スティーヴ・クロッパーを偲ぶ。
2025年 12月 06日
スティーヴ・クロッパーの訃報に接した。
Wikipedia「スティーヴ・クロッパー」から写真を拝借。
Wikipedia「スティーヴ・クロッパー」

「Billboard Japan」サイトの記事を引用。
「Billboard Japan」サイトの該当ページ
2025/12/05 14:30
ブッカー・T&ザ・MG'sの伝説的ギタリスト、スティーヴ・クロッパーが84歳で死去
オーティス・レディング、ブッカー・T&ザ・MG's、ウィルソン・ピケットら数多くのアーティストの名録音に参加した伝説的ギタリスト、スティーヴ・クロッパーが、現地時間2025年12月3日に米ナッシュビルで死去した。84歳だった。
クロッパーの死は、息子のスティーヴン・クロッパーがフェイスブックで確認した。「胸が張り裂ける思いですが、素晴らしい父が今朝旅立ったことをお知らせします。父は本当に途方もない人生を送り、皆さんを楽しませる時間のすべてを満喫していました。どうか私たち家族のために慰めの祈りを捧げてください」と彼は投稿した。
1960年代にスタックス・レコード専属のスタジオ・バンドを務めたブッカー・T&ザ・MG'sのギタリストとして、クロッパーはそのサウンドを形作った立役者だった。彼の澄んだ、しばしばミニマルなギター・ワークと繊細なタッチは、レディングの「(Sittin’ On) The Dock of the Bay」、エディ・フロイドの「Knock on Wood」、ピケットの「In the Midnight Hour」、サム&デイヴの「Soul Man」といったR&B/ポップの名曲で存在感を放っている(「Soul Man」でサム・ムーアが即興で叫ぶ“Play It, Steve”はクロッパーの名を永遠に刻んだ)。
1991年に【グラミー賞】を受賞した『ザ・コンプリート・スタックス=ヴォルト・シングルズ』ボックス・セットの再発プロデューサーで、クロッパーとたびたび仕事をしたスティーヴ・グリーンバーグは、「スティーヴ・クロッパーはロックとR&Bの歴史において抜きん出た存在でした。史上最高のエレクトリック・ギタリストの一人として、彼の唯一無二のプレイスタイルは、“Green Onions” から “Dock of the Bay”、ロッド・スチュワート “Tonight’s the Night” に至るまで、多くのヒットに深い個性をもたらした。さらに “In the Midnight Hour”、“Knock on Wood”、そしてもちろん “Dock of the Bay” といった名曲でのソングライティングとプロデュースを加えれば、スティーヴ・クロッパーは1960年代のポピュラー音楽を形作った最重要人物の一人といえます」と語った。
スタックス、メンフィス、と言えば、映画「約束の地、メンフィス ~テイク・ミー・トゥー・ザ・リバー~」を思い出す。
2017年8月に、居残り会リーダー佐平次さんのブログで知った映画を、関内の横浜シネマリンで観た。
「梟通信~ホンの戯言」の該当記事
8月24日に記事を書いたが、ほんの少し、ある歌の歌詞を紹介しただけなのに、「管理者非公開」になってしまった。
昨年、改訂して記事を掲載していた。
2024年6月10日のブログ
もちろん、ブッカー・T&ザ・MG'sのメンバーとしてスティーヴ・クロッパーも登場。
スティーヴ・クロッパーが一躍有名になったのは「ブルース・ブラザーズ」がきっかけだろう。
テレビ「サタデー・ナイト・ライブ」で誕生したバンドは、その後映画にもなった。
昨年6月の記事でも書いたが、私が、スティーヴ・クロッパーに出会った(?)のは、16歳の頃。
あのNHK「ヤング・ミュージック・ショー」、1971年10月放送の第一回がCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)で、その番組の中で、CCRとブッカー・T&ザ・MG'sのジャムセッションがあったのである。
Wikipedia「ヤング・ミュージック・ショー」
なんと、1971年の貴重な動画を見つけた。
ジャムセッションとステージは、前年1970年。
だから、皆、若い。
このYouTubeを聴き、見ながら、スティーヴを偲びたい。
もちろん、あの番組でCCRが良かったのは当たり前なのだが、ブッカー・T&ザ・MG'sの♪Time is Tightが、実にカッコ良かったのである。
きょうはあのCDを聞くことにします。
それにしても月日の去る早さに感無量です。
