噺の話

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2018年 11月 05日 ( 1 )


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長部日出雄著『笑いの狩人-江戸落語家伝-』

 長部日出雄さんの『笑いの狩人-江戸落語家伝-』(新潮文庫)の解説を、矢野誠一さんが書いている。

 長部さんに関し興味深い内容だったので、紹介したい。

 文庫発行の昭和五十八年に書かれたもの。

 もうかれこれ二十年にはなる。
「キネマ旬報」あたりが、かなり意識的に使い出した「ショー。ビジネス」という目新しい言葉が、やっと定着しかかっていた。そのショー・ビジネスの世界の一端に身を置いたひとたちがかならず顔を出している酒場が新宿に何軒かあって、そんな酒場のどこかで長部日出雄さんを知った。まだ「週刊読売」の記者だった長部さんは、たいてい同僚の大沼正氏といっしょだった。定年退職するまで読売にいた大沼氏は、その後音楽評論家として独立すると間もなく、あっ気なく逝ってしまった。どちらかというとかまえの姿勢が目立ち、ぼそぼそと達観しているかのごときことを口にする大沼氏と、熱っぽくストレートに、見てきた舞台や映画に対する不満をぶちまけている長部さんの対照は、はたできいているだけでこちらを堪能させてくれたもので、目指す酒場に長部さんの姿が見えないと、なんとなくあてがはずれたような気分を味わうのだった。

 昭和9(1934)年生まれの長部さんは、弘前高等学校を卒業し早稲田大学文学部哲学科に入学したが中退後、昭和32(1957)年に『週刊読売』記者となった。
 矢野さんが新宿の酒場で長部さんに出会ったのは、そんな時期のことになる。

 引用を続ける。

 その時分の新宿松竹の地下に、文化演芸場という小劇場があった。ストリップ劇場の幕間狂言で活躍していたコメディアンたちによる軽演劇が、週がわりでかかっていたが、突如として手織座が室生犀星の『あにいもうと』を大真面目に上演してみたり、いまから考えると妙な劇場であった。この劇場には、南風カオル、財津一郎、石田英二、死んだ戸塚睦夫など、なかなか個性的な役者が出ていたのだが、満員の客を集めたことなどついぞなかった。その少ない客を相手に、いつもエネルギッシュな舞台を展開していたのが石井均の一座で、この石井均のことをいちばん最初に認め活字にしたのが長部日出雄さんであった。長部さんは、活字で石井均の舞台をほめるばかりではなく、しばしば楽屋にトリスの壜を差し入れたり、芝居がはねてから一座の連中をひき連れてのみ歩きながら、さかんに激励していた。つまり批評家と役者の関係を通りこし、いれあげていたのである。つい最近、清水邦夫さんが早稲田の学生時代、この石井均の芝居に通いつめていたときいて、見るべきひとはちゃんと見ていたのだなと、ある感慨を持ったばかりだ。

 長部さんは、石井均に限らず、記者時代に無名の多くの人をいち早く評価していた。
 私がその著作を愛読する筒井康隆や小林信彦も、長部さんという“見るべき人”に見出された人のリストに入る。

 矢野さんは、この本との出合いを次のように書いている。

 さて、『笑いの狩人-江戸落語家伝-』なのだが、1980年9月に実業之日本社から出たこの本を著者から寄贈され、一読したときのおどろきが忘れられない。「江戸落語事始」「落語復興」「幽霊出現」「天保浮かれ節」「円朝登場」の五篇からなるこの小説は、1976年8月から翌年の10月にかけて、あいだを置いて「週刊小説」に掲載されたものなのだが、本を頂戴するまで長部さんがそんな仕事をしていたことを知らないでいた僕は、通読して、ただでさえ複雑な江戸の落語史を、このひとが見事に把握していることに、まず感嘆してしまったのである。

 この思い、よく分かる。
 私も、読後に感嘆した。

 引用を続ける。

 もちろん新宿の酒場のカウンターで肩をならべながら、何度も落語や落語家のはなしに興じたことがあって、長部さんがかなりの落語好きで、この芸に精通していることは知っていた。だが、その話題は、桂文楽の『素人鰻』に出てくる神田川の金なる職人の酒乱ぶりについてであったり、古今亭志ん生の『品川心中』の貸本屋の金蔵と、川島雄三の傑作『幕末太陽伝』で小沢昭一が扮した金蔵との比較であったり、もっぱら当代の落語に限られていた。ブルドックが風邪をひいたようなと、その風貌を形容され、渋い芸が一部から熱狂的な支持を得ていた八代目の三笑亭可楽を、学生時代に都電のなかで見かけたときのことを、
「和服の膝に、きちんと鞄を置いてすわっているのはいいんだけど、その底にマジックインキかなんかで、ケー・エー・アール・エー・ケー・ユーって書いてあるんで、思わずふき出しそうになったな」
 なんてはなしてくれたことはよく覚えているが、江戸における寄席の元祖とされている京屋又三郎の初代三笑亭可楽のことなど、ついぞ話題にならなかったのである。

 酒場で、文楽の『素人鰻』の金の酒乱ぶりを、もしかすると八代目可楽の金と比べていたのかもしれないなぁ。私は、あの噺、可楽の音源が好きだ。

 我が居残り会もそうだが、好きな落語のことを同好の士と一杯やりながら語り合うのは、実に楽しいものだ。

 きっと、新宿の酒場での長部さんや矢野さんたちも、そういった時間と空間を共有していたのだろう。

 この解説は、次のように〆られている。

 かつて、新宿の石井均にいれあげた長部日出雄さんが、遠い江戸の芸人たちに真底いれあげてみせたのが、『笑いの狩人-江戸落語家伝-』なのだと、僕は勝手にそう思いこんでいる。

 その後、矢野さんが長部さんに会って、じかにこの本のことを語り合う機会があったのかどうかは、分からない。
 もし、その機会がなかったとしても、すでに遠くへ旅立った長部さんに会うことも、『笑いの狩人』の続編を読むこともできなくなってしまった。
 得がたい、芸能の目利きとしても、大きな存在を失ったのだと思う。


 果たして、当代の落語家の中で、どれほど、“いれあげる”ことができ、酒場の落語談義の素材となり得る噺家がいるのだろうか・・・・・・。

 矢野さんの解説を読み、昨日のNHK新人落語大賞を見て、やや寂しい思いがするのは、否めないなぁ。


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by kogotokoubei | 2018-11-05 12:54 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛