映画「幻の光」について(7)ー能登再生への祈りを込めた29年ぶりの上映
2024年 10月 26日
映画「幻の光」の七回目。
こちらが公式サイト。
「幻の光」公式サイト
予告篇。
予告篇から。


1995年、是枝裕和監督の長編映画デビュー作が、能登半島地震の輪島復興支援のため再上映されたのである。
地震前の輪島、能登の貴重な映像の記録でもある。
こちらが、公開当時のものを全ページ精密にスキャンしで復刻したパンフレット。

先日亡くなった白井佳夫さんの映画評、原作者宮本輝の言葉や、是枝監督の「演出ノート」など、実に充実している。
原作の宮本輝の短編集『幻の光』(新潮文庫)。

宮本輝著『幻の光』
スタッフとキャスト。
<主なスタッフ>
□製作:重延浩
□企画・プロデューサー:合津直枝
□監督:是枝裕和
□原作:宮本輝
□脚本:荻田芳久
□音楽:陳明韋
□撮影:中堀正夫
□美術:部谷京子
□衣装:北村道子
<主なキャスト>
□ゆみ子:江角マキコ
□郁夫:浅野忠信
□勇一:柏山剛毅
□友子:渡辺奈臣
□道子:木内みどり
□弘:大杉漣
□キヨ:橋本菊子
□民雄:内藤剛志
□喜大:柄本明
□とめの:桜むつ子
□初子:市田ひろみ
□喫茶店のマスター:赤井英和
□刑事:寺田農
□少女時代のゆみ子:吉野紗香
□少年時代の郁夫:市原紳吾
□MUKUMUKU:MUKUMUKU
あらすじの続き。
もちろん、ネタバレ、なのでご留意いただきたい。
前回までの見出し。
(1)尼崎トンネル長屋
(2)祖母の失踪
(3)郁夫
(4)ゆみ子の夢
(5)郁夫の自転車泥棒とペンキ塗り
(6)運送屋の元相撲取り
(7)ゆみ子の工場訪問と喫茶店
(8)郁夫の死
(9)葬式後
(10)輪島駅
(11)民雄の実家
(12)喫茶店のマスターの話
(13)工場
(14)アパート
(15)とめのの出航
(16)ゆみ子と民雄の溝
(17)不死身の、とめの
前回は、小さな船で、ゆみ子に蟹を獲ってくると言って海に出たとめのが、荒天の中、無事帰ってきたところまで。
その続き。
会話部分などは、原作を参考にしている。
(18)民雄との会話
映画では割愛していたが、ゆみ子は蟹の代金を払いに、とめのの家に行った。
原作から。
“とめのさんはお金を渡して早々と帰ろうとしているわたしに、お湯を
出してくれはった。
「前の亭主は、なんで死んだんや?」
わたしはそれまでいろんな人から訊かれて。そのたびに口からでまかせを
言うてきたのに、ぶっきらぼうなとめのさんの大声に合わせ、思わず、
「自殺したんです。電車に轢かれて」
と答えました。
「あれえ、そりゃあ、辛いことじゃったなァ」
とめのさんは、しばらく何かを考えてはった。繭は八の字のくせに吊り
あがってて、それが顔の真ん中で濃い菱形の線みたいにつながってる。
そやからとめのさんは、ちょっと見ると優しい人なんか意地悪な人なんか
見当がつかん顔つきをしてはるのです。
「関口の民雄ちゃんも、義江ちゃんを病気で死なして可哀そうじゃった。
死んだ義江ちゃんは、ここからちょっと先の寺地の娘や。民雄ちゃんは
ずっと大阪で暮らすつもりが、義江ちゃんと一緒いなるために、曽々木に
帰って来たんやい。恋女房やったから、若死にさせて、辛かったじゃろに」
わたしは家に帰ると、勇一と友子ちゃんをお風呂に入れた。何が恋女房
やと、わたしは思いました。そんな恋女房を亡くしたあとで、なんでまた
わたしみたいな女を後妻に貰(もろ)うたんや。”
勇一と友子を寝かせた後、ゆみ子は、戸棚の引き出しから、あの自転車の鈴のついた鍵を取り出して、見つめていた。
民雄は泥酔して遅くに帰ってきた。
着替えて蒲団に入ろうとせず、炬燵に入って、うとうとし始めた民雄。
ゆみ子は、とめのから聞いた話を思い出し、つい、民雄に言ってしまった。
「嘘つき」
民雄が驚いて頭を上げた。ゆみ子は続ける。
「あんた、お義父さんをひとりにはでけへんから、いやいや曽々木に帰って来たと言うたやろ」
「・・・・・・ああ、そうじゃ」
「うちは聞いたデェ。あんたは前の奥さんと結婚しかったよってに、大阪からここへ帰って来たそうや。恋女房やってんてなァ。そんな大事な奥さんを死なして、なんでまたわたしみたいな女を、後添いにしたんや?」
ゆみ子は、興奮して、支離滅裂なことを言い出した。
民雄は、その話は明日や、と言って、蒲団に入った。
しかし、しばらくして、ゆみ子が気になったのか、民雄は、
「どうした・・・・・・寝たんか?」
と訊く。
ゆみ子は、民雄にはそれまで一度も口にしなかったことを言うのだった。
「うち、あの人がなんで自殺したんか、なんでレールの上を歩いてたんか、それを考え始めると、もう眠られへんようになるねん。・・・・・・なあ、あんたはなんでやと思う?」
民雄は黙っていた。
(19)バス亭
雪の降る中、バス亭のベンチに座っているゆみ子。
バスが来た。
果たして、ゆみ子は、どうしようというのか。
このバス亭の場面は、原作にはない。
しかし、良い脚色だったと思う。
続きは、次回。
せっかく原作を読んだので、補足をしたい。
民雄の実家のある能登に地は、曽々木(そそぎ)。
とめのが漁から戻らない時に、こんな文章がある。
“わたしはとめのさんのことが気がかりで、もう二、三十メートルしか視界のきかんようになった海を、台所の小窓から見つめていました。無数の浪の花が、小さい竜巻を描きながら、濃い鉛色の空に吸い込まれていった。”
「ほっと石川 旅ネット」というサイトから、曽々木の海の浪の花の画像をお借りする。
「ほっと石川 旅ネット」の該当ページ

私は、海に近い北海道の故郷で高校までを過ごした。
北海道では温暖な土地ではあったが、やはり、冬は寒い。
冬の海は、自然の力の大きさを感じさせる。
この映画は、そういった能登の自然を、その厳しさを含め、光と影で描き出している。
今、能登は選挙どころではない。
しかし、日々の生活に苦労されながらも、明日、貴重は一票を投じる人々が望むのは、一日も早く、日常が戻ることだろう。
非公認でも我々の血税である政党交付金から2000万円が支給されていることを、能登の人々はどう思うのか。
そういった想像力も働かないままに選挙に突き進んだ自民党には、鉄槌が下されるに違いない。
