噺の話

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2012年 06月 17日 ( 1 )

仕事の関係で、行く予定だった落語会を一回断念したことによる禁断症状(?)もあったが、今年の真打昇進者については一之輔のことばかり書いてきたような気もするので、バランス感覚が少し働き、芸術協会の真打昇進披露興行の池袋へ。

 芸協の興行は五人の昇進者がいるので、昼席と夜席で出演者を分け、トリも交互に受け持つのだが、すでに紹介したように、昇進者の一人である春風亭柳城が入院したので構成が替わった。本来は柳城がトリの予定で五人中三人が登場予定だった昼席は、仲入り後(いわゆるクイツキ)で鯉橋、主任が里光だった。

 しかし、演芸場の前の掲示の昼席の部分には、柳城の名が残っていた。あえて名を消さなかったのか、書き直す手間を省いたのかは分からないが、これも結構だろう。
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 12:30開演ということなので開口一番を考え、また土曜日で混みそうなので11時半頃に並んだが、テケツ(入場券売り場)が開いていない。すでにチケットを持っているお客さんは地下に降りる入り口に、たぶん二十人ほど並んでいた、結果として12時10分前には開場になった。しかし、まだテケツの前から並ぶ三十人余りの人は、そぼふる雨の中で待つ。ようやく係の人が来たのは12:00頃。これは、いけませんよ、池袋さん。
 という状況で、開口一番の頃にはほぼ九分程度の入りになり、開演後は立ち見の状況だった。真打披露興行で、この顔ぶれ、芸協だってできるのだ。

出演者と所要時間、そして感想を書きたいと思う。ちなみに開口一番が12:15、打ち出しが16:15、ちょうど4時間の昼席だった。

前半の後ろ幕は、日本大学文理学部落語研究会OB会から鯉橋宛である。色は青。

開口一番 春風亭吉好『平林』 (15分)
 柳城の弟弟子らしい。前座にしては厳しいかもしれないが小言。2009年に入門したとマクラで言うのはいいのだが千葉大に8年いた、などはまったく無駄であり野暮である。入門したら学歴などは自分で口にすべきことではない。こんなことをマクラで言っているのを聞くと本編をまともに聞く気になれない。寝ていた。

春風亭笑好『雑俳』 (14分)
五月に同じ池袋で聞いて以来。小柳枝門下で13年目、ということを考えると、小言が続く。舌足らずなのはしょうがないが、あまりにもリズムが悪すぎる。開口一番を含め、普段は寄席に来ないお客さんも多かったようで、ネタ自体の可笑しさで笑いは起こるが、真打昇進を目の前にしている噺家の高座としては、感心しない。

北見翼 奇術 (13分)
 たぶん二度目。若いが、この人は達者だ。いわゆるテヅマ(日本古来の奇術)を継承する得難い芸人ではないだろうか。

春風亭傳枝『壷算』  (18分)
 初である。なかなかのイケメン。マクラで「小沢さんも大変で」とふったので、個人的には不快だったが、噺は結構。ようやくまともな落語を聴けた、そんな思いだった。会場は普段の池袋とは違って、ネタそのものの可笑しさで笑ってくれるお客さんも多く、結構な盛り上がり。この人、もう少し聴いてみたいと思った。

春風亭柳好『動物園』 (10分)
 テレビで見たことはあるが、生の高座は初めて。本来はトリをとるはずの弟子柳城の入院のことが明かされた。腰にできた“良性”腫瘍のための入院で、今月のうちには退院する予定とのこと。
 本編は、通常の内容から少し舞台設定を替えてアッサリと。 マクラを含め10分の高座では何とも評し難い。あらためて後日聞いてみたいと思う。大きな名跡を継いだ当代の高座を聞くことも大事だと思う。

東京ボーイズ  ボーイズ  (14分)
 名人芸、だと思う。私は小学生の頃から、テレビで見る“ボーイズ”が大好きだった。
 二人になっての高座を何度か見ているが、同じネタでも“生きている”ので、その都度、良い意味でで変わるし、何とも言えない“間”が好きだ。八郎さんが、今残っているボーイズは五つ、と言っていたが、本当に少なくなった。旭五郎亡き今、菅六郎さん(三味線)と仲八郎さん(ウクレレ)の芸の貴重性について、いわゆる芸能評論家は分かっているのだろうか。

桂米助 漫談&『看板のピン』 (22分)
 「オウムの高橋です」というツカミを含む漫談風のマクラが続き、野球の話に進んだ時には、このまま漫談で行くのだと思っていた。しかし、次の鶴光の入りが遅かったせいなのかどうか、マクラ8分ほどで、なんと「落語」に入る。久しぶりなのか、言いよどみ、言い直しが多く、決して良い出来とは言えない。しかし、汗を額に光らせながらの熱演に、何か訴えるものを感じた。「俺にも古典落語ができるんだ!」と、会場よりは楽屋に向かって見せているような、そんな意気込みのようなものが漂っていた。協会専務理事としての、改革への熱意が背景にあったのなら、非常に良い兆候だろう。

笑福亭鶴光『袈裟御前』 (16分)
 この人ならではのやや下ネタ風のマクラで会場を沸かせ、得意の地噺へ。長年のラジオのDJ経験などを含め、ピンクジョークやさまざまなエピソードで、漫談でいくらでも時間をつぶせる人だろうが、しっかりネタをするのは、トリが上方落語として東京で初めて真打に昇進する自分の弟子であること、そして松鶴一門の二番弟子であることへの認識も忘れていないのだろう。NHK「日本の話芸」にもたまに登場するが、この人の落語、なかなかのものなのである。師匠松鶴も東京での活動を後押ししたようだが、東京と上方との架け橋としての役割も小さくない。高座もなかなか結構だった。

真打昇進披露口上 (14分)
 仲入り後に幕が開いて、後ろ幕が青から赤に替わる。しかし、寄贈は同じ日大文理学部落語研究会OB会。里光がトリの高座で明かすのだが、里光が入学した時、鯉橋が四年生(関西なら、四回生)。しかし、入門の差は数ヶ月に縮まったようだ。
 下手から、司会の柳好、鯉昇、鯉橋、里光、鶴光、米助、と六人が並ぶ。それぞれ笑いを取りながらの口上だったが、あえて書いておきたいことは、締めの場面。柳好が「米助師匠の音頭で三三七拍子」」と、きっとお約束でと思われたフリだったのに、米助がマジに泣きながら笑って止まらず、鶴光に音頭を譲った場面だ。途中に米助が、「俺は、落語やって疲れてんだから」と言ったのが、何とも印象に残る。やはり、滅多にやらない落語の後で、いつもとは違う心の持ち様にあったに違いない。 あるいは、入りの遅かったため古典をやらざるを得なかった鶴光へのお返しか。しかし、結構マジに笑っていたなぁ、米助^^

瀧川鯉橋『蒟蒻問答』 (25分)
 「口上の時にお辞儀をしっぱなしも、なかなか大変で・・・披露興行もそろそろ半ばで皆さんお疲れで・・・」という話は、この人の語り口だから許せるが、一之輔は、ブログでは泣きも少し書いていたが、高座ではそんなことは一切聞かなかった。このへんは、開口一番と同様、今後野暮な言い回しにならないことを祈りたい。
 本編は、大変結構。師匠も十八番にしているネタだが、マクラで「問答」の例をさりげなく、しかし流暢にふって伏線として、なかなか堂々とした高座。
 あえて、今年の落語協会の三人の真打と比較するが、朝太よりは上か、と思う。しっかりした本寸法の噺に、この人への期待が高まった。


瀧川鯉昇『粗忽の釘』 (12分)
 近所の田中さんからもらった骨に効くサプリメントなどの定番のマクラで7分。そこからの本編は、たった五分でも、間違いなく鯉昇ワールドである。釘にかけるのは、箒ではないことはもちろん、すでにエキスパンダーでさえない。ロザリオである。これ以上は書かないが、寄席でも光る高座、あらためてこの人の芸協での頑張りに期待したい。

ボンボンブラザース 曲芸 (13分)
 芸協における豊富な色物の中でも、この二人は大好きだ。あの紙を使った至芸はなかったものの、帽子を使い客席を巻き込む芸など、難しい技を淡々と進める良質のボードビルに堪能した。

笑福亭里光『皿屋敷』 (30分)
 15分あったマクラの中で、大学の落研の先輩だった鯉橋のこと、そして本来はトリの予定だった柳城のことにふれる。「柳城からチケットを買って来られた方?」との質問に、前の方の列で数名のお仲間と思しき女性陣(?)から手が上がる。なかなか心温まる一瞬だった。柳城の地元、行田から来られたのかどうかは知らないが、うれしいじゃないか、こういうお客さん。そして、マクラは続き、学校寄席でのなぞかけのこと。これは本編でのクスグリにつなげていて、まぁまぁの効果があった。
 本編は、鯉橋と、あえて比べれば、少し差がある。しかし、彼が、「柳城の得意なネタをやります」と言った気持ちには、十分にこの噺家をまた聞こうと思わせる気配りを感じた。東京で初の上方落語の真打、という謳い文句をどこまで広めることができるか、ぜひ今後も見続けてみたいものだ。


 芸術協会の真打披露興行は、なかなか結構だった。米助やそれぞれの師匠達の意気込み、そして同時昇進したのに高座に出ることも出来なかった柳城への思いやりなども感じることができた。
 何と言っても鯉橋の高座には今後の芸協を支えるだけの力量と味わいを感じることができた。

 こういう若手実力者がいるのだ。何も末広亭で客寄せパンダで有名人に来てもらわなくてもいいだろう。席亭は客の入りに不満をもらしただろう。たしかに現時点での落語協会との客席の埋まり具合の差は歴然だ。しかし、それぞれの噺家がしっかり芸を磨けば、色物は落語協会より上だと思う。客は来るはずだ。円楽一門や立川流などの手を借りることもなく、協会そのものの自助努力で、平日だって客を呼ぶことはできるはず。そのためには、技術、了見ともに、今以上に先輩達が嫌われるのを恐れず「小言」を言う必要もあるのでないか。
 落語協会もそうだが、若手前座や二ツ目の中には、落研のノリから抜け出せない人も多い。そういった了見違いを直すためには、先輩師匠達がもっと怖い存在になる必要があろう。どこの大学に何年いようが、関係がない。そもそもそんな話題をする背景には、自虐的な心理より、やや自慢げなものを感じる。

 あえて言うが、今更、末広亭に永六輔が出演しようが、彼の話を聞くために行こうとは思わない。彼の親族が鯉橋の連れ合いであろうが、正直なところ、どうでもいいことなのだ。あくまで高座であり、その一期一会を楽しむために寄席や落語会に行くのだ。そういう意味で、鯉橋のしっかりした高座に出会えたことだけでも、雨の池袋に駆けつけただけのことはあった。
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by kogotokoubei | 2012-06-17 15:41 | 寄席・落語会 | Comments(6)

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by 小言幸兵衛