噺の話

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2012年 01月 09日 ( 1 )

二谷英明の訃報を聞いて、この映画を思い出し、休日を幸いにビデオを取り出して見直した。二谷英明は昭和31(1956)年、日活の第三期ニューフェイスとして小林旭らと同期で映画界に入った。この映画はその翌年の作品である。(以下、同様に敬称は略すが、この映画のスタッフと出演者すべての人には敬意を表したい。凄い映画なのである!)


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*「幕末太陽傳」のポスター(Wikipediaより)

 二谷英明は当時の志道聞多、後の井上馨の役で登場する。この映画は、長州の若い志士が品川御殿山に異人館を建設中の英国人を襲撃したものの、馬上の英国人の反撃を受け聞多がピストルで打たれて右手に傷を負い、その聞多が落とした懐中時計(高杉晋作が上海で買ったもの)を佐平次が拾う、というシーンから始まる。その後、映像は当時(昭和32年頃)の品川の駅前の風景、遊郭-売春防止法による赤線廃止一年前-の映像となり、あらためて本編が再開されるが、昭和30年頃の品川の映像でさえ、今となっては非常に貴重だと思う。
 ちなみに井上馨のことは、二年前の命日に書いた。その際に、“この映画のことは後日書こうと思っている”、と記しているが、すいぶん時間がたってしまった。
2010年9月1日のブログ
 昭和32年に、日活が映画製作再開三周年を記念して作られたこの映画は、川島雄三監督の代表作であり、私は日本映画の代表作の一つでもあると思っている。落語愛好家の方はもちろん存知のように、古典落語の代表作を散りばめた作品。構成の第一の柱が「居残り佐平次」であり、もう一つの柱が、高杉晋作(石原裕次郎)や志道聞多、久坂玄瑞(小林旭)、伊藤俊輔(のちの博文、関弘美)たちの、英国公使館館焼き討ち事件(実際は未遂)など、幕末の志士の江戸での活動を軸としている。

 時代は文久2(1963)年、主な舞台は、外壁が土蔵のような海鼠壁だったため通称「土蔵相模」と呼ばれた「相模屋」である。
 フランキー堺が演じる佐平次が居残り覚悟で相模屋に上がり込んでから、物語がスピーディに動き出す。この佐平次は労咳病みという設定。落語をネタにしたリズミカルで明るく楽しいストーリーの中で、時たま咳をしながら、死の恐怖と直面しているであろう佐平次が、この映画を単なる面白おかしいコメディに堕さない重厚な味付けとなっている。もちろんコメディとしてだって一流。
 そして、この佐平次の病人としての設定には、監督川島雄三自身の人生観、あるいは死生観が反映されていると思わざるを得ない。川島雄三は長らく筋萎縮性側索硬化症という難病と戦い、45歳の若さで亡くなっている。大正7(1918)年生まれなので、この傑作は監督39歳での作品。

 映画検索サイトの“allcinema”から、まずスタッフを紹介したい。
「allcinema」検索サイトの該当ページ
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監督: 川島雄三
製作: 山本武
脚本: 田中啓一
    川島雄三
    今村昌平
撮影: 高村倉太郎
美術: 中村公彦
千葉一彦
編集: 中村正
音楽: 黛敏郎
監督助手: 浦山桐郎
       遠藤三郎
       磯見忠彦
資料提供: 宮尾しげを
       安藤鶴夫
照明: 大西美津男
特殊撮影: 日活特殊技術部
助監督: 今村昌平
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 今村昌平が脚本の共同執筆者と助監督として名を残している。大正15(1926)年生まれなので、当時31歳の若さ。翌年監督としてデビューしている。監督助手の浦山桐郎は昭和5年生まれなので、当時27歳。五年後に『キューポラのある街』で監督デビューすることになる。

 主なキャストを、公開された昭和32年当時の年齢を加えて紹介したい。
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フランキー堺  居残り佐平次(28歳)
左幸子   女郎おそめ(27歳)
南田洋子  女郎こはる(24歳)
石原裕次郎 高杉晋作(23歳)
芦川いづみ 女中おひさ(22歳)
市村俊幸  杢兵衛大盡(37歳)
金子信雄  相模屋楼主伝兵衛(34歳)
山岡久乃  女房お辰(31歳)
梅野泰靖  息子徳三郎(24歳)
岡田真澄  若衆喜助(22歳)
菅井きん  やり手おくま(31歳)
小沢昭一  貸本屋金造(28歳)
植村謙二郎 大工長兵衛(43歳)
西村晃   気病みの新公(34歳)
殿山泰司  仏壇屋倉造(42歳)
二谷英明  長州藩士志道聞多(27歳)
小林旭   久坂玄瑞(19歳)
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 とにかく、皆若い!
 しかし、年齢より揃って上に見えるのは、芸のなせる業だろうか。

 素材となる落語のネタを確認した。
(1)居残り佐平次
(2)船徳*相模屋の倅の名が徳三郎、ということで。
(3)明烏
(4)品川心中
(5)三枚起請
(6)文七元結
(7)五人廻し
(8)お茶汲み*こはるが客を騙す“うそ泣き”場面
(9)付き馬
(10)お見立て

 何らかの関係で挙げれば、他にも関連するネタはあるかもしれないが、とにかく落語愛好家には、あまりにもうれしい映画。

 懐かしさを含め、とにかく見ていて飽きない。
 
 例えば基調となる『居残り佐平次』で、フランキーと一緒に「相模屋」に乗り込んだ“気病みの新公”役の「黄門様」西村晃が、何ともとぼけた味で可笑しい。当時34歳の黄門様の滑稽な役回り、その後の映画においても悪役ではない西村晃など、なかなか拝見できないのではなかろうか。

 『品川心中』の主役(?)とも言える“貸本屋金造”の小沢昭一が、何と二十代で素晴らしい演技をしている。落語では、ほとんど「上」しか演じられないが、この映画では「下」のおそめへの仕返しも演じられる。これも佐平次が仕掛け役なのだが、小沢金造の早桶に入った幽霊が、なんとも笑えるのだ。

 金造に心中を持ちかけながら裏切った“おそめ”の左幸子も、良いのだ。そして、相模屋でおそめと「板頭」を争う“こはる”の南田洋子も、これまた結構。二人とも二十代、若くてお美しい。途中で取っ組み合いの喧嘩までするライバル役を見事に演じたお二人も、すでに鬼籍に入ってしまったんだなぁ。

 落語では左官だが、この映画では植村謙二郎が扮する大工の長兵衛が、借金のカタに相模屋に女中奉公としてあずけている“お久”は、なんと(?)当時22歳の芦川いづみ。「可憐」という言葉はこの人のためにある。

 やりて婆ぁ“おくま”役の菅井きん。当時31歳なのに、その老け方の見事なこと。おそめに貸した金の返済を迫る場面や、貸し本屋の金造が海に沈んだ後、おそめを止めに入る場面などで、渋いバイプレーヤーとして味を出しているが、その後の映画やテレビドラマの当たり役そのままなのである。

 裕次郎のこと、もちろん主役のフランキーのことなど、この映画のことを書き出したらきりがなくなるので、今回はこのへんでラストシーンのことで、サゲとしたい。

 最後に登場する落語の素材は『お見立て』。
 こはる(落語では喜瀬川)が嫌がる杢兵衛大盡役の市村俊幸(この人も、とても37歳には見えないなぁ)を墓地に連れ出した佐平次が、墓のことで嘘をついて逃げ出したのに怒った杢兵衛。杢兵衛と佐平次との最後の会話、そしてエンディングシーンはこうなっている。

杢兵衛 「これぇ、嘘こいていると地獄さ落ちねばなんねえどぉ」
佐平次 「地獄も極楽もあるもんけ、おりゃあまだまだ生きるんでぃ」
杢兵衛 「これえ、地獄さ落ちるどぉ」
-軽快なBGM、品川の海を左に、一目散で走り去る佐平次-
(終)

 このエンディングには逸話がある。川島雄三は、プロローグと同様に、エピローグで昭和32年の品川の映像に替え、そこに佐平次が旅姿のままで品川の廓を歩いていて、店から昭和の衣装をまとった左幸子(おそめ)や南田洋子(こはる)が佐平次を手招きする、といった演出にしたかったらしい。しかし、スタッフのほとんどが現代(当時の昭和32年)の映像に戻ることに反対したため川島も断念したとのこと。果して昭和32年の映像に戻るエピローグの方が良かったのかどうかは、何とも言えない。

 とにかく、落語好きの私にとって、この映画は日本映画のベストスリーに入る作品なのである。

 実は、日活が創立したのが大正元(1912)年なので、今年創立100周年ということを記念して、この映画のデジタルリマスター版の公開が昨年末から始まっている。場所によってはまだ公開されているはずなので、ぜひ、次のサイトでご確認のほどを。「幕末太陽傳」デジタルリマスター版のサイト

 二谷英明の訃報は、休日の私にこの日本映画の傑作をじっくり見直す機会を与えてくれた。
 「聞多、ありがとう!」と言いたい。

p.s.
“幻のラストシーン”については、その後、小沢昭一さんの発言より、スタッフが反対したのではなく、俳優のスケジュール確保できないために実現しなかったということが判明しました。
2012年1月15日のブログ

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by kogotokoubei | 2012-01-09 09:57 | 落語と映画 | Comments(10)

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