噺の話

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2018年 11月 12日 ( 1 )

 昨日の記事別アクセスで、以前書いた明治の改暦の記事のアクセス数が急激に増えてトップになっていた。

 安定的にアクセスのある記事ではあるが、その数が“半端ない”^^

 どうも、すでに見なくなったNHKの大河「西郷どん」に関係がありそうだ。

 昨日は、大久保や岩倉が海外視察で留守の間の出来事などが放送されたらしく、なるほど、その間に改暦を挙行しているからね。

 
 アクセスが急増したのは2013年1月14日の記事。その翌日も関連することを書いた。
2013年1月14日のブログ
2013年1月15日のブログ

 「西郷どん」が、どれほど改暦のことを説明できたのかは知らないが、あらためて、2013年1月15日の記事と重複するが、ある本からその内容を紹介したい。

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『旧暦と暮らす-スローライフの知恵ごよみ-』松村賢治著(文春文庫)

 その本とは、松村賢治さんの『旧暦と暮らす-スローライフの知恵ごよみ-』。

 松村賢治さんは、社団法人大阪南太平洋協会の理事長で、同協会では「旧暦カレンダー」を発行している。
(社)大阪南太平洋協会

 本書は2002年にビジネス社から単行本として発行され、2010年文春文庫に加わった。この後に「庵を結び炭をおこす−続・旧暦と暮らす」「続々と、旧暦と暮らす」が発行されているので、三部作の第一作と言える。

 本書から、「明治の改暦」に関する裏話や、その改暦によって引き起こされたと思われる問題の指摘などを、「第六章 なぜ旧暦が使われなくなってしまったのか」の「改暦の怪」から、あらためて引用。

 ペリーの浦賀来航以来、ロシアやヨーロッパ列強から開国を迫られ、さまざまな条約を締結してきた新政府は、彼我の暦の違いに、大いに不満を感じていました。
 また、今後ますます、欧米の先進文化を導入していくに際し、西暦への改暦は、必要不可欠となっていました。同じ「旧暦」での改暦ですら、我が国では千二百年間に数えるほどのこと。ましてや、「太陽暦」への改暦で、紆余曲折のないはずがありません。事実この時も、世の中は大混乱となりました。
 岩倉具視、大久保利通といった政府首脳の多くが、遣欧米使節団として不在の間に、大隈重信は福沢諭吉と共にこの大改革を断行したのです。福沢は、改暦推進用のパンフレット「改暦弁」で、「日本国中の人民、この改暦を怪しむ人は必ず無学文盲の馬鹿者なり」と、激しく旧暦害悪論を展開しています。そして、当時の知識人の多くが、「農暦」としての効用を分かっていながら、この急激な大改暦を支持せざるを得ず、旧暦害悪論の大合唱に追随してしまったのです。
「閏により気候の早晩が起こり、旧暦は農業に不都合。迷信が多く、知識進歩の妨げとなる」という「改暦の詔勅」が、公式見解として百三十年も尾を引いているとは・・・・・・。

「改暦は、脱亜入欧、富国強兵、文明開化促進の要」という大義名分は、まったく正当なものに違いありません。しかし、実際のところは、明治政府の懐具合が、改暦の大きな要因だったようです。廃藩置県を断行して、中央地方共々、お役人のサラリーは月給制になっていました。その上、政府は外国人のアダバイザーや教育指導者をたくさん雇い、目白押しの大改革に、更なる大出費を迫られていました。
 明治六年は、「旧暦」のままだと閏六月があり、給料日が十三回ある年でした。
「もし、明治五年十二月三日が、明治六年のお正月になり、翌年が「太陽暦」で、閏がなくなったら・・・・・・」
「難なく、十二月と六月、二ヶ月分の給料がカットできる!!」
 どうもこれが、大急ぎの改暦の第一の理由だったようです。

 さて、他のアジア諸国の改暦事情は、どうだったのでしょう。韓国は、明治二十九(1896)年、中国が辛亥革命の翌年、明治四十五(1912)年です。日本は明治六(1873)年ですから、確かに、アジアでの西欧化の先頭に立ったわけです。
 アジアの中の日本という連帯感を、旧暦害悪論が少なからず打ち壊し、他のアジア諸国の不興を買ってしまったことは、否めない事実のようです。
 国際交流の面から捉えてみても、アジアの風土に根ざした生活規範を全面否定して、ヨーロッパの仲間入りを目指した日本を、周辺アジア諸国の人々がどのように感じていたのか、そういった面での思いやりに欠けた行動が、後にアジアの人々よの間に、大きなわだかまりを作る原因となったのかも知れません。
 今の我が国のひずみは、季節感や古き良きものへの愛着心の喪失も含めて、自然に則した社会運営の歯車が、急激な改暦で狂っていった結果かもしれません。
 Wikipediaを元に前日に書いていた記事を、翌日この本の引用で補足したのだが、よくまとまっていると思うし、その問題意識も共感できる。

 欧米との対等な付き合いをするために、彼らと同じ暦を導入する、という理由は分からないでもない。
 しかし、裏の(本心の?)狙いは、給料を二ヶ月分払わなくて済むようになる、コストカットだったとはね。
 なおかつ、当時は近隣のアジアの国々との関係は、まったく認識の外だったに違いない。

 初版が十六年前の本だが、本書で懸念しているアジア諸国との関係は、さらに悪化していると言えるだろう。
 その理由のすべてが改暦にあるとはもちろん言わない。しかし、中国や韓国は改暦後も祭事など生活のリズムと切り離せないものは旧暦を土台としている。
 対照的に、日本が新暦にどっぷり依存していることと、隣人達との関係悪化は無縁ではないように思う。

 ちなみに、今日11月12日は、旧暦の十月五日。まだ、神無月に入ったばかりなのだ。

 さて、大河だが、私は笑福亭鶴瓶が岩倉具視を演じた姿を見てから、見なくなった。
 何と言うミスキャストだろうか・・・・・・。
 私は、そう思う。

 他にもあのドラマには史実を捻じ曲げている部分が、多すぎる。

 あの番組の時代考証担当者が、史実との違いを認めるいることを、以前紹介したので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2018年7月17日のブログ
 
 昨日の放送、改暦のことも、大隈や福沢はあくまで脇役だから、それほど詳しくはふれられていないに違いない。
 でも、観ていないので、間違っていたら、ごめんなさい。

 NHKのサイトによると、海外視察からいち早く戻った大久保と西郷との葛藤が後半のメインの筋書きと察するが、果たして、どんな内容だったものか。もう、気にはならないけどね。


 NHK大河、ここ数年、朝のドラマと同様に、“ある歴史上の人物をモチーフにしたフィクション”とでも言える内容に劣化していると思う。

 来年は、クドカンの脚本だから、最初は観ようと思うが、あまり高望みはしないようにしよう。
 
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by kogotokoubei | 2018-11-12 12:36 | 旧暦 | Comments(2)

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