人気ブログランキング | 話題のタグを見る

映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」について(1)

 映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWS」について書きたい。

 この映画の公式サイト。
映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」公式サイト

 予告編。


 ディランの名を世に知らしめた二枚目のアルバムとその中の一曲について、記事を書いた。
2025年3月7日のブログ

 その記事ですでに書いたように、この映画は、1961年から65年までという短い期間を描いている。


 映画の記事の、いつものスタイルから、今回はちょっと変えて、あらすじの中で、補足説明、スタッフやキャストのこと、感想なども加えて書いていこうと思う。

 なぜなら、歌や歌手のことなど、あまりにも説明したいことが多いから。

 ということで、この先はネタバレになるのでご了解のほどを。

 なお、ネットで脚本を見つけたので、参考にする。
A COMPLETE UNKNOWN script


(1)ある曲からの始まり
 冒頭の製作会社SEARCHLIGHTのタイトルロールの音楽として、いきなり、ある曲が流れる。
 これは、珍しいスタイルだ。

 ウディ・ガスリーの♪Dusty Old Dustだ。
 後に、♪So Long, Its Been Good To Know Yuh、という名で知られることになる。

 映画では、フェイドインで途中から聞こえてくるが、原曲の冒頭部分を拙訳でご紹介。

  この歌は前にも歌ったことがあるが、また歌おう
  野生の荒ぶる砂嵐の吹く平原に住んでいた頃のことを
  4月と呼ばれる月、グレイと呼ばれる地
  そして、そこに住む人々の言葉を紹介しよう

  久しぶり、会えてよかったよ
  君と知り合えてよかった
  この埃まみれの砂嵐が、俺の故郷を手に入れたんだ
  だから、俺は漂流することになったんだ
 

 この歌は、1940年のウディのアルバム、“Dust Bowl Ballads”に収録されている。

 砂嵐(ダストボウル)と干ばつ、大恐慌の影響ために南部を中心に多く町が住めなくなった時のことを歌ってる。
 ガスリーはこの間、オクラホマ州からカリフォルニア州まで、避難民の人々と過ごした。
 ガスリーは彼らの伝統的なフォークとブルースの歌を学び、彼自身のブルースを発見し、そのブルースで無限のバリエーションを演奏し、「ダストボウルの吟遊詩人」というニックネームを獲得した。
Wikipedia「ウディ・ガスリー」
Wikipedia「ダストボウル」
 
 繰り返されるサビの部分の原文をご紹介。

 So long, it's been good to know yuh
 So long, it's been good to know yuh
 So long, it's been good to know yuh
 This dusty old dust is a-gettin' my home
 And I got to be driftin' along

 78回転のレコードを、ボブ・ディランも何度も聞いたのだろう。
 
 ウディは、ディランのヒーローだった。

 そして、この歌は、デイランのその後を暗示しているようだ。


(2)ヒッチハイクでニューヨークへ
 1961年、若きボブ・ディランは、ミネソタからヒッチハイクでニューヨークにやって来た。

 車の中でノートを見ている。
 その1ページ目には、“Song to Woody”と書かれている。

 乗せてもらった車を降りる。

 陸橋と鋼鉄の手すりが交差する大都会。

 予告編からのカット。

映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」について(1)_e0337777_14513246.png


 この青年こそ、ティモシー・シャラメ演じる、20歳のボブ・ディランだ。


(3)連邦裁判所
 連邦判事が入って来て、全員が立ち上がる。
 傍聴席には、ヒッピー、学者、記者たち。
 被告席には、弁護団の横に、ピート・シーガーがいる。
 エドワード・ノートンが演じている。
 その後ろに、初音映莉子が演じる妻のトシ。
 裁判官「シーガーさん、判決の前に、何か言いたいことはありますか?」
 シーガーが言う。
 「裁判官、私は自分の国を破壊するようなことは、していません。私がここにいるのは、私の歌にした人たちが気に入らないからです」
 裁判官「共産主義者ですか」
 シーガーは答える。
 「あらゆる人々のために歌ってきました。教会で、組合で、サロンや街角で、年配の人のために、若い人のために」
 その後も、「黒人、茶色、黄色、白、青、赤」と続けると、傍聴席は喝采を送る。
 シーガー「友人のウディ・ガスリーの具合が悪いんです。彼のために歌っていいですか?」
 裁判官「ダメです、シーガーさん」
 シーガー「いいじゃないですか、ただですよ」
 傍聴席が沸く。
 裁判官「シーガーさん、あなたは法廷侮辱罪で有罪です。収監します」
 弁護士がシーガーに言う、
 「大丈夫だ、収監されることはない。保釈金を払う」


 その頃、20歳の若者は、雨のニューヨークで、何かを探すように歩いていた。

 その後については、次回。


 1961年当時、ウディ・ガスリーは1912年生まれの49歳。
 ピート・シーガー、1919年生まれで、42歳。
 まだ、名もない時期の20歳のボブ・ディランにとっては、二人とも憧れの人物だった。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2025-03-15 16:16 | 映画など | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31