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噺の話

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2012年 03月 28日 ( 1 )

昨年は震災の十日前に池袋での開催だった。三席とも見事な高座だったことを思い出す。2011年3月2日のブログ
 場所は替わったが、またこの会に来れる幸せを感じながら、2週つづけての隼町詣でだった。

 これまで年に一回開催されてきた会の過去四回での演目が書かれた「柳家小満ん(雪月花の夕べ)控え」が、入場の際に渡された。
①平成20年3月15日 花見酒・雪とん・三十石
②平成21年4月 1日 百年目・柳田格之進(月雪)
③平成22年4月 5日 雪てん・青の別れ・花見の仇討
④平成23年3月 1日 盃の殿様・夢金(雪)・景清(月) 
 なお、この資料のもう片面には、初代中村仲蔵による『月雪花寝物語』からの抜粋が紹介されている。このへんが、他の噺家さん達とは、一味もふた味も違うのである。まさに、“江戸の風”を感じる。

さて、五たび目の今回は次のような構成だった。
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(開口一番 柳亭市也『一目上がり』)
柳家小満ん 『花見小僧』*『おせつ徳三郎(上)』
柳家小満ん 『刀屋』*『おせつ徳三郎(下)』
(仲入り)
柳家小満ん 『しじみ売り』
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柳亭市也『一目上がり』 (19:00-19:15)
 3月16日の新宿亭砥寄席と同じネタ。滑舌、リズムともに前回の方が少し良かったような印象。柳家で他にも前座さんはいるだろうに、なぜかこの人の開口一番が続くなぁ。

柳家小満ん『花見小僧』 (19:16-19:44)
 昨年6月の人形町らくだ亭で、さん喬と二人で通し口演を聞いて以来。二人目の師匠小さん譲りだろうが、この人の何とも言えない軽さが聞く者に心地よい。この軽さは、良い意味で通しでの効果にもつながったように思う。
 小さんの音源でも好きな場面だが、本来主人に昨年の花見の様子を尋ねられている側の小僧の定吉が、逆に聞き手に回って、主人が博学ぶりを自慢げに長命寺のこと桜餅の由来などを語ってしまうやりとりが結構だった。定吉の「それから?」という相槌で、会場も鸚鵡返しのように穏やかな笑いが起こる感覚が好きだ。途中やや一瞬間があく場面などがあり、この“上”に限っては昨年の高座の秀逸さが上かと思うが、十分に楽しむことができた。
 そして、サゲの部分で通しであることがわかって期待が膨らんだ。

柳家小満ん『刀屋』 (19:45-20:14)
 いったん袖に下がってすぐ再登場。江戸時代に心中(「相対死」(あいたいじに)が一時多くなった一因に、心中を美化する豊後節(浄瑠璃の一派)の流行があり、禁令が出たほどである、などとマクラでふって似合うのは、今やこの人くらいかもしれない。
 ネタそのものは結構暗い内容なのだが、小満んの軽妙な演出で、昨年のさん喬と同じ噺とは思えない印象を受けた。この噺の通しは同じ噺家さんで演じるほうが、どうも良さそうだ。噺の構成そのものでも笑いの多い『花見小僧』と、その逆と言ってよい『刀屋』を、同じ人が演じ分けるところに楽しさがあるような気がした。
 主役と言える村松町の刀屋の主人が、特に良かった。おせつとその結婚する相手を斬って自分も死のうと刀を買いにやってきた徳三郎の軽率な行動を戒めるやりとりを聞いていると、この噺は若手では無理だなぁ、とつくづく思う。
 サゲは『鰍沢』と同じ地口なのだが、その前に橋から飛び降りようとするおせつが法華のお題目を唱える場面は『小言幸兵衛』のサゲ前を思い出させる可笑しさもあり、全体として暗さのない高座に仕上げた。この軽さは、この噺を嫌いだった人にも合いそうな、そんな気がした。

柳家小満ん『しじみ売り』 (20:28-21:00) 
 まさかこの噺は予想できなかった。最初の師匠文楽はもちろん、二人目の小さんも持ちネタにないはず。古くは志ん生、小文治、そして小南が演じ、今日では志の輔の“新版”が有名で私も生で聞いている。三三もやるらしいが未見である。内容的には志ん生版のような気がする。やはり、志ん生が稽古をつけたのだろうか。終演後にロビーで客を見送っているご本人に、よほどお聞きしようかと思ったが、思いとどまった。近すぎない芸人さんとの距離感、それがブロガーとして重要なのだと、私は思っているのだよ。(偉そうに!ホントは聞くだけの思い切りがなかっただけか^^)
 今では、登場人物の衣装の詳細を語って絵になる数少ない噺家さん。茅場町の魚屋和泉屋の親方として世を欺いている鼠小僧次郎吉が、博打ですった帰りに汐留の船宿伊豆にやって来た姿の描写は、ほぼ志ん生版と同じだったと思う。『志ん生人情ばなし』(ちくま文庫)から引用する。『志ん生人情ばなし』(ちくま文庫)

 藍微塵(あいみじん)の結城の袷の下に、弁慶のこまかい浴衣ァ重ねて、八端織(はったん)の三尺に、古渡りの半纏をひっかけて、銀杏歯(木の広がった下駄の歯)の下駄ァ素足で、尻ィはしょって、濃い浅黄の手拭で頬ッかぶりをして、番傘ァあみだにかついで、新橋の汐留まで来た。


 いいんだなぁ、このあたりの語りが。すべての衣装の解説はできないが、“弁慶のこまかい浴衣”は、「弁慶格子」の細かい浴衣ということで、この「弁慶格子」については、歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」に、次の浮世絵とともに説明されているので、ご興味のある方はご確認のほどを。歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」の該当ページ
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“弁慶格子”の例 

 全体の筋書や舞台背景などは、いつもお世話になっている「落語の舞台を歩く」でご確認のほどを。「落語の舞台を歩く」の『しじみ売り』のページ
 この噺の主役は次郎吉ではなく、やはり、しじみ売りの小僧だろう。病に伏せる母親と姉を、しじみを売って支える十一歳の小僧が、何ともあどけなくていい。小僧が食べるものがなく芋の蔓を食べていると、病身の姉が弟がご飯を食べていると勘違いして、「どれご飯よそってあげようか?」と聞く。姉に心配かけまいと思いあわてて食べ終えた弟。急いで元から空の御櫃(おひつ)を洗って誤魔化した。この場面で、私は柄にもなく少し目が潤んでいた。しかし、小満んは、無理に泣かせようという語り口ではない。人情噺で自然に泣ける場面は、だいたい笑いがあるような気がする。本当に“泣ける”というのは、実は“泣き笑い”に近い状況なのかとも思う。この場面、志ん生の場合は、姉に芋の蔓を食べているのがばれるのだが、どちらでも構わないだろう。
 さて、この噺で次郎吉以外の人物で重要なバイプレーヤーが船頭の竹、“ひょろ竹”である。次郎吉が博打ですって軽くなった財布から三分取り出して小僧にあげようとするが、小僧は姉から他人様からむやみに金などもらうわないよう注意されているので、断る。、姉の言葉には自分の過去の災難が背景にある。実は次郎吉から三年前に箱根の宿でもらった五十両のせいで、売れっ子芸者小春だった姉と、姉に惚れて勘当されていた三田の紙問屋の若旦那庄之助に不幸が訪れたのだった。話は“ひょろ竹”に戻るが、次郎吉の金を断る小僧に、「なんで親分のせっかくの金をうけとれねぇんでぃ」などと割り込むのだが、次郎吉と小僧との会話に立体感をもたせる貴重な役割になっているし、笑いをほどよく加味する味付けにもなって結構だった。ちなみに、志の輔の“新版”では、この役は船頭ではなく次郎吉の弟分がつとめる。最後に誰が番所に自首するかも、小満ん(=志ん生)と志の輔では違っている。
 「雪月花」で言うなら「雪」に相当する小満んの予想もしなかった『しじみ売り』、大いに楽しませてもらった。文句なしで、今年のマイベスト十席の候補とさせていただく。


 『おせつ徳三郎』も、“通し”として今年のマイベスト十席候補にしようかとも悩んだが、“上”は、昨年の人形町らくだ亭の素晴らしさが、未だに強く印象に残っているので、ここは我慢、とした。2011年6月9日のブログ
 終演後は、本来は「居残り会」“月例会Part2”のはずだったが、事情により“分科会”となった。分科会メンバー三人の顔ぶれは、実は昨年のこの会の終演後の反省会と同じ。レギュラーYさんと、紅一点美女との三人で、たまたま私が行ったことのある、知る人ぞ知る“半蔵門のおでん屋”さんへ。リーダーSさん不在の会にもかかわらず、落語の話を肴に大いに盛り上がり、ついつい空の銚子の数も増えていった。料理のほうも、関西風と関東風のおでん、しめ鯖、栃尾の油揚げ、うるめいわしなどを美味しくいただき、最後は不在のリーダーSさんを偲び(?)瓶ビールで締めた。
 
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Yさんが撮った写真を掲載。いつになくピントが、ほどほどに合っている^^(これは関西風おでん)

 結構暖かな夜だったにもかかわらず、おでんが美味しかった。その味の良さももちろんだが、小満んの『しじみ売り』が、ほどよく“江戸の冬の風”を感じさせてくれたからではなかろうか。もちろん、帰宅は日付変更線を越えたのだった。小満ん、やっぱりいいんだなぁ^^
by kogotokoubei | 2012-03-28 09:40 | 寄席・落語会 | Comments(10)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛