今夜の「べらぼう」の復習ー蔦重と山東京伝、躍進のはじまり。
2025年 08月 03日
勢いもあり、思いもあって、矢野誠一さんを偲ぶ記事を昨日と今日で五つ書いた。
しかし、アクセス数が増えたり、イイネがついた記事が、紹介しなかった矢野さんの本(『落語家の居場所』など)だったりすると、「あぁ、抜けていた・・・・・・」と反省したりしている。
それはさておき、今夜の「べらぼう」は、山東京伝が、初めて蔦重の耕書堂から黄表紙を出したことが描かれていた。

河合敦著『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新書)
河合敦著『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新書)の記事は、少し「べらぼう」より時間軸で先に行っていたので、今、休んでいるが、その作品については、30回目で紹介していた。
2025年6月17日のブログ
自らの復習を兼ねて、今一度。
鶴屋が、大ヒットするならと、ほぼ専属だった京伝を蔦重に任せ、天明五年に、それまでは洒落本は出していたが、京伝の初めての黄表紙が耕書堂から刊行されていく経緯が「べらぼう」で描かれた。
同年、重三郎は『天地人三階図絵(てんじじんさんかいずえ)』『八被般若角文字(はちかつぎはんにゃのもじ)』『江戸艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』と、立て続けに京伝の黄表紙も発刊している。三作のうち『江戸生艶気樺焼』は大ヒットとなり、京伝の代表的な黄表紙となった。
『江戸生艶気樺焼』は、江戸前の鰻の蒲焼き、のもじり。
内容は、金持ちの商家「仇気屋(あだきや)」の一人息子・艶二郎は獅子鼻(団子っ鼻)の不細工な顔だったが、周りがおだてるから、その気になって色恋の世界で浮名を立てようと、悪い遊び仲間と相談し、さまざまな行動をするのだが、それがなんとも馬鹿馬鹿しいのである。
もてたい一心でたくさんの入れ墨をし痛みを我慢したり、美人の芸者を五十両の大金で雇って恋人役になってもらい、「あなたのためなら死にます」と自宅に駆けこませ、それを瓦版しにてばらまいたり。
あげくの果てに、吉原の遊女を身請けし心中しゆとしたが、そのさい追いはぎに襲われて丸裸にされてしまう。しかし、それは愚かな息子をたしなめるため父親が仕組んでもので、ようやく艶二郎は我に返る、というもの。
この黄表紙のヒットについて研究者は、浮かれた主人公をあえて滑稽な容貌に描いたことで、理想と現実のギャップが際立ち、読者の笑いを誘ったと指摘している。
本書の大ヒットで、艶二郎の獅子鼻は京伝鼻と呼ばれ、また艶二郎はうぬぼれ者の代名詞となった。
蔦重と京伝にとって、これからがまさに絶頂期だった。
天明から寛政に向かうこれからが、蔦重の腕の見せどころなのだ。
