ユウが元気になってきて、隣の国のことなどを思う。
2024年 12月 05日
とはいえ、いわゆるテレワークの仕事も少し。
思うに、コロナ前から、休みの日も家や喫茶店でメールなどで仕事をしていたから、私はテレワークの先駆者、かもしれない(^^)
それは冗談として、ユウは元気だ。
今日の散歩での一枚。

ステロイドのせいだけでもないと思う。
いつもの散歩コースの半分を、歩き、少し走った。
お昼前は、3時間ほど外出することができた。
元気なユウの姿に、いろいろと他のことを考える心の余裕が出てきたように思う。
食事し書店に立ち寄り、喫茶店で本を少し読んだ。
ハン・ガンの本。
久しぶりだ。
朝日の今日の「天声人語」は、昨日の戒厳令のことから、ハン・ガンの小説『少年が来る』を取り上げた。

少しだけ引用。
朝日新聞サイトの該当記事
1980年5月。韓国・光州で中学生の息子トンホを失った母親は悲しみのあまり、棺を運んだ墓地の芝生をちぎってのみ込む。しゃがみ込んで吐き、またちぎって噛む。「おまえの顔がどんなに青白くやつれていたことか。(略)銃で撃たれて血があまりにもたくさん出たから」▼今年のノーベル文学賞に決まった韓国の作家ハン・ガンさんの小説『少年が来る』である。10年前に発表したこの作品で、ハンさんは光州事件を描いた。戒厳令の下で民主化を求める市民を軍が武力弾圧し、多数の犠牲者を出した。光州はハンさんが生まれた土地でもある
この後は、同書のネタバレ的な内容になるので、割愛。
このコラムは、韓国大統領の言動の軽さが恐ろしくも見える、で締めくくられている。
ハン・ガンについては、ずいぶん前から、居残り会リーダー佐平次さんのブログで紹介されていて、そのうち読もうと思いながら、のびのびになっていた。
ようやく、文庫化されている『すべての白いものたちの』を読み始めて、ユウの体調悪化で、途中で止まっていた。
ハン・ガン作品の日本での普及は、訳者の斎藤真理子さんの力が大きい。
斎藤真理子さんは、韓国文学、そして、韓国語の紹介者として貢献をしている。
紹介した「天声人語」を読んでから、「ソリ」という言葉を思い出した。
「ソリ」とは、何か。
ミシマ社の「みんなのミシマガジン」というサイトで、斎藤さんとのインタビュー記事が載っている。
「みんなのミシマガジン」サイトの該当ページ
「韓国文学の中心と周辺にある"声"のはなし」というタイトル。
冒頭部分を引用。
2024年のノーベル文学賞受賞者は、韓国の作家ハン・ガンさんでした。今、韓国文学はこれまでに増して世界的注目を集めています。
ハン・ガンさんの作品を最も多く日本語に訳してきたのが、翻訳者の斎藤真理子さんです。
斎藤さんは、今年8月に上梓した『隣の国の人々と出会う』(創元社)のなかで、韓国文学を深く知り味わうためのキーワードとして、「ソリ=声」という言葉をあげています。
この後、『隣の国の人々と出会う』からの次の引用が続く。

「소리ソリ」について、このインタビューで斎藤さんはこう語っている。
斎藤 韓国語の「소리ソリ」は、ごくふつうの単語で、「声」や「音」という意味があります。日本語の「声」という単語とほとんど変わらないんですよ。「主張、意見、気持ち」といった意味もあって、日本語でも「声をあげる」「声なき声」のような言い方をしますから、よく似ていると思います。
ただ、日本語で「声なき声」というと、ちょっと手垢がついているというか、耳に慣れちゃってますでしょう。
――そうですね。
斎藤 それをいったん「ソリ」という音に置き換えてみると、生々しく感じとれるようになる局面もあるんですね。自分の言葉の使い方や考え方を意識し直すうえで、やっぱり第二言語って大事だなあと思います。
この後、韓国の多くの作家のことや、言葉と文化に関する鋭い考察もあり、実に興味深い内容である。
いかに、私が、隣の国のことを知らないか、痛感。
前編の最後から後編にもリンクされているので、ぜひ、全文お読みいただきたい。
昨日の戒厳令で、多くの韓国市民が立ち上がった。
それは、まさに「소리ソリ」を、実際の声、そして行動に昇華させた勇敢な行為だったと思う。
非正規雇用者としての経験も長い斎藤真理子さんの言葉は、胸に響く。
同じ斎藤でも、あの知事とは、大違いなのである。
