河合敦著『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新書)より(40)
2025年 11月 01日

河合敦著『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新書)
河合敦著『蔦屋重三郎と吉原』の四十回目。
同書は朝日新書から、昨年12月30日初版。
副題は「蔦重と不屈の男たち、そして吉原遊廓の真実」である。
<目次>
□はじめに
□Ⅰ 蔦重の原点は吉原にあり
□Ⅱ 田沼失脚と寛政の改革、そして蔦重の反骨
□Ⅲ 歌麿・写楽・北斎らを次々に世に送り出す
□Ⅳ 蔦重プロデュースの絵師・作家列伝
□おわりに
いつものように、杉浦日向子さんの『江戸へようこそ』の巻末の表を参考のため拝借。

杉浦日向子『江戸へようこそ』

鳥山検校が瀬川を身請けしたのが安永四年(1775)、借金まみれになった旗本の森忠右衛門が逐電したことを発端として、鳥山他の検校が就縛されたのが安永七年(1778)のこと。
翌安永八年(1779)、鳥山も京都の惣録の下に身柄を移され、7人の検校の中では最も重い武蔵・山城・摂津・遠江より追放の上、解官・不座となった。
平賀源内が亡くなったのは、安永八年。
“天明の浅間焼け”と言われる浅間山の大噴火があったのが天明三年(1783)。
重三郎が日本橋通油町に耕書堂を開店したのも、天明三年。
田沼意次の息子意知が城中で佐藤政言に斬られたのが天明四年(1784)。
十代将軍家治が亡くなり、田沼意次が老中の職を辞すのが天明六年(1786)。
恋川春町が亡くなったのが、寛政元年(1789)の七月七日。
滝沢馬琴が山東京伝を訪ねたのが寛政二年(1790)。
松平定信を怒らせて山東京伝が手鎖五十日、蔦重が財産の半分を没収されたのが、寛政三年(1791)。
松平定信が、「尊号一件」によって徳川家斉に怒りにふれ老中を罷免されたのが、寛政五年(1793)。
引き続き、「第三章 歌麿・写楽・北斎らを次々に世に送り出す」から。
定信の失脚後、寛政の遺老と呼ばれる家斉の側近たちが、寛政の改革を継承していた。
その後、家斉の独裁が始まり、時代は再び田沼時代のような文化・文政の時代を迎える。
しかし、すでに蔦屋重三郎は亡く、その時代を享受することはなかった。
引用する。
歌麿と組んだ美人浮世絵(大首絵)で大勝負をかける
ただ、まだ重三郎を殺すわけにはいかない。処罰されてからわずか五年であったが、その短い歳月のなかで、再び世間をアッと言わせる大勝負をやってのけているからだ。
よく知られているのが、喜多川歌麿と組んで刊行した美人浮世絵(大首絵)だろう。
まずは、後に江戸時代を代表する浮世絵師となる喜多川歌麿について、紙幅を割いて紹介していこうと思う。
といっても、この人の前半生は、蔦屋重三郎以上にわかっていないのだ。
重三郎とは比較にならないほど多くの歌麿研究があるのに、いまだに彼がいつどこで生まれたのかすら、確かな史料を見いだすことができていない。
そんなわけだから、両親のことも、幼少期のことも語ることはできない。いまのところ有力なのは、宝暦三年(1753)に誕生したとする説だ。これが本当なら、重三郎より三つ年下なので、ほぼ同世代といえる。
少年の頃、歌麿は町狩野(まちかのう、幕府や藩に属さない在野の狩野派の町絵師たち)の鳥山石燕(とりやませきえん)から絵を学んだといわれる。はじめは石要(せきよう)と名乗っていたとされ、現在、確認しうる最古の絵が、歳旦帖の『ちよのはる』の茄子の絵である。発刊されたのは、明和七年(1770)のこと。
歳旦帖とは、江戸時代に連歌師や俳諧師たちが、正月の吉日を選んで弟子たちを招いて新春の句会を開くのだが、その時に参加者への挨拶代わりに配布する前年の句集のこと。
『ちよのはる』は、俳諧師・東柳窓燕志(とうりゅうそうえんし)の歳旦帖で、自身の絵に加え鳥山石燕や北尾重政など多くの絵師が挿絵を寄せている。
その中に少年歌麿、石要の挿絵が含まれていたのは、石燕の配慮によるものだろう。
茄子の絵には「少年、石要画」と署名がある。
この茄子の絵から数年後、歌麿は「北川豊明(きたがわとよあき)」と名を改め絵師としてデビューする。当初は、洒落本の挿絵や細判(ほそばん)の役者絵を描いていた。細判とは、小奉書(こぼうしょ、約33センチx約47センチの用紙)をさらに縦三分の一に分割(約33センチx約15センチ)した小さな判型の紙に描いた絵のこと。芝居が上演されている期間中だけ売り出すブロマイドのようなもので、サイズが小さいので値段も安かった。だから、たとえ売れなくても大きな損失は出ないので、版元たちは細判の役者絵を新人絵師の登竜門にしていたといわれる。このほか若い時期の歌麿は、武者絵や洒落本の挿絵を描いて生計を立てていた。
「べらぼう」に早く追いつくように、次回も歌麿のこと。
将棋竜王戦の第三局は、佐々木勇気挑戦者の四間飛車の意表を突く作戦にも惑わされることなく、鉄壁の穴熊で藤井竜王の勝利。
あらためて、王座を奪取した伊藤匠二冠の強さを感じる対局でもあった。
ワールドシリーズ第六戦は、劇的な幕切れ。
延長18回の翌日の第四戦では、若いブルージェイズの方が疲労回復力があったというようなことを書いたが、キケ・ヘルナンデス(34歳)とミゲール・ロハス(36歳)のダブルプレーでの決着を見ると、ベテランだからこその強みを感じる。
さて、明日はどんな結末となるやら、楽しみだ。
