青山透子著『日航23便墜落事件 四十年の真実』より(14)
2025年 08月 11日

青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』
『日航123便墜落事件 四十年の真実』(河出書房新社、7月4日初版)の十四回目。
<目 次>
□はじめに
□第一章 原点に立ち戻れ
「疑惑はここから始まった」など
□第二章 空白の三分十二秒ー炭化遺体は真実を語る
「長野県消防防災課の記録から見えたもの」など
□第三章 事件は終らないー声なき声を聴け!
「心ある元自衛官たちの調査研究」など
□おわりに
先に、またか、という反青山メディアについて。
今朝の朝日新聞の「天声人語」は、圧力隔壁原因説を支持し、ボーイング社の修理ミスに関する疑念を呈する内容。

朝日は、今日の社会面で、青山さんの著作内容を陰謀と主張する岡部俊哉元陸上幕僚長の言葉を掲載するなど、反青山色が明らかだ。
産経だけではないのである。
こういった反青山派の攻撃は、もう何十年も続いている。
しかし、青山さんが、そういった圧力に負けず、真相を追い求め続けることができたのは、先人たちの歴史があったからだ。
「おわりに」から。
最後に問いたい。
もしもあなたが、「知らない」ままであったならば、それはいくら無知と言われても気が楽であろう。ただし、その被害が自分に降りかかってきたときは、悔やんでも悔やみきれない。原発事故がそのよい例である。
もしも「見てしまった」ならば、見て見ぬふりをするより、誰かに伝えたほうがよほど気楽である。
もしも「知ってしまった」ならば、知らなかった頃には戻れない。永遠に臭い物に蓋をするか、知りえた事実を社会的に活用するかの選択に迫られることになる。
さて、あなたはどういう選択をするだろうか。
私は、この日航123便墜落事件を追究し続けた一人の研究者として、「知ってしまったことを記録として残す」という決断をした。そして、読者として出会った一人の遺族の裁判を支える決心をして書くことを選択した。これが私の後半生である。
それは、ヒロシマ・ナガサキの原爆と同じように、永遠に問い続けることで次世代への責任を果たすという必要性を実感してるからである。
誰かが言い続けなければ、原爆被害も、環境汚染も、日航機事件も、何もかも不都合なことを表に出したくない隠蔽者たちいよって、必ず「なかったこと」にされる。研究者として何事も継続していく勇気を持つようになったのは、先人たちの矜持を学んだからである。
学問の世界でも企業でも、権力を持つ人間に迎合することで出世をする人は多い。むしろ社会的な地位を求めるならば、イエスマンになるほうが簡単である。しかし、いくら迎合するのが得だとはいえ、犯罪の域まで達したらそれではすまない。
権力者や、権力者に迎合する隠蔽者が不都合なことを「なかったこと」にする例には、もちろん、森友事件も含まれる。
青山さんが、勇気を持つようになった先人の中には、赤木俊夫さんや高木仁三郎さんも当然含まれるだろうと思う。
もちろん、ヒロシマ・ナガサキで被曝し、後遺症で苦しみながら、原爆の悲惨さを語り続けた人たちも、含まれるに違いない。
権力者の隠蔽は、フクシマでも起こっている。
そして、「内なる敵」にも青山さんは目を向けている。
原子力発電所事故の深刻な問題を生じさせた責任は、政治家のみならず、私たち一人ひとりもある。原子力の消さない火がいかに生命を脅かすか、これを学問の側から指摘した多くの研究者の良心も知った。いのちに関することは、いかなる理由があろうとも、隠蔽することなど一切許されることではないと強く思ったのである。
この後、勇気をくれた先人の一人として、水俣病に関する告発本を書いたペンネーム「富田八郎(とんだやろう)」という研究者のことを青山さんは紹介している。
政府やチッソの欺瞞を書き続け、自分が受け持った学生にはそれを教材として使った。
その結果、20年以上も東大の助手のままで教授になれなかった。
富田八郎の本名は、宇井純。
晩年は沖縄に移住し沖縄大学名誉教授になられた。そして、東大で助手時代の宇井氏のゼミをリアルタイムで受講した経験を持つ教授が、私の博士論文の選考委員のおひとりであった。のちに某大学の学長にもなられた。
Wikipedia「宇井純」から、少し引用。
Wikipedia「宇井純」
1972年6月、スウェーデンのストックホルムで開催された「国際連合人間環境会議」に医師の原田正純、水俣病患者の濱元二徳、坂本フジエ、坂本しのぶらと出席。水俣病の存在はニュースなどにより世界に広まり、これがきっかけとなって各国は水銀の調査を始めた。
1974年の第10回参議院議員通常選挙に三里塚闘争の指導者である戸村一作が出馬すると、小田実・浅田光輝らとともに「三里塚闘争と戸村一作氏に連帯する会」を発足させた。
青山さんは、しっかりと記憶にとどめていたが、宇井純という名は忘れられようとしている。
戸村一作の名なども含め、権力に立ち向かった人物として覚えておきたい。
青山さんは、海外の公害問題における先人として、『沈黙の春』の著者、レイチェル・カーソンのことを記している。
彼女は、公害を引き起こした大手企業や、その企業から多額の金をもらった弁護士、研究者、政治家といった欺瞞に満ちた人物からいわれのない誹謗中傷や、異常なバッシングを受けた。そういった悪質な嫌がらせを受けても彼女は真実を書き続けたのである。その不屈の精神に私は大きな感銘を受け、私を奮い立たせてくれた。
青山さんは、こういった先人のことを思い、度重なる妨害に耐えてきたことを知った。
何度も心がくじけそうになったことだろう。
その時、青山さんは、権力に屈しなかった先人のこととともに、ある人たちを思い出していたことを、次回ご紹介したい。
