東京太を偲ぶ。
2026年 02月 13日
また一人、得難い芸人さんの訃報に接した。
東京太の訃報を、落語芸術協会サイトから引用。
落語芸術協会サイトの該当記事
【訃報】 東京太
令和8年2月2日(月)午後6時30分、当協会所属の漫才師 東京太(本名:菅谷利雄 すがやとしお)が肺癌のため逝去しました。
享年83
【略歴】
昭和18年(1943年)7月21日生まれ(出身地 栃木県真岡市)
昭和36年(1961年) 松鶴家千代若・千代菊師に入門
昭和41年(1966年) 当時の東京都知事東龍太郎氏に東京太の芸名を頂く
昭和41年(1966年) 社団法人落語芸術協会に入会
平成5年(1993年) ゆめ子とコンビ結成『東京太・ゆめ子』
平成22年度(2010年) 第65回文化庁芸術祭賞 大賞
平成25年(2013年)~令和5年(2023年) 公益社団法人落語芸術協会 参与
東京都台東区に生まれ。戦中戦後の疎開により栃木県真岡市で少年期を過ごし、1961年松鶴家千代若・千代菊師に入門。厳しい修行を経て芸の道を歩み始めました。翌年には「鶴田松夫・竹夫」を結成、さらに1963年から1985年にかけては「東京二・京太」として活躍し、東京漫才界の発展に大きく寄与しました。
解散後は漫談、司会、競輪評論など多方面で才能を発揮。しかし漫才への思いは断ち切れず、1993年にゆめ子夫人とともに夫婦漫才コンビ「東京太・ゆめ子」を結成。栃木弁を生かした温かみのある語り口と、夫婦ならではの息の合った掛け合いは多くの観客に愛され、寄席に欠かすことのできない存在でした。
その芸風は高く評価され、2010年文化庁芸術祭大衆芸能部門において大賞受賞。
2025年6月にゆめ子夫人逝去ののちも、漫談で高座に上がり続けました。
(中 略)
昨年のゆめ子先生に続き、京太先生まで旅立たれてしまったことは深い喪失感に包まれ、悔やんでも悔やみきれません。
最後の出演は令和7年11月15日、東洋館「漫才大行進」でした。
葬儀は近親者にて執り行われました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
写真も拝借する。

東京太・ゆめ子の漫才は、数多く寄席で縁があった。
昨年、東ゆめ子の訃報に接し、記事を書いた。
2025年6月21日のブログ
重複するが、この二人の漫才で、もっとも印象に残った2019年9月の末広亭下席での高座を振り返りたい。
夜の部が小痴楽の真打昇進披露興行だったので、昼の部の中入りから駆け付けた。
京太のあの科白、「母ちゃん、帰ろうよ」の起源を語っていた。
2019年9月28日のブログ
こんな記事を書いていた。
東京太・ゆめ子 漫才 (15分)
「母ちゃん、帰ろうよ」の起源(?)を説明。
京太の師匠、松鶴家千代若・千代菊が戦時中に大陸に慰問興行に出ていた時に、千代若が妻の千代菊に「母ちゃん、帰ろうよ」と言った言葉が、その後、ネタになったものを、京太が継承している、とのこと。ゆめ子が、「やらなくてもいい戦争」と小さな声でつぶやいたのが、印象的だった。客席に九州の方がいるかと聞くと、前方に福岡、中央部分に長崎のご出身の方が挙手。
ゆめ子が京太に、やや無茶ぶりで♪長崎の鐘、を歌わせたが、なかなかの美声。歌では、栃木なまりも出ない^^
この人達から、強い反戦の思いを感じたひと時だった。
ゆめ子が、ぼそっと「やらなくてもいい戦争」と呟いたのだが、その一言の重さを感じた。
2019年には末広亭3月下席でも、二人と縁があった。
昼夜居続けの昼の部だった。
2019年3月25日のブログ
東京太・ゆめ子 漫才 (14分)
円熟の芸。
「おかげさまで、夫婦で43回目の花見に行けます」で、客席から拍手。
京太は昭和18年生まれで私の一回り上、今年76歳になる。
ゆめ子は、協会HPで生年月日を公開していないが、ほぼ同年齢だろう。
両協会のベテラン漫才師が寄席から姿を消す中、現役として最高齢漫才コンビになったのではなかろうか。
まだまだ、色物の芸協を引っ張ってくれそうだ。
ほぼ7年前のこと。
今頃、天国寄席で、二人で笑顔を見合わせて、「ん~ねっ」とやっているのだろう。
それにしても、ここ数年で、どんどん天国寄席が賑やかになってきた。
その結果、東京の漫才コンビが激減している。
それぞれのサイトで確認すると、落語協会は次の8組。
落語協会サイトの「芸人紹介」「色物」のページ
□すず風にゃんこ・金魚
□笑組
□ロケット団
□ホンキートンク
□とんぼ・まさみ
□ニックス
□青空一風・千風
□米粒写経
落語芸術協会は、6組。
落語芸術協会サイト「協会員プロフィール」「色物」のページ
□宮田陽・昇
□ナイツ
□カントリーズ
□おせつときょうた
□新宿カウボーイ
□オキシジェン
漫才存亡の危機、ではないか。
両協会に所属していない漫才コンビも、もちろん存在する。
しかし、寄席で10分、15分しっかり客席を沸かせることのできる漫才の火が、次第に消えかかっていることが、寂しい限りだ。
