今日の「天声人語」から思うこと。
2026年 02月 03日
今日の朝日「天声人語」は、鈴木牧之の『北越雪譜』刊行までを描いた木内昇(のぼり)の作品『雪夢往来』を題材に、この時季での選挙に批判的な内容だった。

サイトには「雪国の衆院選」という題が記されている。
朝日新聞サイトの該当コラム
書き起こす。
江戸へ行商に赴いた鈴木牧之(ぼくし)は、郷里の越後の雪について尋ねられ、答える。一番積もる時季には高さが一丈ほどになりましょうか。約3メートルだ。すると相手は噴き出して言う。「おめぇさん、真面目そうな顔をしてとんだ法螺吹きだね」▼先日、大仏次郎賞を受賞した木内昇(のぼり)さんの『雪夢往来』の一幕だ。江戸後期に、郷里の暮らしを牧之が『北越雪譜』として刊行するまでの曲折を著した。作中で彼を突き動かすのは、雪国の実情をあまりに知らぬ世の中への嘆きである▼衆院選の候補者や有権者も、たぶん似た思いだろう。牧之のふるさと、新潟県南魚沼市を訪れた。頭の上まで積もった雪の壁が道沿いに延々と続く。まるで白い迷路だ。壁の上からちらりとのぞく家を見ながら、選挙カーは候補者名を連呼して進む。だがその音も、むなしく雪に吸い込まれる▼車の候補者名は、すぐに白く塗りつぶされる。街頭演説をやろうにも、除いた雪で狭くなった交差点には止められない。「お手上げです」と陣営は嘆き節だった▼「この雪は命の危険がある。選挙は大事だけれど、それどころじゃない」という市民の声も聞いた。他も同じだろう。青森県は陸自に災害派遣を求めた。いま困っている人たちに「未来の夢」を説く。そんな政治とはいったい何なのか▼『北越雪譜』は雪の手ごわさを挙げ、訴えている。雪国の難儀、暖地の人おもひはかるべしー。この時季に行われる選挙の理不尽さを改めて思いながら、現地を後にした。
北海道で生まれ高校まで過ごし、その後、社会人になってから越後で7年暮らした私は、いわゆる「56豪雪」を長岡で体験している。
昭和55年の12月から翌年3月あたりまで日本海側を中心に続いた大雪。
師走のある日、私はなんとかアパートに帰ることができたが、雪で家がすっぽり埋まり、ホテルに泊まった会社の先輩もいた。
北海道とはいえもっとも温暖な地で育ったので、寒くはあるが、積雪はそうでもなかった。
しかし、越後、日本海側の雪は半端じゃない。
夜、まさに、深々と降る。
北海道の、横殴りで前が見えない降り方とは違って、音もなく降る。
屋根に積もって、ミシミシと鳴る。
そういった感覚も、雪国で住んでみないと分からない。
新潟時代、テレビで冬に天気予報を見ていて、関東地方は快晴、こちらは雪、という期間を長く過ごすと、「裏日本」という言葉が、肌で理解できるようになる。
青空文庫の『北越雪譜』から、挿絵を拝借。
鈴木牧之著『北越雪譜』(青空文庫)

今でも雪かきは命がけ。
毎日のように雪国での事故のニュースを目にする。
そんな時季に、何のための選挙なのか。
雪国の実態を無視しての解散総選挙は、すなわち、高市自民党には国民に寄り添うつもりがない、ということだ。
