噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:幸兵衛の独り言( 266 )

 なんとも暑い日々が続く。

 体温を越える暑さの地域もある・・・・・・。

 二年後の東京五輪は、この時期に開催される。

 兄弟ブログ「幸兵衛の小言」に、ほぼ一年前に書いた記事と重複するが、この暑さもあって、あえてこの件について。
 
 個々の競技を含む日程は、「2020東京2020」というサイトに詳細が掲載されている。
「2020東京2020」サイトの該当ページ

 7月24日が開会式だが、サッカーは22日から始まる。
 8月9日が閉会式。
 ちなみに陸上のマラソン女子は8月2日で、男子は閉会式の8月9日。

 昭和39年の大会は、ご存じのように、10月10日が開会式。
 旧体育の日。

 なぜ、こんな暑い時期の開催なのか・・・・・・。

 日本のJOCは「最高のパフォーマンスをしてもらうため7月24日~8月9日にした」と言っているようだが、猛暑が想定できる季節に、どうやって「最高のパフォーマンス」など期待できようか。

 実は、IOCのお達しなのだ。
 それには多分に商売の論理が影響している。

 IOCは開催都市に立候補する大前提として、7月15日~8月31日で開催することを求めている。

 それは、欧米のテレビで五輪の放送時間を確保するためなのだ。

 春先はMLBが始まるし、9月に入るとサッカーの欧州チャンピオンズリーグの戦いがあり、米プロフットボールのNFLも開幕する。

 IOCが夏にこだわるのは、これらとの競合を避けるためなのである。

 要するに、魅力的なプログラムのない“夏枯れ”に、オリンピックを開催させるのであって、そこには、開催都市(国?)の意向などは入る余地がない。

 オリンピックという素材をメディアに高く売るための、猛暑での開催なのだ。

 かつては、開催国が開催時期を決めることができた。
 昭和39年の東京五輪10月開催は、過去の天候を入念に調べ、選手が「最高のパフォーマンス」を発揮でき、また、観客にとっても過ごしやすい季節を優先した。

 今日では、選手のことも観客のことも二の次。すべては、商売のためなのである。

 では、前回のリオ五輪はどうだったのか。

 biglobeの「ZenTech」という旅行に関するサイトに、リオデジャネイロと東京の気温などの比較グラフがあったので、お借りする。
ZenTechサイトの該当ページ

e0337865_16401799.gif


 リオ五輪は、8月5日から21日に渡って開催された。

 ご覧のように、8月の平均最高気温は、リオの方が東京より大幅に低い。

 一年中で、温暖差が少ないとはいえ、リオは南半球にあるから、季節なら冬なのである。

 安倍首相が、“原発はUnder Control”という嘘までついて招致した五輪だが、果たして、暑さという自然を、どうコントロールしようとしているのか。

 今、体温を越えるかという猛暑の中、「不要不急」の外出を避けるようメディアも伝えている。

 二年後のこの時期も、同じような天候が、十分想定できる。

 人間的な、そして自然と融和した発想に基づくならば、「不要不急」な場合には外に出るな、と言われるような30度を超える猛暑の時期に、五輪など開催するのは愚の骨頂ではないか。

 そもそも、二度目の東京五輪など開催する必要は感じないが、もし、開催するなら、もっと開催する側が主体的に時期なども選べるようにすべきでないか。

 IOCの利益のために五輪が存在すること自体が、問題。

 百歩譲って夏に開催するならば、少なくとも、国民に熱中症などの被害が出ないように最大限の対策を施して欲しい。

 二年後、猛暑の中を東京五輪観戦に出かけることを、政府は「不要不急」と言うわけにはいかないだろう・・・・・・。

[PR]
by kogotokoubei | 2018-07-18 12:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
 さぁ、W杯サッカーは、今日からベスト8の戦いだ。

 ウルグアイはカバーニが欠場すると、痛いなぁ・・・・・・。

 日本のメディアは、これからの決戦に関するニュースよりも、日本の次期監督に関するさまざまなニュースでもちきりだが、どうも納得がいかない。

 日本サッカー協会は、次の監督のことを考える前に、やるべきことがあるのじゃないか、ということ。

 一次リーグ突破で田嶋会長は「めでたし、めでたし」と思っているかもしれないが、忘れていけないのが、この四年間の監督交代問題だ。

 アギーレ退任、そして直前でのハリルホジッチ更迭については、それぞれ記事を書いた。
2015年6月18日のブログ
2018年4月10日のブログ

 二度の監督交代による、チーム強化の遅れ、そして時間とコストの浪費は、日本サッカー協会幹部に責任がある。

 それこそ、西野と一緒に、今月いっぱいで田嶋は会長の座を降りるべきせはないのか。

 一次リーグ突破とベルギー戦の惜敗によって、もはやサッカー協会は禊ぎは終わった、と思っているのだろうか。

 とんでもない。

 もし、セネガルがコロンビアに追いついて一次リーグで敗退していたら、間違いなく、田嶋会長の責任問題が追及されたはずだ。

 結果、西野ジャパンは綱渡りの賭けに勝ち、ベスト16に進んだが、だからと言って、日本サッカー協会のこの四年間の失態は消えるわけではない。

 たしかに、数多くの監督就任希望者からラブコールが届き、他の国との争奪戦もあるのだろうが、慌てて決める必要はなかろう。

 ブラジル大会終了からロシアでの戦いまでの四年間全体を検証してから、次のカタールまでの四年間に臨むべきだ。

 ハリツホジッチ更迭の理由に、田嶋会長は監督と選手のコミュニケーションの問題を挙げた。
 しかし、より大きな問題は、監督と協会側とのコミュニケーションだったはず。

 そういいい身では、技術委員長としてハリルホジッチを支援する立場にいた西野にだって責任はある。

 西野が監督慰留を固辞した理由には、そういうことへの思いもあると、私は察する。


 日本フェンシング協会では、昨年、三十代の太田雄貴が会長に就任した。
 もちろん、同じには考えられない要素は多いが、組織改革に関して見習うべき点はあるだろう。

 日本サッカ-協会の理事には、フットサル担当で北澤豪の名はあるが、もっと若手の日本代表経験者が理事に加わってもいいのではないか。


 代表メンバーも次回に向けて若手への世代交代が必要だろうし、期待する若手も少なくない。
 協会組織だって、代替わりを図る必要があるのではないか。


 次期監督は日本人か外国人かの論議の前に、それを考える組織体制を一新すべきだ。

 まずは、責任を取りましょうよ、田嶋さん。

[PR]
by kogotokoubei | 2018-07-06 12:33 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
 そろそろ、日大アメフト問題のニュースに嫌気がしてきて、あのニュースの量が増えて喜んでいるのは安倍政権だけではないか、などと思っていたら、また、こんなニュースを目にした。
 NHK WEB NEWSより。
NHK WEB NEWSの該当記事

アメフト日本協会 コーチ対象にコンプライアンス研修実施へ
6月5日 22時26分

 日本大学アメリカンフットボール部の重大な反則行為をめぐる問題で、日本アメリカンフットボール協会は、5日夜、フェアプレーを徹底させるために立ち上げた委員会の初めての会合を開き、シーズン開幕までにコーチを対象にしたコンプライアンス研修を日本協会が主導して実施する方針などを確認しました。

 日本アメリカンフットボール協会は、先月6日に日大の選手が重大な反則行為をして相手選手にけがを負わせた問題で、アメリカンフットボールの信頼が大きく傷つけられたとしてフェアプレーの徹底に取り組む委員会を立ち上げ、5日、都内で初めての会合が開かれました。

 会合には、委員長を務める日本協会の国吉誠会長や外部の有識者などが参加し、再発防止策について意見を交わしました。

 そのうえで各チームの指導の現状を把握するとともに、早ければ8月下旬から始まるシーズンを見据え、開幕までにコーチを対象にしたコンプライアンス研修を、日本協会が主導して実施する方針などを確認しました。

 会合を終えた国吉会長は「指導者に指導方法について、いま一度考えてもらいたい。コンプライアンスの徹底を求めることがその第一歩です」と話していました。

 どうも、違和感をおぼえる。

 コンプライアンスって、日本語なら「法令順守」ということかと思うが、いい大人を集めて「法律は守りましょう」っていう研修をするわけではなかろう。

 ルール順守、という意味で「コンプライアンス」という言葉を使っているのだと思うが、どうもしっくりこない。
 
 指導方法に関する研修は分かる。
 ルールを守るのは、当たり前。
 そこにコンプライアンスという横文字が加わる必然性があるのだろうか。

 昨今のスポーツ界において考えると、個人の私生活で大麻や博打などの法令違反が起ったことから、選手を集めてコンプライアンス研修をするというなら、まだ分かる。

 しかし、今回の日大アメフトの問題は、そういうものじゃない。
 ゲーム中の、問題なのである。


 コンプライアンスとか、コーポレートガバナンス(企業統治)という英語、最近よく聞く。
 これらの言葉、エンロンやワールドコムの粉飾決算事件からアメリカで強く叫ばれ出し、その結果、SOX法(サーベンス・オクスリー法、企業改革法)が成立した。


 また、日本企業においても、法令違反のニュースが毎日のように報道されている。
 だから、コンプライアンスという言葉は、企業にとって語られるのなら、まだ分かるし、政治家や官庁の役人には、まさに今語られるべきことかもしれない。

 しかし、スポーツのゲームそのものに関して語られるのって、なんか違っていないかなぁ。

 もっと言うと、日本の企業に関しても、コンプライアンスやコーポレートガバナンスというカタカタは、もう使わない方が良いのではなかろうか。

 横文字を使うことによって、どうも、誤魔化しを感じてしまうのだ。

 あまりにコンプライアンスを強調すると、「ルールさえ守れば」「法令の範囲内であれば」、なんでもやっていい、という開き直りが透けて見えないだろうか。

 社会のルール、ゲームのルールを守るのは当然なのである。


 私も大学時代に体育会の運動部に四年間在籍した。
 恩師に巡り合い、結婚式の仲人をお願いした。
 九年前、その恩師は旅立った。
 年齢を重ねるにつれ、文字通りに同じ釜の飯を食べた仲間との同期会が楽しみになる。
 会えば何も言わなくても、通じる仲間たちだ。
 ヘタクソばかりの十人が、一人も欠けずに、四年間を共にした。
 よく話題になるのは、過酷なトレーニングのこと。
 今ではとても想像できないなぁ。

 一回生から順に五十回づつ回数が多くなる腹筋、背筋・・・・・・。
 先に出来た者は、遅れた者を心から「がんばれ」と、励ます。
 冬の練習の仕上げは、京都御所から三千院往復マラソン。
 怪我をして不参加な者は、スタッフになり、水を手に沿道から彼らを励ます。

 体力の衰えはもちろんあるが、あの時の蓄えは財産だ。

 日大アメフト部の加害者となった彼も、同期のメンバーも、そういう再会を何十年か後に笑って迎えることはできるのだろうか。

 私にとって大学運動部の指導者たちは、人生の師であった。
 そして、その指導は、守るのは当然のルールを問題とするのではなく、モラルを大切にするものだった。まず、人間であれ、ということ。

 今日の大学スポーツも政治も、本来語られるべきは、モラル、倫理、ではないのか。
 コンプライアンス研修という言葉を目にして、そんなことを考えていた。
[PR]
by kogotokoubei | 2018-06-06 12:57 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

これまでの、ネタ。

 テニス合宿の記事を書いたが、今回の余興の落語ネタ『井戸の茶碗』を含め、これまで大学の同期会、および、テニス合宿の余興で演じたネタは、メモを見ると、次のようになっている。

 あえて、おことわりするが、自慢でもなんでもない。備忘録代り。

 『道灌』・『金明竹』・『寿限無』・『牛ほめ』・『替り目』・『小言念仏』・
 『千早ふる』・『代書屋』・『高砂や』・『居酒屋』・『うどん屋』・『雑排』・
 『厩火事』・『買い物ブギ』・『看板のピン』・『天災』・『目黒のさんま』・
 『紙入れ』・『元犬』・『持参金』・『三方一両損』・『たらちね』・『そば清』・
 『親子酒』・『藪入り』・『子ほめ』・『夜の慣用句』・『あくび指南』・
 『転失気』・『二人癖(のめる)』・『子別れ(子は鎹)』・『鈴ヶ森』・
 『野ざらし』・『井戸の茶碗』
 
 こうやって並べてみると、「えっ、あれもやってたっけ!?」というネタが多い。

 忘れてるねぇ^^

 もちろん、これらのネタがいつでも出来るわけではない。
 それぞれ、その前に、それなりの稽古もして臨んでいるのである。

 帰宅する道を歩きながら、ぶつぶつやっていて、通り過ぎる人に不思議な目で見られたことも、何度かある。

 今回の『井戸の茶碗』は、昨年末の居残り会忘年会での、途中を端折った“なんちゃって落語”が、結果として練習になった^^

 そうか、居残り会の新年会では、Yさんとのリレー落語で『二番煎じ』をやらせていただいたなぁ。

 今回は、志ん朝の音源を何度も聴いた。
 途中で、権太楼の音源も聴いて、そのクスグリを頂戴した。


 あくまで、酒の席での素人の落語であり、話す方も聞く方も酔っているから、科白を忘れたり、言いよどんだり。
 とはいえ、素面では、できないなぁ。

 九月に大学の同期会がある。その後には、またテニス合宿がある。

 そうだ、同期の中には、このブログを見ている人もいるなぁ。

 ネタ替えようか、『井戸の茶碗』でいくか・・・・・・。

 やはり、同期会とテニス合宿用に、新ネタにすべきか。

 今から、結構、悩ましいのである。

 居残り会仲間からは、『二番煎じ』の次は、リレーで『子別れー通しー』を、などという無茶振りがあったが、一人では、とても出来そうにない。

 同じ相手に同じネタにはしたくない。
 とはいえ、前座噺など短いネタは、ほとんど過去にやっている。

 まぁ、今後行く落語会なども踏まえ、考えるとしよう。


[PR]
by kogotokoubei | 2018-05-15 12:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
 朝鮮半島で、大きな歴史的な動きがあった。

 政治的な内容は、兄弟ブログ「幸兵衛の小言」の方で書いているのだが、今回のことについては、少し書きたくなった。

 今後の展開について、「一国二制度」の可能性が大きくなったと思う。

 「幸兵衛の小言」の昨年9月の記事で、「内田樹の研究室」からの引用で書いた内容の一部と重複するが、ご容赦のほどを。
2017年9月13日のブログ

 昨年9月4日の「内田樹の研究室」より。
「内田樹の研究室」該当記事

 “戦争であれクーデタであれ住民暴動であれ、北朝鮮政権が統制力を失った後の混乱をどうやって収めるかについてのプランなんて、中国もロシアもアメリカも韓国も誰も持っていない”、と内田は指摘し、その後に、こう書いている。太字は管理人。

もっとソフトな解決法があります。一国二制度による南北統一です。
これは1980年に、当時の北朝鮮の金日成主席が韓国の全斗煥大統領に向けて提案したものです。統一国家の国名は「高麗民主連邦共和国」。南北政府が二制度のまま連邦を形成するという案です。「在韓米軍の撤収」という韓国政府にとって簡単には呑めない条件がついていたせいで実現しませんでしたが、懲りずに北朝鮮は2000年にも金正日が南北首脳会談の席で、金大中大統領に対して、再び連邦制の検討を提案しています。
南北統一については、北の方からまず「ボールを投げている」という歴史的事実は見落としてはいけないと思います。条件次第では、南北統一、一国二制度の方が「自分たちにとって安定的な利益がもたらされる」という算盤勘定ができないと、こんな提案は出て来ません。
今の金正恩にとっては、「王朝」の安泰が約束され、「王国」の中で自分たち一族が末永く愉快に暮らせる保証があるなら、一国二制度は悪い話じゃありません。連邦制になれば、核ミサイルをカードに使った瀬戸際外交を永遠に続けるストレスからは解放されるし、飢えた国民が自暴自棄になって暴動を起こしたり、政治的野心を持った側近がクーデタを起こすといったリスクも軽減される。
 当時、ミニメディアやネットでは目にしていたアントニオ猪木の発言や行動は、テレビや全国紙で取り上げられても良かったと思うのだが、北朝鮮は対話の扉を閉めていたわけではない。
 きっと、「一国二制度」を飲んでくれるのなら、状況は大きく変わるはずだ。
北朝鮮は保有する兵力は想定ですが、陸軍102万人、海軍6万人、空軍11万。他に予備役が470万人、労農赤衛隊350万人、保安部隊が19万人。2400万人の国民のうち約1000万人が兵器が使える人間、人殺しの訓練をしてきた人間です。
イラクでは、サダム・フセインに忠誠を誓った共和国防衛隊の軍人たちをアメリカが排除したために、彼らはその後ISに入って、その主力を形成しました。共和国防衛隊は7万人。朝鮮人民軍は1000万、その中には数万の特殊部隊員がふくまれます。職を失った軍人たちをどう処遇するのか。彼らが絶望的になって、反社会勢力やテロリスト集団を形成しないように関係諸国はどういう「就労支援」を整備したらいいのか。それはもう日本一国でどうこうできる話ではありません。
リビアやイラクがそうでしたけれど、どんなろくでもない独裁者でも、国内を統治できているだけ、無秩序よりは「まだまし」と考えるべきなのかも知れません。
今のところ国際社会はそういう考えのようです。とりあえずは南北が一国二制度へじりじりと向かってゆくプロセスをこまめに支援するというのが「北朝鮮というリスク」を軽減するとりあえずは一番現実的な解ではないかと僕も思います

 なかなか、内田のような論調を目にすることはなく、とにかく騒ぐだけ騒いでいるのが、現在のマス・メディアの実態。

 もっとも罪が大きいのは、アメリカの強硬論に追随するだけの、従来の日本の政府。

 「すべてのカード」という言葉を安倍首相をよく使ったが、まさに、米追従の象徴的な言葉だ。
 これまでは、「一国二制度」の模索というカードは、トランプにも、安倍のトランプにも、存在しなかったあろう。

 さて、これからは、どうか。

 唯一の被爆国ができること、あるいは、すべきことはたくさんあるはずだ。

 豊臣秀吉の朝鮮出兵を、現代の人は無謀な、馬鹿げた行為と判断することができる。

 では、現在の北朝鮮問題については、どういう歴史を刻むことができるのか。

 安倍忖度政治による不祥事に明け暮れていては、世界の平和など語れる状況にない。

 歴史に、日本のおかげで最悪の事態は防ぐことができた、と書き残したいではないか。
 そういう政治、政府が、今望まれていると思う。
[PR]
by kogotokoubei | 2018-04-27 19:31 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 架空の会見を考えてみた。

 太字は麻生読みで、(  )内が漢字と正しい読み。

記者 テレビ朝日が、福田前次官のセクハラ被害者が自社の社員であると
   公表し、財務省に抗議すると言っていますが。
麻生(顔をしかめ、口を曲げて)
   う~ん、福田に実際セクハラをしたか事実のユウム(有無 ウム)を
   確認したら、やってない、というんですからねぇ。
   私としては、福田の言葉を信用するしかないでしょう。
記者 では、なぜ、辞任したんですか。
麻生 これだけの騒動になって、とても落ち着いて仕事ができない。お騒がせした
   責任があるから辞めたい、と言う以上、認めるしかないでしょう。
   他にどういうショチ(措置 ソチ)をしたらいいんですか。
   まぁ、テレビ朝日の抗議内容は、それが届いたら、そのヨウサイ(詳細 ショウサイ)
   をね、精査します。
記者 大臣ご自身の進退について、どうお考えですか。
麻生 これだけハンザツ(頻繁 ヒンパン)に、いろんなことが起きることには、
   責任を感じていますが、辞めずに、この問題を解決することも私の責任です。
   さまざまな事実をフシュウ(踏襲 トウシュウ)して、ミゾウユウ(未曾有 ミゾウ)の
   困難を解決するのが、私の役目だと思っています。
記者 財務省を統督するのが、大臣の責務ですよね。
麻生 え、なに?
記者 ですから、組織を統督する責任がありますよね。
麻生 尊ぶ、責任?
記者 いえ、統督、です。
麻生 ・・・・・・。
記者 国家行政組織法10条に
  「各省大臣、各委員会の委員長及び各庁の長官は、その機関の事務を統括し、
   職員の服務について、これを統督する。」
  とあるのです、知りませんか。
麻生 へぇ、そうなの、これから、六法全書を精査して・・・・・・
記者 いえ、あなたは、国語辞典を精査してください。
麻生 ・・・・・・。


 この会見は、もちろんフィクションです^^

[PR]
by kogotokoubei | 2018-04-19 12:18 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
 春風亭一之輔が、いろんな落語の舞台を歩く毎日新聞の企画「ぶらっと落語歩き」が、三月をもって連載終了とのこと。

 同新聞の記事から引用。

毎日新聞の該当記事

記者の目
「ぶらっと落語歩き」連載を終えて 街の未来図、探しながら=濱田元子(論説室兼東京学芸部)
2018年4月11日 東京朝刊

 古典落語を手がかりに、東京の「今」に、江戸の「昔」を探す。そんなたくらみから2013年4月、落語家の春風亭一之輔さんを案内人に始めた連載「ぶらっと落語歩き」(東京本社版朝刊)に、この3月でひと区切りつけた。振り返れば、「花見の仇討(あだうち)」から「三味線栗毛」まで56の噺(はなし)を取り上げた。往時の面影はほとんど失われてしまった東京だが、落語を重ねてみることで、埋もれた“地層”から思いがけなく江戸のかけらを見つけたことも少なくなかった。街も人も変わりゆくなかで、変わらないものもあっていい。どんな街で、どう生きたいのか。今またあらためて突きつけられているような気がする。

 結構楽しみにしていた。

 埋もれた“地層”から思いがけなく江戸のかけらを見つける、なんて、なかなか味のある表現。

 引用した内容の先は有料記事なのが、残念。

 「三味線栗毛」の最終回からも、少し引用。

毎日新聞の該当記事

 実は雅楽頭は実在した大名の名前。というわけで、一之輔さんとやって来たのが、かつての江戸城、今は皇居の大手門の前(東京都千代田区大手町1)。現在の大手町・丸の内かいわいは大名小路と呼ばれ、武家屋敷が建ち並んでいた。その中でも大老になれる家系であった酒井雅楽頭の屋敷があったのは、大手門のすぐ近く、江戸城に面した“一等地”だ。

 武家屋敷の面影はまったくなく、代わりに大企業のオフィスビル街へと変貌。皇居と堀が往時の名残をとどめる。

 「雅楽頭ってすごいよねえ。こんなところに屋敷を持ってたなんて。登城にも遅刻できないですよね」。大手町はホール落語会が多く、一之輔さんにとっては意外となじみの場所。「ランチタイムになるとタイ料理とかいろんなものを売りに来てますよね。そんなに高くないんです」

 このあたりの光景が一変したのは明治の初期。1871(明治4)年、雅楽頭屋敷跡に旧大蔵省の庁舎が置かれ、74(同7)年には旧内務省と合同の木造2階建ての新庁舎が建設された(1923年の関東大震災で焼失)。さらに時代は下り、現在は三井物産と三井不動産による大規模再開発工事の真っ最中。2020年2月末には2棟の高層オフィスビルが建つ予定という。
 『三味線栗毛』、現役なら喬太郎の高座を思い出す。

 2020年に向け、ますます、江戸のかけらを発見できる地層は、深くなるばかり。

 サイト「はなしの名どころ」の管理人、田中敦さんの本『落語と歩く』に関する記事で紹介したが、田中さんは、時代とともに失われる落語の舞台について「文庫(アーカイブ)」をつくる必要性があることを主張されていたが、まったくその通りだ。

 ほおっておくと、どんどん、落語の舞台は面影がなくなったり、その地名が味も素っ気もないものに変わってしまう。


 このちっぽけなブログででも、何かできることを考えたい。
 

 毎日の連載については、別な噺家さんで、再開を期待している。

 新シリーズは、ぶらっと歩きながら、小さな木札でもいいので、落語の名所案内を残すなんて企画はどうだろう。

[PR]
by kogotokoubei | 2018-04-11 17:53 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
 ワールドカップ直前での、サッカー男子日本代表監督更迭。
 
 あらためて、日本サッカー協会という組織のお粗末ぶりに呆れている。

 滅多にサッカーのことで記事は書いていないが、三年近く前、アギーレ監督解任の際にも、日本サッカー協会の問題について書いた。
2015年6月18日のブログ

 その記事でも書いたことだが、ブラジルでの男子W杯、ザッケローニ・ジャパンの予選リーグ敗退が決まるや否や、日本サッカー協会はアギーレ監督体制づくりに動いた。
 結果、アギーレは八百長事件に巻き込まれて辞職することとなった。
 これを称して、「アギーレ帰った」と言う(^^)

 そして、その後に選ばれたのが、ハリルホジッチ監督だ。

 今につながる監督問題の根っこは、明らかにアギーレを選んだ時にある。

 日本サッカー協会のお粗末な履歴を整理すると、こうなるのではないか。

 (お粗末1)八百長疑惑のあったアギーレを、拙速に監督にしたお粗末
 (お粗末2)結局、アギーレを解任することになったのに、協会の幹部は、
       誰ひとり、任命責任を負わなかったお粗末
 (お粗末3)アギーレ選定と同じ顔触れで後任監督探しを行ったお粗末
 (お粗末4)W杯出場を決めたハリルホジッチ監督を、協会として管理、および
       支援できなかったお粗末
 (お粗末5)W杯二か月前という時期になって、ハリルホジッチを解任したお粗末

 現在、アギーレは実刑判決の可能性が高くなっている。

 当時から八百長疑惑があったアギーレを監督に推した中心人物は、当時の原博実専務理事と霜田正浩技術委員長である。

 そして、この二人が、ハリルホジッチの監督就任にも中心となって動いていた。

 なぜ、アギーレの後任探しを、早い話が失敗した、人を見る眼がなかった同じメンバーに任せたのか、当時の大仁会長の責任も小さくはない。
 もちろん、協会理事や副会長を歴任してきた現田嶋会長の責任も問われるべきだろう。

 そして、遅ればせながら、その後に原、霜田の二人は協会人事で降格されたので、結果として、ハリルホジッチを助ける役割の幹部がいなくなったということも、今回の解任にはつながっているのだろう。

 しかし、ハリルを解任するなら、昨年12月に東アジアE-1選手権で韓国に1-4で惨敗した時に、判断すべきだった。
 
 今回もヨーロッパでの惨敗から解任までに、時間を空けすぎている。
 あのテストマッチの結果で解任もありえる、と考えていたのなら、敗戦から間髪を入れずに決めて発表すべきだった。

 とはいえ、それにしても本大会の直前であるのには変わりがない。

 ここまできたら、ハリルと心中する覚悟が必要だったろうに。

 練習試合でみじめな試合をしたら、それを反省し、協会はハリルと徹底的に話し合いを行い、また、選手との関係を良好にする努力を行いW杯に臨むべきだったのではないか。

 後任の西野監督は、同世代でもあり応援したいのだが、あまりにも準備期間が短短すぎる。

 なお、西野については、1996年アトランタオリンピックのブラジル戦、いわゆるマイアミの奇跡ばかりが取り上げられるが、結果として予選リーグは突破できなかった事実についても、メディアは伝えるべきだろう。

 さて、予選リーグの相手は、結構強敵揃いである。

 ロシアW杯こそ、奇跡を願うしかなさそうだ。


[PR]
by kogotokoubei | 2018-04-10 08:32 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
 平成29年の芸術選奨大衆芸能部門で、入船亭扇遊が文部科学大臣賞、桃月庵白酒が新人賞を受賞した。

 文化庁のサイトから、各部門の受賞者と、受賞(贈賞)理由が掲載されたPDFデータをダウンロードできる。
文化庁サイトの該当ページ

 扇遊への贈賞理由は、次の通り。
 平成29年2月2日,「入船亭扇遊 独演会」(東京・国立演芸場)での落語「鼠穴(ねずみあな)」は,絶品の芸だった。兄弟の確執をべとべとさせる手前で押しとどめ,江戸の冬の一場面を輪郭もはっきりと描き切った。日頃聞かせる落語の質はどれも高く,「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」,「付き馬(つきうま)」など,豊作の年だった。古典落語に受け狙いのくすぐりを差し込むことが落語の悪しき潮流になっているが,氏は余計なことを一切入れない。それでいて,きちんとおかしい。高く評価されるべきである。

 先月の三田落語会で聴いた『明烏』も、まさに次の評価が当てはまる高座だった。

“古典落語に受け狙いのくすぐりを差し込むことが落語の悪しき潮流になっているが,氏は余計なことを一切入れない。それでいて,きちんとおかしい。高く評価されるべきである”

 白酒への贈賞理由は、次の通り。
現今の落語界は,演者それぞれの自由な演出で,多くの実力ある若手が輩出している。桃月庵白酒氏は,その独特の視線からの導入部に始まり,落語本編にあっても,伝承された主題に登場人物が切り口を変えて話す言葉で,原話の深みを観客に再発見させる。高座数は多い中,特に芸歴二十五周年記念の会での「井戸の茶碗」で,その個性ある警句も残しつつ,意表を突くだけでなく,骨太な展開を見せた。今後も数多くの演題の研鑽(けんさん)に大きな期待を持てる存在である。

 実に扇遊への評価と好対照、と言えるのが、次の部分。

“独特の視線からの導入部に始まり,落語本編にあっても,伝承された主題に登場人物が切り口を変えて話す言葉で,原話の深みを観客に再発見させる”

 “受け狙いのくすぐり”と、“登場人物が切り口を変えて話す言葉”とは、違うということだ。

 審査委員には、大友浩さんの名があるので、大友さんの文章かもしれないが、扇遊も白酒も、どちらも適切だと思う。

 この評、そして、扇遊と白酒の芸風から、以前、書いたジャズと落語に関する記事を思い出した。
 その記事は、ジャズに関して頻繁にお世話になるNelsonさんのサイトの内容をお借りして書いたもので、「イン」と「アウト」がテーマだった。
2014年7月9日のブログ

 Nelsonさんは、「イン」と「アウト」について、次のように書かれていた。
従来の定型をそのまま踏襲しながらも個性を発揮する「イン」に対して、自分の感覚を信じて旧弊を打破し、新風を吹き込もうとする「アウト」とでも言えば、当たらずとも遠からずでしょう

 Nelsonさんは『中村仲蔵』における八代目林家正蔵と立川志の輔の対比として、「イン」と「アウト」という表現を使っており、実に納得したものだ。

 まさに、扇遊は「イン」の達人、白酒は「アウト」の異才、と言えるのではなかろうか。
 
 扇遊の、高い技量で古典本来の楽しさを引き出す芸、白酒の、彼ならではの解釈と感覚で魅せる芸、どちらも受賞するに価すると思う。

 文部科学大臣賞の落語協会での受賞は、まだ協会に所属中に受賞した六代目三遊亭圓生(昭和42年)、八代目林家正蔵(昭和50年)、古今亭志ん朝(平成12年)、柳家小三治(平成15年)、柳家権太楼(平成23年)、柳家さん喬(平成24年)、五街道雲助(平成25年)、春風亭小朝(平成26年)に続き九人目になる。

 石川さゆりと同時受賞というのが、扇遊にとっては嬉しそうな、そんな気がしている。

[PR]
by kogotokoubei | 2018-03-09 19:02 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
 俳人の金子兜太さんが、亡くなった。

 戦時中のことを含め、さまざまなメディアでお人柄、業績などが紹介されているので、私ごときがくどくど書く必要はないだろう。

 もうじき、旧暦小正月なので、この句をご紹介するにとどめたい。


左義長や 武器という武器 焼いてしまえ

 本当に、その通り。

 偉大な俳人にして、反戦の旗頭だった金子兜太さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。

[PR]
by kogotokoubei | 2018-02-21 20:31 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛