噺の話

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カテゴリ:メディアでの落語( 10 )

 殿山さんの本のシリーズは、いったん休憩し、新聞のコラムについて。

 落語好きと思しきコラムニストによる東京新聞の昨日の「筆洗」が、消費税に関連して、落語『真田小僧』を取り上げていたので紹介したい。
東京新聞サイトの該当コラム

筆洗
2018年10月16日

 落語の「真田小僧」に出てくる金ちゃんはずる賢い。こづかいをくれぬおとっつぁんにおっかさんの「秘密」を教えてやると持ちかけ、まず一銭、巻き上げる▼「おとっつぁんのいないときに白い服を着て色眼鏡をかけたキザな男が来た」「おっかさんが手を取って家に上げた」。おとっつぁんの気になるところで話を切ってはそのたびに「ここから先が聞きたきゃ、もう少し出しなよ」「ここから先を話すのは子どもとしてはとってもつらいんだ。もうちょっと…」。おとっつぁんは言われるがままにおあしを出してしまうが、結局、おっかさんのところに按摩(あんま)さんが来たというだけの話だった▼「真田小僧」にしてやられている気がしてならぬ。安倍首相は十五日、消費税率を来年十月一日に現行の8%から10%へ引き上げる方針を正式に表明した。導入以来5%、8%と三度目の引き上げとなる▼「財政の危機だから」「社会保障制度を守るためだから」と言葉巧みに説得され、その度引き上げをがまんしてきたが、ついには10%である▼しかもこれで将来の社会保障制度は安泰かといえば、そんな話では毛頭なく、最近の政府税調では先細りしていく年金を背景に国民の「自助努力」を促す方針という▼消費税率を引き上げる上に、老後のことは自分でも何とかしなさいよでは無策と無責任さに真田小僧も顔を赤らめるだろう。

 ネタを小出しにすることからこの噺を思い出したのかと察する。

 この噺、9月の同期会の二席目で披露した。まぁまぁの出来だったと思う。
 いつもは辛口の同期の落語通の女性から、褒められた^^

 サゲの「薩摩に落ちた」までやったが、安倍首相は、その薩摩で総裁選出馬声明をし、NHKのみ生放送していたようだ。

 さて、『真田小僧』は、話の肝心な部分で講談のように切れ場をつくり、父親の紙入れから銭を捻り出すのだが、父親が心配したその話は、結局は女房の浮気ではなく按摩さんの来訪だったのだから、聞く側にも救われる面がある。

 しかし、消費税値上げは、3%->5%->8%ときて、来年10月に10%となるにあたって、その財源が社会福祉など国民にとって有益に使われるのか不透明で、救いがない。

 その増えた税収の多くが、首相のお友達にのみ還元されるのではないか、と疑念も沸く。

 加えて、軽減税率で8%として残る物もあるようだが、この基準が実に不明確。

 コンビニで買って帰る場合は8%で、イートインなら10%か・・・なんてことが話題になっているが、そんな複雑なことでは、システム化するのも大変だ。

 私見だが、消費税アップは、必要だと思う。
 問題は、増えた財源が、どう使われるかだ。

 また、明確な説明ができないまま値上げすることだけが公表されているのは、永田町も霞ヶ関も、仕事としてお粗末と言える。

 たとえば、「将来の高齢化と医療費増加に備えて、消費税は10%にします。その財源は、○○○のために使い、首相のお友達の便宜のためには使いません」と明確に言えないところが、なんとも歯がゆい。

 当り前だが、真田小僧とは似て非なるものだ。

 なにより、真田小僧の金ちゃんは、憎らしいけど、可愛いいじゃないか。

 そして、金ちゃんは、かしこい。

 父親の言葉を一回盗み聞きしただけで、あれだけスラスラと真田三代記を語るのは、そう簡単ではないよ。

 私だって、結構稽古したから、人様の前で披露できたのだ^^

 首相や官房長の言葉は、どうも、その事前の稽古、もとい、準備不足を感じてならない。

 来年10月以降、コンビニのイートインに閑古鳥が鳴くかどうか。

 少なくとも、真田小僧の金ちゃんは、イートインで焼き芋を食べないに違いない。

 
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by kogotokoubei | 2018-10-17 12:42 | メディアでの落語 | Comments(4)
 興味深い噺家の対談を、AERA dot.で読むことができた。
AERA dot.の該当記事
 
 喬太郎と円丈の対談。
 引用する。

柳家喬太郎×三遊亭円丈対談 今の人気は「落語がいっぺん死んだから」
2018.8.26 11:30AERA

 落語家の柳家喬太郎さんは、三遊亭円丈さんの「グリコ少年」を聞いて衝撃を受けたという。先輩たちが闘う姿を見て育ち、自らを「円丈チルドレン」だと語る。

柳家喬太郎:僕は円丈師匠の影響で、噺家になったようなものです。大学時代は落研に入っていて、円丈師匠の高座をテレビや寄席で拝見して、ラジオで聞いて。自分でもつくりたくて、学生落語の大会で自作の落語が賞をもらった……それがなかったら、噺家になろうと思っていなかったでしょうね 。

三遊亭円丈:そういう人は本当に少ないんだよ。

──円丈師匠の新作のどんなところに惹かれたんですか?

喬太郎:それまで子供ながらに聞いていた新作落語のイメージが、ガラガラと崩れましたよね。僕は高校の時に、円丈師匠の「グリコ少年」を花王名人劇場で拝見して。もう、衝撃などという言葉では言い表せないくらいの驚きですよ。それからテレビ・ラジオはもちろん、寄席でも拝見しました。

円丈:そうだったの。

喬太郎:その後、(柳家)さん喬のところへ入ったんですが、初めから古典と新作の区別なく、両方やりたいと思っていました。うちの師匠も「円丈師匠の会には前座で出ていい」と言ってくれて。(三遊亭)白鳥兄さんや(林家)彦いちさんも一緒でしたね。

円丈:新作をやりたいという人は少なかったからね。これぞと思う人にはそっと肩に手を置いて、「君は新作に向いてるよ」と、声をかけてね(笑)。

喬太郎:円丈師匠や(柳家)小ゑん師匠が「少しでも新作をつくる気があるんだったら出てみないか」と、言ってくださった。

 円丈が、そっと肩に手を置いて「君は新作に向いているよ」と声をかける、という姿を想像すると、なんとも可笑しくなってしまう。

 紹介したように、喬太郎にといって人生を変えた(?)落語は、『グリコ少年』だった。

 この逸話、古くなるが、2009年に小言を書いた朝日新聞の文化欄の記事にも記されていた。
2009年5月30日の記事
 あの朝日の記事については、円生の落語協会脱退がなければ、円丈の新作落語は生れなかった、かのような論法に小言を書いた。
 該当の朝日の記事は、珍しいことに、まだリンクされているので、ご興味がある方はご覧のほどを。

 AERAの内容を、もう少し。

円丈:喬太郎くんが(春風亭)昇太くんたちとやっていた話芸集団SWA(創作話芸アソシエーション)はドーンと出てくるエネルギーがあったよね。

喬太郎 僕が高校生から大学生だった1980年代は、「落語という芸能はダサい」と思われていました。落研なんてモテないやつの代名詞ですよ。
 今の若い人が落語について先入観がないのは、若者の身の回りから落語がなくなって、いわばいっぺん死んだからじゃないかと思っています。知らないから、彼らは謎掛けや落語をダサいとは思わないし、古典も新作もなく、面白いものは笑ってくれる。その点、やりやすいし、恵まれていると思います。ただそういうお客さんは、こちらが頑張らなくても聞いてくれるから、闘う必要もない。それで、円丈師匠がおっしゃったような状況が生まれるのかもしれません。

円丈:落語だったら(古今亭)志ん生、(三遊亭)圓生、(桂)文楽といった古典の話で盛り上がるという時代も、僕は通過してきましたからね。その一方で、漫才ブームのときには、テレビのお笑い番組で熱狂的にウケている漫才やコントの間に出ていかなきゃならなかった。「着物を着たやつが出てきた」って感じですよ。そういうなかで、どうやって客を笑わせるのかと考えて闘ってきた。若い人たちも、そうした場でやってみると、物の見方も変わると思う。

 喬太郎が語るように、今の若い人の身の回りから落語がなくなっていたから、先入観なく古典も新作も、そして、謎掛けも楽しめるのかもしれない。

 平成の落語ブームと言われて久しい。
 象徴的だったのは、2005年のテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」(TBS金曜10時)と、2004年から2008年にかけて開催された「大銀座落語祭」だろう。
 
 二十歳台の若者の多くは、あのドラマもイベントの存在も知らないか、せいぜい歴史の一つとして知るのみに違いない。

 現在の若い落語ファンの存在を象徴するのは、「昭和元禄落語心中」かもしれない。

 あらすじは、ネットなどで知っているが、190万部も売れている原作の漫画は読んでいない。
 アニメも放送されたが、あの深夜での放送では、見ることができなかったし、録画して観ようとまではしなかった。

 なんと、NHKで、10月12日から十回シリーズでドラマ化されるとのこと。
NHKサイトの該当ページ

 「タイガー&ドラゴン」同様、金曜10時のドラマで、キャストもジャニーズ系。

 ちなみに、これまで今年のマイベスト十席に、新作で選んだことがあるのは、2014年9月浅草での柳家喬太郎『任侠流山動物園(「任侠流れの豚次伝」の第三話)』(浅草演芸ホール)のみ。
2014年9月5日のブログ
 あの日の浅草では、円丈の『手紙無筆USA』にも感心したなぁ。
 新作の力を再認識した日だった。

 喬太郎の噺は、三遊亭白鳥の原作。名作、と言って良いだろう。

 昨年、横浜にぎわい座で柳家三三が連続口演をして、チケットはすぐ完売になっていた。もしかすると、若い落語ファンが、殺到したのかもしれない。
 今年は、『またたびさんざ 柳家三三 四都市五カ月連続独演会2018』と題して、8月8日から名古屋、大阪、広島、福岡でこの噺の連続口演が始まっている。

 三三が、『嶋鵆沖白浪』とは対照的なこの新作で全国で連続独演会を開催するとは、結構、驚いた。
 とはいえ、現代版かつSF的な要素で味付けはしているが、白浪モノとして『嶋鵆沖白浪』とは共通するものがある。

 なかなか聴く機会のない、三三の新作連続口演、多くの若い落語ファンが、各地の会場に詰めかけるのではなかろうか。

 新たな落語ブームの風は、間違いなく吹いているのだろう。

 寄席も、結構若いお客さんが増えたように思う。

 「平成」の落語ブームではなく、どんな年号の落語ブームになるのやら。

 
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by kogotokoubei | 2018-08-27 12:37 | メディアでの落語 | Comments(8)
 先週二十日が土用の入りで、かつ丑の日。

 なにかと鰻の話題が多かったが、今になって、西日本新聞のコラム「春秋」の内容に気が付いた。引用する。

西日本新聞の該当コラム

江戸の頃から庶民に好まれたウナギは落語の題材にも…
2018年07月21日 10時34分

 江戸の頃から庶民に好まれたウナギは落語の題材にも。その一つ「鰻(うなぎ)谷」。へそ曲がりの魚料理屋の主人は、不漁続きで他の料理屋が休んでいると知って、店を開けてやろうと考えた。が、肝心の魚が手に入らない

▼ふと川を見るとヌルマがうじゃうじゃ。食べると命がないとされ、誰も見向きもしない魚である。仕方なく捕まえて帰り、かば焼きにしてみたら、香りも味もとびっきり

▼ヌルマを店で出したと知れば、客は「そんなもん食べられるか」と怒りだす。そこで女房が「私の手料理です」と助け舟。客が「うまいなぁ、お内儀(ないぎ)」と繰り返すので「お内儀」が「うなぎ」に聞こえ、いつの間にやらヌルマがウナギになったとか-

▼きのうは土用の丑(うし)の日。落語の中では川に「うじゃうじゃ」だったウナギだが、今や高根の花。ニホンウナギは絶滅が心配されるほど数が減り、養殖用の稚魚シラスウナギも記録的な不漁。価格高騰で「そんなもん食べられるか」と庶民の嘆きが聞こえそう

▼特定の日にウナギを大量消費する習慣を見直そうとの動きも。「牛肉やアナゴで精を付けて」とPRしたり、サンマやサバのかば焼きで代用したり、魚のすり身をウナギのかば焼きそっくりに仕上げたり

▼品薄、高値で密漁や違法取引も横行しているという。貴重な資源を守る助け舟と思えば、時にはウナギが「ウナギふう」になっても「うまいなぁ」といただけよう。
=2018/07/21付 西日本新聞朝刊=

 この「春秋」の内容、せっかく珍しいネタを取り上げてくれたのはいいのだが、少し、言葉足らず。

 この店の名が、菱又ということから、「魚偏に日四又」で鰻となったということも、説明が欲しいところだ。
 また、「私の手料理です」と機転をきかせた女房の名が、お谷さん。それで鰻の下へ谷の字を書いて「鰻谷」となり、菱又のあった長堀南通りが鰻谷と名が変わった、ということも加えてもらいたいのだが、そこまで書いていては字数が足らないのも事実。

 補足した内容は、上方落語を調べる上で度々頼りにしている「世紀末亭」さんのサイトにある、橘ノ円都の1963年の高座の記録を元にした。
「世紀末亭」さんサイトの該当ページ

 円都がマクラで、この噺を演じるのはほぼ自分だけ、と語っているように、実に珍しい噺であり、西日本新聞の春秋の筆者の方が、よくぞ取り上げてくれたものだ。

 橘ノ円都は、二代目桂小南の本『落語案内』について書いた記事で、小南の上方での師匠として紹介した。
2018年2月4日のブログ

 膨大なネタ数を誇っていたと言われる円都をして、「もう、お前にやる咄はないわ」というほど稽古してもらった小南。
 しかし、小南の残した音源に、私が調べた範囲では、『鰻谷』は見当たらない。
 稽古をしてもらったものの、東京では、やはり演りにくいネタだったということだろうか。

 今年は夏土用の丑の日が、二日ある。「二の丑」は8月1日。

 私は、何度か書いてきたが、土用の丑の日は、鰻を食べない日と決めている。

 別に牛肉やアナゴの「鰻もどき」を食べようとも思わない。

 そうだ、土用には「土用しじみ」だってあるじゃないか。
 「土用しじみは、腹ぐすり」と言われてきた。
 夏バテ解消、二日酔にも最適。

 しじみは良質なたんぱく質を豊富に含んでいる。このたんぱく質を構成しているのが、アミノ酸の一種であるタウリン、アラニン、グリコーゲンなどで、肝臓の働きを助けてくれる作用がある。
 その他、ビタミンB2やカルシウム、鉄、亜鉛、マグネシウムなど、暑い時期には汗とともに排出されて不足しがちなミネラル分も豊富なのだ。
 「腹ぐすり」と言われていたのには、これだけの訳がある。

 とはいえ、そのしじみが、果たして「やまとしじみ」なのかどうかが、実に怪しい。
 結構、いろんなお店や商社などで、産地偽装をしてきた過去もある。

 ロシア産を青森の十三湖産だなんて嘘をついていた業者もある。
 
 そのうち、「土用しじみは、腹ぐろい」なんて言われるようにならなきゃいいが。
 まぁ、産地を正直に表示してくれればいいわけで、中国産だろうが北朝鮮産だろうがロシア産だろうが、そのしじみが安全ならば、私はいただくけどね。

 もうやめましょうよ、一年のうち一日か二日に集中して、日本全国で希少な鰻を食べるなんて馬鹿なことは。

 しばらく我慢して、また川に天然ウナギがたくさん見受けられるようになってから、食べるようにしてはどうだろうか。

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by kogotokoubei | 2018-07-23 12:22 | メディアでの落語 | Comments(4)
 柳家喬太郎が、ラサール石井の演出による、こまつ座の「たいこどんどん」に出演していることを知り、少し喬太郎のことを検索していたら、少し古いが、文蔵、白鳥、喬太郎の対談記事を、朝日新聞のサイト、asahi.comで発見した。

 テーマは、池袋。
 
 なかなか楽しい内容なので、紹介したい。
Asahi.comの該当記事

「無理して来なくてもいい」 人気落語家3人が“嫌われがちな池袋”を大いに語る
2017年10月13日

 「池袋が苦手」だという話をよく耳にする。統計があるわけではないし、イメージと言ってしまえばそれまで。だがしかし、新宿とはまた違った“怖さ”があり、何となく避けるという話を聞くことはないだろうか。池袋で修行し、いまもってその周辺に住まう橘家文蔵さん、三遊亭白鳥さん、柳家喬太郎さんはその曖昧なイメージについてどう考えるのか。池袋演芸場近くの居酒屋で、修行時代の思い出から知られざる池袋グルメまで、愛する池袋の魅力をたっぷり語っていただいた。

苦手なやつは来なきゃいいんだよ。

三遊亭白鳥(以下、白鳥):俺は大学3年から15年くらい池袋の赤線地帯だったアパートに住んでたんですけど、当時は危険な雰囲気でしたよ。池袋の駅からちょっと離れれば落ち着いてるけど、街なかは上品とは言えないよね。

文蔵:子どもの頃からこの辺ウロウロしてたけど、やっぱり北口のほうは怖そうな人がたくさんいたね。

喬太郎:俺も学生時代に寄席とかで来てましたけど、新宿って幅の広い怖さなんだけど、池袋は奥が深い怖さっていう感じがしましたね。でも、意外と住みやすい。要はイメージでしょう、池袋が嫌いって。

文蔵:おれはいまのところに住んで7、8年だから、芸人になってからの池袋歴はふたりよりも浅い。でも、池袋に来ると開放的になるもんね(笑)。

白鳥:ほっとする。外で飲むと疲れちゃうんですよ。

文蔵:そう。この人ね、浅草とかで飲むと「早く帰ろうよ」になっちゃうんだよ。

喬太郎:でも飲むのはさ、駅の向こう側(東・南池袋)じゃなくて、こっち側(北・西池袋)ですよね。

白鳥:そうそう。

文蔵:カウンターしかない焼きとん屋とかね。

 三人の“池袋愛”に満ちた会話は、この後も続く。

 私は、池袋ではあまり飲んだことはないのだが、池袋演芸場には何度も行っている。

 今年も、二度出かけた。

 新宿末広亭には、都合と内容との巡り合わせの悪さもあり、今年はまだ行っていない。
 
 池袋演芸場のあの空間が、なんとも言えず、好きだ。

 三人の対談には、イニシャルで美味い店のことも登場するので、そのうち探索したいと思っている。

 この対談では、こんなことも話している。

白鳥:多文化が入り乱れた場末のアパート。もうなくなりましたよ。みんなつぶしてマンションになってる。立地的には、駅まで3分くらいで行けちゃいますからね。

文蔵:そうだよね。すごいいいところに住んでたんだよね。

白鳥:それで家賃8000円ってどういうこと。まあ、そういう歴史もあり。でも今、(若手に話を)聞くとみんな風呂付の家とかね。

文蔵:うちの弟子なんかも「風呂がなきゃいやです」とか言って、家賃貯めながら住んでるよ。

白鳥:サラリーマンみたいになってきちゃってるもんね。

文蔵: 俺たちのころは、自由だったかもしれないなぁ。

喬太郎:このひと(白鳥師匠)が立前座(前座のなかで一番上)でさ、俺と扇辰っつぁんとで一緒に楽屋に入ったんですよ。なんかつまらなそうにしててさ。「お前たちはつまらない人間だ!」って言われて。「なんでそんなこと言われる必要があるんだよ、にいがた兄貴(白鳥師匠の前座名)」と、思ったけどね(笑) 。

白鳥:あの頃はね、とんがってましたよね。

文蔵:とんがってたっていうか、あんたもゆがんでたんだよ(笑)。

白鳥:いや、昔は本当に殴る蹴るが当たり前でしたからね。(三遊亭)歌武蔵兄貴が、あの巨体で「バカヤロー」って言って、(三遊亭)金時兄貴とか花緑兄貴をばちで殴ったりとかして。

文蔵:みんなね、戦ってたんですよ。それなりにね。

白鳥:芸人になろうなんてやつは、まともな人間じゃないんだから。それが今、サラリーマンみたいになっちゃってるから面白くない。


 入門順では、文蔵が昭和61(1986)年、翌昭和62(1987)年に白鳥、喬太郎は平成元(1989)年。
 二ツ目昇進は、白鳥が平成2(1990)年3月、文蔵が同年9月、喬太郎は平成5(1993)年の5月。
 喬太郎は、平成12(2000)年3月に真打に昇進し、二人を抜く。
 文蔵と白鳥は、翌平成13年に昇進。

 前座修業も同じ時期、二ツ目時代も長期間重なっている。

 年齢も、文蔵が昭和37(1962)年生まれで56歳、白鳥と喬太郎は同じ昭和38(1963)年生まれで、今年55歳と近い。

 三人について、まだ若手と思っていたが、いまや、東京の落語界を背負って立つ中堅と言うべきなのだろう。

 しかし、彼らの戦いは、まだ終わっていないはずだ。

 相手は、師匠も含む上の世代であり、同世代でもあり、台頭する若手、か。


 それにしても、時の経つのは、早い。

 拙ブログも、来月で満十年になる。
 
 志ん朝のマクラを借りるならば、「光陰は、あぁ~、矢のごとしだなぁ~」・・・なのだ。

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by kogotokoubei | 2018-05-09 21:16 | メディアでの落語 | Comments(8)
 文春オンラインに、なかなか興味深い記事が載っていた。

 柳家喬太郎と、落語好きの俳優、東出昌大の対談。

 後編から、引用。
文春オンラインの該当記事

「文春オンライン」編集部
2018/05/02
東出昌大が柳家喬太郎に聞く「真打になるということ」 落語“大好き”対談【後編】
異色の落語対談、まだまだたっぷりと

俳優・東出昌大さんと、落語家・柳家喬太郎師匠による異色の落語対談。後編は、二人の落語ブーム観から、「真打こわい」の話、そして役者と噺家の大きな違いまで。まだまだ話は尽きません!

今や、落語が好きって「カミングアウト」できるようになった

東出 落語ブームって言われていますけど、落語そのものと人々との関係って歴史的に見ると面白いなって思うんです。いろんなところに寄席があって、みんな夏になると何夜連続で怪談噺を聴いて涼をとるみたいな、生活に落語が根差していた時代。文楽、志ん生、金馬が人気を博したラジオ寄席ブームの時代。爆笑落語ブームもあったし、今みたいにドラマや漫画で、より多くの世代に支持される時代もある。

喬太郎 そう考えると隔世の感がするんですよ、今のブームって。今年僕は55になるんですが、大学の落研に入ったときには先輩にビックリされましてね。当時の落研なんてかっこ悪いものの象徴でしたから。戦後一番チャラチャラしていた80年代に、落語好きなんて自殺行為(笑)。「女の子にモテたくないのか」ってことです。つまり、ダサかったわけですよね。「落語ってじじいがそば食ったりするやつだろ」みたいなイメージ。ところが、今なんて「あ、俺、けっこう落語聴くけど」みたいなカミングアウト、普通にできちゃうでしょ。

東出 カミングアウト(笑)。今だと、深夜ラジオのファンってことも普通にカミングアウトできるようになりましたよね。

喬太郎 アハハハ、そうですよね。でも、そうやって落語が「ダサい」「かっこ悪い」ものではなくなったのは、ある段階で従来の落語というものがいっぺんなくなったからだと思っているんです。

東出 落語がなくなった?

喬太郎 ええ、従来の落語に対する固定観念が、おそらくチャラチャラした時代が終わったどこかの段階でプツッと消えてなくなったんじゃないかと。

東出 いったんそこで途切れているんですね。

 この後、落語を素材にしたテレビドラマが人気になるなどの結果、落語が身近なものとなったことなどが語られ、真打に関して、少し意外な喬太郎の発言があった。

東出 小痴楽さんは「尊敬する噺家挙げてみろ」と米助師匠に言われて、喬太郎師匠だったり一之輔師匠だったり、白鳥師匠だったり、いろいろ噺家さんを挙げたんですって。すると「お前、真打になったら、その人たちと横並び一線で戦うことになるんだぞ。それだけの芸はあるのか」って言われたと。二ツ目ブームに、あぐらをかいてはいないけど、真打になるのが怖い、それがいまの悩みだっておっしゃってました。

喬太郎 僕自身も、真打昇進披露が終わったとき、怖いって思いました。披露目のときはお客さんも新真打として見てくれるけど、以降は一演者でしかない。小さんも志ん朝も、同じ真打として横並びになるわけです。そう楽屋で気づいたときに震えが止まらなくなっちゃって。怖くて怖くて。

 一之輔が尊敬する噺家として名を挙げたのが、みな落語協会というのが、彼らしい。

 喬太郎でさえ、真打になって、小さんも志ん朝もライバルだと楽屋で気づいて、震えが止まらなくなった・・・とはねぇ。

 順風満帆で、怖いもの知らずだったのではないか、と思っていただけに意外だ。

 たしかに、仕事を取りあうという意味においては、一人一人の芸人の戦いという面も、あの世界にはある。

 そして、その競争における切磋琢磨の結果、我々客の側が楽しめる噺家さんが生まれる、ということも確かだろう。

 志ん朝が高座に上がる直前、手に人と書いて呑んでいた逸話を、思い出した。

 
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by kogotokoubei | 2018-05-05 09:23 | メディアでの落語 | Comments(6)
 東京新聞のコラム「筆洗」の筆者は、たびたび落語を素材に楽しい記事を提供してくれるが、本日の内容も、なかなかの出来栄え。
 同新聞サイトより引用する。
東京新聞サイトの該当コラム

願いごとがあって、願をかけて三年間酒を断つことにした。しかし、やっぱりつらい。それで、その期間を六年間に延ばして、夜だけは飲んでもかまわないことにした。古い小噺(こばなし)である▼続きがある。夜だけにしてみたが、やっぱりつらい。そこで断酒の期間を十二年間にしてもらって毎日、朝晩飲んでいる-。まことに勝手な禁酒の方法で、これならば、何年でも続けることができる▼これとよく似た話を最近聞いたが、笑い話ではなく、どうやら真剣な話らしい。政府がカジノ解禁に関連して自民、公明両党に示したギャンブル依存症対策である。日本人客と日本に住む外国人については、カジノへの入場回数を週三回、月単位では十回程度に制限することを提案している▼カジノ通いも週三回ならば、依存症になる心配はないとでも言うおつもりか。このあたり夜だけ飲んでの「禁酒」と同じで、カジノを導入したい政府の示した甘い規制案では依存症対策になるまい

 後半はサイトでご確認のほどを。

 なかなか、適切な比喩として落語の小咄を使っていると思う。

 ギャンブル依存症については、かつてスポーツ選手のギャンブルに関わる問題で書いたことがある。
2016年4月12日のブログ

 その記事の中で、精神科医で作家でもある帚木蓬生さんが雑誌「週刊ポスト」に書いた内容を紹介したが、再度、引用したい。
NEWSポスト・セブンの該当記事
 ギャンブル依存は本人の性格でも自己責任でもなく、「脳内の報酬系神経伝達物質ドパミンが異常分泌する精神疾患であり、病気。ピクルスが胡瓜、たくわんが大根には戻れないように、本人の意志ではどうにもなりません」と、作家で精神科医の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏は言う。

 その実態を広く訴えたのが、『ギャンブル依存とたたかう』(2004年)や『やめられない』(2010年)だとすれば、本書『ギャンブル依存国家・日本』の主語は国や社会。つまり日本では患者以前に社会そのものがギャンブルなしでは生きられない、またはそう思い込む、依存体質に陥っているというのだ。
 “社会そのものがギャンブルなしては生きられない”という依存体質に陥っていないか、という問題提起は、実に重要だ。

 二年前の記事では引用しなかった部分を紹介したい。

「何しろパチンコ、スロットの管轄は各都道府県の警察と公安委員会で、全日本遊技事業協同組合や日本遊技機工業組合等々も含めて、彼らの大事な天下り先というのが日本の現状です!」
 また競馬は農水省、競艇は国交省、競輪は経産省の管轄にあり、中には赤字に陥った公営競技場を閉鎖する予算が確保できないことを理由に放置、各自治体の財政をかえって圧迫している例も多い。そうまでしてギャンブルをやめたくない日本では、東京オリンピックを睨んで新たなスポーツ振興くじの導入も検討され、〈これが文科省の仕事か〉と、帚木氏は筆を荒らげる。

「そんな発想を役人がすること自体、日本が依存体質から抜け出せない証。もはや〈人権侵害〉という視点を我々は持った方がいい」

 ギャンブル依存症の対策をするどころか、国そのものが、どっぷりとギャンブル依存体質にはまっている、ということが問題である。

 従来、野球やバドミントン、そして、相撲などの世界でギャンブルによる問題が起こると、ほとんどのメディアは、本人の責任やら所属する組織の管理不行き届きなどを中心に論じていて、ギャンブル依存症という視点がほぼ欠落していた。

 当事者の問題はあるし、組織の管理面の問題は、もちろん存在する。

 しかし、病気という認識の元に、病根をいかに絶つかという論議にまで発展させることが必要だと思う。

 そういう意味で、小咄を巧みに盛り込んだ味のあるコラムだった。

 もし、ギャンブル依存症という病気であるという視点を持たないならば、紹介した小噺に似たような、本質を離れた、笑い話のような処方しか思い浮かばないことになろう。

 それは、ギャンブル依存体質の役人や政治家による妄想であり、欺瞞でしかない。
 帚木蓬生さんが指摘する「人権侵害」という視点を持った議論が求められる。

 引用された小咄は、笑ってばかりはいられない、人間の弱さの本質に迫る。
 アハハ、と笑ってしまった後、『壺算』のように、その内容がなぜおかしいのか、つい考えさせる上質なアイロニーを含んでいる。

 落語の持つ魅力は、こういうところにもある、と思う。

 落語好きと思しきコラムニストによる今日の「筆洗」、大いに共鳴できた。

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by kogotokoubei | 2018-02-19 21:54 | メディアでの落語 | Comments(0)

新聞のコラムと、落語。

 新聞のコラムには、時折、落語が素材として登場する。

 コラムの筆者が、落語が好きなんだなぁ、と読んでいて微笑ましくなることもある。

 今日の東京新聞の「筆洗」も、そういう記事。
 引用したい。

東京新聞コラム「筆洗」の該当記事

筆洗
2017年1月11日

「権助魚(ごんすけざかな)」「権助提灯(ごんすけぢょうちん)」に、「悋気(りんき)の独楽(こま)」…。落語には嫉妬を明るく笑う噺(はなし)が少なくないが、そんな噺のまくらによく使われるのが、こんな文句。<焼きもちは遠火に焼けよ 焼く人の胸も焦がさず味わいもよし>▼だが、焼きもちというのは、そう加減よくは焼けないもので、気がつけば我を忘れ真っ黒に焦がしてしまう。恋愛のことならまだかわいげもあろうが、出世やらをめぐっての嫉妬となると陰湿になり、胸の中の暗い炎で自分自身をも焼いてしまう▼今、そういう嫉妬の恐ろしさを、それこそ身を焼くような思いで感じているのは、カヌーの日本代表だった鈴木康大(やすひろ)さん(32)だろう。後輩の後塵(こうじん)を拝することに耐えられなかったのか、その選手がドーピング検査に引っ掛かるように細工をしたという▼何ともやりきれぬ出来事だが、それでも少し救われる思いがするのは、本人が良心の呵責(かしゃく)に耐えかね真相を話し、「実力が無いにもかかわらず、努力することを怠った」と反省、謝罪していることだ▼落語家の立川談志さんは生前、嫉妬について愛弟子に、こう説いたそうだ。「己が努力、行動を起こさずに自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです…本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ」(立川談春著『赤めだか』)▼懐中に入れておきたい、嫉妬の処方箋である。

 この事件を取り上げるにあたり、必ずしも「権助魚」や「権助提灯」など落語の悋気ネタを持ち出す必然性はないだろう。
 もしかすると、『赤めだか』に登場する談志の言葉を先に思い浮かべて、落語ネタのマクラを持ってきたかな。

 いずれにしても、落語が好きだからこその内容。

 以前も、このコラムと毎日新聞の「余録」が一日違いで落語を素材にしていたことを紹介したことがある。
2016年1月6日のブログ

 そこで、今日の「余録」を見てみた。
毎日新聞コラム「余録」の該当記事

 同じ件を扱っていた。
「勝利は技と努力によって手に入れるべきもので、金や後ろ暗い方法で手に入れてはならない」という、古代オリンピックの競技場近くにあったゼウス像の碑文から始まる内容。
 ちょっと、固い。

 どっちが、読ませるものか、味わいがあるか。
 私は、「筆洗」に軍配を上げる。

 落語が好き、ということもあるが、読後に何が残るかと言うと、ゼウスの碑文より、談志の言葉なのだ。

 「余録」は、やや、直球すぎる。
 今回は、落語好きの筆者ではなかったのかもしれないけどね。

 コラムには、いくつかの顔がある。
 時事的なテーマを扱い、その内容を分かりやすく説明することもある。
 また、社説を補足し、あるテーマに関する社としての見解を示すこともある。
 そして、あるテーマを、そのコラムニストならではの切り口で語ることで、読み物としての味わいを出すこともある。

 いずれの場合も、そのテーマに関する意見や感想を書くにあたり、自分の引出しから関連するもの、あるいは一見関係がなさそうなものを取り出して、読む者の興味をつなぐ技が重要だと思う。

 もちろん、テーマの選定そのものにも、センスが求められよう。

 他の記事や社説とは違うので、直球ではなく変化球のイメージだし、ほっと一息させてくれる内容であって欲しい。

 最近朝日の「天声人語」がつまらなくなったのは、まるで社説のような固い内容で、ほっとさせてくれないからだ。

 コラムニストの引出しに落語があることは、その新聞の懐の深さを示すような気がする。

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by kogotokoubei | 2018-01-11 12:27 | メディアでの落語 | Comments(6)
 昨日の毎日新聞のコラム「余録」が、理化学研究所が検出した第113番元素のことに関し、落語『御慶』を含む内容だったのに続き、今日の東京新聞の「筆洗」は、サウジアラビアとイランとの関係について、落語『宗論』を素材に書かれている。

 まず、「余録」から一部引用。
毎日新聞の該当「余録」
落語「御慶(ぎょけい)」では、年末にはしごの上の鶴の夢を見た男が富くじを買う。鶴は千年、はしごは八四五、鶴の千八百四十五を買おうとするが、はしごは上るものゆえ鶴の千五百四十八がいいとの占いで思い直し、めでたく大当たりの初春となる▲実は化学の授業で習った元素の周期表も夢の「大当たり」の産物だという。ロシアの化学者メンデレーエフは各元素をカードにして、学生に教える順序を考えているうちにうたた寝をした。「すると夢に表が出てきた。すべての元素があるべき場所に収まっていた」
 サゲは、今回の113番目の検出も、別な意味の「夢」のたまもの、『御慶』はおめでたいこと、という内容。やや、展開に無理がないでもないが、最初にメンデレーフのことが連想されて、「夢のおかげで大当たり」ということで『御慶』につながったのかと思う。
 しかし、個人的には、自然界に存在しない元素を人工的に作り出すという行為は、プルトニウムを連想するので、おめでたいとは思えないのだ。

 次に「筆洗」の内容を、少し引用。
東京新聞の該当「筆洗」
 落語の「宗論」は、浄土真宗の熱心な信者である父が、キリスト教に深く帰依した息子と、珍妙な宗教論争をくり広げる噺(はなし)だ▼子が「天の神は我々の造り主であります」と言えば、父は「おまえてぇものはね、あたしと死んだおばあさんと二人でこしらえたんだ。だれにも手伝ってもらった覚えはない」と怒る▼ついには手を上げるほどのけんかになった父子を、ぼくとつな奉公人の権助が「宗論は、どちらが負けてもお釈迦(しゃか)さまの恥でごぜえます」と戒めて、事を収める▼「宗論はどちらが負けてもムハンマドの…」と思わずつぶやきたくなるのは、中東情勢だ。イスラム教スンニ派の大国サウジアラビアが、同じイスラム教でもシーア派を国教とするイランとの国交を断絶。周辺国を巻き込み、互いを「テロ支援国」と非難し合う事態となっている
 こちらのサゲ(?)では、ビアスの『悪魔の辞典』における“宗教は「希望」と「恐怖」を両親とする”という言葉を用いている。『宗論』は、記事のきっかけ(まくら?)として使いたかった、ということだろう。

 それぞれの筆者が、たまたま落語好きだったのかもしれないが、世の中の事象をコラムとして論じるのに、落語のネタは重宝なのかもしれない。

 いわば、野球の投手が直球ではなく変化球で攻めるように、落語という素材が使われているような気がする。
 
 事実を基本とするニュース記事と違って、コラムには文章として読ませる魅力が求められる。
 また、筆者の引き出しの多さやセンスが、魅力ある文章のために重要なことは言うまでもない。

 一方、朝日の今朝の「天声人語」は、1月4日の安倍晋三の年頭記者会見で「挑戦」という言葉が乱発されたことを指摘した後、昨日、安保法廃止と立憲主義の回復を求めて新宿西口に五千人が集まった「新春大街宣」における内田樹などの言葉を引用し、最後は野党への要望で締めている。
朝日新聞の該当「天声人語」

 実に直球・・・の内容。
 主張は同意できるが、さて、これが「天声人語」の内容として妥当かどうかは、疑問だなぁ。
 どちらかと言えば、「社説」とすべき内容ではないか。

 コラムニストの引き出しの中に落語があることは、悪いことではない。
 落語の基本は長屋が舞台であり、登場人物は八っあん、熊さん、庶民が中心。
 また、二本差し(侍)が怖くて田楽が食えるか、という江戸っ子もいる。
 したたかな女性もいれば、抜け目のない商人もいるし、甚兵衛さんもいれば、与太郎さんもいる。
 

 年末にTBSで放送された「赤めだか」について記事を書いたが、原作にもドラマにもある話として、談志は「落語は赤穂浪士で討ち入りした四十七士を扱うのではなく、討ち入りしなかったその他大勢の赤穂の藩士を扱う」と言った。

 これは、落語を語る言葉として、名言に入るだろう。
 
 あの時、赤穂藩には、主君の行動を批判的に見ていた者も少なくなかったろうし、討ち入りに誘われても、「冗談じゃねぇ」と思った藩士もいたに違いない。
 
 赤穂浪士の美談も、たぶんに歌舞伎などで脚色されたからこそ後世に名を残したわけで、果たして彼らが英雄なのかどうかは、議論が分かれるだろう。

 安倍の「挑戦」は、間違いなく国民の中の「四十七士」を対象にしている。
 お国(藩)のために、生命をかけて戦え、と言っているのだ。
 
 しかし、四十七士以外の多くの藩士(国民)のことは、まったく念頭にない。

 年頭の首相記者会見では、20分余りに24回の「挑戦」が語られたらしい。
 「挑戦」の大安売り。
 言えばいいってものじゃない。

 八っあん、熊さんの短い会話で、安倍の発言を素材にしてサゲとしよう。

 熊  安倍の旦那が、やたら“チョウセン”“チョウセン”って言っているが、
    それは、北かい、南かい?
 八  そりゃ“あ北(飽きた)”に決まってるじゃねぇか

 オソマツ。

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by kogotokoubei | 2016-01-06 12:54 | メディアでの落語 | Comments(0)
春風亭一之輔は、毎日新聞の「ぷらっと落語歩き」という企画に出演(?)している。

 最新の記事は、『船徳』をテーマに、一之輔が猪牙舟を実際に漕いでみた、という内容だった。毎日新聞の該当記事

ぶらっと落語歩き:船徳 一緒に歩く人・春風亭一之輔さん
毎日新聞 2014年07月06日 東京朝刊

櫓漕ぎに江戸感じて

 夏の江戸落語といえば、やっぱり「船徳(ふなとく)」だろうか。いなせな船頭に憧れる若旦那の徳三郎が巻き起こす騒動を、季節の情景と共に描く。落語家の春風亭一之輔さん(36)も、今回は櫓(ろ)を握って船頭に挑戦。

 ギィー、ギィー……と櫓がむせぶアナログな音が、耳に心地いい。水面を滑る和船は、情緒たっぷり、そして環境にもやさしい。

 (中 略)

 さて、粋なねじり鉢巻き、ではなく、編み笠(がさ)にライフジャケット姿の一之輔さんが乗り込んだのは、全長約8メートルの猪牙舟(ちょきぶね)。船首が猪の牙のようにシャープで軽快。吉原の遊郭通いに使われたのも、もっぱらこの猪牙だという。

 船頭の根本直司さんと三好壽雄さんの指導で、「よーいさっ、よーいさっ」のかけ声に合わせて漕ぎ出す。が、左右に大きく揺れる。「前を見て」「腰を入れて」の声に、「結構大変。これくらい腰を入れないと漕げないんだあ。普段、いかに適当な仕草でやっていたか分かりますねえ」と早くも一之輔さんの息が荒い。

 噺の方でも、徳さんの船は同じ所を三べん回るわ、石垣にぶつかって身動きが取れなくなるわと、さんざん。「徳さん、よく一人で行ったよねえ。ここだと波がないけど、大川だと波があるから大変じゃないですか」。大揺れの船の中で、客2人がたばこに火をつけようと、ギッコンバッタンするのは名シーンの一つだ。「漫画ですよね。でもその漫画をちゃんとやるって大事なことですよね」

 20分もすると、形がさまになってくる。櫓を押し引きする力のバランスもよくなり、船もスムーズに進む。

 「風、気持ちいいですねー」。船ならではの醍醐味(だいごみ)は、昔も今も変わらない。

 竿は三年、櫓は三月(みつき)−−と言うけれど、「師匠は筋がいいんじゃないですか? たいしたもんだよ、あと1回やれば一人で漕げるよ」。「雇ってもらえますかねえ(笑い)」


 猪牙舟を漕ぐなんざぁ、なかなか出来ない経験をさせてもらっているじゃないか。

 この記事の取材をしたのは、ブログ「いちんすけえん」によると6月18日。
「いちのすけえん」2014年6月18日の記事

 さぁ、その後、実際に船を漕いでみた経験を生かして『船徳』を演じているのかと探してみた。昨日7月9日まで記事は書かれているが、今のところは、6月24日(らくごカフェ)に演じた一回のみ。「いちのすけえん」のサイト
 実は取材の前日6月17日に、深川でかけている。予習か?!



 さて、四万六千日の7月10日、彼が主任でもない鈴本や浅草で、この噺をかけるとは思えない。

 そのうち、実体験に基づく見事な船頭姿の一之輔のこの噺を、ぜひ聴きたいものである。

 しかし、若旦那の徳が漕ぐのだから、あまり上手に漕ぐわけにもいかないなぁ^^
 今回の実地訓練の成果は、冬場に『夢金』などで見せてもらおう。
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by kogotokoubei | 2014-07-10 21:55 | メディアでの落語 | Comments(0)
 朝日名人会のことを書いてから今日5月30日の朝日新聞を読んでいたら、文化欄で落語を取り上げていた。

 タイトルは「あのとき 落語が変わった」である。

 署名記事だから、お名前を紹介したほうがいいいのだろう。井上秀樹さんという記者である。
webサイト「asahi.com」にも掲載されている。
朝日新聞サイトの記事
二つある大文字のリードが目立つ。
「1978年 円生の協会分裂騒動」
「若手躍進 新作創作の呼び水に」


 落語協会脱退、三遊協会設立の記者会見の写真もある。
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落語協会脱退の記者会見で語る三遊亭円生(中央)。右は古今亭志ん朝=78年5月

 右端の志ん朝の様子が、当日の苦悩を物語っている・・・・・・。

 昭和53年(1978)年の”5”月に赤坂プリンスで落語協会脱退の記者会見をした、という時期的な同一性が、今日の掲載になったのであろう。それにしてもギリギリのタイミングだ。まぁ、それはいい。しかし、次の内容を読んで、どうしても違和感を持つのだ。

 まず、最初にこう書かれている。
オーソドックスな古典派から、何が飛び出すかわからぬ新作派まで、現代の落語家は多士済々。「落語ブーム」なんて呼ばれるいまが当たり前と思うなかれ、下手すりゃかしこまって鑑賞すべき「古典芸能」になっていたかもしれないのだ。もし、保守本流のあの人が、反旗を翻さなかったら。
 その後、あの円生の落語協会脱退事件の説明に入り、円丈のことに話は移る。
 マスコミは「落語協会分裂騒動」と書きたてたが、大勢はあっけなく決着する。古今亭志ん朝を始め新協会に参加予定だった主な落語家は、次々と落語協会へ復帰となった。円生は弟子たちを率いて奮闘するが、約1年後に急死した。
 この騒動が、一人の奇才落語家を花開かせる。三遊亭円丈、当時33歳。円生に入門し、分裂騒動の2カ月ほど前に真打ち昇進したばかり。円生の死後、落語協会に復帰した。
 騒動のさなか、新作落語のネタおろし会を始めている。
 「一生を賭けるるんだったら、自分にしかできない落語をやりたい」が、円丈の信条だ。

 この後、自分の弟子である白鳥はもちろん、SWAのメンバー、そして上方の三枝など現在の代表的な新作派に大きな影響を与えた、云々と続く。円生の協会脱退と円丈の新作、ということをつなげるために、円丈の言葉を引用している。
 もし、円生が落語協会に残っていたら−。
「ここまで新作を極端にやらなかった。中途半端な新作と古典の二刀流になっていたでしょうね」
 この後に、立川談志家元の脱退、その弟子達の活躍といった話が続いて、最後にこう締めている。
 新作で活性化した落語人気の礎が古典を絶対視していた円生とあっては、本人は草葉の陰で渋い顔をしているかもしれない。とはいえ、円丈や喬太郎ら新作派が古典を大事にしているのは、話芸を次代に伝える芸人の魂が、円生以後もしっかりと受け継がれている証左なのだろう。
 この記事のロジックは、次のようになりそうだ。
(1)今日の「落語ブーム」をつくった「あのとき」は、三遊亭円生の落語協会脱退である
(2)なぜなら「落語ブーム」になったのは、古典のみならず、新作派にも優秀な落語家の
  バラエティに富んでいる(記事の言葉では「多士済々」)からであり、現代の新作派に
  大きな影響を与えているのは三遊亭円丈である
(3)その円丈は、円生が落語協会を脱退したから、新作に打ち込むことができた
(4)だから、円生の脱退が、「落語」を変えたといえるのである

 実に、おかしな論法である。円生の脱退がなかったら、落語が“かしこまって鑑賞すべき「古典芸能」になっていたかもしれない”ということでは、まさかないよなぁ。であるならば、円生の協会脱退と円丈および新作落語について、その因果関係を伝えたいのだろう。

 間違いなくSWAメンバーを含め「円丈チルドレン」という言葉があるように、円丈が今日活躍する新作派に与えた影響は大きい。しかし、「そのとき」を「円生の脱退」にすることには素直に頷けない。

 まず重要な時代背景として、当時の円丈は真打昇進したばかりで、「さぁ、これから!」と意気込んだ時なのであり、「寄席」という活躍の場を失うことが残念でならなかったのだ。

 師匠の協会脱退は、あくまで数ある「きっかけ」の一つなのであり、あえて言うなら円生の死による決別は大きな契機に違いない。円丈の言葉も、どこまで真意を現したものか疑わしい。歴史に「もし(If)」は禁物なのだが、円生グループが協会に残っていようと、少なくとも円生が亡くなってからは円丈は新作に打ち込んだはずだ。もっと、「If」を大胆にめぐらせば、円丈が円生と行動をともにし、協会に復帰しなくても新作への思いを捨てているはずがない。円生亡き後、芸術協会に行く選択肢だってあっただろう。「脱退」ではなく「円生との決別」は、円丈がその後新作に打ち込むための「あのとき」であったはず。

 この記事は、単なる今の時期5月の「あのとき」を語ることから論理が飛躍し、相当無理のある記事になってしまった感がある。もっと焦点を絞って、円生の脱退事件のことだけを振り返るとか、円丈にスポットライトを当て、彼のネタの紹介や今日の新作派への影響力などで構成しても、十分に読み物としては成立するのに残念。あるいは円生脱退と古今亭志ん朝のその後に焦点を当てた場合も、落語の重要な歴史を語ることになる。

 マスコミの影響は小さくない。落語をあまりご存じない読者が大きな見出しだけを見て短絡すれば、「円生脱退」→「落語ブーム」と受け取られないこともない。それでは、志ん朝も談志も慕った名人円生に申し訳ないだろうと思う。
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by kogotokoubei | 2009-05-30 20:47 | メディアでの落語 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛