噺の話

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2018年 03月 03日 ( 1 )

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坊野寿山著『粗忽長屋』
 この本から、二回目。

 志ん生、志ん朝親子に関する、なかなか楽しい内容。

 音羽屋のかかとに似ている

 私の実家が木綿問屋をしていた関係から、志ん生のお内儀さんに仕立物の内職を頼んでいた時期があった。なんとも素早く仕上げる人で、浴衣なぞは一日で十枚も縫い上げたものだった。
 縫うのはお内儀さんだが、反物の受け取りも、仕立物の届けも、やって来るのは志ん生だった。甚五楼時代の事だった。
 朝七時頃、セルのもじりに鳥打ち帽をかぶってやって来る。浴衣の仕立物の入った風呂敷包みを首のうしろに回している。手に持てばいいものを、わざわざ首のうしろに回しているところが、余計におかしく見えたものであった。
 志ん生自身もそう思ったか、
「あんまり羽左衛門や音羽屋のやる格好じゃないですね、この格好は」と苦笑いしていた。


 ここで言う音羽屋は、六代目菊五郎のこと。

 歌舞伎の世界で「六代目」と言うと、この人を指す。

 志ん生と六代目との関係については、ずいぶん前になるが、「菊吉爺」や「團菊爺」、という題の記事で書いている。
2009年7月13日のブログ
 六代目は、明治18年生まれで、志ん生より五歳年長。

 さすがに、音羽屋は、仕立物を入れた風呂敷を首の後ろに回しはしないだろう^^

 この後に、興味深い話が続く。

 音羽屋といえば、息子の志ん朝に会った時にこんな話になった事がある。
 以前から私にたずねたい事があったという。何の事かと思うと、
「実は家(うち)の親爺の事なんですが、いい男だったどうですね」
「ウン、ちょっとやせていていい男だったよ」
「音羽屋そっくりだったそうですね」
 志ん生は息子にそんな事を云っていたのかと驚いた。しかし、信じている相手に「似ていない」というのもすげない。困り果ててつい、
「そういえば、かかとが似てたな」
 志ん朝は判ったのか判らないのか、妙な顔をしていた。後で、そばで聞いていた噺家に、
「先生も人が悪いですな。かかとが似ているなんてよく云ったもんですよ」と云われたが、私としては仕方がなかったのである。
 かかとが似ているなんて誉め方があるわけがない。何か云わないといけないような気がして、そん場の思いつきで口から出てしまったのである。第一、同じかかとでも音羽屋のかかとには色気があった。

 いい話だなぁ、と思う。

 本書の中で、好きな話の上位にくる逸話。

 「かかとが似ている」と言われた志ん朝は、寿山の心境を、どこまで分かっていたのか。
 うがった見方はしなかったのだろうなぁ、きっと。
 真面目に聞いていたからこそ、妙な顔になったのだろう。

 それにしても、音羽屋のかかとの「色気」とはねぇ・・・・・・。
 
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by kogotokoubei | 2018-03-03 10:00 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛