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噺の話

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2014年 03月 29日 ( 1 )

「ごちそうさん」が終わった。結構楽しんで見たが、もう少し後半でも戦後の東京を盛り込んで欲しかった。いったいあの戦争で江戸から息づいた街がどう変貌したのかを見たかった気がする。

 先日、JAL名人会に行く直前、神保町で短時間ながら古書店を回った。その際、読もう読もうと思っていた池波正太郎の『江戸切絵図散歩』が、某書店の店先のワゴンにあり、状態も良いので迷わず購入。
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池波正太郎著『江戸切絵図散歩』(新潮文庫)

 これが頗る楽しい。単行本は平成元年発行、平成五年に文庫化された。

 日本橋の章から、まずご紹介。池波は小学校を出てすぐに証券会社の茅場町のT商店で勤め始め、その後に兜町のM商店に移っている。M商店に移ったのはT商店では住み込みだったがM商店では浅草聖天町の実家から通えるからだ。

 切絵図を見ると、T商店があった辺りは、幕府の組屋敷になっている。この一隅に俳人・宝井其角の家があったとかで、その跡が[其角]という料亭になっていて、後年、私も何度か行ったことがある。
 M商店へ移ってからは、朝な夕なに日本橋をわたって通勤をした。この橋は、1911年に設けられた花崗岩造りの二連アーチ橋であるが、むかしの木の橋は、徳川家康が江戸へ入って来て、すぐに架けた。そして日本橋周辺に町割りをして、この橋を諸街道の起点とした。そのように由緒の深い名橋の上へコンクリートの高速道路をかけわたした木端役人には愛想がつきる。川筋をえらび、安易に造った高速道路は役に立たない。すぐに渋滞してしまうからだ。



 まったく“木端役人”には私も愛想がつきる。

 SankeiBizのサイトに、下の写真を含め、2020年の東京五輪が、日本橋の上に架かる首都高を取り壊して景観を取り戻す機会になる、なんて記事が掲載されていた。
SankeiBizサイトの該当ページ

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 もし首都高をはずすなら、江戸切絵図をもとに、その下にあった江戸城の濠を再度掘り返し、“水の都・東京”を取り戻して欲しいが、そうなならないだろう。すでに、高架下にはビルが立ち並んでいる。
 
 M商店ならぬ、M不動産は儲かるかもしれないが、高速がなくなっても、別なコンクリートが地上や地下に現われるだけだろう。もちろん、“木端役人”が、今でもたくさんいるから、江戸の文化、伝統の復活などを思い浮かぶはずもなかろう。


 池波正太郎の、M商店周辺についての回想。

 M商店は、江戸橋を南へわたり、日本橋川と楓川が合うあたりに架かって兜橋を東へわたった右手にあった。
 左手は証券ビルで、旧渋沢栄一邸跡である。江戸時代は大名屋敷で、切絵図には松平和泉守(三河・西尾六万石)となっている。ゆえに、江戸時代はM商店も、松平屋敷の内だったかとおもわれる。むろんのことに兜橋は架けられていない。
 そもそも兜町の名は、むかし、源義家が東北を鎮圧した折、この地へ兜を埋めたといわれ、そのあたりに、いまも小さな兜神社がある。兜神社と道をへだてて、M商店があったわけだ。
 明治の天才版画家・井上安治に「鎧橋遠景」の一枚がある。夜空に月が浮いた川面に、「大渠に面せる伊国ベネチアのゴート式建築は水上に浮んで蜃気楼の如き観を呈し、水と建築と相俟って他に類例少なき興趣をそそる」
 と、評された渋沢邸の灯火に、川面の荷船が黒ぐろと浮いて見える。明治も中期の景観だろう。



 Pinterestのサイトから井上安治の「鎧橋遠景」をお借りした。
Pinterestサイトの該当ページ

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 なんとも結構な版画である。月、渋沢亭の家の灯り、複数の舟に鉄橋の遠景。こういう光景が昔はあったのだ。

 このあと、次のように続く。

 明治から昭和初期にかけて、財界最大の指導者だった渋沢栄一が、この邸宅を建てて間もなく、兜橋も架かったのではあるまいか。
 画面の彼方には、鎧橋の鉄橋が見えるが、江戸時代には橋がなく、渡し舟だった。切絵図にも鎧ノ渡と記してある。


 本書に掲載されているものと同じ「日本橋南之絵図」を、「いい東京」サイトの「江戸散歩・江戸散策」のページからお借りした。「いい東京」サイトの「江戸散歩・江戸三作」該当ページ

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 上(北)のはじ、ほぼ中央(No.46のあたり)にある松平和泉守の屋敷右側に「鎧ノ渡」と書かれているのが確認できる。


 今、切絵図を持って東京を散歩するのがちょっとしたブームになっているようだ。良いことだと思う。私は切絵図を見ているだけで飽きない。ほとんど落語の舞台を確認するために見ているのだけどね。

 切絵図を持って散策する多くの方が、かつての濠が埋められその上に高速が走る街並と、江戸の街との違いに思い至るだろう。水気がなくなりコンクリートばかりになった街に熊さんや八っつあんは住めない。

 次のオリンピックで、さらなく建設という破壊が起こらないよう願う人が増えることを期待したい。

 池波正太郎の“木端役人”への怒りを共有できた私は、この本を読みながら、そんなことを考えていた。
by kogotokoubei | 2014-03-29 07:04 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛