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噺の話

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2019年 05月 09日 ( 1 )



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『歌丸 極上人生』

 『歌丸 極上人生』は、最初は平成18年に、うなぎ書房から『極上 歌丸ばなし』として発行され、平成27年に加筆・修正の上で、祥伝社黄金文庫で再刊。
 
 前回は、昭和49年1月31日、歌丸三十八歳の時に、家の近くの三吉演芸場で初の独演会を開催した、とご紹介した。

 では、どのようなネタに挑戦したのか。

 独演会をやるんだったら、古典で行こうと思いました。というのは、うちの師匠の米丸、圓歌(三代目)、金馬(四代目)、柳昇、それに三平(初代)、この五人グループが、月に一回、東宝名人会の昼席で「創作落語会」をやってました。ずーっと、だいぶ長いこと続けてましたね。それでみんな、えらい苦しんでたんですよ。誰か噺を作ってくれる人がいればいいけど、いないから自分で作るんですが、毎月一本新作を作っていくってのは、大変ですからね。
 そういう話を聞いてますから、自分で独演会をやるについては、新作だったらとても保たない、それなら古典だ、今輔師匠から、新作やるにしてもまず古典が土台だって言われて教わっているんだから、古典でやってみようと思ったのが、三吉の始まりなんです。

 なるほど、古典で独演会は、そういう理由だったんだ。
 
 この「創作落語会」、Wikipediaで調べてみた。
 芸術祭奨励賞を授賞した時の演目を引用する。
Wikipedia「創作落語会」

1963年11月30日の第14回創作落語会公演は、団体として以下のプログラムで芸術祭に参加した。
「表彰状」(作:大野桂)演:三遊亭小金馬
「遺言」(作:正岡容)演:三遊亭歌奴
「賢明な女性たち」(作:星新一)演:桂米丸
「一文笛」(作:中川清)演:3代目桂米朝
「義理固い男」(作:玉川一郎)演:春風亭柳昇
「時の氏神」(作:粕谷泰三)演:三遊亭圓右
「笑の表情」(作:はかま満緒)演:林家三平
特別出演:5代目古今亭志ん生
(中川清は米朝の本名である)
その結果、昭和38年度(第18回)の芸術祭奨励賞を受賞することとなった。
 あら、米朝の『一文笛』が入っている。
 作者の顔ぶれも、結構、凄い。

 歌丸の独演会のことに戻る。
 
 第一回の出し物が、『火焔太鼓』と『紺屋高尾』でした。『火焔太鼓』は、志ん朝さんにお断りしてやらしていただいて、『紺屋高尾』は、圓楽さんからもらってやりました。二席ともネタおろし(初演)です。

 最初に、ネタおろしでこの二席とは、凄い。

 例外的な年もあったが、平成16年の満30周年まで、ほぼ年五回、毎回二席ずつ続いた、三吉演芸場の歌丸独演会。
 その平成16年からは、歌丸一門会と名を変え、歌丸はトリの一席を演じるようになる。

 それから十年のあいだがんばりましたが、体がこんなですから、平成26年10月31日の第194回で終わりにしました。最終回はこういうわけでとお詫びをして、一門全員揃えて、最後に挨拶をし、それでお別れしました。やめないでくれって随分言われたんですけど、もう責任が持てないから、何かのときには呼んでくだされば、とは言いましたがね・・・・・・。
 最後の演目は『紙入れ』にしました。『紙入れ』は色っぽい噺であり、お別れのときにあんまりお涙ものをやりたくありません、自分が危なくなってきますのでね。
 初めのうちは、まだあたしの弟子はいませんから、米助さんとか、今の夢太朗さんとかに頼んだり、前座さんも、よその師匠のとこへ新しく入ってきた人に、二つ目になるまで、勉強のために出てくれないかって言って、出てもらいました。

 私が、この三吉演芸場の独演会の存在を知ったのは、つい数年前。
 その時には、まったく食指が動かなかった。
 聴かず嫌いだった・・・・・・。

 この独演会で披露し、その後、他の噺家さんに伝わったあるネタの逸話が明かされている。

 演目表を見ると、第二十回に『おすわどん』が出てますね。あれは、何か覚えなきゃならないって、昔の本を見てたら『おすわどん』があって、サゲに惚れ込んだんです。「そば粉を身代わりとっていかがいたす」「どうぞお手打ちになさいまし」という、あのサゲを言いたかったんです。だけど、前半があんまりにも陰惨なんでね、なんとか変えられないかと思って、『三年目』みたいにしてやってみたんですね。それで、あるとき、圓楽さんと一緒に、名古屋の放送局で録音があって、行ったときに、あたしがこの『おすわどん』をやったら、圓楽さんが聞いて、「歌さん、あれ、いいから、俺にくれよ」ってますからね、「いいですよ」って言って、それで『城木屋』と取りかえっこしたんです。

 へぇ、そうだったんだ。

 『おすわどん』は、三年前の5月上席の末広亭で、板付きで登場したご本人の高座で聴いたし、柳家小満んで同じ2016年の3月、関内ホールで聴いている。

 『城木屋』も、四年前の5月上席の末広亭で、板付きだった歌丸で聴いたし、これまた、小満んの会でも聴いている。

 末広亭で聴いた高座、四年前も三年前も、夜は真打昇進披露興行で、昼の部を歌丸が主任、という構成。あえて、客寄せパンダを自ら務めた、ということだろう。

 先日、4月29日の末広亭も大入りだったが、私が体験した、歌丸が昼のトリを務めた末広亭は、もっと凄い入りだったことを思い出す。

 もちろん、テレビの人気による効果も大きかったとは思う。

 しかし、桂歌丸という噺家さんが、決して、テレビの人気者で終わらなかったのは、紹介したような、三十台で始めた三吉演芸場での独演会で積み上げた古典のたくわえが、噺家としての強固な土台づくりとなったからだと思う。

 次回は、圓朝ものへの挑戦の経緯などについてご紹介するつもり。


by kogotokoubei | 2019-05-09 21:27 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛