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噺の話

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2018年 12月 26日 ( 1 )

 さて、末広亭の夜の部。

 客席は、椅子席は七割ほどで始まり、入れ替わりはあったが、ほぼ終演まで変わらなかったように思う。
 桟敷は、三割位で始まり、その後五割位になって、仲入りで再び三割程度に減ったように思う。今松のトリがあるのに、仲入りで帰ったアベックを数組見かけたが、クリスマス・イブのディナータイムだったのだろうか・・・・・・。
 また、仲入りから入場した方は、真の今松ファン(?)かと察する。

 出演順に、感想などを記す。

三遊亭ぐんま『二人旅』 (9分、16:49~)
 今年一月池袋の下席で『芋俵』を聴いており、二度目。白鳥の二番弟子。
 茶屋の婆さんが、なかなか可笑しい。
 選んだ師匠から察するに新作をやりたいのかと思うが、こういう古典をしっかり稽古することで、基礎ができていくと思うし、潜在能力はあるように思う。
 それにしても、少し髪の毛が伸びてきたなぁ。
 もう少し見た目がすっきりしていれば、高座全体の印象も良くなるのだが。

初音家左吉『たらちね』 (12分)
 今年は六月の池袋で『代書屋』を聴いている。
 来年九月に真打昇進が決まっているが、精進する必要があるだろう。
 前回も書いているように、見た目は林家しん平に似た派手さがあるのだが、高座が地味すぎる。メリハリというか、何と言うか、表現が難しいのだが、華が欲しい。

丸山おさむ 声帯模写 (9分)
 昭和天皇、そして、秀樹、ひろみ、五郎の御三家(新御三家?)のマネ。
 似ているかどうかはともかく、昭和天皇のマネ、まったく笑えない。

古今亭志ん丸『あくび指南』 (14分)
 この人、結構好きだ。
 個性的な見た目と声、実に落語家らしい(?)人。
 短縮版ではあったが、稽古ごとで入門時に師匠に渡す「膝付き」なんて言葉も登場させるところが、なかなか結構。
 実は、今年、大学の同期会での旅行とテニス仲間との合宿の宴会で披露した『真田小僧』は、この人の音源(かつてニフティが主催していた「ぽっどきゃしゅてぃんぐ落語」)を元にしていた。「薩摩へ落ちたか」のフルバージョンで、実に良いのだ。

古今亭菊之丞『長短』 (13分)
 長さんが上方出身という型は、初めてのはず。
 芸達者は、どんな噺もしっかりこなすなぁ、と感心しながら聴いていた。
 短七の気短さが、実にスピーディかつリズミカルで楽しい。
 その短七が煙草を「三十数服」吸った、という設定だけ、ちょっと違和感があったが、短いながらも久しぶりにこの人の高座を堪能。

ストレート松浦 ジャグリング (12分)
 いつもながらの卓越した芸。特に、デビルスティック(両手の棒で傘などを空中に引き上げる芸)は見事。しかし、ボール(お手玉)で、珍しい落球。勝丸と同様、この日、ピン芸の色物さんには、厄日だったかも^^

橘家半蔵『桃太郎』 (14分)
 ずいぶん久しぶりだと思って調べたら、六年前、2012年の同じ師走下席で、『祇園会』を聴いていた。ほとんど忘れているが、その時のトリの今松の『品川心中ー通しー』は、結構覚えているのだ。
 円蔵の弟子らしい明るさは結構なのだが、今一つ笑えなかった。

桂文雀『風の神送り』 (13分)
 この人は、他の噺家さんではあまり聴かない『木火土金水(もっかどこんすい)』や『虎の子』などを演ってくれるので、楽しみだったが、この日はこのネタ。
 ということは、今松は、この噺ではない、ということ^^
 今松以外では、東京の噺家さんで初めてだが、なかなか楽しい高座。
 もう少しだけ体格が増えると、良い味が出るとは思うが、それはなかなか難しいかもしれない。今のままで、珍しいネタを取り上げ、歌丸さんのような芸風を目指すのも悪くないかもしれない。

ぺぺ桜井 ギター漫談 (13分)
 ギターは、聴く者を少しハラハラさせるが、出演していただけるだけで、嬉しい。

三遊亭歌之介『母ちゃんのアンカ』 (16分)
 客席は昼の部ほどはノリが良くないせいもあって、この人にしては、マクラで笑いが起こらない。そんな空気からのネタ選びかと察する。
 いわば、この人の作品の中では、人情ものだが、この日はノリが今一つだったかな。
 来年の円歌襲名披露興行には、なんとか駆けつけたいものだ。

桂南喬『金明竹』 (16分)
 仲入りは、大好きな、この人。
 高座に登場する姿から、なんとも言えず、良いのだよ。
 短縮版で、「骨皮」の前半は割愛し、いきなり謎の上方者が登場。
 例の口上は、三回だったが、与太郎もお内儀さんも実に結構。
 噺家によって口上の内容は違うが、私も覚えている三代目金馬の型だった。
 
 ここで道具七品について、薀蓄を。
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佐藤光房著『合本 東京落語地図』(朝日文庫)
 佐藤光房著『合本 東京落語地図』からは、何度か記事で引用しているが、この本に道具七品の説明があるので、少し長くなるが、せっかくなので(?)ご紹介。

 「祐乗、光乗、宗乗」は室町から江戸時代まで続いた金工の後藤家の初代、四代、二代。金馬はなぜか光乗と宗乗の順序を入れ違えていた。「三所物」は刀剣の付属品で目ぬき、小づか、こうがい。
 「備前長船則光」は備前物の代表的な名刀だ。「横谷宗珉」は後藤家と張り合った江戸時代の金工。「四分一こしらえ」は銅三に銀一の合金。「柄前」は刀の柄、またはその体裁。
 「古たがや」は「古鉄刀木」。鉄刀木(たがやさん)はマレーなどに自生するマメ科の高木で、堅牢美麗な建築器具材料。
 「埋もれ木」は地層に久しく埋もれて堅く炭化した木。
 「黄檗山」は京都宇治にある万福寺の山号。ここに「金明竹」という中国伝来の竹が産したらしい。
 (中 略)
 「のんこう」は京都の楽焼本家の三代、道入の俗称。
 「風羅坊」は芭蕉の俳号の一つ。「正筆」は「真筆」。
 「沢庵」は、たくあん漬を発明した徳川初期の禅僧。「木庵」は、承応三年(1654)に中国からインゲン豆を持って来て黄檗山万福寺を開いた「隠元」の弟子で、万福寺の二世。この三人の書画を交ぜて張ったのが「張り交ぜの小びょうぶ」。
 最初にテニス仲間との旅行の宴会でこの噺を披露した時は、上記のような内容を箇条書きにしたメモを用意して配布したことを思い出す。

 あらためて南喬の高座。こういう前座噺でも、芸達者が演るとこれだけ味が出る、という見本のような高座、寄席の逸品賞候補として、をつけておこう。

 仲入りで一服しながら、居残り仲間に途中報告のメール^^
 
 さて、後半だ。

柳家さん助『十徳』 (12分)
 二ツ目さん弥時代にはよく聴いたが、さん助では初だ。
 この出番がクイツキと言って、「席亭から、寝ているお客さんの肩に食いつけ」と言われている、と笑わせる。
 この噺、二年前に「柳家喬太郎プロデュース」と題した“とみん特選寄席”で、辰のこで聴いて以来。
2016年8月23日のブログ
 ちなみにこの会は、居残り仲間のお一人M女史が運営に関わっていらっしゃって、来年二月にも、喬太郎プロデュースの会が開催されるのだ。末広亭にもチラシがあった。
 ご興味のある方は、ぜひこちらの都民劇場のサイトでご確認のほどを。
都民劇場のサイトの「とみん特選小劇場」のページ
 さて、この噺。「十徳(じっとく)」が分からないと、噺を聴いていてもイメージが湧きにくい。以前にも紹介したことがあるが、落語を調べる際、度々お世話になる「落語の舞台を歩く」のサイトから図を含めて、ご紹介。
落語の舞台を歩く「十徳」
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(僧服の「直綴(じきとつ)」の転という) 衣服の名。素襖(すおう)に似て脇を縫いつけたもの。武士は葛布(くずふ)で白または黒、胸紐あり、中間(ちゅうげん)・小者・輿舁(こしかき)などは布を用い胸紐がなく、四幅袴(よのばかま)を用いる。鎌倉末期に始まり、室町時代には旅行服とした。江戸時代には儒者・医師・絵師などの外出に用い、絽・紗などで作り、黒色無文、共切れ平絎(ひらぐけ)の短い紐をつけ、腰から下に襞(ひだ)をつけて袴を略した。
 「じきとつ」--->「じっとく」なんだねぇ。
 「十徳」もそうだし、上記の説明文にも「葛布(くずふ)」や「中間(ちゅうげん)」など、ルビをふらなくては分からない言葉が、時代とともに増えていく。
 だからこそ、落語の存在価値もあると、思うのだ。
 さて、さん助の高座だが、得意がって両国橋や一石橋の名の由来を語る隠居の表情が生き生きしており、しっかりクイツキの役割を果たした。二ツ目の頃に聴いた『かぼちゃ屋』や『もぐら泥』『熊の皮』などを思い出すが、この人の真打としての高座、もっと聴きたくなった。

ホームラン 漫才 (11分)
 正月の某局のテレビに出演するかもしれないが、もしかすると出ないことになるかもしれないから、詳しいことはネットで書かないで、とのこと。
 だから、秘密^^
 もし出演する場合のネタを披露してくれた。ぜひ、テレビで確認したいものだ。

桂ひな太郎 漫談 (14分)
 六十五歳以上の四人に一人が認知症になり、四人に二人は癌になる、などの話は、そのまま暗いムードのまま転換せず、笑いに結びつかないまま、なんとも盛り上がりのない漫談になった。
 この人は、成年後見制度普及のための成年後見落語を自治体の要請を受けて行っているらしいが、そういった会でのマクラと寄席とは違う。
 かつての志ん朝門下の志ん上ではないか。漫談でもいいから、笑いになる一席を願いたい。さん助やホームランが温めた客席が冷え切った。

桂才賀『カラオケ刑務所』 (14分)
 新作落語台本募集企画の二年前の準優勝作品という説明、実は二年前にも聴いている^^
 客席の笑いはとつことができたが、私としては、漫談でもいいので、そろそろこの噺以外の高座に出会いたい。とはいえ、数年前は合びき(小さい座椅子)が必要だったことを思うと、元気な高座を聴くことができたことを喜ぶべきか。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (7分)
 たった七分で、主要演目を披露し、失敗なし。流石である。

むかし家今松『火事息子』 (35分、~21:05)
 さて、トリの今松。
 どんな噺を聴かせてくれるかと思いきや、「江戸では火事が~」と、この噺。
 嬉しいじゃないの。
 今松は、そのイメージに反して(?)、表情豊かに登場人物を演じ分けることを、この高座でも再認識した。まず、籐三郎を育てた婆や(乳母?)の表情が、なんとも良い。
 また、番頭の人の良さが、その造形からしっかり伝わる。
 この番頭は、この噺の重要な鍵を握っており、江戸でも大店の質屋である伊勢屋を勘当になった息子の籐三郎が、家々の屋根を伝って伊勢屋の蔵の上で、番頭が目塗りをするのに四苦八苦している場面で登場するわけだし、その籐三郎と会うのを拒む父親に、「(今は)他人だからこそ、会ってお礼をすべきではないですか」と諭すのも、彼だ。
 その番頭が、実によく描けている。
 また、この噺の勘所は、もちろん、後半の親子の対面。
 父親は、最初よそよそしい態度。
 火事見舞いに籐三郎と同じ年齢の若旦那が立派な姿を見せたことを思い出してもいたのだろう。その彫り物を見て、「大層立派な絵が描けましたねぇ・・・孝経の一つくらい読みなすったろう、敢えて毀傷せざるを孝の始めとす、身体に傷をつけないのが孝行の始めだというじゃないか」と皮肉たっぷりな言葉を発してしまう。
 これ、籐三郎には、キツイ。しかし、この緊張感が、息子が来たと聞いて、膝の猫を放り出して(猫好きは嫌な場面か^^)会いに出てくる母親の姿、言葉で緩和される。
 母親は籐三郎に、「お父さんだって、お前のことをどれだけ気にかけていたか」と言うと、父親が「なにを言っている」というようなやり取りが二度、いや三度くらいあっただろうか。これで、そうか、父親だって、そうだろうとも、と聴く者も心が和むのだ。
 そして、母親が着物を持たせて、と言うと、父親が、「捨てなさい、捨てりゃ、拾うものもいるだろうから」の謎かけを母親が合点し、「そうですね、箪笥ごと捨てましょ、千両箱も捨てましょ」で聴く者が救われる。
 籐三郎の科白はないが、その表情が察せられる。きっと、涙ぐんで下を向いているのだろう。そんな姿も見えてきた今松の高座だった。
 師走、私の落語納めを見事に締めくくってくれた高座、今年のマイベスト十席候補とする。

 まったくの蛇足ながら、この後、あの親子はどうなるのか、ということについて。
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江國滋著『落語手帖』
 江國滋さんの、処女作であり最高傑作と私が思う『落語手帖』で、桂三木助のこの噺を元に巻頭の章を綴っているが、三木助に、生前、このあとどうなるんだろう、と尋ねたことがあるらしい。
 その際の三木助の返事から、引用。
「そうですなァ。兄なり弟があれば別ですが、一人っ子ですし、まあ親も折れ、子も折れして、近いうちに家へ帰ってくるでしょうね。父親も公けに許すというのではなくて一応“黙許”という形でね。そいで昼間は老舗の若旦那として店に出て、火事だけは、ま、こりゃ趣味としてね・・・・・・。ええ、ガエンの足を洗うことも、親方に手土産でも持っていって、みんなを集めて、今度堅気になりますっていえば、それで大丈夫でしょう」
 という。これまた滋味掬すべき名解釈をあたえてくれたのである。

 なるほど、さすが三木助。

 野暮を承知ながら、こんな『火事息子』後日談を想像することも、悪くない。


 昼の開口一番から、九時間余りの、本年の落語納めだった。

 昼は主任の小ゑんをはじめとして新作を楽しみ、夜は、古典本寸法を堪能した、そんな一日。
 思った以上に、足腰に痛みなどはなく、まだまだ若い、などと思いながら、帰路についた。


 さぁ、後は今年のマイベスト十席を選ばなきゃ。

 少ない選択肢とはいえ、なかなかに難しいのである、これが。

 一人一席の縛り、どうしたものか、そんなことに悩んでいる師走である。


by kogotokoubei | 2018-12-26 12:47 | 寄席・落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛