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長谷川洋二著『八雲の妻 小泉セツの生涯』より(5)


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長谷川洋二著『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)

 長谷川洋二著『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)の五回目。

 初版は松江今井書店から1988年刊行。
 2014年に全面改稿新版が同書店から出され、2025年9月に出されたこの潮文庫版は、新版を一部加筆修正したもの。

 著者は、1940年、新潟生まれ。新潟大学人文学部で史学を専攻し、コロンビア大学で修士取得。
 一時期会社員、前後して高校教諭を勤めた方。
 本書の他に、『わが東方見聞録ーイスタンブールから西安まで177日』(朝日新聞社、2008年)などがある。

<目次>

□小泉セツ関係系図
□1 セツの生い立ち
□2 松江士族の没落とセツ
□3 ハーンとの出会いと結婚
□4 結婚生活
□5 未亡人時代
□思ひ出の記
□あとがき
□文庫版あとがき
□解説 怪談文学創作の最大の功労者・小泉セツの人生 小泉凡
[巻末付録]
□セツ・ハーン略年譜
□セツの「英語覚え書帳」

 巻頭の系図の写真。

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 この系図の、小泉家と稲垣家の一部を拡大。

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 残念ながら、両家の関係を示す線は、引かれていない。

 今後、分かったらご紹介するつもりだ。


 引き続き、「ハーンとの出会いと結婚」から。

 書籍、書簡、伝聞などを幅広く検証した結果として、八雲とセツが結婚したのは、明治二十四年(1891)の二月上旬と推理することができた。

 また、西田千太郎が媒酌人だったという通説も、富田旅館の女将ツネの話(桑原羊次郎書『松江に於ける八雲の私生活』)から、否定された。


 では、出会いは、女中としてだったのか、あるいは、結婚が前提だったのか。

 ツネの話は、彼女が単なる「住み込み女中」を世話したのではなく、テンポラリ・ワイフ(仮りそめの妻)ともなり得る女を紹介した意味合いを持つが、そのイニシアティブが、たとえ示唆程度のようなものであったにせよ、西田から出たことも、あり得るとしなければならない。西田が世故・人情にも通じた男であったことは、ハーンからもらい受けた男女に関する英俗語表現リストでも知られるからである。
 当時、日本滞在中に仮りそめの妻と同棲する西洋人が、多数に上ったのは事実である。ハーンとセツが一緒になった明治二十四年(1891)に、宣教師の夫とともに長崎に来たサラ・コレルが取材し、それによって、兄のジョン・L・ロングが『蝶々夫人』を書いたのは、明治三十一年(1898)のことであった。また、ハーンが一時私淑したピエール・ロティが、自分の長崎滞在中に営んだ仮りそめの夫婦生活体験に基づいて、『お菊さん』を書き、これが出版されたのが、ハーンの来日の三年前(1887)であって、ハーンもこれを読んでいた。しかし、ハーンが、松江での「お菊さん」を求めてセツを得たということは、まず考えられない。ただ、ツネの「仲人口」が、士族という家族的背景にセツの年齢ー二月四日で二十三歳ーを加えたことは、大いにあり得るし、その時点でハーンの心がどう動いたかは、また別問題である。

 『蝶々夫人』は、説明不要かと思うが、ピエール・ロティと『お菊さん』について、補足したい。

 Wikipedia「ピエール・ロティ」から。
Wikipedia「ピエール・ロティ」

 ロティは、1885年夏にフランスの戦艦トリオンファント号の海軍士官として長崎に約1ヶ月滞在、いわゆる現地妻として日本人女性のおカネさんと同棲した経験から小説『マダム・クリザンテーム(フランス語版)』(邦題『お菊さん』)を著す。同年秋には鹿鳴館のパーティにも参加した。
 そのときの見聞を「江戸の舞踏会」(短編集『秋の日本』に収録)に綴っているが、この中でロティはダンスを踊る日本人を、「しとやかに伏せた睫毛の下で左右に動かしている、巴旦杏のようにつり上がった眼をした、大そうまるくて平べったい、小っぽけな顔」「個性的な独創がなく、ただ自動人形のように踊るだけ」と表現している。

 『お菊さん』は、西欧人が日本に対して抱くイメージに一時期大きな影響を与え、ラフカディオ・ハーンの来日に一役を演じたり、日本に憧れていたフィンセント・ファン・ゴッホは、もっぱらこの作品から日本人の生活についての情報を得ていたという。
 『お菊さん』の冒頭で「何と醜く、卑しく、また何とグロテスクなことだろう!」という日本人の姿を伝える一節があるところから、ロティは日本人に対して蔑視の念を抱いていたという評価もある。なお、アンドレ・メサジェは小説『お菊さん』を原作として歌劇『お菊さん』を作曲し、この歌劇は1893年にパリで初演されている。


 というわけで、八雲は、日本に滞在する外国人の多くが妾と同棲することを事前に承知をしていた。

 しかし、彼が、それを望んでいたか、というとそうは言えないだろう。

 本書の考察からも、あくまで、住み込みの女中、それも士族の娘を希望したのは事実だろうが、妾としての思惑があったとは思われない。

 ということで、「ばけばけ」で、ヘブン(八雲)の女中を世話して欲しいという依頼の意味を取り違えた錦織(西田)が、トキ(セツ)に妾としての役割を含んで依頼し、後からヘブンが怒るという筋書きは、十分、あり得ることなのだ。
 

 著者は、八雲の当時の心境をうかがう裏付けとして、彼が作品で描く没落士族の女性に注目している。

 ハーンは、日本での第二作である『東の国から』の中で、武士の血が流れている娘として、およしと勇子の二人を扱い、第三作の『こころ(心)』で、典型的な没落士族の娘であるあいの話を語った、それらの物語の中で、士族の娘は、事にあたって大胆な行動をとる意志力を、あたかも遺伝として持ち合わせているかのように説明されている。京都の上級武士の娘のあいは、母親と妹を養うために、決然と我が身を売って芸者の君子となった。ハーンもまた、セツの大胆な行動の中に、武士の血に由来する「潜在的に保持された意志力」の発現を見た、ということがあったかと思われるのである。

 八雲は、武士という異国の存在に、大いに興味があったに違いない。

 直接士族であった男性ではなく、士族の娘を女中として近くで接することで、武士という存在を知りたかったのかもしれない。

 そして、セツから感じる「意志力」に敬意の念を抱いていたと察する。

 それが、彼の作品に描かれていたのだろう。

 だから、最初から妾という意図は、八雲にはなかったと、私も思う。

 ただし、周囲の見る目は、当時の世相を反映していた。

 これは、巻頭の関係図の八雲とセツの子どもの部分の拡大図。

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 本書から引用。

 筆者は、資料調査の傍ら、セツやその周辺の人々についての聞き伝えを聴取することに努めた。セツが没して八十年を経ていたから、信憑性について慎重を期し、限定的に本書で用いている。聞いた話の中では、セツの初孫に当たる種市八重子さんの、母親翠(みどり)からの聞き伝えが、最も印象的であった。それは、「住み込み女中として」という当時の新説を知らない八重子さんが、結婚式を経てではなしに、「家のお手伝いに行くようになって、と聞いています」と答えられたからである。
 セツが翠に打ち明け話をしていた可能性があるわけだが、種市八重子さんの談によれば、ハーンと一緒になった後、「人が皆、洋妾(ラシャメン)、洋妾と言う」ことが一番辛かったと、セツは晩年、嫁の翠に語ったという。西洋人の妾は、普通の妾以上に蔑(さげす)まれていた。

 セツは、八雲に、周囲からラシャメンと言われて辛い、とはこぼさなかったに違いない。

 それこそ、士族の娘の意志力によって、ぐっと耐えたはずだ。

 次回は、当時の松江における二人の周囲の人々について、ご紹介したい。


 今日は1月7日。
 旧暦では11月19日である。
 旧暦の1月7日は、2月23日の天皇誕生日、祝日だ。

 権太楼は『人形買い』のマクラで次の「五節句」の説明をする。
 ■人日(じんじつ):正月七日(七草粥の日)
 ■上巳(じょうみ/じょうし):三月三日(ひな祭り)
 ■端午(たんご):五月五日
 ■七夕(しちせき/たなばた):七月七日
 ■重陽(ちょうよう):九月九日

 もちろん、これらは旧暦で祝いたい節句。
 ちなみに、「七夕」は秋の季語。
 
 七草は、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ、という野草。
 この時期に、野で採れるはずもない。
 春七草は、立春後に、本格的な春の訪れを感じながら胃腸を休め、無病息災を願う行事。

 こんなこと書くから、「旧暦おやじ」なんて思われるのだろうなぁ。

 セツが、八雲と結婚したのは十二月、と言っていたのも、それが旧暦だったから、謎が解けるのである。
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by kogotokoubei | 2026-01-07 12:57 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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