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15年前で思い出すこと。


 まず、今朝の東京新聞の記事から。
東京新聞の該当記事
いまも4万2000人が福島の故郷に未帰還 原発事故から15年「避難者2万3410人」では収まらぬ実情
2026年3月11日 06時00分

 世界最悪レベルの東京電力福島第1原発事故で、被ばくを避けるため国から避難指示や避難準備区域に指定された福島県内12自治体の住人のうち避難を続けるのは、少なくとも4万2000人に上ることが東京新聞のまとめで分かった。国と県が計上する避難者数は計2万3410人(2月1日現在)で、帰還を諦めている人などは含めておらず、2万人ほど少ない。事故から11日で15年。今も多くの人が故郷に帰還できない。(荒井六貴)

◆最多は浪江町の「1万1633人」
 東京新聞は3月上旬、国が全域に避難指示を出した大熊町、富岡町、浪江町、双葉町、飯舘村、葛尾村の6自治体と、一部が指定されるなどした田村市、南相馬市、川俣町、楢葉町、広野町、川内村の6自治体に、実際に住む居住人口などを聞き、避難が続く人数を割り出した。

 それによると、帰還していない人が4万2000人余りで、自治体別で最も多いのが浪江町の1万1633人。1月末現在で住民登録している人口が1万4053人で、居住人口の2420人を差し引いた。

 国の安全神話を信じ、電源三法交付金という「迷惑料」が原発立地自治体の財政に組み込まれ、それなしには成り立たなくなる「麻薬」的な存在ともなり、そして迎えた3.11だった。

 多くの故郷を奪われた人々、また、なんとか故郷に戻った人々のために、まだまだ国が支援する義務があるはずだ。

 しかし、その支援はなくなりつつある。

 「復興特別所得税」が、防衛費に変わることは、確定申告の後に記事にした。
2026年2月17日のブログ

 2.1%だったが来年から1%に減り、その1%が、防衛費増額の財源になる。

 本来は、震災被害の皆さんのために使わるべき税金が、アメリカから武器を購入するために使われる。

 とんでもない誤魔化し、欺瞞だ。


 思い出すことがある。

 事故から一ヶ月ほど経った頃のことだ。

 今は更新していない兄弟ブログ「幸兵衛の小言」の2011年4月19日の記事全文を引用する。
 記事の題は「“フクシマ差別”を防ごう!」だった。
「幸兵衛の小言」2011年4月19日の記事

 二週間ほど前の週末、連れ合いと二人で我が家の犬二匹と散歩に行った。いつもの散歩コースで、見慣れない子供たちが四人、男の子が二人と女の子が二人、我が家の犬を見て、「可愛いい!」と寄って来た。抱いて遊んで、普通ならそれで、「またね、バイバイ」なのだが、「一緒に行っていいですか?」と尋ねられ、その熱意(?)に負けてご一行様で町内の散歩をひと周り。
 途中で連れ合いが子供たちの言葉に気づき会話をするうちに、実は福島から地震のために親戚を頼って避難して来た子供たちだった。アパートは我が家のすぐ近くということも分かった。近くの小学校に転校したらしい。

 我が家の前まで来て、犬たちとの別れを惜しむようにして帰って行った。

 そして、つい最近のこと。連れ合いが犬の散歩をしていた時。近所の顔見知りの子がいつものように犬を可愛がってくれたので、「最近、福島から転校した子がいるでしょう?」と聞いたら、その反応が不自然だったらしい。ある意味で、学校の“タブー”になっているような印象を受けたようだ。近づかないように言われているような気がした、と連れ合いは言う。

 ここからは推測も含めて書く。もしかすると、福島から避難した子供たちの級友たちが、誤った知識をもった親によって「あの子たちに近づかないほうがいい。放射能が移る」と言われている可能性がある。
 
 そうだとすれば、これは新たな“フクシマ差別”が起こっているわけで、由々しきことだ。

 都内のホテルでも、「福島から来た」と言うと、宿泊させてくれない状況があるらしい。

 何が危険で、何が安全なのか、国も官庁も、今これから拡大するかもしれない新たな「差別」に対して、しっかり対処すべきである。

 ペットボトルの水や米やパン、そしてガソリンを買い占めていた大人達が、「あの子達には近づかないように」と我が子に言っている姿が目に浮かぶ。

 フクシマの危機はまだ続く。この災害への対策に加えて、これ以上“人災”が増えないようにしなければならない。この状況下で、新たな“差別”を増加させてはいけないと思う。

 後になって、あの子どもたちは楢葉町から避難してきたと分かった。

 当時二歳のミミー、一歳のユウを可愛がってくれた。
 そんな彼らが、「放射能がうつる」などと差別されていたのは、事実だろう。


 そして、いまだに、震災被害者、原発事故被害者の人々は、差別を受けていると思う。

 原発事故によって、近親者の生命が奪われた人びとや故郷を奪われた人びとを、国は、生涯にわたって支援する責任がある。

 しかし、その人たちのことを、永田町や霞が関の住人は、忘れようとしている。

 「安全が確保」された原発を再稼働すると言うが、人間の管理の範囲を超えた巨大で危険なシステムの安全を確保することは、ほぼ不可能だ。


 15年目の3月11日。
 我が家の犬をなでてくれたあの子たちは、二十歳を少し超えたくらいだろう。
 元気であってくれ、と祈るばかりだ。

 これが、2011年の年賀状用に撮った写真。

 右が亡きミミー、左がユウ。

15年前で思い出すこと。_e0337777_11372524.jpg


 卯年だったんだ。

 懐かしい。

Commented by tanatali3 at 2026-03-12 06:12
ミミーのつぶらな瞳、まいっちゃうね。
Commented by kogotokoubei at 2026-03-12 07:07
>tanatali3さんへ

ありがとうございます。
そうなんです!
ミミーは、美人でした。
ありがとうございます。
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by kogotokoubei | 2026-03-11 12:57 | 原発はいらない | Trackback | Comments(2)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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