筒井康隆著『敵』を読み直す(1)
2024年 11月 13日
今日は会社は休み。
まだ、Wワーカーには戻っていない。
ということで、読書の日、である。
宮本輝の川三部作『泥の河』『蛍川』『道頓堀川』は読了。
映画「幻の光」の原作を読んだことから、作者の著作をまったく読んだことがなかったこともあり、神保町の古本まつりで、三作まとめて収録された、ちくま文庫を手に入れて読んだ次第。
まだ、余韻が残っているが、少し宮本輝ワールドから離れようと思っていた。
少し前、筒井康隆の『敵』を原作とする映画が、東京国際映画祭の最高賞を受賞とのニュースを目にした。
NHKのニュースから。
NHKニュースの該当記事
東京国際映画祭 吉田大八監督の「敵」が最高賞に
2024年11月6日 21時08分
アジア最大規模の映画祭、「東京国際映画祭」は最終日の6日、コンペティション部門の受賞作が発表され、吉田大八監督の「敵」が日本の映画としては19年ぶりに最高賞に選ばれました。
10月28日に開幕した東京国際映画祭は期間中、国内外の208本の作品が上映され、最終日の6日、東京 千代田区の会場で、コンペティション部門の受賞作が発表されました。
このうち、吉田大八監督の「敵」が最高賞の「東京グランプリ」に選ばれ、吉田監督は、審査委員長を務めた俳優のトニー・レオンさんからトロフィーを受け取りました。
この作品は筒井康隆さんの作品が原作で、長塚京三さん演じる穏やかな生活を送っていた元大学教授が、「敵がやって来る」というメッセージをある日パソコンで受け取り、話が展開していくという物語です。
また、この作品で、吉田監督は最優秀監督賞に、主演の長塚さんは最優秀男優賞にそれぞれ選ばれました。
やや、ネタバレ的な記事にも感じるが、これ位は公式サイトでも明らかにしているので、問題ないのだろう。
こちらが、同映画の公式サイト。
映画「敵」公式サイト
「Story」を引用。
渡辺儀助、77歳。
大学教授の職を辞して10年―妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋に暮らしている。料理は自分でつくり、晩酌を楽しみ、多くの友人たちとは疎遠になったが、気の置けない僅かな友人と酒を飲み交わし、時には教え子を招いてディナーを振る舞う。預貯金が後何年持つか、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、来るべき日に向かって日常は完璧に平和に過ぎていく。遺言書も書いてある。もうやり残したことはない。
だがそんなある日、パソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。
来年1月の封切りだ。
封切り、という言葉も、そろそろ死語化しつつあるか。
たぶん『敵』は以前読んだなぁ、と本棚を探し、文庫を発見。

こちらが、目次。

単行本から二年後平成十二年の文庫初版で読んでいる。
24年前だから、相当記憶があやしい。
とにかく、宮本輝の次に筒井康隆は相応しい(?)と思い読み直した。
映画まで時間があるので、備忘録代わりに記事にしていきたい。
映画のネタバレになるので、知りたくない方は映画をご覧になってからお立ち寄りのほどを。
冒頭から。
朝食
歳をとるごとに目醒めの時刻は早くなる、ああその時刻たるやついに五時になっていまった。そう言えば明日の朝五時起きと知らされて「ゴ五時」と眼を剥くテレビのナンセンス番組があったがあの可愛い女優は何と言ったっけ。
暗いうちから朝食の支度で物音を立てることには隣家への気兼ねが伴う。特にこちらの台所がどうやら夫婦の寝室と接している様子の東隣り、山中家に対しては過剰に気を遣ってしまう。若い夫婦が朝がたに巣巣巣巣巣巣擬死擬死擬死阿吽阿吽「餡」「憤」などとおっ始めたりもするからだ。ではこちらの物音も彼方に聞こえる筈と儀助は思わざるを得ない。朝まだきのまじわり、時には盗聴の誘惑に駆られたりもするが若妻の容姿が儀助の好みではないため通信販売で窓枠取付式Z-99型盗聴器を購入するなどには到らない。とはいうもののやはりひめやかな隣家住人の起床の気配たたずまいに耳をすませつつ遠慮しながら行う朝食の準備には淫靡さがつきまとい、儀助はそれが嫌いではない。
書きながら、「筒井節だなぁ」とつい笑ってしまう。
巣、や、擬死を、数えながら書いていた。
さて、主人公は儀助という名であることが分かった。
彼は、朝食だけは白飯である。
亡くなった妻が「あなたはご飯の炊きかたが上手」と言っていたが、本人もそう思っている。
炊きかたの上手下手は好みにもよるのだが儀助も妻もかたいめの飯を好んだのである。メジャーカップ一杯の米に同じメジャーカップに十分の九の水を加えて炊飯器で炊くと儀助の好みの飯になる。白飯は朝食でしか食べないから一度炊けば三日分になる。米は電話をすれば四十年来買っている米穀専門店からその時その時でいちばん旨いと言われている銘柄や地方の米を持ってくるが儀助が銘柄にも地方にもこだわらない。こだわるのは炊きかただけである。
庭が明るくなってくると雀たちの催促が始まる、薔薇や南天の木や屋根の庇に来て痴痴痴痴痴痴宙宙宙注注注。水を入れた碗に少量の飯を入れて庭へのドアを開け芝生の上の散蒔(ばらま)く。少し雀にやらなければ炊飯器の飯は三日で食べきれない。朝は碗に軽く一杯の飯しか食べないからだ。炊いて三日目には炊飯器に水を入れて底に残った飯粒をこそげ落し、庭に散蒔く。
痴が六つ、宙が三つ、注が三つ、間違いない(^^)
儀助が好きな朝食のおかずは、まず、鮭の切り身。
半分で一食分なので、三切れ買うと六日分になるが、好きなので、毎日でも飽きない。
鮭を半分食べても飯は碗の底にまだ少し残っているので塩昆布などで茶漬けをする。塩昆布味付け昆布松茸昆布福神漬焼海苔味付海苔、そうした類いの食品の詰合せは毎年中元や歳暮に必ず贈られてくるので不自由することはない。だいたいが食べきれないのである。
中元や歳暮にはハムや焼き豚、ソーセージなどの詰合せも贈られてくるから、それらも朝食のおかずとなる。
卵も食べることがるが、十個あればひと月持つ。
朝食の量を決めてから十数年になるらしい。
最初のうちは物足りなかったが、やがて慣れたとのこと。
食後は、杜仲茶を一杯飲み、それからコーヒーを一杯飲み。コーヒー朝食の支度をしながら豆を挽いてコーヒーメーカーにセットしておくと飯を食い終えるまでにできている。豆はブルーマウンテンで計量スプーンに山盛り一杯だ。五十粒は越すであろうか。コーヒーが好きだったベートーベンは貧乏だったので豆を節約し毎度毎度四十三粒を勘定してから挽いたそうだがそこまでするほどの根気は儀助にはないもののもっと貧乏になればやってもよいと思っている。しかし最高級のブルーマウンテンと例えば安いブレンドに変える気はまったくない。
食器を洗い桶に漬けておき、洗面所で歯磨き。練り歯磨きは少量つけるだけなのでチューブ一本が二か月保(も)つ。洗顔は皮膚の乾燥を避けて、ぬるま湯だけで石鹸は使わない。
第一章の「朝食」は、次のように締めくくられている。
手を洗う時や風呂に入る時は石鹸を使うが、なにしろ石鹸は中元歳暮以外にも銀行の者が来る時に必ず持ってくるので物置の中の今は使わなくなった海外旅行用大トランクの中にぎっしりいっぱい、さらには抽(ひき)出しの中にもいっぱいでこんなものは売ることもできない。これらだけは自分が死ぬまでにも使い切れないなあと儀助は思っている。
妻に先立たれ、規則正しい生活を送っていると思われる儀助。
次回は、「友人」「物置」「講演」あたりまで進む予定。
