人気ブログランキング |

噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:寄席・落語会( 472 )

 二週続いて、昨日も雨でテニスが休み。

 そうなると、落語の虫がうずうずする。

 上野広小路亭、南なんが主任の席にも食指が動いたが、久しぶりに志ん輔を聴きに鈴本へ。
 
 この人のことで気になっていたこともあった。

 帰りがけに撮った、幟。
e0337777_18564915.jpg

 
 客席は、最終的に、七割ほどだったか。
 日曜であることを考えると、若干雨の影響もあったかと思う。
 とはいえ、鈴本の席数は三百近い。末広亭なら一階は満席で二階を空ける人数。池袋なら、立ち見でも全員は入れない^^

 久しぶりの鈴本だが、ご通家さん割合が低い印象。
 四~五名のお仲間が多く、その方たちの大半が、寄席体験の浅い方だったように察する。
 噺家さんが上手から顔を出しても、なかなか拍手が起こらない、不思議な空間だった。

 さて、出演順に感想などを記す。

柳亭市松『道灌』 (14分 *12:16~)
 初。市馬門下、その後も増えてるねぇ。見た目はサッパリと清潔感があって悪くはない。ただし、落研の落語を聴いている印象。昨年から前座修行開始では、しょうがないか。

古今亭志ん松『近日息子』 (15分)
 始との交互出演。この人は、『不精床』に出会うことが多く、犬好きの身にはあまり笑えないのだが、この日はこの噺。
 悪くはないが、途中気になる科白でひっかかる。
 息子が気を回して医者が来た際、父親が「お医者さまではないですか」と言うのは不自然。「○○先生ではないですか」と名を言うか、「先生じゃないですか」でよいのではないかな。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (14分)
 親子で登場。近くでお仲間数人でいらっっしゃったお客様が、初めて見ると思しく、さかんに「ほう!」「へぇ!」「凄い!」などと小さな声で歓声。
 私も最初に見た時は、心の中でそう思っていたはず。だんだん、嫌な寄席の客になってきたかもしれない^^

鈴々舎馬風 漫談 (15分)
 定番に時事ネタを交えた漫談だった。
 「ゴーンといえば、鐘(金)はつきもの」は、私の落語のマクラでいただこう^^
 今年の師走で、この人も小三治も満八十歳。そろそろ、元気な姿を見ることができるだけで嬉しい、という噺家さんになりつつある。

古今亭菊志ん『だくだく』 (14分)
 やはり、この人はいい。先月国立で聴いた『野ざらし』も良かったが、こういう掛け合いの多いネタは、持ち味のスピード感、リズムの良さが生きる。というか、この人で、ハズレたことがない。
 菊朗時代から注目していたが、豊富な陣容を誇る圓菊一門でも、決して、兄弟子や弟弟子に負けない実力者だと思う。

すず風にゃん子・金魚 漫才 (11分)
 金魚、頭の上は、もちろん、七夕。
 定番ネタだが、そろそろ聴いていて辛くなってきた。
 
金原亭伯楽『猫の皿』 (16分)
 四月に末広亭で聴いたネタ。マクラの志ん生の思い出も、ほぼ同じ。となると、少し眠くなってしまった。それだけ、語り口が柔らかい、ということでしょう。

三遊亭歌奴『佐野山』 (13分)
 一之輔の代演。なんと、ワイヤレスマイクを持参し、国技館の館内放送の声色を披露。へぇ、あれって行司さんがやるんだ。呼び出しの声、市馬よりいいんじゃないか^^
 途中で携帯が鳴ったが、びくともせず客席から笑いをとる。
 人によって設定や相撲の決まり手が違うが、歌奴は、病気なのは佐野山の父親、決まり手は、谷風の勇み足にしていた。実に、楽しい高座。

ぺぺ桜井 ギター漫談 (14分)
 昭和10年生まれだから、今年84歳。
 元気な姿を拝めるだけで、嬉しい。ギターの出来栄えは、二の次^^

古今亭文菊『長短』 (16分) 
 仲入りは、久しぶりのこの人。いつもながらの、青々とした頭。
 マクラのオカマちっくな語り口は、いつからなのだろう。あまり、感心しない。
 本編、長さんでこれだけドスの利いた語り口は初めて。話しぶりではなく、動作や程よい間で、長さんの気の長さを造形していたが、これは、生で見なけりゃその良さが分からない。短七さんの気の短い江戸っ子ぶりとの演じ分けも見事。やはり、この人は達者だ。
 ネタが良かっただけに、マクラが残念だ。以前は、落語は弱い芸で、という内容が中心だったように思う。
 この人なら、その時々のニュースも取り入れてどうにでもマクラにできるはず。男前で落語家らしくない、なんて気障を演じる必要はなかろう。
 ネタに登場する江戸っ子との対照を考えた演出なのかもしれないが、私は、あまり楽しくなかった。師匠亡き今、周囲に忠告する人はいないのだろうか。

 エレベーターで一階におり、喫煙室で休憩。

 さて、後半。

松旭斎美智・美登 奇術 (13分)
 ハワイアンをBGMに、小さな傘の芸から紐。定番のキャンディーの後に、時計とパン。
 近くの団体さんから、さかんに「へぇーっ!」「すごい!」の歓声。

桂才賀『カラオケ刑務所』 (15分)
 ここ数年、このネタ以外を聴いたことがない。
 気になるのは、この作品が落語協会が募集した新作落語台本の準優勝になったのは、2014年で、五年前。そろそろ「一昨年の準優勝」というのは、あらためましょう^^

林家正蔵『お菊の皿』 (15分)
 『味噌豆』以外のネタは、久しぶり。
 マクラで、八代目正蔵が、怪談ばなしの勉強会を開いてくれた、という話は知らなかった。声の強弱などのメリハリのある高座で、そう悪くはない。「やればできるじゃないの」という印象。とはいえ、香盤からは当り前とも言える。副会長、だしね。

林家二楽 紙切り (13分)
 ご挨拶代わりの「桃太郎」から「七夕」「赤鬼と青鬼」。
 最後のお題で、信号機を使って赤と青を切り分けた機転に拍手^^

古今亭志ん輔『唐茄子屋政談』 (35分 *~16:35)
 昨年も、雨でテニスが休みになり行くことのできた、龍志との二人会以来だ。
 今年二月の国立での名人会で『中村仲蔵』をお聴きになった居残り会メンバーの酷評を耳にしていたので、気になっていた。
 結論から言うと、不安は払拭された。
 時間の関係もあるだろう、徳が吉原田圃で「唐茄子や~でござい」の掛け声を稽古しながら、つい吉原の花魁との蜜月を回想する場面でサゲたが、良かった。
 なかでも、叔父さん夫婦が良い。吾妻橋で身投げをしようとした徳を助けて叔父さんが本所の家に帰ってくる。叔母さんは、徳が臭うのだろう、袖で顔を隠す。このあたり、なるほどと思わせる所作だ。
 心を鬼にして徳を鍛えなおそうとする叔父さん、徳が不憫でならない叔母さん。唐茄子を担いで売りに行かせる直前のやりとりで、目頭が熱くなった。
 徳が着替えてからの姿は、叔父さんの言葉が描写する。須崎で着たはんてん、大山に行く時の笠。「股引の膝が破けてる・・・そのほうが風通しがよくっていいや」「あとは足袋だ、白足袋と黒足袋が片っぽずつ・・・まぁ、いいや、色どりがよくって」
 そんな格好で外を歩いて、知っている人に会ったら・・・と腰が引ける徳。「嫌ならやめろ。とっとと出て行け」と叔父さん。その叔父さんをなだめようとし、徳に謝れと言う叔母さん。
 徳が子ども時分に、叔父さん夫婦に可愛がられたことが察せられる。子どものいないような叔父さん夫婦に、徳は自分たちの子どものように思えていたことが、この場面でしっかり伝わってくる。
 やっと、ふんぎりがつき、荷を背負い唐茄子を売りに出かけた徳だが、汗が目に入り、石につまづいて転んだ田原町。
 もちろん、あの人のいいお兄さんも健在だ。
 このお兄さん、私が好きな落語の登場人物のベスト3に入るなぁ。
 さて、荷が軽くなってからの徳。吉原田圃の回想場面で、花魁と鍋をつついた思い出も、志ん生のように夏の雨の日ではない。かといって師匠のような季節の明確ではない雨でもなく、はっきりと冬の雪の日に設定。花魁の舌の先で、しらたきが結ばれるのも、抜かさない。
 口ずさむのは、小唄♪のびあがり。これは、志ん生の♪薄墨を、師匠志ん朝が変えている形の継承。なかなか結構な一節を披露。
 特徴でもあるが、場合によっては障りにもなる独特の長い間はほとんど挟まず、リズムに乗った一席。とはいえ、人物描写は、決して軽くはない。
 今年のマイベスト十席候補とする。

 
 外はまだ雨。

 このところ、三度、雨の恵みでの落語だ。
 
 さて、徳の叔父さんの住いは、本所達磨横町。
 ここは、『文七元結』の左官の長兵衛さんの住んでいる場所でもある。
 昨年、しばしばお世話になるサイト、「はなしの名どころ」の管理人さん田中敦さんの著作『落語と歩く』から、達磨横町のことを紹介した。
2018年4月6日のブログ

 せっかくなので(?)、再度ご紹介。

e0337777_14021768.jpg

田中敦著『落語と歩く』(岩波新書)

 「第3章 まだ見ぬ落語をたずねて」の「失われた地名」から。

 本所達磨横町は、二席の落語にとって、とても大事な地名です。「文七元結」の長兵衛親方の住まい、「唐茄子屋政談」の酸いも甘いもかみ分けた叔父さんの家が、達磨横町にあります。昭和五十八年(1983)に、江戸本所郷土史研究会が墨田区東駒形一丁目に木製の立て札を建てています。区画整理によって道筋が変わっていますので、多少場所はずれているようですが、本当にありがたいことです。写真では文字が見えませんので、一部を引用します。

    旧本所達磨横町の由来

  江戸時代から関東大震災後の区劃整理まで此の辺りを本所表町番場町と謂い
  紙製の達磨を座職(座って仕事をする)で作っていた家が多かったので、
  番場では座禅で達磨出来るとこ と川柳で詠まれ有名であり天保十年(1839)
  葛飾北斎(画家)が八十一歳で達磨横町で火災に遭ったと謂われる。
  初代三遊亭円朝口演の「人情噺 文七元結」は六代目尾上菊五郎丈の当り
  狂言で(中略:文七元結の梗概)文七とお久は偕白髪まで仲良く添い遂げた
  と謂う。(後略)

 風情ある立て札でしたが、墨色は次第にあせてきており、ついには木札が朽ちてしまったのでしょうか。今は、区の教育委員会が建てた将棋の木村義雄名人の生誕地を示す金属製のプレートに置きかわっています。

 本書には、「旧本所達磨横町の由来」の立て札の写真も掲載されている。

 さすがに、終演後に本所に立ち寄ることはせず、帰って一杯やりながら、「いだてん」を観た。
 いいじゃないの、視聴率なんて関係ないよ。
 今後、若き志ん生と田畑政治をどうからませるのか、楽しみだ。
 つい、うとうとして、早めの就寝。
 ということで、やはり、その日のうちには書き終えることができなかったのであった。

 ところで、志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」では、6日土曜に『唐茄子屋政談』にしようかな、と思いながらも客席を見て、もっと楽しいネタということで『お見立て』をかけ、昨日は、終演後に、昨日のような日は別のネタにすべきで唐茄子屋は選択ミスだった、なんて書いている。
「志ん輔日々是凡日」
 さて、昨日、どんなネタにすべきと思っていたものやら。

 彼のブログ、いろいろ謎かけをしてくれるんだよね。

 まぁ、そんなところも、志ん輔らしさかな。
 

by kogotokoubei | 2019-07-08 12:57 | 寄席・落語会 | Comments(12)
 昨日、雨で日曜恒例のテニスは中止。

 国立演芸場に電話したが、「円朝に挑む」のチケットは完売、とのこと。

 北海道の帰省で思った以上に歩いたため、やや下半身に疲労が残っており(トシだなぁ^^)、末広亭の居続けは断念。

 木戸銭二千円で三時間という程よい寄席、池袋下席の昼の部を確認すると、昨年真打に昇進した花ん謝改め勧之助が主任の楽日。

 さがみはら若手落語家選手権で彼が優勝した場に居合わせた縁もあり、池袋へ向った。

 雨は止んでいた。

 少し早めに着いて、喫茶店へ。
 隼町のつもりでバッグに入れておいた、森まゆみさんの『円朝ざんまい』を再読。
 これが、やはり面白い。

 その後、やたらと量の多いツケ麺で昼食。中盛り・大盛りサービスとのことで「中」にしたのだが、普通の大盛りだ。
 重たいお腹で演芸場へ。

 出足が遅かったが、最終的には八割程度の入りになった。

 出演順に感想などを記す。

林家八楽『からぬけ』 (15分 *13:46~)
 初。後で調べると、二楽の弟子。ということは、将来は紙切りになるための修行の一環としての落語・・・・・・。
 親子の馬鹿から与太郎の酒の粕、そして、からぬけへ。
 よく覚えていないせいかどうか、あまりに無駄な間があり、体がむずむずするが、もし、紙切りになるのなら小言を書くのも大人気ないか。

春風亭一猿『鮑のし』 (20分)
 この後の寿伴と同じ五月下席から二ツ目昇進。
 勧之助が主任の芝居の楽日なら、一猿と寿伴も二ツ目昇進披露の大千秋楽、ということになる。
 昨年の、さがみはら若手落語家選手権での開口一番(『一目あがり』)以来。それ以前にも小満んの会の開口一番や末広亭で聴いているが、一朝門下で順調に育っている、という印象。

柳家寿伴『清書無筆』 (13分)
 ほぼ一年前の末広亭の開口一番で『真田小僧』を聴いて以来。小満んの会では、『饅頭怖い』のサゲあたりを聴いたかな。
 『真田小僧』でも、金坊が按摩さんの口真似をするなど、なかなか可笑しいクスグリがあったが、こういうネタは、持ち味が生きると思う。
 子ども「宿題は地理だよ」->父親「チリなら任せとけ、テッチリに鯛チリ」とか、子ども「次に歴史」->父親「轢かれたか?」などで客席から程よい笑い。
 ご贔屓のお客さんも少なくなかったようだが、定席四つの披露目の楽日、日曜でもあるから駆けつけてくれたのだろう。
 一猿もこの人も、この日のことを、忘れず、精進してもらいましょう。

台所おさん『猫と金魚』 (14分)
 主任の勧之助の兄弟子で、この二人が花緑門下の真打。二ツ目も大勢いるが、花緑は祖父と同様、弟子を多くとる方針なのかもしれない。
 しかし、弟子の主任の席に師匠がスケで出ないのは、ちと寂しい。
 さて、この人の高座、なんとも楽しかった。
 使用人の峰吉が、金魚を飲む芸があるというのは、オリジナルかな。
 番頭の天然ぶりで大爆笑。
 主人「猫にとって、屋根は庭のようなもの」
 番頭「・・・屋根は、屋根ではないでしょうか。もし、飲みに行って女の子の
    膝に手を置いて『やーねー!』というのは屋根じゃないですが」
 なんてクスグリも、妙に可笑しい。
 見た目、語り口、ともかく個性的な噺家さんで、勧之助とこの人、好対照な兄弟弟子である。

ニックス 漫才 (14分)
 15日の国立とこの日、今月行けた寄席で、二度とも出演。
 コンビを組んで21年、同期にサンドウィッチマン、森三中、というのは定番だが、姉の年齢を暴露するのは珍しいかもしれない。
 聴き始めた頃は、抵抗感のあった不思議な「間」が、妹の「そうでしたかぁ」の科白で埋めることで、リズムが悪くなるのを改善している。だんだん、面白くなってきた。

柳亭小燕枝『長短』 (15分)
 15日の国立では、『家見舞』が前に出ているのに『禁酒番屋』を演じ、この人らしくないネタ選びに苦言を呈したが、この高座は、本領発揮だ。
 師匠小さんの十八番目の弟子と語る。へぇ、この人でさえ、そんな順番か、と驚く。
 その師匠が短気でよく殴られた、たまに剣道の竹刀も飛んできた。一方、大の親友の三代目三木助は気の長い人で、と本編へふさわしいマクラ。
 長さんが短七さんからもらった菓子が不味く、それは長さんの奥さん(お母さん?)からもらったものだった、というのは初めて聴いたと思う。
 長さんが、短七に煙草の火のことを話す前に、「端切れはあるかい?」と聞くが、最近ではこの一言を入れない人も多い。必要だよねぇ。
 こういう高座に出会うと、やはり、この人はいいなぇ、と思う。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておく。

三遊亭円丈『強情灸』 (20分) 
 仲入りはこの人。
 釈台はあったが、途中で「邪魔だ!」と外す^^
 まさか、この人で古典を聴くとは思わなかった。
 マクラでは、寄席の中でも池袋が一番好きで、この空間が落語家と育てると語る。改装前の総ベニヤづくりの真っ黄色のテケツが、なんとも言えなかったで客席大爆笑。
 この人だから、もちろん独自のクスグリはあって、もぐさの周りに海苔を巻いて、「もぐさの軍艦巻きだ」とか、八百屋お七は八百屋のセブンちゃんだったりするが、基本は崩していない。石川五右衛門の辞世「浜の真砂は尽きぬとも」の後半を忘れたのはご愛嬌。なかなか得がたい高座だったと思う。

 
 なんと、池袋の喫煙所が、個室(?)になっていた。
 あの、楽屋前のソファーに座っての一服が好きだったのだが、これも時代の趨勢か。
 寿伴が来場してくれたご贔屓の皆さんに挨拶していた。その笑顔には、二ツ目昇進披露が無事終了した安堵感が溢れていた。

 さて、後半。

柳家小平太『壷算』 (15分)
 昨秋、勧之助と同時に真打に昇進し、さん若から改名した人だが、実は初。
 2003年入門者は多く、彼や勧之助、文菊たちは十人でTENというユニットを作っていたが、その頃、聞き逃していたなぁ。
 同期の勧之助が主任に抜擢されたことについて「二割は嬉しいが、八割は口惜しい」という言葉は、本音だろう。その口惜しさが、大事なのだよ。
 本編は、なかなかのもので、明るくリズムが良い。勧之助とは持ち味が違うが、今後も聴きたくさせる好高座。

柳家小さん『親子酒』 (13分)
 ほぼ一年ぶり。同じ池袋で『二人旅』を聴いている。
 “三語楼”と思えば、なかなか味わいのある高座、と言えるのだ。

ストレート松浦 ジャグリング (13分)
 お手玉、中国独楽、傘、そして皿回しでおめでたく勧之助につなぐ。
 もはや、名人芸と言ってよいでしょう。

柳家勧之助『中村仲蔵』 (35分 *~17:10) 
 同期の小平太が十日間違うネタで勝負していると言っていたので、何を演るか楽しみではあったが、まさここの噺とは。
 マクラで、歌舞伎役者の身分を語りだした時、椅子に深く座っていた私が、姿勢を正したくらいである。
 下立役を稲荷町と言ったのは、連中の部屋がお稲荷様の下にあったからとか、芝居の座にいたなりだからとも言われる、なども含くマクラは、師匠譲りなのだろうが、その下敷きになっているのは、間違いなく八代目正蔵の型だろう。
 驚いたのは、若いわりに、四代目団十郎、仲蔵の師匠の伝九郎を、しっかり演じ分けていたこと。本来の声はやや高めなのだが、年齢とその役柄相応の語り口、仕草で魅せてくれる。
 女房のおきしも、良い。三代目仲蔵の名随筆『手前味噌』では、初代が五段目の定九郎一役でも断らず役作りに励んだのは本人の意思、ということになっているが、勧之助、正蔵と同様に、女房の助言と励ましが仲蔵を奮起させた、としていた。
 この部分、「女は強い」「女房は、偉い」と声高に叫ぶあたりは、なにか私生活を思い出したか^^
 仲蔵、きっと自分に期待しての定九郎一役、とは思ったものの、なかなか良い工夫ができず、妙見様へ願掛け。その満願の日、雨やどりに入った蕎麦屋で仲蔵が出会う旗本が、三村伸次郎と名乗るのも、正蔵と同じ。
 せっかくの工夫も、弁当幕の客から反応がなく、皆「うー」と唸ったままなので、「こりゃ、演り損なった」と思いながらも、これが最後の舞台と思い、最後まで演じきる場面は、時間のせいもあろう、やや割愛気味だったが、この噺の持ち味は充分に伝わる。
 そして、上方へ旅立とうとする途中の日本橋の魚河岸で、思わぬ会話を耳にする。
 「五段目の仲蔵、良かったねぇ。家老の倅があんなナリで山賊になってるのぁおかしいと思ったが、仲蔵、ものの見事に絵解きをしてくれたよ」と、五段目だけで帰って来たという。
「ああ、ありがたい・・・・・・広い世間にたった一人、おいらの定九郎を買ってくれたお客さまがいる。このことを女房の置き土産にして、上方へ」と思っているところに、おきしがやって来た。師匠伝九郎が呼んでいるとのことで、そのまま仲蔵、師匠の元へ。
 この場面は、本来は家に帰ると師匠の使いが来ていたという設定の時間短縮だったのかもしれない。
 サゲは、師匠譲りなのだろう、円生の型でも正蔵の型でもなく、「弁当幕」を生かしたもの。
 主任の楽日、抜擢に恥じない見事な高座。
 拍手はしばらく鳴り止まなかった。
 その丁寧な語り口、登場人物の演じ分け。笑いをとる場面と聴かせる場面の緩急。間の良さ。決して、中堅真打にひけをとらないものだった。
 この高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 ハズレはほとんどなかったし、勧之助という、とんでもない発見をしたような高揚した気分で、外に出ると、小ぶりの雨。
 
 この雨に、感謝だなぁ。

 帰宅して、2016年の「さがみはら若手落語家選手権・本選会」の記事を読み返してみた。
2016年3月14日のブログ
 当時の花ん謝の高座について、こう書いていた。
柳家花ん謝『妾馬』 (25分)
 初、である。拙ブログにいただいたコメントで高く評価をされていた方がいて、楽しみにしていた人だ。
 「ここからは、古典落語をお楽しみください」と言って、マクラも短く本編へ。
 たしかに、前半三人は古典にしても改作が施されていて、三作とも新作の趣きだったので、この後の二人の高座は楽しみだった。
 ほとんど無駄なクスグリもなく、本来の噺をしっかり演じた、という印象。
 しかし、お客さんは本来の噺の筋でもしっかり笑ってくれていた。会場の雰囲気にも助けられたように思うが、無理に笑わせようとせずに笑いをとっていた技量は高いものがある。
 八五郎が、自分の孫なのに抱くこともできない、と母親の言葉を妹つるに伝える場面で、三太夫がもらい泣きするという演出を挟んだが、それもわざとらしさがなく好印象。
 この後、八五郎が殿様に召し抱えられたことを地で語ってサゲ。
 好印象で、私の採点は、8。

 私は、志ん吉の『片棒』に投票したのだが、結果は、花ん謝が優勝。
 さがみはらのお客さん、目が肥えている^^
 今後、古典をしっかり演じてくれる若手の有望格と言って良いだろう。

 昨夜は、一杯やりながら「いだてん」に笑いころげていたら、とても記事を書き終えることはできなかったのであった。

by kogotokoubei | 2019-07-01 12:58 | 寄席・落語会 | Comments(6)
 昨日は、雨で日曜恒例のテニスが休み。

 ということで、事前に電話して空席ありを確認し、むかし家今松が主任の国立へ。
 九月の独演会は、大学同期との旅行に重なり行けないので、なんとか行きたかったのだ。雨のおかげだ。
 
 とはいえ、今思うと、出かける時にはほとんど雨が止んでいたのが、吉兆だったかな。

 演芸場の前には、開場40周年の幟。

e0337777_10200603.jpg

 演芸資料館では、40周年記念のさまざまな懐かしい資料の展示があった。
 撮影禁止で、ご紹介できないのが、残念。

 国立演芸場開場40周年記念「国立演芸場40年の歩み」は、7月21日まで開催とのこと。
国立演芸場サイトの該当ページ

 電話で確認した通り、たしかに当日券があった。

e0337777_10202712.jpg


 5月15日の四代目圓歌襲名披露興行では、当日券なしで満席だったことを思い出す。

 先にチケットを確保。なんと4列目の中央当りの席がポカっと空いていた。
 近くで、昼食をとって、会場へ。

 入りは、五割ほどだったろうか。
 雨とはいえ、日曜の昼席であることを考えると、なんとも寂しい。

 私の席の近くに、どこかの学校の同窓会を兼ねてお集まりになったと思しき団体さん。 
 今松にご縁のある人たちか。
 松戸出身で昭和20年生れの今松。年齢も近いような気がする。違うかもしれない。
 終演後は、どこかで食事会なのだろう。落語会で集合なんて、なかなか洒落た同窓会ではないか。

 さて、開口一番から順に、感想などを記す。

柳家小ごと『道具屋』 (13分 *12;46~)
 初。一琴の弟子。だから、小三治の孫弟子。
 丸顔でやや太った姿に、やなぎの前座時代(さん坊)を前座の時に聴いた頃を思い出した。
 やや怖い見た目なのは、緊張のせいもあるか。
 与太郎が、鼠の山葵おろしでの退治の仕方や、鯉の捕獲方法を叔父さんに伝授する場面を含め、なかなかしっかりした高座で、今後も期待したい。

初音家左吉『家見舞』 (17分)
 九月の真打昇進が近づいてきた。髪型は、いつものように、しん平に似たリーゼント的。結構、スタイルには執着しているのだろう。
 高座のほうは、二ツ目としては水準は超えていると思うが、どうも後味が悪い。
 兄ぃの家に着く前に、やはり、この甕は洗って欲しい。運んでいきなり水を張ってはいけないでしょう^^
 たとえば、この日の主任の今松のこの噺は、実に楽しいし、後味も良い。見習って欲しいものだ。
 また、この人は、どんんば噺を自分の“売り”にしていこうとしているのだろう。
 何度か聴いているが、つかみどころがない、という印象。
 真打となる以上、何か自分の十八番を見つけ出して欲しい。

古今亭菊志ん『野ざらし』 (16分)
 久しぶりだ。2014年10月の鈴本での『五目講釈』以来。
 末広亭で名づけされた日に行っても、代演だったことが、たぶん二度あったはず。
 菊朗時代から好きな人で、円菊門下の、菊之丞、菊志ん、文菊の若手トリオが、将来の東京落語界で重要な存在になると思っている。
 さて、この高座も実に良かった。この噺の手本と言えるだろう、春風亭柳好と春風亭柳枝の良いところを、上手に融合させたような構成。
 たとえば、菊志んは、釣りの場所を向島としていたが、柳好は、最初は三囲辺り、そこから鐘ヶ淵まで移動しても駄目だった、と言っている。柳枝が、向島としている。
 また、鐘の音の演じ分けは、柳好。
 もちろん、この噺を滑稽噺と仕立てた初代円遊の型が、そもそもの土台であることは言うませもない。
 途中、この人ならではのクスグリが、適度に効いている。
 「ドクロ? あぁ、野菜か果物がわからねぇやつ」「そりゃぁ、ザクロだ!」なんてのが可笑しい。
 柳好版のように、鐘の音の違いを演じわける場面も、楽しいし、♪サイサイ節もしっかり。
 妄想場面で、近くで見ている釣り人が「とうとう、寸劇が始まりましたよ」なんて科白にも、笑った。
 その妄想、向島のコツが夜に八五郎の長屋にやってきて、浮気をしたら嫌だよ、とつねったりくすぐったりの場面、「ツネツネ」「コチョコチョ」の掛け合い、持ち味の豊かな表情が生きる。
 川に落ちて上がってきたところでサゲたが、いつか通しで聴きたいものだ。
 さすがの菊志ん、と久しぶりの高座を満喫。
 寄席の逸品賞候補として色をつけておく。

アサダ二世 奇術 (17分)
 「時間調整しなくてはいけない」と話しながら、芸をしようとしてマイクに戻る語りと、赤いスカーフ→紐→トランプ、は5月15日とほぼ同じ。
 トランプの風船のネタでは、最前列下手のご家族連れがお手伝い。小学校四年生の少年の将来が楽しみだ。
 先月との違いは、右手人差し指に傷テープが巻かれており、「猫にひっかかれまして」というところ^^
 71歳、まだまだ落語協会の色物で、この方には頑張っていただきたい。

五明楼玉の輔『宗論』 (18分)
 マクラが7分ほどあったから、ネタは十分程度。
 この人の十八番の一つで、近くの席の同窓会と思しき団体さんは大笑いして、賛美歌まで一緒に口ずさんでいる方がいたが、私はあまり笑えなかった。
 どうも、相性が悪いのだ。
 定番のマクラも、そろそろ飽きてきた。マンネリは磨かれて一つの芸になることもあるが、「またか・・・・・・」と思わせるマクラには、そんな可能性はありえないだろう。

柳亭小燕枝『禁酒番屋』 (22分)
 仲入りは、この人。前日には、今松休演でトリも務めている。
 楽しみだった一人なのだが、残念。
 左吉の『家見舞』が出ていることを考えると、このネタの選択には疑問。
 また、この人にニンな噺とも思えない。

 さて、後半。

ニックス 漫才 (16分)
 妹が小池ゆる子という旅館の女将、姉が客、という設定のコント(?)は、初めて。
 最初の頃から、次第にこの人たちとの相性の悪さがなくなってきた。
 以前気になっていた不自然な間が、妹の「そうでしたか」の科白で解消されていることもあるか。

柳亭左龍『鹿政談』 (20分)
 『英会話』が二度続いていたので、久しぶりのこの人の古典を聴くことができた。
 マクラで、しっかりと江戸、京都、奈良の名物を紹介。
 左龍とは少し違うと思うが、米朝の音源からご紹介。
  江戸名物:武士、鰹、大名小路、生鰯、茶店、紫、火消、錦絵
       (伊勢屋稲荷に犬のクソ、をあえて入れないところが米朝^^)
  京都名物:水、壬生菜、女、羽二重、御簾屋針(みっしゃばり)、寺に織屋に人形、焼物
  奈良名物:大仏に、鹿の巻筆、霰(あられ)酒、春日灯篭、町の早起き

 この「早起き」の由来を、左龍もしっかり押さえておいて本編へ。
 お白州で奉行(松野河内守としていた)が、なんとか情けをかけてやろうとして「六十三では、見間違いなどもあろうに」などとふっているのに、正直者の六兵衛さん、耳も目もしっかりしていて、ここ三年風邪もひかない、と答える。
 「元は奈良の生まれではなかろう」と言われても「いえ、三代続く奈良の者で」と、せっかくの奉行も、かたなし。
 奉行、「これは鹿ではなく、赤犬ではないか」と言って、目付の塚原出雲に尋ねる。 出雲が「いえ、鹿に相違ございません」と答えるのに対して奉行、「いや、鹿には角があるが、ないではないか」と言うと、出雲が奉行を馬鹿にするように「鹿は毎年春、若葉を食しますために弱って角を落とします。これを落とし角と申し」という言葉をさえぎり、「そんなことは分かっている」と、奉行が出雲への反撃開始。
 出雲が鹿の餌料を横領していることを突きつけ、そちらの裁きを先にしようか、と言う。苦りきった表情の出雲。あらためて奉行から「これは犬ではないか」と問われ、出雲も興福寺の了全も、そして、同心たちも鹿を「犬でございます」と「忖度」して、六兵衛さん、事なきを得る。
 よく考えると、長いものに巻かれる噺では、ある^^
 左龍の丁寧な語り口は歯切れ良く、お白州での奉行を演じる眼力の演技も結構。
 この人にはニンな噺だと思う。
 こちらも、寄席の逸品賞候補として色を付けておく。
 
柳家小菊 俗曲 (14分)
 三部作♪「への八番」、も、♪「チャッキリ節」も良かったが、小唄♪「気前が良くて」も結構でした。
 ♪気前が良くて男前 たんとお宝持っていて 私を優しくしてくれて
  乙な小唄も唄えるような そんなお方はいないかえ   まず少ないねえ
 そりゃ、少ないだろう^^
 ♪「品川甚句」で締める前、「何かリクエストはありませんか、ありませんね」と言いかけて、客席から「烏、正夢」との声。
 「あら、明烏後正夢ですか、よくご存知ですね。でも、あれは時間がかかりますから、別の機会に。それにしても、ご通家の方がいらっしゃるから気が抜けないわ」と、師匠紫朝から最初に習った新内であると語る。
 持ち時間からしても、小菊のいつもの芸から考えても、到底リクエストに応えることはないと知りながらの掛け声だったとは思うが、小菊は嬉しかったのではなかろうか。

むかし家今松『柳田格之進』 (40分 *~16:21)
 最近の事件のことなどにふれ、世の中は欲と嫉妬などと言いますが、欲望だらけのトランプ、なんて言葉が出てくるのが、嬉しい。まるで政権御用達と化した大阪の某芸能プロダクションの芸人とは、了見が違うのだ。
 そんな欲と嫉妬の世の中にも、昔は清廉潔白な武士がいて、と本編へ。
 私は心の中で、「えっ、柳田!?」と叫んでいた。もちろん、嬉しさの叫び。
 元は講釈ネタで、明治の前半に活躍した三代目春風亭柳枝が得意とした、とされる。
 しかし、今に残る噺は、何と言っても、古今亭志ん生が元と言って良いだろう。
 その筋書きは、志ん生と志ん朝の型と、師匠馬生(金原亭)の型では、いろいろと違いがあるが、もちろん、今松は馬生の型。
 さて、今松のその高座、まず主役の格之進の紹介。彦根の城主井伊氏の家来で、その真っ正直さが疎まれて浪人の身となった男。文武両道に優れているが、あまりに正直で潔癖すぎて、他の者が受け取る商人たちからの付け届けも一切断る。そうなると、周囲の者からは疎まれ、讒言のために浪人の身に。娘のおきぬと江戸に出て、浅草阿部川町の裏店に逼塞している。
 このあたりのプロローグ、よどみなく、過不足なく語ってくれた。
 毎日家にこもる父を見て、おきぬが気晴らしに碁でも打ってきては、と勧められ碁会所へ行き、馬道一丁目の両替商、万屋源兵衛と知り合う。碁の腕前も同じ位で、二人は親しくなっていく。
 ある日、碁会所がいっぱいの人で碁盤が埋まっていて、源兵衛は、「どうです、うちにお越しいただけませんか」と誘ってから、格之進の万屋通いが始まる。
 碁を打った後には、酒肴が提供されるのを、潔癖な格之進が、これではいかん、と万屋へ行かずに家にいると、丁稚が迎えに来る。つい、誘いに乗ってしまい、後日世に出た時に返そう、と思い直し、格之進と源兵衛との交流が続く。
 今松、この二人の描き方も、的確。
 さて時は過ぎて中秋の名月、月見の宴に誘われて、格之進は万屋へ。そして、あの事件が起こった。二人が碁に夢中になっている時に、小梅の水戸様からの五十両を番頭の徳兵衛が源兵衛に渡したのだが、それが見あたらなくなったのだ。
 余談だが、『文七元結』といいこの噺をいい、五十両となれば、“小梅の水戸様”なのである。
 さて、徳兵衛は、「もしや、柳田様が」と言うが、源兵衛は「馬鹿なことを言うものではない。柳田様はそんなお方ではない。もし万が一そうであったとしても、私はいずれ何がしかをお渡ししたいと思っていたんだ。五十両は私の小遣いにつけて、忘れなさい」と言う。源兵衛が、どれほど格之進という人間の清廉潔白さを尊敬していたかが分かる言葉。
 しかし、徳兵衛としては、一番番頭である自分より、一浪人を信じる主人への不満もあるし、なにしろ大金である。翌日、柳田の裏長屋へ出向いて、「もしや、柳田様、あの五十両のことをご存知では」と言うと、格之進「疑っておるのか、まったく見覚えがない」と答えるのだが、奉行所に届けると聞くと、格之進、「濡れ衣ではあるが、疑われたのは自分の不徳」と、明日五十両渡すと約束し、徳兵衛を帰す。
 このあたりの徳兵衛の姿は、師匠が演じるほど伝法ではなく、今松は、やや軽妙な味つけで描いた。それも悪くない。
 格之進、おきぬを叔母の家に使いに出して、その後切腹する覚悟。しかし、おきぬは父の心情を読み取る。
 前半の山場は、この父娘の会話だろう。
 今松、淡々としていながらも、おきぬの武士の娘としての凛とした姿を描いてくれた。
 吉原に身売りをして得たのが、百両。なにかと差し引いて、残った五十両を徳兵衛に渡し、格之進が「見覚えのないこと、後日、その金がよそから出てきたら、どうする」の問いに、そんなはずはないと思い込む徳兵衛が、自分の首と、主人源兵衛の首も差し出しましょう、と返事。この徳兵衛のこの場面の軽妙さも、この噺のアクセントとして活きる。
 そうこうするうちに、十二月十三日の煤掃きとなった。師匠馬生、私の持っている音源では日をはっきり定めない。志ん朝は二十八日としている。十三日が正しい。さすがの今松。
 源兵衛と格之進が碁の対局でいつも使っていた部屋の額縁の裏から、小僧が五十両を発見。源兵衛は番頭以下店の者に、長屋から姿を消した格之進を探させる。褒美に三両となれば、皆が朝から「柳田様を捜しにまいります」と堂々と外出し、中にはどこかでさぼっている者も、というのは、小僧、手代たちとしては、ありえることだ。もちろん、なんとか必死で探す者もいただろう。一番番頭がいなくなれば、順送りで上に行けるのだから。
 後半の最初の山場は、湯島切通しの場。
 今松は、事件の次の年も過ぎ、また正月が明けた四日、と設定。これは、師匠も翌年としていたので、今松の工夫だろう。たしかに、帰参がかなって、なおかつ、おきぬを身請けしてから湯島の場面という筋書きなので、事件の翌年の正月では、早すぎるかもしれない。このあたりは理にかなっている。
 頭と一緒に年賀の挨拶の途中で湯島天神にさしかかった徳兵衛が、降り始めた雪の中でふとすれ違ったのが、豪華な煤竹羅紗の合羽を羽織った立派な身なりの侍。何と江戸留守居役として帰参がかなった格之進であった。
 格之進が、すれ違いざまに徳兵衛に気づき、
「失礼だが、徳兵衛殿ではござらぬか」
「おっしゃる通り、万屋の徳兵衛でございますが、どちらのお侍さんでございましょうか」
「柳田格之進だ」
 で、徳兵衛の顔が青ざめる。
 湯島天神境内のお留守居茶屋で、徳兵衛から五十両が見つかったと聞いた格之進、徳兵衛に「明日、二人の首をいただきに、うかがう」と言い放つ。すぐ退散する徳兵衛。
 さて、最後の山場。
 志ん生・志ん朝では、翌日、主の源兵衛は、使いに行けと徳兵衛を外出させて格之進を迎える、としている。しかし、徳兵衛は出かけずに格之進と源兵衛の会話に聞き耳を立て、源兵衛が自分を助けようとしたことが分かり、思い余って登場、という筋書き。
 馬生型である今松は、二人が一緒に揃って柳田迎えると設定。
 きっと、使いに出そうとするが残っていた徳兵衛、という設定は割愛できる、との判断だろう。
 さて、主従揃っているところに登場した格之進。あの五十両は、娘が吉原に身を沈めて作った金。帰参かなって身請けして家にいるが、衰弱し、まるで老婆のような姿・・・と告白する。ここも、馬生型。やや、聴いていて辛いおきぬの後日談、ではある。
 源兵衛が、「どうか徳兵衛を助けていただき私の首を討ってください」と言うのを聞いて、「とんでもない、旦那様は柳田様はそんなことをする人ではない、と止めるのを聞かず、私が勝手にやったこと。どうか私をお斬りください」と徳兵衛は頭を下げる。
 格之進は、主従の思いを聞いて逡巡し、結果、二人を斬ることはなく、碁盤を真っ二つ。
「柳田勘忍袋の一席」でサゲた。
 馬生の型は、父や弟のように、源兵衛が柳田に助けられてから、おきぬを身請けし、徳兵衛とおきぬが所帯を持つとか、その子が柳田の家を継ぐという設定ではない。
 ハッピーエンドにはならないが、今松の高座、決して、暗い後味はない。それは、今松という噺家さんの持ち味が成せるものだろう。聴いていて、じんわりと瞼が濡れてきた。
 決して大袈裟な表現手法を取らないのだが、登場人物の内面がずしっとした重みで聴く者に伝わるのが、今松落語の真骨頂なのだと思う。
 師匠の型を踏襲しながらも、語り口、人物描写には、今松ならではの丁寧さ、気配りが見受けられた絶品の高座。今年のマイベスト十席候補とする。


 外に出ると、雨。とはいえ、それほど強くは降っていない。
 豪雨被害などは困るが、ほどほどの雨は作物が育つには必要。

 加えて、落語を楽しむこともできる^^

 今松の高座の余韻を楽しみながら、帰路についた。

 帰宅して、記事を書き始めたが、一杯やりながら、サッカーの久保君デビューを見ているうちに、瞼が重くなってきた。到底、その日のうちに書き終えることはできないのであった。

 居残り会では、「記事が長い!」とのご指摘をしばしば受けるのだが、良い高座に巡り合うと、つい、長くなってしまう。ご容赦のほどを^^

by kogotokoubei | 2019-06-10 20:54 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 なんとか、国立演芸場の中日、四代目圓歌の襲名披露興行に行くことができた。

 三月二十一日、鈴本の下席から始まり、末広亭、浅草、池袋を経て四十五日目、残り五日となった定席での披露目。

 開場直後の12時20分頃、演芸場に到着。

e0337777_09445813.jpg

 四代目圓歌の幟が、旗めいていた。

e0337777_09444168.jpg

 なんと、平日の昼なのに、「満員御礼」とは。

 後で知るのだが、居残り会では合流したOさん、当日券で大丈夫だろうとタカをくくていたため、チケットを入手できなかったのであった。

 そんなことは露知らずで、会場へ。

 最初の後ろ幕は、「贔屓与利」で、富士山がシンプルな線で描かれて、「晴れてよし くもりでもよし 不二のやま」と書かれていた。
 結局、この日三つの後ろ幕は、すべて「贔屓」贈呈。二枚目は結構派手だったが、最後三枚目は、「寿」の字と女性の絵の描かれた艶っぽいもので、結構だった。

 私は四列目だったが、まだ、前の列にも空席のある状態で、開口一番が始まった。
 その後、客席はほぼ埋まっていたなぁ。

 出演順に、感想などを記す。

三遊亭歌つを『牛ほめ』 (13分 *12:47~)
 開口一番は、初めて聴く前座さん。
 落語協会のHPのプロフィールによると、2017(平成29)年3月三遊亭歌奴に入門、2018(平成30)年1月21日前座となる。前座名「歌つを」、とのこと。
 白酒が「待機児童」と呼んでいた見習い期間が、結構長かったということか。
 髪の毛も短めでスッキリしているし、清潔感のある印象で、見た目は悪くない。しかし、声が高めでキンキンする点は、今後の要改善点。父親とおじさんの口調も、あまり変わりがなく、前座さんではやむをえないかもしれないが、今後の精進を期待しましょう。

春風亭一花『やかん』 (16分)
 日替わりの二ツ目さんの出番、この日は一朝一門のこの人。三度目。
 2014年7月の関内ホールでの師匠の独演会、そして、2016年9月の同じ会場での、小満んの会で聴いている。どちらも、好印象だった。
 この高座も実に良かった。
 知ったかぶりの先生の口調なども悪くない。歌つをは、袖で聴いていて勉強になったのではなかろうか。
 猫も杓子も--->女子(めこ)も赤子(せきし)も、など、三代目金馬の音源を思い浮かべながら聴いていた。講釈部分も、よどみなくリズムが良い。
 立川こはるを初めて聴いた時も感心したが、芸風は違うものの、女流落語家ながら、しっかり古典を語れる人として、今後も期待。
 個人的には、この日一番の高座だと思う。
 何か賞をあげたいので、朱の色を付けておく。
 
三遊亭多歌介 漫談(師匠の思い出、など)(17分)
 ずいぶん久しぶりと思っていたら、2009年の池袋以来、十年ぶりだ。
 あの時は『短命』だったようで、結構、印象が良かったようだ。さすがに、記憶は残っていない^^
 志ん朝の葬儀における名(迷)スピーチなどの師匠三代目圓歌の思い出や、自分の地方での講演での逸話など。この人、講演や講演&落語で全国各地を回っており、平成30年の講演(数?)日本一とのこと。
 でも、ネタをやって欲しかったなぁ。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (16分)
 4月29日の末広亭では、親子二人だったが、この日は仙三郎と仙成の二人。
 いつものように、傘の芸で仙成が鞠と升を回したが、茶碗になって仙三郎が「これは難しいから私が」と代わった。しかし、最初に茶碗を乗せようとして上手く収まらず、やり直そうとして茶碗を舞台に落してしまった^^
 なかなか、お目にかかれない光景。
 五階茶碗を仙成が演じ、仙三郎が土瓶の芸、そして、花笠と撥で締めた。
 
三遊亭若圓歌 漫談&『授業中』 (19分)
 初。経歴を後から調べたら、内弟子を終えて、最初は漫談家としてスタートしたらしい。
 師匠の思い出を語りながら、師匠が昭和天皇に『授業中』を披露してこのネタを封印したため、師匠に代わってこの噺をするようになった、とのこと。
 震災後のボランティアでも、何度も演じたらしい。
 後半の短い時間で、相当はしょってのネタになったが、なかなか味わいがあったので、もっと長く演って欲しかった。

柳亭市馬『粗忽の使者』 (19分)
 日替わりの仲入り、この日は協会会長。
 客席から「待ってましたぁ!」の声がかかったが、この興行が何か分かっていない、野暮な行為としか、私には思えない。
 去年の鈴本夏祭り以来。あの時は『山号寺号』に、噺家の名を取り入れて楽しませてくれた。
 冒頭部分を省略し、大工の留っこが、地武太治部右衛門と田中三太夫のやりとりを盗み聞きした内容を、仕事仲間に話す場面から。
 こういう噺は、ニンだと思う。侍はサマになっている。一時、首の振りが極端だったり、途中で歌を挟むのが嫌で、敬遠していたが、やはり、芸達者であるなぁ、と思わせる高座だった。
 
 口上を楽しみに、一服。

口上 (16分)
 五人並んだ。下手から、司会の多歌介、若圓歌、四代目圓歌、歌司、市馬。
 若圓歌が、七年の内弟子を終えることができたのが、彼の次に入門した歌之介のおかげ、と言っていたが、今では途絶えてきた内弟子仲間の絆は強いものがあると感じた。授業中、浪曲社長、月給日などの師匠の作品は手がけず、自分の作品を大きく育ててきた弟弟子を褒める言葉にも、心がこもっており、圓歌一門の好ましい関係をうかがうことができたなぁ。
 歌司が、三十五年ほど前、宴席で師匠の隣に座っていて、「圓歌は歌之介に継がせたい」と言われたと語る。兄弟子としては、辛い話であったろうに、それを納得させるだけの、一門の歌之介への評価もあったということか。
 歌司は、昭和50(1975)年にNHK新人落語コンクールで『あくび指南』で優秀賞を授賞した人。ちなみに、その時の最優秀賞は『たがや』を演じた小丸、現在の柳亭金車。
 この人が古典重視ということも、三代目が新作派の歌之介に継がせたかった理由かもしれない。
 市馬が、「手を取って 共に登らん 花の山」という三代目圓歌の言葉を聞かせてくれたので、ほぼ七年前のこの会場での一之輔の真打昇進披露のことを思い出した。私は圓歌が披露目すべてに出演した一朝は偉い、と言った言葉と「手を取って~」で、目頭が熱くなったのだ。
2012年5月19日のブログ

 さて、その市馬の音頭で、三本締め。
 圓歌一門の絆の強さ、温かさが伝わる口上だった。

アサダ二世 奇術 (13分)
 いつもの「今日は、しっかりやりますから」に、嘘はなかった^^
 「あと、三分」とか「二分」とか言いながら、芸を始めようとしては、またマイクに戻り、寄席の下座さんがどれだけ大変か、などと話す、その間が絶妙。
 お客さんが選んだトランプを風船の中から取り出す十八番も、良かったよ。

三遊亭歌司『蜘蛛駕籠』 (14分)
 「91になりまして・・・ウェストが」でまず、客席を笑わせる。去年は「86」だったと記憶しているので、太ったか^^
 酔っ払いの繰り返しの科白の部分でも、大いに客席を沸かせる。
 寄席体験の少ないお客さんも多かったとは思うが、芸達者でなければ、この噺の可笑しさをあれだけ引き出すことは難しい。

立花家橘之助 浮世節 (14分)
 二年前の二代目橘之助襲名で、一回り芸が大きくなったようだ。
 最後は時間切れと短めではあったものの「たぬき」を聴かせてくれた。

三遊亭圓歌『母ちゃんのアンカ』 (35分 *~16:21)
 『母のアンカ』が、正式な演題なのかもしれないが、私はサゲで本人も使っていた『母ちゃんのアンカ』の方が良いように思う。
 この噺では、師匠が亡くなって五日後、末広亭の夜の主任を白酒の代演(代バネ)で涙ながらに聴かせてくれた高座を思い出す。
 あの時は、最初『B型人間』だったのが、この噺に代わり、ややとりとめのない流れになったのだが、それもやむなし、という時期だった。
2017年4月30日のブログ
 前半は、小ネタをつないで、客席を温める。4月1日に「令和」の発表で驚いたらしい。師匠の最初の奥さんが、令子、次の奥さんが、和子・・・とのこと。
 師匠の家にいた寒さに弱いアイヌ犬のことや、たわけもの・大納言などの言葉の語源のことで、笑いを取る。おっぱいの元は血液、という話あたりは、ネタとの関連性が、少しはあるかな。
 そして、11月の寒い時期、高野山に招かれ、その宿坊で寝た時の思い出から、ネタそのものは始まる。零下三度、布団には、湯タンポが入っていた。
 その湯タンポで足を温めていると、自然に、子どもの頃、寒いときに布団の中で、足を母ちゃんのまたぐらに入れて、温めていたことを思い出す・・・ということで、さまざまな少年時代の母との逸話が語られる、爆笑ネタとは言えない演目。
 四代目圓歌作の、人情ばなし、とも言えるかもしれない。
 私は、この人は、今後も古典に挑戦などしなくてもいい、爆笑ものの新作を聴きたいと思う。何度聴いても笑える噺、という点で、間違いなく師匠の芸の精神を継承する人だろう。


 さて、お開きとなれば、楽しみは、居残り会。

 佐平次さんの地元の「はじめ(一)」で、ちょうど五時の開店時間から。
 Iさん、Nさん、そして、チケット入手ならずお店に直行して、すでにビールを始めていたOさんの五人。
 最初は生ビール。そして、次々に出される、薬味ハンバーグや鯵の刺身、などなど美味しい肴のおかげで、お勧めの日本酒を一升瓶ごといただき、結局二升が空になった。
 その後は、燗酒も呑んだはず。
 途中で、絶品の揚げパンが出され、また生ビールもらったりしたな。
 話はあっちこっちに飛んだようにも思うが、部分的に覚えていない^^
 落語のサワリをご披露したようにも思うが、よく覚えていない^^

 四時間ほど、宴は続いたのかな。

 とにかく、楽しい居残り会でござんした。

p.s.
 新宿末広亭の披露目にいらっしゃったIさんがお聞きになった後ろ幕の情報を入手。
 最初の富士山の幕は、中村天風作、2枚目のやや派手な幕は、佐藤勝彦作で、お二人とも圓歌本人とご縁のある方らしいです。三枚目の美人画は先代ゆかりのもの、とのことです。。
by kogotokoubei | 2019-05-16 12:59 | 寄席・落語会 | Comments(14)
 平成三十一年四月二十九日、「昭和の日」の末広亭夜の部。

 昼の部からの居続けの方は、二割ほどいらっしゃったような気がするが、大半は仲入り前後のご入場と察する。昼の開口一番からは、たぶん私だけだろう。

 二階は空いたままの大入り。
 主任喬太郎の動員力かな。

 開口一番から順に感想などを記す。

柳家小はだ『饅頭こわい』 (10分 16:45~)
 昼の部の門朗より時間をもらえてネタができた。
 犬好きとしては、猫はともかく、魚屋のポチは食べさせないで欲しい^^
 昨年二月、仏教伝道センターでの三田落語会昼の部での『道灌』以来だが、はん治の弟子は兄弟子小はぜもこの人も、しっかりとした高座を聴かせてくれる。
 また、若いうちは古典を学べ、という師匠の教えがあるような気もする。兄弟子同様、この人も将来が楽しみだ。

柳家小んぶ『幇間腹』 (11分)
 一八のギャグが楽しかった。
 ゴーやのマラソン->苦味走る、カルキが入って->水臭い、など。
 サゲの「今打ったばかりなのに、もうこりました」は、初めて聞くかもしれない。

ホームラン 漫才 (10分)
 ニックスの代演がこの人たちで、得した気分。
 教会での結婚式ネタ、何度聞いても笑える。
 
蜃気楼龍玉『たらちね』 (15分)
 昼の部以降、泥棒ネタが出ていないので、得意の『夏どろ』でも演ってくれるか、と思ったら意外なこの噺。大家が八五郎に、「足入れは仮祝言、腰入れは本祝言」と教える。私も勉強になった^^
 標準的な型と、少し構成が違っており、時間の都合もあるのか八五郎は湯に行かない。また、布団を上げて、そこにたくさんキノコがある、なんてぇのを挟む。
 若手の注目株、もちろん、悪かろうはずのない高座。とはいえ、泥棒ネタのほうが、相性は良さそうに思うなぁ。

柳家喬之助『宮戸川』 (14分)
 マクラで、協会のサイトが、誰かが亡くなるとサーバーが落ちる、などをふくめWebのことをふって、サゲの仕込み。
 霊岸島のおじさんの名が、飲み込みの「久太」としてあった。名前を聞いたのは、初めてかもしれない。
 若手から中堅への過渡期にあると言えるかもしれない。
 元気で清潔感のある噺家さん、というイメージから、良い意味での渋味が少し増してきたような気がする。

林家二楽 紙切り (14分)
 二楽には申し訳ないが、喫煙タイムにさせてもらった。

三遊亭萬窓『ぞろぞろ』 (14分)
 この人が出てくると、なぜか、ホッとする。
 優しさ、温かさを醸し出す噺家さんだ。
 また、噺もしっかりしているし、ネタそのものの楽しさだけで、無駄なクスグリなど挟まずに笑わせてくれる。
 なかなか、こういう人、いないんだよねぇ。

柳家小ゑん『フィッ』 (15分)
 昨年、六月の池袋でも聴いた噺だが、このネタは、この日の若いお客さんの多い客席のほうが合っていたし、笑いも多かった。
 圓丈作のようだが、すでに自分のものになっているように思う。

柳家小菊 俗曲 (12分)
 カエル-ミミズ-ナメクジの三部作に、客席が沸く。
 この日は、初寄席と思しきお客さんの反応が、なかなか良かった。
 ♪お酒一樽千両しよっとままよ 主の寝酒は絶やしゃせぬ
 連れ合いに聞かせたい都々逸だが、怖くてとても聞かせられない。

吉原朝馬『松山鏡』 (15分)
 萬窓とは対照的な高座。
 今風のクスグリ、たとえばAKBやエグザイルなどをふんだんに挟むのだが、私はあれだけいじる必要は感じない。無理が、あるように思う。
 どうも、この人とは相性が悪い。
 
柳家小袁治『堪忍袋』 (18分)
 仲入りは、この人。
 マクラで、自分は秋葉原の電気屋の倅で、小ゑんとは違う、と笑わせる。
 磁気ネックレスの効果はイライラしないこと、と本編に相応しいネタをふったには、流石。
 朝馬のように無理に笑わせようというクスグリなどもないが、充分にこの噺の楽しさを味合わせてくれて、休憩。

 一服。
 
鈴々舎馬るこ『大安売り』 (13分)
 マクラの松平健ネタが可笑しかった。
 みんなにご馳走して、領収書の宛名は「上様」だって^^
 この噺のクスグリの工夫は、楽しめた。
 元銀行員の相撲取りに負けた決め技が、引き落とし。元居酒屋は、突き出し、なんてぇのは気が利いている。
 以前、この人の高座には、無理に笑わせようとする姿勢を感じていたが、次第に印象が良くなってきた。
 さすがNHKの大賞受賞者と、今は思う。今後楽しみな若手の一人になった。

ロケット団 漫才 (11分)
 今、落語協会の漫才では、もっとも乗っている二人かもしれない。
 会話のリズム、スピード感が良い。
 ネタも年齢を問わず笑わせるだけのものだし、旬の時事ネタを取り入れるのも早い。満員の客席の温度は、確実に上昇した。

柳亭左龍『英会話』 (12分)
 柳家金語楼作で、当代では古今亭寿輔が十八番としている。
 落語協会ではこの人で二度目だが、他の噺家さんでは聴いたことがない。
 子供が英語を習いたいということで、家族の会話をすべて英語でしよう、ということからのお笑い。お母さんが「ママ」なら、お父さんは「マスター」は、今でも笑える。子供から「犬は?」と聞かれ父親が「ドッグ」、「猫は?」で「キャット」・・・「河童は?」で答えられないので子供が「レインコート」なんてぇやりとりには、『真田小僧』的な味もある。
 
橘家圓太郎『浮世床ー本ー』 (11分)
 源ちゃんが本を読もうと苦悶する姿が、なんとも可笑しい。
 こういう噺の楽しさは、実際に生で見ないと分からない。
 文蔵の代演として、しっかし膝前の役割を務めたのは、当然とはいえ、流石。

翁家勝丸 太神楽 (9分)
 花籠、お手玉、傘の芸を一人でこの時間でこなし、語りで笑いをしっかり取る。
 膝を任せられるだけの実力者と再確認。

柳家喬太郎『任侠流山動物園』 (26分 *~20:59)
 この噺、三遊亭白鳥の平成の新作の傑作だと思う。
 喬太郎では、五年前の浅草で聴いて感心したが、この日の高座も実に良かった。
 浅草の時の記事と重複するが、筋書きなども含めあらためて。
 象のまさお(政五郎)、鶏のチャボ子、牛の牛太郎、豚の豚次の4頭しかいない千葉の流山動物園は、人気のまさおが病気ということもあり、客が少なく大ピンチ。この日もお爺さんと孫の二人しか来場者なし。しかし、平均来場者数1.8なので、二人なら平均以上^^
 この経営の危機を切り抜けるべく、豚次は昔世話になったパンダの親分パン太郎に会いに、常磐自動車道をひたすら走って、上野動物園に行く。人気者のパン太郎親分に流山まで来て欲しいと頼むのだが、親分は逆に舎弟である「虎」夫に豚次の尻の肉を喰わせる始末。命からがらなんとか流山に戻った豚次や仲間が、さてどんな策をもって危機を救うのか・・・・・・。
 喬太郎が、細かな芸として「豚次のときは、手を蹄にしている」と親指と人差し指をつけ、残りの指もつけて蹄のようにしているのを披露したが、たしかに、登場するそれぞれの動物を表現するための技が求められる。
 『動物園』という噺では、ライオンと虎(ほぼ同じ所作)を演じるわけだが、この噺は、豚・鶏・牛・象・パンダ・虎の五匹分を演じ分ける必要がある。
 喬太郎は、いかにも楽しそうに演じて、途中でお約束のように「こんなことをするために、さん喬の弟子になったんじゃない!」などと挟んで、若い方の多い会場は大爆笑。
 動物を真似るのみならず、豚次とパン太郎との緊迫したやりとり、豚次と園長との心温まる関係、そして、象の政五郎登場場面など、いくつか聴かせどころがあり、それらをしっかりと演じなければ、噺としての骨格が固まらない。
 さまざまな技能やセンスが試される噺でもあり、三三もこの噺を演じるのは、挑戦しがいのある噺と評価しているからだと思う。
 喬太郎が、作者白鳥の傑作を、しっかり自分のものにした高座、今年のマイベスト十席候補とする。

 
 さて、九時間居続けの、平成に出かけた「昭和の日」の寄席の令和の記事は、これにてお開き。

by kogotokoubei | 2019-05-02 10:18 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 一昨日「平成」三十一年四月二十九日の「昭和の日」に、久しぶりに末広亭で居続けした昼の部の記事を、「令和」に書いている。
 九時間の居続けの後で、昨日は野暮用もあり、平成のうちに書き終わることができなかったなぁ。

 混むだろうとは思って、いつもより早めに家を出た。
e0337777_08411398.jpg

 11時20分頃に並んだ行列の最後尾。左は、栄寿司。
 ということは、末広亭からの列は、角の洋風居酒屋(?)さんを曲がってここまできている、ということ。

 さて、好きな桟敷が空いているか、と不安があったが、なんとか下手の中央位に一人分を確保。結局、夜の部終演まで、9時間、同じ席にいたことになる。

 後から後からお客さんで、二階も空いた。

 入場に時間がかかり、開口一番も遅く短くなった。

 その前座さんから順に感想などを記す。

橘家門朗『 ? 』 (3分 *12:00~)
 泥棒の小咄をさっとふって、すぐ下がった。

柳家小もん『手紙無筆』 (7分)
 主任の小里んの弟子。小多け時代には何度か聴いているが、小もんでは初めて。
 短い持ち時間ながら、端正な見た目同様、丁寧な高座に好感が持てた。

ダーク広和 奇術 (10分)
 三目並べは、初めて見た。この人、見た目も優しく軽妙な語り口なのだが、結構、凄い腕を持っているような気がする。
 寄席が初めてのお客さんも多かったようで、満員の客席を大いに沸かせた。

入船亭扇蔵『真田小僧』 (9分)
 三朝の代演。遊一時代には何度か聴いているが、扇蔵では初めてかもしれない。
 高座には、小言がある。短い時間とはいえ、按摩さんの姿、白い服(白衣)・ステッキ(杖)・色眼鏡(黒眼鏡)、という仕込みを金坊がふらないのが、気になった。
 聴く者の想像力をかきたてるのが落語であるから、この噺では不可欠な演出だと私は思うのだがなぁ。

桃月庵白酒『子ほめ』 (15分)
 師匠の雲助は、寄席でかけるネタでこの噺が一番好きだと言っているが、それは弟子にも伝承されているような気がする。実に楽しそうに演じていた。
 赤ん坊の横で寝ているのがお爺さんと知り、布巾をかぶせようとするというこの人ならではのクスグリはあったが、基本的にはそれほど本来の噺をいじらず、それでいて実に可笑しい。流石だ。

ジキジキ 音曲漫才 (14分)
 落語協会に強力な色物さんが増えたと思う。
 ギターとピアニカの夫婦音曲漫才なのだが、ともに実に高いレベルの演奏能力を持っているのに加え、語りも楽しい。
 ♪シャレで全国旅巡り、なども楽しいし、♪聖者の行進の「お椀出せ、茶碗出せ」も傑作。♪うらわ、は名曲。♪Let It Beと♪なごり雪のハーモニーなども流石。
 そして、♪トルコ行進曲から、おでこピアニカの♪男はつらいよ、は絶品だ。

橘家富蔵『親子酒』 (13分)
 初である。実に端正な顔立ちで、あの円鏡の円門下とは意外^^
 マクラが楽しかった。ネタばれになるが一つ。
 公園に犬を連れて来た女性がいた。
 「公園にブタを連れて来ちゃだめだよ」「失礼ね、犬よ!」「いや、俺は犬に言っている」・・・オリジナルかどうかは怪しいが、可笑しい^^

桂才賀『カラオケ刑務所』 (13分)
 何度目かなぁ^^
 新作台本コンテストの準優秀作品で、柳昇の『カラオケ病院』への“オマージュ”作品。
 サゲの後に「これで、現金20万円ですよ。締め切り6月まで、まだあります。ぜひご応募を!」と応募を勧めていたのは、いつものことだが、これも大事なPRか^^
 とにかく、才が元気なら、それでいい。

三増紋之助 曲独楽 (17分)
 いつもながらの、見事な芸。
 しかし、チャンレンジもしているのがよくわかった。
 「五つ独楽」は初めて見た。地味ながら、楽しい。

柳亭小燕枝『宗論』 (13分)
 この人が「インテリジェンス」「パーソナリティ」などの科白を繰り出すのが、なんとも楽しい高座だった。
 クリスチャンの息子が父親に「一緒に聖書の訪問販売をしましょう」に笑った。
 サゲの番頭が旦那に言われ「息子のかたを持つとは、番頭さんもキリスト教かい」に「いえ、私は説教でございます」は、ご本人の工夫だろうか、初めて聞いた。
 古典の小燕枝というイメージが強いので、少しお茶目な別の一面を見た、そんな得した気持ち。

金原亭伯楽『猫の皿』 (15分)
 志ん生の思い出として、骨董屋の主人に勧められて五千円で字が読めない書を買ったが、後でよく見ると「いまがわやき」と書いてあったという逸話(ネタ?か)から、無理なく本編へ。
 8分ほどマクラがあったから、本編7分。そうは思えないしっかりとこの噺に楽しさを味合わせてもらった。はた師と茶屋の主との短い会話だけとはいえ、この噺はよく出来ている。

林家正楽 紙切り (15分)
 ご挨拶代りの「相合傘」から、「吹奏楽」「新元号」「ドラエモン」と続き、私の席のすぐ近くの桟敷のお客さんのリクエスト「端午の節句」で締め。
 いつもながら、お見事。
 私は、「端午の節句」で、次の仲入りでの権ちゃんのネタに、淡い期待を抱いていた。

柳家権太楼『人形買い』 (17分)
 年号のことなどから、正楽の紙切りにふれ節句のことへ。
 「おっ、やってくれるか!」と期待に応えてくれるこの噺。
 この人のこの噺、私は大好きだし、まさに旬のネタ。
 人形屋の小僧、定吉の仕方話の可笑しさで、満員の客席がどよめくような笑いに包まれた。
 権太楼も、この噺は三代目桂三木助版を下敷きにしていると思われる。
 『正蔵・三木助集』(ちくま文庫)から、定吉独演会(?)の一部をご紹介。

ちくま文庫_正蔵・三木助集
「先月あたしがおなかが痛くて部屋で寝てェたんで、隣の部屋がおもよさんの部屋なんで、ちょうど、薮入り(やどり)に行く日なんで、すっかり着物を着かえちゃって(右手で顔をなで)鏡台の前でこうやってお化粧をしてえたン・・・・・・そこィトントントンッて若旦那が上がってきて
『おもよ・・・やどりに行くのにそんなに気取って行っちゃァあたしが心配じゃァないか』
 ・・・そ言ってくるんで・・・・・・そしたらおもよさんが、
『女の部屋へ男なんぞ上がってくるもんじゃありません、だれか来るとおかしゅうござんすから下へおりてらっしゃい』
『大変に髪(あたま)が乱れているから、俺がちょいとなでつけてやる』
『女の髪が男になでつけられますか』
『つけられるか、つけられないか、櫛をこっちィ貸してごらん(荷を持った手をそのままに、肩ごと右へ揺する)』
『だれか来ると変だからおよしなさい(今度は左に揺する)』
『櫛をこっちィ貸してごらん(また右へ)』
『そんなとこをさわっちゃくすぐったい(ぐらぐら揺する)』」
「(両手で押える形で)おいおいおい・・・・・・大変な小僧が付いてきやがった・・・・・・(後略)」
 権太楼は、松っつぁんが、「とんでもねぇ小僧だ」と言うと、相棒が「おれ、こういう話、好き。五十銭づつ出して、もう少し聞こう」「馬鹿言っちゃいけねぇ」でサゲ。
 当代でこの噺は、間違いなくこの人が一番。今年のマイベスト十席候補とする。

 仲入りで一服。
 すでに立ち見状態になっている。

柳家海舟『ちりとてちん』 (15分)
 主任の小里ん門下。四十歳を過ぎて脱サラ(ご本人いわく、リストラ^^)して入門した人。以前は、見た目のみならず全体的に固すぎる印象が強かったが、この高座は、知ったかぶりの六さんが苦悶して「ちりとてちん」を食べる表情も楽しく、客席も笑いで包まれた。しっかし、クイツキの仕事を果した。
 

笑組 漫才 (9分)
 久しぶりだ。
 どうしても仲入りは時間調整もあって、長いネタ、私の好きな文学シリーズなどは難しい。
 師匠が内海好江から志ん朝、志ん五と続いて・・・という話から、お互いを揶揄する言葉遊ぶを、リズム良く掛け合い。かずおが噛まなかったのが、珍しい^^
 「第四位」「なんで」「どう(銅)にもならない」なんてぇのも可笑しい。
 短かったから、私を含めお客さんの誰も「古い掃除機のコード(早く引っ込め)」なんて、思わなかったよ。

金原亭馬の助『漫談:相撲の世界(?)』と『百面相』 (15分)
 初めての寄席というお客さんも多かったようで、『百面相』では、結構笑いが多かった。今では、実に貴重な余芸のできる噺家さんだ。

柳家小団治『つる』 (13分)
 オリンピックのメダルのネタは、定番か。
 「金でも銀でも銅でも、鉄でもいいんです」「鉄は錆びるじゃないか」「いえ、参加(酸化)することに意義がある」 
 これは、私の余興の落語のマクラでいただこう^^
 本編には、少し小言を言わざるを得ない。
 八五郎を作り話で騙したご隠居が八五郎が外で言いふらそうと出て行く場面で、「おいおい、外で行っちゃ駄目だよ」というような引き止める所作・科白がなかった。あれでは、ご隠居が悪い人に見えてしまって、後味が良くないように思う。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (10分)
 二人で登場。傘、土瓶、花笠を短時間でもしっかり。これぞ、膝の見本。

柳家小里ん『三人旅-鶴屋善兵衛』 (25分 *~16:30)
 連作の一つだが、「びっこ馬」に続くこの噺を聴くのは初めて。
 びっこ馬の馬方が勧める小田原の宿が、鶴屋善兵衛。
 提灯に宿名が書いてあるが、その字が三人共読めない。
 中に「四角い字は読める。まずは口、それから田、国なら分かるが、鶴屋善兵衛はこの中にあるか」なんて、頓珍漢な会話が挟まれる。
 見つける策をいろいろ考えた末に、「宿場の真ん中で腹痛を起こし、鶴屋善兵衛が指し宿だから連れて行ってくれと頼んだら誰か連れて行ってくれるだろう」、ということになり宿場で一人が腹痛だと仮病を使ったところ、そこに現れた助っ人が、主の鶴屋善兵衛だった、というのが前半。 
 後半は、馬方が言っていた夜のお伽の件。女が二人しかいないと言われ「三人で回しはいけねぇや」と、なんとかしてくれと頼む。そうすると、年増の尼さんでもいいか、と言われ、それでいいとなった。しかし・・・後略^^
 珍しいネタを聴かせてもらった。


 さて、ここで昼の部はお開き。
 夜に備えて、二つ目の弁当を食べたのであった。
 


by kogotokoubei | 2019-05-01 09:47 | 寄席・落語会 | Comments(8)
 先ほどまでの満席だった椅子席は、三割ほどに激減。
 終演時点でも四割くらいだったかな。
 桟敷は、上手、下手にそれぞれ五、六人だった。

 う~ん、六割くらいは動員できないといけないだろうなぁ、芸協さん。

 出演順に、感想などを記す。

三遊亭美よし『小町』 (7分 *16:50~)
 次の鷹治によると、末広亭では初高座の女流の前座さん。
 遊吉の弟子とのこと。
 芸協のHPには、まだ名が載っていない・・・・・・。待機児童扱いか^^
 とにかく、精進していただきましょう。

桂鷹治『普段の袴』 (11分)
 この人も、初、のはず。当代文治の弟子、ということは、結構忍耐力はある、ということか^^
 前座の美よしを気遣う言葉は、好ましい。
 高座は、そう悪くなかった。見た目も大きいし、今後も大きく成長を期待しよう。
 この噺は滑稽噺としの一つの典型「オウム返し」のネタで、噺本来の可笑しさを引き出せれば笑えるし、巧者によって爆笑ネタにもなりえる。
 「祝儀と不祝儀が往来で衝突してその仲裁に行く」とか「なにヒダが崩れた!?それじゃ、高山はてぃへんだ」など、なかなかに楽しい科白で満載。
 八代目正蔵->五代目小さん、と、八代目柳枝->当代円窓、という二つの流れを経て、今につながっているが、当代では、一之輔、そして、正朝の二人が出色ではなかろうか。
 芸協ならこの人、と言われるように、鷹治にも頑張ってもらおう。

カントリーズ 漫才 (11分)
 昼の部の山口君と竹田君の余韻が残っているので、若いのに今一つ、という印象。

昔昔亭桃之助『たらちね』 (13分)
 相変らず末広亭のプログラムには、昔々亭としてあるのは、いただけないなぁ。
 そろそろ草津温泉落語のマクラは、変えて欲しい。もう長いこと聴いているぞ^^

三笑亭可龍『狂言マック』 (14分)
 当代枝太郎作。
 マクドナルドに、狂言師(和泉○○がモデル)がアルバイトとしてやって来て、というネタ。
 枝太郎が二ツ目花丸時代に聴いているが、可龍の狂言師ぶりもなかなか結構。
 古典も、こういう新作もどちらも水準以上の噺家さんで、将来の芸協を背負って立つ人だと思う。

小泉ポロン 奇術 (9分)
 喫煙室を出てから後半のみ、後ろの方で見ていた。
 マイクを離れた時の科白が、ほとんど聞こえなくなる。
 そのあたりは、要修正である。

立川左平次『近日息子』 (13分)
 昼の部は円楽一門の日替わり(この日は、間に合わなかったが、王楽)、夜の部は立川流の日替わりで、この人だった。
 一周忌が過ぎたばかりの左談次唯一の直弟子で、初めて聴くのを楽しみにしていた。
 良く言えば、落ち着いた高座。悪く言うなら、この噺らしい可笑しさを、今ひとつ引き出せない高座だった。
 しばらくしてから、また別なネタで聴いてみたい。

三遊亭円馬『本膳』 (15分)
 この人は、こういう噺の、そのネタの可笑しさだけで客席を沸かせる力がある。
 左平次には、ぜひ、こういう高座を見習って欲しい、などと考えながら聴いていた。
 この噺も典型的な「オウム返し」のネタだが、芸達者が演じると無理にクスグリなど挟まなくても可笑しい。
 新作の芸協にも古典を巧みにこなす、こういう中堅がいる。とはいえ、そういう人は多くはないのも事実なのだが。

春本小助・鏡味小時 太神楽 (14分)
 一つ鞠、三本撥、向き合いの撥、傘、を披露。
 小助が、結構危なっかしい芸で、ハラハラさせるのだが、あれは芸か^^

立川談幸『町内の若い衆』 (15分)
 ニコニコと演じる姿に、「やはり、この人は寄席が好きなんだなぁ」と思いながら聴いていた。
 弟子の吉幸が五月に晴れて真打昇進。そんなことも笑顔につながっているのかもしれない。
 熊公から、熊の家に行って一芝居打ってくれと頼まれた八五郎が、熊の家近くに来ると、「おぅ、寒気がする。寒気がするから、道に迷わなくていいや、この家は」なんて科白も実に可笑しい。
 ニンなネタで、客席を湧かせた。
 
桂幸丸『吉田茂伝』 (18分)
 仲入りは、この人。
 これまでは漫談が多かったが、久しぶりにネタを聴けた。
 吉田茂は、高知の自由民権運動家竹内綱の子で、この父親はよく警察につかまり刑務所で缶詰になった。ツナだけにかんづめになる、なんてギャグを挟みながらの人物伝の自作。
 最近のニュースなど(たとえば横浜にできた○○○ミュージアム)も交え、やや古いネタではあるが、程よい笑いの反応を受けながらの高座で、前半終了。

三笑亭可風 『 ? 』 (12分)
 クイツキは、この人。
 師匠ネタのマクラから新作の本編へ。
 夫を亡くした老婆三人の会話から始まり、三人が一緒に住んだのだが・・・という筋書き。
 毒舌の会話が楽しい。「陽子さんはいいわねぇ、ハロウィーンで被り物がなくても大丈夫だから」なんて科白がポンポン飛び出す。
 少し調べたのだが、演目名が分からない。ご存知の方、お知らせ願えれば幸いです。

青年団 コント (11分)
 二人だけのニュースペーパー、という感じのコンビ。
 人事部長と二階級特進で人事課長になるヒラ社員という設定。
 二人が勤める会社の格付けは「トリプルZマイナス1」で、上が大塚家具、などの時事ネタを含むギャグが満載。
 「私の夢は、課長になることだったんです」「まるで、そろばん三級でやめるようなものだな」などの会話が、なんとも可笑しいのだ。
 シリアのダマスカス支店を出したことから業績が急降下した会社が作っているのは納豆。豆腐にも手を出して「五丁」の損失を出した、だから課長昇格をもってリストラ、という話にヒラ社員が抗議するのだが・・・・・・。
 寄席のコントならではの毒、私は好きだ。

春風亭柳好『長屋の花見』 (14分)
 古典を「久しぶりに聴いた」、という印象の高座。
 とにかく明るいのだ、この人の高座。
 番組構成的にも、季節柄も、程よいネタ選びだった。

桂南なん『反対車』 (14分)
 歌春の代演。プログラムを見るお客さんに向かった、「プログラムには、ありません。特別出演、です」とニッコリ。
 花粉症の薬で眠い、などと言いながら、このネタへ。
 まず、最初の病み上がりの車屋が、なんとも弱弱しく、「ウンコラショッ」「ドッコイショッ」と梶棒を回す場面のユルさが、たまらない。
 そして、二人目の元気な車屋との対照が、この噺の持ち味を充分に引き出していた。
 走り出す前に「保険に入ってますか?」と、自分が保険の外交をしていると言うのに加え、秩父へ行き、「どうです、私の民宿に泊まりませんか」という、したたかな車屋である。
 次は京都へ、そして東京駅へ戻り、車屋が「お客さん、どこへいらっしゃるんですか?」に「京都へ行く・・・・・・」のサゲも可笑しかった。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておく。
 
桧山うめ吉 俗曲 (10分)
 169.png行きに寄ろうか
 169.png梅は咲いたか
 169.png箱入り旦那
 169.png春はうれしや
 の後、踊りで「夜桜」
 いつものように、艶やかで結構でござんした。

柳家蝠丸『死神』 (30分 *~21:04)
 まだ、ネタが決まってないんです、というのは、ネタだろう^^
 主人公の仕事が設定されている。しかし、サゲにつながるので、秘密としたい。
 死神登場の場面は、まさにニン。
 「死神がどんな様子かと言うと、まぁ、私がもう少し年をとったと思っていただければ」という言葉に説得力があったなぁ。
 呪文は「アチャラカモクレンバイアグラ、テケレッツノパー」。
 こんな呪文なので、医者になった男が治した患者は、突如寝床から起き上がって「吉原に行きたい!」と叫ぶ。なるほど^^
 金がたまった男が妾に「寄席に行きたい」と言われて寄席に行き、噺家を連れて飲ませ、食わせる、というのは願望かな。
 地下に降りて、「あの団体で太くて長くて勢いのいいのは」という男の問いに、死神が「もちろん、今日の末広亭のお客さんたちだ」というのは、なかなか結構。
 もう一つの団体のろうそくもあったが、まぁ、それは内緒ということで。
 男の商売を使ったサゲ。なるほど、それもあり、かな。
 幕が下がってから、「あのサゲは私の創作です」と声があり、また、拍手。
 なかなか、サービス精神旺盛な高座だった。


 約七時間半の居続けだったが、足腰はなんともない。
 久しぶりの末広亭、かつ、芸協の昼夜は、売り物の新作も含め、なかなか活気に満ちていた。
 新会長就任のニュースは、良い弾みになっているような気がした。

 芸協の寄席の噺家さん、落語協会の実力者、たとえば、権太楼、さん喬、雲助、一朝などや、中堅の喬太郎や文蔵、扇辰、若手の白酒、一之輔などの顔ぶれと比べると、たしかに量的には負けている。あくまで、現時点では。
 しかし、新作に古典という落語そのものもバラエティに富んでいたし、漫才やコントに太神楽などの色物を含め、総体としての寄席として、なかなか楽しめた。

 落語家だって、この日の南なん、鶴光や若手の今輔、可龍、夢丸などの個性的な高座は、得がたいものだ。
 そして、もっと若手に目を向ければ、「成金」メンバーに代表されるように、イキのいい顔ぶれが揃っている。
 先日の「さがみはら若手落語家選手権」は、落語協会の歌太郎、小太郎、小辰、そして立川寸志を相手に、桂竹千代(竹丸門下)が優勝した。

 彼ら若手の今後には、大いに期待できる。
 

 さて、鈴本では四代目円歌襲名の披露目が始まっている。

 いつ行けるものやら分からないが、なんとか駆けつけたい。

 五月には、芸協の真打昇進の披露目が続く。

 そして、秋には落語協会の四人と、芸協の小痴楽単独の真打昇進披露がかち合うことになる。ぜひ、小痴楽の披露目には行きたいものだ。

 寄席から目が離せない、そんな一年になりそうだ。

by kogotokoubei | 2019-03-25 21:36 | 寄席・落語会 | Comments(10)
 末広亭の友の会に入っているので、三ヵ月ごとに入場券が送られてくる。
 今月末までの券を使わずにいたら、期限が近づいていた。

 本当は、夜の主任白酒の中席に行こうと思っていたのだが、野暮用続きで行けず、どうも昨日しか機会がなさそうなので、日曜恒例のテニスを少し早めに抜けて、芸協の下席へ。
 昇太の次期会長就任のニュースもあったことだし、芸協の寄席にも行きたかったからね。

 新宿三丁目に着き、コンビニで夜食の助六やお茶などを仕入れてから会場に入ると、ちょうど、「コント山口君と竹田君」が始まったところ。
 椅子席はほぼ満席で、桟敷も八割ほど埋まっている。
 お茶子さん(でいいのかな^^)に勧められた上手の桟敷の空いたスペースに落ち着く。 

 出演順に感想などを記す。

コント山口君と竹田君 コント (13分位 *たぶん、13:33頃~)
 寄席では初めて。
 後で調べても、芸協の色物のリストには客演を含め、載っていない。
 特別出演だろうか。
 二人とも私とほぼ同年齢なのだが、若々しい。
 竹田が温泉旅館に泊まった客、山口がその宿の主人、という設定。
 竹田の隣部屋の客がうるさいので苦情を言い、山口が応対するという内容なのだが、これが、なんとも可笑しい。
 満席近い客席が爆笑に包まれた。
 もし、今後、正式に芸協に入るのなら、また色物が強力になるなぁ。

古今亭今輔『雑学刑事(でか)』 (14分)
 米福の代演で、この人。
 定番のクイズに関するマクラから、そのマクラに相応しいネタへ。
 クイズ大好き、雑学の達人の刑事(まるで、本人^^)が、強盗犯人にクイズを出して困らせるという筋書き。
 目出し帽は、クリミア戦争で、ウクライナのパラクラバとい町で初めて使われたので、この帽子の名がパラクラバになった。
 世界で最初の銀行強盗はジェシー・ジェームズで、1866年2月13日に初めて彼が銀行強盗を成功させたので、2月13日は「銀行強盗の日」となっている、なんてぇ雑学が満載。
 新作の芸協、という看板を今後背負って立つ一人が、この人だと思う。

神田紫 講談『山内一豊の妻』 (13分)
 初。検索すると、日本講談協会会長さんらしい。
 少し、喉の調子が悪いのだろうか、ややつまり気味。
 若い時は、さぞかし別嬪さんだったろうなぁ、と思いながら聴いていた。
 (今も別嬪よ、とのご本人の声が聞こえてきそう^^)

一矢 相撲漫談 (12分)
 喫煙室で一服してから、客席後方で聴いていたが、私の経験上これまでで一番ウケていた。この日が、大相撲の千秋楽、ということもあるかな。

笑福亭鶴光『袈裟御前』 (16分)
 仲入りは、この人。
 またか、という感じではあったが、何度聴いても笑えるというのも、芸のうち。
 短縮版であったが、客席を大いに暖めて、前半を締めた。


 あらためて客席を眺めると、若いお客さんが多い。
 アベックや、女性連れも何組か目立つ。
 昭和元禄、しぶらく、NHKのムービー、イケメン落語家など、さまざまな要素があるのだろうが、日曜とはいえ、芸協の席で若いお客さんを含む盛況ぶりを、私はなんとも嬉しく思いながら、煎餅をかじっていた。

三笑亭夢丸『旧婚旅行』 (12分)
 この人は、古典も新作もこなすが、この日は、この新作。
 老夫婦が、五十年前の新婚旅行で行った同じ温泉旅館を訪ねる設定。
 あの時と同じように、お互い裸になって、部屋の両端から走って来て抱き合おう、なんてことを考えるから、大変なことになる。
 内容としては、「古いなぁ」、という印象は拭えないのだが、この人の芸で爆笑ものになった。
 以前に比べ、早口過ぎて上っ滑りすることもなく、見た目も含め、落ち着きが出てきたような気がする。
 しっかり、クイツキの役割を果たした。

東京太・ゆめ子 漫才 (14分)
 円熟の芸。
 「おかげさまで、夫婦で43回目の花見に行けます」で、客席から拍手。
 京太は昭和18年生まれで私の一回り上、今年76歳になる。
 ゆめ子は、協会HPで生年月日を公開していないが、ほぼ同年齢だろう。
 両協会のベテラン漫才師が寄席から姿を消す中、現役として最高齢漫才コンビになったのではなかろうか。
 まだまだ、色物の芸協を引っ張ってくれそうだ。

三遊亭とん馬 漫談&踊り「かっぽれ」 (17分)
 この人では以前『他行』という珍しい噺を聴いている。
 九官鳥、交通事故車の中の猿などの小咄をふって時間が押し、「あと二分になったので、踊りを」とカッポレを披露。
 小咄も受けていたし、逃げの高座とは思えなかった。ご本人もネタをしたかったのが、客席の反応の良さで、つい小咄が長引いた、という印象。しかし、次の小南からは、いじられた。

桂小南 『ふぐ鍋』 (18分)
 膝前は、久しぶりのこの人。
 「私は、漫談と踊りでお茶を濁すようなことはしません」で客席から笑い。
 半分冗談、しかし、半分本気の言葉かな。
 こういうひと言は、悪くない。とん馬も決して投げた高座ではなかったが、協会メンバー同士の自浄能力があることを示したひと言と感じた。
 好き嫌いは別れるだろうが、なんとも独特のダミ声は印象的だ。
 二人で、恐る恐る河豚をつつく場面の可笑しさは、寄席で実際に見るしか分からない。
 『菜刀息子(弱法師)』など、師匠の十八番をそのうち聴きたいものだ。
 
やなぎ南玉 曲独楽 (9分)
 扇を使った地紙止め、真剣を使った切っ先木の葉止め、大きな独楽での風車、最後は糸渡り。
 この人の経歴は多岐に渡っており、最初は八代目正蔵の身内、次に橘右近に寄席文字を習い、その後で、曲独楽の世界へ入ったようだ。
 だから、協会の色物の香盤はそんなに高くない。
 落語協会の三増紋之助とは、年代も芸風も好対照。静かにヒヤヒヤ観る芸も、悪くない。

三笑亭夢太朗『ねずみ』 (27分 *~16:11)
 夢樂の弟子。直弟子としては、初代夢丸に続く二番弟子。
 昭和54年のNHK新人落語コンクールでは、正雀に大賞を譲っての優秀賞。
 また昭和55年には、小遊三などと「芸協若手五人衆」の一人として、文化庁芸術祭優秀賞を受賞。「優秀賞」に馴染みの深い人^^
 寄席の短い噺はたくさん聴いているが、長講は、昨年10月、横浜にぎわい座「名作落語の夕べ」での『時そば』以来。
 丁寧な高座、というのが強く印象に残る。旅館ねずみやの息子の可愛さはよく表現されていたのだが、父親が甚五郎に昔話を聞かせる場面が、やや平板に思えた。
 虎屋に頼まれた彫刻家、飯田丹下の名が最初出ず、後から付け加えたことで、サゲ近くのリズムが悪くなったのが残念。
 丁寧で、大らかなのは良いが、もう少し深みというか、味わいが欲しい。


 これにて、昼の部はお開き。

 若い方が多かった客席は、一気に寂しくなった。

 好きな下手の桟敷に移り、コンビニで買った助六を食べて備えた夜の部は、次の記事にてご紹介。

by kogotokoubei | 2019-03-25 12:47 | 寄席・落語会 | Comments(2)
 オスカー受賞作の『グリーンブック』を桜木町の映画館で観てから関内へ。
 ホールに着いた時は、まだ涙が乾いていなかったかもしれない。

 二十五年間続いた関内の小満んの会が、百五十回をもって千秋楽。

 土曜の午後の開催ということもあり、関内ホールの小ホールは、七割ほどの入り。

 これまで半分も入ったことのない会だったので、ロビーのモニターを見て、「毎回、最終回と言って続けてくれないかな・・・・・・」などと思っていた。

 受付でこれまでの全演目一覧をいただく。
 なんとも幅広いネタを演じられてきたことか。

 久しぶりに師匠の奥様もいらっしゃった。
 どこか、すっきりした笑顔でお客さんを迎えていた。
 
 会場に入ると、お誘いしたOさんのお隣が空いていたので、そこに落ち着く。

 出演順に感想などを記す。
 なお、今回は、記録としては、師匠という敬称は省略するが、後半は、どうしても呼び捨てにはできないので、表記が混在すること、ご容赦のほどを。

柳家り助『二人旅』 (12分 *14:00~)
 初。協会のHPを見ると海舟の弟子のようだが、四年前に真打に昇進した人が、もう弟子をとっていたんだ。
 噺家らしい見た目。印象は悪くない。
 それにしても、この噺は、いわゆる放送禁止用語たっぷりだなぁ、と思いながら聞いていた。「いざり」「おし」「つんぼ」などが続々登場^^
 もはや、落語以外では聞かれない言葉になりつつある。
 その言葉を発することが差別、という風習、なんとかならないものだろうか。

柳家小満ん『長屋の花見』 (23分)
 短いマクラから本編へ。
 二人目の師匠小さん型が基本だが、ところどころに独自性があった。
 大家の花見の誘いを受けた戸無し長屋の一行。
 「どうする、上野の山へ行くかい」と問われたお調子者が「行くとも、上野の山でも、カムチャッカでも」というクスグリは、小さん譲り。
 終演後の居残り会で、「あそこは、他の場所じゃだめで、カムチャッカしかないなぁ」と皆が同意^^
 月番が幹事役に立候補するというのは、小満んの工夫か。
 幹事役として何か目印にという話題に「サイダーの口金でも」で笑った。
 卵焼き(たくわん)と蒲鉾(大根のこうこ)の器は「切り溜め」。
 最初はピンとこなかったが、切った野菜などを入れる木箱のことだから、箱膳やお重と言わず、切り溜めのほうが、貧乏花見には相応しいわけだ。
 「甘茶でかっぽれ、番茶でさっぱり」などとぶつぶつ言いながらの、ご一行の宴会の様子が目に浮かぶ。いったん飲んだお茶けを吐きだす者や、「大家さん、最近では練馬のカマボコ畑も少なくなって」なんて言い出す者など、このネタのなんとも言えない可笑しさが描かれる。
 「大家さん、酒柱が立った」でサゲ。まさに、軽妙洒脱と言える好高座。

柳家小満ん『狸の鯉』 (21分)
 すぐに高座に引き返して、二席目。
 『狸』の噺には、「札」「賽」「釜」「鯉」と四話あるが、この日は今では珍しいネタ。
 とはいえ、狸の「札」もあって、長寿庵の蕎麦代を払って、逃げてくる。
 兄貴分の子供の初節句の祝いにと、次に狸が鯉に変身。
 兄貴分が、鯉こく、あらいにして食おうと言うのを聞いて怖がる狸の姿が可笑しい。
 師匠小さんが説く「狸の気持ち」になっての佳品。


 仲入りとなって、師匠の奥さんに、この日の私の企み(?)を明かす。
 それは、『小満んのご馳走』という本を持参していて、ぜひ、この本に何か書いていただきたかったのである。
 「これに何か書いていただきたいのですが」と奥さんにお聞きすると、私の肩を掻いて「かいてあげる」と笑う。
 さすが、噺家の女房^^
 終演後に直接頼んでみますね、と言うと、「そうしな!」と優しい笑顔が答えていた。
 
柳家小満ん『らくだ』 (44分 *~15:56)
 小満ん落語の醍醐味は、まず、受けを狙ったあざといクスグリなどはないこと。たとえば、それは一席目の『長屋の花見』で言うなら、今では多くの噺家が挟む「長屋中 歯を食いしばる 花見かな」という三代目蝶花楼馬楽の専売特許(?)とも言える句を、小満んは加えない。ご自身でも俳句たしなみ、川柳にも造詣が深いから、あえて、人様の句を借りることもない、とも言えるが、風潮などには背を向ける姿勢を感じる。
 また、ネタの本来の味わいとして、あるいは、演出上で、割愛しても良いと思われる部分は大胆にカットするところも、特徴だろう。
 この高座では、屑屋長さんがらくだの兄貴分に言われ、長屋の月番に出向いて香典を頼む場面を割愛。また、らくだの頭を剃る場も短く、あっと言う間につるつるにしている。
 あの場面は、剃刀で剃るにしても、毛を抜くにしても、あまり聴いていて気持ちの良いシーンとはいえない。そのへんは、品を大事にする小満んらしさか。
 とはいえ、あの場面は、毛を毟る志ん生の演出には、この噺の奥の深さを思わせる面もあるのだが、それについては、別の機会に書くとしよう。
 この高座で初めて聴いたのは、らくだの火葬代の稼ぎ方。
 長さんの知り合いの隠亡がいる落合の火屋に連れて行くことになったが、その隠亡への手間賃を、らくだの兄貴分が、質屋の奥で賭場が開かれているのを知っていて、それをネタに強請って二両巻き上げるというのは、初めて聴いた。
 その二両をまるまる、隠亡に渡すところは、江戸っ子!
 そういった筋書きの妙もあったが、やはり圧巻は、屑屋と兄貴分の主客逆転の場面だ。
 大家がカンカンノウに怯えてもって来た、まあまあの酒を兄貴分が屑屋に「かけつけ三杯だ」と飲ませようとして、屑屋が「勧め上手だねぇ」と言うあたりから、逆転が始まる。
 長さんの科白。「できるときは、やったほうがいいね。どれほど金があっても、高みの見物・・・俺だって、見てられねぇ性分だからねぇ・・・」
 その三杯目を飲み干して、煮しめを食べた後の屑屋の「なぁ、兄弟!」も効果的。
 四杯目に、らくだが「絵を買って欲しい」と言って背中の彫り物を見せたことを思い出す時分には、完全に屑屋が上だ。
 サゲの願人坊主の絶叫まで、堪能した。
 二十五年、百五十回を締める絶品の高座、今年のマイベスト十席候補であるのは当然である。

 さて、終演。

 大事な仕事(?)が、残っている。
 いつものように、お客様を見送る小満ん師匠の姿を見ながら、最後のお見送りが済んだと思しき頃、『小満のご馳走』を手に、お声をかけた。

e0337777_09110613.jpg

「東京かわら版」サイトの該当ページ
 この本は、発行直後にこの会で「東京かわら版」の方が販売していたのを入手したのだった。

 読後、二回記事にしている。
2015年7月24日のブログ
2015年7月25日のブログ

 さて、私にとって、初めての試み。こんなにミーハーになるとは^^

 師匠に声をおかけした。
 「ぜひ、この本に何か書いていただけますか。師匠は、大好きな堀口大學さんからは、書いていただけなかったようですが」と切り出すと、「そうですか、では、大學さんに代わって。」と笑顔で、私が差し出した筆ペンで、ささっと、大學の詩を書いてくださったのである。

 その本に、こう師匠は書かれている。
 
堀口大學は私にとって、運命であり、母校である。そんな風に感じている。

 そんな師匠のある思い出。

 叙勲の際にとある会で逢えるかもしれないチャンスがあって、この時、羽織を持っていった。

 「エロスの技法」
 “お手(てて)で口説くのよ”

 間が良ければ、このフレーズを書いてもらおうと思って持っていったが、いらっしゃらなかった・・・・・・。私はほとんど、こういうことをしたことがなかったけれど、この時だけは特別な気持ちだった。

 私もほとんどこんなことをしたことはなかった。
 でも、師匠は願いを叶えてくれて

 
e0337777_09294296.jpg


 「お手ゝで 口説くのよ」 大学様に代って

 としたためていただいたのだ。

 さて、心も躍る宝物を頂戴した後は、居残り会。
 師匠に書いていただく間、お待ちいただいた居残り会仲間の方と、関内で四十年の老舗、団欒へ。

 本来はお休みのところを開けていただき、落語会を聴いた佐平次さん、I女史、Oさんと私のよったりに、近くでお芝居をご覧になった後にお越しのM女史、そして、Nさんも合流。

 お任せでご用意いただいた刺身も他の肴も、いつものように絶品、小満ん落語のことや、さまざまな話題も、これまた絶品。男山の燗の具合も、絶品。
 他にどんな話題が飛び出していたのやら、半ば記憶は飛んでいるが、あっと言う間に三時間余りが経つ。

 帰り際、Nさんからはお菓子のお土産をいただき、団欒のご主人からは手拭を頂戴した。

 そして、何より、小満ん師匠からいただいた、宝物を大事に持って帰宅し、最良の一日が暮れたのであった。

 さて、お江戸日本橋亭の会は、元々、本牧亭で始まった独演会の流れのある、四十年を超える歴史のある会で、そちらは継続されるとのこと。

 あちらへ行かなきゃならないなぁ、これからは。

 そして、団欒へは、落語会とは関係なく宴会を企画し、皆さんをお誘いしようと思っている。

 関内の千秋楽で、いい思い出をつくっていただいた。

 小満ん師匠、ありがとうございます。


by kogotokoubei | 2019-03-18 12:25 | 寄席・落語会 | Comments(4)
 居残り仲間のM女史が携っていらっしゃる会に、居残り仲間と一緒に赴いた。

 都民劇場の落語会の企画として、喬太郎が人選などプロデューサーとなり、紀伊国屋“ホール”で“寄席”を開催する、というもの。

 落語あり、講談あり、色物あり、という趣向だ。

 出演順に感想などを記す。

橘家門朗『あなごでからぬけ』 (10分 *18:23~)
 初。文蔵の弟子のようだが、落語協会ホームページには、次のように書かれている。
   2014(平成26)年12月15日 橘家文左衛門に入門
   2016(平成28)年4月1日 前座となる 前座名「門朗」
 入門から前座になるまでの期間が長くなっているとは聞いているが、「待機児童」が増えているのだろうなぁ。 
 次の小辰が「みんな、怖かった」といじっていたが、たしかに強面ではある。
 しかし、語り口はしっかりしているし、印象は悪くない。
 
入船亭小辰『悋気の独楽』 (17分)
 生では、久しぶりだ。
 テレビでは、昨年のNHK新人落語大賞で『真田小僧』を観ている。優勝して不思議のない高座だった。
 実力が着実についていることは、この日の高座でも明らか。
 特に、女性が良い。師匠より上ではなかろうか^^
 この噺は、女房と妾をどう演じるかが重要なのだが、見事。定吉も憎らしく、可愛い。
 “寄席”ならではのネタであり、高座だった。

林家たけ平 漫談&『袈裟御前』 (19分)
 ずいぶん久しぶりだ。まだブログを始める前、二ツ目時代には何度か聴いているが、十年以上空いている。
 当代正蔵が、こぶ平時代に入門した総領弟子だが、良い意味で弟、妹弟子からの刺激を受けているのかもしれない。若々しい高座だが、キャリアも感じさせた。
 お客さんの笑いにも救われていたが、漫談のネタも、そんなに悪くない。
 北千住に高齢者が多く、老人会に青年部ができた、というネタはどこかで聞いた気もするが、ありそうな話^^
 「トマト工場に泥棒が入った」「みんなでカゴメ」「泥棒は、デルモンテ」なんてぇネタでも、笑ってしまった。この日の客席の空気もあっただろう。
 近所の高齢のお爺さん(東山さん)が家族から注目されることもあるという、どんな時かと言うと、「餅を食べる時」というのも、ほどよい切れ味のジョーク。
 そんな漫談風マクラが十分余りあった後の本編なので、遠藤盛遠、後の文覚上人が、袈裟御前の家に忍び込む前でサゲた。
 林家に伝わる『源平盛衰記』ではなく、上方のこの噺を東京の噺家さんで聴いたのは初めて。ちなみに、この噺の元、文覚上人と袈裟御前の逸話は、カンヌ・グランプリ『地獄門』につながっているなんてぇ蛇足を加えておこう。
 たけ平、客席を乗せ、また、その客席の空気に乗せられた、そんな感じの楽しい高座だった。ホールに、寄席の風が吹いていたなぁ。

翁家和助 太神楽 (13分)
 一人で見るのは、初めてか。
 長撥-五階茶碗-土瓶、と十八番の芸を披露。
 五階茶碗で、茶碗と茶碗の間の板を飛ばす技は、寄席で見たことがない。あんなこともやるんだね。
 日常生活に役立つ芸、ということで、スーパーでたくさん買い物をした荷物が多いときに雨が降ってきたら、と傘を額に立たせてみて、客席は爆笑。
 ご飯を早く食べさせようとするには、なんてのもあったなぁ。
 また、芸がどうやって生まれたかを考えた、とアツアツの焼き芋を持とうとして出来た(んじゃないかな)、と再現(?)してみせた。これも笑ったねぇ^^
 あの「チコちゃん」のドラマを見るような感覚になったよ。
 締めの皿回し、包丁三本をつないだ上で皿を回した芸は、圧巻。
 亡き和楽師匠の芸を、彼らしい味付けでしっかり継承している。
 これまた、寄席の風が、ほどよく吹いていた。

三遊亭兼好『夏どろ』 (20分)
 仲入りは、この人。
 足立区民として、“都民”特選寄席に出演でき嬉しい。足立区は「埼玉?」なんて言われているが、立派な都民で、浦安の人たちが千葉県民なのに都民のように振舞うのとは違う、などと、この人らしいマクラの入り。
 東京マラソンに出場できる確立は8.6%、落した財布が戻るのは59%、などの数字を並べていたのは、客席の温度を測っていたのか。結構、あったまっているのを確認して本編へつないだような気がする。
 冒頭、泥棒が、なかなか開かない長屋の戸を開けようとする場面を、擬音効果と顔の表情や仕草で演じるが、こういう細かいところ、結構上手いんだよなぁ。
 一文無しの底抜けの明るさと、つい道具箱などの質草を出して来いと財布から金を出す泥棒の人の好さとの対比が、実に可笑しい。
 男が、「せっかくだがこの五円を返す、利息分が足らない」、と言うと、「えっ、それもオレー!?」と呻く泥棒の姿が、なんとも可笑しい。
 着物も、当面の生活費も含め、有り金全部男に恵んでしまう泥棒が、「博打は、もうやめて働け」「分かった、博打はやめる、賭けてもいい」「それがいけねぇんだ」といった良いやりとりでも、会場から笑い。
 泥棒の、「遠くから見守っているからな」や、「戸締りはしっかりしておけ。オレみたいなかわいそうな泥棒がでねぇように」などの科白も、秀逸だ。
 仲入りに相応しい好高座。寄席の逸品賞候補としたい。

 さて、後半。

一龍斎貞寿『石川一夢』 (20分)
 貞心門下の女流講釈師が登場。初。
 張り扇のことを少し説明して、本編へ。
 講釈師の石川一夢が高座を務めた後で大川端を歩いていると、心中をしようとする若い男女を見かけた。一夢は後ろから二人の襟首をつかんで引きとめる。
 男は笹川五岳の倅で芳次郎だった。五岳は一夢の先輩講釈師だが、一夢が中座読み(落語家の二ツ目相当)時代、いろいろ嫌がらせを受けていた。
 事情を聞くと二人はは同じ古着屋に勤めていて惚れ合う中になったが、やむを得ぬ理由から店の金、十両に手を付けてしまいどうにもならなくなったと言う。彼らのために一夢は自らの十八番『佐倉義民伝』を相生町の質屋伊勢屋万衛門に質入れし、十両の金を拵えた。古着屋で事情を話して許され、芳次郎たちは、晴れて夫婦となることができた。しかし、日本橋の翁亭に出た一夢は、河岸の若い衆から『佐倉義民伝』を聞かせてくれと強く頼まれる。さて、困った一夢、事情を話すと客たちが・・・といった内容。 講談は、そう多く聴いていないが、この高座は聞きやすかったし、松之丞のような無駄なクスグリもなく、なかなか良かった。

林家正楽 紙切り (17分)
 大きなスクリーンが背後に下り、高座にはOHPがセットされた。
 ご挨拶代わりの①相合傘から、②ひな祭り(親子が一つづつ持つ雛人形の細工が見事)、③はやぶさⅡ、④紀伊国屋文佐衛門、⑤ボヘミアン・ラプソディ

 なんと言っても最後の作のご注文の後、下座がすぐ「We Will Rock You」を演奏。
 恩田えり嬢、やるねぇ。太鼓は、たぶん、小辰だろう。
 客席も拍手で応える。
 この日の会場、客同志の一体感があったなぁ。
 また、正楽師匠の、フレディー・マーキュリーとブライアン・メイも、良かったねぇ。
 恩田えりさんには、下座ではあるが、何か賞をあげたいので、朱書きにしておこう。

柳家喬太郎『掛取万歳』 (20分 *~21:00)
 「ボヘミアン・ラプソディー」の後で、いったい何をやったらいいですか!?
 と叫ぶ。
 まぁ、ネタは決めていただろうが、気合を入れなおし、自らを鼓舞するための咆哮を上げて、噺家の時知らず、なんて言いましてと本編へ。
 まさに、喬太郎ならではの掛取りだ。
 最初の魚勝は、落語、なかでもホール落語が好き。
 ということで、『芝浜』の世界に魚勝を引き込み、女房役になった八五郎が「お前さん、お願いだから河岸いっとくれよ」と頼むと、勝さん、天秤棒をかつぎ出て「いってくるぜ!」で、追い出した。
 村松屋は、ウルトラマン好き。ということで、ガヴァドン登場!
 ウルトラマンとガヴァドンの対決の最中、女房に「ガヴァドンを殺さないで!」と叫ばせ、ウルトラマン撤退で、二人目も攻略。
 三人目は、末広屋。大の寄席好き。
 ここでは、落語家、講釈師の高座への出を様子を形態模写。
 円丈、馬風、貞水、さん喬、雲助。
 さすがに、師匠さん喬の真似は、遠慮がちだったかな^^
 最後は、紀伊国屋。つかこうへい大好きとのことで、「熱海殺人事件」が始まる。
 八五郎が三浦洋一扮した木村伝兵衛となり、紀伊国屋を平田満が演じた熊田留吉に仕立てる。
 木村が、熊田に向かった「行け!」と言うと、熊田が出て行き、無事攻略。
 テレビでしか見ていないが、喬太郎、芝居も好きなんだなぁ、とつくづく思わせた場面だ。
 自分が楽しめればいいんだ、と冒頭言っていたが、なに、十分に客席も楽しんだ高座。
 ピッタリ20分で、九時のお開き。
 この高座の楽しさ、そして、この席のプロデューサーとしての特別賞も想定し、朱を付けておこう。

 喬太郎の人選も良く、また、それぞれが持ち味を発揮し、一人もダレるこのない会だった。
 これだけ笑った落語会もない。

 終演後は、楽しみだった、いつものお店で、五人での居残り会。
 興奮冷めやらぬこの会のことはもちろん、佐平次さん、Kさん、I女史が偶然日曜日に行っていたが会わずにいた国立名人会での志ん輔の高座の話題、などなどで盛り上がる。F女史はご子息とご一緒に会にお越しだったが、居残り会には、しっかり参加。
 話題も楽しいし、石川県は珠洲市の酒、宗玄の生原酒が、すこぶるいける。
 厚岸の牡蠣や・・・いろんな肴も美味しくいただきながら、あっと言う間に時間が過ぎる。

 もちろん(?)、帰宅は日付変更線を過ぎたのであった。

 こんな素晴らしい会を催してくれたM女史に、大感謝!

by kogotokoubei | 2019-02-27 12:57 | 寄席・落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛