噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:メディアでの落語( 5 )

 東京新聞のコラム「筆洗」の筆者は、たびたび落語を素材に楽しい記事を提供してくれるが、本日の内容も、なかなかの出来栄え。
 同新聞サイトより引用する。
東京新聞サイトの該当コラム

願いごとがあって、願をかけて三年間酒を断つことにした。しかし、やっぱりつらい。それで、その期間を六年間に延ばして、夜だけは飲んでもかまわないことにした。古い小噺(こばなし)である▼続きがある。夜だけにしてみたが、やっぱりつらい。そこで断酒の期間を十二年間にしてもらって毎日、朝晩飲んでいる-。まことに勝手な禁酒の方法で、これならば、何年でも続けることができる▼これとよく似た話を最近聞いたが、笑い話ではなく、どうやら真剣な話らしい。政府がカジノ解禁に関連して自民、公明両党に示したギャンブル依存症対策である。日本人客と日本に住む外国人については、カジノへの入場回数を週三回、月単位では十回程度に制限することを提案している▼カジノ通いも週三回ならば、依存症になる心配はないとでも言うおつもりか。このあたり夜だけ飲んでの「禁酒」と同じで、カジノを導入したい政府の示した甘い規制案では依存症対策になるまい

 後半はサイトでご確認のほどを。

 なかなか、適切な比喩として落語の小咄を使っていると思う。

 ギャンブル依存症については、かつてスポーツ選手のギャンブルに関わる問題で書いたことがある。
2016年4月12日のブログ

 その記事の中で、精神科医で作家でもある帚木蓬生さんが雑誌「週刊ポスト」に書いた内容を紹介したが、再度、引用したい。
NEWSポスト・セブンの該当記事
 ギャンブル依存は本人の性格でも自己責任でもなく、「脳内の報酬系神経伝達物質ドパミンが異常分泌する精神疾患であり、病気。ピクルスが胡瓜、たくわんが大根には戻れないように、本人の意志ではどうにもなりません」と、作家で精神科医の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏は言う。

 その実態を広く訴えたのが、『ギャンブル依存とたたかう』(2004年)や『やめられない』(2010年)だとすれば、本書『ギャンブル依存国家・日本』の主語は国や社会。つまり日本では患者以前に社会そのものがギャンブルなしでは生きられない、またはそう思い込む、依存体質に陥っているというのだ。
 “社会そのものがギャンブルなしては生きられない”という依存体質に陥っていないか、という問題提起は、実に重要だ。

 二年前の記事では引用しなかった部分を紹介したい。

「何しろパチンコ、スロットの管轄は各都道府県の警察と公安委員会で、全日本遊技事業協同組合や日本遊技機工業組合等々も含めて、彼らの大事な天下り先というのが日本の現状です!」
 また競馬は農水省、競艇は国交省、競輪は経産省の管轄にあり、中には赤字に陥った公営競技場を閉鎖する予算が確保できないことを理由に放置、各自治体の財政をかえって圧迫している例も多い。そうまでしてギャンブルをやめたくない日本では、東京オリンピックを睨んで新たなスポーツ振興くじの導入も検討され、〈これが文科省の仕事か〉と、帚木氏は筆を荒らげる。

「そんな発想を役人がすること自体、日本が依存体質から抜け出せない証。もはや〈人権侵害〉という視点を我々は持った方がいい」

 ギャンブル依存症の対策をするどころか、国そのものが、どっぷりとギャンブル依存体質にはまっている、ということが問題である。

 従来、野球やバドミントン、そして、相撲などの世界でギャンブルによる問題が起こると、ほとんどのメディアは、本人の責任やら所属する組織の管理不行き届きなどを中心に論じていて、ギャンブル依存症という視点がほぼ欠落していた。

 当事者の問題はあるし、組織の管理面の問題は、もちろん存在する。

 しかし、病気という認識の元に、病根をいかに絶つかという論議にまで発展させることが必要だと思う。

 そういう意味で、小咄を巧みに盛り込んだ味のあるコラムだった。

 もし、ギャンブル依存症という病気であるという視点を持たないならば、紹介した小噺に似たような、本質を離れた、笑い話のような処方しか思い浮かばないことになろう。

 それは、ギャンブル依存体質の役人や政治家による妄想であり、欺瞞でしかない。
 帚木蓬生さんが指摘する「人権侵害」という視点を持った議論が求められる。

 引用された小咄は、笑ってばかりはいられない、人間の弱さの本質に迫る。
 アハハ、と笑ってしまった後、『壺算』のように、その内容がなぜおかしいのか、つい考えさせる上質なアイロニーを含んでいる。

 落語の持つ魅力は、こういうところにもある、と思う。

 落語好きと思しきコラムニストによる今日の「筆洗」、大いに共鳴できた。

[PR]
by kogotokoubei | 2018-02-19 21:54 | メディアでの落語 | Comments(0)

新聞のコラムと、落語。

 新聞のコラムには、時折、落語が素材として登場する。

 コラムの筆者が、落語が好きなんだなぁ、と読んでいて微笑ましくなることもある。

 今日の東京新聞の「筆洗」も、そういう記事。
 引用したい。

東京新聞コラム「筆洗」の該当記事

筆洗
2017年1月11日

「権助魚(ごんすけざかな)」「権助提灯(ごんすけぢょうちん)」に、「悋気(りんき)の独楽(こま)」…。落語には嫉妬を明るく笑う噺(はなし)が少なくないが、そんな噺のまくらによく使われるのが、こんな文句。<焼きもちは遠火に焼けよ 焼く人の胸も焦がさず味わいもよし>▼だが、焼きもちというのは、そう加減よくは焼けないもので、気がつけば我を忘れ真っ黒に焦がしてしまう。恋愛のことならまだかわいげもあろうが、出世やらをめぐっての嫉妬となると陰湿になり、胸の中の暗い炎で自分自身をも焼いてしまう▼今、そういう嫉妬の恐ろしさを、それこそ身を焼くような思いで感じているのは、カヌーの日本代表だった鈴木康大(やすひろ)さん(32)だろう。後輩の後塵(こうじん)を拝することに耐えられなかったのか、その選手がドーピング検査に引っ掛かるように細工をしたという▼何ともやりきれぬ出来事だが、それでも少し救われる思いがするのは、本人が良心の呵責(かしゃく)に耐えかね真相を話し、「実力が無いにもかかわらず、努力することを怠った」と反省、謝罪していることだ▼落語家の立川談志さんは生前、嫉妬について愛弟子に、こう説いたそうだ。「己が努力、行動を起こさずに自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです…本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ」(立川談春著『赤めだか』)▼懐中に入れておきたい、嫉妬の処方箋である。

 この事件を取り上げるにあたり、必ずしも「権助魚」や「権助提灯」など落語の悋気ネタを持ち出す必然性はないだろう。
 もしかすると、『赤めだか』に登場する談志の言葉を先に思い浮かべて、落語ネタのマクラを持ってきたかな。

 いずれにしても、落語が好きだからこその内容。

 以前も、このコラムと毎日新聞の「余録」が一日違いで落語を素材にしていたことを紹介したことがある。
2016年1月6日のブログ

 そこで、今日の「余録」を見てみた。
毎日新聞コラム「余録」の該当記事

 同じ件を扱っていた。
「勝利は技と努力によって手に入れるべきもので、金や後ろ暗い方法で手に入れてはならない」という、古代オリンピックの競技場近くにあったゼウス像の碑文から始まる内容。
 ちょっと、固い。

 どっちが、読ませるものか、味わいがあるか。
 私は、「筆洗」に軍配を上げる。

 落語が好き、ということもあるが、読後に何が残るかと言うと、ゼウスの碑文より、談志の言葉なのだ。

 「余録」は、やや、直球すぎる。
 今回は、落語好きの筆者ではなかったのかもしれないけどね。

 コラムには、いくつかの顔がある。
 時事的なテーマを扱い、その内容を分かりやすく説明することもある。
 また、社説を補足し、あるテーマに関する社としての見解を示すこともある。
 そして、あるテーマを、そのコラムニストならではの切り口で語ることで、読み物としての味わいを出すこともある。

 いずれの場合も、そのテーマに関する意見や感想を書くにあたり、自分の引出しから関連するもの、あるいは一見関係がなさそうなものを取り出して、読む者の興味をつなぐ技が重要だと思う。

 もちろん、テーマの選定そのものにも、センスが求められよう。

 他の記事や社説とは違うので、直球ではなく変化球のイメージだし、ほっと一息させてくれる内容であって欲しい。

 最近朝日の「天声人語」がつまらなくなったのは、まるで社説のような固い内容で、ほっとさせてくれないからだ。

 コラムニストの引出しに落語があることは、その新聞の懐の深さを示すような気がする。

[PR]
by kogotokoubei | 2018-01-11 12:27 | メディアでの落語 | Comments(6)
 昨日の毎日新聞のコラム「余録」が、理化学研究所が検出した第113番元素のことに関し、落語『御慶』を含む内容だったのに続き、今日の東京新聞の「筆洗」は、サウジアラビアとイランとの関係について、落語『宗論』を素材に書かれている。

 まず、「余録」から一部引用。
毎日新聞の該当「余録」
落語「御慶(ぎょけい)」では、年末にはしごの上の鶴の夢を見た男が富くじを買う。鶴は千年、はしごは八四五、鶴の千八百四十五を買おうとするが、はしごは上るものゆえ鶴の千五百四十八がいいとの占いで思い直し、めでたく大当たりの初春となる▲実は化学の授業で習った元素の周期表も夢の「大当たり」の産物だという。ロシアの化学者メンデレーエフは各元素をカードにして、学生に教える順序を考えているうちにうたた寝をした。「すると夢に表が出てきた。すべての元素があるべき場所に収まっていた」
 サゲは、今回の113番目の検出も、別な意味の「夢」のたまもの、『御慶』はおめでたいこと、という内容。やや、展開に無理がないでもないが、最初にメンデレーフのことが連想されて、「夢のおかげで大当たり」ということで『御慶』につながったのかと思う。
 しかし、個人的には、自然界に存在しない元素を人工的に作り出すという行為は、プルトニウムを連想するので、おめでたいとは思えないのだ。

 次に「筆洗」の内容を、少し引用。
東京新聞の該当「筆洗」
 落語の「宗論」は、浄土真宗の熱心な信者である父が、キリスト教に深く帰依した息子と、珍妙な宗教論争をくり広げる噺(はなし)だ▼子が「天の神は我々の造り主であります」と言えば、父は「おまえてぇものはね、あたしと死んだおばあさんと二人でこしらえたんだ。だれにも手伝ってもらった覚えはない」と怒る▼ついには手を上げるほどのけんかになった父子を、ぼくとつな奉公人の権助が「宗論は、どちらが負けてもお釈迦(しゃか)さまの恥でごぜえます」と戒めて、事を収める▼「宗論はどちらが負けてもムハンマドの…」と思わずつぶやきたくなるのは、中東情勢だ。イスラム教スンニ派の大国サウジアラビアが、同じイスラム教でもシーア派を国教とするイランとの国交を断絶。周辺国を巻き込み、互いを「テロ支援国」と非難し合う事態となっている
 こちらのサゲ(?)では、ビアスの『悪魔の辞典』における“宗教は「希望」と「恐怖」を両親とする”という言葉を用いている。『宗論』は、記事のきっかけ(まくら?)として使いたかった、ということだろう。

 それぞれの筆者が、たまたま落語好きだったのかもしれないが、世の中の事象をコラムとして論じるのに、落語のネタは重宝なのかもしれない。

 いわば、野球の投手が直球ではなく変化球で攻めるように、落語という素材が使われているような気がする。
 
 事実を基本とするニュース記事と違って、コラムには文章として読ませる魅力が求められる。
 また、筆者の引き出しの多さやセンスが、魅力ある文章のために重要なことは言うまでもない。

 一方、朝日の今朝の「天声人語」は、1月4日の安倍晋三の年頭記者会見で「挑戦」という言葉が乱発されたことを指摘した後、昨日、安保法廃止と立憲主義の回復を求めて新宿西口に五千人が集まった「新春大街宣」における内田樹などの言葉を引用し、最後は野党への要望で締めている。
朝日新聞の該当「天声人語」

 実に直球・・・の内容。
 主張は同意できるが、さて、これが「天声人語」の内容として妥当かどうかは、疑問だなぁ。
 どちらかと言えば、「社説」とすべき内容ではないか。

 コラムニストの引き出しの中に落語があることは、悪いことではない。
 落語の基本は長屋が舞台であり、登場人物は八っあん、熊さん、庶民が中心。
 また、二本差し(侍)が怖くて田楽が食えるか、という江戸っ子もいる。
 したたかな女性もいれば、抜け目のない商人もいるし、甚兵衛さんもいれば、与太郎さんもいる。
 

 年末にTBSで放送された「赤めだか」について記事を書いたが、原作にもドラマにもある話として、談志は「落語は赤穂浪士で討ち入りした四十七士を扱うのではなく、討ち入りしなかったその他大勢の赤穂の藩士を扱う」と言った。

 これは、落語を語る言葉として、名言に入るだろう。
 
 あの時、赤穂藩には、主君の行動を批判的に見ていた者も少なくなかったろうし、討ち入りに誘われても、「冗談じゃねぇ」と思った藩士もいたに違いない。
 
 赤穂浪士の美談も、たぶんに歌舞伎などで脚色されたからこそ後世に名を残したわけで、果たして彼らが英雄なのかどうかは、議論が分かれるだろう。

 安倍の「挑戦」は、間違いなく国民の中の「四十七士」を対象にしている。
 お国(藩)のために、生命をかけて戦え、と言っているのだ。
 
 しかし、四十七士以外の多くの藩士(国民)のことは、まったく念頭にない。

 年頭の首相記者会見では、20分余りに24回の「挑戦」が語られたらしい。
 「挑戦」の大安売り。
 言えばいいってものじゃない。

 八っあん、熊さんの短い会話で、安倍の発言を素材にしてサゲとしよう。

 熊  安倍の旦那が、やたら“チョウセン”“チョウセン”って言っているが、
    それは、北かい、南かい?
 八  そりゃ“あ北(飽きた)”に決まってるじゃねぇか

 オソマツ。

[PR]
by kogotokoubei | 2016-01-06 12:54 | メディアでの落語 | Comments(0)
春風亭一之輔は、毎日新聞の「ぷらっと落語歩き」という企画に出演(?)している。

 最新の記事は、『船徳』をテーマに、一之輔が猪牙舟を実際に漕いでみた、という内容だった。毎日新聞の該当記事

ぶらっと落語歩き:船徳 一緒に歩く人・春風亭一之輔さん
毎日新聞 2014年07月06日 東京朝刊

櫓漕ぎに江戸感じて

 夏の江戸落語といえば、やっぱり「船徳(ふなとく)」だろうか。いなせな船頭に憧れる若旦那の徳三郎が巻き起こす騒動を、季節の情景と共に描く。落語家の春風亭一之輔さん(36)も、今回は櫓(ろ)を握って船頭に挑戦。

 ギィー、ギィー……と櫓がむせぶアナログな音が、耳に心地いい。水面を滑る和船は、情緒たっぷり、そして環境にもやさしい。

 (中 略)

 さて、粋なねじり鉢巻き、ではなく、編み笠(がさ)にライフジャケット姿の一之輔さんが乗り込んだのは、全長約8メートルの猪牙舟(ちょきぶね)。船首が猪の牙のようにシャープで軽快。吉原の遊郭通いに使われたのも、もっぱらこの猪牙だという。

 船頭の根本直司さんと三好壽雄さんの指導で、「よーいさっ、よーいさっ」のかけ声に合わせて漕ぎ出す。が、左右に大きく揺れる。「前を見て」「腰を入れて」の声に、「結構大変。これくらい腰を入れないと漕げないんだあ。普段、いかに適当な仕草でやっていたか分かりますねえ」と早くも一之輔さんの息が荒い。

 噺の方でも、徳さんの船は同じ所を三べん回るわ、石垣にぶつかって身動きが取れなくなるわと、さんざん。「徳さん、よく一人で行ったよねえ。ここだと波がないけど、大川だと波があるから大変じゃないですか」。大揺れの船の中で、客2人がたばこに火をつけようと、ギッコンバッタンするのは名シーンの一つだ。「漫画ですよね。でもその漫画をちゃんとやるって大事なことですよね」

 20分もすると、形がさまになってくる。櫓を押し引きする力のバランスもよくなり、船もスムーズに進む。

 「風、気持ちいいですねー」。船ならではの醍醐味(だいごみ)は、昔も今も変わらない。

 竿は三年、櫓は三月(みつき)−−と言うけれど、「師匠は筋がいいんじゃないですか? たいしたもんだよ、あと1回やれば一人で漕げるよ」。「雇ってもらえますかねえ(笑い)」


 猪牙舟を漕ぐなんざぁ、なかなか出来ない経験をさせてもらっているじゃないか。

 この記事の取材をしたのは、ブログ「いちんすけえん」によると6月18日。
「いちのすけえん」2014年6月18日の記事

 さぁ、その後、実際に船を漕いでみた経験を生かして『船徳』を演じているのかと探してみた。昨日7月9日まで記事は書かれているが、今のところは、6月24日(らくごカフェ)に演じた一回のみ。「いちのすけえん」のサイト
 実は取材の前日6月17日に、深川でかけている。予習か?!



 さて、四万六千日の7月10日、彼が主任でもない鈴本や浅草で、この噺をかけるとは思えない。

 そのうち、実体験に基づく見事な船頭姿の一之輔のこの噺を、ぜひ聴きたいものである。

 しかし、若旦那の徳が漕ぐのだから、あまり上手に漕ぐわけにもいかないなぁ^^
 今回の実地訓練の成果は、冬場に『夢金』などで見せてもらおう。
[PR]
by kogotokoubei | 2014-07-10 21:55 | メディアでの落語 | Comments(0)
朝日名人会のことを書いてから今日5月30日の朝日新聞を読んでいたら、文化欄で落語を取り上げていた。

 タイトルは「あのとき 落語が変わった」である。

 署名記事だから、お名前を紹介したほうがいいいのだろう。井上秀樹さんという記者(?)である。webサイト「asahi.com」にも掲載されている。
朝日新聞サイトの記事
二つある大文字のリードが目立つ。
「1978年 円生の協会分裂騒動」
「若手躍進 新作創作の呼び水に」


 落語協会脱退、三遊協会設立の記者会見の写真もある。
e0337777_11055503.jpg

落語協会脱退の記者会見で語る三遊亭円生(中央)。右は古今亭志ん朝=78年5月

 右端の志ん朝の様子が、当日の苦悩を物語っている・・・・・・。

 昭和53年(1978)年の”5”月に赤坂プリンスで落語協会脱退の記者会見をした、という時期的な同一性が、今日の掲載になったのであろう。それにしてもギリギリのタイミングだ。まぁ、それはいい。しかし、次の内容を読んで、どうしても違和感を持つのだ。

 まず、最初にこう書かれている。
--------------------------------------------------------------------------
オーソドックスな古典派から、何が飛び出すかわからぬ新作派まで、現代の
落語家は多士済々。「落語ブーム」なんて呼ばれるいまが当たり前と思うなかれ、
下手すりゃかしこまって鑑賞すべき「古典芸能」になっていたかもしれないのだ。
もし、保守本流のあの人が、反旗を翻さなかったら。
--------------------------------------------------------------------------

 その後、あの円生の落語協会脱退事件の説明に入り、円丈のことに話は移る。
--------------------------------------------------------------------------
 マスコミは「落語協会分裂騒動」と書きたてたが、大勢はあっけなく決着する。
古今亭志ん朝を始め新協会に参加予定だった主な落語家は、次々と落語協会
へ復帰となった。円生は弟子たちを率いて奮闘するが、約1年後に急死した。
 この騒動が、一人の奇才落語家を花開かせる。
 三遊亭円丈、当時33歳。円生に入門し、分裂騒動の2カ月ほど前に真打ち昇進
したばかり。円生の死後、落語協会に復帰した。
 騒動のさなか、新作落語のネタおろし会を始めている。
 「一生を賭けるるんだったら、自分にしかできない落語をやりたい」が、円丈の
信条だ。
--------------------------------------------------------------------------

 この後、自分の弟子である白鳥はもちろん、SWAのメンバー、そして上方の三枝など現在の代表的な新作派に大きな影響を与えた、云々と続く。円生の協会脱退と円丈の新作、ということをつなげるたっめに、円丈の言葉を引用している。
--------------------------------------------------------------------------
もし、円生が落語協会に残っていたら−。
「ここまで新作を極端にやらなかった。中途半端な新作と古典の二刀流になって
いたでしょうね」
--------------------------------------------------------------------------

 この後に、立川談志家元の脱退、その弟子達の活躍といった話が続いて、最後にこう締めている。
--------------------------------------------------------------------------
 新作で活性化した落語人気の礎が古典を絶対視していた円生とあっては、本人
は草葉の陰で渋い顔をしているかもしれない。とはいえ、円丈や喬太郎ら新作派が
古典を大事にしているのは、話芸を次代に伝える芸人の魂が、円生以後もしっかりと
受け継がれている証左なのだろう。
--------------------------------------------------------------------------

 この記事のロジックは、次のようになりそうだ。
(1)今日の「落語ブーム」をつくった「あのとき」は、三遊亭円生の落語協会脱退である
(2)なぜなら「落語ブーム」になったのは、古典のみならず、新作派にも優秀な落語家の
  バラエティに富んでいる(記事の言葉では「多士済々」)からであり、現代の新作派に
  大きな影響を与えているのは三遊亭円丈である
(3)その円丈は、円生が落語協会を脱退したから、新作に打ち込むことができた
(4)だから、円生の脱退が、「落語」を変えたといえるのである

 実に、おかしな論法である。円生の脱退がなかったら、落語が“かしこまって鑑賞すべき「古典芸能」になっていたかもしれない”ということでは、まさかないよなぁ。であるならば、円生の協会脱退と円丈および新作落語について、その因果関係を伝えたいのだろう。

 間違いなくSWAメンバーを含め「円丈チルドレン」という言葉があるように、円丈が今日活躍する新作派に与えた影響は大きい。しかし、「そのとき」を「円生の脱退」にすることには素直に頷けない。

 まず重要な時代背景として、当時の円丈は真打昇進したばかりで、「さぁ、これから!」と意気込んだ時なのであり、「寄席」という活躍の場を失うことが残念でならなかったのだ。

 師匠の協会脱退は、あくまで数ある「きっかけ」の一つなのであり、あえて言うなら円生の死による決別は大きな契機に違いない。円丈の言葉も、どこまで真意を現したものか疑わしい。歴史に「もし(If)」は禁物なのだが、円生グループが協会に残っていようと、少なくとも円生が亡くなってからは円丈は新作に打ち込んだはずだ。もっと、「If」を大胆にめぐらせば、円丈が円生と行動をともにし、協会に復帰しなくても新作への思いを捨てているはずがない。円生亡き後、芸術協会に行く選択肢だってあっただろう。「脱退」ではなく「円生との決別」は、円丈がその後新作に打ち込むための「あのとき」であったはず。

 この記事は、単なる今の時期5月の「あのとき」を語ることから論理が飛躍し、相当無理のある記事になってしまった感がある。もっと焦点を絞って、円生の脱退事件のことだけを振り返るとか、円丈にスポットライトを当て、彼のネタの紹介や今日の新作派への影響力などで構成しても、十分に読み物としては成立するのに残念。あるいは円生脱退と古今亭志ん朝のその後に焦点を当てた場合も、落語の重要な歴史を語ることになる。

 マスコミの影響は小さくない。落語をあまりご存じない読者が大きな見出しだけを見て短絡すれば、「円生脱退」→「落語ブーム」と受け取られないこともない。それでは、志ん朝も談志も慕った名人円生に申し訳ないだろうと思う。
[PR]
by kogotokoubei | 2009-05-30 20:47 | メディアでの落語 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛