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噺の話

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ミミー、ありがとう。

 あまりに急だったので、まだ、信じられず、立ち直れないのですが、書きます。

 昨日朝、まだ十歳の愛犬ミミーが、肺水腫で旅立ちました。

 三日前くらいから咳が激しくなり一昨日火曜日に、かかりつけの獣医さんに行き、レントゲンと血液検査により、肺炎か肺水腫の疑い、とのこと。

 酸素室で快復を待ちながら、他の検査をした方が良いとのことで入院させたばかり・・・・・・。
 昨日朝、病院から「容態が急変し」との電話。

 最初の犬、カール、そして二人目のペコは、十九歳、十六歳で、二人とも家で連れ合いと私が見守る中での最後でしたが、ミミーは、病院での旅立ちで、看取ることもできませんでした。

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 三年前、江ノ島での写真です。

 つい、数日前まで、甘えて膝に乗ってきたのに・・・・・・。

 残ったユウは、散歩のとき後ろを振り返って、ミミーを捜しています。

 短い命でしたが、たくさん、思い出をもらいました。

 ミミー、ありがとう。


# by kogotokoubei | 2019-12-05 12:27 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
 11月の記事別のアクセスランキングは、次の通りだった。

1.あれから八年・・・風化しつつある、甲状腺がん問題。(2019年3月11日)
2.今から140年前、なぜ明治政府は改暦を急いだのか。(2013年1月14日)
3.「万引き家族」における、樹木希林さんのアドリブのことなど。(2018年9月19日)
4.NHK新人落語大賞の結果について。(2019年11月5日)
5.今年の「NHK新人落語大賞」は、見ません。(2019年10月30日)
6.『抜け雀』のサゲ-『米朝らくごの舞台裏』『落語鑑賞201』などより。(2015年5月15日)
7.落語協会 真打昇進披露興行 国立演芸場 十一月上席 11月3日(2019年11月4日)
8.なぜ、真夏に東京五輪は開催されるのか。(2018年7月18日)
9.「いだてん」池田勇人役・・・談春のことで思う、いろいろ。(2019年11月13日)
10.『富久』(2008年12月25日)

 アクセス数は、上が600台から下が300台。

 少し、アクセス数が落ち着いてきた。

 一日に特定記事について1000以上のアクセス、なんてことも少し前にはあったが、異常だと思う。


 1位が3.11の記事だったことは、内心嬉しい。
 ほとんどのメディアは、この問題を無視している。

 2位の改暦の記事、毎月上位にくる。

 3位も、最近常連の記事。

 4位、5位にNHK新人落語大賞関係が入った。

 6位と10位が、落語のネタの記事。
 『富久』の記事へのアクセスは、「いだてん」の影響もあるだろう。
 なんと、ブログを始めた年、2008年の記事だ。

 7位が、唯一落語会の記録。

 8位は、オリンピックの真夏の開催について書いた記事だが、せっかく、東京のマラソンコースの言い立ての記事を書いたのにね・・・・・・。

 9位は、「いだてん」関係。
 鬼の大松と田畑政治の間に、あんなことがあったんだねぇ。


 仕事上の都合もあり、先週末に、ガラケーからスマホに替わった。

 本当は始めたくなかったLINEも、切り替えた日の飲み会で巻き込まれてしまった^^

 まだ、スマホもLINEも操作に慣れていない。

 電車やバスで、ほとんどの人がスマホとにらめっこしている理由が、少しは分かった。

 本を読む時間が減ってきた。
 これは、いかん!

 スマホは、あくまで、道具。

 主役は使う人間であると戒めながら、最低限のレベルで使うようにしなけりゃ。

# by kogotokoubei | 2019-12-02 12:27 | アクセスランキング | Comments(0)
 一昨日、少し早めの居残り会忘年会開催となり、まず、白酒が主任の池袋の昼席へ。

 佐平次さん、I女史と三人が、正しく(?)居残り会、ほかに四名の方と、あとで桜新町の「はじめ」で合流するのであった。

 久しぶりに白酒を聴きたかったし、他の顔ぶれも悪くなかったので、お誘いした次第。

 また、池袋の下席の昼は、二時から五時まで、木戸銭二千円、という気軽さが好きだ。
 少し早めに着いて、テケツが開くのを待った。一時十八分にテケツが開いた時の行列が、ざっと二十五人ほど。とはいえ、二番前の方が「大人十枚」とのことで、団体さんの代表の方もいらっしゃった。
 地下へ降り、会場へ。前から二列目の中央を確保し一服。
 喫煙室ができ、以前のように楽屋脇の長椅子に座りながらとはいかなくなったのが、愛煙家としては、残念。

 席に戻ると、一列目と二列目の私の隣まで、団体さんだった。
 どういうお集まりかは知らないが、なかなか趣味の良い(?)ご一行^^

 さて、佐平次さんI女史の席は、大丈夫かな、と思ったが、お二人とも無事着席。
 最終的には、空席が十ほどあったかどうか、という、まずまずの盛況ぶり。

 出演順に感想などを記したい。

桃月庵あられ『二人旅』 (13分 *13:47~)
 初。協会のホームページによると、昨年白酒に入門しているが、前座は今年に入ってからのようだ。白酒が以前マクラで言っていた「待機児童」の一人だったわけだ。
 見た目はがっちりとして、古風な噺家らしさがある。高座は、まだ論評する段階ではないが、頑張っていただきましょう。

桃月庵白浪『牛ほめ』 (15分)
 今年五月に二ツ目となり名前が替わった。ひしもち時代に二度聴いている。
 あられとは好対照で、なんともひ弱な見た目。しかし、それに反するしっかりとした口調とのギャップが持ち味となるように思うが、この高座では、まさに見た目と同じような与太郎が主役。前の印象の方が良かったかなぁ。

古今亭ぎん志『町内の若い衆』 (15分)
 縁があって、国立の真打昇進披露に行った人なので応援したい気持ちはある・・・のだが、どうしても小言になってしまう。
 表現が難しいのだが、テレのようなものが途中で何度か感じられる。
 もっと、堂々と演じて欲しい。メリハリもなく、なんとも締まらない印象。
 真打はスタート、ということで、一層の精進を願いましょう。

古今亭菊生『権助魚』 (15分)
 実に久しぶり。調べてみたら、2013年の9月池袋(『新聞記事』)、10月末広亭(『鮑のし』)と二度聴いて以来。
 ずいぶん上手くなったなぁ、と少し驚く高座。
 六年前は、無駄とも思える間もあり、リズムが良くない印象だったが、人物描写もしっかりできているし、科白回しのリズム、間も良い。
 主役の権助が光る。旦那の偵察に行けと女将さんに言われ、「おら、村でジェームス・にかわ、と言われていた」というクスグリに、笑ってしまった。脇役の魚屋も楽しく演じた。
 父であり師匠だった円菊の重みから脱することができた、そんな印象の好高座。
 一門の兄弟子、菊丸にも似た芸の冴えを感じた。
 マクラで言っていた「頭の中には三百席入っています・・・すぐできるのは・・・二席」というネタ、使わせてもらおう^^

ニックス 漫才 (15分)
 十八番の旅館ネタ。
 ウェルカムドリンクが豊洲の地下水、というのは、何度聞いても笑える。
 妹の「そーでしたか」の科白を使いだしてから、この二人の漫才は、ずいぶん良くなったと思う。

三遊亭歌武蔵 漫談 (13分)
 歌舞伎座の客と池袋との比較や相撲ネタの十八番で客席を爆笑させる。
 ここまでくると、一つの芸だなぁ。

金原亭伯楽『親子酒』 (19分)
 仲入りは、この人。
 少し「いだてん」のことにふれて酒にまつわる逸話など、大師匠志ん生の思い出。漫談のままかな、と思ったら、この噺へ。
 マクラが10分近かったので、短縮版ではあったが、なかなか味わい深い高座。
 登場した時は、痩せたなぁ、と思ったが、昭和十四年、傘寿ならではの枯れたマクラと本編を堪能した。
 寄席の逸品賞として色を付けておこう。

 さて、喫煙室で、一服。
 まだ、狭い隔離された一角に、馴染めない。

蜃気楼龍玉『鹿政談』 (17分) 
 クイツキは、主任の弟弟子のこの人。
 実は、九月の同期会の余興の落語のうち一席を、この人の音源を元に『鹿政談』にしていたので、かけてくれないかなぁ、と思っていたら、なんと大当たり!
 余興の際、奉行の根岸肥前守の名が飛んでしまって冷や汗だった^^
 なるほど、身振り、手振り、表情が、二列目なので、よ~く分かった。
 再来週のテニス合宿で、やらないわけにはいかないなぁ。

むかし家今松『はなむけ』 (13分)
 この人の名があったのも、この席に来たかった動機の一つ。
 珍しいネタだが、やはり今松で六年前の十月、末広亭で昼夜居続けをした日の昼の部で聴いている。
 寄席ならではのネタだと思うが、他に演る人はいるのだろうか。
 内容は、金に困った男、ずいぶん前に兄が北海道に旅に行く時に餞別をあげたことを女房が覚えていた。そこで、ケチな兄のところに旅に行くからと嘘をついてお返しをもらおう、と金策に行く。しかし、いくら遠回りに匂わせても、なんとも感じない、ケツな兄。そんな兄弟の会話が、なんとも楽しい。
 サゲでは狂歌の応酬。
 兄が金を貸してくれないので怒って帰る間際に弟が一発放屁。
 弟「旅立ちに オナラ一つの 置き土産」
 兄「あまりの臭さに はなむけもせず」
 お題は、このサゲから。最後はやや尾篭なネタだが、この人が演ると下品にならない。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (12分)
 三人で、しっかり。近くの団体さんたちも、喜んでいた。

桃月庵白酒『百川』 (30分 *~17:00)
 ブームや不可思議なイベントを少しだけ批判する話からだったが、恵方巻きが下火になって喜ぶのは、大いに同感である。あんなものは、昔はなかった。ともかく、日本人はお祭り好きで、と本編へ。マクラが十分ほどあったので、本編は二十分ほどだったことになるが、基本的な骨子は外したように思えない。それだけ中身が濃かったと言えるだろう。
 この人の百兵衛が悪かろうはずがない。「うっ、ひょっ!」で客席から笑いの渦。
 百兵衛の「あんでがす?」に河岸の若い衆が「アンデス山脈」などと返すのも、なんとも可笑しい。
 若い衆の中の源ちゃんに「源ちゃん、どう思う」と途中で聞くやりとりも、効果的。
 そういった独自の演出はあっても、噺本来の味は十分に出されている、さすがの高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 さて、池袋お開きの後は、桜新町の佐平次さんの地元の「はじめ」で忘年会だ。
 池袋の三人に、お店で四人が合流。七人の侍、かな^^

 磯野フネさんの看板が待ち受ける「はじめ」は、ご夫婦で心のこもった料理とおもてなしの嬉しいお店。旦那さんが病から復活されるのを待ちわびていた。お元気そうでなにより。

 とにかく、食べ、呑んだ。
 その料理の写真などは、ぜひ、佐平次さんのブログでご参照のほどを。
「梟通信~ホンの戯言」の該当記事

 二次会では翌朝健康診断というIさんを除き、近くのスナックでカラオケ大会。
 翌朝は、何を歌ったか覚えておらず、メールでお仲間に確認して、ようやく少しづつ思い出した次第^^

 それにしても、落語に歌舞伎に狂言に能にとスケジュールが一杯の先輩の皆さん、お元気ですねぇ!

 新年会の相談も出来た。
 
 いやぁ、楽しい落語、そして居残り会でした。


# by kogotokoubei | 2019-11-29 15:27 | 寄席・落語会 | Comments(6)

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柳亭小痴楽著『まくらばな』
 この本から、最終の四回目。

 巻末にある、「特別収録 澤邊家座談会 もうひとつの『まくらばな』」より。

 出席者は、澤邊佳子(小痴楽の母)-佳、と表記-、澤邊真太郎(小痴楽の兄)=真-、勇仁郎(小痴楽本人)-勇-の三人。

 誕生日の12月13日ってなんかの記念日だったよね。
 サダム・フセインの身柄確保だって。
 違う違う! 任侠の人たちがお家回りする日で、正月みたいな日だから縁起がいいんだよって親父が言ってた。正月の年神様を迎える日。そうだ鬼の日っていうやつ。
 でもパパは、12月14日に生まれるのはいいなって言ってたのよ。
 何で?
 赤穂浪士の討ち入り(笑)
 親父はよく、『仁義なき戦い』と『寅さん』さえ見てれば、学校なんか行かなくても人生大体わかんだよって言ってた。

 出ました、父柳亭痴楽の教育方針が^^


年神様を迎える準備を始める。

昔はこの日に、門松やお雑煮を炊くための薪等、お正月に必要な木を山へ取りに行った。
 12月13日の「鬼の日」については、少し補足が必要だろう。
 江戸時代中期まで使われていた宣明暦では、旧暦12月13日の二十八宿は必ず「鬼(き)」になっており、鬼の日は婚礼以外は全てのことに吉とされているので、正月の年神様を向かえるのに良い日とされていた。その後の暦では二十八宿とは一致しなくなったが、正月事始めは12月13日のままとなった。
 二十八宿や「鬼」や「鬼宿日」のことも説明必要かな・・・また、それは別途。

 引用を続ける。

 俺は『ランボー』とか『ロッキー』とか洋画だったけどなあ。みんな、コタツで寝てたよね。
 テレビ観ながらね。毎日大晦日な感じ。
 真はちゃんとしてたから、両親に「だらしねえな、部屋で寝ろよ」って言ってたの覚えてるよ。
 足の向きもちゃんと決まってたでしょ。
 3人の定位置だよね。
 犬も、場所わかってた(笑)
       親父は、常に着物の袖にお金を入れてた。日当で給金を受け取っていたからかもしれないけど、その日頂いた分を大胆に使う。
 帰ってくると机の上に、裸で結構な額のお金を置くの。翌日、全部持っていこうとするから、そんなにいるのって聞くと、「何があるかわからないからな」って言う。
 俺、まるっきり同じことやってるよ。今もポケットに20万くらい入ってる。
 ホントだ。なんで?
 何があるかわかんないから(爆笑)

 なんとも強い血の継承であることか^^


 まだまだ、楽しい家族の逸話があるのだが、このへんでお開きとし、後は、本書で読んでいただく、ということで。

 父五代目柳亭痴楽の子として、多くの師匠たちに可愛がられてきた“ちい坊”は、柳亭小痴楽という、将来性豊かな噺家となった。

 真打昇進披露興行はお開きとなったが、彼の噺家人生は、まさにこれからである。

 今後も、彼の高座が楽しみだ。

# by kogotokoubei | 2019-11-26 21:27 | 落語の本 | Comments(2)

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柳亭小痴楽著『まくらばな』
 この本から、三回目。

 その前に、小痴楽について、ぜひ紹介しておきたいことがある。
 単独真打昇進が決まった後、日刊スポーツの記事で、彼が落語家を志すきっかけについて紹介されていた。引用する。
日刊スポーツの該当記事

小痴楽は15歳までは落語に一切触れなかったが、中学3年の時にたまたま家でCDデッキから聞こえてきた落語(8代目春風亭柳枝の『花色木綿』)に魅了され、「これをやりたい」と思うようになったという。

 このこと、『まくらばな』では、書かれていない。

 私は、八代目柳枝が大好きで、この『花色木綿』も、携帯音楽プレーヤーの定番だ。
 今では、『出来心』という題で演じられることが多いが、やはり『花色木綿』として演じてこそ、この噺の味が出ると思う。

 小痴楽が、披露目のネタとして演じたかどうかは知らない。トリネタとしては軽すぎるので、かけていないだろうと察するが、このネタが落語家になるきっかけというのは、彼の落語を語る上で大事なのではなかろうか。
 長講の大ネタではなく、寄席に相応しいこのネタが好き、という若手は、そう多くはないと思う。そのへんの了見が、好きだなぁ。


 さて、『まくらばな』のこと。

 第4章の「供花」からご紹介。

 私の親父のお墓は神楽坂にある。
 沢辺一家は不信心だ。特に私と母はいい加減に出来ている。
 親父が死んだ翌年。命日の日の朝、母はみんなに
ー今日はパパの命日だからね。毎年とは言わないけど今年くらいは早く帰って来てみんなで仏壇に手を合わせようね。9時45分に亡くなっちゃったから、その時間にはお家に帰って来なさいね。呑みに行っちゃダメだよ。
 そう言うものだから夜席が終わり真っ直ぐに帰った。
 亡くなった時間になると三人で手を合わせ、思い思いに目を瞑っていると母ちゃんは
ーはい。おしまい。じゃっ!
 どっかに行こうとする。どこへ行くのか聞いてみると
ー22時から近所のみんなと呑み会あるから!
 と言って出て行った。

 なかなかに凄い、お母さん!

 他にも、この後にこんな逸話が。

 二つ目になって三年目、独演会をやってみようとゲストに歌丸師匠とまねき猫先生に出て頂き、春日の文京シビックホールを借りた。母ちゃんに受付をやってもらい車を出してもらった。文京区なので親父の墓も近いということもあり、タバコの一本でも手向けようと思って、母ちゃんにちょっと寄ってもらうように頼んだ。すると母ちゃんは
ー時間の無駄だから、そんなの良いよ。
ーいやいやいや、ちょっとだから、寄ってよ。
ーしょうがねぇなぁ。すぐ済ませよ?
 墓地に着くと私は走って親父の墓の前へ。火を付けたタバコを墓前に置いて手を合わせていると、母も走ってやって来た。すると遠くの入り口で突然、パンパン!拍手を打って「おい、いつまで拝んでんの?早く行くよ!」と言って行ってしまった。

 こういう話を知ると、小痴楽は、父と母の両方から、なかなかにダイナミック(?)なDNAを継承しているなぁ、と思う。

 芸人として、とりわけ東京の噺家として生きるために相応しいいろいろを、両親から受け継いでいるのだろう。

 もちろん、そういった土壌に、自らの努力で、他の誰でもない小痴楽落語を築き上げつつある、ということか。

 次回最終回は、そんな母と兄との三人の座談会からご紹介するつもり。

# by kogotokoubei | 2019-11-25 12:47 | 落語の本 | Comments(0)


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柳亭小痴楽著『まくらばな』
 この本から、二回目。

 第3章の「バイプレーヤーズ」より。
 あの映画のことが登場するとは、思わなかった。

 中学校最後の三年の三学期、学校に行ったのは始業式の日と終業式と卒業式の三日だけだった。
 これには訳がある。理由は親父だ。
 冬休みのある日、正月の挨拶廻りも終わり、家でテレビをつけていると映画『男はつらいよ』が始まっていた。この寅さんに心を惹かれて楽しんでいると、親父がーなんだ、お前みたいな子供にこの映画の素晴らしさが分かるのか?
 と言ってきた。なんて面白い映画なんだ! と興奮する私に気を良くした親父が48作品全部借りてきた。
 それからは、親父と夜になって親父が帰ってくると夜中から朝方までこの作品を観るようになった。第1話から観始めて1日に3作品くらいずっと観ていた。レンタル期間が過ぎて返しては借りて返しては借りてを繰り返し、何遍観ても飽きる事なく3回ずつくらい観ただろうか。
 寅さんの言い立ては諳んじられるほどになっていた。
 親父は仕事から帰ってきて夜から朝まで映画を観て、夕方まで寝る。それから仕事に出てって、帰ったらまた映画を観る。親父のそんなペースに合わせるように同じ生活をしていた。学校の時間は寝ている時間という事だ。夕方から親父が帰るまでする事もないので先に観始めたりする。しかしそれが帰ってきた親父に見付かろうものなら
ー一緒に観るって約束だろ! 何勝手に観てんだ! 俺を待て! このビデオは俺の金で借りたんだ! とぶっ叩かれる。

 寅さんファンの私としては、実に嬉しいお話。

 お父さん五代目痴楽への親近感が増すなぁ。

 また、中学時代という、記憶力が旺盛な時期に寅さん48作品を観て、言い立てが頭に入っていた、というのは、その後の噺家としての基盤づくりになったと、私は思う。
 ちなみに、あの啖呵売、「さて、いいかねお客さん。角は一流デパート赤木屋、黒木屋、白木屋さんで紅白粉(べにおしろい)つけたお姉さんから下さい頂戴でいただきますと、五千が六千、七千か八千、一万円はする品物だが今日はそれだけ下さいとは言わない・・・・・・」と、冒頭くらいは私もまだ覚えているのだ^^

 拙ブログでも「寅さん」というカテゴリーで書いた記事が数本ある。ご興味のある方は、ご覧のほどを。
拙ブログの「寅さん」の記事
 この文章のタイトルは、ある俳優さんのことが好きになったことに由来しているが、それは『男はつらいよ』ではなく、『仁義なき戦い』の出演者。
 誰かは・・・ぜひ、本書を読んでご確認のほどを。

 『男はつらいよ』や『仁義なき戦い』を家庭内教育の重要な素材としていた父親のことをご紹介した後は、ちい坊のお母さんのことにもふれておきたい。

 第1章の「父の日のプレゼント」から。

 小学生の頃、父の日のプレゼントに何が良いかなぁ、と考えていた。
 そんな可愛い幼少期をちゃんともちあわせていた。
 お小遣いを使うのはもったいない。何が良いだろうか。
 親父はマッサージが好きで、しょっちゅう腰に乗ったり肩揉んだりを兄貴とやらされていた。そこで思い付いたのが肩叩き券。
 クーポン券の様にカッターで点線まで引いて十枚綴りを作った。
 我ながら中々可愛らしいものを作ったもんだと母ちゃんに見せると、パパ喜ぶよ、と褒めてくれた。
 夜になり父が帰ってきた。勇んで渡すと親父は
ーなんだこれ?
ー父の日だから肩叩き券! これを使えばいつでもやってあげるよ!
ーふぅ~ん。
 あれ? と思ったら、とたんに親父はその券を破いた。えっ? と思うと親父は
ーこんなもん使わなくても、やれって言ったらいつでもやれ。恩着せがましいことすんな。
 えぇ~・・・・・・ 泣きそうになるとリビングでそれを聞いていた母が凄い勢いで飛んできて親父の頭をバン! と叩いた。
ーなにやってんだバカ野郎! 喜んで貰え!!!
 あまりの剣幕にみんなが驚いていると、悔しそうな顔をした親父がソッとセロハンテープで券を直し始めた。

 なかなか、いい~話でしょっ!

 父五代目痴楽は、暴走族に一人で立ち向かうほどの“無頼派”だったようだ。

 そんな男を操ることのできる女性なのだ、なるほど、母は強し。


 まだ、“ちい坊”の面影が残る小痴楽。

 その半生記は、澤邊家のさまざまな思い出が満載。

 一之輔の本とは、相当趣は違って、落語のネタのことは、出てこない^^

 しかし、小痴楽という噺家が誕生した背景には、なかなか興味深い家族の歴史があったことが分り、彼の高座を一層楽しめることになりそうだ。

 あと一、二回、本書からご紹介するつもり。

# by kogotokoubei | 2019-11-22 12:50 | 落語の本 | Comments(2)
 柳亭小痴楽の単独での真打昇進披露興行は、都内の寄席が昨日でお開きとなり、今日は、大須で昼夜の披露目がある。

 一昨日、海老名で映画「ターミネーター ニュー・フェイト」を観たのだが、映画館に行く前に、駅前のビルにある三省堂で、柳亭小痴楽の『まくらばな』を入手。

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柳亭小痴楽著『まくらばな』

 「まくらばな」は、故人の枕元に飾る花、の意。

 15日に、国立演芸場では買わずに帰ったのだが、やはり、気になった。

 もしかすると、『宿屋の仇討』など、ネタを誰から稽古してもらったのかなども明かされているかもしれない、と思っての購入。

 たとえば、一之輔は、その著作で、昇進披露興行のネタ二十四席について、誰から稽古をつけてもらったかなども明かしていた。『一之輔、高座に粗忽の釘を打つ』については記事にしたので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年10月8日のブログ

 さて、小痴楽の『まくらばな』だが、どう形容したらいいのだろう・・・・・・。

 半生記、というには、まだ早い。

 もし、その言葉を使うなら、彼の愛称「ちい坊の半生記」、かな。

「まくらばな」というタイトルは、目次でも使われている。

第一章「ま」 前を向いて歩こう
第二章「く」 苦労は明日の夢になる
第三章「ら」 楽に生きたきゃ楽をしろ
第四章「ば」 バレても末に会わんとぞ思ふ
終章 「な」 為せば成る為さねばならぬことばかり
特別収録 澤邊家座談会 もうひとつの「まくらばな」

 まず、「ちい坊」の愛称が登場するお話からご紹介。

 終章の「鮨詰」から。

 あれは二つ目に上がって3年くらい経った時の事だ。
 地方での落語会。移動中の車の中で歌丸師匠が
ーちい坊。二つ目になって何年さ?
ー3年が終わりました。
ーそうか。じゃあ、真打まで後7年くらいはかかるなぁ。ちい坊の披露目には私はいないなぁ。
 そう言われて、思わず私は考えてしまい
ーそうですねぇ。
 と答えてしまった。すると師匠は静かに教えてくれた。
ーちい坊な? いいか? こういう時は、本当にそう思っても「そんな事ありません」って言うもんだぞ? 覚えておきなさい。
ーあ、失礼しました。そんな事ありません!
ー遅い。今の教えにそんな事ありませんって言ってるみたいになっちゃってる!良いか。ちい坊。私の目の黒いうちは絶対ちい坊を真打に上げないからな!
 そう笑ってお話をしてくれた。 去年の2018年の夏、師匠は亡くなった。 
 それから秋に真打の話が出て、暮れに昇進を決めて頂いた。 
 師匠は有言実行だ。でも、歌丸師匠には口上に居てもらいたかったなぁ。
 なかなか、楽しい逸話。

 披露目の口上でも、父五代目柳亭痴楽と前座時代からの仲間である米助や、江戸家まねき猫が言っていたが、多くの芸協の先輩が、彼の子供の頃、あるいは赤ん坊の頃から知っている。

 歌丸さんのように、ちい坊、と呼んでいる人も多いことだろう。

 そういう、あどけなさは、いまだに彼には残っているように思う。

 よって、ちい坊の半生記、ということで、あと二、三紹介するつもり。

 たしかに、今年の披露目、歌丸さんが口上に並んでいたら、どんな話をしてくれただろう、と思う。

 たらればだが、紹介した逸話を、持ち出したかもしれない。きっと、それも楽しかっただろう。


# by kogotokoubei | 2019-11-21 12:23 | 落語の本 | Comments(0)

 落語協会は、先週協会のサイトでも案内されたように、来春、次の五名が真打に昇進する。
落語協会サイトの該当ページ
 なお、たん丈は丈助、歌太郎は志う歌、市楽は玉屋柳勢に改名する。

三遊亭たん丈 2004(平成16)年入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
柳家一左   2004(平成16)年11月入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
三遊亭歌太郎 2004(平成16)年8月入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
柳亭市楽   2005(平成17)年3月入門、2008(平成20)年11月二ツ目昇進
三遊亭歌扇  2005(平成17)年8月入門、2009(平成21)年6月二ツ目昇進

 ということで、四人は二ツ目昇進時期が一緒だが、一人、歌扇のみ約半年遅れ。

 実は、この後の香盤順では、歌扇と同じ平成21年6月に二ツ目になった人が、三遊亭粋歌、柳亭市江、柳家小太郎と三人続く。

 今や、入門しても、いわゆる“待機児童”が多く、前座になるまで人によっては一年もの間が空くことを考えると、二ツ目昇進時期が同じなら同期、と考えるのが妥当だろう。

 ご存知のように、この秋は、次の四人が昇進した。

柳家わさび  2003(平成15)年11月入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
柳家小志ん  2004(平成16)年入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
古今亭ぎん志 2004(平成16)年6月入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
柳家権之助  2004(平成16)年6月入門、2008(平成20)年3月二ツ目昇進
 
 二ツ目昇進時期で、綺麗に合わせている。

 同じ基準なら、来春の昇進は、たん丈、一左、歌太郎、市楽までの四人のように思うのだよね。

 そうなれば、次の昇進は、歌扇、粋歌、市江、小太郎で、また二ツ目の同期四人が揃って昇進となる。

 歌扇が、明らかに同期より秀でていた、ということで抜擢か・・・・・・。
 そうは思えないなぁ。

 来秋は、金時の五代目金馬襲名があるから、秋の真打昇進はないだろう。

 いずれにしても、昨今は見事に香盤順の年々序列で真打昇進となっていることを考えると、この五人の昇進は、やや疑問。

 抜擢に相応しい若手がいたら、もちろん、年々序列ではなくて良いと思う。

 しかし、甲乙つけがたいのなら、ある意味で、同期の同時昇進は、基準としては明確。

 そうじゃない場合は、その理由に関する情報が欲しいのだが、今の時点では、疑問が残る。


 さて、昨日は、昼間に時間ができたので、国立演芸場の小痴楽の披露目にまた行こうかと思い会場に電話したら、満席、とのこと。松之丞が出演するからか。

 ということで、映画「ターミネーター ニュー・フェイト」を観た。
 サラ・コナーに、また会えた^^

 来年、松之丞は二月から単独で真打昇進披露がある。

 時期が少しずれたとはいえ、ある程度の期間、落語協会の五人と、芸術協会の一人の真打昇進披露興行が重なる。

 今年の落語協会の披露目は、わさびには縁がなかったが、ぎん志には行くことができた。

 来年は、歌太郎(志う歌)には行きたいと思っている。

 秋には、五代目金馬の披露目も、楽しみだ。

 そろそろ、来年のことを言っても、鬼は笑わないだろう、そんな年の瀬に向っているなぁ。

 早い、とにかく、一年が早いよ。


 
# by kogotokoubei | 2019-11-20 19:54 | 真打 | Comments(2)
 15日の真打昇進披露興行における、柳亭小痴楽の『宿屋の仇討』は、今でも、特筆すべき高座だったと思う。

 翌日の夜に書いた記事では、最後の方は両方の瞼がくっつきそうになって、詳しい設定などは割愛したが、高座の良さとは別に、舞台設定や人名について、誰に稽古してもらったのだろう、という疑問は残っていた。

 この噺は、元は上方のネタ『宿屋敵(仇)』を三代目柳家小さんが東京に移したものだが、この噺を上方で修行中に師匠二代目三木助から伝承され、さらに工夫を加えた三代目桂三木助の十八番としても有名。

 また、八代目林家正蔵もネタにしていたが、本人よりも弟子の六代目春風亭柳朝の方が、持ち味の江戸っ子の啖呵が生きていて、私も柳朝の音源は大好きだ。
 ちなみに、円生が柳朝の高座を聴いて、「師匠より、いいねぇ」と言ったことから、正蔵と円生との溝がいっそう深くなったとか、ならなかったとか。

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 興津要さんの『古典落語』では「続々」に収録されており、巻末にこのように記されている。

 原話は、天保年間ごろ(1830年代)刊の笑話本「無塩諸美味」所収の「百物語」。
 別名を「宿屋敵」「万事世話九郎」といい、本書所収のそれは、上方種のものだが、江戸のそれは、「庚申待ち」「甲子待ち」といい、馬喰町の旅籠屋で、庚申の夜に寝ると、腹中の虫が昇天し、命がうばわれるというので、寝ずにすごした「庚申待ち」の晩には、とりとめのないはなしをしているうちに、仇討さわぎがおこるという設定になっている。
 いずれにしても、過大なるじまんから生まれた悲喜劇が中心になっている点においてはかわりはないが、上方種のほうが、にぎやかでおもしろいことは否定できない。

 『庚申待ち』は、志ん生の十八番。
 
 さて、この噺、人によって、舞台設定や人名に微妙に違いがある。
 
 源兵衛の“色事師”ばなしの舞台となった場所、そして侍の名で、違いを並べてみる。

 ちなみに、元の上方版(『宿屋敵(仇)』は、三人連れは兵庫出身、源兵衛(源やん)の色事師話の舞台は高槻の城下、侍の名は小柳彦九郎で、彼の弟の名は大造。

(1)五代目柳家小さん型
   場所は、川越。侍は小柳彦九郎、弟は大五郎。

(2)三代目桂三木助型
   場所は、川越。侍は石坂段右衛門、弟は大助。

(3)八代目林家正蔵型
   場所は高崎。侍は三浦忠太夫、弟は大造。

 小痴楽は、源兵衛のおじさんの居所は高崎、その妻と弟を斬って逐電したという侍の名を、三浦忠太夫、弟を大助としていた。

 これは、三木助型と正蔵型の折衷版、と言えるかもしれない。
 しかし、多分に、正蔵型と言えるだろう。

 柳亭、という亭号は、もちろん柳家由来。
 
 場所は川越でもなく、侍が小柳でもない、というのは、若干不思議ではある。
 
 実は、同じように柳家なのに、ほぼ正蔵の型で演じた高座を経験している。

 それは、七年余り前の、喜多八の博品館での高座だった。
2012年5月17日のブログ

 小痴楽の設定、この喜多八の高座と似ている。

 この記事にいただいたコメントで、師匠小三治は、その師匠小さんの型を踏襲しているとのこと。

 では、喜多八は、なぜ、大師匠の型ではなく、正蔵の型だったのか・・・・・・。

 また、後で、六代目柳朝の音源を聴いてみると、小痴楽は、どうも、この柳朝の音源を相当聴きこんでいるような気がした。設定のみならず、細かな科白回しなども、よく似ているのだ。

 柳朝のことや、彼のこの噺のことは、六年前の命日の記事で書いた。
2013年2月7日のブログ

 いいんだよね、この人の落語。
 江戸っ子の啖呵が利いて・・・そうか、小痴楽は、もしかすると、自分の持ち味を認識し、柳朝を意識して模範としているのかもしれないなぁ。

 父五代目痴楽が、もしかして、柳朝にこの噺の稽古をしてもらっていたのか。

 あるいは、小痴楽が、喜多八から稽古してもらった?


 15日の国立演芸場で、小痴楽の著書(『まくらばな』)をサイン入りで販売していたが、帰りがけに行列で出来ていたこともあり、購入しなかった。

 もしかすると、あの本に、この疑問への答えがあるのか、どうか。

 噺本来の楽しさは、紹介したような設定や人名には関係がなく、伝わる。

 設定などより、演者によって、違ってくる。

 とはいえ、小痴楽の『宿屋の仇討』が、どんな歴史を背景にしているのか、ちょっと、気になっている。

 いずれにしても、小痴楽の本、読まなきゃならないな。

# by kogotokoubei | 2019-11-18 19:36 | 落語のネタ | Comments(2)

 昨日、なんとか、末広亭に続き国立の披露目にも行くことができた。

 先日の落語協会の披露目の日、チケットを入手していたのだ。

 
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 演芸場前に掲げられた幟は、後ろ幕と同様に二本。

 場内に入ると、開口一番時点では五割ほどの入りだったが、最終的には九割ほどになった。
 夜の部で六時開演だからね。


 後ろ幕は、末広亭と同様(当たり前か)、明星学園明星会与利。
 出演順に感想などを記す。

春風亭かけ橋『黄金の大黒』 (16分 *17:45~)
 柳橋の四番弟子。ほぼ一年前、昨年11月の末広亭以来、二度目。
 昨年の『狸の札』でも、変な癖のない高座に好感を抱いたが、この噺も、なかなか楽しかった。羽織がなくてもいいのだと知って喜ぶ長屋一同、なんと、与太郎が胴上げされている、というのは初めてかな^^

柳亭明楽『子ほめ』 (14分)
 小痴楽の弟弟子、三度目だが、ようやく『まんじゅうこわい』以外のネタを聴けた^^
 不思議な魅力のある人だ。
 「百歳だったら・・・すげぇーでしょ」と八五郎に言わせるのは可笑しい。
 兄弟子を支えるのも、あと五日。がんばれ。

桂伸三『古着買い(古手買い)』 (13分)
 この噺は、六年前に志ん輔の会でこの人の高座を聴いて以来。他の人では聴いたことがない。
 甚兵衛さんが女房に言われて、同居することになった女房の弟のために古着を買いに行くのだが、人のいい甚兵衛さんでは心持とないので、女房の言う通り、“こすっからい”熊五郎に一緒に行ってもらう、という内容。だから、『人形買い』や『壺算』に似ているし、古着屋が甚兵衛さんを馬鹿にしたのに怒って熊さんが江戸弁で啖呵を並べる場面は。『大工調べ』的でもある。 なかなか楽しい高座だった。
 四代目円遊-明治三十五(1902)年生まれ、昭和五十九(1984)年没-の十八番だったようだが、当時の芸協の大看板のネタを、こういう若手が継承するのは、実に良いことだと思う。

江戸家まねき猫 動物ものまね (14分)
 「ものまねショッピング」ということで、「ニワトリの目覚まし」や「(本当の)鳩時計」「犬の防犯システム」「猫のコンパニオン」などを披露。
 いろんな工夫で、ものまねという芸に色付けをしている努力は、評価できると思う。

桂小文治『片棒』 (20分)
 寄席で名があると、行きたくなる人の一人だ。
 金を短めに、銀をしっかりと。
 神田囃子も良かったし、ケチ兵衛人形の動きも、実に楽しい。
 銀を追い出した後、ケチ兵衛が、「あいつは、今、思いついたんじゃないよ、ずっと考えていたんだ」という科白に笑った。

桂米助『野球寝床』 (21分)
 仲入りは、小痴楽の父五代目痴楽の前座時代からの友人の、この人。
 漫談で終わるかと思ったら、ロッテのオーナーを旦那に見立て、子会社の役員や部長を長屋の店子に見立てた『寝床』を披露。
 まぁ、この人らしい、とは言えるが、言い間違え、同じセリフの繰り返し、など、どうも、連日の打ち上げの疲れがたまっているような高座^^

 一階の喫煙室で、一服。
 口上が楽しみだ。

口上 (18分)
 後ろ幕は、九月の末広亭と同様、「本寸法噺を聴く会」「町内の若い衆」「武蔵境商店連合会」「武蔵境自動車教習所」によるもの。
 下手から、司会のまねき猫、小文治、柳橋、本人、師匠の楽輔、米助。
 柳橋が、「本来は会長が来るべきですが、家庭の事情で」で客席から笑い。
 末広亭では聞けなかった師匠楽輔の話で笑った。
 その内容に末広亭の席亭のことがあり、なるほど、あの席にいなかったわけだ、と納得。
 内容は、秘密^^
 全般的に、皆が父を知っており、中には生まれた時から言っている米助などもいるわけで、身内のやんちゃ坊主が、ここまでになった、これからもよろしく、という感じの口上。
 アットホーム、という形容があてはまりそうだ。

春風亭柳橋『やかん』 (14分)
 九月の末広亭と同じネタ。
 それでも、こういう達者な人の、こういうネタ、大好きだ。

柳亭楽輔 漫談(『痴楽伝説』) (12分)
 小痴楽のこと、その父五代目痴楽の思い出から、師匠の四代目痴楽の思い出や、十八番ネタのことへ。
 客席で『綴り方教室』や『恋の山の手線』を知っているのは、半数位だったかな^^

東京ボーイズ ボーイズ (12分)
 なぞかけ問答、大好きだ。
 小痴楽の時間をつくるため、やや唐突なサゲだったが、これもやむなし。

柳亭小痴楽『宿屋の仇討』 (45分 *~21:25)
 短いマクラから、「旅のお噺で」と、本編へ。
 とはいえ、そのマクラも、楽しかった。
 松之丞や鯉八と、ベトナム旅行をした時、松之丞が、どこに行っても「Wi-Fi飛んでる?」と」言っていたが、本人は、そういう現代的な機器には縁がなく、「何言ってんだ、この野郎!」といったような、お話^^
 そして、本編・・・正直言って、驚いた高座。
 三代目桂三木助版が土台にあるのだろうと思うが、父の十八番でもあったのかもしれないい。
 とにかく、難しい噺だ。
 登場人物が多いし、スピーディーに場面展開をする必要もある。
 前半は、源ちゃんたち“始終三人”の江戸っ子の神奈川の宿屋での騒ぎぶりがヤマの一つ。
 三人組の場面も、芸者を呼んでのどんちゃん騒ぎ→寝床に入ってからの相撲→源ちゃんの色事師話、と色合いを替えて演出する必要がある。
 そして、江戸っ子三人と万事世話九郎の部屋を何度も行ったり来たりする伊八も大事な脇役。
 また、サゲで落差をつけるには、侍の万事世話九郎をいかに凛々しい、また怖い存在に描くかも大事。
 それぞれの噺の勘所を、小痴楽は、しっかり押さえていた。
 また、下手に演じるとダレる場面展開だが、小痴楽、三人組の騒ぎでの手拍子→世話九郎が伊八を呼ぶ手、と三度見事につないでくれた。
 また、相撲で世話九郎から苦情が出てやって来た時の三人組は、言葉を発せず、手振りと表情だけで、伊八とやりとりする様子で、笑わせた。
 三人組の相撲のせいで世話九郎に呼ばれた伊八が世話九郎に「たった今、捨衣(すてごろも)が三連勝しました」なんて言う科白も、なんとも楽しい。
 サゲ近く、伊八に「明朝、街はずれで出会い仇ということで・・・お連れの方が助太刀するのはかまわないとのことです」と言うと、連れの二人が「しない、しない」と返すのも可笑しい。三木助の工夫らしいが、しっかり、踏襲していた。
 小痴楽の持ち味である江戸っ子の啖呵、象徴的なのは、「(な)ぁによっ!」の科白などが、まさに江戸っ子三人組にお生きているし、予想以上に、世話九郎の貫禄もある。
 伊八が振り回される姿は、この人の本来の個性(?)にぴったりか^^
 この噺では、当代では筆頭か、とまで思わせた高座。
 もちろん、今年のマイベスト十席候補だ。


 真打昇進披露興行で、二度来たのは、一之輔以来。
 来た甲斐が、あった。

 この人、今後どうなるのだろうか。

 なんとも、楽しみでならない。
# by kogotokoubei | 2019-11-16 23:18 | 寄席・落語会 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛