クインシー・ジョーンズで思い出す曲。
2024年 11月 06日
クインシー・ジョーンズは、トランぺッターだった。
1951年。18歳でバークリー音楽院を卒業したクインシーは、トランぺッターとしてライオネル・ハンプトン楽団の一員となり、1953年の欧州ツアーにも帯同している。
そのツアーでは、クリフォード・ブラウンやアート・ファーマーという名トランぺッターも一緒だった。
ライオネル・ハンプトンは、クインシーの作曲、編曲の才能を高く評価していたし、本人も、演奏よりも作編曲の仕事に励んだ。
クリフォード・ブラウンが1956年6月に自動車事故で亡くなってから、ブルーノートを含めメモリアル・アルバムがリリースされた。
その中で、Prestigeからリリースされたのがこちら。

ブルーノートのMemorial Albumより、個人的にはこっちが好きだ。
このアルバムは、1953年6月11日にNYでの録音、そして同じ年の9月15日、ツアー中のStockholmでの録音で構成されている。
英語版の同アルバムのWikipediaを元に、収録曲とパーソネル。
Wikipedia Memorial of Clifford Brown
<収録曲>
1."Stockholm Sweetnin'" (Quincy Jones) - 5:29
2."'Scuse These Blues" (Quincy Jones) - 4:29
3."Falling in Love with Love" (Richard Rodgers, Lorenz Hart) - 5:25
4."Lover Come Back to Me" (Sigmund Romberg, Oscar Hammerstein II) - 5:22
5."Philly J J" (Tadd Dameron) - 5:14
6."Dial 'B' for Beauty" (Dameron) - 4:37
7."Theme of No Repeat" (Dameron) - 5:23
8."Choose Now" (Dameron) - 4:57
9."Choose Now" (Dameron) - 3:26
Tracks 1 – 4 recorded on September 15, 1953 in Stockholm and Tracks 5 – 9 recorded on June 11, 1953 in New York City
<パーソネル>
On tracks 1-4 - (also released as Clifford Brown and Art Farmer with The Swedish All Stars)
□Clifford Brown - trumpet
□Art Farmer - trumpet
□Arne Domnerus - alto sax
□Lars Gullin - baritone sax
□Åke Persson - trombone
□Bengt Hallberg - piano
□Gunnar Johnson - double bass
□Jack Noren - drums
On tracks 5-9 - (also released as A Study In Dameronia)
□Clifford Brown - trumpet
□Benny Golson - tenor sax
□Idrees Sulieman - trumpet
□Gigi Gryce - alto sax
□Herb Mullins - trombone
□Oscar Estell - baritone sax
□Tadd Dameron - piano
□Percy Heath - bass
□Philly Joe Jones - drums
<スタッフ>
□Quincy Jones - supervision (on tracks 1 – 4)
□Ira Gitler - supervision (on tracks 5 – 9)
□Doug Hawkins - engineer (on tracks 5 – 9)
クインシーは1933年生まれ、クリフォードは1930年生まれ。
ストックフォルムでの収録時点で、20歳と23歳である。
アート・ファーマーが25歳。
クリフォード・ブラウンが作編曲の道にクインシーを誘った、という説もあるが、それはよく分からない。
しかし、少し上のトランぺッター二人の力量を目の当たりにして、プレーヤーでの生き方より、コンポーザー、アレンジャーへの道を強く志すようになった、ということは察することができる。
このストックホルムでの収録は、そういう意味で、クインシー・ジョーンズにとって、人生の岐路になったのではなかろうか、と思っている。
だから、クインシー・ジョーンズで私が思い浮かべる曲は、「スリラー」でも「We are The World」でもなく、若くしてその作曲の才能を発揮した、この曲"Stockholm Sweetnin'" なのである。
クリフォード・ブラウンとアート・ファーマーが、地元スウェーデンのメンバーと共演した初期の楽曲を聴きながら、その後に、数々の名曲を生み出したクインシー・ジョーンズを偲びたい。
ブラウニーが早世したのは、惜しまれてなりませんが、クィンシーは長命を全うされましたね。
名曲の数々を聴きながら偲びたいと思います。
海賊版のいくつか以外、ブラウニーの音源は持っています。
クィンシーの訃報で真っ先に思い出したのが、このアルバムでした。
20歳、23歳での二人は、ストックホルムでどんなジャズ談義を交わしたのでしょうか。
二人の天才のその後の生涯は大きく違ってしまいましたが、遺した名曲は今後も長く聴く者を魅了すると思います。
クインシーは才能の塊のような人。
「ウィ・アー・ザ・ワールド」のプロデュースも手がけましたね。
スーパースターたちがワンフレーズずつ歌って繋げる感じが好きです。
クインシーは、ジャズにとどまらない巨匠だったと思います。
80年代のアメリカの音楽業界は、実にダイナミックな動きがありましよよね。
食事をしながら、歴史的な会談もあったのでしょう。
そんな時期に、現場にいらっしゃったのですから、いろんな場面も目撃されたのでしょうね。
