森永卓郎著『書いてはいけない』(三五館シンシャ)より(10)
2024年 12月 28日
昨日、アゼルバイジャン航空機墜落の原因が、ロシアの攻撃システムによるものだというニュースをご紹介した記事で、日航123便に関して、「米軍の協力を得て、乗客の約半数を救助」というニュースもあり得たはずと書いた。
そう書いた根拠について。

森永卓郎著『書いてはいけない』
『書いてはいけない』の十回目。
本書は、森永卓郎さんが、前著『ザイム真理教』刊行の際に苦労して探した出版社、三五館シンシャから2024年3月20日初版。
副題は、「日本経済墜落の真相」である。
<目次>
□まえがき
□第一章 ジャニーズ事務所
□第二章 ザイム真理教
□第三章 日航123便はなぜ墜落したのか
□第四章 日本経済墜落の真相
□あとがき
今回から、「第三章 日航123便はなぜ墜落したのか」に進む。
これまで、青山透子さんの著作をご紹介してきたので、重複する部分をなるべく避けたいが、同じ事件を扱うのでそうもいかない。
しかし、同じ案件でもその内容を相互補完する内容は、取り上げたいと思う。
たとえば、米空軍が、いち早く墜落現場を発見し、救助できる態勢にあったこと。
事故から10年後に、元空軍パイロットが、驚くべきことを語ったのである。
その人物マイケル・アントヌーチ(青山さんの著作ではアントヌッチ)の証言や、その内容を報じたテレビ番組などについては、青山さんの『日航123便墜落 疑惑のはじまりー天空の星たちへー』の15回目の記事で紹介した。
2021年9月7日のブログ
その記事では、そのテレビ番組「ニュースステーション」のYouTubeも掲載した。
あらためて、そのYouTubeを掲載する。
森永さんは、その番組、1995年9月25日(本書では1994年9月25日、YouTubeには8月2日と記されているが、いろいろ検索するとどちらも間違いだと思う)のテレビ朝日「ニュースステーション」の内容を文章で紹介してくれている。
12分程度の特集の内容を本書から引用する。
1985年8月12日、日本の航空管制の心臓部、東京航空交通管制部に緊急信号が飛び込んだ。発信したのは、羽田を離陸したJAL123便。乗員乗客524名はもとより、日本中が前菜未聞の大パニックに陥った。生存者の救出が始まるまでに13時間を要した。
そして今、1人の下アメリカ軍人が10年の沈黙を破り、救助の真相を語り始めた。墜落のわずか2時間後には、現場上空に米軍ヘリが到着。空前の救出劇が始まろうとしていた。
今年8月、日航機墜落事故の真相を語る手記がカリフォルニア州サクラメントの地元紙に掲載された。手記を発表したのは、雑誌編集長のマイケル・アントヌーチ氏。元空軍パイロットとして10年前、日本の横田基地に駐屯。大型輸送機C-130のナビゲーター(航空士)を務めていた。
あの日、JAL123便が発信した緊急信号は付近を飛行中の米軍C-130輸送機もキャッチしていた。
「日航機の緊急信号を受けた直後、JALの機長が管制塔と英語ではなく日本語で話しているのを聞いて、これは一大事だと気づいたのです」(アントヌーチ氏)
事実、運輸省がまとめた事故調査報告書には6時31分、管制官が日航機に日本語で話しても構わないと指示している。
123便の機影がレーダーから消えると、米軍横田基地司令部は、アントヌーチ氏が乗るC-130輸送機に日航機の捜索を命じた。
「巨大な山火事を発見しました。あたりはちょうど夕暮れでしたが、地面はまだ見える明るさでした。くすぶる火や炎も見えました」(アントヌーチ氏)
米軍による墜落地点発見の第一報は、日本の航空関係者に大きな衝撃を与えた。アントヌーチ氏が乗っている米軍輸送機は現場の上空で旋回を続け、情報収集に努めた。
「8時半頃横田からの連絡で救難ヘリがすでに現場に向かっているというんです。本当に嬉しかった。輸送機じゃ大きいばかりで着陸できませんからね」(アントヌーチ氏)
当日、アントヌーチ氏と同じ輸送機に機長として乗っていたジョン・グリフィン氏は現場の模様をこう語る。
「1時間ほど旋回していたら、キャンプ座間から陸軍のヘリがやってきたんです」(ジョン・グリフィン氏)
ここまでが、放送の4分経過あたり。
途中は、YouTubeをご覧いただくとして、問題の部分を本書から。
生存者・落合由美さんは、墜落直後に人の声やヘリコプターの音を聞いたと証言している。
「ヘリコプターの音が・・・・・・ずっと手を振ってたんですけど、気がついてもらえなかったのか、ここまで来ることができないのか、と思いました」
ヘリは降下していくが、横田基地からは帰還命令が下る。
「私は『なんだって、もう一度言ってくれ』と聞き直しました。横田の司令部はただちに基地へ帰還せよと言うばかりです。私は『ヘリは隊員をロープで下に降ろす準備ができているんだ、準備は万端なんです』と言い返しました。彼らは本気で降りるところだったんです。司令部は『ついに日本側が来るのだ、退去しろ』と命じました」(アントヌーチ氏)
外務省は、在日米軍が日本国内で捜査救難活動を行なうことは安保条約上、なんら違法ではないとの見解を示しているが、アントヌーチ氏らが基地に戻ると、上官からマスコミには何もしゃべるなと口止めされた。
日本の自衛隊が、この米軍救助拒絶についてどう反応しているのか。
動画でご確認いただきたいが、当日、航空自衛隊の前線で総指揮を取っていた元中部航空方面隊司令官の松永貞昭という人は、米軍が救助を断られたという話を聞いていないと言い、米軍のヘリが現場に向かっていたことも聞いていない、と言う。
引用に戻る。
航空自衛隊は、米軍ヘリが現場上空にいたほぼ同じ時刻に救難ヘリ(V-107)を発進させている。ならば、日本の自衛隊がヘリからロープで地上に降りることはできなかったのだろうか。
「山の谷間になったようなところにヘリを降ろしていくわけですからね。そういうところでね、しかも真っ暗で、周囲はわからない。だから下が確認できないままロープで降りるつったらね、自殺行為です」(松永貞昭氏)
では、米軍側は、どう言っているのか。
夜間に山岳地帯に降りられるのか。米軍の救難スタッフに聞いた。
「日航機墜落のような大事故が真夜中に発生しても、われわれはすぐ出動します。陸軍のヘリにはサーチライトはもちろん、夜間暗視装置も80年代から標準装備されています。夜間など問題ありません。急斜面への垂直降下ですか? 救難隊なら誰でもできますよ」(米陸軍准尉エドワード・ガーザー氏)
番組では、この後、日航123便墜落事故を長期にわかり取材してきた軍事評論家の神浦元彰が、実際に御巣鷹山の墜落現場に出向いて、ロープで降りて救助活動は可能、と話している。
軍事評論家の小川和久が、政府中枢にいた人物から直接聞いた話として、「事故が起きてから約2時間の間、首相官邸では、警察が担当すべきか、防衛庁、あるいは自衛隊が担当すべきかということで、延々と議論が続いていた」と語る。
この主導権争いの間に米軍が救助活動に入ったら警察も自衛隊も立つ瀬がないから、米軍の救助を断わった、という話は、私には信じられない。
護衛艦「まつゆき」によるミサイルの誤射への対応をどうするか議論していたというなら、理解できる。
番組最期は、スタジオで、懐かしの小宮悦子、コメンテーターの和田俊が登場。
和田は、「日本側とアメリカ側が言っていることが、多少矛盾するということであれば、当然これは米軍と自衛隊とでなんらかの交信をしているはずですから、その記録は、仮にテープであり、あるいは文書に起こしたものであり、残っているはずですね」と言っている。
番組は、そこで終わり。
その後、ニュースステーションで、続報的な番組を放送したという話を、残念ながら聞かない。
その後は、ますます、権力のメディアはの圧力は強まり、いまや、日本テレビなどは、政府の広報部門となり下がり、圧力隔壁原因説をさかんに唱えている。
「書いてはいけない」「言ってはいけない」タブーになっているが、事故から10年後、紹介したような番組があったことを、メディアは思い出して欲しいものだ。
次回も、同じ章から。
