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長谷川洋二著『八雲の妻 小泉セツの生涯』より(16)


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長谷川洋二著『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)

 長谷川洋二著『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)の十六回目。

 初版は松江今井書店から1988年刊行。
 2014年に全面改稿新版が同書店から出され、2025年9月に出されたこの潮文庫版は、新版を一部加筆修正したもの。

 著者は、1940年、新潟生まれ。新潟大学人文学部で史学を専攻し、コロンビア大学で修士取得。
 一時期会社員、前後して高校教諭を勤めた方。
 本書の他に、『わが東方見聞録ーイスタンブールから西安まで177日』(朝日新聞社、2008年)などがある。

<目次>

□小泉セツ関係系図
□1 セツの生い立ち
□2 松江士族の没落とセツ
□3 ハーンとの出会いと結婚
□4 結婚生活
□5 未亡人時代
□思ひ出の記
□あとがき
□文庫版あとがき
□解説 怪談文学創作の最大の功労者・小泉セツの人生 小泉凡
[巻末付録]
□セツ・ハーン略年譜
□セツの「英語覚え書帳」

 巻頭の系図の写真。

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 引き続き「結婚生活」から、東京でのこと。


 前回は、多くの客が訪れた八雲邸に、セツの実弟である藤三郎も一時住んでいたこと、そして、当主であるにも関わらず墓を売り払ったことを知った八雲が彼を叱責したために出て行き、それからしばらく経って、孤独な最期を遂げていたことをご紹介した。

 「ばけばけ」では、そのあたりをどう描くかは分からない。
 きっと、悲惨な話は避けるような気もする。
 
 
 東京の家では、結婚するなどのため女中が何人か入れ替わった。
 その中の一人、お花について。

 彼女は桂庵(けいあん、縁談・奉公の紹介所)の斡旋で雇われた農家の出の女中だが、父親の宗八(そうはち)を通じて、ハーンとセツの生活に特殊な関わりを持ったのである。宗八は村で普請の経験を積んでいた。英語表記体学習の年(1902)だが、セツは、購入した西大久保の家に、五十坪の増築を施そうと考え、この宗八を使うことに決める。彼は以後、小泉家に寝泊りで出入りし、それは一家の西大久保転住(1902・3月)の後までも続いた。

 「桂庵」は、落語好きには結構懐かしく嬉しい言葉。
 『百川』や『口入れ屋』(東京の『引っ越しの夢』)などのネタを思い出す。

 さて、熊本でも英語の勉強をしていたセツは、東京では筆記体に挑戦していた。

 これが、そのノートのイメージ。

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 とはいえ、セツと八雲との会話は、いわゆる「ヘルン語」をもっぱら使っていたようだ。


 さて、宗八親子のこと。

 宗八・お花の親子の村は、「東京都西多摩郡調布村」(現在の青梅市)である。宗八はある時、村に伝わる雪女の話をした。ハーンは『怪談』(1904・4月)の序文で、「雪女」だけは再話でなく、「Chofu,
Nishitama-gori, in Musashi provinnce」の農民が、自分の村の伝説として語ってくれたものであると書いており、まずは、その説明に従うとして、これをセツがハーンに伝えたのである。

 ということで、八雲の『怪談』は、セツのみならず、さまざまな人の助けがあって出来上がった。

 また、お咲という女中もいた。

 お咲は、焼津の「乙吉サーマ」ーその無類の真心の故に、ハーンが「神様のような仁」と呼んだ魚屋ーの末娘である。セツが英語の筆記体学習をした年の夏には、例年よち早い八月の初めに、セツが巌・書生(新美)・女中の三人を連れて、ハーンと一緒に合流したが、夏も終わり、皆一緒に帰京する時に、いずれは女中奉公というお咲を連れて帰った。彼女はまだ十三歳で、毎日にように泳ぎに行くハーンと一雄について行ったが、女性の水着と無縁な土地で、無邪気にも素裸で海に入っていた。

 お咲は、焼津から玩具(ままごとの豆急須)を持って来ていた。
 ある時、四歳・八歳・十一歳年下の一雄・巌・清をその玩具でからかって遊んでいたら転んでしまい、まだ二歳に満たない清が小さな木製の馬の玩具でお咲を叩いてしまい、彼女が大声で泣き出した。

 ハーンとセツが現場の急行し、夫婦そろって一雄と巌を厳しき𠮟りつけたという。

 「親から遠く離れて奉公に来ている健気てしかも淋しき不憫なる小娘お咲を虐めて哭(な)かした」というのだった。

 お咲は怜悧で立派に奉公を勤め上げ、八年後の秋に、セツから嫁入り道具を揃えてもらって、東京で人に嫁した。結婚式前夜に、セツはお咲を自分の部屋に呼んで茶を出し、結婚生活の心得を話している。その中でも、お咲が終生忘れずに守ったのが、「人間は、どんなにいい姿をしていても、その人の言葉一つでわかります。決して言葉は崩してはいけません」であった。

 セツがお咲に贈った言葉、日本やアメリカの政治家に聞かせたいものだ。


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by kogotokoubei | 2026-03-07 15:15 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(0)

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