矢野誠一さんを、あらためて偲ぶ。
2025年 12月 09日
昨夜は、居残り忘年会だった。
関内で48年続くお店、団欒に集まった6人。
美味しい肴にお酒、そして、楽しい話で盛り上がった。
Mさんから、7月に亡くなった矢野誠一さんを追悼する冊子「徳三郎九十句」をいただいた。

「東京十七句会・水酔会編」で10月26日の発行。
目次と見開きにある水酔会福井吟行(2024年5月)の矢野さんの写真。

東京十七句会は、あの、東京やなぎ句会の後継となる句会。
水酔会は、小沢昭一さんが宗匠だった会を、小沢さん亡き後、矢野さんが継いだ句会。
その二つの句会から四十五句ずつが掲載されている。
そして、やなぎ句会で書記役だった山下かおるさんによる「矢野さんと、東京の文字がつく二つの句会」という文章が掲載されている。
また、矢野さんご自身の「水酔会=小沢昭一」という文章と、2024年6月29日に神奈川近代文学館での講演の記録「昭和の名人 志ん生・文楽との日々」が掲載されている。
実に貴重な冊子であり、Mさんに感謝。
訃報に接してから、8月2日と3日に、過去の矢野さんの著作について書いた記事を振り返りながら追悼する記事をいくつか書いた。
2025年8月2日のブログ
2025年8月3日のブログ
また、居残り会の夏の暑気払い会で、これも、Mさんに見せていただいた、矢野さんの封筒の切手のことを紹介した。
2025年8月21日のブログ
さて、「徳三郎九十句」の中から、一句だけ。
我が余生記録せんとて日記買ふ
東京十七句会の2024年12月の第三十七回での句。
果たして、日記を買ったのは一年前のことなのか、あるいは過去のことなのかは、分からない。
差し支えない範囲で、その日記も拝見したい思いがする。
あらためて、私の落語指南役のお一人だった矢野誠一さんを偲んでいる。
そして、落語を媒介にご縁のあった居残り会の皆さんにも感謝。
もちろん、美味い料理、酒を楽しませてくれた団欒のご夫妻にも感謝。






二年後、お店の五十周年も居残り会仲間でお祝いしたいものだ。
