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噺の話

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2018年 11月 21日 ( 1 )

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平岩弓枝著『橋の上の霜』

 この本から四回目。

 ざっと、あらすじを振り返る。
・大田直次郎、狂歌名は四方赤良、後の蜀山人は、吉原は松葉屋の新造(花魁の一歩手前)の三穂崎に入れあげていた。
・その三穂崎の客が、なんと松葉屋で三穂崎と同衾中に亡くなった。
・三穂崎は気の病になり、直次郎の狂歌の弟子である大文字屋主人、加保茶元成の別荘で静養することになった。
・亡くなった客は、直次郎の家の近くに住む、旗本の高木市太郎の父だった。その市太郎が、三穂崎を身請けし、尼にして父の菩提を弔わせたいと松葉屋に申し出たとのことで、直次郎の心中は穏やかではない。
・狂歌仲間の唐衣橘洲とはある事情から疎遠だったが、久しぶりに狂歌会に橘洲が顔を出した。
・その橘洲に呼ばれて小料理屋へ行くと、そこには、高木市太郎が居た。

 ということで、さて、その小料理屋での会話から再開。

「高木様、大田直次郎にございます」
 橘洲がいい、直次郎は頭を下げた。相手は旗本である。
「大田直次郎とやら、頭を上げてくれ、今日は私用だ」
 若い声であった。直次郎とほぼ同年齢の筈なのに、二十代の若者のような張りがある。
 容貌も若かった。
 鼻筋が通って、鼻梁が高い。切れ長のいい眼をしていた。唇はやや薄いが、形は悪くない。濃い眉は如何にも意志が強そうだが、容貌の総体から受ける感じはむしろ、優しかった。
 体つきといい、堂々たる偉大丈夫である。
 横にひかえている橘洲の小柄なのが、一層、貧弱にみえる。
 意識して、直次郎は上体をそらし、胸を張った。そうでもしないと位負けしそうな相手である。
「さて、なにから申そうか」
 視線が合うと、高木市太郎は女のように微笑んだ。直次郎は慄然とした。高木市太郎の笑顔の中に、なにか異様な妖しさを感じたためである。
「その方は吉原、大文字屋主人と昵懇ときいたが、左様か」
 直次郎が黙っていると、橘洲が代りに答えた。
「大文字屋主人は加保茶元成と申しまして、この者の狂歌の弟子でございます」
 直次郎は、狂歌ときいた時、美男の旗本が鼻の先で笑ってうなずいたのを、素早くみて取った。
 これは屈辱であった。
 狂歌師、四方赤良としての直次郎の盛名を相手は軽蔑している。
「然らば、その方より大文字屋主人に申しきかせい。三穂崎と申す女は松葉屋の抱えである。何故に、他の妓楼の女を手前の寮へかくまって返さぬのか。不埒ではないか」

 この時の直次郎の心中は、もちろん穏やかではない。
 若々しい旗本の市太郎に、狂歌師であることを、蔑まれていることで、ハラワタが煮えくり返るようだったに違いない。

 やむなく、直次郎は頭を上げた。
「高木様には、なんの故に、左様なことを仰せられますのか、手前にはわかりかねますが」
 市太郎がふたたび笑った。今度の笑いには、残忍な気配がある。
「知らぬか」
「存じません」
「さらば申そう。あの女は我が父・寛斎が目をかけつかわした者、さだめて恩を感じて居ろう。我が父、歿きあとは、苦界より救い出し、仏の道に入らせようと思う」
「当人が、それをのぞんで居りましょうか」
「なに・・・・・・」
「憚りながら、それは、あまりにも世間知らず、身勝手なお考えかと存じます」
 旗本を相手に、なにをいい出すのかと、直次郎は自分自身にあきれていた。が、舌のほうはもう止まらなくなっている。
「廓は来る客は、侍、町人の別なく、定めの金を払って登楼いたします。妓楼の女にとって、客は商売。商売に色も恋もなく、恩の義理のと申すのは筋違いでございます。ただし、高木様のお父上が、三穂崎の間夫であったとおっしゃるなら、話は別でございますが」
 高木市太郎が凄いような眼で直次郎をみつめたが、直次郎は臆さなかった。
「売り物、買い物の客と遊女の仲で、客の一人が死んだからとて、一々、遊女が出家していては、吉原は坊主だらけになりましょう。それこそ、吉原田圃を尼寺だらけにしたところで追いつきは致しますまい」
 橘洲が手を上げて直次郎を制した。

 直次郎も侍とはいえ、70石五人扶持、役人の“はしくれ”に過ぎない。
 相手は、旗本。
 なんとも、凄いことを言ってのけたものだ。

 しかし、最後の“吉原田圃を尼寺だらけにしたところで”の啖呵、いいねぇ。

 直次郎の言葉を制した橘洲が、「売り物、買い物の女ならば、金を払って身請けして、尼にしようと、殺そうと高木様の御勝手であろう」などと言うものだから、直次郎は、仙台公と高尾太夫の逸話を引き合いに出し、「無理無態に廓の女の髪を切ったの、殺したのと、もし世上に知れたらなんとなさるか」と高木に迫った。

 流石に高木市太郎が顔色を変えた。
 しかし、やがて口を出た彼の声には、もう動揺はなかった。
「成程、その方の申すこと、一々、もっともと聞いておこう」
 帰るぞ、と唐衣橘洲に声をかけて立ち上がってから、直次郎をふりむいた。
「大事なことを忘れて居った。先だっての葬儀にはそこもとの御妻女どのも手伝いに参られたそうだが、まことか」
 直次郎は軽く会釈をした。忌々しいが事実だから仕方がない。
「妹の話では、その折、口さがない女どもが三穂崎と申す女の噂などいたし、又、三穂崎に大層、執心の者が御徒屋敷の中に居るとやら姦しくいいたてていたそうな。おそらくはそこもとの耳にも達していような」
 直次郎は体中が火の海になった。
 高木市太郎の笑い声が廊下のむこうへ遠ざかり、唐衣橘洲がそのあとを追って行くのを茫然とみつめた。

 このあと、四谷の小料理屋を出た直次郎は、気がつくと、三穂崎(おしづ)が静養する大文字屋の別荘(寮)に来ていた。
 
 そして、おしづに言うのだった。

「高木市太郎になぞ、お前を渡さぬ。俺が身請けをするが、それでよいか」
 おしづは口を半びらきにしたまま、直次郎をみつめた。自分の耳疑っているかのようである。
「おしづ、お前は俺に身請けされるのがいやか。どうなのだ」
 女の反応のなさがじれったくて、直次郎は細い肩をつかんで、乱暴にひきよせた。
 おしづの手が、直次郎の胸に触れた。指先に力をこめて、男の体をまさぐってくる。
 不意に女体が指の先から蛇に化したようであった。直次郎は逃げられなくなった。

 あらあら、高木市太郎への敵愾心から、ついに、直次郎は言っちゃった。

 しかし、この後、すんなりと事は進まないのであった。

 今回はこれにて、お開き。

 これまで紹介した内容は、第一章「恋よ恋」と第二章「七人の敵」。
 全体で480頁の、まだ70頁が済んだばかり。

 次の章は「山王祭」になるが、これからは要約をしながら、少し先を急ぐつもり。
by kogotokoubei | 2018-11-21 12:27 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛