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噺の話

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2019年 11月 01日 ( 1 )

 三位決定戦、ニュージーランド、やはり強かった。

 ノーサイド後の、アラン・ウィン・ジョーンズとキアラン・リード、そして、それぞれのヘッドコーチ、ハンセンとガットランドへのインタビューは、感慨深かったなぁ。

 余韻を楽しむ両チームの選手たち。なかには、子供と一緒の姿も、微笑ましい。

 さて、落語のこと。

 十月は、毎年のことなのだが、いろいろとあって、なかなか落語会や寄席に行けない。
 今年もそうだったが、なんとか、後始末を含めて、少し落ち着いた。

 昨日は、午後から時間ができたので、久しぶりに末広亭へ。
 なんとか、晦日に落語を聴くことができた。

 余一会の夜の部が、この二人会。
 二席目、市馬『穴泥』、三三『居残り佐平次』は、ネタ出しされていた。

 実は、昨日、もし丸一日休めれば、昼の部の一朝・一之輔親子会に行こうと思っていたのだが、午前中はどうしても野暮用があり、だめだった。

 とはいえ、三三を久しぶりに聴きたかった。

 また、市馬は、落語協会会長になってから、ホームページの問題の責任者として快く思えなかったのでしばらく避けていたが、たまに寄席で高座に接すると、やはり達者。あくまで一人の噺家として、市馬の高座も聴きたい思いがあり、楽しみにしていた。

 事前に電話したところ、早めに行けば、前売りの一階椅子の指定席の残りを買うこともできるかもしれない、とのことで午後3時頃に行って、後ろから二列目の席を確保。

 近くの喫茶店で、読みかけの本(野口卓著『軍鶏侍』第四巻)をめくっていたら、あっと言う間に開演時間が迫ってきた。

 今、このシリーズにはまっている^^

 開演10分前に会場に入る。一階椅子席はほぼ満席。当日売りの桟敷も九割がた埋まっている。最終的には二階も開いたようだ。

 出演順に感想などを記す。

柳亭市朗『転失気』 (15分 *17:00~)
 二年前の六月、ざま昼席落語会以来。
 きつい言い方になるが、あまり進歩を感じない。口舌がはっきりせず、科白を飲み込むのが、気になる。冒頭で和尚が珍念を呼ぶと「へぇ~っ」の返事を長々と続けて「廊下が長いので」と受けを狙うのも、私は感心しない。和尚が侍のような口調。
 まだまだ、精進していただきましょう。

柳亭市楽『お血脈』 (17分)
 この人の前名が、市朗だった。
 来年三月の真打昇進を機に、六代目玉屋柳勢を襲名するとのこと。へぇー、知らなかった。花火の玉屋と流星との洒落からきた名。少し調べたが、先代たちは、詳細が分らない人が多い。本当に六代目かどうかも怪しいのだが、ま、古い名跡の復活を喜ぶとしよう。
 本人いわく、この名、三三や一之輔も勧められたが、断ったらしい。
 三三が、後で語っていたが、昼の部との入れ替えで三人が出会い、結構、この名のことで盛り上がっていたようだ。
 さて、高座のこと。
 最近、宝塚にはまっているなども含むマクラからこの噺へ。
 地噺で、いろいろオリジナルのクスグリを入れることができるネタ。
 市楽も、閻魔大王が「石川(五衛門)を呼べ!」と言うのに対し「今、我泣き濡れて蟹とたわむれています」「それは、啄木じゃ」とか、「津軽海峡冬景色」「それは、さゆりじゃ」、「まちぶせ」「それは、ひとみじゃ!好きなのか?」なんて答えで客席も少しは沸いたが、全体としては、今ひとつの盛り上がり。
 というか、気持ちが先走っていて、少し、落ち着かない高座。
 私は、前座の市朗の頃、この人に大きく期待していた。
 明るい、スケールの大きな噺家さんになって欲しい、と今でも思っている。
 襲名を機に、ぜひ、復活した名跡を広めて欲しいものだ。

柳家三三『金明竹』 (33分)
 短いマクラから本編へ。
 この人は、ずいぶん前から、老け役(?)は得意で、この噺の主人などは、まさにニンである。
 柳家なので、与太郎ではなく、松公だ。
 いわゆる「骨皮」からのフルバージョンを、実に楽しく聴かせてくれた。
 程よく、オリジナルのクスグリも交え、笑わせる。
 「猫も驚く」「キャット!」なんてのも妙に可笑しいし、叱っては何度も奥に入る旦那に、「そんなに心配なら、奥に行かなきゃいいのに」と松公に言わせるのも、聴く者の心持を代弁していて、頷きながら笑っていた。
 上方の男の科白も、少しづつスピードとメリハリの付け方を変えて四度。三度目には、客席から拍手あり。
 十分に伏線を張って、最後の女房の頓珍漢な話につながる。
 ここでも、工夫がいくつか。
 前半、貸し猫の断りの科白「どこかで海老のしっぽでも食べたのでしょう」を旦那のことに置き換えたわけだが、この海老が一つのアクセントをなって、適度に挟まれる。たとえば、兵庫の坊主の屏風の奥に、海老の山、なんてね。また、開口一番のネタを取り込んで、「兵庫の坊主が、転失気がないとかあるとか」でも大笑い。
 こういった当意即妙な演出は、間違えると、噺のリズムを壊すことがあるが、そこは三三である。噺の骨格をしっかり保持して、鮮やかに「今」を取り込む。
 この噺は、前座噺と言われるが、そう簡単ではない。それは、私が仲間内の余興で演じて、よく分かっている^^
 『道灌』などと同じで、真打が挑むに足る噺だと思う。
 演者によって、まったく出来栄えは違うわけで、三三の高座は、楽屋の前座、二ツ目にとっては、まさに良いお手本だったと思う。

柳亭市馬『松曳き』 (27分)
 三三の高座での客席の盛り上がりを受けて、「前座の頃は、こんな器用な噺家さんになるとは思わなかった」と振り返る。
 また、かつては、楽屋にうるさ型がいて、『短命』や『町内の若い衆』などは、昼からかけるネタではないとか、彦六の口真似で「噺ってぇには、二、三度、くすっと笑わせればいいんです」と言われたと回想。
 以前にも聞いたことのある、師匠小さんの昭和天皇の園遊会の話も、客席の高齢のお客さんには嬉しかったと思う。
 仲入り後に登場する、アサダ二世のことも、持ち上げる。
 今年師走で五十八歳か。伝統というものへの、強い意識を感じた。
 また、その昔の師匠たちの思い出を語れる人も少なくなってきたことを考えると、なるほど、小三治が会長職を任命したのも、分らないではない。
 ネタは、この人の寄席の十八番、悪かろうはずはない。

 ここで、仲入り。

 一服してトイレに行く際に二階を見ると、前の方にお客さん。
 一階は椅子席も桟敷も、ほぼ満席だった。
 さて、後半。

アサダ二世 奇術 (17分)
 緞帳が上がると、下手に椅子に座った下座さん。後で、あや(綾?)さんと判明。
 初めて見る光景。
 アサダ二世が登場し、下座さんが、どんなふうに合わせるかを見てもらいたくて、とのこと。なかなか、結構な趣向じゃないか。
 いつものように、紐の芸で、何度も始めようとして話に戻るのを、あやさんが、見事に合わせるのを、見ることができた。
 あやさんが楽屋に下がってから、師匠アダチ龍光譲りの「パン時計」を披露。
 見た目より若く、まだ七十一歳。今後も落語協会の寄席で欠かせない人で、長生きをして欲しい。
 
柳亭市馬『穴泥』 (25分)
 アサダ二世の芸を振り返り、「楽屋は、明日トーストです」で笑わせる。ああいう人こそ人間国宝に、で客席から拍手。そんなマクラを短くふって本編へ。
 この噺で思い出すのは、まず、三代目春風亭柳好の、亡くなる直前のネタだったこと。昭和31(1956)年3月14日に、専属だったラジオ東京(現在のTBS)のスタジオでこの噺を収録し、その後に向かった鈴本で脳溢血で倒れ、その夜に亡くなっている。翌日の追悼番組の中で、前日の高座が放送された。
 七年前の命日に、その音源を含むCDのことで記事を書いた。
2012年3月14日のブログ
 あら、あのCD、ほかに『居残り佐平次』も収録されている。偶然なのか、この会、三代目柳好トリビュートか^^
 市馬の師匠五代目小さんの音源は、私のお気に入りで、携帯音楽プレーヤーの定番。末広亭に向う電車の中でも、聞いていた。
 さて、師匠にどこまで迫ることができたのか。
 内容は、ほぼ師匠と同じだ。
 場面ごとに、市馬の高座を振り返りたい。まず、次のような構成。

 (1)貧乏夫婦の家庭、暮れを乗り切るには三両必要なのだが、気の弱い夫があちこち回ったものの、
  どうにも算段できずに帰宅。女房に罵倒され、三両つくるまで帰るな、と家を追い出された。
 (2)また、何軒か訪ねたが、どうしても工面ができず、さまよい歩いて着いたのが花川戸の河岸。
 (3)何の商売か分らないが、商家の木戸から若い者が出て来て、どうも吉原に遊びに出たようだ
 (4)その木戸が開いていたので、物騒だなぁ注意してやろう、と忍び入ってしまった。
 (5)何かの祝い事の後のようだが、お膳が片付いていないから、残り物を飲み、食べる
 (6)赤ん坊が現われて、あやしているうちに、穴蔵に落ちる
 (7)家の主が、気がつき、鳶頭(かしら)のところへ助けを求めに行ったが、鳶頭は留守で、
  たまたま留守番をしていた居候の男がやって来る
 (8)主人に穴蔵に落ちた泥棒を引き上げてくれと言われた男だが、酔った泥棒の言葉で怖気づく。
  主人からの礼金が次第に上がっていき、三両となって、泥棒の言葉でサゲ

 (1)では、何と言っても、女房の啖呵が聞かせどころ。男じゃなくて。
  市馬の女房の「おまえさんのようなのは、豆腐の角で頭打って死んじまいな」の科白、亭主には効いたねぇ^^
 (2)では、師匠と同じように、百本杭に出て、釣り人とのやりとりが挟まれていた。
 興津要さんは『古典落語』(大尾)のこの噺の解説で、この場面、あの鼻の円遊の速記では、両国橋の欄干から見る河蒸気などの情景を挟んで膨らませて「明治の東京風物詩」をうたいあげていたことを評価していた。あと10分ほど足した長講で、そういった演出があっても良いだろうは思う。
 (3)(4)で分るように、この男、根っからの泥棒ではない。
 しかし、(5)の場面では、腹も減っていて、目の前にご馳走の残り物、つい、手を出してしまう。よって、家宅侵入と無銭飲食には該当するかな。市馬が酒を飲み、鯛の塩焼きを食べる場面、腹がグーと、なりそうだった^^
 また、この場面では、恐い女房も、結婚したばかりのことは、ああじゃなかった、という独り言が入るのだが、「あなた、から、おまえさん、今じゃ、おいって言いやがる」というぼやきが、可笑しい。
 私が好きなのは、(6)で、赤ん坊をあやしている場面。
 師匠小さんの音源も良いのだが、市馬も「あんよは上手、転ぶはおへた」と、好好爺ぶりが微笑ましい。
 (7)では、鬼のせいじが、力自慢をする場面が、可笑しい。尻にひょっとことおかめの彫り物、想像するだけで笑える。
 (8)は、その鬼のせいじと、下の穴蔵にいる男とのやりとりで、鬼のせいじが、だんだん心細くなっていく件(くだり)が楽しい。泥棒が、股間にぶら下がる、玉を取る、などと言い、怖気づく男の姿が、可笑しい。

 つい、なりゆきで泥棒になってしまう男の哀れさと、酒を飲んでからの変貌ぶりは、『らくだ』の屑屋さんにも共通する一面がある。
 そういった人間の性が、途中の赤ん坊とのやりとりというほのぼのとした情景も挟んで、しっかり描かれていた。やはり、この人、うまい。
 師匠の十八番を継承する高座、今年のマイベスト十席候補とする。

柳家三三『居残り佐平次』 (51分 *~20:22)
 花魁による客の上下、というマクラから本編へ。ちなみに、上は来ず、というのは、来ないで必要な時に金だけ届けてくれる客が一番、ということ。そりゃぁ、いい客だ^^
 四人の男が佐平次に呼ばれるところから始まる。主人公の名前は、最初に明らかになる。
 品川の大見世に入る前の若い衆(喜助)とのやりとりは、割愛。これも、ありだな。
 一席目『金明竹』の主人役とは大きく変わり、若々しい佐平次が躍動する。とても、療養が必要とは思えない^^
 前半の聞かせどころは、佐平次と喜助とのやりとり。
 五人でさんざん遊んだ翌朝、喜助に直すといって酒を飲んでお迎えの酒を飲んで人眠りして喜助に起こされ、勘定と言われ喜助を騙す場面の科白のリズムが、良い。
 「もうじき、ゆうべの四人(よったり)がやって来る。あそびをして裏をかえさないのはお客の恥、なじみをつけさせるないのは花魁の腕のにぶい位は心得ている連中だから・・・・・・」という、落語でしか聞けそうにない科白が、なんとも良いのだ。
「そんな野暮なこっちゃ、気の利く、いい腕前の若い衆にはなれないよ」なんて佐平次の科白も、喜助を惑わせる。
 しかし、来るはずだった四人が来なかったとなると、喜助も、馬鹿じゃあない。
 勘定は・・・払えない、と聞いて喜助は真っ青。口あんぐり。
 仲間を呼び出して、その中の先輩格が強面で佐平次に迫ると、「よう、音羽や!」と、なんとも軽妙な受け流しに、若い衆たちも拍子抜けの体。
 蒲団部屋を根城に居残ってからのヤマは、紅梅さんのいい人、勝っあんとのやりとり。このやりとりの間に、佐平次は、結構飲むねぇ^^
 ♪浮名立ちゃ それも困るが世間の人に 知らせないのも惜しい仲
 なんて都々逸まで挟んで、紅梅の勝っあんへの惚れ具合を創作するなんてぇのは、そう誰でもできることではない。凄いのだよ、佐平次は。
 昼の暇な時間には、女の子たちの繕い物をしてあげたり、手紙を書いてあげたり、小咄まで披露する佐平次。この小咄が、○○や△△より面白い、というクスグリの噺家の名前は、秘密。
 気配りと如才なさ、そして、噺のうまい“居残り”に座敷がかかるのも当然だ。
 宴会で“にわとり踊り”をするくらいは当然のこと、とっておきの“忠臣蔵の新演出”まで、披露する。
 これは、大がかりだ。見世の外に出てする余興だから。設定は、電灯が普及している時代。これ以上は、どんな芸か、ご推察のほどを。
 だんだん、佐平次の衣装も派手になり、ついに、♪俵星玄蕃を歌う時の、市馬の衣装のようになった、というから可笑しい。
 若い衆たちの実入りが減って、彼らが注進したため主人に呼ばれた佐平次。
 勘定はいつでもいいから、ひとまず家に帰ってくれと言われたが、一歩外に出るとお縄にかかる身、と佐平次。主人とのやりとりの中に、白浪五人男の稲瀬川の勢ぞろいの場、忠信利平の科白も挟んだ。ちなみに、初代小せんのこの演出については、以前記事を書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2014年1月23日のブログ
 サゲは、オリジナルではなく、主人が仏のような人と言われている、ということを伏線にした、創作。後で確認すると、師匠譲りのサゲだ。
 中年の病身ではない、この人らしい若々しい佐平次が躍動する高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 やはり、落語はいいなぁ、と思いながら帰途についた。

 さぁ、もう十一月。

 早い早い、今年も暮れるぞう。
by kogotokoubei | 2019-11-01 20:45 | 寄席・落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛