噺の話

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2014年 03月 25日 ( 1 )

 昨日彼岸が明けたが、先週土曜の国立名人会における桂小文治『野ざらし』は、彼岸に相応しい噺だった、と今になって思う。ただし、春なのか秋なのかは、やや判断が難しい。麻生芳伸編集『落語百選』(ちくま文庫)では秋に含まれているが、かならずしも秋と言い切れない部分がある。そのミステリー(?)については後述する。
 

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関山和夫著『落語風俗帳』(白水Uブックス)
 落語と仏教や説教との関係に詳しい、関山和夫著『落語風俗帳』から、この噺の成り立ちをご紹介。

 この咄は、別名を『手向けの酒』といい、上方落語に同種の『骨釣り』という作品がある。『骨釣り』の方が型としては古いようである。原話が中国・明末の『笑府』にあることは、よく知られている。『笑府』所収の原話も『骨釣り』もサゲが男色になっている。その原典が、桂米朝の『米朝落語全集』第四巻『骨釣り』に具体的に紹介されている。
 さて『野ざらし』は、二代目正蔵が『笑府』にある原話をもとにして作りあげたという伝承が落語界にある。僧侶あがりの噺家にしてはじめてこのような仏教的な因果応報・功徳の思想を盛った作品が創造できたのである。この咄が寄席の高座にかけられた初期のころは、怪談噺だったようで、四代目柳家小さんまで伝わった型について私は越智治雄氏から聞いたことがある。現在行われているのは、初代三遊亭圓遊(実際は三代目だが、人気があって初代と自他ともに許す)が陽気な滑稽噺に改作したものであるが、それでも原作にあったと思われる仏教文学的な話芸の妙味を味わうことができる。


 『骨釣り』のサゲは詳しくは書かないが、石川五右衛門の幽霊が登場する。サゲはともかく、私は上方の『骨釣り』も好きだ。途中の船遊びの描写などが楽しい。

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『落語の鑑賞201』延広真治編(新書館)

 さて、同じ原話から、二代目正蔵、そして円遊を経て今日に伝わる『野ざらし』。

 延広真治編集二村文人・中込重明著『落語の鑑賞201』(2002年9月5日初版発行)には、先代馬生の興味深い言葉が紹介されている。

 十代目馬生は、「いったいおまえはなんだ?」「へえ、あたしは新朝という幇間(たいこ)で」「なに、新町の幇間(太鼓)?しまった、さっきのは馬の皮だった」と落ちまで演じ、あそこは“馬の骨”ではさげにならない。“タイコ”だから“馬の皮”でさげになるんです」と語っている(『落語界』第二十七号)。
 馬生は、三代目柳亭燕枝から教わったという。ちなみに、この咄を売り物にした初代三遊亭円遊は、「エエ、恐ろしい鼻の大きな口の悪い骨(こつ)が来たが、汝(てめい)一体何処の者だ」「こう見えても新朝と云ふ幇間(たいこ)でげす」「ハアー、それでは葦の中のは、馬の骨(こつ)であった」と演じている(『明治大正落語集成』)。


 馬生らしい解釈、とも言えるが「馬の骨」で私は問題ないと思うなぁ。

 馬生門下では雲助で短縮版を聴いたことはあるが、サゲまで演じる時は「馬の皮」なのだろうか。

 それでは、あらすじをサゲまで。

(1)八五郎、夜の明けるのを待ちかねて長屋の隣の隠居、尾形清十郎をたたき起こす。
   「夜中の女は、どこから引っ張ってきた」と聞くが清十郎がとぼけると、「壁に
   穴をあけてのぞいたぞ」と言われ、清十郎が顛末を説明し始める。
(2)昨日、向島へ釣りに行ったが、雑魚一匹かからない、こういう日は殺生してはならん
   戒めと思い帰ろうとすると、鐘の音とともにヨシの中からカラスが飛ぶ立ち、見る
   と野ざらしの髑髏(どくろ)。これでは浮かばれまいとふくべの酒をかけて手向け
   をして帰った。すると夜中に「お蔭様で浮かばれました」と、訪ねてきたのがあの娘、
   とのこと。。
   *この部分で、「彼岸に殺生するなという戒め」として演じる場合もある。
(3)幽霊でもあんないい女なら一晩みっちり話しをしたい、と八五郎は清十郎の大事な
   竿を持ち出して向島へ。エサもつけずに釣り始め、周囲の釣り人に注意されても
   おかまいなし。竿で水の中をかき回すわ、サイサイ節の替え歌を歌うなど絶好調。
   夜中に女がやって来る妄想にふけ仕方ばなしを始め、竿で自分の顎を釣る始末。
(4)カラスならぬムクドリが飛び立って、骨があった。八五郎はうろ覚えの手向けの句
   で回向し、ふくべの酒をかけて「今晩待ってるよ」と、長屋へ帰る。
(5)これを近くに舫っていた屋根船で聞いていたのが、太鼓持ち、幇間。女と会う場面
   に乗り込んで祝儀をもらおうと、八五郎の長屋を訪ねる。
(6)八五郎が女かと思ったらやって来たのが幇間。
   「お前はなんだ」
   「新朝というたいこです」
   「なに新町の太鼓。しまった、昼のは馬の骨だった」で、サゲ。

 通常は、(3)の、自分で顎(あるいは鼻の穴)を釣るあたりでサゲるが、桂小文治はサゲまで聴かせてくれた。
 これまで柳家花緑、入船亭扇辰でもサゲまで演じるのを聴いている。扇辰は「馬の骨」ではないサゲにしていた。扇辰の高座は最期の幇間と八五郎とのやりとりが頗る楽しく、2012年のマイベスト十席に選んでいる。

 定評のある小三治の生の高座には、残念ながらまだ出会えていない。

 過去の音源では、まず三代目春風亭柳好。そして、ずいぶん前に記事に書いたが、談志も認めていた八代目春風亭柳枝の二人が図抜けているように思う。
2008年6月27日のブログ

 柳好は、釣りの場所を、最初は三囲辺り、そこから鐘ヶ淵まで移動しても駄目だった、と言っている。柳枝は、単に向島としている。

 柳好は、とにかく“謳い調子”と言われたテンポの良い語り口が楽しい。柳枝は、『喜撰小僧』や『四段目』における小僧の定吉のような味のあるおどけ振りを、八五郎が演じるのが好きだ。談志が言うように、必ずしも柳好が一番、と言えないだけの魅力が柳枝のこの噺にはある。


 この二人とも、手向けの句などは初代円遊作を踏襲しているが、この円遊の作った内容、よ~く考えるとと何かと矛盾がある。

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佐藤光房著『合本 東京落語地図』(朝日文庫)

 『今戸の狐』『今戸焼』でも引用した佐藤光房著『合本 東京落語地図』から、この噺の季節が特定できにくいことについて、ご紹介。

 注意して聞くと、円遊の噺にはいろいろ変なところがある。「野を肥やす骨をかたみにすすきかな」という手向けの句は、「すすき」が出てくるから季節は秋だろう、ところがそれにつづけて「四方の山々雪解けて、水かさまさる大川の、上げ潮南風(みなみ)でどぶうりどぶり」という。雪解け水が流れてくるのは春ではないか。
 また「上げ潮南風」といったすぐあとで「風もないのに傍(かたえ)のヨシが、がさがさ、がさがさと動いて」カラスが三羽飛び立つのだ。川が波立つほどの南風が吹いたかと思うと急に無風になったり、なんともいい加減であるのだが、調子がいいのでついつい聞き過ごしてしまう。


 というわけで、春でも秋でも良い噺、と考えることにしよう。
 
 また、八五郎が鐘の音の違いを歌い分ける場面にも、いい加減さが残っている。

 カラスが飛び立つ前に「浅草寺弁天山で打ち出す鐘が陰にこもってものすごく」鳴ることになっている。円遊の八五郎は「上野と浅草は音が違うそうだな。上野の鐘の方は金が入っているから音が高えとよ」とまぜっ返すが、これも浅草の間違い。いずれも「花の雲鐘は上野か浅草か」とうたわれた時の鐘だが、金が入っているのは浅草の方だ。浅草寺の鐘には「五大将軍綱吉公の寵臣牧野備後守成貞が黄金二百枚を喜捨し、地金中に鋳込ませ・・・・・・」と、台東区が立てた説明板がついている。


 こういった“?”もあるのだが、円遊が怪談噺を今に残る滑稽噺に作り上げた功績を、少しも傷つけるものではないだろう。

 この噺、春と秋の彼岸の頃、ぜひサゲまで聴きたいと思う。扇辰の例で言うなら、幇間の新朝が八五郎の長屋の様子を「ヨイショ」をする時の浮かれた口調で説明するのが大変に楽しい。「まるで居ながらにして江の島」なんて科白が飛び出す。
 だから、向島の釣り人を相手にした八五郎のわがままな振る舞いが、最後には幇間新朝によって逆襲されるような、そんな爽快感も楽しめる。
 サゲは人によって工夫してもらっても結構だし、伝統的な「馬の骨」でも良いだろう。「どこの馬の骨かも分からない」なんて言葉だってあることだしね。

 もちろん、過去の名人なら、途中でサゲても楽しめる。柳好は、あまりにも有名なので、ぜひ柳枝をお聞きいただきたい。いいんですよ、これが。
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ビクター落語 春風亭柳枝『野ざらし』他
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by kogotokoubei | 2014-03-25 00:43 | 落語のネタ | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛