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噺の話

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2019年 06月 10日 ( 1 )

 昨日は、雨で日曜恒例のテニスが休み。

 ということで、事前に電話して空席ありを確認し、むかし家今松が主任の国立へ。
 九月の独演会は、大学同期との旅行に重なり行けないので、なんとか行きたかったのだ。雨のおかげだ。
 
 とはいえ、今思うと、出かける時にはほとんど雨が止んでいたのが、吉兆だったかな。

 演芸場の前には、開場40周年の幟。

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 演芸資料館では、40周年記念のさまざまな懐かしい資料の展示があった。
 撮影禁止で、ご紹介できないのが、残念。

 国立演芸場開場40周年記念「国立演芸場40年の歩み」は、7月21日まで開催とのこと。
国立演芸場サイトの該当ページ

 電話で確認した通り、たしかに当日券があった。

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 5月15日の四代目圓歌襲名披露興行では、当日券なしで満席だったことを思い出す。

 先にチケットを確保。なんと4列目の中央当りの席がポカっと空いていた。
 近くで、昼食をとって、会場へ。

 入りは、五割ほどだったろうか。
 雨とはいえ、日曜の昼席であることを考えると、なんとも寂しい。

 私の席の近くに、どこかの学校の同窓会を兼ねてお集まりになったと思しき団体さん。 
 今松にご縁のある人たちか。
 松戸出身で昭和20年生れの今松。年齢も近いような気がする。違うかもしれない。
 終演後は、どこかで食事会なのだろう。落語会で集合なんて、なかなか洒落た同窓会ではないか。

 さて、開口一番から順に、感想などを記す。

柳家小ごと『道具屋』 (13分 *12;46~)
 初。一琴の弟子。だから、小三治の孫弟子。
 丸顔でやや太った姿に、やなぎの前座時代(さん坊)を前座の時に聴いた頃を思い出した。
 やや怖い見た目なのは、緊張のせいもあるか。
 与太郎が、鼠の山葵おろしでの退治の仕方や、鯉の捕獲方法を叔父さんに伝授する場面を含め、なかなかしっかりした高座で、今後も期待したい。

初音家左吉『家見舞』 (17分)
 九月の真打昇進が近づいてきた。髪型は、いつものように、しん平に似たリーゼント的。結構、スタイルには執着しているのだろう。
 高座のほうは、二ツ目としては水準は超えていると思うが、どうも後味が悪い。
 兄ぃの家に着く前に、やはり、この甕は洗って欲しい。運んでいきなり水を張ってはいけないでしょう^^
 たとえば、この日の主任の今松のこの噺は、実に楽しいし、後味も良い。見習って欲しいものだ。
 また、この人は、どんんば噺を自分の“売り”にしていこうとしているのだろう。
 何度か聴いているが、つかみどころがない、という印象。
 真打となる以上、何か自分の十八番を見つけ出して欲しい。

古今亭菊志ん『野ざらし』 (16分)
 久しぶりだ。2014年10月の鈴本での『五目講釈』以来。
 末広亭で名づけされた日に行っても、代演だったことが、たぶん二度あったはず。
 菊朗時代から好きな人で、円菊門下の、菊之丞、菊志ん、文菊の若手トリオが、将来の東京落語界で重要な存在になると思っている。
 さて、この高座も実に良かった。この噺の手本と言えるだろう、春風亭柳好と春風亭柳枝の良いところを、上手に融合させたような構成。
 たとえば、菊志んは、釣りの場所を向島としていたが、柳好は、最初は三囲辺り、そこから鐘ヶ淵まで移動しても駄目だった、と言っている。柳枝が、向島としている。
 また、鐘の音の演じ分けは、柳好。
 もちろん、この噺を滑稽噺と仕立てた初代円遊の型が、そもそもの土台であることは言うませもない。
 途中、この人ならではのクスグリが、適度に効いている。
 「ドクロ? あぁ、野菜か果物がわからねぇやつ」「そりゃぁ、ザクロだ!」なんてのが可笑しい。
 柳好版のように、鐘の音の違いを演じわける場面も、楽しいし、♪サイサイ節もしっかり。
 妄想場面で、近くで見ている釣り人が「とうとう、寸劇が始まりましたよ」なんて科白にも、笑った。
 その妄想、向島のコツが夜に八五郎の長屋にやってきて、浮気をしたら嫌だよ、とつねったりくすぐったりの場面、「ツネツネ」「コチョコチョ」の掛け合い、持ち味の豊かな表情が生きる。
 川に落ちて上がってきたところでサゲたが、いつか通しで聴きたいものだ。
 さすがの菊志ん、と久しぶりの高座を満喫。
 寄席の逸品賞候補として色をつけておく。

アサダ二世 奇術 (17分)
 「時間調整しなくてはいけない」と話しながら、芸をしようとしてマイクに戻る語りと、赤いスカーフ→紐→トランプ、は5月15日とほぼ同じ。
 トランプの風船のネタでは、最前列下手のご家族連れがお手伝い。小学校四年生の少年の将来が楽しみだ。
 先月との違いは、右手人差し指に傷テープが巻かれており、「猫にひっかかれまして」というところ^^
 71歳、まだまだ落語協会の色物で、この方には頑張っていただきたい。

五明楼玉の輔『宗論』 (18分)
 マクラが7分ほどあったから、ネタは十分程度。
 この人の十八番の一つで、近くの席の同窓会と思しき団体さんは大笑いして、賛美歌まで一緒に口ずさんでいる方がいたが、私はあまり笑えなかった。
 どうも、相性が悪いのだ。
 定番のマクラも、そろそろ飽きてきた。マンネリは磨かれて一つの芸になることもあるが、「またか・・・・・・」と思わせるマクラには、そんな可能性はありえないだろう。

柳亭小燕枝『禁酒番屋』 (22分)
 仲入りは、この人。前日には、今松休演でトリも務めている。
 楽しみだった一人なのだが、残念。
 左吉の『家見舞』が出ていることを考えると、このネタの選択には疑問。
 また、この人にニンな噺とも思えない。

 さて、後半。

ニックス 漫才 (16分)
 妹が小池ゆる子という旅館の女将、姉が客、という設定のコント(?)は、初めて。
 最初の頃から、次第にこの人たちとの相性の悪さがなくなってきた。
 以前気になっていた不自然な間が、妹の「そうでしたか」の科白で解消されていることもあるか。

柳亭左龍『鹿政談』 (20分)
 『英会話』が二度続いていたので、久しぶりのこの人の古典を聴くことができた。
 マクラで、しっかりと江戸、京都、奈良の名物を紹介。
 左龍とは少し違うと思うが、米朝の音源からご紹介。
  江戸名物:武士、鰹、大名小路、生鰯、茶店、紫、火消、錦絵
       (伊勢屋稲荷に犬のクソ、をあえて入れないところが米朝^^)
  京都名物:水、壬生菜、女、羽二重、御簾屋針(みっしゃばり)、寺に織屋に人形、焼物
  奈良名物:大仏に、鹿の巻筆、霰(あられ)酒、春日灯篭、町の早起き

 この「早起き」の由来を、左龍もしっかり押さえておいて本編へ。
 お白州で奉行(松野河内守としていた)が、なんとか情けをかけてやろうとして「六十三では、見間違いなどもあろうに」などとふっているのに、正直者の六兵衛さん、耳も目もしっかりしていて、ここ三年風邪もひかない、と答える。
 「元は奈良の生まれではなかろう」と言われても「いえ、三代続く奈良の者で」と、せっかくの奉行も、かたなし。
 奉行、「これは鹿ではなく、赤犬ではないか」と言って、目付の塚原出雲に尋ねる。 出雲が「いえ、鹿に相違ございません」と答えるのに対して奉行、「いや、鹿には角があるが、ないではないか」と言うと、出雲が奉行を馬鹿にするように「鹿は毎年春、若葉を食しますために弱って角を落とします。これを落とし角と申し」という言葉をさえぎり、「そんなことは分かっている」と、奉行が出雲への反撃開始。
 出雲が鹿の餌料を横領していることを突きつけ、そちらの裁きを先にしようか、と言う。苦りきった表情の出雲。あらためて奉行から「これは犬ではないか」と問われ、出雲も興福寺の了全も、そして、同心たちも鹿を「犬でございます」と「忖度」して、六兵衛さん、事なきを得る。
 よく考えると、長いものに巻かれる噺では、ある^^
 左龍の丁寧な語り口は歯切れ良く、お白州での奉行を演じる眼力の演技も結構。
 この人にはニンな噺だと思う。
 こちらも、寄席の逸品賞候補として色を付けておく。
 
柳家小菊 俗曲 (14分)
 三部作♪「への八番」、も、♪「チャッキリ節」も良かったが、小唄♪「気前が良くて」も結構でした。
 ♪気前が良くて男前 たんとお宝持っていて 私を優しくしてくれて
  乙な小唄も唄えるような そんなお方はいないかえ   まず少ないねえ
 そりゃ、少ないだろう^^
 ♪「品川甚句」で締める前、「何かリクエストはありませんか、ありませんね」と言いかけて、客席から「烏、正夢」との声。
 「あら、明烏後正夢ですか、よくご存知ですね。でも、あれは時間がかかりますから、別の機会に。それにしても、ご通家の方がいらっしゃるから気が抜けないわ」と、師匠紫朝から最初に習った新内であると語る。
 持ち時間からしても、小菊のいつもの芸から考えても、到底リクエストに応えることはないと知りながらの掛け声だったとは思うが、小菊は嬉しかったのではなかろうか。

むかし家今松『柳田格之進』 (40分 *~16:21)
 最近の事件のことなどにふれ、世の中は欲と嫉妬などと言いますが、欲望だらけのトランプ、なんて言葉が出てくるのが、嬉しい。まるで政権御用達と化した大阪の某芸能プロダクションの芸人とは、了見が違うのだ。
 そんな欲と嫉妬の世の中にも、昔は清廉潔白な武士がいて、と本編へ。
 私は心の中で、「えっ、柳田!?」と叫んでいた。もちろん、嬉しさの叫び。
 元は講釈ネタで、明治の前半に活躍した三代目春風亭柳枝が得意とした、とされる。
 しかし、今に残る噺は、何と言っても、古今亭志ん生が元と言って良いだろう。
 その筋書きは、志ん生と志ん朝の型と、師匠馬生(金原亭)の型では、いろいろと違いがあるが、もちろん、今松は馬生の型。
 さて、今松のその高座、まず主役の格之進の紹介。彦根の城主井伊氏の家来で、その真っ正直さが疎まれて浪人の身となった男。文武両道に優れているが、あまりに正直で潔癖すぎて、他の者が受け取る商人たちからの付け届けも一切断る。そうなると、周囲の者からは疎まれ、讒言のために浪人の身に。娘のおきぬと江戸に出て、浅草阿部川町の裏店に逼塞している。
 このあたりのプロローグ、よどみなく、過不足なく語ってくれた。
 毎日家にこもる父を見て、おきぬが気晴らしに碁でも打ってきては、と勧められ碁会所へ行き、馬道一丁目の両替商、万屋源兵衛と知り合う。碁の腕前も同じ位で、二人は親しくなっていく。
 ある日、碁会所がいっぱいの人で碁盤が埋まっていて、源兵衛は、「どうです、うちにお越しいただけませんか」と誘ってから、格之進の万屋通いが始まる。
 碁を打った後には、酒肴が提供されるのを、潔癖な格之進が、これではいかん、と万屋へ行かずに家にいると、丁稚が迎えに来る。つい、誘いに乗ってしまい、後日世に出た時に返そう、と思い直し、格之進と源兵衛との交流が続く。
 今松、この二人の描き方も、的確。
 さて時は過ぎて中秋の名月、月見の宴に誘われて、格之進は万屋へ。そして、あの事件が起こった。二人が碁に夢中になっている時に、小梅の水戸様からの五十両を番頭の徳兵衛が源兵衛に渡したのだが、それが見あたらなくなったのだ。
 余談だが、『文七元結』といいこの噺をいい、五十両となれば、“小梅の水戸様”なのである。
 さて、徳兵衛は、「もしや、柳田様が」と言うが、源兵衛は「馬鹿なことを言うものではない。柳田様はそんなお方ではない。もし万が一そうであったとしても、私はいずれ何がしかをお渡ししたいと思っていたんだ。五十両は私の小遣いにつけて、忘れなさい」と言う。源兵衛が、どれほど格之進という人間の清廉潔白さを尊敬していたかが分かる言葉。
 しかし、徳兵衛としては、一番番頭である自分より、一浪人を信じる主人への不満もあるし、なにしろ大金である。翌日、柳田の裏長屋へ出向いて、「もしや、柳田様、あの五十両のことをご存知では」と言うと、格之進「疑っておるのか、まったく見覚えがない」と答えるのだが、奉行所に届けると聞くと、格之進、「濡れ衣ではあるが、疑われたのは自分の不徳」と、明日五十両渡すと約束し、徳兵衛を帰す。
 このあたりの徳兵衛の姿は、師匠が演じるほど伝法ではなく、今松は、やや軽妙な味つけで描いた。それも悪くない。
 格之進、おきぬを叔母の家に使いに出して、その後切腹する覚悟。しかし、おきぬは父の心情を読み取る。
 前半の山場は、この父娘の会話だろう。
 今松、淡々としていながらも、おきぬの武士の娘としての凛とした姿を描いてくれた。
 吉原に身売りをして得たのが、百両。なにかと差し引いて、残った五十両を徳兵衛に渡し、格之進が「見覚えのないこと、後日、その金がよそから出てきたら、どうする」の問いに、そんなはずはないと思い込む徳兵衛が、自分の首と、主人源兵衛の首も差し出しましょう、と返事。この徳兵衛のこの場面の軽妙さも、この噺のアクセントとして活きる。
 そうこうするうちに、十二月十三日の煤掃きとなった。師匠馬生、私の持っている音源では日をはっきり定めない。志ん朝は二十八日としている。十三日が正しい。さすがの今松。
 源兵衛と格之進が碁の対局でいつも使っていた部屋の額縁の裏から、小僧が五十両を発見。源兵衛は番頭以下店の者に、長屋から姿を消した格之進を探させる。褒美に三両となれば、皆が朝から「柳田様を捜しにまいります」と堂々と外出し、中にはどこかでさぼっている者も、というのは、小僧、手代たちとしては、ありえることだ。もちろん、なんとか必死で探す者もいただろう。一番番頭がいなくなれば、順送りで上に行けるのだから。
 後半の最初の山場は、湯島切通しの場。
 今松は、事件の次の年も過ぎ、また正月が明けた四日、と設定。これは、師匠も翌年としていたので、今松の工夫だろう。たしかに、帰参がかなって、なおかつ、おきぬを身請けしてから湯島の場面という筋書きなので、事件の翌年の正月では、早すぎるかもしれない。このあたりは理にかなっている。
 頭と一緒に年賀の挨拶の途中で湯島天神にさしかかった徳兵衛が、降り始めた雪の中でふとすれ違ったのが、豪華な煤竹羅紗の合羽を羽織った立派な身なりの侍。何と江戸留守居役として帰参がかなった格之進であった。
 格之進が、すれ違いざまに徳兵衛に気づき、
「失礼だが、徳兵衛殿ではござらぬか」
「おっしゃる通り、万屋の徳兵衛でございますが、どちらのお侍さんでございましょうか」
「柳田格之進だ」
 で、徳兵衛の顔が青ざめる。
 湯島天神境内のお留守居茶屋で、徳兵衛から五十両が見つかったと聞いた格之進、徳兵衛に「明日、二人の首をいただきに、うかがう」と言い放つ。すぐ退散する徳兵衛。
 さて、最後の山場。
 志ん生・志ん朝では、翌日、主の源兵衛は、使いに行けと徳兵衛を外出させて格之進を迎える、としている。しかし、徳兵衛は出かけずに格之進と源兵衛の会話に聞き耳を立て、源兵衛が自分を助けようとしたことが分かり、思い余って登場、という筋書き。
 馬生型である今松は、二人が一緒に揃って柳田迎えると設定。
 きっと、使いに出そうとするが残っていた徳兵衛、という設定は割愛できる、との判断だろう。
 さて、主従揃っているところに登場した格之進。あの五十両は、娘が吉原に身を沈めて作った金。帰参かなって身請けして家にいるが、衰弱し、まるで老婆のような姿・・・と告白する。ここも、馬生型。やや、聴いていて辛いおきぬの後日談、ではある。
 源兵衛が、「どうか徳兵衛を助けていただき私の首を討ってください」と言うのを聞いて、「とんでもない、旦那様は柳田様はそんなことをする人ではない、と止めるのを聞かず、私が勝手にやったこと。どうか私をお斬りください」と徳兵衛は頭を下げる。
 格之進は、主従の思いを聞いて逡巡し、結果、二人を斬ることはなく、碁盤を真っ二つ。
「柳田勘忍袋の一席」でサゲた。
 馬生の型は、父や弟のように、源兵衛が柳田に助けられてから、おきぬを身請けし、徳兵衛とおきぬが所帯を持つとか、その子が柳田の家を継ぐという設定ではない。
 ハッピーエンドにはならないが、今松の高座、決して、暗い後味はない。それは、今松という噺家さんの持ち味が成せるものだろう。聴いていて、じんわりと瞼が濡れてきた。
 決して大袈裟な表現手法を取らないのだが、登場人物の内面がずしっとした重みで聴く者に伝わるのが、今松落語の真骨頂なのだと思う。
 師匠の型を踏襲しながらも、語り口、人物描写には、今松ならではの丁寧さ、気配りが見受けられた絶品の高座。今年のマイベスト十席候補とする。


 外に出ると、雨。とはいえ、それほど強くは降っていない。
 豪雨被害などは困るが、ほどほどの雨は作物が育つには必要。

 加えて、落語を楽しむこともできる^^

 今松の高座の余韻を楽しみながら、帰路についた。

 帰宅して、記事を書き始めたが、一杯やりながら、サッカーの久保君デビューを見ているうちに、瞼が重くなってきた。到底、その日のうちに書き終えることはできないのであった。

 居残り会では、「記事が長い!」とのご指摘をしばしば受けるのだが、良い高座に巡り合うと、つい、長くなってしまう。ご容赦のほどを^^

by kogotokoubei | 2019-06-10 20:54 | 寄席・落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛