「門付け」ー『小泉八雲集』(上田和夫訳)より(1)
2026年 01月 31日
小泉八雲に関する連読(?)が続いている。
八雲が松江との違いや同僚との諍いで熊本では日本への愛情を失いつつあった時、彼にとって衝撃だったのが、神戸の家にやって来た「門付(づ)け」だった。
小さな男の子を連れた盲目の女性のその声、歌に感動し、八雲はあらためて日本を愛する心を取り戻した。
どうしても『心』所収の「門付け」を読みたいと思っていたら、書店でこの本を発見。

『小泉八雲集』(上田和夫訳)
目次の一部。

『心』から、「停車場にて」「門付け」「ハル」「きみ子」が収録されている。
『知られぬ日本の面影』からは、「弘法大師の書」「心中」「日本人の微笑」、『東の国から』から「赤い婚礼」。
『怪談』や『骨董』の収録作品は、すでに所有の本と重複するが、「門付け」と「日本人の微笑」だけでも買うに価すると思った。
訳者の上田和夫は、昭和三年(1928)年、金沢生まれ。東大英文科を卒業。
元研究社出版編集担当。元明星大学教授。
訳書に本書の他、『シェリー詩集』『D.H.ローレンス詩集』、編著に『20世紀英語文学辞典』などがある。
本書は昭和五十年初版。昨年七十刷が12月に出された。
では、さっそく「門付け」をご紹介。
三味線をかかえて、七、八歳の男の子をつれた女が、わたしの家へ歌をうたいにやって来た。女は、百姓の身なりをして、頭に青い手ぬぐいを巻きつけている。顔は醜かった。生れつきの不器量が、さらに天然痘のひどいあばたのために、ますます醜くなっている。子供は、歌の刷りものを束にして持っている。
そこで近所の人たちが、わたしの家の前庭に集まってきたーたいがい、赤ん坊をおぶった若い母親や子守りだったが、じいさんやばあさんもー界隈のご隠居連中もまじっている。次の町角にある客待ちの車寄せから、人力車の車夫たちもやって来た。たちまち、門の中は場所がなくなった。
女は、戸口の踏み台に腰をおろして、三味線の音をあわせ、合(あい)の手の一節を弾いたー人びとは、たちまち魔法に打たれたようになった。彼らは、微笑しながら驚きの顔を見合せた。
というのは、その醜い、引きつった唇から、奇跡のような声がー若々しい、よく通る、言いようのないしみじみとした美しい声が、波のように湧き出してきたからである。「ただの女か、木の精か?」と、見物の一人がいぶかしむ。もちろん、ただの女にすぎないーが、それはすばらしい芸術家であった。その三味線の弾きっぷりは、どんな腕達者な芸者をも驚かしたかもしれない。しかも、これほどの声は、どんな芸者からも聞けなかった。また、これほどの歌も。
このあと、歌の調子は、せみや藪うぐいすから習ったものであろう、と書いている。
また、西洋の音階にはない微妙な音階や、その音階の半分、さらにそのまた半分の音階でうたっている、と評している。
そして、女がうたっているうちに、聴いている人たちは、声も上げずに泣きはじめた。わたしには、歌の文句はわからない。が、女の歌う声とともに、日本の生活の悲しさ、美しさ、辛さがーそこにはない何ものかを悲しげに追い求めるように、わたしの心に通ってくるのを感じた。目に見えぬやさしいものが、わたしたちのまわりに集まり、震えているように思われた。そして、忘れられた場所と時の感覚がー人の記憶にある場所や時の感じとはまるで違ったーもっと霊的な感情とまじって、しずかにもどってきた。
その時、わたしは、その門付けが盲であるのを知った。
八雲は歌がおわるとその女を説きふせて家に招き、いろいろ訊ねた。
すると、天然痘のため両目の視力を失ったこと、男の子は自分の子であること、夫は中気であること、体は丈夫なので、ずいぶん遠くまでも出歩くことなどを知った。
歌を歌うと、人々が泣いて、銭や食べ物を恵んでくれるので、床について夫も子供も、なんとか養ていけるらしい。
八雲は、後日、実際の心中を扱った歌の本『玉米(たまよね)・竹次郎の悲しい歌ー大阪市南区日本橋四丁目十四番地、竹中よね作』を買って、歌の文句を知ることになる。
引用する。
木版で二枚の挿絵があるその本。
縦に書かれた速記文字のような、奇妙な草書体の文章は、訳してみればこんなふうにもなろう。
その名も知られた大阪の、西本町一丁目にー語るもあわれな心中ばなし!
年は十九の玉米をー見初めてホの字の年まだ若い職人竹次郎。
たがいに二世をかけて誓ったもののー遊女を恋したそのあわれさ!
たがいの腕に彫った雨竜(あまりょう)と、竹の字ー浮世の苦労を夢にも思わず・・・・・・
身請けの五十五円を払えぬー竹次郎の心のもだえ!
この世で添えぬ二人、いっそ手をとり合い死のうと・・・・・・
供養を女の朋輩(ほうばい)にたのみー露と消え行くあわれさ・・・・・・
死なんという人の交わす水盃を玉米は取りあげ・・・・・・
心中する二人の心の乱れー捨てる命のあわれさよ!
要するに、筋にこれという変ったこともなければ、歌の文句が、ことさらすぐれたいるわけでもない。その芸が、みんなの讃嘆を博したのは、一に女の声にかかっている。それにしても、門付けが去ったあともずっと、声はまだ耳もとに残っているように思われるー一種霊妙な甘美さと悲哀がわたしのうちに呼びおこされ、その不思議な声の秘密を、わたしは解き明かそうとせずにいられなかった。
この後、すべての旋律(メロディー)、すべての音楽は、感情の原始的な自然の表現であり、悲哀、歓喜、熱情といった生まれながらのことばが、いくらか進化したものでだろう、と書いている。
盲目の下層の一人の女がうたったこのありふれた歌が、異邦人であるわたしの心に、これほど深い感動を呼びおこすのは、何故であろうか。おそらく、この歌い手の声のなかに、一民族の経験の総体よりもさらに大きな何ものかにー人類の生命のようにひろい、また善悪の知識のように古い何ものかに、うったえることのできる力があったのであろう。
松江とは違った文明化が進む熊本で折れかかった日本への愛を、この門付けが蘇らせてくれた。
たとえば、以前は落語を聴き、そこに江戸の生き生きとした庶民の生活を思い描くことが楽しかった。
しばらく身動きできない、そんな感動を呼び起こされたことも、少ないながらあった。
しかし、今は、映画の方に、より自分の心は反応するような気がする。
私は、いまだ、八雲のような感動を抱くような歌を聴いたことはない。
いや、それは、感動する心が、自分にないだけなのかもしれない。
そんな気もする。
本書からも、今後、いくつかご紹介するつもりだが、そうなると、結構忙しく(?)なるなぁ。
