噺の話

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2018年 11月 10日 ( 1 )

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 和田誠さんの『落語横車』から二回目。

 初版は講談社から昭和55年発行で、私が読んだのは昭和59年の講談社文庫。

 前回と同じ「落語とジャズ」の章。

 今回は、家元がジャズ好きになった背景に、和田さんの存在があったという話から。
 談志さんがディキシー・キングスと知り合ったいきさつについては、ほんのちょっぴりだがぼくにも関りがある。1960年頃、草月会館ホールでは毎月「草月ミュージック・イン」というジャズの会が開かれていた。ぼくはこの会のポスターをデザインしていた。学校を卒業して間もない頃の話である。ぼくはジャズが好きだったので、ポスターを作るだけでなく、企画そのものに少々口出しをしたこともあった。「ブルースの継承」という題のジャズの歴史に関する催しが好評で、この企画が労音に買われて関西でも上演された。草月ホールではごく地味にやったのだが、大劇場の乗るのだから少し規模も大きくしよう、それに構成台本が必要だ、ということになった。プロデューサーとの打合せで、ぼくはポスターを作る以外に、舞台で映されるスライドの絵を描くことになったのだが、構成者を誰にしようかという話になり、ぼくは谷川俊太郎さんを推薦した。その案が通って谷川さんに話を持って行くと、谷川さんは、自分はジャズは詳しくないから引き受けないけれど、代りに推薦する人がいる、と言って都筑道夫さんを指名した。都筑さんはすでに作家として知られていたけれど、ぼくたちにとっては「EQミステリ・マガジン」の名編集長としての印象の方が強かった頃である。台本は都筑さんが書くことになった。
 都筑さんの台本では司会者が必要で、その司会者は落語調でしゃべることになっていて、できれば本物の落語家がいいという。
 ぼくは当時は落語とジャズの結びつきを考えたこともなかったから、たいそう意外に思えたものだった。都筑さんは、ジャズについて語るのだから落語家でも若手がいい。今優秀な若手が二人いて、一人は古今亭朝太、一人は柳家小ゑん、どちらかに頼もう、と言った。詳しいんだなぁ、とぼくは思った。しばらくしてわかったことだが、都筑さんのお兄さんは、若くして亡くなった鶯春亭梅橋という落語家だったのだ。
 言うまでもなく、朝太は後の志ん朝、小ゑんは後の談志である。

 少し長くなったが、和田さん、若くしてポスターのみならず、ジャズ・イベントの企画にまで関わっていたんだなぁ。

 草月ホールで思い出すのは、ずいぶん前だが、ぴあの主催する「マクラ王」なる落語会に行ったことがある。
2011年7月16日のブログ
 「rakugo オルタナティブ」という企画の一つで、次のような構成だった。
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(開口一番 立川こしら マクラ&『王子の狐』)
三遊亭兼好 マクラ&『蛇含草』
三遊亭歌之介 マクラ&『お父さんのハンディ』
(仲入り)
桃月庵白酒  マクラ&『松曳き』
座談会
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 主催ぴあ、制作は立川企画だったが、とにかく不思議な会だった。

 さて、都筑道夫さんといえば、今年7月に、『志ん生長屋ばなし』(立風書房)の都筑さんの解説を紹介したことがある。二十九歳で亡くなったお兄さんのことも書かれていた。
2018年7月11日のブログ


 さて、その都筑さんが推薦した二人について、その後、どうなったのか。

 プロデューサーはたまたま朝太より先に小ゑんに会った。ぼくはどういうわけか、都筑さんに依頼に行く時も、小ゑんに会った時も、プロデューサーを同席していた。小ゑんはジャズが好きだからと言って乗ってきたのですぐ話が決まった。その時点で言えば、小ゑんが本当にジャズが好きだったかどうか、よくはわからない。彼はジャズに限らず落語以外のジャンルに仕事を拡げようという欲を持っていたのではないか。しかしいずれにしろ、その仕事以来、彼はジャズが好きになっている。その催しにはいろいろなジャズメンが登場したが、小ゑんが意気投合したのはディキシー・キングスだった。と、こういういきさつである。

 ということで、もし、朝太に先に話を持って行ったら、家元とディキシー・キングスとの出会いはなかった、かもしれないなぁ。

 さぁ、次は、私が大好きな、駄洒落のお話。

 ジャズメンには駄洒落の上手な人が多い。駄洒落というよりも聞こえをよくすれば、「言葉遊び」ですね。ぼくは彼らから、ずいぶん言葉遊びの楽しさを教わった。噺家も特有の符牒を使うが、ジャズメンも符牒が好きだ。ジャズに限らずクラシックの人たちもそうだが、数字に音階表わす記号と当てる。「一万五千円」を「ツェー・ゲー」というように。それから言葉をひっくり返して使う、つまり「彼女」を「ジョノカ」と言ったりする。これは芸能人一般に見られることだが、特にジャズの人たちにこの傾向が強いようだ。
 ジャズメンの言葉遊びの例。
 レイ・ブラウンが運転していた車がエンコした。彼は同乗者に言った。「押すか?ピーターソン」
 デイヴ・ブルーベック・トリオが来日して、旅館に泊った。夜、マッサージ師がきて、「頼んだのはどなたでしょう」ときいた。一人が言った。「ポールデス。モンドくれ」
 MJQが住んでいたアパートに、人が訪ねてきた。ドアをノックして、「ジョージ、ルイス(留守)かい?」中から声あり「こっちコニー・ケイ(こないかい)」。「何だ、見ルトジャクソンかと思ったら、やっパシ・ヒースじゃないか」
 ジャズに詳しくないと何のことやらわからなず面白くないけれど、これらはジャズ仲間で可笑しがっていた地口である。この手はもっとたくさんあるらしいが、ぼくは部外者なのでそれほど多くは知らない。

 このジャズに関する駄洒落ネタ、好きだなぁ。

 私は、社会人一年目に新潟市のあるジャズ喫茶に入り浸りになり、一年でバーボンのボトルを50本キープするほどだった。マスター、ママとも懇意になり、他のジャズ好きな仲間も交え閉店後に店でマージャンをすることが、しばしばあった。

 ジャズメンの地口が、ポンポン飛び出すマージャンだった。

 リーチする時は、「マックス・リーチ(ローチ)!」
 他の打ち手は、「トミー・フラナガン!」
 相手にふってしまった時は、「マイルス・デイビス」
 なんてね^^

 そのお店もなくなったし、その後に長岡に転勤になり行きつけだったジャズ喫茶も、とうに姿を消した。

 懐かしい、思い出である。

 さて、拙ブログでも「落語とジャズ」というカテゴリーでいくつか書いている。
 ご興味のある方は、ご覧のほどを。
拙ブログ「落語とジャズ」

 この本からは、まだ紹介したい内容があるが、いったんお休みしようと思う。

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by kogotokoubei | 2018-11-10 09:18 | 落語の本 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛