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噺の話

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2019年 05月 13日 ( 1 )

2019年5月、テニス合宿(2)

 さて、二日目。

 朝食をとってから、まずは、昨年も行った宿のすぐ近くの「四季の里」へ寄ることは決まった。
 地元の野菜などの直売もしているし、昨年と同様「丹沢アートフェスティヴァル」の一環で特別展示や、美味しいインドカレーがお昼に食べられるかもしれない。

 とはいえ、どこかちょっとした観光もしたいものだと相談していると、「小田原はどう?」という声・・・・・・。
 なるほど、そう遠くはないし、小田原城にでも行こうか、ということに落ち着き、宿をチャックアウト。

 すぐに「四季の里」に到着。

 こちらが正式名称「大井町農業体験施設 四季の里」のサイト
「大井町農業体験施設 四季の里」のサイト

 サイトからお借りした写真と平面図。
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 これが、私のガラケーで撮った、入り口の写真。
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 やってましたよ、「丹沢アートフェスティヴァル」の催し。
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 この写真は、平面図の「体験室1」の前。

 この部屋で、昨年同様アートギャラリーを開いていたのは、「相和もりあげ協議会」の國島さんご夫婦。
「相和もりあげ協議会」のサイト

 ご挨拶したら、お二人とも私を覚えてくださっていて、昨年のブログ記事もご覧いただいたとのこと。
 実は、ご名刺をいただき、起債されていたメールアドレスに、お礼を兼ねて、ブログのことをお知らせしていたのであった。

アートギャラリーを開いていらっしゃった國島和子さん。
 いただいた名刺には、「神奈川県大井町 相和もりあげ協議会」と書かれている。

 その名刺の裏には「Siinoki Retreat」のサイトが案内されていて、次の文章があった。

都会からは姿を消した「かみさま」が、まだ生きている丘の上で日帰り農作業とリトリート体験

 その「Siinoki Retreat」サイトから引用。
Shiinoki Retreatのサイト
シイノキリトリートでは、学校や企業の研修など、団体での農村体験企画も受け入れています。富士山を望む、ゆったりとした里山風景のなかで、農作物の収穫、そば打ち、桜の花摘み、竹風鈴づくり、民泊など、農村ならではの作業を楽しむ。その体験を通して、農村に受け継がれてきた知恵や技術を学び、自然と人とのつながりに思いを馳せる。そんなプログラムを企画・提案いたしますので、まずはご相談ください。
 こういう活動をなさっているのである。

 昨年の記事にご興味のある方は、こちらをご覧のほどを。
「2018年5月、テニス合宿」の記事

 國島さんからは、今年も11日と12日の二日間のみ、「四季の里」がピザづくり体験で使っている釜を使いナンを焼いて、小田原のインド料理店が出張して、本場のインドカレーを食べさせてくれるとのこと。

 釜のこと、昨日、私はテニス仲間に間違った説明をしていたなぁ。
 陶器教室があって、陶器を焼く釜、などと説明していた^^
 誠に申し訳ない。
 
 アートギャラリーを仲間と見て、皆、なにかしら買い求めていた。
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 私は、地元の陶工さんによる、ご飯茶碗を購入。
 家で今つかっている茶碗が小さいので、ちょうど良い大きさと色合いのものを見つけたのだ。

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 そして、昨年持ち帰ってその甘さに驚いた、完熟トマトを購入。

 まだ時間が早いので、小田原のインドカレーのお店、バルティヤ・ザイカ の人たちは来ていなかった。
 ちなみに、お店の名は、ヒンズー語で「インドの味」という意味らしい。

 昨年、あのカレーは旨かったなぁ、とは思うものの、小田原城を見学したらお昼はやはり小田原だよね、と話しながら、仲間は野菜直売所でも買い物。

 その後、一行は後ろ髪をひかれながら、小田原へ。

 車2台で小田原城までは約20km、40分ほどで到着。

 小田原城の南入り口近くの駐車場に車を止めて、城内に入る前、蓮がいっぱいの堀(南堀)で鯉を眺める。

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 ハスは、「大賀ハス」、と言うようだ。
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 Wikipedia「大賀ハス」で、少し勉強。
Wikipedia「大賀ハス」

 大賀ハス(オオガハス、おおがはす)は、1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)の落合遺跡で発掘された、今から2000年以上前の古代のハスの実から発芽・開花したハス(古代ハス)のこと。
 戦時中に東京都は燃料不足を補うため、花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていることに着目し、東京大学検見川厚生農場の一部を借り受け草炭を採掘していた。採掘は戦後も継続して行われていたが、1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出した。このことから慶應義塾大学による調査が始められ、その後東洋大学と日本考古学研究所が加わり1949年(昭和24年)にかけて共同で発掘調査が行われた。その調査により、もう2隻の丸木舟とハスの果托などが発掘され、「縄文時代の船だまり」であったと推測され落合遺跡と呼ばれた。
 そして、植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎(当時・関東学院大学非常勤講師)が発掘品の中にハスの果托があることを知り、1951年(昭和26年)3月3日から地元の小・中学生や一般市民などのボランティアの協力を得てこの遺跡の発掘調査を行った。調査は困難をきわめめぼしい成果はなかなか挙げられなかったが、翌日で打ち切りという30日の夕刻になって花園中学校(3月31日迄は千葉市立第七中学校)の女子生徒により地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され、予定を延長し4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘された。

 結構、ドラマチックな歴史のあるハスだったんだねぇ。

 さて、南の入り口から城址公園内へ入る。

 こちらが、小田原城の公式サイト。
「小田原城」公式サイト
 無断での引用は許可されていないので、Wikipedia「小田原城」から引用。
Wikipedia「小田原城」
 北条早雲氏は、居館を今の天守の周辺に置き、後背にあたる八幡山(現在の小田原高校がある場所)を詰の城としていた。だが、建築者は、不明である。 居館部については北条氏以前の大森氏以来のものとするのが通説であるが、大森氏時代にはより東海道に近く15世紀の遺構が実際に発掘されている現在の三の丸北堀付近にあったとする異説もある。3代当主北条氏康の時代には難攻不落、無敵の城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えた。江戸時代に居館部が近世城郭へと改修され、現在の小田原城址の主郭部分となったが、八幡山は放置された。そのため、近世城郭と中世城郭が江戸期を通して並存し、現在も両方の遺構が残る全国的に見ても珍しい城郭である。
 最大の特徴は、豊臣軍に対抗するために作られた広大な外郭である。八幡山から海側に至るまで小田原の町全体を総延長9キロメートルの土塁と空堀で取り囲んだものであり、後の豊臣大坂城の惣構を凌いでいた。慶長19年(1614年)、徳川家康は自ら数万の軍勢を率いてこの総構えを撤去させている。地元地方の城郭にこのような大規模な総構えがあることを警戒していたという説もある。ただし、完全には撤去されておらず、現在も北西部を中心に遺構が残る。古地図にも存在が示されており、小田原城下と城外の境界であり続けた。明治初期における小田原町の境界も総構えである。
 北条氏没落後に城主となったのは大久保氏であるが、2代藩主大久保忠隣の時代に政争に敗れ、一度改易の憂き目にあっている。一時は2代将軍秀忠が大御所として隠居する城とする考えもあったといわれるが、実現しなかった。その後、城代が置かれた時期もあったが、阿部氏、春日局の血を引く稲葉氏、そして再興された大久保氏が再び入封された。小田原藩は入り鉄砲出女といわれた箱根の関所を幕府から預かる立場であった。

 伊勢新九郎が早雲となる物語は、かなり前に司馬遼太郎『箱根の坂』で読んだが、相当忘れていることを、今回の旅で身にしみた。また、読もう。

 城址公園に、珍しい大木があった。

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 イヌマキ、なんて初めて見たと思う。

 天守閣の前に広がる公園には、猿もいたなぁ。

 これが、Wikipediaで借りた、復興された天守閣。
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 これが、私のガラケーで撮った、天守閣への登り口にある看板。
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 天守閣内のシアターや説明パネルにも紹介されていたが、北条(あるいは後北条)は、五代で終わることになった。
 北条五代、初代の早雲は、明応四(1495)年、大森氏を退けて伊豆韮山から小田原城に入った。二代目氏綱がその後の繁栄の基礎づくりをし、三代目氏康の時代には城下町として発展した。四代氏政と五代氏直の時代に、外敵から町全体を守るための総構を築いた。しかし、天正十八(1590)年、約18万の秀吉の大軍に包囲され、北条氏は滅亡。

 NHk大河『真田丸』では、四代目氏政を高嶋政伸、五代目氏直を細田善彦が演じた。天守閣内のシアターでは、「北条五代100年の夢」というドラマ仕立ての紹介ムービーが流れていて、氏政役に苅谷俊介、氏直役に合田雅吏という俳優さんが出演していた。

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 天守閣の展望台から、笠懸山を望む。この山の頂に構築されたのが、石垣山城。別名、「一夜城」。小田原城からは見えないように築き、完成してから周囲の木を伐採したので、北条側は、一夜にして築城されたかのように驚き、戦意を失う要因ともなったと言われている。

 天守閣には、観光地にはお決まりの、こんな撮影場所もあり、仲間の何人かは侍になって写していたねぇ。
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 さて、ほぼ1時間の天守閣ツアーを終えて、時計は正午を少し回っていた。
 
 昼食はどうするか、ということになったが、知らない店に行くより、また四季の里に戻って、あのインドカレーを食べようと全員合意。

 そして、もどって食べたよ、「インドの味」のバターチキンカレー。
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 ガラケーの下手な写真では、味は伝わらないなぁ^^

 ピザ焼き用の釜でナンを焼いている様子。
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 やはり、カレーもナンも、美味かった!

 その後、私は小田急新松田駅に送ってもらい、帰って来たのであった。

 いやぁ、なかなか充実した一日半だった。

 これにて、春の合宿の記事は、お開き。


by kogotokoubei | 2019-05-13 21:36 | 小さな旅ー2019年5月、テニス合宿。 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛