青山透子著『日航123便墜落事件 隠された遺体』(25)
2024年 11月 05日

青山透子著『日航123便墜落事件 隠された遺体』
少し時間が空いたが、青山透子さんの『日航123便墜落事件 隠された遺体』(河出書房新社、2024年8月30日初版)の二十五回目。
目次から。
□序 章 最高裁への茨の道
□第一章 独立なき司法の判断
□第二章 看護婦が見た隠された遺体
□第三章 検証ー羽田空港地上衝突・大炎上事故報道
□終 章 未来への道程
あとがき
注釈
補遺
【裁判資料】
引き続き、「第三章 検証ー羽田空港地上衝突・大炎上事故報道」から。
1月2日の羽田空港地上衝突・大炎上事故には前兆があった、と青山さんは指摘している。
まず、少し歴史をさかのぼって、日航は、日本エアシステム(旧東亜国内航空)と2002年に経営統合し、2004年に社名変更(国際線業務を日本航空インターナショナル、国内線業務を日本航空ジャパン)したが、その直後、数々の問題が発生していた。
なお「インシデント」とは、事故には至らなかったものの事故発生の危険性があった問題を指す。
2004年元旦、日本エアシステム(旧東亜国際航空)機JAS-979便の事故を含めて、重大インシデント、運航トラブル、機材不具合など113件もの事故が発生した。さらに2005年には1月22日に北海道新千歳空港にて日本航空1036便が管制官の離陸許可が出ていないにもかかわらず、無断で離陸滑走を開始、この時滑走路上には全日空1717便が着陸後の走行をしており、幸い衝突事故は免れた。しかし、それから二か月も経たない2005年3月11日に、日本航空インターナショナル954便が、離陸のために滑走路手前で待機したが、管制官の待機の指示を、「滑走路に進入して待機せよ」と誤認して、滑走路上に日航機が進入した。すでに着陸態勢に入っていた他社機に対して、慌てて管制官がもう一度進入をやり直すように指示したため、衝突は免れた。同じようなミスを短期間に繰り返していたことから、国土交通省が日本航空インターナショナルに対して2005年3月17日付で、「業務改善命令」を出すこととなった。しかし、その後も事故は続き、2008年2月16日にも日本航空502便で離陸許可を得ずに滑走を始める事故が起きた。
これらは、双方の企業文化の違い、能力の差に起因するところが大きいが、経営統合後は、そういった背景を認識した上で、より一層緊張感をもって業務にあたるのは当然である。
経済効果を優先し、安全運航という最重要課題がないがしろにされていたと言わざるを得ない。
そして、つい最近も、1月2日の大事故の前兆があったという。
また、あの事故の後にも、問題が発生していた。
発生から約二か月後の2月14日、NHKの報道によると、
「去年(2023年)の11月に、成田空港を出発したJALの旅客機がアメリカ・シアトルの空港に着陸後、管制官の指示が出ていないにもかかわらず、隣の滑走路に進入して横断し、駐機場に向かったということです。JAL機は当時、管制官が出した指示を取り違え、指示とは別の内容を復唱しましたが、その際、管制官から指摘はなく、誤って進入したあと、指摘されて気がつきました」(2024年2月14日放送)
というように、米国シアトル・タコマ国際空港においてJAL機(JAL68)が管制官の指示を間違えて滑走路に進入したのであった。これが発生したのは、羽田空港地上衝突・大炎上事故の一か月前である。しかし、この重大なインシデントは、あの1月2日の際にはまったく報じられていなかった。これが報じられたのは羽田空港の地上衝突事故から一か月以上経ってからであった。
さらに1月2日以降、つまり羽田空港地上衝突・大炎上事故以降にも、日航機が滑走路手前の停止線をオーバーするトラブルが起こった。
「2月6日には、アメリカ・サンディエゴ空港で、成田空港に向けて離陸しようとしていたJALの旅客機(JAL65)が、管制官の指示とは違う誘導路に入ったうえ、滑走路の手前にある停止線を越えたということです。管制官から指摘を受け、滑走路には進入しなかったものの、着陸態勢に入っていた別の旅客機が直前で着陸のやり直しを行いました。会社の聞き取りに対し、パイロットは『曲がる地点はもっと先だと勘違いしていた。変だと気づいたのと同時に、管制から指示があって止まったが、すでに停止線を越えていた』と話しているということです」(NHK、2024年2月14日放送)
今度もまた、JAL機が管制官の指示を取り違え、指示とは違う誘導路に入り、滑走路手前の停止線を越えたため、他社の飛行機が慌ててゴーアラウンドして危機を回避したのである。
本書によると、日航機の相次ぐトラブルに対し、国土交通省は、2月13日に、日航の羽田空港事務所に航空法に基づく立ち入り検査を抜き打ちで実施した。
抜き打ち検査は異例で、JALの安全管理体制を調べているとのことだが、JALは「現在、調査中でコメントすることができない」としている。
そんなことのあった後の5月にも、福岡空港で日航の旅客機が、誘導路の停止線を大幅に越えて滑走路に近づき、他の旅客機が急ブレーキをかけて離陸を途中で止めたというトラブルが発生している。
本書では、昨年からの日航機による事故・重大インシデントをまとめた表も掲載されている。
これが、その画像。

この中には、今年4月に、アメリカのダラスで、JAL11便の機長が乗務二日前に宿泊先ホテルで酒乱による騒動を起こし、現地警察から厳重注意を受け、同機の乗客157人に謝罪し他の航空会社の振替便に乗ってもらった、という事件が含まれている。
青山さんは、こう書いている。
こういった事実を伏せたまま、「JALの客室乗務員の手柄」と「夜間飛行は空港がまびしすぎて見えない」という報道が、まだ運輸安全委員会が何も結論を出していない段階で流れること自体、不適切である。そこに意図的な報道を感じざるを得ず、JALの策略が見えるのである。
一歩間違えば大事故につながるインシデントが、1月2日以降も続いていることを忘れてはならないだろう。
本書によると、JALの鳥取三津子新社長は、2019年国内線用ボーイング機導入時、一機あたりの客室乗務員数を、飛行機のドア数よりも減らすことを提案し、そのアイデアが認められ出世したと言われているらしい。
人員削減で、事故発生の危険度が増す。
初のCA出身の女性社長と話題になるが、航空会社の経営陣がもっとも重要視すべきなのは何かを、本当にこの人は考えているのかどうか。
次回は、「終章 未来への道程」に進む。
