青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』より(7)
2025年 07月 28日

青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』
『日航123便墜落事件 四十年の真実』(河出書房新社、7月4日初版)の七回目。
<目 次>
□はじめに
□第一章 原点に立ち戻れ
「疑惑はここから始まった」など
□第二章 空白の三分十二秒ー炭化遺体は真実を語る
「長野県消防防災課の記録から見えたもの」など
□第三章 事件は終らないー声なき声を聴け!
「心ある元自衛官たちの調査研究」など
□おわりに
引き続き、「第二章 空白の三分十二秒ー炭化遺体は真実を語る」の「検証5 医師と燃焼の専門家が語る真実」から。
副題は「軍用ゲル燃料が使われた痕跡と明らかな証拠」である。
航空機の燃料は左右の主翼のなかにはいっている。火災が起きるとしたら、その周辺が真っ先に燃えるはずである。しかし図44でみると、燃料タンクのある右主翼と左主翼がある場所ではないところで、遺体がひどく焼損している。とくにCコンパートメント(図44の「◆」マーク部)にいた乗客たちが灰の状態となった(図45)。しかし、そこには熱源や燃料もなく、エンジンもない。
あらためて補足するが、本書は、これまでの青山さんの著作の内容を再度整理しつつ、そこに新たな情報を加味して再構成されている。
本書の図44は、『日航123便墜落 遺物は真相を語る』の図1と同じである。
2023年9月24日のブログ
「墜落現場状況と各コンパートメントの遺体状況(事故調査報告書にもとづき作成/乗員と生存者を除き合計505名)」とキャプションのある図。

そして、図45は、『遺物は真相を語る』の図6と同じである。
しかし以前の記事ではご紹介していなかった。
これである。

引用を続ける。
Cコンパートメントの乗客たちが発見された場所は、機体の前部胴体が発見された場所であるが、特別に燃焼するような貨物もない。飛び散った燃料をかぶった可能性もあるが、それであれば通常の家屋火災のやけどと同じ程度になるはずだ。つまり、本来なら骨まで燃えないはずの遺体が、しかも屋外で、なぜ炭となってしまったのだろうという疑念を払拭することは出来ない。
遺体は図46にあるような細切れ状態が多くも見られた。大國医師の報告を読むと、遺体安置所が壮絶な現場であったことがわかる(図47)。
これが、図46である。

やや、刺激的な写真だが、口絵にはカラーの炭化したバラバラの遺体写真もある。
何が起こったのかを知るには、目をそらしてはいけないと思う。
こちらが、図47。

一部を拡大した図。

こう書かれている。
●上半身の炭化した遺体で、口腔所見をしらべるために開口しようとしたが、炭化のために開口が困難だった。
●口腔内に油類が入り焼けたため、歯牙がもろくなり、ぼろぼろ欠けて・・・・・・。
●遺体の損傷がひどく、上顎骨が見つからず、頭蓋骨から取り出してカルテにに記入した。男女も不明であった。
いったい、どうしてこうなったのか。
引用する。
まず、通常の航空機事故ではこのような遺体は見ることがない。シートベルトで胴体が切断されたとか、強い衝撃で手足首などの部分が欠損することはあっても、このような小さな細切れの状態にはならない。この点は、検死の第一人者である押田茂實日大名誉教授にも見ていただいたが同様の見解であった。同じ炭の状態といえども、ニューデリー事故や他の航空機事故で炭のようになった遺体とは違う。この形状は明らかに異なるとのことである(詳細は『墜落の波紋』161-172頁を参照)。それではなぜこうなったのか。
似たような遺体状況は別の場所であればあり得る。それは戦争中に爆弾などを受けて木っ端みじんとなってしまった遺体だ。ここで第4エンジンがなぜ木っ端みじんになったのかという疑問と重なっていく。なぜ遺体もエンジンも、木っ端みじんとなったのか。誰も否定することができない明らかな事実としてこの疑問が残されている。
この後、『遺物は真相を語る』の再確認になるが、青山さんが機体の融解物を大学の研究機関で分析してもらった結果、ガソリンの成分を示すベンゼンや硫黄、ゴム成分の高分子ポリマーなどが検出されたことが記されている。
これらの物質が含まれる搭載品はなかった。
では、いったいどんなものにこれらの成分は含まれているのか、などは次回。
これから8月にかけて、戦争関連の特番とともに日航123便関係のニュースなども増えて来るだろう。
どちらも、かけがえのない生命が失われた。
共通することとして、必ずしも、あの敗戦も日航123便墜落も、正しい分析や今後の対策が講じられたとは言えない。
「なぜ」という問いかけが、まだまだ繰り返して発せられる必要がある。
