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噺の話

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2012年 10月 21日 ( 1 )

浅草は、このブログを書く前に行って以来。かれこれ五年振りになる。家からの距離の遠さの問題もあるが、やはり会場の客層に、団体が多いことに加え、あまりにも落語と寄席のマナーを知らない人が多い、という印象が足を遠ざけてきた。 
 しかし、文菊と志ん陽の真打昇進披露興行に行ける可能性のあるのは、結果として千秋楽となるこの日くらいのため、久し振りに参上した。鈴本と末広亭が済んだ後は、国立演芸場の九日目の夜の部以外は昼席であり、土曜の夜と日曜には寄席・落語会に行かないしがない会社員には、チャンスはきわめて少ないのだ。

 新仲見世をぶらぶらしながら浅草演芸ホールには開場時間11時の20分ほど前に着いたが、すでに十人ほど並んでいた。
 会場前の幟は、当人である志ん陽と文菊(字が反対でゴメンナサイ)のものに加えて小三治のものを含め三本並ぶ。
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 中で食べる食料を求め近くを少しブラブラしたら、行列のある店を発見。何と250円、「台東区一安い」と宣伝のある弁当屋だった。チラっと見ると、から揚げ弁当に、鮭とから揚げの弁当が中心。ちょっとご飯の量も多すぎるような気がするし、から揚げは好きなほうではないので、コンビニで「助六」とお茶を買って演芸場へ戻り、時間少し前に開場されて、もちろん一階の客席へ。

 最後列の一列にロープが張られ「予約席」の表示。この程度なら良しとしよう。前過ぎず後ろ過ぎない好みの席に座って開演を待つ間に、お客さんは次第に増え、最終的には一階はほぼ満席になった。

 11時30分に幕が開いた。主任の文菊への後ろ幕は、「たまごの会贔屓与利」。
 ここからは演者と所要時間、そして私の感想を記したい。ここは普段でも出演者が多く持ち時間が少ない上に、披露興行である。とにかく忙しい高座ではあった。しかし、いろんな人を知ることができるメリットも、もちろんある。(と、少しはヨイショ!)


古今亭半輔『のめる』(10分)  
 そうか、まだ三年目の前座だったんだ、と思わせる二ツ目としてもまったく問題のない高座。聴く機会が結構多いほうだと思うが、着実に上手くなっている印象。後で順子さんの相方を無難に務めたことなども含め、師匠の指導よろしく成長しているように思う。

古今亭きょう介『たらちね』(9分)  
 志ん橋門下で半輔の一年先輩の前座さん。私にとっては、今年2月のざま昼席落語会(今松の『子別れ~通し~』に驚いた会)、一昨年の横浜にぎわい座の白酒ばなしの開口一番と、同じネタが三回続いた。他のネタも持っているのだろうが、確率的に、他のネタにあたってもいいはずで、やはりもう少し持ちネタを増やす必要があるのではなかろうか。眉毛の濃さなども含め、芸人向きの顔であるように思うが、これからの精進次第だろう。

桂才紫『穴子でからぬけ』(10分)
 初である。桂才賀の弟子なので、古今亭一門に属する二ツ目さん。だから、古今亭で最初に習う前座噺のこのネタ。ちなみに柳家で最初に習う前座噺は『道灌』。
 私は都合で予選を含め行くことができなかったが、今年「さがみはら若手落語家選手権」で優勝している。その実力は高座に現れていた。今後も聴いてみたいと思わせた。

古今亭菊志ん『粗忽の釘』(10分)
 短縮版ではあったが、前の三人に貫禄を示す高座。会場には、寄席デビューのお客さん(某新聞社のタダ券か?)も多く、伊勢屋での出会いから盥での行水あたりでは爆笑の渦。この人の持ち味は十分に発揮しての高座だったが、サゲの後に下がる表情は、どことなく暗かった。まだ、師匠のことが尾を引いているか・・・・・・。
 もちろん、それも当然だろう。親とも言える師匠が、たった一週間前に亡くなっているのだ。しかし、菊志んの高座には、「意地でも、後輩文菊の披露目の高座は、精一杯努めるぞ!」といった想いが、私には伝わった。

すず風にゃん子・金魚 漫才(8分)
 浅草の舞台は他の寄席に比べて客席より高いので、金魚さんの衣装は、正直気になるのだ。もちろん、そんな心配は無用なのだろうが・・・・・・。

隅田川馬石『子ほめ』(9分)
 本来は白酒と菊之丞の交互出演の出番での代演。土曜日である、あの二人はたしかに忙しい。彼らのサイトによると、菊之丞は滋賀の大津、白酒は熊本である。短い持ち時間で、師匠雲助が寄席のネタでもっとも好きと公言している噺をしっかりと。

金原亭馬の助『権兵衛たぬき』&百面相(12分)
 本来は正蔵の番での代演。初である。初代馬の助の弟子。見た目も高座も“ほんわか”としていて、そうだ、志ん陽にも似た雰囲気である。ネタの後での「百面相」は、大黒、恵比寿、達磨、そして分福茶釜のたぬきで会場を沸かせた。今日では、貴重な芸の継承者と言えるだろう。志ん陽あたりが継いでくれないだろうか^^

ひびきわたる 漫談(8分)
 いつものネタだが、結構会場は沸いた。寄席初心者の方のおかげだろう。

古今亭志ん彌『親子酒』(15分)
 菊龍に次ぐ圓菊の二番目の弟子。私はこの人の渋い高座が好きだ。昨年末に末広亭で『替り目』を聴いて、もっと早く知るべきだったことを反省した。圓菊門下は、皆しっかりしている。仲入り後には、口上での司会役も、しっかりこなしていた。

古今亭志ん輔『豊竹屋』(13分)
 志ん彌と志ん輔との替り目に、ぞろぞろと客の出入りでざわつく。このへんは、他の三つの定席では考えられない騒がしさ。しかし、いつものように飄々と登場した志ん輔の高座は、面目躍如だった。本人も手応えを感じていたようだ。ブログにこう書いてあった。2012年10月20日の「志ん輔日々是凡日」

12時50分 楽屋入り「豊竹屋」をやって見た。これがことの外いい感じだったのは嬉しかった。


 実は、志ん輔はこの後、朝日名人会で『稽古屋』を披露するのだが、まさか文菊が同じネタになったのは、あくまで偶然だろうなぁ・・・・・・。

アサダ二世 奇術 (13分)
 この“ゆるい”芸、好きだなぁ。前のほうのお客さん同士が話しだしてうるさい時、「個人的な話を大きな声でしないでね」と叱ったところも大賛成!
 落語の途中で、平気で立ち上がって出て行った二列目の男とか、高座の途中で平気で入ってきた二人連れなど、とんでもない客が、他の定席に比べ多いのは、以前とまったく変わらない。

古今亭菊龍『つぼ算』(15分)
 圓菊一門の総領弟子。この人に関しては、昨年末のむかし家今松主任の末広亭で『ちしゃ医者』を聴いて、枝雀の十八番だった上方落語をかける噺家さんが権太楼と鯉昇の他にもいることを知ってうれしかったことを思い出す。
 やや桂才賀風のマクラから寄席初心者と思しきお客さんが沸き、本編に入ってからもネタそのものの可笑しさで笑ってくれていたこともあるが、しっかりとして高座だった。こういう“兄貴”がいるから、若手も育つのではなかろうか、そんな気がした。

桂歌司 漫談 (15分)
 圓窓の代演。圓窓のスケジュールは、知らない。後から登場した正蔵の漫談と同じ位に会場を沸かせたのではなかろうか。歌司も正蔵も、漫談なら笑える・・・・・・。

あした順子 漫談など (14分)
 一人の舞台は初めてである。とにかく、ひろしさんの復帰を心待ちしている気持がヒシヒシち伝わる。途中で相手役として開口一番の半輔が登場して盛り上げた。順子さんが半輔のひろし役を褒めていたが、ほとんど孫に対する言葉のようだった。順子さんは昭和9(1934)年生まれの今年78歳。ひろしさんは昭和2(1927)年生まれの85歳だ。ぜひ、ひろしさんが復帰されお二人の漫才を、もう一度見させていただきたい。

三遊亭金馬『長短』(15分)
 仲入り前のこの枠、小三治、木久扇、そして金馬の交替出演、と言っても木久扇は13日のみ、小三治は17日と18日の二日だけなので浅草の仲入り前はこの人が背負っていたと言っていいだろう。昭和4(1929)年生まれの83歳は、圓菊の一つ下。釈台を置き高座へ。二月にバス亭で倒れ心肺停止になったが、偶然の運もありペースメーカーを埋めることになったが生きている、と語る。 
 本編は、長さんが上方出身という設定が珍しいこの噺。私は感心した、と言うか金馬の執念のようなものを見たような気がする。長さんは決して与太郎にはならないし、短七の気短ぶりも結構。決して無理に笑わせようとしない芸で会場は沸いた。私は、非常に強い“気”を感じた。きっと千秋楽ということで特別な感慨もあったに違いない。この高座は忘れないだろう。

真打昇進披露口上 (11分)
 仲入り後、まだざわつく中で幕が上がる。後ろ幕は、「落語協会」・・・・・・。一之輔は三枚すべて彼への後ろ幕だった。それが例外的なのだろうということが、よく分かった。
 口上に並んだのは、下手から司会の志ん彌、圓菊門下総領弟子の菊龍、文菊、志ん陽、志ん橋(良かった!)、正蔵(おや、間に合った)、金馬の七人。
 司会の志ん彌の後は、次の順番だった。
 (1)正蔵 (2)金馬 (3)志ん橋 (4)菊龍
 この中では、その体調を気にしていた志ん橋が、志ん陽のことを「ほんわかで、ぼんやりしていて、お客様はムキになってお聞きにならないように」という言葉が会場を沸かした。菊龍からは、師匠圓菊のことも少し語られたが、一門の気持の整理はもう出来ていたのだろう、決してお涙頂戴ではなく明るい口上が印象的だった。締めの三本締めの音頭は金馬。

ペペ桜井 ギター漫談 (10分)
 口上後の後ろ幕はもちろん文菊宛で、「尾山台倶楽部与利」。
 何度見ても、「禁じられた遊び」を弾きながら、「浪花節だよ人生は」を唄う芸は、流石である。

古今亭志ん陽『まんじゅう怖い』(18分)
 一之輔、文菊と比べて、どうしても心配させてくれた(?)のが、この人だった。しかし、浅草千秋楽での高座を聴くかぎり、それは杞憂だったのかもしれない。非常に落ち着いていたし、まさに本寸法の出来。この人の持ち味である明るさと大らかさが生きた高座。志ん橋が口上で語ったいた通り、“ムキ”になって聴かなければ、なるほど楽しい高座に違いない。

古今亭志ん橋『浮世床-序-』(5分)
 口上の時の顔色の青さが気になったが、高座ではそれほどではなかった。しかし、声はかすれており、時おり咳き込んでいた。やはり体調は万全ではないのだろう。海老床に飾られた海老が「生きている」「いや、死んでいる」と口論している二人が、やって来たご隠居に判定役を頼んだところ、「いや、この海老は病んでいる」「どうして?」「見てみろ、この海老は床についている」の定番の小噺で、五分で下がった。

林家正蔵 漫談 (10分)
 志ん橋の助っ人、ということなのだろう。いつもの父三平を題材の中心にした漫談。その中で、会場近くの「250円弁当」も登場して、その部分だけは私も笑えた。

和楽社中 大神楽 (8分)
 寄席初体験と思われる多くのお客さんが芸に感心し、たくさんの拍手を送っていたのは、いいことなのだろう。

古今亭文菊『稽古屋』(30分)*終演16:34
 今年の三月に行った一之輔との二人会で聴いた時も感心したが、また一つ向上したような気がする、何とも安定感のある高座。
2012年3月3日のブログ
 この人の女性の描き方は、先輩菊之丞とは少し違った艶っぽさが漂う。みーちゃんに教えながら、ところどころ八五郎のいたずらをたしなめる稽古屋の師匠が、ともかく結構。まったく師匠逝去の影響など感じない(師匠のためにも、それを感じさせない努力が背景には見える)主任としての存在感を充分に示した高座だった。


 志ん陽と文菊という、対照的な個性の持ち主による披露興行は、なかなか味わいがある。二人とも古今亭、というところも、個人的にはうれしい限り。菊龍や志ん彌などの、あまりマスコミには出ない重鎮も含め、圓菊一門の充実ぶりを再確認することができた。圓菊も安心して旅立つことができたはずだ。

 『稽古屋』は、同じ日に志ん輔がネタ出しで朝日名人会でこの噺をかけている。私の邪推ではあるが、文菊は志ん輔に稽古をつけてもらい、あえてお礼のつもりでこの日のために選んだネタなのではなかろうか。あくまで勝手な推測です。


 久ぶりの浅草演芸ホール。一部の客のマナー違反は相変わらずだったが、主役の志ん陽、そして文菊の高座には大いに満足し、家路についた。
 しかし、帰宅後もいろいろ野暮用もあり、このブログを書き終えたのは、翌日の夜であった。
by kogotokoubei | 2012-10-21 21:22 | 寄席・落語会 | Comments(5)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


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