青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』より(9)
2025年 07月 30日

青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』
『日航123便墜落事件 四十年の真実』(河出書房新社、7月4日初版)の九回目。
<目 次>
□はじめに
□第一章 原点に立ち戻れ
「疑惑はここから始まった」など
□第二章 空白の三分十二秒ー炭化遺体は真実を語る
「長野県消防防災課の記録から見えたもの」など
□第三章 事件は終らないー声なき声を聴け!
「心ある元自衛官たちの調査研究」など
□おわりに
「第二章 空白の三分十二秒ー炭化遺体は真実を語る」の「検証8 なぜ相模湾から機体を引き上げようとしないのか」から。
引用。
当時遺族が、相模湾から日航123便の機体残骸を引き上げてくれと強く求めたにもかかわらず、事故調査委委員長の武田峻氏は、絶対に引き上げようとしなかった。
実際に説明会に出席した遺族へのインタビューによると「なぜ引き上げないのですか」という問いに対して、「何か別のことがわかったら、困るじゃないですか!」と叫んだそうだ。この話は嘘ではない。吉備さんがフライトレコーダーの情報開示裁判を開始する以前に弁護士同席のもと、何人かの遺族とミーティングしたときに聞いた話である。聴聞会では、出席した委員が「岩が悪い、山が悪い!」と絶叫したと新聞記事に書いてあった。最も滑稽な言葉は、「引き上げると錆びるから」である。この言葉は武田委員長から聞いたと遺族が弁護士の前で証言している。
この武田峻元事故調査委員長へのインタビューを掲載した著作『日航機事故の謎は解けたか』(北村行く孝、鶴岡憲一著、花伝社)には、「飛行中に飛散した機体残存を探す相模湾の海底捜索にしても、今でもいろいろ言う人がいるが、あれ以上資金や労力などをかけて懸命にやってもあまり意味はない。事故調査に支障はなかった」と話している。
この発言をそのまま、私は英国の事故調査委員にぶつけてみたところ、あきれるのを超えて大変驚かれた。そして、「日本はこんな程度でこの報告書を書いたのか。相模湾に沈めたままでそのまま放置しているとは知らなかった。あまりにもお粗末だ」と怒っておられた。
恥の上塗りとも言えることを運輸安全委員会はしている。
2011年7月に、「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査書についての解説」を出した。
この解説書には、機体残骸を引き上げない理由がこととしやかに列挙されている。「深い相模湾からの引き上げは難しく、これだけやっても見つからず、大変困難な作業で発見は無理だった」と丁寧に書いてある。
運輸安全委員会のサイトから、この解説をダウンロードできる。
運輸安全委員会サイトの該当ページ
なお、この解説書をノンフィクション作家の柳田邦男が絶賛していることに、青山さんは苦言を呈している。
「海底残骸の調査について」の「まとめ」全文を引用する。
ソナーやカメラのことを、これでもかというほど詳しく説明した後である。
まとめ
① 当時の調査は、入手できたあらゆる情報から残骸が沈んでいる可能性のある海域を設定し、サイド・スキャン・ソナーにより設定した全ての海域を調査し、残骸のある可能性が高い地点を絞り込み、その場所をえい航式深海カメラで調査し確認するという一般的に行われている方法での捜索でしたが、何も発見できませんでした。
②これ以上捜索しようとすれば、えい航式深海カメラで海底を網羅的に調べることも考えられますが、設定した調査区域を全て調査するには莫大な時間とコストがかかります。約25km2 である調査区域を撮影幅1.5m、速力2kt で試算してみると、4,500 時間かかることになります(25÷0.0015÷1.852÷2≒4,500)。 機材の投入を考慮し1 日6 時間調査したとしても750 日、2 年以上かかることになります。実際には、えい航式深海カメラを正確な海底の位置に自在に動かすことはできないので、できるだけ調査の空白を埋めるためには、この調査を数回繰り返す必要があるでしょう。
③ それでも、確実に残骸を発見できるという保証はなく、発見できたとしても原因究明の観点からコストに見合うほどの残骸の発見は期待できず、これ以上、更なる捜索を行うことができなかったものでした。
「時間」と「コスト」のため、捜索をやめたということだ。
史上最悪の単独機墜落事故の調査について、この言い訳だらけの解説なのである。
では、それほど捜索は困難なのか。
ところが、それから四年後の2015年8月12日に、機体残癌が相模湾から発見されたというニュースが放映された。推定飛行ルートの真下の静岡県東伊豆町沖合、2.5キロメートル地点の、水深160メートルで発見されたのである。いとも簡単に飛行ルートから発見されたのであった。そして、こういう部品を引き上げて調査することは重要だと、当時の事故調査委員がコメントしている。この事実を突きつけられた運輸安全委員会は、「すでに調査は終了しており、コメントは控えさせていだくと述べている。しかし吉備さんによる情報開示裁判の前に、この運輸安全委員会に情報開示を求めたところ、「現在も調査中であるため、資料あ開示できない」という答弁をしてきたのである。つまし、マスコミには「調査は終了している」と言い、遺族には「まだ調査中」と言う。この矛盾は、一体なんなのだろうか。
三年前の8月12日の拙ブログ記事の中で、このテレビ朝日のニュース映像をご紹介した。
2022年8月12日のブログ
今でも、テレビ朝日のサイトで、この動画を見ることができる。
ANNニュースサイトの該当ページ
映像の一部。

英国の事故調査委員会に、この残骸放置のニュースを見てもらったところ、さらに驚かれた。
「機体残骸をこういう形で沈めたままにしているとは、まったく考えられない。なぜ日本政府は直ちに引き上げないのか。最優先事項であるにもかかわfらず、日本の事故調査委員は、一体何を考えているのか、日本がこれほどいい加減とは思わなかった。理解不能である」ということだった。
相模湾には、墜落の真相に迫る鍵となる機体残骸がいまだに眠ったままだ。
なぜ、引き上げないのかは、調査の常識から理解できないのである。
青山さんは、次のように締めくくっている。
マスコミは、2015年の時点で、明らかになった相模湾にに沈んだままの機体残骸の引き上げを求め、キャンペーンをすべきであった。しかし、それを一切やらなかった。8・12連絡会もそれを大々的に要求すべきところ、なぜか実行しなかった。
墜落から40年の今年、マスコミは、なぜ相模湾から機体残骸の引き上げキャンペーンをしなかったのかについて、徹底的に調査すべきだ。そして、まず先にマスコミが自ら犯した過ちを検証すべきである。
テレビ朝日は、あの映像をいまだにリンク切れしていない。
ぜひ、四十年の節目の今年、あらためてメディアがキャンペーンを張っても不思議はない。
2015年は、安倍政権だった。
今の自民党なら、メディアへの圧力は、そうは強くないはずだ。
次回は、「空白の三分十二秒」について。
