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昔昔亭桃太郎を偲ぶ。


 いただいたコメントで、昔昔亭桃太郎が亡くなったことを知った。

 12月28日、敗血症によって、突然とも言える旅立ちのようだ。享年81歳。

 落語芸術協会の訃報後半の文章と写真を拝借。
落語芸術協会サイトの該当ページ

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落語芸術協会を牽引し続けたレジェンドが旅立ちました。
「結婚相談所」「裕次郎物語」「金満家族」など独自の視点や感性で描かれた新作落語を数多く生み出し、朴訥とした語り口と共に唯一無二の世界観を作り上げた新作落語の名手でした。
“寄席の爆笑王”と呼ぶにふさわしく、高座に上がった瞬間に客席の空気を変えてしまうほどのキャラクター性、独特のマイペース感に愛嬌が同居した存在感はひときわ異彩を放ち、常に観客を笑いの渦に引き込みました。
ネタを作ってしまうほどの裕次郎好き、巨人ファンとしての野球ネタ、ビートルズ好きとしての音楽談義、湯飲み茶碗を使った独特のギャグ、「ルイジアナ・ママ」を歌い他出演者を巻き込んでツイストを踊らせる余興など、その魅力は尽きることなく広く愛された師匠でした。
来春の六番弟子・昔昔亭喜太郎の真打昇進を楽しみにしていた中、この度の急逝が悔やまれてなりません。

最後の高座は令和7年12月13日長野市内での落語会で、演目は「カラオケ病院」でした。
葬儀は近親者にて執り行われました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。



 内容は、実に心のこもったものだ。

 27日に老衰で90歳で亡くなったペペ桜井の落語協会の訃報と比べると、その違いが大きすぎる。
落語協会サイトの該当ページ

 ペペ桜井については、別途記事を書きたい。


 さて、桃太郎の生の高座には、それほど多くは接していない。

 ブログを始める前に三度ほど聴いていると思うが、ブログ開始後は、二席。


 16年以上前の鯉昇との二人会の記事が懐かしかった。

 内幸町ホールで行われた、「らくだ亭」の第23回目の会で、サブタイトル“脱力系爆笑競演”と銘打たれて、このお二人。
 独自の古典に挑戦していると噂だった桃太郎と、当時、もっとも贔屓にしていた鯉昇の組合わせに魅かれた。

 さすがに、あまり覚えていないが、こんなプログラムだった。
2009年9月8日のブログ

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(開口一番 昔昔亭A太郎 たらちね)
昔昔亭桃太郎  裕次郎物語
瀧川鯉昇     蒟蒻問答
(仲入り)
瀧川鯉昇     ちりとてちん
昔昔亭桃太郎  寝  床
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 桃太郎の『寝床』を絶賛している。

桃太郎『寝床』(20:58-21:35)
ともかく後半は涙を流して笑い続けていた。鯉昇を十分に意識した“食べ物”シーンの連続技や、長屋の住人や使用人のみなならず、高田文夫、犬、猫、鼠、はては蛇まで旦那の義太夫から逃げ出すという設定や、それぞれの逃走方法の意外性に会場も私も爆笑するしかなかった。初めて聞く桃太郎版古典だったが、期待以上というか、何か“革命”的なものを感じた。

 この記事を読んで、少しだけ思い出した。

 そうそう、凄い『寝床』だったのだ。


 この年から始めた「マイベスト十席」からは、惜しくも(?)落選。

 懐かしさもあって、最初のマイベスト十席を含む文章を確認したい。
2009年12月24日のブログ


今年行った寄席・落語会は39回。備忘録替わりに、私のベストテンを選んでおくことにした。ただし、好みもあって結構同じ噺家さんの会に複数通っていることもあるので、あえて同じ噺家さんからは一席だけとし、マイベスト十席を序列をつけず時系列で並べてみる。
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・三遊亭遊雀 『崇徳院』 
  *3月21日 朝日名人会(有楽町朝日ホール)
・桃月庵白酒 『木乃伊取り』 
  *4月28日 WAZAOGI落語会 白酒ひとり会(お江戸日本橋亭)
・柳家喬太郎 『純情日記・横浜篇』 
  *6月17日 談春・喬太郎 二人会(関内ホール)
・瀧川鯉昇 『御神酒徳利』
  *6月25日 県民ホール寄席 瀧川鯉昇独演会(神奈川県民ホール)
・柳家権太楼 『寝床』
  *8月3日 三三 背伸びの十番 第六回(横浜にぎわい座)
・柳家さん喬 『百年目』
  *8月18日 鈴本夏まつり さん喬・権太楼選集
・桂雀々 『夢八』
  *9月2日 雀々・談春 二人会(国立演芸場)
・古今亭志ん輔 『居残り佐平次』
  *9月15日 志ん輔三夜 第三夜(国立演芸場)
・柳家三三 『文七元結』
  *11月2日 三三 背伸びの十番 第九回(横浜にぎわい座)
・三遊亭兼好 『一分茶番』
  *12月1日 師走新風落語会(横浜にぎわい座)

<番外特別の一席>
・桂枝雀 『つる』(ビデオ落語)
  *12月4日 桂枝雀生誕70年記念落語会(麻生市民館)
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 悩みに悩んで次の高座は十席からはずしたが、どれも印象に残るものだった。
  ・立川談春 『三枚起請』(2月14日 立川談春独演会)
  ・柳家喜多八 『首提灯』(2月18日 浜松町かもめ亭)
  ・桂平治 『おかふい』(6月10日 鯉昇・平治 二人会)
  ・古今亭菊之丞 『船徳』(8月27日 平成特選寄席)
  ・昔昔亭桃太郎 『寝床』(9月8日 桃太郎・鯉昇 二人会)
 
 寄席の高座の中では、6月6日の新宿末広亭における古今亭志ん輔『夕立勘五郎』が印象深い。

 迷いなく選べたものが次の三席。まぁ、2009年マイベスト3と言ってよいだろう。
 ・柳家三三   『文七元結』
 ・瀧川鯉昇   『御神酒徳利』
 ・柳家喬太郎 『純情日記・横浜篇』

 朝日名人会は、ブログ開始の前に数回行っており、あの会は、結構「ハレ」の落語会という印象だったことを思い出す。
 扇橋や小三治も聴いたなぁ。
 その後、次第に有難みを感じなくなって、木戸銭の高さから距離ができていった。
 
 あの頃は、談春も、結構聴いていた。

 雀々が談春との二人会における『夢八』の凄い高座は、結構覚えている。

 
 さて、桃太郎のこと。

 『寝床』から五年ほど空いて、2014年の暮れに、桃太郎・喜多八・喬太郎という贅沢な三人会で聴いている。

 ブログの記事には、夕刊フジ主催の桃太郎を中心とする落語会で、オフィスエムズの加藤さんのことを中心に書かれた本『席亭志願』にあった、かつて練馬で開催されていて客の入りが少なかった会を、エムズさんが手伝って日本橋開催に変わった会のようだ、と記している。
2014年12月20日のブログ

 桃太郎の高座について、こう書いていた。
昔昔亭桃太郎『やかん』 (27分)
 年賀状の文面を考えるのに苦労している、ということから、見て頭にくる年賀状のことを二つ三つ。知ったかぶりのことを“やかん”と言った、と先代文治のネタがしばらく続いた。「お疲れさまでした」と前座などが言うと「お疲れさまです、だ!」と怒るので、文治生存中の芸協は、「お疲れさまです」が標準だったとのこと。「ありがとうございました、じゃなく、ありがとうございます」と主張していたことも有名(?)。過去形が嫌いで現在形が好きな“ラッキーおじさん”が懐かしい。
 本編は前半は鯛、鮭、イカ、タコなど魚類シリーズの問答。途中で「昇太はどうして結婚しないんでしょうかねぇ」という問いかけなどを挟み、再び、うなぎ、かめ、つるなどの動物シリーズへ。楽しくはあったが、久し振りの桃太郎に期待していただけ、物足りなさを感じたのも事実。

 ラッキーおじさん、九代目桂文治のことを語れる噺家さんが、どんどん減っていくなぁ。

 対談の記事。
トークショー 桃太郎&喬太郎 (32分 *~21:22)
 仲入り後、桃太郎は私服、喬太郎は羽織を脱いだ高座着のままで登場。
 煙草の話題が多かったが、喫煙者である私ではあっても、あまり楽しいネタではないなぁ。桃太郎は、末広亭や池袋の後でも、まっすぐ帰らず赤羽で夜11時まで開いている喫茶店で本を読んだり、原稿を書いたり、堂々と(?)煙草を吸ってから家に帰るとのこと。書斎、だね。
 先代文治のネタもいろいろあったが、もっと自分の師匠柳昇について語って欲しかったと思う。
 貴重な情報は、来年3月にさん喬門下で真打昇進する二人について、喬太郎から、喬之進が小伝次、さん弥がさん助を襲名すると明かされたこと。

 この会、次は、喬太郎、三三と桃太郎の会の予定だったことが書かれている。

 そして、東銀座の球磨川での居残り会が盛り上がり、結構、帰りが遅くなったようだ。
 
 ほぼ、11年前の師走のことだった。


 今思うと、桃太郎の2009年の『寝床』に続く驚く高座を聴く機会がなかったのが、残念。

 
 落語協会の噺家との二人会、三人会の多さは、芸術協会では飛びぬけていたのではないだろうか。

 唯一無二と言える高座が懐かしい、昔昔亭桃太郎のご冥福を祈る。
 

Commented by saheizi-inokori at 2026-01-03 18:04
突然ですね、信州人らしい面影が懐かしいな。
Commented by kogotokoubei at 2026-01-03 18:35
>佐平次さんへ

本当に、予期せぬ別れでした。

そうか、信州人は同郷の人が分かるんですね。
Commented by at 2026-01-04 07:02
桃太郎師の「寝床」に高田文夫氏が登場するのは、
氏が師を高く評価していたからなんでしょう。
義太夫を聞けない理由は「これからタケちゃんとラジオの収録があるんだ」でしょうか?

江戸弁ではない、個性的な語り口がよかった・・・本当に残念です。
Commented by kogotokoubei at 2026-01-04 07:15
>福さんへ

日大芸術学部で落語研究会出身の高田文夫は、演芸への鑑識眼が確かな人ですから、桃太郎も嬉しかったはずです。
義太夫から逃げる口実は、ご指摘の通りだったと思います。

ペペ桜井に桃太郎、師走に相次いで貴重な芸人さんが旅立ちました、残念です。
Commented by Ponchi at 2026-01-04 08:54
 >小言幸兵衛様

 故・昔昔亭桃太郎師の追悼記事を拝見いたしました。
 取り上げてくださり、ありがとうございます。

 先日の投稿でお伝えした通り、桃太郎師は真打昇進時頃の一度きりしか聴かず仕舞いだったのが残念です。
 出不精ということもあり、「いつでも聴けるから。」と思っているうちに訃報、の繰り返し。

 昭和四天王も誰も聴かないうちに全員が彼岸へ渡ってしまいました。
 個人的にはやはり先代柳朝、志ん朝が好きでした。
 まだ小学生でしたから、機会はなかったものの、二朝会は一度聴いてみたかったですね。

 戦後生まれの世代もさん喬の初席休演が気になります。生の高座は一度も接しておりませんので。
 雲助も真打昇進前後に新宿末廣亭でたまたま代演で聴くことができましたが、その後は数える程度。

 板橋区に居住しており、比較的近いのが池袋演芸場なのですが、改装後は一度も足を運んでいません。
 改装前は入口が反対側で、3階の内部は高座の前が畳敷きで、演者の唾液が飛んできそうでした。
 そんな中で、十代目小三治や襲名披露中の八代目圓蔵を聴いたのはもう40年以上前の大学生時代。
 二人とも既に彼岸の彼方です。

 奥様、ユウちゃん共々、お元気でお過ごしください。

 長々と失礼いたしました。
Commented by kogotokoubei at 2026-01-04 09:19
>Ponchiさんへ

あたたかいお言葉、ありがとうございます。

私も志ん朝を生で聴くことができませんでした。
訃報に接してから、寄席や落語会に足繁く通い出した次第です。
今は、落語より映画に行くことが多くなりました。

Ponchiさんにとって今年が幸多い年になりますようお祈りいたします。
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by kogotokoubei | 2026-01-03 17:17 | 落語家 | Trackback | Comments(6)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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