色合いを替えて演出する必要がある。
 そして、江戸っ子三人と万事世話九郎の部屋を何度も行ったり来たりする伊八も大事な脇役。
 また、サゲで落差をつけるには、侍の万事世話九郎をいかに凛々しい、また怖い存在に描くかも大事。
 それぞれの噺の勘所を、小痴楽は、しっかり押さえていた。
 また、下手に演じるとダレる場面展開だが、小痴楽、三人組の騒ぎでの手拍子→世話九郎が伊八を呼ぶ手、と三度見事につないでくれた。
 また、相撲で世話九郎から苦情が出てやって来た時の三人組は、言葉を発せず、手振りと表情だけで、伊八とやりとりする様子で、笑わせた。
 三人組の相撲のせいで世話九郎に呼ばれた伊八が世話九郎に「たった今、捨衣(すてごろも)が三連勝しました」なんて言う科白も、なんとも楽しい。
 サゲ近く、伊八に「明朝、街はずれで出会い仇ということで・・・お連れの方が助太刀するのはかまわないとのことです」と言うと、連れの二人が「しない、しない」と返すのも可笑しい。三木助の工夫らしいが、しっかり、踏襲していた。
 小痴楽の持ち味である江戸っ子の啖呵、象徴的なのは、「(な)ぁによっ!」の科白などが、まさに江戸っ子三人組にお生きているし、予想以上に、世話九郎の貫禄もある。
 伊八が振り回される姿は、この人の本来の個性(?)にぴったりか^^
 この噺では、当代では筆頭か、とまで思わせた高座。
 もちろん、今年のマイベスト十席候補だ。


 真打昇進披露興行で、二度来たのは、一之輔以来。
 来た甲斐が、あった。

 この人、今後どうなるのだろうか。

 なんとも、楽しみでならない。
by kogotokoubei | 2019-11-16 23:18 | 寄席・落語会 | Comments(0)
 テニスが休みになった日曜日は、落語に行けるチャンス^^

 ネットで寄席、落語会をチェック。野暮用で午後六時までには戻らなくてはならない。
 ということで、国立の落語協会の真打昇進披露興行へ。この日は、四人のうち唯一古今亭の初音家左吉あらため古今亭ぎん志。本当は、わさびの日に行きたかったのだが、これも、縁。
 
 事前に電話すると、結構席は空いているようだ。

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 開演15分前に隼町に着いたのだが、前から5列目の席を確保できた。

 会場に入ると、ほぼ半分の入り。最終的には六割くらいになったかな。

 緞帳が上る。

 後ろ幕は、中央に漫画のイラストの入ったもので、贈呈者の名の部分に「ブギーポップは笑わない」としてあり、上遠野浩平 イラスト緒方剛志 与利、とのこと。この幕が最後までかかっていた。

 上手に、獅子頭が飾ってあって、ぎん志贔屓連与利とのこと。これは、ぎん志が真実(?)を明かしてくれた。

 出演順に感想などを記す。

柳亭市松『狸の札』 (15分 *13:00~)
 七月の鈴本以来二度目。あの時の『道灌』の方が、まだ良かったかな。言い間違いが何度か。
 精進してもらいましょう。

古今亭志ん吉『真田小僧』 (15分)
 淡い期待をしていたが、出場したNHK新人落語大賞のことは話さない。
 マクラでは、ペットボトルしか知らない前座が、楽屋でお茶を入れるのに苦労する、ということから、万事休す、なんて地口で笑わせる。
 本編も、噺そのものの楽しさをしっかり引き出す。当たり前だが、市松とは、格の違いを感じさせる高座。

隅田川馬石『堀の内』 (20分)
 口上の司会を務めることになっており、高座はおまけ、と言いながら、流石の高座。
 迷って道を尋ねた人から「あんたと同じような目をした人がいるから、すぐ分かります」なんてのも、妙に可笑しいし、そんな同類のそそっかしい男に会うと、「初日からよく来られましたね、私は三日目ですが、初日は辿り着けなかった」なんて会話を挟むのも、楽しい。
 このスピード感とリズムの良さ、私も余興の落語で見習おう。

ペペ桜井 ギター漫談 (9分)
 声の調子も良かったし、ギターもしっかり。
 一時、体調が心配だったが、復調されているようで、うれしい。

古今亭志ん橋『出来心』 (22分)
 マクラで、サッカー好きにオレオレ詐欺にひっかかる人が多い、「オーレー、オレオレ」というのは、この人からは意外な地口で笑ってしまった。
 声はもともと掠れているのが、しっかり出ているし、口上も良かった。
 古今亭の重鎮としての存在感を感じさせた高座。

鈴々舎馬風 漫談(『楽屋外伝』) (14分)
 志ん生、師匠小さんの思い出など、十八番ネタで、初めてと思われるお客さんを沸かせた。

 ここで仲入り。
 一服してから、さて、口上だ。

口上 (17分)
 下手から、司会役の馬石、志ん橋、本人、師匠の左橋、馬風、の五人。
 志ん橋が、古今亭の名跡などを丁寧に説明。師匠は、ぎん志は29歳で妻子があっての入門で、断ったのだが、奥さんと一緒に入門をお願いされ、許したと語る。前職がリハビリ(理学療法士)だったので、ギックリ腰になった時マッサージしてもらったが、治らなかったと笑わせる。馬風は、お約束の野球ネタから、三本締めの前に左橋に指笛のウグイスを演じさせた。へぇ、こんな余芸があったんだ。
 志ん橋の格調高さが際立った口上だった。

すず風にゃん子・金魚 漫才 (11分)
 金魚の頭は、中央のぎん志の写真で背景に紋の入った後ろ幕。
 ネタは定番のものだったが、初めてと思われるお客さんも多かったようで、くいつきとしての仕事はこなした。

初音家左橋『七段目』 (20分)
 歌舞伎の大向こうをお婆さんが真似して、という楽しいマクラからこの噺。
 いいなぁ、こういう高座。芝居も堂に入っている。師匠十代目馬生の教えが良く。相当、観ているなぁ、という印象。
 定吉が二階に上ってから「道行き」になってハメモノが入った。「七段目」での三味線、ツケも程よい演出となり、久しぶりに贅沢な気分になれた。寄席の逸品賞候補として色を付けておく。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (13分)
 三人で登場。
 客席の親御さんと一緒に来た小学生と思しき男の子のお客さんが、しきりに感心して声をあげていた。ぜひ、将来の仕事にしていただきたい^^

古今亭ぎん志『代書屋』 (30分 *~16:16)
 後ろ幕のことは、ライトノベルの作者と懇意で、宣伝をするということで作ってもらった、とのこと。獅子頭は、実は自分で費用を出したらしい。今回のお祝で賄おうと思っていたが、まだ足らないので、ぜひ、お賽銭を、と笑わせる。
 本編は、これまで寄席で出会った高座よりは、噺そのもののおかげもあり明るく弾けてはいるが、まだ、流調とは言えないし、聴いていて安心ができない部分もある。
 昇進と襲名を機に、同時昇進で唯一の古今亭として、成長して欲しい。

 一階の献花の贈呈者に、理学療法士の学校からの花があった。

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 さて、披露目という特別な会の全体は、楽しむことができた。

 そして、中席のもう一つの協会の披露目のチケットも、入手できた。

 今月は、また隼町に来なきゃ。
by kogotokoubei | 2019-11-04 09:45 | 寄席・落語会 | Comments(2)
 三位決定戦、ニュージーランド、やはり強かった。

 ノーサイド後の、アラン・ウィン・ジョーンズとキアラン・リード、そして、それぞれのヘッドコーチ、ハンセンとガットランドへのインタビューは、感慨深かったなぁ。

 余韻を楽しむ両チームの選手たち。なかには、子供と一緒の姿も、微笑ましい。

 さて、落語のこと。

 十月は、毎年のことなのだが、いろいろとあって、なかなか落語会や寄席に行けない。
 今年もそうだったが、なんとか、後始末を含めて、少し落ち着いた。

 昨日は、午後から時間ができたので、久しぶりに末広亭へ。
 なんとか、晦日に落語を聴くことができた。

 余一会の夜の部が、この二人会。
 二席目、市馬『穴泥』、三三『居残り佐平次』は、ネタ出しされていた。

 実は、昨日、もし丸一日休めれば、昼の部の一朝・一之輔親子会に行こうと思っていたのだが、午前中はどうしても野暮用があり、だめだった。

 とはいえ、三三を久しぶりに聴きたかった。

 また、市馬は、落語協会会長になってから、ホームページの問題の責任者として快く思えなかったのでしばらく避けていたが、たまに寄席で高座に接すると、やはり達者。あくまで一人の噺家として、市馬の高座も聴きたい思いがあり、楽しみにしていた。

 事前に電話したところ、早めに行けば、前売りの一階椅子の指定席の残りを買うこともできるかもしれない、とのことで午後3時頃に行って、後ろから二列目の席を確保。

 近くの喫茶店で、読みかけの本(野口卓著『軍鶏侍』第四巻)をめくっていたら、あっと言う間に開演時間が迫ってきた。

 今、このシリーズにはまっている^^

 開演10分前に会場に入る。一階椅子席はほぼ満席。当日売りの桟敷も九割がた埋まっている。最終的には二階も開いたようだ。

 出演順に感想などを記す。

柳亭市朗『転失気』 (15分 *17:00~)
 二年前の六月、ざま昼席落語会以来。
 きつい言い方になるが、あまり進歩を感じない。口舌がはっきりせず、科白を飲み込むのが、気になる。冒頭で和尚が珍念を呼ぶと「へぇ~っ」の返事を長々と続けて「廊下が長いので」と受けを狙うのも、私は感心しない。和尚が侍のような口調。
 まだまだ、精進していただきましょう。

柳亭市楽『お血脈』 (17分)
 この人の前名が、市朗だった。
 来年三月の真打昇進を機に、六代目玉屋柳勢を襲名するとのこと。へぇー、知らなかった。花火の玉屋と流星との洒落からきた名。少し調べたが、先代たちは、詳細が分らない人が多い。本当に六代目かどうかも怪しいのだが、ま、古い名跡の復活を喜ぶとしよう。
 本人いわく、この名、三三や一之輔も勧められたが、断ったらしい。
 三三が、後で語っていたが、昼の部との入れ替えで三人が出会い、結構、この名のことで盛り上がっていたようだ。
 さて、高座のこと。
 最近、宝塚にはまっているなども含むマクラからこの噺へ。
 地噺で、いろいろオリジナルのクスグリを入れることができるネタ。
 市楽も、閻魔大王が「石川(五衛門)を呼べ!」と言うのに対し「今、我泣き濡れて蟹とたわむれています」「それは、啄木じゃ」とか、「津軽海峡冬景色」「それは、さゆりじゃ」、「まちぶせ」「それは、ひとみじゃ!好きなのか?」なんて答えで客席も少しは沸いたが、全体としては、今ひとつの盛り上がり。
 というか、気持ちが先走っていて、少し、落ち着かない高座。
 私は、前座の市朗の頃、この人に大きく期待していた。
 明るい、スケールの大きな噺家さんになって欲しい、と今でも思っている。
 襲名を機に、ぜひ、復活した名跡を広めて欲しいものだ。

柳家三三『金明竹』 (33分)
 短いマクラから本編へ。
 この人は、ずいぶん前から、老け役(?)は得意で、この噺の主人などは、まさにニンである。
 柳家なので、与太郎ではなく、松公だ。
 いわゆる「骨皮」からのフルバージョンを、実に楽しく聴かせてくれた。
 程よく、オリジナルのクスグリも交え、笑わせる。
 「猫も驚く」「キャット!」なんてのも妙に可笑しいし、叱っては何度も奥に入る旦那に、「そんなに心配なら、奥に行かなきゃいいのに」と松公に言わせるのも、聴く者の心持を代弁していて、頷きながら笑っていた。
 上方の男の科白も、少しづつスピードとメリハリの付け方を変えて四度。三度目には、客席から拍手あり。
 十分に伏線を張って、最後の女房の頓珍漢な話につながる。
 ここでも、工夫がいくつか。
 前半、貸し猫の断りの科白「どこかで海老のしっぽでも食べたのでしょう」を旦那のことに置き換えたわけだが、この海老が一つのアクセントをなって、適度に挟まれる。たとえば、兵庫の坊主の屏風の奥に、海老の山、なんてね。また、開口一番のネタを取り込んで、「兵庫の坊主が、転失気がないとかあるとか」でも大笑い。
 こういった当意即妙な演出は、間違えると、噺のリズムを壊すことがあるが、そこは三三である。噺の骨格をしっかり保持して、鮮やかに「今」を取り込む。
 この噺は、前座噺と言われるが、そう簡単ではない。それは、私が仲間内の余興で演じて、よく分かっている^^
 『道灌』などと同じで、真打が挑むに足る噺だと思う。
 演者によって、まったく出来栄えは違うわけで、三三の高座は、楽屋の前座、二ツ目にとっては、まさに良いお手本だったと思う。

柳亭市馬『松曳き』 (27分)
 三三の高座での客席の盛り上がりを受けて、「前座の頃は、こんな器用な噺家さんになるとは思わなかった」と振り返る。
 また、かつては、楽屋にうるさ型がいて、『短命』や『町内の若い衆』などは、昼からかけるネタではないとか、彦六の口真似で「噺ってぇには、二、三度、くすっと笑わせればいいんです」と言われたと回想。
 以前にも聞いたことのある、師匠小さんの昭和天皇の園遊会の話も、客席の高齢のお客さんには嬉しかったと思う。
 仲入り後に登場する、アサダ二世のことも、持ち上げる。
 今年師走で五十八歳か。伝統というものへの、強い意識を感じた。
 また、その昔の師匠たちの思い出を語れる人も少なくなってきたことを考えると、なるほど、小三治が会長職を任命したのも、分らないではない。
 ネタは、この人の寄席の十八番、悪かろうはずはない。

 ここで、仲入り。

 一服してトイレに行く際に二階を見ると、前の方にお客さん。
 一階は椅子席も桟敷も、ほぼ満席だった。
 さて、後半。

アサダ二世 奇術 (17分)
 緞帳が上がると、下手に椅子に座った下座さん。後で、あや(綾?)さんと判明。
 初めて見る光景。
 アサダ二世が登場し、下座さんが、どんなふうに合わせるかを見てもらいたくて、とのこと。なかなか、結構な趣向じゃないか。
 いつものように、紐の芸で、何度も始めようとして話に戻るのを、あやさんが、見事に合わせるのを、見ることができた。
 あやさんが楽屋に下がってから、師匠アダチ龍光譲りの「パン時計」を披露。
 見た目より若く、まだ七十一歳。今後も落語協会の寄席で欠かせない人で、長生きをして欲しい。
 
柳亭市馬『穴泥』 (25分)
 アサダ二世の芸を振り返り、「楽屋は、明日トーストです」で笑わせる。ああいう人こそ人間国宝に、で客席から拍手。そんなマクラを短くふって本編へ。
 この噺で思い出すのは、まず、三代目春風亭柳好の、亡くなる直前のネタだったこと。昭和31(1956)年3月14日に、専属だったラジオ東京(現在のTBS)のスタジオでこの噺を収録し、その後に向かった鈴本で脳溢血で倒れ、その夜に亡くなっている。翌日の追悼番組の中で、前日の高座が放送された。
 七年前の命日に、その音源を含むCDのことで記事を書いた。
2012年3月14日のブログ
 あら、あのCD、ほかに『居残り佐平次』も収録されている。偶然なのか、この会、三代目柳好トリビュートか^^
 市馬の師匠五代目小さんの音源は、私のお気に入りで、携帯音楽プレーヤーの定番。末広亭に向う電車の中でも、聞いていた。
 さて、師匠にどこまで迫ることができたのか。
 内容は、ほぼ師匠と同じだ。
 場面ごとに、市馬の高座を振り返りたい。まず、次のような構成。

 (1)貧乏夫婦の家庭、暮れを乗り切るには三両必要なのだが、気の弱い夫があちこち回ったものの、
  どうにも算段できずに帰宅。女房に罵倒され、三両つくるまで帰るな、と家を追い出された。
 (2)また、何軒か訪ねたが、どうしても工面ができず、さまよい歩いて着いたのが花川戸の河岸。
 (3)何の商売か分らないが、商家の木戸から若い者が出て来て、どうも吉原に遊びに出たようだ
 (4)その木戸が開いていたので、物騒だなぁ注意してやろう、と忍び入ってしまった。
 (5)何かの祝い事の後のようだが、お膳が片付いていないから、残り物を飲み、食べる
 (6)赤ん坊が現われて、あやしているうちに、穴蔵に落ちる
 (7)家の主が、気がつき、鳶頭(かしら)のところへ助けを求めに行ったが、鳶頭は留守で、
  たまたま留守番をしていた居候の男がやって来る
 (8)主人に穴蔵に落ちた泥棒を引き上げてくれと言われた男だが、酔った泥棒の言葉で怖気づく。
  主人からの礼金が次第に上がっていき、三両となって、泥棒の言葉でサゲ

 (1)では、何と言っても、女房の啖呵が聞かせどころ。男じゃなくて。
  市馬の女房の「おまえさんのようなのは、豆腐の角で頭打って死んじまいな」の科白、亭主には効いたねぇ^^
 (2)では、師匠と同じように、百本杭に出て、釣り人とのやりとりが挟まれていた。
 興津要さんは『古典落語』(大尾)のこの噺の解説で、この場面、あの鼻の円遊の速記では、両国橋の欄干から見る河蒸気などの情景を挟んで膨らませて「明治の東京風物詩」をうたいあげていたことを評価していた。あと10分ほど足した長講で、そういった演出があっても良いだろうは思う。
 (3)(4)で分るように、この男、根っからの泥棒ではない。
 しかし、(5)の場面では、腹も減っていて、目の前にご馳走の残り物、つい、手を出してしまう。よって、家宅侵入と無銭飲食には該当するかな。市馬が酒を飲み、鯛の塩焼きを食べる場面、腹がグーと、なりそうだった^^
 また、この場面では、恐い女房も、結婚したばかりのことは、ああじゃなかった、という独り言が入るのだが、「あなた、から、おまえさん、今じゃ、おいって言いやがる」というぼやきが、可笑しい。
 私が好きなのは、(6)で、赤ん坊をあやしている場面。
 師匠小さんの音源も良いのだが、市馬も「あんよは上手、転ぶはおへた」と、好好爺ぶりが微笑ましい。
 (7)では、鬼のせいじが、力自慢をする場面が、可笑しい。尻にひょっとことおかめの彫り物、想像するだけで笑える。
 (8)は、その鬼のせいじと、下の穴蔵にいる男とのやりとりで、鬼のせいじが、だんだん心細くなっていく件(くだり)が楽しい。泥棒が、股間にぶら下がる、玉を取る、などと言い、怖気づく男の姿が、可笑しい。

 つい、なりゆきで泥棒になってしまう男の哀れさと、酒を飲んでからの変貌ぶりは、『らくだ』の屑屋さんにも共通する一面がある。
 そういった人間の性が、途中の赤ん坊とのやりとりというほのぼのとした情景も挟んで、しっかり描かれていた。やはり、この人、うまい。
 師匠の十八番を継承する高座、今年のマイベスト十席候補とする。

柳家三三『居残り佐平次』 (51分 *~20:22)
 花魁による客の上下、というマクラから本編へ。ちなみに、上は来ず、というのは、来ないで必要な時に金だけ届けてくれる客が一番、ということ。そりゃぁ、いい客だ^^
 四人の男が佐平次に呼ばれるところから始まる。主人公の名前は、最初に明らかになる。
 品川の大見世に入る前の若い衆(喜助)とのやりとりは、割愛。これも、ありだな。
 一席目『金明竹』の主人役とは大きく変わり、若々しい佐平次が躍動する。とても、療養が必要とは思えない^^
 前半の聞かせどころは、佐平次と喜助とのやりとり。
 五人でさんざん遊んだ翌朝、喜助に直すといって酒を飲んでお迎えの酒を飲んで人眠りして喜助に起こされ、勘定と言われ喜助を騙す場面の科白のリズムが、良い。
 「もうじき、ゆうべの四人(よったり)がやって来る。あそびをして裏をかえさないのはお客の恥、なじみをつけさせるないのは花魁の腕のにぶい位は心得ている連中だから・・・・・・」という、落語でしか聞けそうにない科白が、なんとも良いのだ。
「そんな野暮なこっちゃ、気の利く、いい腕前の若い衆にはなれないよ」なんて佐平次の科白も、喜助を惑わせる。
 しかし、来るはずだった四人が来なかったとなると、喜助も、馬鹿じゃあない。
 勘定は・・・払えない、と聞いて喜助は真っ青。口あんぐり。
 仲間を呼び出して、その中の先輩格が強面で佐平次に迫ると、「よう、音羽や!」と、なんとも軽妙な受け流しに、若い衆たちも拍子抜けの体。
 蒲団部屋を根城に居残ってからのヤマは、紅梅さんのいい人、勝っあんとのやりとり。このやりとりの間に、佐平次は、結構飲むねぇ^^
 ♪浮名立ちゃ それも困るが世間の人に 知らせないのも惜しい仲
 なんて都々逸まで挟んで、紅梅の勝っあんへの惚れ具合を創作するなんてぇのは、そう誰でもできることではない。凄いのだよ、佐平次は。
 昼の暇な時間には、女の子たちの繕い物をしてあげたり、手紙を書いてあげたり、小咄まで披露する佐平次。この小咄が、○○や△△より面白い、というクスグリの噺家の名前は、秘密。
 気配りと如才なさ、そして、噺のうまい“居残り”に座敷がかかるのも当然だ。
 宴会で“にわとり踊り”をするくらいは当然のこと、とっておきの“忠臣蔵の新演出”まで、披露する。
 これは、大がかりだ。見世の外に出てする余興だから。設定は、電灯が普及している時代。これ以上は、どんな芸か、ご推察のほどを。
 だんだん、佐平次の衣装も派手になり、ついに、♪俵星玄蕃を歌う時の、市馬の衣装のようになった、というから可笑しい。
 若い衆たちの実入りが減って、彼らが注進したため主人に呼ばれた佐平次。
 勘定はいつでもいいから、ひとまず家に帰ってくれと言われたが、一歩外に出るとお縄にかかる身、と佐平次。主人とのやりとりの中に、白浪五人男の稲瀬川の勢ぞろいの場、忠信利平の科白も挟んだ。ちなみに、初代小せんのこの演出については、以前記事を書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2014年1月23日のブログ
 サゲは、オリジナルではなく、主人が仏のような人と言われている、ということを伏線にした、創作。後で確認すると、師匠譲りのサゲだ。
 中年の病身ではない、この人らしい若々しい佐平次が躍動する高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 やはり、落語はいいなぁ、と思いながら帰途についた。

 さぁ、もう十一月。

 早い早い、今年も暮れるぞう。
by kogotokoubei | 2019-11-01 20:45 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 夜の部を前にして、一階席の椅子席がいっきに九割ほど埋まった。

 桟敷も八割ほどになっていたかな。まだ、二階は、開演時には開いていない。

 楽しみな披露目の興行、出演順に感想などを記す。

 後ろ幕は、昼の部の芸協の「寿」の幕から、「本寸法噺を聴く会」「町内の若い衆」「武蔵境商店連合会」「武蔵境自動車教習所」の四団体(?)によるものに替わった。

立川幸吾『牛ほめ』 (10分 *16:45~)
 昨年6月の国立以来だが、同じネタ。
 最初に昨年師匠が主任の池袋で聴いた『子ほめ』から、だんだんと良くなっている。
 前回も感じたのだが、「売る人も まだ味知らぬ 初なすび」を其角の発句としていたが、人によっては去来の発句とする場合がある。これ、どっちが正しいのかな。
 与太郎が、牛の褒め言葉をスラスラ言うのは、やや違和感あり。

橘ノ圓満『豊竹屋』 (12分)
 夢丸の代演は、久しぶりのこの人。
 圓満の都合なのか、二ツ目の前での出演だったが、噺の持ち味を十分に引き出す、なんとも楽しい高座。豊竹屋節右衛門と花梨胴八の掛け合いが、最後まで客席を沸かせていた。いいなぁ、こういう人のこういうネタ。まさに、寄席の逸品である。ということで、色をつけておこう。

ねづっち 漫談 (16分)
 生で寄席では、初。
 なるほど、こういう芸だったか。
 ナイツのことを褒めて、「演芸(園芸)に、土屋(土や)塙(花わ)欠かせない」なんてのは、見事。
 最後にお客さんからの題で締めたが、内容は・・・秘密^^

柳亭明楽『まんじゅうこわい』 (13分)
 四年前7月、夢丸の国立での真打昇進披露興行で、同じネタを聴いて以来。
 あの時は、ただただ“暗~い”という印象だったが、この高座は、その暗さはほどほどで、独特の間も、持ち味になりつつある、そんな印象。兄弟子の披露目なので、弟弟子の信楽と、何かと忙しい日々が続くだろうが、しっかり小痴楽のために裏方を務めて欲しい。

昔昔亭桃之助『お菊の皿』 (12分)
 相変らず、末広亭のプログラムは、昔々亭。
 草津温泉ネタのマクラが、ようやくなくなったのは、良いと思う。
 明るい高座は好感が持てるのだが、もう少し、緩急がつけられると良いのだが。

宮田 陽・昇 漫才 (12分)
 ネガ・ポジ会話と、十八番の地図ネタで、若い人の多い客席を沸かせる。
 池袋のチョーさんに、会いたいものだ^

三遊亭朝橘『桃太郎』 (13分)
 圓楽一門の枠で、本来は萬橘だが、弟弟子のこの人が代演。
 橘也時代に、2015年、横浜にぎわい座のげシャーレで、小痴楽たちとの東西交流落語会で『もぐら泥』を聴いている。
 あの会では、小痴楽の見事な『佐々木政談』を聴くことができたことを思い出す。
2015年11月26日のブログ
 その翌年には、さがみはら若手落語家選手権で、『死ぬなら今』の大幅な改作を聴いた。
 冒頭、圓楽一門がわたしで、「成金」の交替出演が小笑、大変な日にご来場で、と自嘲していたが、そういうことも寄席でのめぐり合わせなのよ。
 見た目は、笑福亭鉄瓶が“しゃべるゴリラ”と称しているように、なかなかにいかつい。噺のほうも、パワーとスピードで一直線、という感じ。「深川の師匠」圓橘門下で、二年前に真打になっている人。今後、もう少し落ち着いた高座に出会いたいものだ。

春風亭柳橋『やかん』 (12分)
 文治と交替出演枠で、この人。
 ずいぶん久しぶりだ。ブログを書く前に聴いて以来になる。
 こういう人のこういうネタが、寄席らしい空間と時間をつくってくれる。
 「縮れっ毛の高島田」->「結(言)うに結(言)えない」
 なんて、いいなぁ。
 「九時だ」は静岡弁で「くじら」になり、「まっ黒」は、群馬弁で「まぐろ」になった、というのは初めて聴いた。
 寄席の逸品賞候補としたい。

 ここで、二階が開いた。

江戸屋まねき猫 ものまね (14分)
 「小痴楽の母です」と言う理由は、父の猫八が亡くなってから、小痴楽の父、五代目痴楽の世話になり、小痴楽のことは小学生時代から知っている、とのこと。
 小学四年生の頃の小痴楽は、大工さんになりたい、と言っていたらしい。
 しかし、父の下で落語家を目指すことになり、なぜ大工になるのをやめたのか聞いたら、大工は算数ができないといけないから、とのこと^^
 その小痴楽の披露目の初日のネタが『大工調べ』だったと明かす。
 ネタのほうは、にわとりシリーズで、あの♪チキンソングも披露。
 この人と小痴楽との縁を、知ることができたのは、貴重。

桂小文枝『孝行糖』 (17分)
 上方の交替枠は、この人。
 私にとっては、まだ、きん枝。
 高座は初。正直なところ、あまり良い印象を持っていないタレントだったし、今回の襲名も賛成できない。
 とはいえ、せっかくなので(?)高座をしっかり聴いたが、「あら、落語、結構出来るじゃないの」という印象。
 芸歴からは当り前だが、初めて聴く新鮮さは、あった。
 この噺は、上方が元で、三代目圓馬が東京に移したもの。オリジナルを生で初めて聴いた。

春雨や雷蔵『強情灸』 (15分)
 仲入りは、小遊三に替わって、この人。
 この噺をこれだけ聴かせて、笑わせる、というのが凄いと思う。
 モグサをたっぷり腕に乗せ、「そりゃぁ、見ねぇ、浅間山だ」なんて科白も心地よい。
 「障子を開けるな、風が入る!」というのは、あまり聞かない科白のように思うが、効いている。

 さて、仲入り。
 ほぼ一階は椅子席も桟敷も満席。二階も、ほどほど入っている。
 平日の夜なのに、それだけこの披露目の人気が高いということ。

披露口上 (13分)
 後ろ幕が、明星学園「明星会より」に替わった。
 下手から、司会の遊雀、柳橋、本人、小文枝(きん枝)、米助
 柳橋が、小痴楽が小学生の頃に作った俳句が、新聞に載ったことを紹介し、その句を読んだ。内容は・・・秘密にしておこう^^
 きん枝が、「襲名はしないんだ」と不思議に思っていたが、「二度やるな」と思った、というのは、たぶん正しい読み。
 米助は、父の痴楽、小遊三との三人でつるんでいたと明かす。小痴楽は、トリのマクラで、もう一人、円雀の名も挙げていた。
 遊雀が、なんとも真面目な司会ぶりだったのが、妙に印象深い。

三遊亭小笑『粗忽の釘』 (11分)
 成金の交代出演は、朝橘がバラしていた、この人。初。笑遊の弟子。
 なんとも言えない雰囲気。人によっては、フラがある、と言うかもしれない。
 粗忽者が、釘を打ち込んだお隣へ行って、お茶とお茶菓子をいただくというのは、珍しい。
 頭髪は、もっと短くして欲しいが、この人の不思議な高座は、今後も聴きたくなった。

三遊亭遊雀 漫談 (5分)
 この人も次の米助も、小痴楽の時間を作るための漫談。
 とは言うものの、一つのネタにはなっていた。拾った千円札の話。
 『巡る千円札』とでも名付けようか。
 「皆さん、いい日に来られましたねぇ、今日の小痴は凄いですよう!」とふっていたが、なるほど、凄かった^^

桂米助 漫談 (8分)
 長島茂雄ネタを中心に、短く下がった。
 しかし、トリで再登場するのだが。

ボンボンブラザース 曲芸 (7分)
 真打昇進披露の膝は、この人たちが多いが、それも道理だ。
 たったこれだけの時間で、しっかりとトリにつなげる。

柳亭小痴楽『らくだ』 (46分 *~21:00)
 マクラでは、子供の頃の思い出を披露。
 父と飲み仲間の小遊三、米助、そして圓雀が飲んでいる居酒屋に呼び出されて、よく、いじられたとのこと。ズボンとパンツを脱がされて、というのは、ほとんど、虐待^^
 その犯人(?)の米助が、「今日はおまえの噺を聴く」と、楽屋で一杯やっているとのことで、「帰ったらいいのに!」と言うと、私服になってコップを持った米助が上手から飛び出した。ネタかな。
 酔っ払いのマクラからこの噺は、実に真っ当。
 この人の持ち味は、何と言っても江戸っ子の語り口の良さ。
 この噺では、その啖呵がふんだんに登場する。
 前半は、らくだの兄貴分、後半は屑屋。
 構成にも工夫があって、屑屋が、月番、大家、八百屋に兄貴分の伝言を告げに言った際、「あのぉ、らくださんが」「やめて!」「いえ、らくださんが死んだんです」「いい!」というやりとりが繰り返されることで、笑いが起こる。現代的な言い回しの工夫が、効果的。
 また、独特のクスグリも、この人ならではで、たとえば、屑屋が四回目の酒を兄貴分に催促する時、「日本語分る?」は、一瞬、十代目馬生の音源を彷彿とさせた。
 四杯目を屑屋が一口飲んだ時に、屑屋が一瞬の間から「なめるなぁ、この野郎!」と大声を発し、完全に主客逆転。
 らくだの髪の毛を毟ろうと酒を含んだ屑屋が、それを飲み込んで「あっ、飲んじゃった」なんてのも、可笑しい。
 さて、落合の火屋へ行く段で、ほんの少しの地の語り。
 他は、ほとんどが、兄貴分と屑屋、そして他の多くの登場人物との会話と仕草で構成される、それだけ難しいネタだ。
 火屋の安の酔っ払い方も、なんとも楽しい。
 願人坊主のサゲまでの通しを、見事に、そして自分の噺として聴かせ、見せてくれた。
 今年のマイベスト十席候補とするのを、まったく躊躇うことはない。

 
 満足して末広亭を出ると、人だかり。

 一枚だけということで、小痴楽が写真を撮らせるサービス。

 ガラケーを出して慌てて撮ったら、やはり、ブレていた^^
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 帰宅の電車の中で、いろいろ考えていた。

 果して、小痴楽は、今後どんな噺家になるのだろう。

 一之輔は、古典基本を外さず、彼ならではの現代風のクスグリや脚色で、彼ならではの噺を仕上げる。

 小痴楽は、どうだろう。
 一之輔とは、相当味わいが違う。
 安定性は、一之輔には劣る。
 しかし、どんな高座になるのか、という期待感、あるいは、スリルは、ずっと小痴楽に感じる。
 ある意味、その危なっかしさがは、時間を経るうちになくなるのかもしれないが、持って生まれた落語家の血に、この人の持つ野生的な感性が加わり、とんでもな噺家になるような期待を抱かせる。

 披露目、もう一日は行きたいなぁ。

by kogotokoubei | 2019-09-28 13:57 | 寄席・落語会 | Comments(10)
 一昨日26日の午後、時間ができたので、末広亭へ。

 行きたかった一人真打昇進の小痴楽の披露目だ。

 三時少し前、昼の部の仲入りで入場。

 平日の午後なのに、一階椅子席は七割ほど埋まっていたかな。桟敷は五割位だったろうか。

 スーツだったので、桟敷ではなく、久しぶりに後方の椅子席に、まず落ち着く。

 まずは、昼の部の、クイツキ以降について感想などを記す。

古今亭今輔『飽食の城』 (15分 *14:55~)
 定番の落語家になったいきさつ、自転車泥棒事件のマクラから、本編へ。
 戦国時代、秀吉に兵糧攻めにされた、西国のある城のお話。
 殿様が、もうこれまでかと諦めかけた時、家来の武将は、兵糧攻めに備えて城を改良してあると言う。床は南蛮渡来のカステラ、壁はグリコのキャラメル、瓦は煎餅で柱はカロリーメイト、などなど。お城はお菓子でできていたのだ。チョコレートはM&M's加工で、べたつかない、と芸が細かい^^
 それから一年後、秀吉はしろに火を放ったところ・・・でサゲに。
 なかなか良く出来た新作で、客席を沸かせた。

東京太・ゆめ子 漫才 (15分)
 「母ちゃん、帰ろうよ」の起源(?)を説明。
 京太の師匠、松鶴家千代若・千代菊が戦時中に大陸に慰問興行に出ていた時に、千代若が妻の千代菊に「母ちゃん、帰ろうよ」と言った言葉が、その後、ネタになったものを、京太が継承している、とのこと。ゆめ子が、「やらなくてもいい戦争」と小さな声でつぶやいたのが、印象的だった。客席に九州の方がいるかと聞くと、前方に福岡、ん中央部分に、長崎のご出身の方が挙手。
 ゆめ子が京太に、やや無茶ぶりで♪長崎の鐘、を歌わせたが、なかなかの美声。歌では、栃木なまりも出ない^^
 この人達から、強い反戦の思いを感じたひと時だった。

瀧川鯉昇『うなぎや』 (14分)
 季節の替わり目は、力が入らない、落語なのかピョンヤン放送なのか分らない、ところどころ聞こえない、と笑わせる。同窓会ネタでは昭和39年の東京五輪、ブルーインパルスの思い出からのネタが可笑しかった。内容は、秘密。
 本編は、サゲでうなぎを追いながら下がってくれはしなかったが、この人ならではの改作でサゲた。秋葉原で獲れた鰻、なんて発想は、なかなか出来ないなぁ^^

三遊亭遊三『替り目』 (16分)
 夫婦のマクラから、中年夫婦が新婚旅行で行った旅館をふたたび訪ねるというネタ『旧婚旅行』に入ったかと思ったら、この噺へ。
 あれ、マクラだったのか、それとも、途中で変えたのか、不思議な流れだった。

翁家喜楽・喜乃 太神楽 (8分)
 五階茶碗から輪の芸へ。輪で、喜乃ちゃんが落としそうになったのも、愛嬌。

桂歌春『紙入れ』 (24分 *~16:30)
 師匠譲りだろうが、「町内で知らぬは亭主ばかりなり」のみならず、「よく聞けば猫の水呑む音でなし」なんて川柳も挟まれる、結構、色気たっぷりの噺になっている。
 明るさと軽妙、そんな持ち味のこの人には、やや、不似合いなネタかもしれない。

 さて、昼の部、お開き。

 前の方の椅子席が空いたので移動し、一服。

 外には、行列が出来ている。

 さぁ、これから小痴楽の披露目だ。

by kogotokoubei | 2019-09-28 09:47 | 寄席・落語会 | Comments(0)
 旅の記事があったので、遅ればせながら、この会のこと。

 初の繁昌亭。

 あらためて、外観。
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 あらためて、この会の看板。六回目とのこと。
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 この二人の高座は、生では初。
 CSのスカイAの「らくごくら」では、見たことがある。
 言わずもがなだが、雀三郎は枝雀の弟子、染二は染丸の弟子。

 喫茶ケルンを出て、開演少し前に、二列目の席に座った。

 開演前や仲入りのBGMがトトロなどのジブリのメドレーで、山茶花さんが喜んでいた^^

 繁昌亭のサイトによると、一階席145席、二階席63席。

 思ったほどは広くないが、落語にはちょうど良い空間だと思う。

 最終的には、一階席の八割ほどが埋まったのではなかろうか。

 出演順に感想などを記す。

 なお、雀三郎と染二の二席はネタ出しされていた。

桂九ノ一『道灌』 (12分 *18:00~)
 初。本人が言うように、名前から女性を想像したが、「すんません、こんな野球部の補欠みたいなんが登場しまして」で笑い。
 たしかに、坊主頭の見た目は、そんな感じなのである。
 後で調べると、九雀のただ一人の弟子で、三年半ほどの経歴のようだが、この高座は、結構気に入った。関東版と基本は同じだが、クスグリが上方ならではで楽しい。
 「わしゃ、隠居じゃ」「夜店ですくうやつ」「そりゃ、金魚や」なんてやりとりが可笑しい。
 たけやんが提灯を借りに来たが、「傘を貸せと言え」「傘は持っとる」と返され、その傘を折るあたりは、ダイナミック!
 元気で明るい高座、幸先が良い。

林家染二『替り目』 (18分)
 前日まで大須演芸場だったとのこと。前半は江戸の住吉踊り、後半は上方の住吉踊りが披露されたらしい。東京の噺家さんとの交流、打ち上げなどを振り返る中で、名古屋のメイド喫茶の話には、笑った。
 ♪一でな~し、二でな~し、と本編へ。
 酔っ払いの亭主が、酒の肴に関東炊き(おでん)を女房に買いに行かせた後の独白が楽しい。
 「お願いですから、月曜の朝、ビニール袋に入れて電柱のとこに捨てないでください」
 なんてのがあった。
 マクラを含め、この人の持ち味が発揮された高座。
 滑稽噺がニンと思っていたので、二席目はどうなるか、と思っていたが、凄かったのだ。

桂雀三郎『G&G』 (25分)
 本職は歌手、とのこと^^
 あのヒット曲♪ヨーデル食べ放題は15万枚、落語のCDよりはるかに売れているから。
 ということで、ヒット曲を一番だけ聴かせてくれた。
 あの名曲(?)、もともと、京橋の“やぐら”という飲み屋さんの歌「やぐら行進曲」を作り、一緒にCD化したところ、高田文夫がラジオを紹介して大ヒットした、と丁寧に説明してくれた。
 “やぐら”の常連さんが、ビールとチェイサーにして酒を飲む人であったとか。
 その“やぐら”が、あの「深夜食堂」のモデルとのこと。知らなかった。
 ギターをやろうとして、普通はFができなくて苦労するが、ご本人、Gが出来なくてまづいた、というのは、ちょっとはギターをかじる者として、笑った。
 本編は、“おやじバンド”ならぬ“じじぃバンド”のネタで、小佐田定雄さん作。
 全身グレーで身を固めた典型的な年寄り姿の森さんを、派手な衣装に髪の毛はメッシュ、若い女の子をナンパしまくっている鹿田さんが、自分たちのバンドの練習に誘う。
 そのバンドの名が、「G&G」。「ジジイ&ジジイ」。
 「ピアスの心、母心」なってクスグリやバンド仲間の芸名なども笑える。
 サンセット加藤さんの潰れた会社の工場が、練習場。
 さて、見た目も趣味(植木)もまさにジジイの森さんに、鹿田さんはバンドの歌を披露。
 ということで、下手に隠していたギターを雀三郎は持ち出して、ライブがスタート。
 ♪どうにも止まらない、♪昔の名前で出ています、などの替え歌で客席は大爆笑。
 決めゼリフは「ファイヤー!」。
 最後は♪宇宙戦艦ヤマトの替え歌で、「阿倍野斎場、焼~き~場~」で、客席も一緒に、「ファイヤー!」となる。
 なるほど、本職は歌手だ。
 なかなかの美声、そして、カポダストを駆使したギターさばきも、お見事。
 期待通りの、楽しい高座だった。
 山茶花さんによると、米朝はこの「G&G」が大好きで、一門の会では飛び入りすることもあったとのこと。「あたしも、もうじきファイヤーです」が決め科白だったようだ^^

林家染二『菊江仏壇』 (42分)
 マクラで、この噺に相応しい若旦那のネタ、ということで、現在の米団治の逸話。
 とても内容は書けないが、彼の高座での逸話に、客席は大爆笑だった。
 マクラで大いに笑わせた後、本編へ。笑わせどころの少ないネタ、しっかり計算をしてのマクラだったように思う。
 滑稽ばなしの染二、という印象が強いので、果してこの人情噺の長講をどうこなすか、注目していた。
 とにかく、長い。
 私は、2010年12月、小金治さんをゲストに招いての国立演芸場での文我で聴いており、その後、2017年7月に、日本橋劇場で雲助で聴いた。
2010年12月6日のブログ
2017年12月13日のブログ

 少しズルをして、Wikipediaの文章も借りて、あらすじをご紹介。
Wikipedia「菊江の仏壇」

(1)船場・淀屋小路の大店、飽きっぽく道楽者の若旦那は、惚れて一緒になったお花との
   仲も二カ月は持たず、遊びの虫が再発すると、南の芸鼓、菊江にいれあげてしまい、
   家に居つかない。そのせいでお花は気を病んだ挙句病気になってしまい、療養のため実家に
   帰ってしまった。そのことについて、大旦那は若旦那に今までの不始末をさんざんに責めるが、
   若旦那は「わたいの女道楽は大旦那の信心と変われへんもんでっせ。」と反省の色すらも
   見せない。さて数日後、実家から『お花が危篤』と言う電報がくる。 大旦那は憮然と「番頭どん。
   倅をようく見張っとくなされ。」と後を託して見舞いに行く。
(2) 厄介払いが出来たと大喜びの若旦那、菊江のところに行こうと番頭に止められる。
   「そら、番頭済まなんだ。わてが悪かったわ。」「わかってくれはったらよろしゅう
   ごわります。」「そのかわり横座るさかい話聞いてくれへんか。」「へえ。よろし
   おます。」「気にせんといて、そのまま帳面付けてくれたらええねん。」
   「さよでっか。」「あのなあ、番頭・・・・・・」と、逆に、じんわり番頭の
   茶屋遊びを暴露して、脅しにかかる。「ちょ、ちょっと若旦那。止めておくん
   なはれ。」「何や。嫌か。ほたら外出して。」「いやそうはいきまへん。」
   お花が病に伏しているのに遊びに行くのはどうしても世間体が悪い。それなら、
   親爺の留守を幸いに、家に酒肴を注文して菊江を呼び、ここで茶屋遊びをする
   事にしようと話がまとまる。
(3)店の者も喜んで早速店じまい、ごちそうを注文する。やがて菊江も、他の芸妓も
   三味線太鼓を抱えてやってくる。若旦那もう嬉しくてたまらない。「菊江来たか。
   こっち来い。こっち来い。今日はな、やかましい親爺おらんよって・・・・・・
   明日にならな帰ってけえへん。家で散財しよ。そんなら、今日はどんどんいこか。」
   とみんなで飲めや歌えの場が大騒ぎ。
(4)盛り上がったころで突如大旦那が帰ってきた。「これ!ここ開けんかい!何して
   ますのじゃ!」「うわっ!大旦那さん帰ってきはった!」
   一同大あわてでご馳走等々を隠すが、菊江の隠れるところがない。「菊江、お前
   こっち来い。」「まあ、何しなはります。」「ここへしばらく隠れとれ。」
   やむなく大旦那が買ったばかりの『200円もする巨大な仏壇』に押し込む。
   さて大旦那は番頭をはじめとする皆の酔態を見て「何ちゅうことしくさるのじゃ。」
   とあきれ返る。
   「倅はどこにいくさる。」「おとっつあん。ばあ。」「これ、ようもこんなふざけ
   たことしくさって。」
   大旦那は涙ながらに「これ、倅、お花はな。わしの顔見るなり『不実な夫でも、
   生涯連れ添う人と思え一目会うまではと思うておりましたが、もし、おとうさん。
   わたしはよほど嫌われたんですね・・・・・・』との言葉を一期に、様態が
   変わって死んだわやい。」と一部始終を話す。
   「こなたもわしと一緒にお花とこへ通夜に行きなされ。」と嫌がる若旦那を尻目に
   仏壇のもとへ。
(5)「もし、お父っあん。何しなはんねん。」「仏壇に有難い『親鸞聖人の掛け軸』を
   取り出しますのじゃ。」「ええっ!! もし、仏壇にはあらしまへん!」「ほんなら
   どこ直したんじゃ。」「・・・・・・下駄箱ン中」「アホぬかせ!」と大旦那は
   件の仏壇の扉をギー・・・・・・。 途端に現われたのは菊江の姿に、
  「ああ。お花か。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。もう迷うて出たんか。倅の了見は
  わしが直す、だから迷わず成仏しとくれ!!」
  幽霊(菊江)の方が 「へえ。私も消えとうございます」で、サゲ。


 文我、雲助の高座について書いた記事と重複するが、この噺は、他のネタを彷彿とさせる部分がいくつかある。
・大旦那が若旦那を諌めるシーンは、『船徳』『唐茄子屋政談』他と同じ味わい
・若旦那が番頭の弱みを追及し味方につけるところは、『山崎屋』
・大旦那と定吉が出先から、どんちゃん騒ぎの我が店に戻ってくる件は、『味噌蔵』
 
 東京でこの噺を十八番としていた、小金治さんの師匠だった桂小文治について、矢野誠一さんの本『落語讀本』(文春文庫)は色川武大さんの言葉を紹介している。
矢野誠一 『落語讀本』(文春文庫)
色川武大さんは、桂小文治の『菊江の仏壇』をきいたことがあるそうだ。敗戦直後の神田立花で、<茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気、はじめて小文治を、ただものではない落語家だと思った>と書いているのだが、この感じが私には、とてもよくわかる。

 色川さんが指摘した小文治の高座から感じた、<茶屋遊びの気分><商家の感じ><独特の色気>が、まさに染二の高座を評価する上で、重要な指標になるように思う。
 
 (1)の場面で、大旦那が若旦那を諌める場面の長科白、下手をするとダレてしまう部分を、染二はよどみなく、そして、十分に商家の感じを醸しだしながら聴かせてくれた。若旦那がお花と夫婦になって二ヶ月持たずに芸者菊江に入れあげたと責める大旦那に、若旦那が、大旦那がしつらえた仏壇に二ヶ月持たずに飽きた、という話で対抗する、数少ない笑わせどころ。上方の商家の空気が客席に流れる。
 (2)では、じんわりと、真綿で首で、若旦那が番頭が女を囲っていることを暴く。番頭の慌てる心理がよく描かれていたし、暴露された後に開き直っての宴会の幹事役としてはしゃぐ様子、静と動の描き分けがすこぶる良かった。
 (3)は、まさに『味噌蔵』。皆が弾ける様子がそれまでの静から動への転換となる。女子衆が何が欲しいかと言われ「針さしと鏡台」に若旦那が「嫁に行くのやあらへんで」なんてのも楽しい。なかでも、若旦那が子供頃におねしょをさせた話を繰り返す佐助が印象的。何度も昔のことを繰り返す鸚鵡返しは、『うどんや』の酔っ払いを彷彿とさせる。
 菊江がやって来て、若旦那が「菊江、歌ってんか」の声から、はめもので賑やかになるのが、上方ならでは。ここで、茶屋遊びの気分を短いながらも味わわせてくれる。
 洗い髪に白薩摩で登場した菊江の姿には、もちろん色気が充満している。先代の小南は、「若旦那ぁ」と登場する菊江の姿を一瞬でもお客さまに見せることができたら、と記しているが、染二の高座、しっかり映像が浮かんだ。
 この菊江の姿から、『白ざつま』という演目でも呼ばれる。
 (4)大旦那が帰ってから、お花の最後を振り返る場面は、なんとも泣ける。伝聞であり、それが臨終の場なのにも関わらず、色気を感じるのが不思議だ。
  若旦那がなぜお花の元から菊江のところへ逃げたのか、という心理面の葛藤も語られていて、実に深~い噺となった。

 米朝の音源では、マクラで、大ネタと言われているが、とにかく難しい噺で、あんまりオモロイこともない、と語っている。
 米朝は、小文治が東京に持って行って相当刈り込んだとも言っているが、オリジナルは、紹介したように、登場人物も多ければ、場面展開もたくさんある。とはいえ、笑わせどころは、きわめて少ない噺。
 しかし、だからこそ芸達者が挑戦したくなる噺、でもあるのだろう。
 染二の挑戦、私は実に良い高座として実を結んだと思う。
 今年のマイベスト十席候補としたい。

 ここで仲入り。

 中に喫煙スペースはなく、外で一服。
 まだ、日中の暑さの名残があったなぁ。
 さて、もう一席。

桂雀三郎『百年目』 (39分 *20:31)
 こちらも、上方落語大ネタ中の大ネタ。

 大きく次のような場面で構成される。
 (1)番頭の治兵衛と奉公人との会話。ここで、仕事一筋で堅物な番頭を表わすために、「芸者という紗はいつ着るのかも知らん」なんて科白が出てくる。また、手代や小僧と番頭の間には溝がある、という組織の空気が伝わる。これが、最後の栴檀と南縁草の話にもつながっていく。
 (2)その番頭が、実は粋な遊び人であることが明らかになる場。幇間や芸者たちと船で桜の宮に花見に繰り出し、酔った勢いで扇子で顔を隠した鬼ごっこでつかまえたのが、なんと旦那。治兵衛としては、大変な事件発生だ。
 (3)次兵衛は店に帰り、病気と偽って部屋にこもる。悶々と夜を過ごす。
 (4)そして、翌日の旦那と治兵衛との会話、というより、旦那のお説教だ。有名な栴檀と南縁草の喩え話が登場する。

 冒頭の次兵衛のネチネチした部分は、意外とあっさりだったような気がした。この人、あまり悪者にはなりきれないのかもしれないなぁ。
 船の中が暑~い空気は、会場の冷房がききすぎたせいもあったか、実感しにくかった。たしかに外は暑いのだが、中を冷やしすぎるのは考えものだなぁ。
 ヤマ場は、この夜中の次兵衛の姿。逃げ出そうとして高い着物を重ね着しては、いや、そんな酷い旦那ではなかろう、とまた着物を脱ぐ。しかし、また逃げようと着物を着る、の繰り返しは、師匠枝雀譲り。笑った。
 大旦那の次兵衛への話、旦那という言葉にまつわる栴檀と南縁草の話までが、勘違いかもしれないが短い気がした。時間調整もあったかな。
 染二の『菊江仏壇』の後だったこともあり、悪くはないのだが、全体に平坦だった印象。
 一席目に、本職(?)の歌手としてのライブを楽しんだから、良しとしよう。

 なお、『百年目』については、以前の記事で桂米二の本からの引用や、「内田樹の研究室」から、栴檀と南縁草のたとえに関する記事を紹介しているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年5月28日のブログ

 終演後に、山茶花さんと土山人で美味しい酒と蕎麦を味わったのは、前の記事で紹介した通り。

 同期会の有馬温泉への旅行に続き、初の繁昌亭を楽しむことができた。

 とにかく、染二の『菊江仏壇』が特筆ものだった。

 たまには、上方落語もいいなぁ、と痛感した夜。

 なお、繁昌亭に、この「よせぴっ」という落語会ガイドが置いてあり、無料でいただくことができた。
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 「東京かわら版」の上方版とも言えるが、手作り感のある案内誌。

 「よせなび」として、繁昌亭のみならず、お寺や飲食店などさまざまな会場での落語会情報が満載。凄い数だ。

 山茶花さんは、表紙の若旦那風のイラストが米団治とすぐに分かった。流石!

 「トピックス」欄には、その米団治が来年3月、「米朝まつり(仮)」を開催するというニュース。
 3月30日から三日間、ゆかりのサンケイホールブリーゼで5公演、朝日生命ホールで3公演とのこと。
 また、米朝とOSK時代に駒ひかるの芸名で活躍した奥さん中川絹子さんの夫婦の物語が大阪松竹座の2月公園で上演されるとのこと。

 裏表紙には、芸歴35周年の林家染二が、10月恒例の独演会で、「上方落語の女性の世界」をテーマにするとの案内。また、上方寄席囃子の功労者、林家とみさんの50回忌であることから、自分で寄席囃子を披露するらしい。
 そうか、染二は、いろんな落語に挑戦しているんだなぁ、『菊江仏壇』もそういう挑戦の一つか、と納得。
 10月の会のことは、染二のオフィシャルホームページで演目なども案内されている。
林家染二オフィシャルホームページ


 なお、「よせぴっ」のオフィシャルブログから、この情報誌のPDFがダウンロードできる。
「よせぴっ」公式ブログ

 ご興味のある方は、ぜひご覧のほどを。

 「よせぴっ」で、魅力的なプログラムが上方でもたくさん予定されていることを確認。
 東京に負けず劣らず、大阪の落語界がんばっていることが伝わってきた。

 また、来なきゃ!

by kogotokoubei | 2019-09-12 21:54 | 寄席・落語会 | Comments(10)
 一昨日の金曜、エアポケットのように時間ができたので、久しぶりに末広亭へ。
 都合で居続けはできないが、昼の部主任の歌る多の客演に、上方から露の都が出演することや、一之輔の名に魅かれた。

 正午少し過ぎに入場する。
 三遊亭歌扇の『桃太郎』の途中だった。

 椅子席は七割ほど、桟敷も三割位は埋まっていた。
 平日、なのに。
 最終的には、椅子席は満席で立ち見席もあり、仲入りでは二階も開いた。
 桟敷も八割くらいは入っただろうか。
 まだ夏休み中ということで、家族と一緒に小さな子供も何人か見かけられた。

 いつもの下手桟敷に席を確保。

 初めから聴くことのできた内容を、記す。

林家正楽 紙切り (12分、*12:10~)
 二楽の代演で、米粒写経と出番が代わった。こんな浅い時間では珍しい。
 ご挨拶代わりの「線香花火」の後、「ミッキーマウス」。三味線と太鼓のミッキーマーチが聞けるのはここだけ、と話しながら、見事なミッキー。次が、椅子席二列目に母親と一緒に来ていた小学生の女の子のリクエスト。なんと、「ジャガーがワニをつかまえるところ」というお題^^
 正楽も弱りながらも、しっかりした出来上がり。「夏休みの宿題で、自分で切ったといって出してください、エヘヘ」と笑わせる。
 最後は、上手桟敷の女性から「サグラダファミリア」のリクエスト。闘牛とサグラダファミリア(らしきもの、と正楽)で下がった。いつ見ても、流石の芸。

林家きく麿『寝かしつけ』(15分)
 小林旭の♪昔の名前で出ています、を歌ってから、この新作。
 友人から三歳の子供を寝かしつけできないと相談を受けた男。
 子守歌や昔話の本、歌などのアイデアを出すのだが、どれも難癖をつけられて拒否。 後半は、桃太郎と犬との、きびだんごをめぐる会話で盛り上げる。
 百栄の桃太郎ネタとは別な味わいで、なかなか楽しかった。
 
三遊亭歌奴『宮戸川』 (14分)
 マクラが、なかなか味のあるブラックで良かった。
 祖父祖母、両親の家族で生まれた赤ちゃん。生まれてからまったく泣かないし、言葉を発しない。一歳の誕生日に初めて発した言葉が「おじいちゃん」。おじいちゃん、喜ぶことしきり。しかし、翌朝、おじいちゃんが、ポックリと亡くなった。二歳の誕生日に「おばあちゃん」、三歳の誕生日に「おかあさん」と続き、やはり翌日亡くなる。さて四歳の誕生日に「おとうさん」と言ったので、父親は覚悟をきめたのだが・・・・・・。
 自分の余興の落語のマクラで使うために、少し詳しく書いた次第^^
 本編は、この人らしい丁寧で明るい高座。圓歌門下の、すでに中堅として存在感がますます出てきたように思う。
 島崎又玄の「木曽殿と背中合せの寒さかな」なんて句が登場するあたりも、渋い。

ストレート松浦 ジャグリング (10分)
 色物は、芸協のほうが総合的に上か、と思ってはいるが、この人や小猫などの芸に触れると、落語協会の色物の層が厚くなったなぁとも思う。
 中国独楽、踊る傘、お手玉の芸に、客席の子供たちも目を見張っていた。

 ここで、少しだけ空いていた椅子席が、ほぼ埋まった。

三遊亭萬窓『ぞろぞろ』 (13分)
 熱い夜、近くの学校のプールに忍び込んで、というマクラも、余興で使わせてもらおう^^
 本編は、落語の教科書のような、上下、所作、目線、表情のしっかりしたもので、上品でもある。若手は、こういう人の高座を手本にすると良いと思う。
 
橘家蔵之助『饅頭こわい』 (15分)
 「落語界の箸休め」とは、言いえて妙^^
 本編は、少し脚色を加えて爆笑ネタにしている。なるほど、箸休めか、と思いながら聴いていた。

米粒写経 漫才 (12分)
 居島一平のパワフルな芸、なかなかである。
 日中戦争に従軍した、日ロ戦争にも・・・というネタなどもなんとも可笑しい。

桂才賀『カラオケ刑務所』 (15分)
 元気な姿を見ることができるのは、嬉しいのだが、ここ数年、このネタ以外を聴いたことがない。
 また、以前も書いたのだが、この作品が落語協会が募集した新作落語台本の準優勝になったのは、2014年で、五年前。そろそろ「一昨年の準優勝」というのは、あらためましょう^^

柳家小団治『ぜんざい公社』 (13分)
 定番のマクラ、オリンピックはメダルにこだわらないで、「金でも銀でも銅でも鉄でもいい」、「鉄は錆びる」「いえ、オリンピックは参加(酸化)することに意義がある」というネタ、今日のテニスの後の飲み会で使わせていただきました^^
 この人とか蔵之助は、ある意味で、寄席に来たなぁと思わせてくれる。

ダーク広和 奇術 (15分)
 大きなガマ口のようなカバンを肩にかけて登場。道具は、その中の紐だけ。
 この人、実はとんでもない名人なのかなぁ、なんて思いながら見ていた。

三遊亭圓丈『金さん銀さん』 (15分)
 仲入りは、この人。
 いつものように尺台にカンペ(?)を置いての高座。
 リズムが悪く、また、時折カンペを見るのが、気になる。
 本編は、二年前2017年10月、浅草での二代目古今亭志ん五襲名披露で聴いているので、二度目だが、あの時ほど、熱田高校時代の逸話が盛り上がらなかったなぁ。
  あの日は、春風亭栄枝の『都々逸坊扇歌物語』が良かった。栄枝も元気だろうか。
2017年10月16日のブログ
 栄枝は、志ん朝と同じ昭和十三年生まれだが、圓丈は昭和十九年生まれ、まだ、若い。
 圓丈、元気な姿を見るだけで嬉しい、という噺家になるには、まだ早かろう。
 そろそろ尺台をとっぱらって、十八番の新作でぶっとぶ高座を、また魅せて欲しい。
 ここで、二階が開いた。
 平日でも、凄い入りであることにびっくり。
 一服して、後半に備える。

三遊亭美るく『半分垢』 (9分)
 クイツキは日替わりで主任歌る多の弟子の粋歌とこの人が務めている。
 初、だ。
 登場した時から、雰囲気は講釈師。
 噺も、そんな感じ。そっち系統のネタは、合うかもしれない。

江戸家小猫 動物物まね (14分)
 なるほど、国立演芸場の花形演芸賞大賞を受賞するだけの、芸だ。
 ここまでくれば、五代目猫八を襲名するのに、誰も反対はしないだろう。
 四代目の父は2016年3月21日に亡くなっている。
 七回忌、三年後あたりが、披露目になるような気がしている。
 
露の都『堪忍袋』 (17分)
 さぁ、お目当てだった、上方初、よって日本初の女流落語家の登場。
 五年前、横浜にぎわい座の上方落語の会、以来。
2014年2月16日のブログ
 そして、同じネタだった。
 しかし、実に良かった。マクラで「三十は超えました・・・嘘ついてすんませ~ん、四十を超えました・・・嘘ついてすんませ~ん・・・・・・」から、最近の加齢による(?)逸話をいくつか披露。トイレに入っている時に宅急便屋さんが来た時の一件は、とても東京の若手女流落語家には言えない(当り前か^^)内容。
 本編は、師匠の五郎兵衛というより、枝雀が描く上方の夫婦の会話のようで、なんとも楽しい。
 五年前の記事でも引用したが、上方の噺でよくお世話になる「世紀末亭」さんのサイトから引用。
「世紀末亭 上方落語メモ」の該当ページ
 ほんでなぁ、今、平兵衛はん言ぅてたあの「堪忍袋」早いこと縫え
 言わいでも縫ぅてます。ポンポン、ポンポン言ぃなはんな、ポンポンポンポン言わな、よぉもの言わんのか。昔のこと言ぅたろか、恥ずかしぃやろ、わたしの奉公先にあんたが出入りの大工として来てたときに、毎日弁当食べるときお茶入れたったら勘違いしやがって……人のおらんとこ無理矢理連れて行って「なぁ、一緒になってくれるやろ。ふんちゅうてくれ、ふぅんちゅえ、ふぅんちゅえ」子どもに糞さすみたいに「ふんふん」言ぃやがって。あのときあんた言ぅたやろ「体ひとつで来てくれたらえぇ」ちゅうて「お前が来てくれたら、なんもせんでえぇ。わしが何でもする、お前にケガされたらかなんさかい」来たら来たでなんにもせんと、ダラダラ・ダラダラして……、思い出したわ、あんたこれ言ぅたら顔赤こなるで、言ぅたろか「お前と一緒になれへんかったら、わしは死ぬ……」いぅて
 喧しぃわ、アホンダラ。早いこと堪忍袋縫えッ!
 縫ぅてます、縫ぅてます、今できたわ。これがちゃんと堪忍袋になってたら、わたしがズッと思てたことみな、こん中に入れてスッキリしたんねん、覚えとけ・・・・・・
 こういった会話が、都ならではのくすぐりを交えて楽しく続く。
 「なんであたしが歯磨きのチューブ後ろから絞って絞ってつこうてるのに、頭の方から出すんじゃ、アホー・・・エヘヘ」てな具合^^
 この噺、上方版のほうがサゲが鋭くブラックで、好きだ。
 なかなかええとこの嫁が「くそばばぁ、死ねぇ」とは大きな声で言えないだろうし、くたばりかかったその婆さんが、堪忍袋が破れて聞こえたその嫁の声を聞いて生き返る、なんて、落語らしくていいよね。
 名人上手の高座なら東西の言葉の壁がないことは、客席の爆笑で証明していた。
 この高座、今年のマイベスト十席候補とする。

春風亭一之輔『夏泥』 (15分)
 泥棒ネタは『鈴ケ森』を得意としていると思うが、私はこの人でこのネタは初めて。
 ちなみに、2012年の真打昇進披露興行の五十日間でのネタは、次の通り。
  5回(1):茶の湯
  4回(3):百川、子は鎹、粗忽の釘
  3回(4):欠伸指南、初天神、明烏、らくだ
  2回(6):短命(長命)、不動坊、長屋の花見、花見の仇討、青菜、藪入り
  1回(10):竹の水仙、雛鍔、くしゃみ講釈、鈴ケ森、蛙茶番、代脈、大山詣り、
      鰻の幇間、へっつい幽霊、五人廻し
 私が聴けたのは、末広亭の『雛鍔』と国立の『五人廻し』の二席。
 一之輔の良さはいろんな方が指摘しているが、古典落語の可笑しさの本筋を外さす、彼なりの現代的な感性を加えて自分のネタとして作り上げていることだと思う。
 「金は計画的に使えよ」という泥棒の科白や、「おかずが食べたい!」と叫ぶ一文なし男の絶叫などで客席を沸かせる。
 ますます独演会のチケットが取れなくなるなぁ、と思った高座、寄席の逸品賞候補として、色をつけておく。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (10分)
 久しぶり(私にとって)に三人で揃って登場。
 客席の小学生の女の子が喜ぶ顔が、こういう芸の重要性を裏付ける。

三遊亭歌る多『西行』 (30分 *~16:35)
 憧れの露の都(と、桂あやめの交替出演)が出てくれたことへの感謝の言葉から。
 東京落語界の女流落語家が二十一人になったとのこと。
 他の噺家さんと違って地噺を、とこのネタへ。
 西行がまだ佐藤兵衛尉義清という北面の武士であった時の逸話。
 帝に寵愛されていた染殿の内侍が、帝の代参で南禅寺に参詣した折り、蝶が舞う姿を見て、萩大納言が「蝶(丁)なれば二つか四つも舞うべきを 三つ舞うとは これは半なり」と詠んで短冊を内侍に渡した。
 この萩大納言は、以前に内侍に袖にされた男で、きっとその遺恨をはらすべく内侍に恥をかかせようとする企みに違いない。この時、内侍は丁半博打なんて知るはずもない。歌る多は、入門してこれも社会勉強と思い、嫌だったけど競馬競輪丁半博打をたしなんだ、と笑わせる。
 内侍が弱っているところに佐藤義清が「一羽にて千鳥といへる名もあれば 三羽舞うとも 蝶は蝶なり」と返歌で助け舟。これが、二人の出会い。
 堅苦しい宮中の生活からも逃れたいし、帝以外の男とも自由に遊びたい染殿の内侍。義清に「この世にては逢はず、あの世にても逢はず、三世過ぎて後、天に花咲き、地に実り、人間絶えし後、西方弥陀の浄土で我を待つべし、あなかしこ」という隠し文が届けた。四日目の夜中に西にある阿弥陀堂で待っているようにというナゾかけだ。義清は嬉しくて夜も眠れず、当日は早くから阿弥陀堂へ行って染殿を待つが、うかつにも居眠りをしてしまった。
 だいぶ遅れてやって来た内侍は鼻から提灯を出して眠っている義清を見て、「われならば鶏鳴くまでも待つものを 思はねばこそ まどろみにけり」と怒って帰ろうとする。義清は内侍の袖をとらえ、「宵は待ち夜中は恨み暁の夢にや見んとしばしまどろむ」と返歌し、内侍の機嫌も直って、二人は逢瀬を楽しんだ。
 帰り際に義清が内侍の袖をつかんで、「またの逢瀬は」と問うと、「義清、阿漕(あこぎ)であろう」と袖を振り払って帰ってしまった。
 ところどころ、歌る多らしいクスグリが入るのはもちろん。
 内侍が義清が寝てしまっているところを見て、現代の若いおねぇちゃんなら、などなど。
 さげてから「師匠圓歌から唯一教わったネタ、本日は月命日でございます」と聞いて、少し目頭が熱くなった。
 時間のせいもあるだろう、「あこぎ」の説明などは割愛したが、なかなかの高座。

 ちなみに、白洲正子さんが著書『西行』で、西行に「あこぎ」と言ったのは染殿の内侍ではなく、待賢門院ではないかと推理していることは、以前紹介しているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2018年5月27日のブログ
2018年5月28日のブログ

 
 野暮用のため夜の部は断念し帰った。
 ともかく、露の都が光った。私より少しだけ年下だが、学年は同じ。元気をもらった。

 ああいう上方の女流の高座は、可愛いい、なんてもてはやされている東京の若手女流落語家に、ぜひ見習ってもらいたいものだ。

 やはり、寄席はいいね。

by kogotokoubei | 2019-08-25 17:36 | 寄席・落語会 | Comments(8)
 6日、直行直帰の仕事と重なるという僥倖により、行くことができた会。

 通算十回目の、最終回とのこと。

 受付でいただいたプログラムに、これまでの演目と主催の時期が記載されている。
 2008年から2013年までは東京音協主催、いったんお休みをして、2016年から東京音協で担当されていた五十嵐さんが独立されて「いがぐみ」の主催。
 
 これまで三度行くことができた。

 震災の直前、2011年3月の第四回が最初。池袋開催。
 翌2012年3月の第五回、そして、2013年3月の第六回が国立。

 あら、全部3月開催だ。だから、副題は「弥生の独り看板」だった。
2011年3月2日のブログ
2012年3月28日のブログ
2013年3月26日のブログ

 ということは、全て東京音協の主催だった。

 それぞれの三席は次の通り。

 2011年3月第四回 『盃の殿様』(花)・ 『夢金』(雪)・ 『景清』(月)
 2012年3月第五回 『花見小僧』(花)・『刀屋』(月)・『しじみ売り』 (雪)
 2013年3月第六回 『崇徳院』 (花)・『ねぎまの殿様』(雪) ・『佃祭り』(月)
 
 記憶は相当あやしくなってはきているが、当時のブログを読み直して、甦ってくる。

 ともかく、すべての会の後味が良かった。

 まだ、関内の会に行き始める前に、柳家小満んという噺家さんの魅力を知った会、ともいえる。
 ちなみに関内の会に最初に行ったのは、2014(平成二十六)年七月の第123回からだ。

 コンビニでお茶とおにぎりを買って会場に開演の20分前ほどに到着し、二階のロビーに行くと、佐平次さんと遭遇。
 居残り会のことをお聞きすると、さすがの大将、しっかりリサーチ済み^^

 会場に入る。
 最終的に、三百人の会場に六割ほどかな。

 出演順に感想などを記す。

三遊亭歌つを『新聞記事』 (15分 *19:00~)
 開口一番は、初めてかな、と思ったが五月の四代目圓歌披露で同じ会場で『牛ほめ』を聴いた前座さん。
 落語協会のHPのプロフィールによると、2017(平成29)年3月三遊亭歌奴に入門、2018(平成30)年1月21日前座となる。前座名「歌つを」、とのこと。
 白酒が「待機児童」と呼んでいた見習い期間が、結構長かったということか。
 五月の記事でも、そのキンキンする高音のことを書いたいたが、やはり気になる。
 高座全体は、そう悪くない。経験を積めば、また声の調子も変わってくるだろう。
 
柳家小満ん『花見心中』 (26分)
 まくらで、夕顔の絵から、木下長嘯子の「夕顔の咲ける軒端の下涼み 男はててれ女(め)はふたの物」のことを説く。この歌のこと、後で調べて分ったのだが、もう少しふくらませて欲しかった気がする。日本への外国人旅行者のことから、京都から江戸(東京)へ来た、善次郎という人物のことへ。
 これが、「花」のお噺で、なんとも珍しいネタ。
 (1)慶応から明治に変わる幕末維新の混乱期、京都の善次郎は、重兵衛という
   知り合いをたどって、江戸に出てきた。しかし重兵衛は、所帯をたたんで、
   国に戻ってしまった後。重兵衛の世話人という男、安田が面倒を見てくれて、
   江戸に残って呉服商を営んでみたもののうまくいかず、安田さんに何度も借金を
   頼みに行き、ついに「豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ」と見放された。
 (2)落胆した善次郎、首をつろうと向島の土手の桜の木の下へ。さぁ、と決心した
   矢先、枕橋の方から若い男女がやって来たので、逃げるように木に登った。
   その二人、若旦那と使用人の女のようで、この世で添い遂げられないのなら、
   と心中の相談。緋毛氈を広げ、傘を開き、心中の始末をする人に迷惑がかかるからと、
   十両の金を用意して、いざ、という時、善次郎は木から落ちてしまう。
 (3)心中直前のふたりは驚いて逃げ出し、その場に残った十両の金を、善次郎はつい拝借。
   大家に相談はしたものの明治の混乱の江戸であり、届け出ても無駄だとその中から家賃を
   払って借金を返し、残った金を元手に再び呉服の商いを始めた。
   今度は、商売もは順調に進み、一緒に住む母親も不自由させることはなかった。
 (4)七年が過ぎたある日、店にやって来た夫婦者が、なんと、あの時の二人。
   善次郎は、残してくれた十両の金のおかげで店をここまでにすることができたと
   「命の親」とお礼するが、一方の心中夫婦も、あのとき逃げたおかげで、
   すぐに家族に見つかってしまい、結果として親の許しを得て夫婦になることができた、
   あなたさまこそ命の親でございます。三人が口をそろえて、「命の親」「命の親」と
   繰り返しているところへ奥から出てきた善次郎の母が、「善次郎の親は私です」
   というのが、サゲ。

 なんとも珍しいネタで、もちろん(?)初。お初は嬉しいのだが、それほど楽しめなかった。

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 居残り会で、たまたまカバンの中に横浜の会の千秋楽でいただいた演目一覧を自分でエクセルで表にしたプリントアウトを入れてあったので、ざっと見たが、このネタはなさそうだった。

 しかし、目でざっと探すなんでこたぁ、あてにならない。なんと後で表を検索してみたら、平成二十五(2013)年三月の第115回で、演じていた。

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 私が行き始める前・・・だ。
 あの、四代目橘家圓喬の持ちネタにあるらしいが、当代では、小満んだけではなかろうか。

柳家小満ん『大仏餅』 (17分)
 いったん下がってから、すぐ再登場。
 秀吉の金ピカ大仏など、大仏のマクラから、最初の師匠の最後の演目としてあまりにも有名な、このネタへ。
 とにかく、神谷幸右衛門の名が出て来て、良かった^^
 サゲは、目から鼻ではなく、工夫されていた。さすが。
 この噺は、関内のリストには、ねぜか見当たらない。お江戸日本橋亭では昨年演じているようだ。
 いろんな意味で、特別な噺なのだろう。

 ここで、仲入り。

柳家小満ん『名月若松城』 (46分 *~21:00)
 三席目は、講釈ネタ。
 蒲生氏郷と家来の西村権四郎との逸話を主とした内容。氏郷といえば、妻は信長の娘、冬姫。葉室麟の『冬姫』を思い出すなぁ。
 天下統一を目前にした秀吉だが、島津との戦い、九州征伐で豊前国・岩石城(がんじゃくじょう)の攻略に苦労する。氏郷は自ら城へ攻め込むのだが敵の弾が乗っていた馬に当たり落馬。門から出てきた島津の軍勢に取り囲まれ、さすがの氏郷ももはやこれまでかと覚悟を決める。その時、救いに来たのが西村権四郎。敵兵を討ち倒し、そのおかげで氏郷は窮地を脱した。秀吉勢は体制を整えなおし、岩石城は落城。
 氏郷は伊勢松阪三十万石の城主となる。ところが自分を助けてくれ権四郎には何も恩賞を与えない。
 一年経って八月十五日、月見の宴。ということで、しっかり「月」の噺。無礼講の席で氏郷は、岩石城での戦いの思い出話をするのだが、権四郎に助けられたことには、まったく触れない。権四郎は酒の勢いもあって氏郷と言い争いになる。氏郷の提案で相撲で決着をつけることになるのだが、忖度などしない権四郎は、氏郷を投げ飛ばす。権四郎は殿様の愚かを嘆き、門番に悪態をついて、松阪の城を出て行ってしまう。思い直した氏郷が権四郎を捜させるが、見つからない。
 そして、数年後、氏郷が移った会津若松城での月見の宴。氏郷の前に現れたのが・・・という後半は割愛。
 こちらも、関内のネタ一覧を検索すると、あった。

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 平成二十四(2012)年九月の第112回。まだ、行き始める前。
 八代目正蔵の音源があるようだ。
 小満ん、この長講では、途中の言いよどみも気になり、なかなか楽しめなかったのが、残念。


 珍しいネタ、そして、愛でたい「雪」「月」「花」での締めくくりということはできるが、少し、ご本人に気負いがあったような気もする。


 さて、あまり高座で笑えなかったのだが、終演後の居残り会では、佐平次さんが目をつけていた、会場近くに最近できた炉端焼き屋さんで、五人の居残りメンバーが、若い店員さんの言葉などに、大いに笑わされた。
 「焼き場ですから」「切り刻みます」「おれ、焼きます」などなど、焼き場担当の“なかじ”は、なかなか愛されるキャラクター。
 ということで、シマホッケなどを楽しみ、落語の話も肴に閉店までいれば、もちろん帰宅は日付変更線を超えたのでありました。  
by kogotokoubei | 2019-08-08 08:59 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 二週続いて、昨日も雨でテニスが休み。

 そうなると、落語の虫がうずうずする。

 上野広小路亭、南なんが主任の席にも食指が動いたが、久しぶりに志ん輔を聴きに鈴本へ。
 
 この人のことで気になっていたこともあった。

 帰りがけに撮った、幟。
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 客席は、最終的に、七割ほどだったか。
 日曜であることを考えると、若干雨の影響もあったかと思う。
 とはいえ、鈴本の席数は三百近い。末広亭なら一階は満席で二階を空ける人数。池袋なら、立ち見でも全員は入れない^^

 久しぶりの鈴本だが、ご通家さん割合が低い印象。
 四~五名のお仲間が多く、その方たちの大半が、寄席体験の浅い方だったように察する。
 噺家さんが上手から顔を出しても、なかなか拍手が起こらない、不思議な空間だった。

 さて、出演順に感想などを記す。

柳亭市松『道灌』 (14分 *12:16~)
 初。市馬門下、その後も増えてるねぇ。見た目はサッパリと清潔感があって悪くはない。ただし、落研の落語を聴いている印象。昨年から前座修行開始では、しょうがないか。

古今亭志ん松『近日息子』 (15分)
 始との交互出演。この人は、『不精床』に出会うことが多く、犬好きの身にはあまり笑えないのだが、この日はこの噺。
 悪くはないが、途中気になる科白でひっかかる。
 息子が気を回して医者が来た際、父親が「お医者さまではないですか」と言うのは不自然。「○○先生ではないですか」と名を言うか、「先生じゃないですか」でよいのではないかな。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (14分)
 親子で登場。近くでお仲間数人でいらっっしゃったお客様が、初めて見ると思しく、さかんに「ほう!」「へぇ!」「凄い!」などと小さな声で歓声。
 私も最初に見た時は、心の中でそう思っていたはず。だんだん、嫌な寄席の客になってきたかもしれない^^

鈴々舎馬風 漫談 (15分)
 定番に時事ネタを交えた漫談だった。
 「ゴーンといえば、鐘(金)はつきもの」は、私の落語のマクラでいただこう^^
 今年の師走で、この人も小三治も満八十歳。そろそろ、元気な姿を見ることができるだけで嬉しい、という噺家さんになりつつある。

古今亭菊志ん『だくだく』 (14分)
 やはり、この人はいい。先月国立で聴いた『野ざらし』も良かったが、こういう掛け合いの多いネタは、持ち味のスピード感、リズムの良さが生きる。というか、この人で、ハズレたことがない。
 菊朗時代から注目していたが、豊富な陣容を誇る圓菊一門でも、決して、兄弟子や弟弟子に負けない実力者だと思う。

すず風にゃん子・金魚 漫才 (11分)
 金魚、頭の上は、もちろん、七夕。
 定番ネタだが、そろそろ聴いていて辛くなってきた。
 
金原亭伯楽『猫の皿』 (16分)
 四月に末広亭で聴いたネタ。マクラの志ん生の思い出も、ほぼ同じ。となると、少し眠くなってしまった。それだけ、語り口が柔らかい、ということでしょう。

三遊亭歌奴『佐野山』 (13分)
 一之輔の代演。なんと、ワイヤレスマイクを持参し、国技館の館内放送の声色を披露。へぇ、あれって行司さんがやるんだ。呼び出しの声、市馬よりいいんじゃないか^^
 途中で携帯が鳴ったが、びくともせず客席から笑いをとる。
 人によって設定や相撲の決まり手が違うが、歌奴は、病気なのは佐野山の父親、決まり手は、谷風の勇み足にしていた。実に、楽しい高座。

ぺぺ桜井 ギター漫談 (14分)
 昭和10年生まれだから、今年84歳。
 元気な姿を拝めるだけで、嬉しい。ギターの出来栄えは、二の次^^

古今亭文菊『長短』 (16分) 
 仲入りは、久しぶりのこの人。いつもながらの、青々とした頭。
 マクラのオカマちっくな語り口は、いつからなのだろう。あまり、感心しない。
 本編、長さんでこれだけドスの利いた語り口は初めて。話しぶりではなく、動作や程よい間で、長さんの気の長さを造形していたが、これは、生で見なけりゃその良さが分からない。短七さんの気の短い江戸っ子ぶりとの演じ分けも見事。やはり、この人は達者だ。
 ネタが良かっただけに、マクラが残念だ。以前は、落語は弱い芸で、という内容が中心だったように思う。
 この人なら、その時々のニュースも取り入れてどうにでもマクラにできるはず。男前で落語家らしくない、なんて気障を演じる必要はなかろう。
 ネタに登場する江戸っ子との対照を考えた演出なのかもしれないが、私は、あまり楽しくなかった。師匠亡き今、周囲に忠告する人はいないのだろうか。

 エレベーターで一階におり、喫煙室で休憩。

 さて、後半。

松旭斎美智・美登 奇術 (13分)
 ハワイアンをBGMに、小さな傘の芸から紐。定番のキャンディーの後に、時計とパン。
 近くの団体さんから、さかんに「へぇーっ!」「すごい!」の歓声。

桂才賀『カラオケ刑務所』 (15分)
 ここ数年、このネタ以外を聴いたことがない。
 気になるのは、この作品が落語協会が募集した新作落語台本の準優勝になったのは、2014年で、五年前。そろそろ「一昨年の準優勝」というのは、あらためましょう^^

林家正蔵『お菊の皿』 (15分)
 『味噌豆』以外のネタは、久しぶり。
 マクラで、八代目正蔵が、怪談ばなしの勉強会を開いてくれた、という話は知らなかった。声の強弱などのメリハリのある高座で、そう悪くはない。「やればできるじゃないの」という印象。とはいえ、香盤からは当り前とも言える。副会長、だしね。

林家二楽 紙切り (13分)
 ご挨拶代わりの「桃太郎」から「七夕」「赤鬼と青鬼」。
 最後のお題で、信号機を使って赤と青を切り分けた機転に拍手^^

古今亭志ん輔『唐茄子屋政談』 (35分 *~16:35)
 昨年も、雨でテニスが休みになり行くことのできた、龍志との二人会以来だ。
 今年二月の国立での名人会で『中村仲蔵』をお聴きになった居残り会メンバーの酷評を耳にしていたので、気になっていた。
 結論から言うと、不安は払拭された。
 時間の関係もあるだろう、徳が吉原田圃で「唐茄子や~でござい」の掛け声を稽古しながら、つい吉原の花魁との蜜月を回想する場面でサゲたが、良かった。
 なかでも、叔父さん夫婦が良い。吾妻橋で身投げをしようとした徳を助けて叔父さんが本所の家に帰ってくる。叔母さんは、徳が臭うのだろう、袖で顔を隠す。このあたり、なるほどと思わせる所作だ。
 心を鬼にして徳を鍛えなおそうとする叔父さん、徳が不憫でならない叔母さん。唐茄子を担いで売りに行かせる直前のやりとりで、目頭が熱くなった。
 徳が着替えてからの姿は、叔父さんの言葉が描写する。煤掃きで着たはんてん、大山に行く時の笠。「股引の膝が破けてる・・・そのほうが風通しがよくっていいや」「あとは足袋だ、白足袋と黒足袋が片っぽずつ・・・まぁ、いいや、色どりがよくって」
 そんな格好で外を歩いて、知っている人に会ったら・・・と腰が引ける徳。「嫌ならやめろ。とっとと出て行け」と叔父さん。その叔父さんをなだめようとし、徳に謝れと言う叔母さん。
 徳が子ども時分に、叔父さん夫婦に可愛がられたことが察せられる。子どものいないような叔父さん夫婦に、徳は自分たちの子どものように思えていたことが、この場面でしっかり伝わってくる。
 やっと、ふんぎりがつき、荷を背負い唐茄子を売りに出かけた徳だが、汗が目に入り、石につまづいて転んだ田原町。
 もちろん、あの人のいいお兄さんも健在だ。
 このお兄さん、私が好きな落語の登場人物のベスト3に入るなぁ。
 さて、荷が軽くなってからの徳。吉原田圃の回想場面で、花魁と鍋をつついた思い出も、志ん生のように夏の雨の日ではない。かといって師匠のような季節の明確ではない雨でもなく、はっきりと冬の雪の日に設定。花魁の舌の先で、しらたきが結ばれるのも、抜かさない。
 口ずさむのは、小唄♪のびあがり。これは、志ん生の♪薄墨を、師匠志ん朝が変えている形の継承。なかなか結構な一節を披露。
 特徴でもあるが、場合によっては障りにもなる独特の長い間はほとんど挟まず、リズムに乗った一席。とはいえ、人物描写は、決して軽くはない。
 今年のマイベスト十席候補とする。

 
 外はまだ雨。

 このところ、三度、雨の恵みでの落語だ。
 
 さて、徳の叔父さんの住いは、本所達磨横町。
 ここは、『文七元結』の左官の長兵衛さんの住んでいる場所でもある。
 昨年、しばしばお世話になるサイト、「はなしの名どころ」の管理人さん田中敦さんの著作『落語と歩く』から、達磨横町のことを紹介した。
2018年4月6日のブログ

 せっかくなので(?)、再度ご紹介。

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田中敦著『落語と歩く』(岩波新書)

 「第3章 まだ見ぬ落語をたずねて」の「失われた地名」から。

 本所達磨横町は、二席の落語にとって、とても大事な地名です。「文七元結」の長兵衛親方の住まい、「唐茄子屋政談」の酸いも甘いもかみ分けた叔父さんの家が、達磨横町にあります。昭和五十八年(1983)に、江戸本所郷土史研究会が墨田区東駒形一丁目に木製の立て札を建てています。区画整理によって道筋が変わっていますので、多少場所はずれているようですが、本当にありがたいことです。写真では文字が見えませんので、一部を引用します。

    旧本所達磨横町の由来

  江戸時代から関東大震災後の区劃整理まで此の辺りを本所表町番場町と謂い
  紙製の達磨を座職(座って仕事をする)で作っていた家が多かったので、
  番場では座禅で達磨出来るとこ と川柳で詠まれ有名であり天保十年(1839)
  葛飾北斎(画家)が八十一歳で達磨横町で火災に遭ったと謂われる。
  初代三遊亭円朝口演の「人情噺 文七元結」は六代目尾上菊五郎丈の当り
  狂言で(中略:文七元結の梗概)文七とお久は偕白髪まで仲良く添い遂げた
  と謂う。(後略)

 風情ある立て札でしたが、墨色は次第にあせてきており、ついには木札が朽ちてしまったのでしょうか。今は、区の教育委員会が建てた将棋の木村義雄名人の生誕地を示す金属製のプレートに置きかわっています。

 本書には、「旧本所達磨横町の由来」の立て札の写真も掲載されている。

 さすがに、終演後に本所に立ち寄ることはせず、帰って一杯やりながら、「いだてん」を観た。
 いいじゃないの、視聴率なんて関係ないよ。
 今後、若き志ん生と田畑政治をどうからませるのか、楽しみだ。
 つい、うとうとして、早めの就寝。
 ということで、やはり、その日のうちには書き終えることができなかったのであった。

 ところで、志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」では、6日土曜に『唐茄子屋政談』にしようかな、と思いながらも客席を見て、もっと楽しいネタということで『お見立て』をかけ、昨日は、終演後に、昨日のような日は別のネタにすべきで唐茄子屋は選択ミスだった、なんて書いている。
「志ん輔日々是凡日」
 さて、昨日、どんなネタにすべきと思っていたものやら。

 彼のブログ、いろいろ謎かけをしてくれるんだよね。

 まぁ、そんなところも、志ん輔らしさかな。
 

by kogotokoubei | 2019-07-08 12:57 | 寄席・落語会 | Comments(12)
 昨日、雨で日曜恒例のテニスは中止。

 国立演芸場に電話したが、「円朝に挑む」のチケットは完売、とのこと。

 北海道の帰省で思った以上に歩いたため、やや下半身に疲労が残っており(トシだなぁ^^)、末広亭の居続けは断念。

 木戸銭二千円で三時間という程よい寄席、池袋下席の昼の部を確認すると、昨年真打に昇進した花ん謝改め勧之助が主任の楽日。

 さがみはら若手落語家選手権で彼が優勝した場に居合わせた縁もあり、池袋へ向った。

 雨は止んでいた。

 少し早めに着いて、喫茶店へ。
 隼町のつもりでバッグに入れておいた、森まゆみさんの『円朝ざんまい』を再読。
 これが、やはり面白い。

 その後、やたらと量の多いツケ麺で昼食。中盛り・大盛りサービスとのことで「中」にしたのだが、普通の大盛りだ。
 重たいお腹で演芸場へ。

 出足が遅かったが、最終的には八割程度の入りになった。

 出演順に感想などを記す。

林家八楽『からぬけ』 (15分 *13:46~)
 初。後で調べると、二楽の弟子。ということは、将来は紙切りになるための修行の一環としての落語・・・・・・。
 親子の馬鹿から与太郎の酒の粕、そして、からぬけへ。
 よく覚えていないせいかどうか、あまりに無駄な間があり、体がむずむずするが、もし、紙切りになるのなら小言を書くのも大人気ないか。

春風亭一猿『鮑のし』 (20分)
 この後の寿伴と同じ五月下席から二ツ目昇進。
 勧之助が主任の芝居の楽日なら、一猿と寿伴も二ツ目昇進披露の大千秋楽、ということになる。
 昨年の、さがみはら若手落語家選手権での開口一番(『一目あがり』)以来。それ以前にも小満んの会の開口一番や末広亭で聴いているが、一朝門下で順調に育っている、という印象。

柳家寿伴『清書無筆』 (13分)
 ほぼ一年前の末広亭の開口一番で『真田小僧』を聴いて以来。小満んの会では、『饅頭怖い』のサゲあたりを聴いたかな。
 『真田小僧』でも、金坊が按摩さんの口真似をするなど、なかなか可笑しいクスグリがあったが、こういうネタは、持ち味が生きると思う。
 子ども「宿題は地理だよ」->父親「チリなら任せとけ、テッチリに鯛チリ」とか、子ども「次に歴史」->父親「轢かれたか?」などで客席から程よい笑い。
 ご贔屓のお客さんも少なくなかったようだが、定席四つの披露目の楽日、日曜でもあるから駆けつけてくれたのだろう。
 一猿もこの人も、この日のことを、忘れず、精進してもらいましょう。

台所おさん『猫と金魚』 (14分)
 主任の勧之助の兄弟子で、この二人が花緑門下の真打。二ツ目も大勢いるが、花緑は祖父と同様、弟子を多くとる方針なのかもしれない。
 しかし、弟子の主任の席に師匠がスケで出ないのは、ちと寂しい。
 さて、この人の高座、なんとも楽しかった。
 使用人の峰吉が、金魚を飲む芸があるというのは、オリジナルかな。
 番頭の天然ぶりで大爆笑。
 主人「猫にとって、屋根は庭のようなもの」
 番頭「・・・屋根は、屋根ではないでしょうか。もし、飲みに行って女の子の
    膝に手を置いて『やーねー!』というのは屋根じゃないですが」
 なんてクスグリも、妙に可笑しい。
 見た目、語り口、ともかく個性的な噺家さんで、勧之助とこの人、好対照な兄弟弟子である。

ニックス 漫才 (14分)
 15日の国立とこの日、今月行けた寄席で、二度とも出演。
 コンビを組んで21年、同期にサンドウィッチマン、森三中、というのは定番だが、姉の年齢を暴露するのは珍しいかもしれない。
 聴き始めた頃は、抵抗感のあった不思議な「間」が、妹の「そうでしたかぁ」の科白で埋めることで、リズムが悪くなるのを改善している。だんだん、面白くなってきた。

柳亭小燕枝『長短』 (15分)
 15日の国立では、『家見舞』が前に出ているのに『禁酒番屋』を演じ、この人らしくないネタ選びに苦言を呈したが、この高座は、本領発揮だ。
 師匠小さんの十八番目の弟子と語る。へぇ、この人でさえ、そんな順番か、と驚く。
 その師匠が短気でよく殴られた、たまに剣道の竹刀も飛んできた。一方、大の親友の三代目三木助は気の長い人で、と本編へふさわしいマクラ。
 長さんが短七さんからもらった菓子が不味く、それは長さんの奥さん(お母さん?)からもらったものだった、というのは初めて聴いたと思う。
 長さんが、短七に煙草の火のことを話す前に、「端切れはあるかい?」と聞くが、最近ではこの一言を入れない人も多い。必要だよねぇ。
 こういう高座に出会うと、やはり、この人はいいなぁ、と思う。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておく。

三遊亭円丈『強情灸』 (20分) 
 仲入りはこの人。
 釈台はあったが、途中で「邪魔だ!」と外す^^
 まさか、この人で古典を聴くとは思わなかった。
 マクラでは、寄席の中でも池袋が一番好きで、この空間が落語家と育てると語る。改装前の総ベニヤづくりの真っ黄色のテケツが、なんとも言えなかったで客席大爆笑。
 この人だから、もちろん独自のクスグリはあって、もぐさの周りに海苔を巻いて、「もぐさの軍艦巻きだ」とか、八百屋お七は八百屋のセブンちゃんだったりするが、基本は崩していない。石川五右衛門の辞世「浜の真砂は尽きぬとも」の後半を忘れたのはご愛嬌。なかなか得がたい高座だったと思う。

 
 なんと、池袋の喫煙所が、個室(?)になっていた。
 あの、楽屋前のソファーに座っての一服が好きだったのだが、これも時代の趨勢か。
 寿伴が来場してくれたご贔屓の皆さんに挨拶していた。その笑顔には、二ツ目昇進披露が無事終了した安堵感が溢れていた。

 さて、後半。

柳家小平太『壷算』 (15分)
 昨秋、勧之助と同時に真打に昇進し、さん若から改名した人だが、実は初。
 2003年入門者は多く、彼や勧之助、文菊たちは十人でTENというユニットを作っていたが、その頃、聞き逃していたなぁ。
 同期の勧之助が主任に抜擢されたことについて「二割は嬉しいが、八割は口惜しい」という言葉は、本音だろう。その口惜しさが、大事なのだよ。
 本編は、なかなかのもので、明るくリズムが良い。勧之助とは持ち味が違うが、今後も聴きたくさせる好高座。

柳家小さん『親子酒』 (13分)
 ほぼ一年ぶり。同じ池袋で『二人旅』を聴いている。
 “三語楼”と思えば、なかなか味わいのある高座、と言えるのだ。

ストレート松浦 ジャグリング (13分)
 お手玉、中国独楽、傘、そして皿回しでおめでたく勧之助につなぐ。
 もはや、名人芸と言ってよいでしょう。

柳家勧之助『中村仲蔵』 (35分 *~17:10) 
 同期の小平太が十日間違うネタで勝負していると言っていたので、何を演るか楽しみではあったが、まさここの噺とは。
 マクラで、歌舞伎役者の身分を語りだした時、椅子に深く座っていた私が、姿勢を正したくらいである。
 下立役を稲荷町と言ったのは、連中の部屋がお稲荷様の下にあったからとか、芝居の座にいたなりだからとも言われる、なども含くマクラは、師匠譲りなのだろうが、その下敷きになっているのは、間違いなく八代目正蔵の型だろう。
 驚いたのは、若いわりに、四代目団十郎、仲蔵の師匠の伝九郎を、しっかり演じ分けていたこと。本来の声はやや高めなのだが、年齢とその役柄相応の語り口、仕草で魅せてくれる。
 女房のおきしも、良い。三代目仲蔵の名随筆『手前味噌』では、初代が五段目の定九郎一役でも断らず役作りに励んだのは本人の意思、ということになっているが、勧之助、正蔵と同様に、女房の助言と励ましが仲蔵を奮起させた、としていた。
 この部分、「女は強い」「女房は、偉い」と声高に叫ぶあたりは、なにか私生活を思い出したか^^
 仲蔵、きっと自分に期待しての定九郎一役、とは思ったものの、なかなか良い工夫ができず、妙見様へ願掛け。その満願の日、雨やどりに入った蕎麦屋で仲蔵が出会う旗本が、三村伸次郎と名乗るのも、正蔵と同じ。
 せっかくの工夫も、弁当幕の客から反応がなく、皆「うー」と唸ったままなので、「こりゃ、演り損なった」と思いながらも、これが最後の舞台と思い、最後まで演じきる場面は、時間のせいもあろう、やや割愛気味だったが、この噺の持ち味は充分に伝わる。
 そして、上方へ旅立とうとする途中の日本橋の魚河岸で、思わぬ会話を耳にする。
 「五段目の仲蔵、良かったねぇ。家老の倅があんなナリで山賊になってるのぁおかしいと思ったが、仲蔵、ものの見事に絵解きをしてくれたよ」と、五段目だけで帰って来たという。
「ああ、ありがたい・・・・・・広い世間にたった一人、おいらの定九郎を買ってくれたお客さまがいる。このことを女房の置き土産にして、上方へ」と思っているところに、おきしがやって来た。師匠伝九郎が呼んでいるとのことで、そのまま仲蔵、師匠の元へ。
 この場面は、本来は家に帰ると師匠の使いが来ていたという設定の時間短縮だったのかもしれない。
 サゲは、師匠譲りなのだろう、円生の型でも正蔵の型でもなく、「弁当幕」を生かしたもの。
 主任の楽日、抜擢に恥じない見事な高座。
 拍手はしばらく鳴り止まなかった。
 その丁寧な語り口、登場人物の演じ分け。笑いをとる場面と聴かせる場面の緩急。間の良さ。決して、中堅真打にひけをとらないものだった。
 この高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 ハズレはほとんどなかったし、勧之助という、とんでもない発見をしたような高揚した気分で、外に出ると、小ぶりの雨。
 
 この雨に、感謝だなぁ。

 帰宅して、2016年の「さがみはら若手落語家選手権・本選会」の記事を読み返してみた。
2016年3月14日のブログ
 当時の花ん謝の高座について、こう書いていた。
柳家花ん謝『妾馬』 (25分)
 初、である。拙ブログにいただいたコメントで高く評価をされていた方がいて、楽しみにしていた人だ。
 「ここからは、古典落語をお楽しみください」と言って、マクラも短く本編へ。
 たしかに、前半三人は古典にしても改作が施されていて、三作とも新作の趣きだったので、この後の二人の高座は楽しみだった。
 ほとんど無駄なクスグリもなく、本来の噺をしっかり演じた、という印象。
 しかし、お客さんは本来の噺の筋でもしっかり笑ってくれていた。会場の雰囲気にも助けられたように思うが、無理に笑わせようとせずに笑いをとっていた技量は高いものがある。
 八五郎が、自分の孫なのに抱くこともできない、と母親の言葉を妹つるに伝える場面で、三太夫がもらい泣きするという演出を挟んだが、それもわざとらしさがなく好印象。
 この後、八五郎が殿様に召し抱えられたことを地で語ってサゲ。
 好印象で、私の採点は、8。

 私は、志ん吉の『片棒』に投票したのだが、結果は、花ん謝が優勝。
 さがみはらのお客さん、目が肥えている^^
 今後、古典をしっかり演じてくれる若手の有望格と言って良いだろう。

 昨夜は、一杯やりながら「いだてん」に笑いころげていたら、とても記事を書き終えることはできなかったのであった。

by kogotokoubei | 2019-07-01 12:58 | 寄席・落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛