青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』より(4)
2025年 07月 24日

青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』
『日航123便墜落事件 四十年の真実』(河出書房新社、7月4日初版)の四回目。
<目 次>
□はじめに
□第一章 原点に立ち戻れ
「疑惑はここから始まった」など
□第二章 空白の3分12秒ー炭化遺体は真実を語る
「長野県消防防災課の記録から見えたもの」など
□第三章 事件は終らないー声なき声を聴け!
「心ある元自衛官たちの調査研究」など
□おわりに
引き続き、「第一章 原点に立ち戻れ」の「第4エンジン木っ端みじんの言い訳」から。
日航123便墜落の直後、マスコミがまだ墜落地点不明と報道している状況で、日航の整備士に緊急招集があり、羽田から上野村に制服を来た整備士が移動した。
そして、第4エンジンの部品が散乱する場所「U字溝」周辺で、ジャンボ機の部品とそうではない物との仕分け作業を行った。
また、当時の現役自衛官が、墜落前にファントム戦闘機2機が上野村周辺を飛んでいた、と証言していた。
青山さんは、ファントム戦闘機と第4エンジンとの関係を疑っていた。
当時のファントム機には、M61A1(バルカン砲)が搭載されていた。六本の砲身を持つ回転式20ミリ機関砲である。これがもし、ジャンボ機の進行方向に対し一番右端にある第4エンジンを狙って撃ったとすれば、恐らくこのエンジンは木っ端みじんになるであろうし、機体下部貨物室周辺や主翼などに穴を開けることは容易い。
砲弾による痕跡の理解しやすい例として、2024年12月25日に発生したアゼルバイジャン航空機の墜落事故が挙げられる。これはロシアの防空システムによる誤射が原因であり、機体には多数の穴が確認され、飛行機とは異なる金属片も発見された。
この事故後、ロシアのプーチン大統領はアゼルバイジャンのアリエフ大統領と電話会談を行い、ロシア軍の防空システムが無人機と誤って攻撃したことを謝罪し、両国間の友好関係のもとで事故調査を進めると述べている(NHK他の報道による)。ミサイルや機関砲の誤射は、いかなる場所、いかなる時代でも起こり得る。これが現実である。
少し驚いたのは、自国の軍隊が民間機を誤射したことを、あのプーチンでさえ潔く認め謝罪しているということ。
なぜ、日本の自衛隊は、それができないのか・・・・・・。
引用を続ける。
さて論点を戻すと、事故調査委報告書に掲載された機体の残骸分布図をみると、残骸は、山の斜面に広範囲に広がっている。上野村村民や現役自衛官が目撃した航空自衛隊のファントム戦闘機によって狙い撃ちされたという推論は十分に成り立つ。
(中 略)
結局のところ、航空自衛隊のファントム戦闘機が飛行していたのが事実である以上、最後の止めを実行したのは、このファントム機であった可能性が非常に高い。日航123便が墜落する直前の午後6時40分ごろ、自衛隊所属のファントム機が上野村近隣上空を飛行していた事実。そして第4エンジンがバラバラに破壊されたことで墜落したという事実。これらを併せ考えると日航123便が撃たれたと推論することの方が自然である。
これは衝撃的な推論であることは百も承知している。日本国民の誰もが「そんなことありえない」というような事態であろう。私自身がそうであった。
しかし、残された事実からすると、このように推論を立てなければ辻褄が合わないのである。これは仮説である。私がいちばん強調したい点は、世間には知られていないのをいいことに「木に衝突して木っ端みじんになった」という安易な情報を国民に提示して騙したことにある。
無数の穴の空いたジャンボ機の機体など、ファントム機による第4エンジン破壊の証拠は、存在しない。
大規模火災で焼却されたからだ。
また、日航の整備士が、その前に「仕分け」したことで、ジャンボ機の部品ではないある物が、隠された可能性もある。
以前、『日航123便 墜落の新事実ー目撃証言から真相に迫る』を読んでから書いた記事で、ファントム機に関する三つの証言に基づく地図をご紹介した。
2023年6月11日のブログ
三つの証言は次の通り。
□証言A
藤枝で勤務を終えた小林さんが、ジャンボ機を自衛隊のファントム機二機が追尾しているのを目撃したのが、18時35分
□証言B
群馬県警が発行する雑誌に、当時の自衛官が18:40頃、陸自のファントム機2機が吾妻軍東村上空を飛行していたと証言
□証言C
上野村の小学五年生のH・M君とおじさんが、18時45分頃に、ジャンボ機を追尾するファントム機二機の姿を目撃していたことを、「小さな目は見た」という文集に残している。
同書掲載の地図にあるA、B、Cには、私が赤い〇を付けた。

『日航123便 墜落の新事実ー目撃証言から真相に迫る』は、2017年に河出書房新社から単行本、そして、2020年に文庫で発行された。
まだ、同書では、このファントム機と第4エンジンとの関係にまでは論じられていない。
当時の日航整備士の現地での仕分け作業などの新情報を含め、徐々に、点と点から線になってきた、と言えるだろう。
これは、本書口絵の写真。

開園したばかりの東京ディズニーランド観光の後に犠牲になった人も多かった。
ドナルド・ダックのぬいぐるみは、ほとんど燃えていない。

斜面の木々も、燃えていない。
それなのに、なぜ、遺体の多くがほぼ炭化するまで燃えていたのかについては、次回。
炭化遺体に関する青山さんの推論に、いちゃもんをつけている人物がいる。
「青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相」では、そういった人物の難癖について、反論が掲載されている。
「青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相」
また、「上毛新聞」が、本書の書評を掲載していることも紹介している。
ご興味のある方は、ご覧のほどを。
