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噺の話

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2017年 10月 05日 ( 1 )

 矢野誠一さんの『女興行師 吉本せい』を踏まえ、NHKの「わろてんか」のチェックポイントと題して記事を三つ書いた。

 第二のチェックポイントは、せいのきょうだいは、どう描かれるか、だった。
2017年9月27日のブログ

 見ている方はご存じの通りで、NHKサイトの同ドラマのページでも確認できるように、主人公藤岡せいには、兄一人、妹一人という設定。。
NHKサイトの「わろてんか」のページ

 年齢順に並べると、こうなる。

   藤岡新一
    |
   藤岡てん
    |
   藤岡りん

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矢野誠一著『女興行師 吉本せい』(ちくま文庫)

 あらためて矢野誠一さんの本から、確認の意味で引用。
 せいの父、林豊次郎は文久元年(1861)十二月十日生まれ、母ちよは、元治元年(1864)三月十二日生まれとある。父二十七歳、母二十五歳のときの子になるせいは三女で、せいが生まれたとき、すでに明治十六年(1883)生まれの長男信之助、二十年(1887)生まれの次姉きくがいた。むかしのひとの例にもれず、豊次郎とちよの夫婦には子供が多かった。せいの生まれたあとも、千之助、正之助、勝、治雄という四人の弟と、ふみ、はな、ヨネ、富子のこれまた四人の妹ができている。死亡した長女をふくめ、十二人のきょうだいである。
 この十二人のきょうだいのなかで、明治三十二年(1899)年一月二十三日に生まれた三男の正之助と、明治四十年(1907)二月一日生まれの四男勝のふたりの弟が、後年のせいの仕事に大きな役割を果たすことになる。四男の勝は、昭和十四年に、その名を正式にそれまで通称として用いていた弘高と変更している。

 亡くなった長女も含め、十二人きょうだい。

 弟や妹の正確な順番は分からないので、弟四人、妹四人の順で並べるてみる。

   林信之助
    |
   林きく
    |
   林せい
    |
   林千之助
    |
   林正之助
    |
   林勝(弘高)
    |
   林治雄
    |
   林ふみ
    |
   林はな
    |
   林ヨネ
    |
   林富子   

 家族構成が、藤岡はなと吉本せいでは、あまりにも違う。

 そして、吉本興行というお笑いの一大帝国を築いた吉本せいを“モデル”にするなら、弟の正之助と勝(弘高)を描かないのは、まったくの片手落ち。

 しかし、“モチーフ”にした“フィクション”だから許されるのだろう^^

 今後、幼馴染の武井風太が正之助を“モチーフ”として、てんを支えるようになるのかもしれないが、「わろてんか」のシナリオなどを調べていないので、どうなるかは分からない。
 もし、そうだとしても、身内と幼馴染とでは、まったく意味合いが違う。

 せいの夫吉本吉兵衛が亡くなる少し前から、吉本せいは、頼りになるのは身内だけとばかりに、正之助を、その後に勝を自分の商売に引っ張り込んだ。

 弟だからこそ姉の意を受けて可能だった面があったはずで、幼馴染では、肉親との関係性に大きな違いがある。

 
 第一週を見ているだけでも、ドラマは、“モチーフ”とは、あまりにかけ離れている印象だ。
 生家の大阪と京都の違い、米問屋と薬問屋の違い、きょうだい構成や富裕度を含めた幼少期の家庭環境の違いなど、フィクションであると強調せんがための設定変更の努力と思えて、ハハハ・・・・・・と笑ってしまえる。

 後に夫となる人物との出会いも、吉本せいと吉兵衛とのそれとは、あまりにもかけ離れた“物語(フィクション)”。

 今後登場する、実際には存在しなかったはずのイケ面俳優演じる人物の登場なども含め、もはや、“モチーフ”という言葉すら相応しくないと思われる設定変更。

 すでに、明白だ。「わろてんか」は、吉本せいの物語ではない。

 チェックポイントの一番目や三番目の検証は、まだ先のことになるが、見続けることができるかどうか・・・・・・。

 チェックポイントの四番目には桂春団治のことを想定していたが、その記事を書くかどうか、思案中。

 ドラマが進むにつれて、吉本せいのドラマとして見ている視聴者の誤解は、どんどん拡大しそうで、それこそ、わろてんか、である。

by kogotokoubei | 2017-10-05 12:36 | ドラマや時代劇 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


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