青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』より(2)
2025年 07月 22日

青山透子著『日航123便墜落事件 四十年の真実』
『日航123便墜落事件 四十年の真実』(河出書房新社、7月4日初版)の二回目。
<目 次>
□はじめに
□第一章 原点に立ち戻れ
「疑惑はここから始まった」など
□第二章 空白の3分12秒ー炭化遺体は真実を語る
「長野県消防防災課の記録から見えたもの」など
□第三章 事件は終らないー声なき声を聴け!
「心ある元自衛官たちの調査研究」など
□おわりに
本書では、これまでに刊行された青山さんの著作で指摘されてきたことを、あらためて分かりやすくまとめられているとともに、新たな、そして重要な情報が加えられている。
また、拙ブログでは、過去に青山さんの全著作をご紹介したわけではないので、紹介しなかった本からの情報も含まれている。
ということで、できるだけ新たな情報を中心にご紹介するつもりだ。
「第一章 原点に立ち戻れ」から。
日航整備士たちのナゾの仕分け
今から10年ほど前、私が元機長や元整備士たちとのプライベートな会合に参加した際、かつて週刊誌に掲載された墜落現場で作業する日航整備士のスクープ写真が話題になった(図27)。8月14日に墜落現場で作業をする本物の日本航空の整備士たちがいたというのである。彼らは墜落現場で一体何をしていたのだろうー私にとっても、これは長年の疑問であった。日本航空内で選抜された整備士が墜落現場に派遣されたが、彼らに緘口令が敷かれていたのか、それ以上の詳細は社内の人間でもわからないという。しかし「何かしらがあったらしい」と薄々感じてはいたそうだ。日本航空の整備部門が事故原因に関係しているのではないかという恐れから、社内には「日航123便のことには触れたくない、語りたくない」という重苦しい空気が漂っていたとも彼らは話していた。
これが、その「週刊現代」1985年10月号のスクープ記事の写真。

引用を続ける。
その数年後、私は、拙著を読んだというJALの元整備士X氏と出会った。話を聞くと、なんとその彼は、まさにその現場に派遣された当事者の一人だという。X氏の証言によれば、墜落事故発生直後、会社から突然の連絡を受け、20名ほどの整備士たちが日本航空の整備服を着て羽田空港に集結した。そして会社が手配したバスに乗って急遽墜落現場に向かったというのだ。まさに墜落直後のことである。念のためにいうと、ニュースでは「墜落場所は不明」と報じていた時間帯である。バスは群馬県上野村に向かった。
彼らは現場でいったい何をしていたのかー。
「仕分け作業です」
X氏はそう答えてくれた。
「飛行機の部品と、そうでない部品に分ける作業です」
私は「墜落現場で仕分け?」と思わず聞き返したことを覚えている。X氏の証言をまとめると次のようになる。
「あの恐ろしい墜落事故が発生した日、急遽召集された整備士たちは、整備服のまま墜落現場はと向かった。バスを降りると山深い斜面を歩き、今でいう『U字溝』の周辺に到着した。そこは、機体が直撃・墜落した主現場から尾根を一つ隔てた、別の山の斜面であった。その場所はまったく火災が起きていなかった。ただ。周囲にはバラバラになったエンジンの部品が散乱していた。私たちはその部品をジャンボ機のものと、そうでないものとに分けるよう命じられた。今にして思えば『そうでないもの』とは一体何だったのか。そして私たちが行った作業は何のためだったのか・・・・・・。当時は深く考える余裕もなく、ただ夢中になって仕分けしていたことを覚えている」
驚くべき証言である。ボーイング747型機の部品であればわかるが、それ以外の部品が散乱していたというのだ。
この墜落現場での日航整備士による「仕分け」作業のことは、緘口令が敷かれた。
修理ミスによる事故であれば、関係するのは日本航空とボーイング社のみであり、そもそも仕分けをする必要などなく、その作業を口止めする理由もない。つまりX氏の証言からは、墜落直後の現場に散乱していたのは遺体や荷物などの搭載物、そしてボーイング747型機の部品以外に、何かしらの、そして隠蔽しなければならない部品が散乱していたということが明確にみてとれる。
本書掲載の地図で、整備士たちが仕分け作業を行ったU字溝の周辺をご紹介する。

ご覧のように、第4エンジン部品等が散乱していた場所に該当する。
いったい、何を仕分けしようとしていたのかが、このことから推測できるのである。
その第4エンジンに関する疑惑については、次回。
前回の記事で紹介したが、本年4月の参議院外交防衛委員会で、佐藤正久議員(当時)は、青山さんの著書を手にし、遺族の証言を「陰謀説」と言い、フェイクと否定した。
参院選を前にした、出身母体である自衛隊に対するアピールであり、不当な権力行使だった。
その佐藤正久候補の落選は、真実を捻じ曲げようとする彼に対する、日航123便の犠牲者、そして遺族の方の怒りが届いたように思える。
青山さんの著作が、丹念な調査を踏まえ、事実と論理的推論に基づく内容であるのは、故森永卓郎さんも認めるものだった。
しかし、自衛隊、防衛省、日航などは、青山さんの科学的なアプローチに対し何ら有効的な反論を示すことなく、陰謀とかフェイクと言って、墜落の真相を誤魔化してきた。
まだ、日航123便墜落事件は、終わっていない。
