噺の話

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2015年 03月 30日 ( 1 )

桜の花見の時期が来た。しかし、咲いた花を愛でる期間は、なんとも短い。
 だからこそ、桜なのかもしれない。
 三年近く前、藤原正彦さんの『国家の品格』から、散る桜に‘もののあわれ’を感じる日本人、という指摘をご紹介した。
2012年4月10日のブログ

 昨今の花見、かつてのように、会社などで争って場所取りをするほどには盛んに行われなくなったが、日本人にとって花見は、春を体感する重要な行事であることには違いない。

 もちろん、楽しみ方は人それぞれ。仲間と飲むもよし、一人で窓から眺めて楽しむも、よし。

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神崎宣武著『旬の日本文化』(角川ソフィア文庫)
 
 まずは、花見の起源について、節分の際の記事2015年2月3日のブログでも引用した、岡山宇佐八幡神社宮司で民俗学者、神崎宣武著『旬の日本文化』からご紹介したい。

 花見の起源については、諸説ある。
 ひとつは、都の貴人たちの雅遊説。「百敷(ももしき)の大宮人(おおみやびと)は暇あれや桜かざして今日も謳ひつ」とうたわれたように、平安期の貴族たちは花を見て歌を詠み、そぞろに遊びたわむれていた。宮中でも花見の宴があった、と古文献に伝わる。そして、庭園では、曲水の宴が催された、と伝わる
 もうひとつは、武家の夜宴説。たとえば、豊臣秀吉が晩年に催した山城三宝院での花見は、あまりにも有名である。
「花は桜木、人は武士」というがごとくに、武士たちは、ことさらにサクラを尊んだ。散りぎわの潔さ、美しさが武士道にそぐうから、という。
 京都を中心には、寺の庭にサクラの木が植わっていた。これも、花のはかなさと散りぎわの美しさを仏心にもとづく人生に投影してのことであっただろう。
 さて、こうした特権階級の花見が、やがて庶民社会に広まった。とくに、江戸の町で花見が盛んになり、江戸後期には、上野、飛鳥山、向島などが花見の名所となった。たしかに、今日私どもが催すところの花見行楽の源流はここにある、といってよいかもしれない。


 
 上記の内容は、いわば都会の花見の起源とでも言うべきもので、本書では農村での起源についても言及している。
 しかし、花見の歴史的な展開を都や江戸を中心に説くだけではことはすまない。文化は、上位加下達式に伝播するとはかぎらない。
  (中 略)
 農村社会でのそれは、「山遊び」「野辺遊び」といわれた。たとえば、西日本の各地、とくに近畿地方の山地から中国地方の山地にかけては、旧暦の三月三日か四日が花見日であった。その日は、集落ごとに老若男女が連れだって見晴らしのよい山や丘に登り、酒肴を楽しんで遊んだ。東北地方では、四月八日を花見日とした例が多かった。
 山に花が咲く。それは、まさに農作業はじまりを知らせてくれた。花見の「見」は、ただ見るだけではない。月見や日和見と同じように、日立てをいうのである。わかりやすくいうと、桜前線から約一か月半ほど遅れて田植え前線が同様のカーブを描いて北上するのである。
 人びとは、酒肴を携えて山に登り、ある種の神まつりを行なう。山のサクラは、山のカミがそこに依りついたしるしにほかならない。その下で神人が共食し、豊作を約することに本義があったのだ。そのあと、サクラの一枝や柴木の一枝を手折って持ち帰り、家の庭口や一番田(最初に田植えをする田)の水口に立てるという慣行を各地で伝えていた。山のカミを田のカミとして里に降ろす、その伝統なのである。


 八百万の神の国、日本ならではの伝統行事であった、ということか。

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杉浦日向子監修『お江戸でござる』

 新潮文庫の『お江戸でござる』は、平成7(1995)年から平成16(2004)年まで放送された、NHK「コメディーお江戸でござる」を本にしたもので、もちろん杉浦日向子さんの監修。

 こちらでは、江戸の花見が、より動的な場であり、男女の出会いの場でもあったことが紹介されている。
 江戸時代中期から花見が盛んに行われるようになりましたが、私たちに親しみがある染井吉野が開発されたのは幕末から明治にかけてです。この頃はまだ、紅い若葉が先んじて霞のようにほんのりした咲き方の山桜でしたが、人々は春を満喫しました。
 花見は、桜を見に行くというよりは自分たちを見せに行くパフォーマンスの場です。若い人たちがおそろいの着物を着て、歌ったり踊ったり、即興の芝居をしたりします。
お花見の時の茶店には、三味線や小道具の鬘などをレンタルしてくれるところもあります。手ぶらで行っても、にぎやかにすることができるのです。
 女性たちは「花衣」といって、年に一度の花見のために衣装をこしらえたり借りたりして、花よりもあでやかに着飾ります。男性にとっては、それを見るのが何よりも楽しみです。
 花見の席では、お見合いもよく行われます。花見を縁に、山菜取り、潮干狩り、夏の野山に行くなどして縁を深め、秋の頃に祝言というのがおめでたいコースです。
 江戸の花見は三種類あります。最初は「梅見」で、親友と旧交を温める機会です。次に「桜見」で、ちょうど卒業・就職の季節の歓送迎会に当たります。締めが「桃見」で、これは郊外にハイキングして家族の和を楽しむ会です。この三つをクリアして春が成就したと、江戸の人々は感じていました。


 この部分を読んでいて、落語の『長屋の花見』や『花見の仇討ち』、そして『百年目』などにおける、‘酒肴’と‘趣向’の場としての花見の姿が思い浮かんだ。

 本書は、単行本が、まだ番組放送中の平成15(2003)年9月にワニブックスから『お江戸でござる-現代に活かしたい江戸の知恵』の題で発行され、平成18(2006)年7月に図版を入れ替えて新潮文庫から発行された。

 文庫の「はじめに」は、単行本の時と同じ内容で、NHK「コメディーお江戸でござる」スタッフ一同、の名で書かれている。
 一部引用したい。

 この番組は、毎回読みきりの「コメディー」、出演歌手が歌う「オリジナルソング」、文筆家・杉浦日向子さんが解説する「おもしろ江戸ばなし」の三部構成。一流の役者さんたちを迎え、練習に多くの時間をさけないにもかかわらず、アドリブに頼らないきっちりとした芝居をつくるよう努めています。コメディー部分はVTRの編集をせず、収録した通りに放送するため、「この番組は毎回ものすごく緊張する」とおっしゃる出演者も少なくありません。
 杉浦日向子さんには、「江戸の意外性と現代との共通性」をテーマに、いわば江戸世界へのいざない役として、庶民の暮らしぶりを中心に楽しい解説をしていただいています。
 この本は、過去九年間に「おもしろ江戸ばなし」で取り上げた、江戸庶民の生活や風俗のお話を、テーマ別にわかり易くまとめたものです。
 「江戸」は遠い昔の町ではありません、「江戸はゲンダイの隣町」なのです。
 さあ、ちょいと隣町まで足をのばして、豊かな江戸の世界に分け入ってみようではありませんか。


 単行本発行から半年後に放送は終了するのだが、紹介した文章には、NHKスタッフの意気込みが十分に伝わってくる。

 あの番組は、コメディー部分も良かった。

 NHKアーカイブスのサイトにある「名作選 みのがしなつかし」で、同番組のページがあるので、一部引用する。
NHKアーカイブス「NHK名作選 みのがしなつかし」の該当ページ

NHKに公開コメディー復活

1972(昭和47)年から1982(昭和57)年まで放送された『お笑いオンステージ』以来、13年ぶりの「公開コメディー」となった『コメディー お江戸でござる』。その出発点は、江戸時代と現代との不思議な共通性や意外性に着目したことだった。番組では、江戸の面白さをよりリアルに伝えるために“通し収録、ノー編集”で作られる「公開コメディー」の形式を採用することに。しかし、13年のブランクでNHKには公開コメディーの制作ノウハウがなくなる寸前だったため、スタッフは『お笑いオンステージ』にも出演経験があり、コメディー経験も豊富だった伊東四朗に出演をオファー。同時に演出家として『お笑いオンステージ』を手がけていた滝大作に協力を求めた。


 伊東四朗と滝大作、この二人がこの番組成功の鍵を握っていたと思う。

明確な喜劇論を持ち、徹底的にスタッフと討論を重ねて番組を練り上げていった伊東は「『お笑いオンステージ』は三波(伸介)という“上”がいて、私はわき役だったので楽でしたが、今回は座長として番組の中心にいるので苦労していますよ。全体を見渡さなければなりませんから」と番組づくりについて語っていた。


 その後、伊東四朗は座長としてコメディーの舞台を成功させるが、その原点がこの番組ではなかっただろうか。

 役者と脚本家、演出家のプロ同士が、しのぎを削ってつくったコメディーだったのだろう、と今になって思う。

 今日、同じような顔ぶれの芸人ばかりで作られる安易なバラエティーとはまったく次元の違う、笑いながら江戸を知ることのできる高い品質のドラマを提供していた。 
 今どき、VTRの編集版を使わず生のままで放送なんて番組、ニュースやスポーツ以外にどれだけ存在するだろうか。 

 伊東四朗は途中で降板したが、その後も、山田吾一、えなりかずき、魁三太郎、前田吟などの芸達者たちによりドラマの質はしっかり維持されたと思う。
 加えて、由紀さおり、野川由美子、松金よね子、竹下景子、浅茅陽子といった女優陣も充実していた。

 そして、何と言っても杉浦日向子さんのコーナーが楽しみで、よく見たものだ。

 「名作選 みのがしなつかし」では、次のように書かれている。
伊東を中心に展開する「芝居」の“あら探し”をすることもあった「おもしろ江戸ばなし」。番組プロデューサーは「コメディー部分はちゃんと時代考証をして作っていますが、杉浦さんに指摘されて初めて知ることが多いですね」と、研究家の目の鋭さを実感していたよう。その杉浦は数々の名作を残して漫画家を廃業。その後、江戸時代の魅力に取りつかれ、江戸風俗研究家となった異色の経歴の持ち主。その知識の深さはもちろん、粋で優しい語り口に多くの視聴者が引き込まれた。

 その杉浦さんは、この番組の放送が終了した翌平成17(2005)年7月、帰らぬ人となってしまった。
 最終回とその前の回が石川英輔に代わっていたのは、当時すでに杉浦さんの体調が良くなかったからのようだ。

 そういう意味では、映像において、あの番組は杉浦さんの遺作と言えるのではなかろうか。

 花見のことを考えて本を辿っていたら、つい、あの懐かしい番組を思い出してしまった。
 今のNHKでは、とてもあんな番組は出来そうにないだろう。
 
 録画しておいて週末に見ることが多かったが、保存しなかったのが悔やまれる。
 しかし、今見たら、辛くなるかもしれないなぁ・・・・・・。

 そんなことも思わせる、江戸を楽しく学ぶ、良い番組だったと思う。
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by kogotokoubei | 2015-03-30 19:22 | 江戸関連 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛